令和8年6月11日
令和8年6月10日(水)、片山大臣は、日経フォーラム第31回「アジアの未来」の晩餐会に出席しました。その際の大臣スピーチの概要を公表いたします。【導入】
本日は、日経フォーラム「アジアの未来」にお招きいただき、誠にありがとうございます。各国の政府・中央銀行、国際機関、企業、そして学術界を代表する皆様とともに、アジアの未来について議論する機会をいただき、大変光栄に存じます。
【アジアの相互依存とサプライチェーン】
現在、世界経済は大きな転換点にあります。地政学的緊張の高まりや貿易を巡る不確実性、気候変動、技術革新の加速など、私たちを取り巻く環境はかつてなく複雑になっています。こうした状況の中で、世界は分断へ向かっているという指摘もあります。しかし私は、このような時代だからこそ、アジアの価値が改めて問われていると考えています。
アジアの強みは、多様性だけではありません。人、モノ、資金、技術が国境を越えて結びつき、互いに支え合うネットワークを築いてきたことです。そのことを象徴するのが、私たちの日常を支えるサプライチェーンです。
例えば、中東から運ばれた原油はシンガポールなどで精製され、そこで生まれた石油化学原料が域内各国に供給されます。その原料を用いて製造されたプラスチック部材や医療関連製品が、さらに別の国で加工され、最終的にはアジア各地の産業や医療の現場で利用されています。
一つの製品の背後には、複数の国と地域をまたぐ分業と協力があります。私たちが享受している成長や豊かさは、この地域全体のつながりの上に成り立っています。だからこそ、地域を支えることは、自国を支えることでもあります。恣意的な輸出制限に頼らず、安定した貿易の流れを維持することが重要です。アジアの安定と繁栄は、各国それぞれの安定と繁栄に直結しています。
日本としても、この考え方の下、総額約100億ドルの金融面での協力等を行うPOWERR Asia(アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ)を立ち上げ、アジアにおけるエネルギー・資源分野におけるサプライチェーンの強靱化や供給力の向上を後押ししています。6月9日、POWERR Asiaの下での最初の円借款として、バングラデシュとの間で、エネルギー安定供給強化等の取組を支援するための緊急支援円借款の供与に合意しました。
この円借款では、バングラデシュにおける送電網強化を通じた再生可能エネルギー利用促進などを政策面で後押しします。このような地域全体の強靱性を高める取組は、これからますます重要になると考えています。
また、まさに本日(6月10日)、高市総理とアンワル・マレーシア首相、ソーンサイ・ラオス首相が、それぞれ首脳会談を行い、その場でもPOWERR Asiaの重要性が確認されました。マレーシアにおいては、LNGや、ナフサ、尿素及び医療用手袋などの石油・化学製品にかかる日本への安定的な貿易促進について、アンワル首相が最大限のコミットメントを表明しています。また、ラオスにおいても、地域のエネルギー・資源安全保障及びサプライチェーン強靱化のための協力を進めていくことで一致したところです。
このように日本とアジア各国の繋がりはますます強化されています。
【アジアの役割と課題】
先月ウズベキスタン・サマルカンドで開催されたADB年次総会をはじめ、様々な機会に各国のリーダーと意見交換を行っています。また、サマルカンドではASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議や日・太平洋島嶼国財務大臣会議の共同議長も務めました。その中で改めて感じたのは、金融安定、サプライチェーン、エネルギー安全保障、開発金融といった課題は、それぞれ独立したテーマではなく、一つのシステムの中で密接につながっているということです。
アジアは世界経済の成長を牽引する地域であり続けています。しかし同時に、原油・天然ガスの中東依存度が高く、外部ショックの影響を最も受けやすい地域の一つでもあります。かつて世界は、アジアを「成長のエンジン」として見ていました。しかし今日のアジアは、それにとどまりません。金融市場、サプライチェーン、エネルギー、デジタル技術などを通じて、アジアは世界経済の成長と強靱性を支える重要な存在になっています。
私は、これからのアジアは「成長のエンジン」であると同時に、「安定の試金石」でもあると考えています。成長と強靱性。この二つを同時に実現していくことこそが、アジアの未来にとって最も重要な課題ではないでしょうか。
【地域金融・開発協力】
こうした課題に向き合う上で重要なのが、地域金融協力と開発協力です。アジアは過去の危機から学びながら、独自の協力の枠組みを発展させてきました。開発分野においてはADBが長年にわたり地域の発展と強靱性の向上を支えてきました。また、金融分野においてはASEAN+3の枠組みの下で地域金融協力が着実に発展してきました。1997年のアジア通貨危機を契機として創設されたチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)は、今日、地域金融セーフティネットの中核として重要な役割を担っています。
また、国際機関化から10周年を迎えたAMROは、域内経済の分析やサーベイランスを通じて、危機の兆候を早期に把握し、政策対話を促進する重要な役割を果たしています。
加えて、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の下で、域内の現地通貨建て債券市場の育成にも取り組んできた結果、アジア通貨危機当時に課題となった通貨と期間のダブルミスマッチは大幅に緩和され、域内経済の強靱性は大きく向上しています。
こうした成果は、各国の努力に加え、地域金融協力の積み重ねによって実現されたものです。
これからの地域金融協力には、「危機への対応」だけでなく、「危機を防ぐ力」が求められていると強く感じています。
金融危機、自然災害、感染症、サイバーリスク――現代のリスクは複雑化し、その影響は国境を越えて広がります。だからこそ、平時から情報を共有し、相互理解を深め、備えを強化することが重要です。
日本は、防災や医療の分野において、「予防」「備え」「対応」を重視してきました。私は、この考え方は金融分野にも当てはまると考えています。日本としては、チェンマイ・イニシアティブやAMROの機能強化を含め、アジアの強靱性を高めるための取組を引き続き主導してまいります。
また、デジタル化の進展を踏まえた金融インフラの高度化も重要な課題です。アジアではクロスボーダー決済の利用が急速に拡大しています。人やモノ、サービスの移動が活発になる中で、台頭する新たな決済手段の利点やリスクの評価、社会的な普及・利用を見据えた課題の整理が重要です。
安全で効率的な決済環境を整備することは、経済統合の促進にもつながります。日本としても、新たな決済技術の可能性とリスクの双方を見据えながら、域内各国との協力を進めてまいります。
【日本経済と財政運営】
こうした地域協力を支えるためにも、日本自身が力強い経済を維持していくことが不可欠です。我が国の経済は、従来の「デフレ・コストカット型経済」から、投資拡大と生産性向上を伴う「成長型経済」に移行する段階まで来ております。名目GDPは600兆円を超えて700兆円に近づいており、高い成長の下では2040年頃に1,000兆円程度の経済が視野に入っています。また、設備投資は過去最高を更新し、賃金も現時点では3年連続で5%を上回る賃上げ率となっているほか、日経平均株価も史上最高値を更新し、2012年末と比較して7倍近くに迫っています。
一方で、我が国は、人口減少、物価高、そして戦後最も厳しく複雑な国際環境等に直面しています。こうした中で、潜在成長力はなお伸び悩み、個人消費は力強さを欠いております。だからこそ、日本は安定を守るだけでなく、供給力を高め、成長力そのものを強くしていかなければなりません。
このため、日本政府は「責任ある積極財政」の考え方の下、供給力の強化に向けて大胆かつ戦略的な「危機管理投資」と「成長投資」を進めています。すなわち、経済安全保障、食料安全保障、エネルギー・資源安全保障、健康医療安全保障、国土強靱化対策、サイバーセキュリティなどの様々なリスクや社会課題に対し、官民が手を携え、先手を打って戦略的な投資を行うということです。例えば、AIや半導体といった分野では、10兆円以上の公的支援などを活用し、予見可能性を高めることで、50兆円を超える官民投資を促していく考えです。これらにより、日本の課題を解決し、先端産業を開花させ、日本経済を力強く成長させてまいります。
「責任ある積極財政」は、プロアクティブで、先を見据えた財政政策であり、決して、いたずらに拡張的に規模を追求するものではありません。
引き続き、ワイズスペンディングを徹底しながら、成長率を高めることと相まって、政府債務残高の対GDP比を安定的に引き下げ、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していく考えです。政府としては、「強い経済」の構築と「財政の持続可能性」をバランス良く同時に実現し、今を生きる国民と未来を生きる国民の双方に対する責任を果たしていきます。
今般、中東情勢が不透明である中で、今後の物価動向や経済に与える影響を注視しつつ、国民の暮らしや経済活動に支障が生じないよう適切に判断し、必要に応じてタイムリーに対応するため、「リスクの最小化」の観点から、資金面で万全の備えをとるべく令和8年度補正予算を編成したところです。引き続き、経済財政運営に万全を期してまいります。
【AIと金融システム】
こうした経済・財政運営上の課題に加え、私たちは技術革新がもたらす新たな機会とリスクにも目を向けなければなりません。AIは、生産性向上や新たな産業・サービスの創出を通じて、日本のみならずアジア全体の成長を押し上げる大きな可能性を秘めています。その意味で、AIはアジアの新たな成長の原動力になり得ます。
一方で、フロンティアAIの急速な発展は、金融システムに対しサイバーセキュリティを含む新たなリスクをもたらしています。短期間で大量の脆弱性が発見される可能性や、それに伴う金融インフラへの影響について、各国の金融当局の関心も急速に高まっています。
私はこれまでも、G7をはじめとする国際的な議論の場において、この課題への対応を主導してまいりました。国際社会ではAIがもたらす機会を最大限活かしながら、そのリスクに適切に対応するための取組が進められています。
日本においても、金融庁から金融機関に対し、フロンティアAIによる脅威の変化を踏まえた短期的な対応を求める要請を発出したところです。私は金融担当大臣として、この課題を経営レベルで取り組むべき重要な課題と位置付け、対応を進めています。
金融当局や金融機関には、リスクを適切に管理しながら、信頼できる形で技術を社会実装していくことが求められます。イノベーションと信頼の両立こそが、これからのアジアの持続的な発展に不可欠です。
【アジア・アジアパラ競技大会及びADB総会】
さて、政治家として私は、長年にわたり、愛知・名古屋に深く関わり、産業や地域経済全体を支えてまいりました。その愛知・名古屋においては、9月19日から10月4日までアジア競技大会が、10月18日から24日までアジアパラ競技大会が、それぞれ開催される予定です。
さらに来年は、第60回という節目のADB総会も、名古屋での開催が予定されています。「連携を築き、変革を加速させる」というテーマの下、アジア地域の将来に向けた重要な方向性を示す年次総会を、歴史と文化が息づく愛知県・名古屋市と共にホストできることを光栄に思います。
ぜひ、多くの皆様にご参加いただければ幸いです。
【結語】
最後に申し上げます。アジアは、多様な歴史や文化、発展段階を持つ国々によって構成されながらも、同時に深く結びついた地域でもあります。だからこそ、一国だけで未来を切り拓くことはできません。互いに支え合い、知恵を持ち寄り、信頼を積み重ねながら、成長と強靱性の両立を実現していく必要があります。日本は、強い経済と持続可能な財政を両立させながら、ASEAN+3をはじめとする地域金融協力を深化させ、アジアと世界の安定と繁栄に引き続き貢献してまいります。アジアの未来は、世界の未来でもあります。
本フォーラムでの議論が、さらなる協力と新たな挑戦への第一歩となることを期待し、私の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

