1.はじめに
世界は、新型コロナウイルスによるパンデミックに続き、ロシアによるウクライナ侵略やイスラエル・パレスチナ武装勢力間の衝突といった、度重なる地政学的危機に直面しています。同時に、気候変動問題や債務問題をはじめとする長期的な開発課題への対応も必要です。こうした課題への対応に果たす世界銀行グループ(WBG)の役割の重要性を踏まえ、日本としてWBGに期待する点及び日本の貢献につき、以下のとおり述べます。
2.ウクライナ情勢及びガザ情勢を含む地政学的危機への支援
ウクライナ、イスラエル・パレスチナをはじめとする各地での戦争・紛争被害は、世界経済の中長期的な成長にとって深刻な脅威となっています。
ロシアがウクライナに対する不法かつ、不当で、いわれのない侵略を2年以上に亘って継続していることに対し、改めて、最も強い言葉で非難します。ロシアによるウクライナ侵略は、悲劇的な人命の損失と財産及びインフラの破壊を引き起こし、世界経済の課題を悪化させています。ロシアのウクライナに対する不法な侵略の即時の終結を求めます。これは、世界経済の見通しに対する最大の不確実性の1つを解消するものです。
日本は、国際復興開発銀行(IBRD)融資に対する信用補完を通じて、これまでに50億ドルの融資を実現すると共に、ウクライナのひっ迫した財政状況に鑑みて、WBGの協力のもと、本年2月に行政機能の維持のため、昨年に続いて4.7億ドルのグラント支援を実施しました。さらに2024年中に20億ドルの追加融資を実現するための信用補完を行うことのできる予算が成立したところです。また、IBRD融資に伴うウクライナの利払い負担を一定期間軽減するため、最大10億ドルの利払いの元本化への信用補完を提供します。加えて、国際通貨基金(IMF)に設置されたウクライナ能力開発基金に対し2百万ドルを拠出し、国内歳入動員強化を支援します。
WBGがウクライナ政府等と協働し、ウクライナの被害・ニーズ調査(RDNA3)を公表したことを歓迎します。ウクライナの膨大な復興需要には、民間の資金・技術・ノウハウを動員して対応していく必要があります。日本は、保証の供与や技術支援を通じて民間セクターのウクライナでの案件組成を支援します。こうした観点から、国際金融公社(IFC)の「包括的日本信託基金(CJTF)」に新設されたウクライナ・ウィンドウに対し7百万ドルを拠出しました。さらに、多数国間投資保証機関(MIGA)の「ウクライナ復興・経済支援(SURE)信託基金」に対し11百万ドルを追加拠出し、合計で36百万ドルの貢献を行います。
日本は、ガザ地区での戦闘が長引く中で、事態の沈静化と人道危機への対応に取り組んでいます。日本は、「保健危機への備えと対応に係るマルチドナー基金(HEPRTF)」を通じてガザ地域への10百万ドルの緊急医療物資の供与を支援しました。これに加え、より長期的な復興支援の観点から、MIGAの西岸・ガザ地区信託基金に対して2百万ドルの拠出を行います。この支援は、民間企業への投資保証を通じて民間投資への支援に充てられ、雇用拡大や税収増加に寄与することが見込まれます。日本は、特に復興支援の分野におけるWBGの結集力に期待します。
日本は、難民を受け入れている中所得国を支援するため、WBGがグローバル譲許的資金ファシリティ(GCFF)をリードしてきたことを高く評価します。日本は、GCFFの最大ドナー国としてWBGによるこうした取組を引き続き支援するため、同基金に対して、先月拠出済みの1.5百万ドルに加え、計10百万ドルの追加拠出を行います。これにより、パレスチナ難民を多く受け入れているヨルダンやナゴルノ・カラバフ地域からの難民を多く受け入れているアルメニアを含む、難民受入国への支援に寄与することを期待します。
3.世銀改革
日本は、WBGにおいて、昨年の総会で合意された新しいビジョンとミッションに基づき、業務モデル及び財務モデルの見直しに向けた取組が進展していることを高く評価します。
業務面では、ビジョンを開発インパクトにつなげるための新たなWBGスコアカードを歓迎し、これに保健、債務、デジタルといった持続可能な開発にとって重要な分野が含まれていることを評価します。マネジメントに対して、国際開発協会(IDA)の政策コミットメントと整合的な評価指標を開発すること、及び分野横断的な観点として防災を含む危機への備えの観点が強調されることを求めます。また、地球規模課題プログラム(GCP)の進捗及びWBG共同カントリーマネジャーの開始を支持します。One WBGアプローチの推進のためには、こうした取組に加え、WBGを構成する各機関における組織文化や人事制度の整合性を高めていくことも必要です。
財務面では、まず自己資本の十分性に関する枠組み(CAF)レビューの提言に沿って既存資金の効率的な活用に取り組むことが重要です。その上で、融資余力の拡大と譲許的資金の供与を通じて、国境を越えて外部性を有する地球規模課題への対応を目指す「資金インセンティブのための枠組み(FFI)」の開始を支持します。こうした観点から、日本は、パンデミックの予防・備え・対応を含む地球規模課題への支援を念頭に、ポートフォリオ保証プラットフォーム(PGP)に対して10億ドルの拠出を行い、融資余力の拡大に貢献します。加えて、「居住可能な地球基金(LPF)」にIBRD卒業所得未満の支援枠が設立された際には、譲許的資金の裏付となる20百万ドルの拠出を行います。日本は、CAFレビューの実施及びドナー国による貢献を引き続き慫慂します。また、更なる資金基盤の強化を議論する前に、これらの取組により生み出された追加的な財務能力の進捗把握を行うことも重要です。
膨大な開発ニーズを踏まえると、途上国による持続的な成長を後押しするには、公的資金に加え民間資金の動員の強化が不可欠です。こうした観点から、他の国際開発金融機関(MDBs)及び二国間開発援助機関との協調融資プラットフォームの立上げを歓迎します。また、MIGAがWBG保証プラットフォームにおいて主導的な役割を果たすこと、及びIFCがブレンデッド・ファイナンスやリスク移転を通じて民間資金を更に呼び込むことを期待します。
4.地球規模課題への対応
続いて、日本が特に重視する地球規模課題について、日本として重視する点及びWBGに期待する点は以下のとおりです。
(1)国際保健
まず、国際保健の分野においては、ポストCOVID-19時代においても、WBGが同分野で引き続き重要な役割を果たし、「パニックと無視」の連鎖を断ち切ることを期待します。
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)は、人的資本の開発及び持続的な経済成長の基盤です。日本はかねてより「日本開発政策・人材育成基金(PHRD)」等を通じてWBGと共に途上国のUHC達成に向けた取組を推進してきました。今般、日本は、「UHCナレッジハブ」を2025年に日本に設立し、WBGと世界保健機関(WHO)の連携を通じて、UHCに係る知見収集や各国の財務・保健当局者の人材育成を支援していきます。
関連して、保健システムの強化や母子保健分野の取組も重要です。日本は、新設された「保健システムの変革と強靱化に係るマルチドナー基金(HSTRF)」に対して10百万ドルを拠出し、今後同基金の運営において積極的にリーダーシップを発揮していきます。更に、母子保健分野への効果的な資金動員を後押しするため、Global Financing Facility(GFF)に対し10百万ドルを追加拠出します。
次なる公衆衛生危機の影響を最小限に抑えるため、「予防」、「備え」、「対応」の強化も引き続き重要です。「予防」及び「備え」に関して、パンデミック基金が、中期的な戦略計画に基づき、他の国際機関やその他ステークホルダーとの連携を強化し、国内資金の動員を促進することで、途上国の抱える資金ギャップに対処する上で中心的な役割を果たすことを期待します。また、将来のパンデミック発生時に迅速かつ効率的に必要な資金を供給する新たな「対応」資金の枠組みの構築は喫緊の課題であり、WBGの危機対応ツールキットの活用促進や革新的な資金メカニズムの検討等、日本としてWBGと連携し、「G20財務・保健合同タスクフォース」等の作業を推進していきます。
(2)気候変動問題
気候変動の対応においては、開発との両立を図りつつ、緩和と適応の両面から各国の事情を踏まえた野心的かつ現実的な移行の道筋を構築することが必要です。
緩和においては、安価かつ持続可能なエネルギーへのアクセス確保が、社会経済の安定と持続的成長のために不可欠です。日本は、WBGが進めるアフリカにおける電気へのアクセス改善のための取組を支持します。また、ネットゼロの達成に向けた世界的な取組を支えるためには、低・中所得国がクリーンエネルギー製品のサプライチェーンにおける役割を強化することが重要です。こうした観点から、日本は、昨年立上げを主導したRISEパートナーシップを通じて、ネットゼロを推進するとともに、低・中所得国における質の高い雇用創出、自国産業の多様化・高付加価値化を支援していきます。
適応においては、防災の主流化や自然災害に対する強靱性の強化が喫緊の課題です。日本は、「日本-世界銀行防災共同プログラム」、本年7月からフェーズ3を開始予定の「質の高いインフラパートナーシップ基金」等を通じて、こうした強靱性強化の取組を引き続き支援していきます。本年6月には、世界銀行が防災グローバルファシリティ(GFDRR)と共に「防災グローバルフォーラム2024」を兵庫県姫路市で開催する予定であり、多くの国の方々に参加いただけることを期待します。
(3)債務問題
債務の脆弱性は、低所得国に加え一部の中所得国においても引き続き深刻であり、こうした国が中長期的に開発課題を解決していくためには、債務の持続可能性を回復することが喫緊の課題です。
低所得国については、「共通枠組」の下、債権者委員会による債務措置をより迅速かつ予見可能な形で実施することが必要です。中所得国であるスリランカの債務再編においては、日仏印の主導の下、パリクラブ・非パリクラブの垣根を越えた協調の枠組みを創設してから半年余りで債務再編条件の基本合意に至ったことを歓迎するとともに、一刻も早い最終合意を目指します。
また、債務危機を未然に防ぐには、平時から債務データの透明性・正確性を高める取組が不可欠です。日本が昨年にG7議長国として主導した、債権国がWBGに債権データを共有し、WBGが突合作業を行う Data Sharing Exercise は、債務透明性を向上させ、MDBsを含む債権者・債務者の双方において、債務持続可能性を踏まえた適切な融資や借入の判断に資するものです。この取組が定着するよう、日本は引き続き、WBGの取組を支援するとともに、全ての公的二国間債権者が同様の協力をするよう慫慂します。
途上国の債務持続可能性の回復と、安定的な経済成長の実現には、必要に応じた債権国による債務措置に加え、WBGをはじめとするMDBsが開発資金ニーズに応えるという独自の役割を果たし続けることも不可欠です。日本は、MDBsのこうした役割の重要性について、WBGと共に、関係国の理解を深めていきます。
(4)デジタル化
デジタル化は、世界経済の成長の源泉であり、サービスの質や効率性の向上等を通じ、より包摂的かつ力強い成長に資するものです。
こうしたデジタル化の果実を最大限享受するためには、デジタル技術のあらゆる分野への活用と格差への対応が重要であり、同時に、ガバナンスの構築を通じてデジタル化がもたらすリスクに対処することも必要です。第1に、保健、防災等の分野への活用に係る支援が強化されることを期待します。こうした観点から、「デジタル開発パートナーシップ(DDP)2.0」に対して、4百万ドルの拠出を行います。第2に、GCPにおける「デジタルの加速化」の取組として、格差解消に資する人的資本分野でのデジタル化の推進といった好事例が進められることを期待します。第3に、サイバーセキュリティの強化や信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)の促進のため、借入国の能力構築支援を行うことが重要です。WBGが進めるデジタルアカデミーの日本開催等を通じ、デジタル分野での知見共有や途上国政府の能力構築が強化されることを期待します。
5.IDA第21次増資
IDAは、低所得国を対象とした支援機関であり、持続的な貧困削減を実現する上で最も重要な機関です。IBRDの資金能力強化の必要性に関心が集まる中、IDAを通じて低所得国による地球規模課題への対応を支援する緊急の必要性を忘れてはなりません。日本は、マネジメント及び借入国と共に、強固なIDA第21次増資(IDA21)に向けて貢献していきます。
IDA21においては、WBG全体のスコアカードと連携した5つの重点分野と4つの視座に基づく議論が行われており、日本はこの議論の方向性を支持します。加えて、MIGA及びIFCが民間セクター投資枠(PSW)を通じて、特に脆弱・紛争国における市場創出や民間投資増加に貢献することを期待します。同時に、IDAが、低所得国を取り巻く社会経済の状況や開発戦略を巡る国際的な議論の最新の動向を取り入れつつ、進化し続けることを強く期待します。
こうした観点から、日本の開発プライオリティであるUHC、パンデミックへの備えと自然災害に対する強靱性強化を含む危機への備え、質の高いインフラ投資、債務の持続可能性、RISEを含むサプライチェーンの多様化が、5つの重点分野と4つの視座を補完・強化する取組として、IDA21の政策コミットメントまたは成果指標に反映されることを求めます。
6.結語
日本は、バンガ総裁が世銀改革の議論を主導し、WBG全体で地球規模の課題への対応・強化に強くコミットしていることを高く評価しています。WBGがマルチの開発金融機関として主導的な役割を果たせるよう、WBGによる取組を資金面、政策面、そして人材面で引き続き支援していきます。
(以 上)