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グッズがつなぐ感情と経済:ポップマートに見る中国グッズ経済の躍進
在中国日本大使館参事官 阪井  聡至

1 はじめに:グッズ経済とは何か?
 筆者は、2024年夏から北京に赴任している。過去には、2009年から2年間、同じ北京での留学生活を送ったが、その後、十数年間の中国社会・経済・科学技術等の急速な発展・変化は、日々、世界各国のメディアによって私たちに届けられているように、常に注目を浴び続けている。
 近年、中国において「グッズ経済」という言葉が広く認知されるようになった。これは、キャラクターIP(知的財産)や創作アートを基盤とした商品(フィギュア、ぬいぐるみ、雑貨など)、すなわち“グッズ”(Goods。中国語の音を充てた「谷子(GuZi)」が用いられることが一般化)が一大産業を形成し、若年層を中心に強い消費喚起を生んでいる現象を指す。単なる玩具ではなく、「感情」「世界観」「自己表現」の媒体としての商品が支持され、SNSを通じて拡散されることで、経済と文化の新たな結節点となっている。
 このグッズ経済の象徴的企業が、「ポップマート(泡泡玛特 / POP MART)」である。同社は中国・北京発のトイメーカーとして2008年に創業し、2015年以降、ブラインドボックス(中国語名「盲箱」、中身が分からない状態で販売される玩具。“サプライズトイ”とも呼ばれる)形式のフィギュアを中心に展開し、Z世代の共感消費、コレクション欲とSNS文化を巧みに取り込み、アジアを中心に急成長した。もともとは数十元(数百円~数千円程度)の小さなフィギュアが主流だったが、近年は「MEGAサイズ」や限定コラボ、オークション向け1点ものなど、アートトイ市場としての深化が加速している。
 このような爆発的な成長は、単なるヒット商品の量産ではなく、精緻に設計されたIPモデル、販売戦略、感情マーケティング、そして中国社会全体の“グッズ化”傾向を背景としている。本稿では、ポップマートを中心に、中国のグッズ経済の構造、国家政策との関係、日本市場との比較、そして日系企業にとっての示唆を探る。
写真 香港出身アーティストによって創作された絵本「The Monsters」に登場するキャラクター、Labubu。海外セレブがバッグやSNSで使用し、2024年以降のトレンド拡散を促進。(筆者撮影)

2 ポップマートの成長軌跡と財務実績
 ポップマートの成功は数字が物語っている。
 2018年の売上は約5億元(約100億円。1≓20円)であったが、2018年~19年の爆発的成長期を経て、2020年~20年にも高成長を続けた。2022年は一時的に伸び悩んだが、2023~24年にかけて再び急成長期に投入し、2024年には売上高130億元(約2,600億円)を記録した。注目すべきは粗利率の高さである。粗利益率は66%超(2024年)と売上、利益とともに過去最高を記録。IPと感情的価値によるビジネスモデルの有効性がうかがえる。
 注目すべきは、海外展開の急加速である。2018年時点では、海外売上は極めて小さく、全体比では3%程度とされていた。2020年以降、越境EC、自販機、海外店舗の展開により、売上構成比は急激に上昇。2024年の海外売上は50.7億元(前年比375%増)に達し、全体の約39%を占めるまでに拡大しており、今後更に上昇するとの見方もある。韓国、日本、シンガポール、アメリカ、フランスなど、20か国以上で実店舗を展開し、越境ECやグローバルなファンダム形成を進めている。Labubu(ラブブ)、DIMOO(ディムー)、SKULLPANDA(スカルパンダ)といった人気自社キャラクターは、いずれも内面世界や感情の投影を重視した設計がなされており、国境を越えた“推し文化”の担い手となった。
写真 ポップマートを代表する人気IP、SKULLPANDA。ゴシックかつミステリアスなビジュアルが特徴。(筆者撮影)

3 Z世代の共感消費とマーケティング手法
 ポップマートの消費者の多くは1995年以降に生まれたZ世代である。彼らはモノの「機能性」ではなく、「共感性」「感情移入」「物語性」に価値を見出す。
 彼らは「安い」「多機能」よりも、「自分らしさ」や「共感」「推せるかどうか」を重視する。ポップマートは、キャラクター設定や商品構成を通じて、Z世代が自身の内面や感情を重ねられるような「共感設計」を実現した。この手法は、SNS時代においては特に効果的で、ユーザーが自ら“語る”ことで商品価値が増幅されていく。
 同社の主力商品であるブラインドボックスは、購入時にはどのキャラクターが当たるか分からない「不確実性」が特徴で、ガチャ的な遊び心が消費者の収集欲やSNS投稿意欲を刺激する。「晒盒(シャーハー)」と呼ばれる“開封シェア”文化は、Xiaohongshu(小紅書/RED)やTiktok(抖音)で爆発的に拡散し、商品の宣伝をユーザーが担うという構図を生んでいる。
 また、同社はキャラクターごとに詳細な設定やストーリーを与え、「自分の気持ちを代弁してくれる存在」としてブランド化している。例えばLabubuは愛嬌と毒っ気の混在した孤高のキャラ、DIMOOは内省的で夢想的な少年像といった具合である。
 
コラム1 盲箱トイがアートになるとき
 2025年6月10日、現代美術・ジュエリーを扱う北京のオークションハウス、Yongle(永楽)国際オークションで開催された世界初のLabubu専門オークションで、身長約131センチの“等身大Labubu”が124万元(約17.3万米ドル)で落札された。Labubuはこれまで、K-Popアイドル(BLACKPINKのLisaほか)やデビッド・ベッカムといったセレブがバッグやSNSに登場させたことによって注目とブランド価値が急上昇していたところ。
 参加者はオンライン、オフライン合わせて約1,200名で、総落札額は約3.73億元(約52万ドル)に達した。また、4フィート(約122センチ)のミントグリーンのLabubuも108万元(約15万ドル)の高額で落札されるなど、巨大Labubu作品への高額評価の傾向は、ポップマートのIPが「玩具」の枠を超え、アート作品、投資商品へと進化している一つの事象であると言える。
 
写真 ポップマートのロボショップ(自販機)。ショッピングモールはもちろん、空港や駅など公共施設にも数多く設置され、手軽にブラインドボックスなどのグッズを数十元(数百円~数千円)程度で購入できる。(筆者撮影)

4 国家政策とグッズ産業の融合
 中国政府は2010年代以降、「文化創意産業(文創産業)」を国家戦略の一部に位置づけており、IP保護の強化、資金支援、越境EC支援など、多角的な支援体制を整えている。2021年の『“十四五”文化産業発展計画』では、文化IPの創出と保護が明確に掲げられ、ポップマートのような企業に対しても有利な環境が整えられた。
 特に知財関連では、模倣品や海賊版の取り締まりが強化(著作権法や商標法の改正)され、信頼性の高いIPブランドが市場で正当に評価されるようになってきた。また、地方政府による補助金制度など文化企業支援も積極化しており、北京・成都などの拠点都市では、文化クラスターとしての整備が進む。
 このように、ポップマートの成長は、国家主導でIP企業の“舞台”を整備し、民間の感性と市場で勝負する構図が交差した結果といえる。
 
コラム2 「Lafufu現象」に見るグッズ経済の光と影
 等身大Labubuが100万元超で落札される一方で、その「偽物」が“逆に人気”を集めているという、一件矛盾した現象が中国や世界のSNS上で注目を集めている。模倣品「Lafufu(ラフフ)」は、正規品に似て非なる歪んだ顔つきや粗雑な造形が話題となり、Z世代を中心に「崩れた可愛さがむしろ癖になる」として、いわば“カルト的ブーム”を引き起こしている。
 中国国内では2024年以降、浙江省義烏市や広東省広州市など模倣品の集散地で大規模な摘発が進められており、ポップマート自身も「Lafufu」を皮肉る形で商標出願を行うなど、知財対策に本腰を入れている。しかし模倣品の拡散速度は速く、特に越境EC、個人転売、SNSを通じた“拡散型流通”に対しては、行政と企業双方の連携が不可欠になっている。
 
5 日本市場との比較と協業の可能性
 日本は世界屈指のキャラクターIP大国であり、ポケモン、サンリオ、ジブリといったブランドが世界的に知られている。しかし、そのビジネスモデルは長らくアニメ起点・物語駆動型であり、フィギュアや玩具としての展開にはライセンス重視の慎重な姿勢が見られる。
 ポップマートは、物語よりもキャラの“存在感”と“世界観の共有”に重きを置き、ファンがSNSやリアル店舗で「共感・拡散・体験」する設計を重視している。これは日本の玩具・雑貨業界にとって、新たなIP展開モデルの示唆となり得る。
 また、すでにポップマートは渋谷・原宿・池袋など日本の若者文化の発信地に出店しており、アニメイトやロフトと提携し、日本のZ世代にも一定の支持を得ている。また中国でも人気の「クレヨンしんちゃん」や「SPY×FAMILY」「鬼滅の刃」「NARUTO」などアニメIPとの連携のほか、ディズニー、MARVEL、コカ・コーラといった大手グローバルブランドとのコラボも行われ、中国国内においても手軽に購入することができる。今後、日本のアーティストや企業とのIP協業が進めば、日中連携による“アジア発IP”のグローバル展開も現実的な戦略となるだろう。
写真 ポップマートが北京・朝陽公園内に開設した、世界初のキャクターIPテーマパーク「POP LAND」。約4ヘクタールの敷地で、ポップマートの人気キャラクターを核とした体験を提供し、若年層から家族連れまで平日でもにぎわっている。(筆者撮影)

6 むすび:グッズは感情と経済の
インフラへ
 ポップマートの成長は、単に企業の成功例にとどまらない。グッズが「モノ」から「体験」「記憶」「自己表現」へと進化しつつある現代において、商品は感情をつなぐインフラとなり得ることを示している。
 日本企業にとって、この潮流は新たな挑戦であると同時に、長年培ってきたIP資産や製品企画力を再活性化する好機でもある。感性、文化、創意、そしてテクノロジーを融合しながら、「共感の経済圏」を構築していくことが、次代の文化産業に求められる視点となるだろう。
写真 ポップマートとのIPコラボ事例。「クレヨンしんちゃん」「SPY×FAMILY」「鬼滅の刃」などの日本アニメIPのほか、ディズニー、コカ・コーラといった大手グローバルブランドとも連携。(筆者撮影)