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コラム 経済トレンド141

静かな退職者が秘める可能性について
大臣官房総合政策課 調査員 酒井 亮/日比野 聡太
 
本稿では、近年注目を集めている「静かな退職」について、その背景と影響に関する考察を行う。

静かな退職について
 「静かな退職(Quiet Quitting)」とは、出世や昇進を目指さず、与えられた職務の範囲内で最低限の責務のみを果たす働き方を指し、2022年に米国のキャリアコーチが提唱し、SNSの拡散を機に注目を集めている(図表1 静かな退職の具体的行動・兆候の例)。
 株式会社マイナビの調査によると、20~50代の正社員のうち、「静かな退職」をしていると回答した割合は4割以上に及び、年齢別に見ると20代を中心として、幅広い年代に広がっていることがわかる(図表2 自身が静かな退職をしていると思うか)。
 静かな退職を選択するきっかけとしては、仕事のやりがいや職場環境の不適合によるモチベーションの低下や、自身の処遇・評価に対する不満、プライベートの時間を重視したりコストパフォーマンスを求める損得重視など、様々な理由が存在する(図表3 静かな退職を実施するきっかけの4類型)。
 本稿では、静かな退職が選択される背景と、主に企業に与える影響・向き合い方について考察を行う。
(注)静かな退職に関する調査は定義の違いにより数値の振れ幅が大きい点に留意する必要がある。本稿では、雇用の安定性の観点から、静かな退職は正規雇用者を中心に広がっていると推察する。
(出所)第一生命経済研究所HP、株式会社マイナビ「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」、JMAMコラム「静かな退職とは?原因や兆候、企業にできる対策を紹介」

静かな退職が選択される背景
 静かな退職が広まった理由の一つに、ライフスタイルの多様化が考えられる。共働き世帯の増加や、男性の家事・育児参加の広まり等により、労働に割ける時間が減少した可能性がある。パーソルイノベーション株式会社 lotsful Companyの調査によると、静かな退職に共感する理由として最も多かった回答は“ワークライフバランスを重視したい”であった(図表4 専業主婦世帯数と共働き世帯数の変化,図表5 男性の家事関連時間,図表6 静かな退職に共感する理由)。
 その他にも、副業への注力、評価への不満、昇進への関心の低下など、共感を呼ぶ理由は多岐にわたる。
 同調査によると、静かな退職を実践した人からは、“心身の健康が改善された”、“ワークライフバランスが改善された”といったポジティブな回答が多く集まっている。また、株式会社マイナビの調査では、静かな退職を“続けたい”、“どちらかと言えば続けたい”と回答した割合が、合計で全体の約7割を占めている(図表7 静かな退職を実践してみてどうだったか,図表8 静かな退職を続けたい割合)。
 静かな退職は、労働者が本業との持続的な関わり方を模索しながら、自己の目的を実現するための主体的な選択として広まっている可能性がある。
(注)図表5は6歳未満の子どもを持つ夫婦と子ども世帯の調査結果。図表7および図表8は全国の企業に勤める20~49歳の会社員を対象としたアンケート調査であり、それぞれ上位7項目を掲載。
(出所)労働政策研究所・研修機構「専業主婦世帯と共働き世帯」、総務省「社会生活基本調査」、パーソルイノベーション株式会社 lotsful Company 「「静かな退職」と副業に関する実態調査」、株式会社マイナビ「正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)」、SOMPOインスティチュートプラス「静かな退職と共働き」

企業への影響について
 静かな退職が企業に与える影響について考えたい。株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「働く人の本音調査2025」によれば、自身の周りに静かな退職者がいることで不利益を被ったと感じた人の割合が、恩恵を受けたと感じた人の割合を上回った(図表9 自分の同僚・上司に「静かな退職」をしている人がいることで、不利益を被った(上図)、恩恵を受けた(下図)と感じたことがある)。不利益を受けたと感じる理由としては、静かな退職者に仕事が振られにくいことに起因する仕事量の増加やモチベーションの低下が上位を占めており、一定の不公平感を感じている人が存在していることがわかる(図表10 不利益を受けたと感じたことがある理由)。
 ただし、静かな退職者に焦点を当ててみると、必ずしも本人だけの問題で仕事に対するモチベーションが下がったということではないとも見える。要因についてのアンケート調査によると、プライベートを重視する回答が多く集まる一方、業務内容が充実していないことや、部署配属等の職場環境に起因するものも多い。企業や管理者の適切な管理により、社員や職場全体のパフォーマンスを向上させ、結果としてモチベーションやエンゲージメントの向上を見込むことができると考える(図表11 静かな退職になった要因について(複数回答可))。
(注)図表11については、回答の内上位5項目を抜粋。
(出所)株式会社リクルートマネジメントソリューションズ「働く人の本音調査2025」、エン株式会社「196回 静かな退職についてのアンケート調査」

企業の向き合い方について
 従来、日本企業では、従業員は実務・マネジメント・コミュニケーション等の各スキルを向上させ、“オールラウンダー”を目指すことが求められており、個々の個性を捨象した画一的な評価体系のもとで、順位付けが行われていたのではないか。しかし、そのような評価体系は、従業員の個性を埋没させており、静かな退職者を生み出しやすい状況を招いていたとも考えられる。
 経済産業省は、多様性を企業の競争力強化に結びつけるにあたり、管理職による“多様な人材マネジメント促進”や、従業員が“多様な他者を受容し協働する職場環境を醸成する”行動・意識改革を推奨している。人手不足が顕在化する中、静かな退職者の活躍につなげていくという点においても、従来の画一的な評価体系に基づく運用ではなく、従業員個々の個性・特徴を活かし、目的に沿って得意・不得意を補い合える職場づくりが重要となる。(図表12 多様性を競争力強化に繋げるアクションプラン,図表13 雇用判断DIと人手不足)。
 また、静かな退職者が労働移動に前向きであることにも留意が必要である。アデコ株式会社の調査によると、静かな退職者が退職・転職に興味を示す割合は4割を超える。働き方の多様化を促進できる企業は、静かな退職者のパフォーマンス向上が期待できることに加え、中途採用において活躍できる人材を獲得できる可能性も高まる(図表14 静かな退職者の転職意向)。
(注1)図表12のキャリアオーナーシップとは、『個人一人ひとりが「自らのキャリアはどうありたいか、如何に自己実現したいか」を意識し、納得のいくキャリアを築くための行動をとっていくこと』を指す。
(注2)図表14は20歳~59歳まで、各年齢50人ずつ(男女それぞれ25人ずつ)、合計2,050名に実施した調査。現在の勤務先で仕事を続ける理由について、回答割合が高い上位7項目を抜粋。
(出所)日本銀行「全国企業短期経済観測調査」、経済産業省「企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)」、アデコ株式会社「X・Y・Zの3世代・2,050人の就業者を対象にした、「静かな退職」と「理想の上司」に関する調査」、勅使川原真衣「組織の違和感」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。