AI発展がZ世代の雇用構造に及ぼす影響
大臣官房総合政策課 海外経済調査係 高森 咲希
1.はじめに
2025年8月の米国の失業率は4.3%前後と、FRBの長期目標レンジ内におおむねとどまっているものの、労働市場の下振れリスクはFOMC参加者からも指摘されているところであり、この見解を裏付けるものとして若年層の失業率上昇が挙げられる。
【図表1 失業率(年代別)】に示すとおり、米労働統計局(BLS)によれば2025年8月の20~24歳の失業率は9.2%と、2023年4月に5.5%をマークしてから上昇傾向である。これは、全体失業率の2倍以上にあたる水準であり、ここ1年は4.0~4.3%で推移している全体の失業率や他の年齢層とは対照的な動きとなっており、世界金融危機やコロナ禍では見られなかった。労働参加率や雇用率も足元は減少傾向にあり「働く意欲はあるのに仕事がない」「探しても見つからない」といった停滞感が浮き彫りになっている。
この背景には、テクノロジーの進化、とりわけ生成AIの台頭の影響が一部で顕在化しつつあるとの指摘がある。本稿では、こうした変化の渦中にいる若者の経済状況を確認するとともに、労働市場におけるAIの影響について整理したい。
2.Z世代の特徴
次に、米国におけるZ世代(Generation Z)の就職事情、経済活動について説明していく。Z世代は主に欧米での呼び方で、ミレニアル世代(1980年代~1990中盤生まれ)の次に当たる1990年代中盤から2010年序盤生まれの年齢層の若者を指し、前半世代は既に労働市場へ参入している層、後半は今後労働市場に参入する層であり、いずれにせよ労働市場での主力を担う。
価値観やキャリア志向に関しては、タイムパフォーマンス重視の効率主義、多様性の尊重、ワークライフバランスや雇用の安定性を重視している*1。日本ではゆとり世代の次の世代として、デジタルネイティブ世代とも呼ばれている。
(1)教育投資と経済的負担
Z世代は、過去の世代よりも高い教育水準を達成している。成人したZ世代のうち、57%が21歳までに大学進学を果たしており、ミレニアル世代の52%、X世代の43%に比べて大学進学率が高い。
しかし、学びの機会を広げる一方で学費上昇に直面している。平均的な学生ローン残高こそ他の世代より低いものの、Z世代の学生ローン借入の平均残高はミレニアル世代よりも13%高い上、増加ペースも最も速い。教育水準の向上は将来的な所得増を見込む投資でもあるが、同時に学費負担の増大という現実的な重圧を伴っている。
さらに、学生ローンの負担はZ世代のライフイベントにも影響を及ぼしている。84%が借入を理由に住宅購入や起業を先送りし、72%がキャリア選択にも制約を感じている。教育の機会を広げた代償として、Z世代は経済的自立や資産形成のスタート地点を後ろ倒しにするリスクを抱える世代となっている*2。
(2)就職状況
このような中で深刻なのが、Z世代の就職状況だ。先に述べたように、準学士~大学院修士課程修了者にあたる20歳~24歳の失業率は増加傾向な上、【図表2 雇用率及び労働参加率(年代別)】に示すとおり、雇用率を年齢別にみると、16歳以上の全世代は高水準で推移している一方、16~24歳は足元低下傾向である。
3.AIの台頭と雇用構造の変化
次にAIの台頭が労働市場に及ぼす影響について確認していく。
(1)AIの台頭
2022年11月にOpenAI社が「ChatGPT」を公開して以来、生成AIの利用は急拡大している。カンザスシティ連銀管轄下の複数の専門・ビジネスサービス企業の「最近の大規模なレイオフは、労働需要を減少させるAI機能の適用と実装に関連している」というコメントからも、AIの台頭が労働市場に大きく影響していることがうかがえる。
【図表3 雇用者数(業種細分類別)】は、専門ビジネスサービス業のうち細分別の雇用者数の推移を示している。「ChatGPT」公開以降、生成AIが得意とする情報収集やルーティンワーク、言語・画像生成などのタスクを多く含む業種で、雇用者数が減少傾向に転じている。これは、こうした定型的業務の自動化が進み、複数の職種で新卒者が社会人としての経験を積む入口の機会が減少しているという構造的な変化が生じていることを示唆している。熟練職には実務を通じ培われた専門性が不可欠であり、その基盤はエントリーレベル職で形成される。こうした初期段階の職務機会が減少することで、上級職を担う人材の育成経路が細り、労働市場の循環が停滞しつつある。
テクノロジー業界では、有名大学を卒業しても内定を得られない新卒者が増加している。有力テクノロジー企業15社の採用動向を調査したところ、経験1年以下の新卒者採用が前年比25%減少し、入門レベルの職種が大幅に縮小している。
このように、デジタル技術に親和的なZ世代が、皮肉にもキャリア初期段階でAIによって労働市場参入を阻まれる構図が生じている。
(2)Z世代の職業観の変化と技能教育へのシフト
AIの急速な普及の中、Z世代は、以前にも増してAIによる代替困難な対人関係や肉体的スキルが不可欠な職業に魅力を感じている。同世代の労働者を対象に実施した調査によると、熟練技能職(建設・配管・電気)や対人サービス分野(医療・教育・福祉)を「安全なキャリア」として認識している。
このような状況の中、職業訓練に特化した公立の2年制大学は、入学者が前年比5.3%増と3年連続で増加している。これは、4年制大学の2.5%増を大きく上回る。また、分野別で見ても「安全なキャリア」への関心の高さが窺える。【図表4 職業訓練校の入学予定者(前年比)】は、職業訓練校の入学者の増減率を分野別で示しているが、2025年春は電気・配管分野でそれぞれ前年比21.6%・20.9%、医療分野で34.9%増加している。
(3)企業の対応
労働力として頭角を現してきたAIへ対する企業の対応はまちまちである。
【図表5 AI導入に伴うサービス業の対応】のとおり、2025年8月時点のニューヨーク連銀の調査結果によれば、今後6カ月でAI導入に伴うレイオフ及び雇用抑制を見込むサービス企業は、雇用拡大を見込む企業の3倍となる36%にのぼる。一方で、47%の企業が今後6カ月の主たる対応として従業員の再教育を挙げており、現時点ではレイオフよりも人材再配置を優先する傾向がある。例えば、米大手小売店ウォルマート社はAI導入で単純労働が減少する中、人員削減に踏み切らず、荷出しや発送作業を担っていた従業員を対象にリスキリング(再教育)を実施し、外部委託していた技術職を社内人材で補う体制へと転換している。
一方で、アマゾン社はAIによる自動化を理由として1.4万人の人員削減を発表した。主に管理部門を中心としたホワイトカラー職に影響が出ているが、物流や決済、ビデオゲーム、クラウドコンピューティング部門と幅広い部門が対象で、今後もこのトレンドが続くかどうかを注視していく必要がある。
もっとも、AIは今後10年間で生産性の伸びを年間0.3~3.0%ポイント押し上げ得るとの研究結果もあり、過去の技術革新と同様に、長期的には生産性と生活水準を押し上げる可能性が高いとみられている。ただし、雇用拡大を伴わない経済成長を意味する「雇用なき成長」への懸念が指摘されている点を忘れてはいけない。
4.おわりに
今後、消費と労働力の中心層となるZ世代は、米国経済活動の重要な担い手である。本稿では、AIの発展がZ世代の雇用構造に及ぼす影響を整理したが、これらの変化は単なる技術革新にとどまらず、労働市場の再編や働き方の多様化を促す契機ともなりうる。
Z世代が直面する労働市場の変化を通じて、AI時代の雇用構造がどのように再編されていくのかを注視することは、米国経済全体の動向を把握するうえでも欠かせない。今後も、AI発展がもたらす労働市場の構造的な変化を丁寧に追いながら、経済の動きを注意深く見ていきたい。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、誤りは全て筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・Bank of America「Gen Z:A new economic force」(2025年3月14日)
・National Student Clearinghouse Research Center「Current Term Enrollment Estimates」(2025年5月22日)
・Jobber「THE ANNUAL BLUE COLLAR REPORT」(2025年)
・Federal Reserve Bank of Dallas「Advances in AI will boost productivity, living standards over time」(2025年6月24日)
・リクルートワークス研究所「『Z世代』を知る 米国にみる働き方とデジタル依存」(2025年10月10日)
・米労働省、FRB、各種報道(Bloomberg、Reuters、日本経済新聞)
*1) 野村総合政策研究所(NRI)「Z世代|用語解説」
*2) EDUCATION DATA INITIATIVE「Student Loan Debt by Generation」(2024年11月21日)
大臣官房総合政策課 海外経済調査係 高森 咲希
1.はじめに
2025年8月の米国の失業率は4.3%前後と、FRBの長期目標レンジ内におおむねとどまっているものの、労働市場の下振れリスクはFOMC参加者からも指摘されているところであり、この見解を裏付けるものとして若年層の失業率上昇が挙げられる。
【図表1 失業率(年代別)】に示すとおり、米労働統計局(BLS)によれば2025年8月の20~24歳の失業率は9.2%と、2023年4月に5.5%をマークしてから上昇傾向である。これは、全体失業率の2倍以上にあたる水準であり、ここ1年は4.0~4.3%で推移している全体の失業率や他の年齢層とは対照的な動きとなっており、世界金融危機やコロナ禍では見られなかった。労働参加率や雇用率も足元は減少傾向にあり「働く意欲はあるのに仕事がない」「探しても見つからない」といった停滞感が浮き彫りになっている。
この背景には、テクノロジーの進化、とりわけ生成AIの台頭の影響が一部で顕在化しつつあるとの指摘がある。本稿では、こうした変化の渦中にいる若者の経済状況を確認するとともに、労働市場におけるAIの影響について整理したい。
2.Z世代の特徴
次に、米国におけるZ世代(Generation Z)の就職事情、経済活動について説明していく。Z世代は主に欧米での呼び方で、ミレニアル世代(1980年代~1990中盤生まれ)の次に当たる1990年代中盤から2010年序盤生まれの年齢層の若者を指し、前半世代は既に労働市場へ参入している層、後半は今後労働市場に参入する層であり、いずれにせよ労働市場での主力を担う。
価値観やキャリア志向に関しては、タイムパフォーマンス重視の効率主義、多様性の尊重、ワークライフバランスや雇用の安定性を重視している*1。日本ではゆとり世代の次の世代として、デジタルネイティブ世代とも呼ばれている。
(1)教育投資と経済的負担
Z世代は、過去の世代よりも高い教育水準を達成している。成人したZ世代のうち、57%が21歳までに大学進学を果たしており、ミレニアル世代の52%、X世代の43%に比べて大学進学率が高い。
しかし、学びの機会を広げる一方で学費上昇に直面している。平均的な学生ローン残高こそ他の世代より低いものの、Z世代の学生ローン借入の平均残高はミレニアル世代よりも13%高い上、増加ペースも最も速い。教育水準の向上は将来的な所得増を見込む投資でもあるが、同時に学費負担の増大という現実的な重圧を伴っている。
さらに、学生ローンの負担はZ世代のライフイベントにも影響を及ぼしている。84%が借入を理由に住宅購入や起業を先送りし、72%がキャリア選択にも制約を感じている。教育の機会を広げた代償として、Z世代は経済的自立や資産形成のスタート地点を後ろ倒しにするリスクを抱える世代となっている*2。
(2)就職状況
このような中で深刻なのが、Z世代の就職状況だ。先に述べたように、準学士~大学院修士課程修了者にあたる20歳~24歳の失業率は増加傾向な上、【図表2 雇用率及び労働参加率(年代別)】に示すとおり、雇用率を年齢別にみると、16歳以上の全世代は高水準で推移している一方、16~24歳は足元低下傾向である。
3.AIの台頭と雇用構造の変化
次にAIの台頭が労働市場に及ぼす影響について確認していく。
(1)AIの台頭
2022年11月にOpenAI社が「ChatGPT」を公開して以来、生成AIの利用は急拡大している。カンザスシティ連銀管轄下の複数の専門・ビジネスサービス企業の「最近の大規模なレイオフは、労働需要を減少させるAI機能の適用と実装に関連している」というコメントからも、AIの台頭が労働市場に大きく影響していることがうかがえる。
【図表3 雇用者数(業種細分類別)】は、専門ビジネスサービス業のうち細分別の雇用者数の推移を示している。「ChatGPT」公開以降、生成AIが得意とする情報収集やルーティンワーク、言語・画像生成などのタスクを多く含む業種で、雇用者数が減少傾向に転じている。これは、こうした定型的業務の自動化が進み、複数の職種で新卒者が社会人としての経験を積む入口の機会が減少しているという構造的な変化が生じていることを示唆している。熟練職には実務を通じ培われた専門性が不可欠であり、その基盤はエントリーレベル職で形成される。こうした初期段階の職務機会が減少することで、上級職を担う人材の育成経路が細り、労働市場の循環が停滞しつつある。
テクノロジー業界では、有名大学を卒業しても内定を得られない新卒者が増加している。有力テクノロジー企業15社の採用動向を調査したところ、経験1年以下の新卒者採用が前年比25%減少し、入門レベルの職種が大幅に縮小している。
このように、デジタル技術に親和的なZ世代が、皮肉にもキャリア初期段階でAIによって労働市場参入を阻まれる構図が生じている。
(2)Z世代の職業観の変化と技能教育へのシフト
AIの急速な普及の中、Z世代は、以前にも増してAIによる代替困難な対人関係や肉体的スキルが不可欠な職業に魅力を感じている。同世代の労働者を対象に実施した調査によると、熟練技能職(建設・配管・電気)や対人サービス分野(医療・教育・福祉)を「安全なキャリア」として認識している。
このような状況の中、職業訓練に特化した公立の2年制大学は、入学者が前年比5.3%増と3年連続で増加している。これは、4年制大学の2.5%増を大きく上回る。また、分野別で見ても「安全なキャリア」への関心の高さが窺える。【図表4 職業訓練校の入学予定者(前年比)】は、職業訓練校の入学者の増減率を分野別で示しているが、2025年春は電気・配管分野でそれぞれ前年比21.6%・20.9%、医療分野で34.9%増加している。
(3)企業の対応
労働力として頭角を現してきたAIへ対する企業の対応はまちまちである。
【図表5 AI導入に伴うサービス業の対応】のとおり、2025年8月時点のニューヨーク連銀の調査結果によれば、今後6カ月でAI導入に伴うレイオフ及び雇用抑制を見込むサービス企業は、雇用拡大を見込む企業の3倍となる36%にのぼる。一方で、47%の企業が今後6カ月の主たる対応として従業員の再教育を挙げており、現時点ではレイオフよりも人材再配置を優先する傾向がある。例えば、米大手小売店ウォルマート社はAI導入で単純労働が減少する中、人員削減に踏み切らず、荷出しや発送作業を担っていた従業員を対象にリスキリング(再教育)を実施し、外部委託していた技術職を社内人材で補う体制へと転換している。
一方で、アマゾン社はAIによる自動化を理由として1.4万人の人員削減を発表した。主に管理部門を中心としたホワイトカラー職に影響が出ているが、物流や決済、ビデオゲーム、クラウドコンピューティング部門と幅広い部門が対象で、今後もこのトレンドが続くかどうかを注視していく必要がある。
もっとも、AIは今後10年間で生産性の伸びを年間0.3~3.0%ポイント押し上げ得るとの研究結果もあり、過去の技術革新と同様に、長期的には生産性と生活水準を押し上げる可能性が高いとみられている。ただし、雇用拡大を伴わない経済成長を意味する「雇用なき成長」への懸念が指摘されている点を忘れてはいけない。
4.おわりに
今後、消費と労働力の中心層となるZ世代は、米国経済活動の重要な担い手である。本稿では、AIの発展がZ世代の雇用構造に及ぼす影響を整理したが、これらの変化は単なる技術革新にとどまらず、労働市場の再編や働き方の多様化を促す契機ともなりうる。
Z世代が直面する労働市場の変化を通じて、AI時代の雇用構造がどのように再編されていくのかを注視することは、米国経済全体の動向を把握するうえでも欠かせない。今後も、AI発展がもたらす労働市場の構造的な変化を丁寧に追いながら、経済の動きを注意深く見ていきたい。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、誤りは全て筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・Bank of America「Gen Z:A new economic force」(2025年3月14日)
・National Student Clearinghouse Research Center「Current Term Enrollment Estimates」(2025年5月22日)
・Jobber「THE ANNUAL BLUE COLLAR REPORT」(2025年)
・Federal Reserve Bank of Dallas「Advances in AI will boost productivity, living standards over time」(2025年6月24日)
・リクルートワークス研究所「『Z世代』を知る 米国にみる働き方とデジタル依存」(2025年10月10日)
・米労働省、FRB、各種報道(Bloomberg、Reuters、日本経済新聞)
*1) 野村総合政策研究所(NRI)「Z世代|用語解説」
*2) EDUCATION DATA INITIATIVE「Student Loan Debt by Generation」(2024年11月21日)

