内閣官房地方創生支援官(金融庁総合政策局総合政策課総合政策調整官兼
デピュティー・チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー) 矢野 智史
デピュティー・チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー) 矢野 智史
今、北海道・釧路管内にある鶴居村の挑戦が熱い。体験型観光の一形態であるアドベンチャートラベル(AT)を軸に、地域が一丸となって自然環境の保全と「持続的に稼ぐ仕組み」の両立を追求している。令和7年4月からは、地方創生支援官が新たに加わり、官民連携による体験価値の磨き上げや、より効果的で戦略的なPRを加速させている。令和8年2月には、こうした地域の豊かな自然を未来の産業へとつなぐ鶴居村の挑戦の全体像が、東京から力強く発信され、AT事業の取組が新たなステージへと進みつつある。
以下、本稿では、地方創生支援官が後押ししてきた鶴居村の挑戦を紹介したい。
1.地方創生伴走支援制度について
令和7年4月より、各府省庁の職員が、2~3名1組で、これまでの経験や専門性を活かして、副業的に、担当する中小規模の市町村の地方創生の取組や課題解決の伴走支援を行う、「地方創生伴走支援制度」(内閣官房・内閣府所管)が開始された。人口10万人以下の60市町村に対し、180名の地方創生支援官(以下、支援官)が任命(任期は原則として1年)され、各チームは、定期的なオンライン会議や現地訪問を通じて、観光、産業振興、まちづくりなどの地域の多様な課題の解決を継続的に支援することとされた。筆者を含めた3名の支援官が、北海道鶴居村(以下、鶴居村)の伴走支援に携わっている。
2.北海道鶴居村について
鶴居村は、北海道の東部に位置し、釧路湿原国立公園に隣接する自然豊かな村で、国の特別天然記念物タンチョウ*1をはじめとする多様で希少な動植物の生息地である。広大な大地と牧草地の景観が魅力で、「日本で最も美しい村連合」*2にも加盟している。人口は2,369人(令和8年2月時点)であり、面積は57,180ha(概ね東京23区から大田区を除いた面積)を誇る。基幹産業は酪農で、農業生産基盤の整備や酪農経営の近代化を進めながら、村一丸となって取り組んでおり、高品質の生乳とチーズが特産品となっている。冬季には、盛んなタンチョウの飛来の撮影を目的に、世界中から長期滞在の観光客を引き付けている。
足元、地方創生の取組が活発に行われている。令和4年には、廃校になった小学校の建物を活用したクラフトビール「Brasserie Knot(ブラッスリー・ノット)」を誘致するとともに、鶴居村の魅力ある景観を伝えるためのフォトコンテストを開始した。令和5年からは、地域に音楽の文化を根付かせる取組としての「タンチョウの里鶴居村音楽祭」を開催している。
写真 鶴居村の位置(鶴居村から提供)
写真1 鶴居村のタンチョウ(鶴居村から提供)
写真2 北海道東部の雪裡川。冬でも凍らないため、タンチョウのねぐらとされる。川に架かる音羽橋は、間近でタンチョウの姿を観察できる名所として知られ、世界中から多くの写真家が訪れる。(鶴居村から提供)
写真3 「タンチョウの里鶴居村音楽祭」の様子(令和7年11月)。世界的に活躍している指揮者で鶴居村在住の石川征太郎氏が音楽監督兼指揮者を務める。(鶴居村から提供)
3.地方創生支援官と連携した鶴居村の主な取組内容と課題について
(1)アドベンチャートラベル(AT)について
鶴居村の最近の顕著な取組の一つとして、釧路湿原国立公園という日本最大級の自然資源を活かし、滞在型の「稼げる観光」を実現していくため、AT事業を進めている。
ATとは、国際団体であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)によれば、アクティビティ体験、自然体験、文化体験の3つの要素のうち、2つ以上を満たす旅行形態*3とされている。より具体的には、旅行者が地域での様々なアクティビティを通じて、その土地ならではの地域の自然や文化、人と触れ合うことで、新たな気づきや価値観の変化をもたらし、地域との深いつながりを得ることに主眼を置いている。このATは、欧米を中心に人気を博しており、世界での市場規模は1兆ドルを超える*4とされる。
近年、オーバーツーリズムの緩和や関係人口の創出、長期滞在による経済波及効果などへの期待から、ATへの注目が集まるとともに、各地域での取組も徐々に広がっており、令和3年と5年には、ATTA主催の世界最大規模のATイベントであるAdventure Travel World Summit(ATWS)が北海道で開催された。
(2)鶴居村でのAT事業の取組状況について
鶴居村は、湿原景観、野生生物、自然環境などATへの高い適性を踏まえ、令和6年度より「鶴居村釧路湿原観光コンテンツ創出事業」を稼働させ、同年度より開始した環境省の「国立公園アドベンチャートラベル展開事業」(令和7年度からは、「国立公園における感動体験・アドベンチャートラベル創出事業」。)を活用し、釧路湿原国立公園エリアの有効活用を目的とした体制整備を推進している。
鶴居村ではこれまで、避暑地として賑わう夏季や、美しい雪景観とタンチョウが魅力の冬季に観光客が集中する一方、春季・秋季は来訪者が大きく減少する「閑散期」が課題となっていた。AT事業は、春季と秋季の観光需要を喚起し、年間を通じた観光振興を図る新たな契機となるものである。
取組の一環として、国有地・私有地・天然記念物区域が混在し、これまで立ち入りが制限されていた釧路湿原国立公園内の秘境・宮島岬とその周辺エリアの利活用に向け、土地所有者である民間企業、環境省釧路自然環境事務所、鶴居村の三者による連携協定を締結した。この協定に基づき、鶴居村では独自の「認定ガイド制度」を創設し、認定ガイドが同行する場合に限り、旅行者の宮島岬周辺への立ち入りを認めることとした。こうした環境整備により、旅行者は、トレッキングを楽しめる他、岬先端の高台からは、蛇行する釧路川が眼下に広がる雄大なパノラマ景観を堪能できるようになった。そのため、宮島岬は、もう一つの秘境として知られるキラコタン岬に続く、鶴居村のAT事業の新たな主要コンテンツとして期待されている。
その他、AT事業の特設サイトの開設に加え、釧路湿原国立公園エリアの魅力を発信するプロモーション動画の制作など、PR活動を強化するためのコンテンツ創出と発信体制の整備を積極的に推進している。
一方で、PR活動を十分に展開するにあたり、人的・財政的リソースや専門的ノウハウが不足している点が課題であり、より効果的かつ効率的な情報発信の仕組みづくりが求められる。また、多言語対応が可能なガイドやツアーコーディネーターの不足は、サービス品質の向上や受入体制の強化を図るうえで大きな制約となっている。さらに、釧路湿原におけるオーバーユースによる環境劣化を防止するためには、適切な利用キャパシティの管理や明確な利用ルールの策定が不可欠である。
これらの課題に対応することは、地域の自然環境の保全と、ATに期待される質の高い体験価値を持続的に提供するための前提条件であると考えられる。
写真4 宮島岬先端部分からの展望
(3)支援官チームの活動内容について
令和7年4月以降、支援官チームは、鶴居村の地方創生施策の取組状況や課題などの実態把握を行うため、オンライン面談や現地への訪問を通じて、鶴居村役場の各施策の担当者、むらづくり鶴居(村、村内企業、村民による共同出資の村づくり会社)、北海道庁、旅行会社、村内ガイド、有識者などへのヒアリングを行った。現地では、宮島岬やキラコタン岬などで行われたモニターツアーにも参加し、釧路湿原国立公園の魅力や課題を、実際の体験を通じて把握した。
これらの知見を踏まえ、タンチョウをはじめとする釧路湿原国立公園の豊かな地域資源を活用した新たな観光コンテンツの開発や効果的かつ効率的なPRの実現に向け、鶴居村の担当者と協働して検討を進めた。具体的には、ツアー、不動産、食、DXなどの分野で企業との連携アイデアを整理し、その実現に向けて、地域内外のキーパーソンや企業との調整を行った。
その途中、鶴居村のAT事業の関係者が一堂に会し、事業の取組状況や課題などについて意見交換を行う、鶴居村釧路湿原観光コンテンツ創出事業プロジェクト会議が、第1回が令和7年24日~25日、第2回が11月20日に開催され、支援官チームもオブザーバーとして参加した。
令和7年10月16日には、最先端技術や製品の国際展示会であるCEATEC(シーテック)2025において、内閣官房主催で地方創生伴走支援制度にフォーカスしたパネルディスカッション「地方創生伴走支援チーム=『触媒』。地方創生支援官と拓く市町村のこれから」が開催され、支援官チームは、石川県輪島市チームとともに登壇し、鶴居村のAT事業の取組状況や伴走支援の内容を紹介した。
令和8年2月5日には、これまで鶴居村が進めてきたAT事業の成果を首都圏から全国へ広く発信するため、「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」が開催された。発表会では、支援官チームも登壇し、この1年間の支援活動を総括した。
写真5 CEATEC2025でのパネルディスカッションの様子
コラム1 インタビュー アドベンチャートラベル(AT)の仕組み
(北海道アドベンチャートラベル協議会事務局長 菊地 敏孝氏)
北海道アドベンチャートラベル協議会:北海道におけるATの普及、人材育成などに取り組み、多様な関係者及び団体と「ゆるい」連携を図りながら、広域連携の促進を目指しAT受入体制の整備に寄与する団体。
北海道では令和3年と令和5年に、アジアで初めてATWSが開催されました。実際に様々な現場でATを実践してみるといろんな発見がありました。
ATとは「自然」「異文化」「アクティビティ」の三つが要素と言われますが、実はそれほどアクティビティが主役ではありません。なぜなら、アクティビティは、本来その土地の「自然」と「異文化」を深く体感するための手段だからです。
旅の前半では、その土地ならではの自然環境に身を置き、様々な体験を通して自然の成り立ちを理解します。後半には、地域の人々との交流や暮らしに触れる時間があり、地域に根付いた文化を実感できるよう構成されています。
鶴居村でのATを例に考えてみましょう。阿寒湖から鶴見峠を越え、鶴居村、釧路湿原、そして太平洋へと至るこの地域には、まるで川上から川下へと続く階段状の地形の物語が流れています。
かつて海だった釧路湿原が変化し生まれたこの土地には、キラコタン岬や宮島岬など、海の名残を思わせる独特の地形が今も残っています。また岬のふもとには湧水があり、通年で生活できる場所があったため、タンチョウは絶滅せずに今日に命をつなげることができたようです。
さらに言えば、鶴居村の基幹産業は酪農です。寒く、霧が多く日照時間が短い、そしてあまり水はけの良い土壌ではないので畑作に向かない。こうした厳しい自然条件の中で、村にとって最適な産業が酪農に至ったようです。野生動物と同じ水、同じ大地で育つ牛。その牛から生まれる牛乳やチーズは、この土地ならではの恵みそのものです。
この国立公園の特有な地形を全身で満喫するために、旅の前半では、自転車で国立公園ビジターセンターから鶴居村市街地を巡る、あるいはネイチャーガイドとともに釧路湿原の自然観察をするわけです。後半では、地元の酪農家と一緒にチーズづくりを体験し、彼らの暮らしや思い、そして自然と向き合う姿勢に触れることができます。野生動物も口にする澄んだ水で醸造されたビールや、鶴居村特有の土壌から生まれたワインの生産者との交流も待っています。地域の自然・食・人が織りなす深いナラティブを心ゆくまで味わえる旅となります。
このツアーは、ガイドが地域の人と自然、自然と人の営み(産業)、自然と野生動物、それらをつなぐことによりストーリーが醸成され、地域の魅力に旅行者は学びと感動を得ます。こうした、地域コミュニティーに自分自身が身を置き、地元目線で見えてくる体験があるからこそ、旅行者は地域に共感と愛着を持ち、リピーターになります。私たち自身も海外でコミュニティに受け入れられたと実感できたとき、その土地が第2の故郷のように思えるものです。
次にお金の流れをみてみましょう。旅行者から地域旅行会社A社に1人100万円が支払われた場合、その収益は宿泊事業者、タクシードライバー、地域のガイド、農家・酪農家、商店街、飲食店組合へと地域経済に広く浸透していきます。ATは従来の一般観光と異なり、地域に長期滞在する傾向があることが特徴です。初日はホテルで食事をしますが、連泊すると2日目・3日目は地元の飲食店を利用します。1組あたりの人数も2~12名のため、地元の小規模飲食店も利用しやすく、1人あたりの飲食単価も飲み物込みで1万円ほどになる場合も少なくありません。このため、地元飲食店にも、旅行者がもたらす外貨を受け取ることができます。また、ガイドは地域の産品や産業などをストーリーの中で解説するため、当然旅行者は興味を持ちます。地域のストーリーとつながる工芸品やマグカップ、お菓子などに関心を持った旅行者から「どこで買えるの?」という声が生まれます。どこでも売られている日本のお土産ではなく、地域ならではの商品を求める傾向が強いため、商工会に加盟している店舗での購入につながり、ここでも外貨が地域に浸透していくことにつながります。さらに、農家や漁業者への収入機会も広がります。60代後半~70代の方々が活躍しやすいのが特徴です。特に、ATの中では、地域文化(Local Culture)、地元の人との交流に対するニーズは強い傾向にあります。例えば、農家で行う「餅つき体験(Traditional Mochi-Pounding Experience)」では、実際に餅つきをする時間は20分ほどです。その後、その農家の自宅に上がり、試食をしつつ農家夫婦と懇談します。その時間は、2時間にも及ぶこともあります。農家の自宅という特別な場所に招かれた外国人観光客は、家の中、畑、倉庫など日本人農業者の日常について興味深く様々な質問し、学びと感動を実感しています。このツアーは、1人あたり4,000円の収入になります。外国人観光客にとって、ここで体感できる価値はプライスレスなわけで、満足度は非常に高いものとなります。また、これは現役を引退した農家夫婦に、年金以外の収入をもたらします。それは、孫へのお小遣い、自分たちへのご褒美としての温泉旅行など、生きがいにもなっています。このように、ATとは、地域が一体となって創り上げる地域総力戦の観光であり、新しい地域の価値を創り出す、いわば地域産業イノベーションの取組でもあります。
コラム2 首都圏から鶴居村を全国に発信
アドベンチャートラベル(AT)発表会で「地域全体で稼ぐ観光」を提示
令和8年2月5日(つるいへGO!)、鶴居村が推進するATの新たな取組や官民連携プロジェクトを紹介する「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」(鶴居村主催。観光庁、環境省、北海道庁後援。)が、TOKYO FMホール(東京都千代田区)で開催された*5。本発表会は、観光を起点とした関係人口の創出と地域活性化の新たなモデルを全国へ発信することを目的として実施されたものである。当日は、札幌出身で元札幌テレビアナウンサーの宮田愛子氏がMCを務め、行政、専門家、地域の担い手、企業の担当者らが登壇。鶴居村におけるATの可能性や進捗状況、ガイド制度のあり方、世界的なツーリズムの動向、企業との連携事例などについて、多角的な視点から発表が行われた。
第1部は、鶴居村のAT事業の取組について、行政、専門家、地域の担い手のそれぞれの視点から発表。冒頭の挨拶で鶴居村の大石正行村長は、鶴居村が誇る豊かな自然環境を守りながら観光振興を進めていく必要性を強調したうえで、AT事業を通じて地域ブランドを確立していく強い意欲を示した。また、AT事業は観光を起点として関係人口を生み出し、地域の持続的な活力へとつなげていく新たな地方創生への挑戦であると訴え、本日の発表会を契機に、いつの日か鶴居村を訪れてほしいと聴衆に呼びかけた。
環境省釧路自然環境事務所の岡野隆宏所長は、国として、国立公園が保護と利用の好循環を生み出し、訪問者の人生を変えるような感動と学びを提供する空間になることを目指していると強調。ATを求める旅行者は、唯一無二の体験や挑戦、健康的で環境負荷の少ない活動、そして自己変革を望んでおり、国立公園はその受け皿として極めて適していると説明。そのうえで鶴居村では、私有地を含む優れた自然景観の適切な利用ルールの策定や、認定ガイド制度の創設、物語性を伝えるガイド同行の義務化、さらには目に見える資源から目に見えない価値へと来訪者の理解を導く「インタープリテーション」をめぐる地域住民との協働などの取組を進めており、これらの実践は、上質なツーリズムのモデルとなり得ることを紹介した。
次に、國學院大學まちづくり学部の井門隆夫教授は、観光が大量消費型から「自己成長」や地域との関係づくりを重視する方向へ変化していると指摘し、地域の自然や産業、文化、生活そのものを資源と捉える立場から、観光客を「お客様」ではなく、地域と関係を築く「短期滞在型住民」として迎える近年の潮流を紹介した。今後は、地域のコミュニティが勧めるツーリズムを旅行者が楽しんでいくことが重要と強調した。
次に、北海道の自然ガイド界を長年けん引してきたマスターガイドの安藤誠氏が登壇し、鶴居村の冬を彩る動植物や風景の映像を紹介しながら、自然の魅力を言葉ではなく、写真や映像によって伝えることの意義を説明した。さらに、鶴居村独自のAT事業を支える「認定ガイド制度」について、特別保護区である宮島岬への同行が義務付けられた認定ガイドは、単に自然を案内するだけでなく、貴重な自然環境や動植物を守る「ガード」としての役割も担っていると強調。その取組を鶴居村や宮島岬から世界へ発信していく意義を力強く訴えた。
北海道アドベンチャートラベル協議会の菊地敏孝事務局長は、団体旅行から個人旅行へとシフトする近年のトレンドを踏まえ、個人旅行者のリピーター化にはATが重要な役割を果たすと指摘。そのうえで、知的好奇心が高い旅行者の期待に応えるためには、観光事業者だけでなく、地域全体でATに取り組む必要があると強調した。豊かな自然と文化を持つ鶴居村の魅力を国内外に発信する取組として、令和8年6月に開始予定の鶴居村でのATツアーの内容を紹介した。
最後に環境省の成田浩司大臣官房審議官が、全国の国立公園でのAT事業の企画・自走などに向けた取組を説明。また、国立公園100周年記念事業として、地域に暮らす人々の声をまとめた聞き書き集「国立公園ものがたり」の第1弾で釧路湿原国立公園を取り上げていることを紹介。地域と連携し、釧路湿原をはじめ全国の国立公園のブランド力向上を支えていく決意を示した。
第2部は、主に鶴居村とアーティスト、企業、学生とのコラボレーションに着目。「タンチョウの里鶴居村音楽祭」で音楽監督兼指揮者を務める指揮者・石川征太郎氏(ピアノ伴奏)と音楽祭の協力アーティストであるヴァイオリニスト・成田達輝氏による演奏と対談で幕を開けた。披露されたのは、ヨハネス・ブラームス編曲の「ハンガリー舞曲」と、イタリアの作曲家ヴィットーリオ・エモンティが手がけた「チャールダーシュ」(ハンガリー語で「酒場」の意)。選曲について石川氏は、毎年11月に音楽祭が開かれる鶴居村の風景が、ルーマニアやハンガリーの農村に広がる秋の情景を想起させることと、今や鶴居村の名物として定着したクラフトビールの存在を挙げたうえで、晩秋の鶴居村の情景を思い浮かべながら聴いてほしいと語った。
次に、支援官チームから、地方創生伴走支援制度の概要とこの1年間の支援活動を紹介。主に、釧路湿原国立公園などの地域資源を活用した新たな観光コンテンツづくりや、効果的なPRに向けて、企業や地域内外のキーパーソンとの連携に関するアイデア出しや調整を重点的に支援していることを説明。
鶴居村との企業連携については、まず日本航空株式会社(JAL)の取組が紹介された。両者に共通する「鶴」をきっかけに交流が生まれ、安藤誠氏とともに企画した4日間のATツアーの造成や、鶴居村の酪農や畜産品をはじめとする地域資源を活用した商品開発、フォトコンテスト開催や醸造用ブドウ収穫といった自然環境の保全・地域貢献活動など、これまで積み重ねてきた一連の共創プロジェクトの歩みが説明された。
次に、西部トラベル株式会社は、鶴居村、株式会社西武リアルティソリューションズ(現株式会社西武不動産)、環境省釧路自然環境事務所との間で締結した宮島岬エリアの適正利用に関する連携協定を紹介したうえで、ジビエ料理や新鮮な生乳を使ったチーズ、クラフトビール、音楽祭など、鶴居村が持つ多様な魅力を生かし、トレッキングに限らないオーダーメイド型の旅行商品を官民一体で企画していくことを強調した。
株式会社大塚商会は、鶴居村に寄贈した多言語対応自動翻訳機能やナビゲーション機能、生成AIを搭載した最新の第5世代スマートグラスについて、鶴居村でのAT事業での活用を見据え、令和8年2月より実証実験を開始することを発表した。
エステー株式会社は、森林総合研究所との共同研究で全国66か所にて実施した空気採取の結果、鶴居村の空気を「日本一きれい」と評価。その要因とされる鶴居村のトドマツに着目し、現地の林業事業者と連携してトドマツの葉から有効成分を抽出し、ホテル向けの消臭スプレーとして製品化していること、また研究を通じて確認した成分に含まれるストレス軽減や睡眠の質改善効果などをベースとした企業間連携の事例を紹介した。
株式会社ゴールドウィンからは、国立公園オフィシャルパートナーとして、日本各地で展開している国立公園のATの取組が紹介されるとともに、令和7年度に同社が鶴居村で実施したATプログラムの実施状況を報告し、地域の魅力を旅行者へ提示する「キュレーター」としての役割を果たしていく意気込みを示した。
最後に、國學院大學・観光まちづくり学部の4年生有志は、鶴居村を訪れ、3泊4日の自然アクティビティや文化体験、村民との交流を通じて得た知見を報告した。そのうえで、学生たちは、その経験をAT事業の発信につなげるため、村で活躍する人々に焦点を当てた「つるい攻略本」を制作。鶴居村の自然と文化を支える人々との交流を通して、鶴居村を特別な場所として強く感じるになった体験がインスピレーションとなったと強調した。
今回の発表会には約130名が参加し、自然体験と地域文化を組み合わせた鶴居村独自の観光の未来像が示され、参加者はその魅力や可能性を共有した。関係者同士のネットワークが広がる貴重な場にもなり、地域一体となった観光産業づくりへの動きを後押しする契機になりそうだ。今後、鶴居村は自然と共生する観光の価値を磨き続け、その魅力を国内外へ発信する取組を一層強化していく予定である。鶴居村の挑戦は始まったばかりだ。
写真6 マスターガイドの安藤誠氏による講演
写真7 登壇者による集合写真
対談 地方創生支援官×村役場担当者
地方創生支援官の主なカウンターパートである鶴居村役場の担当者と、地方創生伴走支援制度に応募したきっかけや、連携を進める中で得られた気づき、鶴居村やATの持つ魅力やポテンシャルについて対談を行った。
(矢野)
私は、この1年間、内閣府の大藪さん、文部科学省(内閣官房に出向中)の内場さんとともに、鶴居村役場の和田さんに鶴居村の窓口になっていただき、支援官として、密にコミュニケーションをとりながら様々な活動を行ってきました。まず、この地方創生伴走支援制度に応募した理由から。私の場合は、これまでも財務省や金融庁での業務を通じて、国の立場から地方活性化に携わる機会もありましたが、次第に現場の担当者や地域のプレーヤーの方々と直接連携しながら、具体的な課題の解決に取り組んでみたいという思いが募り、今回、支援官に応募しました。
(大藪)
これまで私は、地域に密着した不動産業者が、地方公共団体や住民などと共創してまちに新たな価値を創出する取組の推進や、「日本の未来の縮図」とも言われる離島の中でも有人国境離島において、滞在型観光の促進や雇用機会の拡充などを行い、関係人口の創出や産業振興など地域社会の活性化を図ってきました。その経験を活かし、地方創生に寄与できればと思い、支援官を希望しました。
(内場)
私は、地方創生は、制度や計画だけではなく、現場で実際に動く人や関係性によって初めて形になると考えていました。自治体の実情に寄り添いながら、国の知見やネットワークを現場に還元する役割を果たしたいと思い、支援官に応募しました。机上では見えない課題や可能性に直接触れられる点にも大きな意義を感じました。
(矢野)
現場の目線を持つとともに、これまでの経験を地方創生で生かしてみたい人に絶好の機会だったわけですね。今後、国での政策立案に還元できる機会も多いと思います。和田さんには、鶴居村が支援自治体に応募した理由についてお伺いしたいと思います。
(和田)
鶴居村は令和6年度からAT事業に本格着手し、釧路湿原国立公園を活用したガイドツアーの造成や、自然と調和した質の高い利用体制づくりを進めてきました。コンテンツは充実してきたものの、PRの人材やノウハウが不足しており、より効果的で戦略的な情報発信を模索するため、支援自治体に応募しました。
(矢野)
オンライン会議や現地訪問を通じて、役場職員、議員、酪農家、クラフトビール醸造家、プロガイドなど、鶴居村の立場の異なる方々と話す中で、数字や資料では掴めなかった鶴居村の強みや課題が明確になったと感じています。皆さんからも気付きや感触があれば、教えてください。
(内場)
支援活動に携わる中で特に意識したのは、地域の皆さんの懐に積極的に飛び込み、距離を縮めることでした。活動の途中では、納涼祭で牛乳の早飲み競争に参加したり、羽田産直館では鶴居村のマスコットキャラクター「つるぼー」の着ぐるみを着てプロモーションを手伝ったりと、地域行事にも積極的に関わりました。また、AT事業関係者の方々とともに釧路湿原国立公園を何十キロもトレッキングし、率直に語り合える関係を築くことができました。こうした信頼関係の上で、外部の立場だからこそ持ち得る視点を加えながら、鶴居村の皆さんと共に考えを広げていけたことに、大きな達成感を覚えています。
(和田)
これまでの取組を通じて、支援官は、「考えを整理し、選択肢を広げていく触媒」ではないかと感じています。鶴居村は、支援官とともに、AT事業の体験価値をさらに高めていくため、民間企業や地域内外のキーパーソンと調整を進めてきましたが、皆さんの助言が事業推進の後押しとなり、村として新たな挑戦に踏み出す自信に繋がったケースは枚挙にいとまがありません。
(大藪)
お役に立てたのであれば光栄です。人口減少と人手不足が深刻化する中、私が大切にしているのは「共創・共存・共栄」の精神です。地域には多様な背景を持つ人々が暮らしており、行政・企業・団体などが連携し、新たな価値を生み出すことが地方創生につながると思っています。
(矢野)
次に、鶴居村の魅力や課題などに目を向けましょう。
(内場)
鶴居村の最大の特徴は、なんといっても釧路湿原国立公園を擁し、湿原と雄大な草原、山々が織りなす四季折々の景観です。タンチョウだけでなく、エゾシカ、キタキツネ、オジロワシなど、希少な野生動物の住処でもあります。そして、私自身、道東を訪れたことがなかったのですが、東京から釧路空港まで約1時間30分、空港から鶴居村まで車で40分弱というアクセスの良さには驚きました。一方、人材やノウハウの不足、情報発信力の強化は、外部との連携で補う必要があります。
(大藪)
地域住民と行政が連携し、特別天然記念物タンチョウの保護・共生の取組が進んでおり、定住促進策の実施も相まって移住者も増え、交流を通じた協働型の地域コミュニティが育っている点が魅力であり、強みでもあると思いました。一方で、人口減少や高齢化が深刻で、住民確保や担い手不足対策とともに、多様化する観光需要に応えるために、6次産業化を始めとした加工品やサービスの品質向上も必要と思います。
(和田)
鶴居村には、地域への強い愛着を持ち、行政や事業に前向きに関わろうとする人材が多く、意思決定のスピードが速い点は大きな強みです。一方で、人口減少が進む中では、関係人口の創出が重要となるものの、過度に増加するとインフラ不足によるオーバーツーリズムが懸念されます。そのため、旅行者と深い関係を築き、長期滞在を促す政策が求められており、こうした背景がAT事業推進の動きにつながりました。
(矢野)
釧路湿原国立公園は、日本最大の湿地であり、希少な生態系と文化資源を併せ持つ地域で、この特性は、ATの核である「自然」「身体的活動」「異文化体験」に非常に適合していますね。皆さんは、鶴居村のAT事業のポテンシャルをどう考えていますか。鶴居村では、酪農、観光、クラフトビール、環境保全など、各分野で様々な取組を行っていますが、それらをつなぐ協働の仕組みづくりがまさにAT事業ですね。
(内場)
釧路湿原国立公園を生かしたAT事業の価値は、「自然」と「地元の暮らし・人との交流」を一つの物語として体験できる点にあります。釧路湿原は水源と生産現場が近接しており、「自然が産業や文化を生んだ理由」を実感できる稀有なフィールドです。最終的に人との交流まで設計できれば、リピーターや関係人口の創出につながる持続的な観光モデルとなります。
(大藪)
カヌーやバードウォッチング、タンチョウ観察など、季節ごとに異なる体験を提供できる点が強みではないでしょうか。また、環境保全の現場理解や釧路の食文化などを組み合わせることで、単なる自然体験に留まらず、深い学びや異文化交流を伴うツーリズムが実現できると思います。
(和田)
釧路湿原国立公園の広大な自然環境や四季の変化、野生生物との距離感は、少人数・高付加価値型の体験に適しています。一方で、自然環境の保全と利用の両立、国立公園内における利用ルールや関係機関との調整、ガイド人材の確保・育成などが課題であり、計画的かつ持続的な運営体制の構築が求められます。現在、特に課題と感じているのは、地域の中核として主体的に活動してくれるプレーヤーの確保です。
(矢野)
ATは地域の「ありのまま」を磨き上げ、高付加価値で提供する取組です。鶴居村では、自然や生態系、歴史、文化、食などの体験を深化させることを目指しています。プレーヤー不足は一朝一夕には解決できませんが、地域内外のキーパーソンや企業との共創により、地域の持つ潜在力をより効果的かつ効率的に引き出し、体験価値の深化、事業のスケールアップ、村外へのPR強化、投資の誘発など、多面的な波及効果が期待できます。
(和田)
2月5日に東京で開催した「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」は、関係者が協力して鶴居村やAT事業の魅力、可能性を全国に発信する機会となりました。國學院大學の学生さんにも登壇してもらい学生ならではのユニークな視点の発表や音楽祭アーティストによる演奏も聴衆の目を引いたように思います。
(内場)
企業やキーパーソンとの連携も始まったばかりのものもあり、まだまだAT事業を推進していくうえでも課題は多いですが、一歩一歩着実に進めていくことが重要と考えます。
(矢野)
引き続き皆で力を合わせて頑張りましょう。本日はありがとうございました。
(以上)
写真 左から(敬称略)
大藪 亮 内閣府 政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当)付政策企画専門職
内場 裕子 内閣官房 デジタル行財政改革会議事務局参事官補佐
和田 彰 鶴居村役場 企画財政課長補佐兼企画調整係長
矢野 智史 金融庁 総合政策局総合政策課総合政策調整官
*1) タンチョウは一度絶滅したと考えられていたが、大正13年、釧路湿原国立公園内の鶴居村・チルワツナイ川で十数羽が見つかった。
*2) 日本の農山漁村が持つ景観・文化・環境を守り、地域が自立して発展することを目的としたNPO法人。平成17年にフランスの「最も美しい村」運動に着想を得て設立。令和8年3月時点で57町村・地域が加盟。
*3) ATTA HP参照。
*4) ATTA HP参照。
*5) 当日の様子は鶴居村のHPにて動画アーカイブを公開(https://tsuruimura.com/archive-tsurui-at/)
以下、本稿では、地方創生支援官が後押ししてきた鶴居村の挑戦を紹介したい。
1.地方創生伴走支援制度について
令和7年4月より、各府省庁の職員が、2~3名1組で、これまでの経験や専門性を活かして、副業的に、担当する中小規模の市町村の地方創生の取組や課題解決の伴走支援を行う、「地方創生伴走支援制度」(内閣官房・内閣府所管)が開始された。人口10万人以下の60市町村に対し、180名の地方創生支援官(以下、支援官)が任命(任期は原則として1年)され、各チームは、定期的なオンライン会議や現地訪問を通じて、観光、産業振興、まちづくりなどの地域の多様な課題の解決を継続的に支援することとされた。筆者を含めた3名の支援官が、北海道鶴居村(以下、鶴居村)の伴走支援に携わっている。
2.北海道鶴居村について
鶴居村は、北海道の東部に位置し、釧路湿原国立公園に隣接する自然豊かな村で、国の特別天然記念物タンチョウ*1をはじめとする多様で希少な動植物の生息地である。広大な大地と牧草地の景観が魅力で、「日本で最も美しい村連合」*2にも加盟している。人口は2,369人(令和8年2月時点)であり、面積は57,180ha(概ね東京23区から大田区を除いた面積)を誇る。基幹産業は酪農で、農業生産基盤の整備や酪農経営の近代化を進めながら、村一丸となって取り組んでおり、高品質の生乳とチーズが特産品となっている。冬季には、盛んなタンチョウの飛来の撮影を目的に、世界中から長期滞在の観光客を引き付けている。
足元、地方創生の取組が活発に行われている。令和4年には、廃校になった小学校の建物を活用したクラフトビール「Brasserie Knot(ブラッスリー・ノット)」を誘致するとともに、鶴居村の魅力ある景観を伝えるためのフォトコンテストを開始した。令和5年からは、地域に音楽の文化を根付かせる取組としての「タンチョウの里鶴居村音楽祭」を開催している。
写真 鶴居村の位置(鶴居村から提供)
写真1 鶴居村のタンチョウ(鶴居村から提供)
写真2 北海道東部の雪裡川。冬でも凍らないため、タンチョウのねぐらとされる。川に架かる音羽橋は、間近でタンチョウの姿を観察できる名所として知られ、世界中から多くの写真家が訪れる。(鶴居村から提供)
写真3 「タンチョウの里鶴居村音楽祭」の様子(令和7年11月)。世界的に活躍している指揮者で鶴居村在住の石川征太郎氏が音楽監督兼指揮者を務める。(鶴居村から提供)
3.地方創生支援官と連携した鶴居村の主な取組内容と課題について
(1)アドベンチャートラベル(AT)について
鶴居村の最近の顕著な取組の一つとして、釧路湿原国立公園という日本最大級の自然資源を活かし、滞在型の「稼げる観光」を実現していくため、AT事業を進めている。
ATとは、国際団体であるAdventure Travel Trade Association(ATTA)によれば、アクティビティ体験、自然体験、文化体験の3つの要素のうち、2つ以上を満たす旅行形態*3とされている。より具体的には、旅行者が地域での様々なアクティビティを通じて、その土地ならではの地域の自然や文化、人と触れ合うことで、新たな気づきや価値観の変化をもたらし、地域との深いつながりを得ることに主眼を置いている。このATは、欧米を中心に人気を博しており、世界での市場規模は1兆ドルを超える*4とされる。
近年、オーバーツーリズムの緩和や関係人口の創出、長期滞在による経済波及効果などへの期待から、ATへの注目が集まるとともに、各地域での取組も徐々に広がっており、令和3年と5年には、ATTA主催の世界最大規模のATイベントであるAdventure Travel World Summit(ATWS)が北海道で開催された。
(2)鶴居村でのAT事業の取組状況について
鶴居村は、湿原景観、野生生物、自然環境などATへの高い適性を踏まえ、令和6年度より「鶴居村釧路湿原観光コンテンツ創出事業」を稼働させ、同年度より開始した環境省の「国立公園アドベンチャートラベル展開事業」(令和7年度からは、「国立公園における感動体験・アドベンチャートラベル創出事業」。)を活用し、釧路湿原国立公園エリアの有効活用を目的とした体制整備を推進している。
鶴居村ではこれまで、避暑地として賑わう夏季や、美しい雪景観とタンチョウが魅力の冬季に観光客が集中する一方、春季・秋季は来訪者が大きく減少する「閑散期」が課題となっていた。AT事業は、春季と秋季の観光需要を喚起し、年間を通じた観光振興を図る新たな契機となるものである。
取組の一環として、国有地・私有地・天然記念物区域が混在し、これまで立ち入りが制限されていた釧路湿原国立公園内の秘境・宮島岬とその周辺エリアの利活用に向け、土地所有者である民間企業、環境省釧路自然環境事務所、鶴居村の三者による連携協定を締結した。この協定に基づき、鶴居村では独自の「認定ガイド制度」を創設し、認定ガイドが同行する場合に限り、旅行者の宮島岬周辺への立ち入りを認めることとした。こうした環境整備により、旅行者は、トレッキングを楽しめる他、岬先端の高台からは、蛇行する釧路川が眼下に広がる雄大なパノラマ景観を堪能できるようになった。そのため、宮島岬は、もう一つの秘境として知られるキラコタン岬に続く、鶴居村のAT事業の新たな主要コンテンツとして期待されている。
その他、AT事業の特設サイトの開設に加え、釧路湿原国立公園エリアの魅力を発信するプロモーション動画の制作など、PR活動を強化するためのコンテンツ創出と発信体制の整備を積極的に推進している。
一方で、PR活動を十分に展開するにあたり、人的・財政的リソースや専門的ノウハウが不足している点が課題であり、より効果的かつ効率的な情報発信の仕組みづくりが求められる。また、多言語対応が可能なガイドやツアーコーディネーターの不足は、サービス品質の向上や受入体制の強化を図るうえで大きな制約となっている。さらに、釧路湿原におけるオーバーユースによる環境劣化を防止するためには、適切な利用キャパシティの管理や明確な利用ルールの策定が不可欠である。
これらの課題に対応することは、地域の自然環境の保全と、ATに期待される質の高い体験価値を持続的に提供するための前提条件であると考えられる。
写真4 宮島岬先端部分からの展望
(3)支援官チームの活動内容について
令和7年4月以降、支援官チームは、鶴居村の地方創生施策の取組状況や課題などの実態把握を行うため、オンライン面談や現地への訪問を通じて、鶴居村役場の各施策の担当者、むらづくり鶴居(村、村内企業、村民による共同出資の村づくり会社)、北海道庁、旅行会社、村内ガイド、有識者などへのヒアリングを行った。現地では、宮島岬やキラコタン岬などで行われたモニターツアーにも参加し、釧路湿原国立公園の魅力や課題を、実際の体験を通じて把握した。
これらの知見を踏まえ、タンチョウをはじめとする釧路湿原国立公園の豊かな地域資源を活用した新たな観光コンテンツの開発や効果的かつ効率的なPRの実現に向け、鶴居村の担当者と協働して検討を進めた。具体的には、ツアー、不動産、食、DXなどの分野で企業との連携アイデアを整理し、その実現に向けて、地域内外のキーパーソンや企業との調整を行った。
その途中、鶴居村のAT事業の関係者が一堂に会し、事業の取組状況や課題などについて意見交換を行う、鶴居村釧路湿原観光コンテンツ創出事業プロジェクト会議が、第1回が令和7年24日~25日、第2回が11月20日に開催され、支援官チームもオブザーバーとして参加した。
令和7年10月16日には、最先端技術や製品の国際展示会であるCEATEC(シーテック)2025において、内閣官房主催で地方創生伴走支援制度にフォーカスしたパネルディスカッション「地方創生伴走支援チーム=『触媒』。地方創生支援官と拓く市町村のこれから」が開催され、支援官チームは、石川県輪島市チームとともに登壇し、鶴居村のAT事業の取組状況や伴走支援の内容を紹介した。
令和8年2月5日には、これまで鶴居村が進めてきたAT事業の成果を首都圏から全国へ広く発信するため、「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」が開催された。発表会では、支援官チームも登壇し、この1年間の支援活動を総括した。
写真5 CEATEC2025でのパネルディスカッションの様子
コラム1 インタビュー アドベンチャートラベル(AT)の仕組み
(北海道アドベンチャートラベル協議会事務局長 菊地 敏孝氏)
北海道アドベンチャートラベル協議会:北海道におけるATの普及、人材育成などに取り組み、多様な関係者及び団体と「ゆるい」連携を図りながら、広域連携の促進を目指しAT受入体制の整備に寄与する団体。
北海道では令和3年と令和5年に、アジアで初めてATWSが開催されました。実際に様々な現場でATを実践してみるといろんな発見がありました。
ATとは「自然」「異文化」「アクティビティ」の三つが要素と言われますが、実はそれほどアクティビティが主役ではありません。なぜなら、アクティビティは、本来その土地の「自然」と「異文化」を深く体感するための手段だからです。
旅の前半では、その土地ならではの自然環境に身を置き、様々な体験を通して自然の成り立ちを理解します。後半には、地域の人々との交流や暮らしに触れる時間があり、地域に根付いた文化を実感できるよう構成されています。
鶴居村でのATを例に考えてみましょう。阿寒湖から鶴見峠を越え、鶴居村、釧路湿原、そして太平洋へと至るこの地域には、まるで川上から川下へと続く階段状の地形の物語が流れています。
かつて海だった釧路湿原が変化し生まれたこの土地には、キラコタン岬や宮島岬など、海の名残を思わせる独特の地形が今も残っています。また岬のふもとには湧水があり、通年で生活できる場所があったため、タンチョウは絶滅せずに今日に命をつなげることができたようです。
さらに言えば、鶴居村の基幹産業は酪農です。寒く、霧が多く日照時間が短い、そしてあまり水はけの良い土壌ではないので畑作に向かない。こうした厳しい自然条件の中で、村にとって最適な産業が酪農に至ったようです。野生動物と同じ水、同じ大地で育つ牛。その牛から生まれる牛乳やチーズは、この土地ならではの恵みそのものです。
この国立公園の特有な地形を全身で満喫するために、旅の前半では、自転車で国立公園ビジターセンターから鶴居村市街地を巡る、あるいはネイチャーガイドとともに釧路湿原の自然観察をするわけです。後半では、地元の酪農家と一緒にチーズづくりを体験し、彼らの暮らしや思い、そして自然と向き合う姿勢に触れることができます。野生動物も口にする澄んだ水で醸造されたビールや、鶴居村特有の土壌から生まれたワインの生産者との交流も待っています。地域の自然・食・人が織りなす深いナラティブを心ゆくまで味わえる旅となります。
このツアーは、ガイドが地域の人と自然、自然と人の営み(産業)、自然と野生動物、それらをつなぐことによりストーリーが醸成され、地域の魅力に旅行者は学びと感動を得ます。こうした、地域コミュニティーに自分自身が身を置き、地元目線で見えてくる体験があるからこそ、旅行者は地域に共感と愛着を持ち、リピーターになります。私たち自身も海外でコミュニティに受け入れられたと実感できたとき、その土地が第2の故郷のように思えるものです。
次にお金の流れをみてみましょう。旅行者から地域旅行会社A社に1人100万円が支払われた場合、その収益は宿泊事業者、タクシードライバー、地域のガイド、農家・酪農家、商店街、飲食店組合へと地域経済に広く浸透していきます。ATは従来の一般観光と異なり、地域に長期滞在する傾向があることが特徴です。初日はホテルで食事をしますが、連泊すると2日目・3日目は地元の飲食店を利用します。1組あたりの人数も2~12名のため、地元の小規模飲食店も利用しやすく、1人あたりの飲食単価も飲み物込みで1万円ほどになる場合も少なくありません。このため、地元飲食店にも、旅行者がもたらす外貨を受け取ることができます。また、ガイドは地域の産品や産業などをストーリーの中で解説するため、当然旅行者は興味を持ちます。地域のストーリーとつながる工芸品やマグカップ、お菓子などに関心を持った旅行者から「どこで買えるの?」という声が生まれます。どこでも売られている日本のお土産ではなく、地域ならではの商品を求める傾向が強いため、商工会に加盟している店舗での購入につながり、ここでも外貨が地域に浸透していくことにつながります。さらに、農家や漁業者への収入機会も広がります。60代後半~70代の方々が活躍しやすいのが特徴です。特に、ATの中では、地域文化(Local Culture)、地元の人との交流に対するニーズは強い傾向にあります。例えば、農家で行う「餅つき体験(Traditional Mochi-Pounding Experience)」では、実際に餅つきをする時間は20分ほどです。その後、その農家の自宅に上がり、試食をしつつ農家夫婦と懇談します。その時間は、2時間にも及ぶこともあります。農家の自宅という特別な場所に招かれた外国人観光客は、家の中、畑、倉庫など日本人農業者の日常について興味深く様々な質問し、学びと感動を実感しています。このツアーは、1人あたり4,000円の収入になります。外国人観光客にとって、ここで体感できる価値はプライスレスなわけで、満足度は非常に高いものとなります。また、これは現役を引退した農家夫婦に、年金以外の収入をもたらします。それは、孫へのお小遣い、自分たちへのご褒美としての温泉旅行など、生きがいにもなっています。このように、ATとは、地域が一体となって創り上げる地域総力戦の観光であり、新しい地域の価値を創り出す、いわば地域産業イノベーションの取組でもあります。
コラム2 首都圏から鶴居村を全国に発信
アドベンチャートラベル(AT)発表会で「地域全体で稼ぐ観光」を提示
令和8年2月5日(つるいへGO!)、鶴居村が推進するATの新たな取組や官民連携プロジェクトを紹介する「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」(鶴居村主催。観光庁、環境省、北海道庁後援。)が、TOKYO FMホール(東京都千代田区)で開催された*5。本発表会は、観光を起点とした関係人口の創出と地域活性化の新たなモデルを全国へ発信することを目的として実施されたものである。当日は、札幌出身で元札幌テレビアナウンサーの宮田愛子氏がMCを務め、行政、専門家、地域の担い手、企業の担当者らが登壇。鶴居村におけるATの可能性や進捗状況、ガイド制度のあり方、世界的なツーリズムの動向、企業との連携事例などについて、多角的な視点から発表が行われた。
第1部は、鶴居村のAT事業の取組について、行政、専門家、地域の担い手のそれぞれの視点から発表。冒頭の挨拶で鶴居村の大石正行村長は、鶴居村が誇る豊かな自然環境を守りながら観光振興を進めていく必要性を強調したうえで、AT事業を通じて地域ブランドを確立していく強い意欲を示した。また、AT事業は観光を起点として関係人口を生み出し、地域の持続的な活力へとつなげていく新たな地方創生への挑戦であると訴え、本日の発表会を契機に、いつの日か鶴居村を訪れてほしいと聴衆に呼びかけた。
環境省釧路自然環境事務所の岡野隆宏所長は、国として、国立公園が保護と利用の好循環を生み出し、訪問者の人生を変えるような感動と学びを提供する空間になることを目指していると強調。ATを求める旅行者は、唯一無二の体験や挑戦、健康的で環境負荷の少ない活動、そして自己変革を望んでおり、国立公園はその受け皿として極めて適していると説明。そのうえで鶴居村では、私有地を含む優れた自然景観の適切な利用ルールの策定や、認定ガイド制度の創設、物語性を伝えるガイド同行の義務化、さらには目に見える資源から目に見えない価値へと来訪者の理解を導く「インタープリテーション」をめぐる地域住民との協働などの取組を進めており、これらの実践は、上質なツーリズムのモデルとなり得ることを紹介した。
次に、國學院大學まちづくり学部の井門隆夫教授は、観光が大量消費型から「自己成長」や地域との関係づくりを重視する方向へ変化していると指摘し、地域の自然や産業、文化、生活そのものを資源と捉える立場から、観光客を「お客様」ではなく、地域と関係を築く「短期滞在型住民」として迎える近年の潮流を紹介した。今後は、地域のコミュニティが勧めるツーリズムを旅行者が楽しんでいくことが重要と強調した。
次に、北海道の自然ガイド界を長年けん引してきたマスターガイドの安藤誠氏が登壇し、鶴居村の冬を彩る動植物や風景の映像を紹介しながら、自然の魅力を言葉ではなく、写真や映像によって伝えることの意義を説明した。さらに、鶴居村独自のAT事業を支える「認定ガイド制度」について、特別保護区である宮島岬への同行が義務付けられた認定ガイドは、単に自然を案内するだけでなく、貴重な自然環境や動植物を守る「ガード」としての役割も担っていると強調。その取組を鶴居村や宮島岬から世界へ発信していく意義を力強く訴えた。
北海道アドベンチャートラベル協議会の菊地敏孝事務局長は、団体旅行から個人旅行へとシフトする近年のトレンドを踏まえ、個人旅行者のリピーター化にはATが重要な役割を果たすと指摘。そのうえで、知的好奇心が高い旅行者の期待に応えるためには、観光事業者だけでなく、地域全体でATに取り組む必要があると強調した。豊かな自然と文化を持つ鶴居村の魅力を国内外に発信する取組として、令和8年6月に開始予定の鶴居村でのATツアーの内容を紹介した。
最後に環境省の成田浩司大臣官房審議官が、全国の国立公園でのAT事業の企画・自走などに向けた取組を説明。また、国立公園100周年記念事業として、地域に暮らす人々の声をまとめた聞き書き集「国立公園ものがたり」の第1弾で釧路湿原国立公園を取り上げていることを紹介。地域と連携し、釧路湿原をはじめ全国の国立公園のブランド力向上を支えていく決意を示した。
第2部は、主に鶴居村とアーティスト、企業、学生とのコラボレーションに着目。「タンチョウの里鶴居村音楽祭」で音楽監督兼指揮者を務める指揮者・石川征太郎氏(ピアノ伴奏)と音楽祭の協力アーティストであるヴァイオリニスト・成田達輝氏による演奏と対談で幕を開けた。披露されたのは、ヨハネス・ブラームス編曲の「ハンガリー舞曲」と、イタリアの作曲家ヴィットーリオ・エモンティが手がけた「チャールダーシュ」(ハンガリー語で「酒場」の意)。選曲について石川氏は、毎年11月に音楽祭が開かれる鶴居村の風景が、ルーマニアやハンガリーの農村に広がる秋の情景を想起させることと、今や鶴居村の名物として定着したクラフトビールの存在を挙げたうえで、晩秋の鶴居村の情景を思い浮かべながら聴いてほしいと語った。
次に、支援官チームから、地方創生伴走支援制度の概要とこの1年間の支援活動を紹介。主に、釧路湿原国立公園などの地域資源を活用した新たな観光コンテンツづくりや、効果的なPRに向けて、企業や地域内外のキーパーソンとの連携に関するアイデア出しや調整を重点的に支援していることを説明。
鶴居村との企業連携については、まず日本航空株式会社(JAL)の取組が紹介された。両者に共通する「鶴」をきっかけに交流が生まれ、安藤誠氏とともに企画した4日間のATツアーの造成や、鶴居村の酪農や畜産品をはじめとする地域資源を活用した商品開発、フォトコンテスト開催や醸造用ブドウ収穫といった自然環境の保全・地域貢献活動など、これまで積み重ねてきた一連の共創プロジェクトの歩みが説明された。
次に、西部トラベル株式会社は、鶴居村、株式会社西武リアルティソリューションズ(現株式会社西武不動産)、環境省釧路自然環境事務所との間で締結した宮島岬エリアの適正利用に関する連携協定を紹介したうえで、ジビエ料理や新鮮な生乳を使ったチーズ、クラフトビール、音楽祭など、鶴居村が持つ多様な魅力を生かし、トレッキングに限らないオーダーメイド型の旅行商品を官民一体で企画していくことを強調した。
株式会社大塚商会は、鶴居村に寄贈した多言語対応自動翻訳機能やナビゲーション機能、生成AIを搭載した最新の第5世代スマートグラスについて、鶴居村でのAT事業での活用を見据え、令和8年2月より実証実験を開始することを発表した。
エステー株式会社は、森林総合研究所との共同研究で全国66か所にて実施した空気採取の結果、鶴居村の空気を「日本一きれい」と評価。その要因とされる鶴居村のトドマツに着目し、現地の林業事業者と連携してトドマツの葉から有効成分を抽出し、ホテル向けの消臭スプレーとして製品化していること、また研究を通じて確認した成分に含まれるストレス軽減や睡眠の質改善効果などをベースとした企業間連携の事例を紹介した。
株式会社ゴールドウィンからは、国立公園オフィシャルパートナーとして、日本各地で展開している国立公園のATの取組が紹介されるとともに、令和7年度に同社が鶴居村で実施したATプログラムの実施状況を報告し、地域の魅力を旅行者へ提示する「キュレーター」としての役割を果たしていく意気込みを示した。
最後に、國學院大學・観光まちづくり学部の4年生有志は、鶴居村を訪れ、3泊4日の自然アクティビティや文化体験、村民との交流を通じて得た知見を報告した。そのうえで、学生たちは、その経験をAT事業の発信につなげるため、村で活躍する人々に焦点を当てた「つるい攻略本」を制作。鶴居村の自然と文化を支える人々との交流を通して、鶴居村を特別な場所として強く感じるになった体験がインスピレーションとなったと強調した。
今回の発表会には約130名が参加し、自然体験と地域文化を組み合わせた鶴居村独自の観光の未来像が示され、参加者はその魅力や可能性を共有した。関係者同士のネットワークが広がる貴重な場にもなり、地域一体となった観光産業づくりへの動きを後押しする契機になりそうだ。今後、鶴居村は自然と共生する観光の価値を磨き続け、その魅力を国内外へ発信する取組を一層強化していく予定である。鶴居村の挑戦は始まったばかりだ。
写真6 マスターガイドの安藤誠氏による講演
写真7 登壇者による集合写真
対談 地方創生支援官×村役場担当者
地方創生支援官の主なカウンターパートである鶴居村役場の担当者と、地方創生伴走支援制度に応募したきっかけや、連携を進める中で得られた気づき、鶴居村やATの持つ魅力やポテンシャルについて対談を行った。
(矢野)
私は、この1年間、内閣府の大藪さん、文部科学省(内閣官房に出向中)の内場さんとともに、鶴居村役場の和田さんに鶴居村の窓口になっていただき、支援官として、密にコミュニケーションをとりながら様々な活動を行ってきました。まず、この地方創生伴走支援制度に応募した理由から。私の場合は、これまでも財務省や金融庁での業務を通じて、国の立場から地方活性化に携わる機会もありましたが、次第に現場の担当者や地域のプレーヤーの方々と直接連携しながら、具体的な課題の解決に取り組んでみたいという思いが募り、今回、支援官に応募しました。
(大藪)
これまで私は、地域に密着した不動産業者が、地方公共団体や住民などと共創してまちに新たな価値を創出する取組の推進や、「日本の未来の縮図」とも言われる離島の中でも有人国境離島において、滞在型観光の促進や雇用機会の拡充などを行い、関係人口の創出や産業振興など地域社会の活性化を図ってきました。その経験を活かし、地方創生に寄与できればと思い、支援官を希望しました。
(内場)
私は、地方創生は、制度や計画だけではなく、現場で実際に動く人や関係性によって初めて形になると考えていました。自治体の実情に寄り添いながら、国の知見やネットワークを現場に還元する役割を果たしたいと思い、支援官に応募しました。机上では見えない課題や可能性に直接触れられる点にも大きな意義を感じました。
(矢野)
現場の目線を持つとともに、これまでの経験を地方創生で生かしてみたい人に絶好の機会だったわけですね。今後、国での政策立案に還元できる機会も多いと思います。和田さんには、鶴居村が支援自治体に応募した理由についてお伺いしたいと思います。
(和田)
鶴居村は令和6年度からAT事業に本格着手し、釧路湿原国立公園を活用したガイドツアーの造成や、自然と調和した質の高い利用体制づくりを進めてきました。コンテンツは充実してきたものの、PRの人材やノウハウが不足しており、より効果的で戦略的な情報発信を模索するため、支援自治体に応募しました。
(矢野)
オンライン会議や現地訪問を通じて、役場職員、議員、酪農家、クラフトビール醸造家、プロガイドなど、鶴居村の立場の異なる方々と話す中で、数字や資料では掴めなかった鶴居村の強みや課題が明確になったと感じています。皆さんからも気付きや感触があれば、教えてください。
(内場)
支援活動に携わる中で特に意識したのは、地域の皆さんの懐に積極的に飛び込み、距離を縮めることでした。活動の途中では、納涼祭で牛乳の早飲み競争に参加したり、羽田産直館では鶴居村のマスコットキャラクター「つるぼー」の着ぐるみを着てプロモーションを手伝ったりと、地域行事にも積極的に関わりました。また、AT事業関係者の方々とともに釧路湿原国立公園を何十キロもトレッキングし、率直に語り合える関係を築くことができました。こうした信頼関係の上で、外部の立場だからこそ持ち得る視点を加えながら、鶴居村の皆さんと共に考えを広げていけたことに、大きな達成感を覚えています。
(和田)
これまでの取組を通じて、支援官は、「考えを整理し、選択肢を広げていく触媒」ではないかと感じています。鶴居村は、支援官とともに、AT事業の体験価値をさらに高めていくため、民間企業や地域内外のキーパーソンと調整を進めてきましたが、皆さんの助言が事業推進の後押しとなり、村として新たな挑戦に踏み出す自信に繋がったケースは枚挙にいとまがありません。
(大藪)
お役に立てたのであれば光栄です。人口減少と人手不足が深刻化する中、私が大切にしているのは「共創・共存・共栄」の精神です。地域には多様な背景を持つ人々が暮らしており、行政・企業・団体などが連携し、新たな価値を生み出すことが地方創生につながると思っています。
(矢野)
次に、鶴居村の魅力や課題などに目を向けましょう。
(内場)
鶴居村の最大の特徴は、なんといっても釧路湿原国立公園を擁し、湿原と雄大な草原、山々が織りなす四季折々の景観です。タンチョウだけでなく、エゾシカ、キタキツネ、オジロワシなど、希少な野生動物の住処でもあります。そして、私自身、道東を訪れたことがなかったのですが、東京から釧路空港まで約1時間30分、空港から鶴居村まで車で40分弱というアクセスの良さには驚きました。一方、人材やノウハウの不足、情報発信力の強化は、外部との連携で補う必要があります。
(大藪)
地域住民と行政が連携し、特別天然記念物タンチョウの保護・共生の取組が進んでおり、定住促進策の実施も相まって移住者も増え、交流を通じた協働型の地域コミュニティが育っている点が魅力であり、強みでもあると思いました。一方で、人口減少や高齢化が深刻で、住民確保や担い手不足対策とともに、多様化する観光需要に応えるために、6次産業化を始めとした加工品やサービスの品質向上も必要と思います。
(和田)
鶴居村には、地域への強い愛着を持ち、行政や事業に前向きに関わろうとする人材が多く、意思決定のスピードが速い点は大きな強みです。一方で、人口減少が進む中では、関係人口の創出が重要となるものの、過度に増加するとインフラ不足によるオーバーツーリズムが懸念されます。そのため、旅行者と深い関係を築き、長期滞在を促す政策が求められており、こうした背景がAT事業推進の動きにつながりました。
(矢野)
釧路湿原国立公園は、日本最大の湿地であり、希少な生態系と文化資源を併せ持つ地域で、この特性は、ATの核である「自然」「身体的活動」「異文化体験」に非常に適合していますね。皆さんは、鶴居村のAT事業のポテンシャルをどう考えていますか。鶴居村では、酪農、観光、クラフトビール、環境保全など、各分野で様々な取組を行っていますが、それらをつなぐ協働の仕組みづくりがまさにAT事業ですね。
(内場)
釧路湿原国立公園を生かしたAT事業の価値は、「自然」と「地元の暮らし・人との交流」を一つの物語として体験できる点にあります。釧路湿原は水源と生産現場が近接しており、「自然が産業や文化を生んだ理由」を実感できる稀有なフィールドです。最終的に人との交流まで設計できれば、リピーターや関係人口の創出につながる持続的な観光モデルとなります。
(大藪)
カヌーやバードウォッチング、タンチョウ観察など、季節ごとに異なる体験を提供できる点が強みではないでしょうか。また、環境保全の現場理解や釧路の食文化などを組み合わせることで、単なる自然体験に留まらず、深い学びや異文化交流を伴うツーリズムが実現できると思います。
(和田)
釧路湿原国立公園の広大な自然環境や四季の変化、野生生物との距離感は、少人数・高付加価値型の体験に適しています。一方で、自然環境の保全と利用の両立、国立公園内における利用ルールや関係機関との調整、ガイド人材の確保・育成などが課題であり、計画的かつ持続的な運営体制の構築が求められます。現在、特に課題と感じているのは、地域の中核として主体的に活動してくれるプレーヤーの確保です。
(矢野)
ATは地域の「ありのまま」を磨き上げ、高付加価値で提供する取組です。鶴居村では、自然や生態系、歴史、文化、食などの体験を深化させることを目指しています。プレーヤー不足は一朝一夕には解決できませんが、地域内外のキーパーソンや企業との共創により、地域の持つ潜在力をより効果的かつ効率的に引き出し、体験価値の深化、事業のスケールアップ、村外へのPR強化、投資の誘発など、多面的な波及効果が期待できます。
(和田)
2月5日に東京で開催した「北海道鶴居村 稼げる観光へ―アドベンチャートラベル発表会―」は、関係者が協力して鶴居村やAT事業の魅力、可能性を全国に発信する機会となりました。國學院大學の学生さんにも登壇してもらい学生ならではのユニークな視点の発表や音楽祭アーティストによる演奏も聴衆の目を引いたように思います。
(内場)
企業やキーパーソンとの連携も始まったばかりのものもあり、まだまだAT事業を推進していくうえでも課題は多いですが、一歩一歩着実に進めていくことが重要と考えます。
(矢野)
引き続き皆で力を合わせて頑張りましょう。本日はありがとうございました。
(以上)
写真 左から(敬称略)
大藪 亮 内閣府 政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当)付政策企画専門職
内場 裕子 内閣官房 デジタル行財政改革会議事務局参事官補佐
和田 彰 鶴居村役場 企画財政課長補佐兼企画調整係長
矢野 智史 金融庁 総合政策局総合政策課総合政策調整官
*1) タンチョウは一度絶滅したと考えられていたが、大正13年、釧路湿原国立公園内の鶴居村・チルワツナイ川で十数羽が見つかった。
*2) 日本の農山漁村が持つ景観・文化・環境を守り、地域が自立して発展することを目的としたNPO法人。平成17年にフランスの「最も美しい村」運動に着想を得て設立。令和8年3月時点で57町村・地域が加盟。
*3) ATTA HP参照。
*4) ATTA HP参照。
*5) 当日の様子は鶴居村のHPにて動画アーカイブを公開(https://tsuruimura.com/archive-tsurui-at/)

