国際局地域協力課長 津田 夏樹/東京大学 服部 孝洋
服部孝洋 東京大学公共政策大学院特任准教授
国庫とは何か
津田:2002年に財務省に入省して、最初は国際局の国際機構課でG7やIMFの担当をしました。その後、1年間、熊本国税局で働いた後、主税局で2年間、税制改革の取りまとめの仕事をしました。その後、ニューヨークのコロンビア・ビジネス・スクールに留学し、帰国後の2年間は金融庁で銀行監督をしました。
服部:まず、かなり大きな話になってしまいますが、そもそも国庫とは何かという点についてご説明いただけますでしょうか。
津田:国庫とは、国が保有する様々な資産のことです*2。現預金や不動産など、国家に帰属する財産的価値のあるもの全てを総称して国庫といいます。
服部:国庫の実際の資金の動きは、日銀を窓口に行われる点が重要な特徴ですね。いわゆる日銀が「政府の銀行」の役割を担っています。
津田:そうですね、国が日銀に口座を持っています。国庫金が預金の形態をとるときには、日銀に預けるということになっているので、国庫金の大宗が日銀の預金として存在するということになります。
服部:国庫制度という表現もありますが、国庫に関わる諸々の制度という理解でしょうか。
津田:そうですね。国庫の制度面については、法律でいえば、例えば、財政法や会計法、日銀の事務取扱規則などが関わりますが、国庫を運営する主体としての国と日本銀行を規律する法制度ということなのだと思います。
服部:国庫に係る法規を示したのが、図表1 国庫制度に関する主な法規ですが、多くの法律や規則が関わっていることが分かります。
国庫管理という業務
津田:予算も税も、最終的には国庫がお金を支払ったり受け取ったりすることになります。そういうお金の出入りは全部国庫の範疇の中に入ってきます。
国庫課と通貨(貨幣・紙幣)
服部:多くの人々にとって、通貨というと、日銀の印象が強いと思います。しかし、いわゆるコインは政府が作っていますよね。まず、貨幣・紙幣に関する財務省の役割と、日銀の役割について聞かせていただけますでしょうか。
津田:まず大前提として、通貨には「貨幣」と「紙幣」の二種類があります。「貨幣」とはコインのことで、「紙幣」とは、千円札とか一万円札といった紙のお札のことです。一般的には、貨幣という表現は、紙幣も含めて、現金全般の言い換えとして使う人もいると思います。しかし、我々国庫を担う人間にとっては、その2つを峻別する必要があり、実務上、貨幣と紙幣という言葉で分けて考えています。
服部:日銀の文章などを見ても、貨幣と紙幣は分けて記載されていますね。そして、それらを含めた広い概念として、「お金」や「マネー」といった言い方が用いられています。
津田:貨幣と紙幣が合わさると通貨になります。「通貨」は現金という言葉と同義ですが、通貨の方が、国等が発行した法貨という意味がより強まるかもしれません。そして、通貨に加え、民間金融機関の預金などを含めると「お金」や「マネー」になるというところでしょうか。人によっては、マネーという言葉に、例えばビットコインのような暗号資産なども含めるかもしれません。お金やマネーは最広義の言い方です。
津田:現金は、日銀の受け入れ拠点から日銀の各支店まで、日銀の負担において輸送しています。その後の、日銀支店から各民間銀行の金庫への輸送は、それぞれの民間金融機関の負担ということですね。
服部:貨幣のデザインなどを担当しているのは財務省ということですが、紙幣についてはどうなのでしょうか。
津田:紙幣もデザインや様式は財務大臣が決めることとされています。
日本銀行設立の歴史
津田:単純に昔からそうだから、という説明になると思います。世界のほとんどの国でも、貨幣の発行権というのは政府、すなわち財務省に帰属しています。紙幣の発行権は中央銀行に帰属するというのも、多くの国に共通しています。*4
津田:そうですね。アメリカも後に国立銀行制度ではうまくいかないとなって、FRBを作ることになります。
財務省国庫課の体制
津田:財務省は国全体の資金の流れに関わることを網羅的に担っていますが、毎年の国のお金をどう使うかという予算の話は、主計局が担っています。一方、政府の基本的な収入である税収は、主税局が定める税法に基づいて、国民・企業に納税してもらうことになっています。主計局や主税局は、単年度のフローベースに国の支出・収入に関わることを担当している一方、理財局はストックベース、すなわち、資産サイドと負債サイドの両面を局全体で担当しているということになります。
服部:国が有する土地などについては国有財産企画課などが担うということなので、国庫課が担っている業務は、国が有する資金、すなわち国庫金に特化しているということですね。
津田:そうですね。
服部:国庫金は日銀との関係が密接だという話をしましたが、その観点では、財務省の中で国庫課が、日銀と一番密接にやり取りをしている課の一つだと言っていいでしょうか。
津田:日々の資金繰りにおいてはそうですね。例えば、日本国債のカストディ業務については日銀がやっており、国債企画課や業務課も、国庫課と同様に日銀と実務的な関係が深いと思います。
服部:日銀の中に、国庫を扱う局として業務局があります。日銀の業務局には100人程度の人員が所属しているのですが、財務省の国庫課は30人ぐらいですよね。
津田:財務省の国庫課は、大きく分けると、現金グループ、デジタル通貨グループ、国庫グループに分かれています*5。国庫管理そのものをやっている人たちは10人くらいでしょうか。現金グループは、「通貨室」という室になっています。
服部:財務省の多くの課と同様、国庫課には企画係もありますね。
津田:企画係は、この3つのグループの総合調整をする、国庫課長の直轄部隊みたいな感じです。
服部:国庫課において、国庫収支や通貨については、どういう体制で対応されているのでしょうか。
津田:まず、現金グループ(通貨室)において、通常の貨幣の製造計画を立てているグループがあります。今、貨幣には500円玉から1円玉の6種類があるわけですけど、まず、どの貨幣がどのぐらい足りないかなどを計算します。例えば、貨幣が摩耗して傷んでくると、市中の銀行を経由して最終的に日銀に返ってくるわけです。そうすると、傷ついてもう使えないと判断された貨幣は、造幣局まで引き上げて、もう一度溶かして地金にして作り直します。
服部:日銀の資料を見ると、紙幣がボロボロになると、日銀に換流して新しいものに変えると説明されていますが、貨幣も同じように作り直しをしているわけですね。
津田:そうです。ただ紙幣は、基本的に傷んだり破れたりして使えないと思ったら、裁断して破棄するだけですが、硬貨の方は金属なので、鋳つぶして地金に戻して再利用します。
服部:それを、日銀を通じてまた流通させるわけですね。
津田:通貨室には、このような貨幣の製造計画を立てる係(貨幣回収準備資金係)があり、その係では、戻ってきたお金を鋳つぶしてできた地金のうち、不要なものを売却する業務も行っています。
服部:通貨の中でも、デジタル通貨を取り扱うグループもありますね。デジタル通貨企画係とデジタル通貨法規係があります。国庫課は通貨を担当しているという話もありましたが、デジタルも含めてマネーを担当しているということですね。
津田:そうです。組織的には、通貨室があり、そのトップが通貨室長です。それと同じように、デジタル通貨には、デジタル通貨企画官というポストがあり、これがデジタル通貨を担当するトップですが、今は私が国庫課長と兼務しています。国庫については、国庫企画官がいます。
国庫課と日銀の連携
服部:世間的には日銀が中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を推進しているというイメージがあるかもしれませんね。財務省国庫課では、デジタル通貨は課長を合わせて8名でやっているのですね。
津田:実際に人数も日銀のほうが多いですからね。また、CBDCはCentral Bank Digital Currencyの略なので、最終的に発行者が中央銀行になるという特徴もあります。でも、紙幣のデザインは財務大臣が決めているといったような観点で考えると、CBDCも骨格的な位置づけは財務省が決めることになります。
服部:日銀とのやり取りは、具体的にはどういうイメージでしょうか。
津田:係によってやり取りの形は違うとは思います。例えば、デジタル通貨の場合には、企画係が対外的な調整を行うので、企画係以外の係で直接日銀と接触することはあまりないという印象です。
国庫の実務を担う国庫調整係と国庫収支係
津田:これらの係は国庫業務の実務の担当です。7名の体制で回せる理由として、日銀のサポートがあるからですが、日銀業務局の財政収支グループが、この業務のカウンターパートです。そこは合計10人ぐらいのユニットです。
服部:そのお金の動きについて、文部科学省を例に取って考えようと思います。例えば、研究者は、科研費を文科省の公募を通じて獲得していますが、そもそも、まず文科省が財務省との折衝等を経て、科研費の枠を取ってきて、その枠の範囲で、研究者である僕らが申請して、申請が通れば、その科研費が研究者が所属する大学の口座などに振り込まれるはずです。その場合、その入金される3週間前に文科省がそのシステムに入力するというイメージでしょうか。
津田:そうですね。厳密には、大学は日銀に預金口座を持っていないので、例えば民間A銀行に口座を持っていて、そこに日銀から銀行間送金を通じて大学の口座に入金されることになります。
服部:国庫課はそのシステムの中身を見て、このぐらい支出が必要だが、では現在それに伴う収入があるのか、ということを考えるわけですね。もし将来収入があるにもかかわらず、収入のタイミングのずれがあり用意できないという場合であれば、政府短期証券(FB)を出すわけですね。単に出入りのタイミングのずれであれば、最終的にはどこかで収入があるはずですからね。
津田:1つの役所の中にも、様々な歳出の項目がありますよね。それを積み上げて、この日にはこれだけお金がいる、と計算します。その一方で、税収も同じように見積もりを立てて、例えば法人税がこのタイミングでこれだけ入ってくる、という予想を立てます。その結果、この日は100億円出ていくけど、50億円しか入ってこないから、50億円は自分が持っている当座預金から取り崩さないといけない、といったことになります。もしその金額が足りなかったら、FBを発行してお金を調達するといったことをしています。
学生:いつどれだけのお金を使いますというリクエストを国庫収支事務オンラインシステム上で送るのは、国庫課に対して行うのだと思うのですが、最終的なその出金の許可も国庫課が出すのでしょうか。
津田:国庫課では出金について政策的な観点から許可するような立場にはありません。政策的な判断は、予算編成過程や国会での審議を経てなされています。なので、国庫課の仕事は、必要な支出のために必要な資金額に対して、国庫金が足りるかどうかを調整するという部分です。例えば、事前登録を失念した等の不測の事態によって出金のリクエストが直前すぎる場合、明日は無理なので明後日にしてください、という調整はできます。ただ、この政策は無駄があるから認めない、といった判断は行いません。
服部:その判断は国会で決めることですからね。
津田:その通りです。実際、国会で議決して歳出予算が認められれば、各省庁に歳出の権限が移管されます。そのため、以前は認めたけどやっぱりなしで、ということは基本的にはありません。
国庫金の範囲と構成
国庫を具体的に考える:年金特別会計
津田:この図表7の中段の(2)年金の部分に着目すると、まず国民や企業等が払った年金保険料が保険料収入として年金特別会計に入ります。また、図表の右側の国の内部で、一般会計からも「国庫負担」という形で年金特会にお金を入れています。これは国庫内の資金移動ではありますが特別会計への支出という意味で会計的な意味を持ちます。
服部:国庫負担について、財務省がよく使っている一般会計歳出の内訳との関連でいうと、社会保障の部分から出ていると思いますが、そういう理解でよいでしょうか。
津田:はい。社会保障関係費として、R7年度予算ベースだと約38兆円ありますが、そのうち基礎年金の国庫負担部分は約13兆円ですね。年金給付の財源としては、これに保険料収入やGPIFによる運用益もあるということですね。
服部:内部での処理も日銀がやってくれるということですね。
津田:そうですね。
学生:つまり、まずお金が入ってくるタイミングでは、一般会計・特別会計といった分け方はされずにまとまって入ってきて、それを日銀が、どの特別会計のお金なのか、みたいな風に仕訳を行って色がついていく、という感じでしょうか。
津田:その通りです。もう少し正確に言うと、日銀の中に政府の当座預金があるのですが、一般会計も特会もとりあえず関係なく、国に支払ったお金がすべてそこに着金します。その上で、このお金は年金保険料なので一般会計ではなく年金特会に入れておくね、という形で整理していきます。
服部:例えば僕が年金保険料を10,000円払うとしますよね。例えばB銀行の口座を用いて支払った場合、B銀行の日銀当座預金から政府に支払われることで、B銀行の日銀当座預金が10,000円減る一方で政府当座預金が10,000円増えます。ただ、これは僕が支払った年金保険料だから、国の管理としては年金特会の中に10,000円増えたと整理するということですね。
津田:そのとおりです。さきほど、歳出・歳入の最終的な処理では、ADAMSを使うという話をしましたよね。このADAMSを使って、年金特会の歳入として10,000円計上してね、と指示をするということです
服部:特会の目的については私の書籍(服部, 2025)でも具体例を挙げて説明したのですが、特会を設けている理由は、国の資金の流れを分かりやすくすることが主因です。この年金特会の事例は、その目的が理解しやすい事例だとおもいます。すべて一般会計というお財布に入れてしまうと、社会保障に関する資金の流れが見えにくくなってしまいます。特に社会保障の場合、税金だけでなく、社会保険料も入ってくるので、特会を設けることで、どこからどのように資金が流れているかを理解することができます。
国庫の経理:資金計理と国庫計理
津田:国庫計理の方は、会計目的です。国庫金の受払いの内容が一般会計なのか特会なのかというようなことや、最終的に予算執行実績と突合して勘定が合うかどうかを確認し、決算書に書けるようなデータ整理をしているようなものが国庫計理です。
服部:さきほど、政府の口座は一つなので、年金特会にお金が入ったときにはそれを事後的に区別する、といった話をしました。その区別が国庫計理ですよね。一方、最初に国民や企業等が年金保険料を支払う際に、政府預金の当座預金の残高が増える、という部分は資金計理に関する部分ですよね。
津田:そうです。年金保険料の受け入れの際に、資金計理では、政府預金の当座預金としてその全額を一時的に受け入れた後、いくつかの指定預金口座に仕分けて整理します。一方で、国庫計理は、受け入れられた国庫金を分かりやすくするために厚労省の年金特会のお金としてタグ付けをしているともいえます。
服部:タグ付けするという行為自体が会計行為そのものですよね。通常の企業の会計でも、費用の種類によって会計項目を区分していますし。
津田:まさにそうです。企業会計で例えるのが分かりやすいと思いますね。
服部:大内(2005)では「資金計理とは、国庫全体の資金面の動き(政府預金の増減)のみを捉えるもので、国庫計理とは、国庫内振替(政府預金の増減を伴わない国庫内部の国庫計算科目間の振替取引)を含めた個々の国庫金受払いのすべてを所定の区分に従って集計・整理するものである」と説明していますが、このような文脈を踏まえて読むと理解が深まりますね。
参考文献
津田夏樹 国際局地域協力課長
2002年、東京大学法学部卒業後、財務省に入省。国際通貨基金(IMF)金融資本市場局審議役、財務省理財局国庫課長兼デジタル通貨企画官を経て、2025年7月より現職。2009年コロンビア大学MBA修了。
服部孝洋 東京大学公共政策大学院特任准教授
2008年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、野村證券に入社。2016年、財務省財務総合政策研究所を経て、2020年に東京大学に移籍し、現在に至る。経済学博士(一橋大学)を取得。
本インタビューの目的
日本の国庫制度については、その概要を明らかにした文献は必ずしも多いとはいえません。国庫制度は、国の資金の流れを正確に把握するだけでなく、短期金融市場の実務や金融政策等を的確に理解する上でも不可欠です。日銀が有する「政府の銀行」としての機能は国庫金に係る制度そのものと言っても過言ではありません。そこで本稿では、国庫課課長の津田課長との対談を通じて、国庫制度およびその業務についての理解を深めます*1。
国庫とは何か
服部:まずは簡単に、入省後からこれまでの経歴を教えていただけますでしょうか。
津田:2002年に財務省に入省して、最初は国際局の国際機構課でG7やIMFの担当をしました。その後、1年間、熊本国税局で働いた後、主税局で2年間、税制改革の取りまとめの仕事をしました。その後、ニューヨークのコロンビア・ビジネス・スクールに留学し、帰国後の2年間は金融庁で銀行監督をしました。
財務省に戻ってきてからは、為替市場課で外貨準備の運用に従事しました。その後、主計局で国土交通係の主査と調査課の課長補佐をしたあと、ワシントンDCにある世銀理事室へ出向しました。帰国後は国際機構課でG20議長国のとりまとめ担当やコロナショックへの対応をし、それから国際局の総務課にうつり、国際局の全体の人事や戦略に関することを担当していました。
それが終わってから、2021年から3年間、IMFに出向して中央銀行デジタル通貨(CBDC)の調査や途上国支援を担当しました。去年(2024年)の夏に財務省に戻ってきて、国庫課長とし国庫管理と現金の発行等と、デジタル通貨企画官としてCBDCを検討する仕事をしています。
服部:まず、かなり大きな話になってしまいますが、そもそも国庫とは何かという点についてご説明いただけますでしょうか。
津田:国庫とは、国が保有する様々な資産のことです*2。現預金や不動産など、国家に帰属する財産的価値のあるもの全てを総称して国庫といいます。
ここで指している国とは、いわゆる教科書に書いてあるような、行政・立法・司法といった三権分立のような機能的な分割というより、むしろ立法府や司法が持っているような財産も含めて、横串でまとめて管理している主体を指しています。国庫の中には、国会の職員が職務上保有する現金や、裁判所が持っている不動産なども含まれています。一方、「国の」と言っている以上、例えば地方自治体や日銀が保有する財産は含まれません。
そのうえで、国庫の財産の中でも、不動産や証券などを除いたもの、特に現金や預金を指して国庫金といっております。
服部:国庫の実際の資金の動きは、日銀を窓口に行われる点が重要な特徴ですね。いわゆる日銀が「政府の銀行」の役割を担っています。
津田:そうですね、国が日銀に口座を持っています。国庫金が預金の形態をとるときには、日銀に預けるということになっているので、国庫金の大宗が日銀の預金として存在するということになります。
服部:国庫制度という表現もありますが、国庫に関わる諸々の制度という理解でしょうか。
津田:そうですね。国庫の制度面については、法律でいえば、例えば、財政法や会計法、日銀の事務取扱規則などが関わりますが、国庫を運営する主体としての国と日本銀行を規律する法制度ということなのだと思います。
服部:国庫に係る法規を示したのが、図表1 国庫制度に関する主な法規ですが、多くの法律や規則が関わっていることが分かります。
ちなみに、このように国庫金の受払いを日銀に集約するというルールを「国庫統一の原則」といいます*3。
国庫管理という業務
服部:いわゆる国のお金の流れというと、多くの人は予算や税金といったものをまずは想像すると思います。
津田:予算も税も、最終的には国庫がお金を支払ったり受け取ったりすることになります。そういうお金の出入りは全部国庫の範疇の中に入ってきます。
一方、予算については、国会での議決を経て各省庁に歳出権限が付与されるわけですよね。その歳出権限を行使する、つまり予算を執行するということは、誰かに何かしらの支払いをするということです。では具体的に、どこからそのお金が出ていくのかという話になると、国庫金として管理している日銀の口座から、受取人の民間銀行の口座に送金されるということになります。民間企業でいえば、部門の支払経理などが国庫管理のイメージに近いと思います。
税についても国会での議決を経て、税法が成立します。それに基づいて、納税義務を負う人や企業が何らかの方法で税金を支払うわけですが、そういった納税者が納めるお金は、例えば、銀行預金から支払う場合、日銀の代理店業務を行う民間銀行を経由して、最終的には日銀の本店の、政府の持っている口座に着金するということになります。
また予算とは、年度内にこれだけのお金を使っていいというものなので、その支出のタイミングが今日なのか明日なのかはわかりません。しかし、資金を管理する立場からすると、今日出るのか明日出るのかで全然意味が違いますよね。もし明日だったら、それに見合う税収がちょうど入ってくるから支払いができたのに、今日だったら手元にお金がないから払えない、といったことは起こりうるわけです。
税金でも、例えば法人税は事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内に払うことになっているので、企業の決算期によって当然支払うタイミングが違います。それぞれの企業の利益も年度によって違うので、どのタイミングでどれだけの税収が入ってくるかはわからないということになります。
このような資金の動き全体を、ある程度見通しを立てながら、ちゃんとお金が枯渇しないように管理することが、国庫管理の最もコアの業務になります。
国庫課と通貨(貨幣・紙幣)
服部:多くの人々にとって、通貨というと、日銀の印象が強いと思います。しかし、いわゆるコインは政府が作っていますよね。まず、貨幣・紙幣に関する財務省の役割と、日銀の役割について聞かせていただけますでしょうか。
津田:まず大前提として、通貨には「貨幣」と「紙幣」の二種類があります。「貨幣」とはコインのことで、「紙幣」とは、千円札とか一万円札といった紙のお札のことです。一般的には、貨幣という表現は、紙幣も含めて、現金全般の言い換えとして使う人もいると思います。しかし、我々国庫を担う人間にとっては、その2つを峻別する必要があり、実務上、貨幣と紙幣という言葉で分けて考えています。
服部:日銀の文章などを見ても、貨幣と紙幣は分けて記載されていますね。そして、それらを含めた広い概念として、「お金」や「マネー」といった言い方が用いられています。
津田:貨幣と紙幣が合わさると通貨になります。「通貨」は現金という言葉と同義ですが、通貨の方が、国等が発行した法貨という意味がより強まるかもしれません。そして、通貨に加え、民間金融機関の預金などを含めると「お金」や「マネー」になるというところでしょうか。人によっては、マネーという言葉に、例えばビットコインのような暗号資産なども含めるかもしれません。お金やマネーは最広義の言い方です。
貨幣のことを硬貨と言うこともあります。硬貨はややカジュアルな印象がありますが、硬貨イコール貨幣とも言っていいと思います。
また、これは豆知識の範疇だと思いますが、実際に貨幣を見ると、「日本国」と書いてあります。貨幣の発行者は日本国政府ということです。一方で、紙幣の方には「日本銀行券」と書いてあります。この点で、まず発行者が違う事がわかります。
実際の製造の費用負担の話をすると、貨幣については財務省の国庫課が予算を計上し、それを貨幣製造費として造幣局に交付し、造幣局がそのお金を財源にして、実際に製造します。一方、紙幣の方は日銀の予算に計上し、国立印刷局というまた違う独立行政法人に交付して、製造させています。
発行者が違うため、予算計上から製造までは違いが明確にありますが、その後の流通過程は同じです。実際の流通過程では、紙幣も貨幣も完成したら日銀に渡します。なぜならば、どちらも日銀を経由して、民間銀行に渡り、そこから窓口やATMを使って、国民が紙幣や貨幣を受け取るという流通網を作っているからです。お金の動きは金融機関を経由するので、日銀に統一的に委ねているわけです。
服部:日銀に支店が様々な場所にある一因として、紙幣を安全に各地域で取得できるようにする業務があるから、と聞きました。たしかに、どこに行っても銀行やコンビニのATMでお金を下ろせるのは、誰かが物理的に紙幣を運んでいるからですよね。
津田:現金は、日銀の受け入れ拠点から日銀の各支店まで、日銀の負担において輸送しています。その後の、日銀支店から各民間銀行の金庫への輸送は、それぞれの民間金融機関の負担ということですね。
服部:貨幣のデザインなどを担当しているのは財務省ということですが、紙幣についてはどうなのでしょうか。
津田:紙幣もデザインや様式は財務大臣が決めることとされています。
日本銀行設立の歴史
学生:貨幣が財務省、紙幣が日銀というイメージはあったのですが、そもそもこれはなぜ分かれているのでしょうか。
津田:単純に昔からそうだから、という説明になると思います。世界のほとんどの国でも、貨幣の発行権というのは政府、すなわち財務省に帰属しています。紙幣の発行権は中央銀行に帰属するというのも、多くの国に共通しています。*4
明治時代も、最初は政府が太政官札という政府の紙幣を発行し、加えて金貨・銀貨で政府の貨幣も発行していました。ただ、当時の政府紙幣は、金や銀と交換できない不換紙幣として出しており、戦費の調達手段としての側面もありました。要は国債を発行して、その国債そのものが紙幣だと言っているのにかなり近い状態だったわけです。
当時は、戦争だからたくさんお金が必要です。お金をたくさん発行した結果、インフレになってしまい、その時には、政府の紙幣と政府の発行する金貨が、同じ1円なのに、価格が実際には大きく違うということが起こりました。金に交換することが確保されてない紙幣は信用ならないということで、金貨と紙幣に価値のギャップが出てしまいました。
これはまずいということで、きちんと兌換可能な、つまり金に交換できる裏付けのある紙幣を作ろうということになりました。その際、紙幣発行業務を民間に委託して、政府はそれを監督するという立場をとるのが望ましいとの観点から、当時のアメリカの制度にならって「国立銀行制度」という制度を一旦導入しました。
アメリカは当時、FRBができる前の段階でした。つまり、アメリカでは国や州ごとに規制された民間銀行が紙幣を発行できる状態だったのです。日本でこの方式を取ったところ、導入当初から世界的な金価格の高騰により、銀行券を金に交換する動きが発生したため、結局、兌換紙幣を諦め不換紙幣として発行を継続し、更に発行準備率を引き下げたため、銀行がどんどん紙幣を出すということになり、紙幣の供給量に歯止めが効かなくなってきてしまいました。これでは収集がつかないということで、そこでようやく、日銀という唯一の中央銀行を作ろうということになりました。
政府の監督権限が強いベルギー国立銀行条例をモデルにして日本銀行条例を作り、1882年に日銀ができました。当時の国内には金が不足していましたが銀は十分あったため、銀兌換券として日本銀行券を作りました。その後、日清戦争に勝利し、巨額の賠償金を得て、金が十分に蓄えられたので、金と交換する日本銀行券を発行し、ようやく日本は金本位制に移行したというのが明治時代の話です。ですから、なぜ貨幣が政府で紙幣が中央銀行という形に分かれているのかというと、そうした経路依存的な背景もあり、諸外国の例を参照して制度をつくったということもあるかもしれません。
服部:つまり、日本は明治期に海外に学んで、まず米国を参考に国立銀行制度を入れたわけですが、結局うまくいかなくなったということですよね。
津田:そうですね。アメリカも後に国立銀行制度ではうまくいかないとなって、FRBを作ることになります。
ちなみに、法案提出権限は政府にあり、日銀にはありません。国によっては、銀行監督などを中央銀行が担っている場合もあるのですが、日本の場合は金融庁が担っています。なので、諸外国に比べると、日銀は行政的な責任分野がやや狭い中央銀行と分類できると思います。
もともと大蔵省には、今の財務省の役割と、金融機関監督の権限がありました。そのうち金融機関監督の部分が、省庁再編の時に金融庁としてスピンアウトしたわけです。一方、日銀は形式として法人形態ですし、だからといって100%国が出資しているわけでもなく、民間が一定程度、日銀に出資しています。だから、今回の国庫や国庫金という概念の中には、日銀の保有する資産は入ってきません。法的に言うと、日銀は政府機関ではないのです。
写真 国庫制度を説明する津田夏樹課長
財務省国庫課の体制
服部:ここから財務省国庫課について具体的に議論していきたいと思います。そもそも、まず財務省には主計局、主税局など複数の局がありますが、国庫課は理財局に属しています。まず、理財局における国庫課の位置づけについて、そして、国庫課そのものについてお話しいただきたいです。
津田:財務省は国全体の資金の流れに関わることを網羅的に担っていますが、毎年の国のお金をどう使うかという予算の話は、主計局が担っています。一方、政府の基本的な収入である税収は、主税局が定める税法に基づいて、国民・企業に納税してもらうことになっています。主計局や主税局は、単年度のフローベースに国の支出・収入に関わることを担当している一方、理財局はストックベース、すなわち、資産サイドと負債サイドの両面を局全体で担当しているということになります。
理財局は、大きく3つのグループに分かれています。1つ目は、資産サイドのうち、特に不動産を管理する国有財産グループです。その中に、国有財産企画課、国有財産調整課、国有財産業務課があります(図表4 理財局の体制)。
2つ目は、同じく資産サイドのうち、金融資産を扱う財政投融資グループです。国の資金を、公益的な役目を果たす国以外の機関に対して低利で融資や投資をしています。各省庁の行政分野に対応した計画官と、それを束ねる財政投融資総括課が該当します。
3つ目のグループとして、負債サイドで、市場から資金調達するグループがあります。国債の発行計画を定める国債企画課や調達の実務を担う国債業務課とともに、資金繰りを見ながら政府短期証券(FB)での調達額を定める国庫課もこのグループに属します。
服部:国が有する土地などについては国有財産企画課などが担うということなので、国庫課が担っている業務は、国が有する資金、すなわち国庫金に特化しているということですね。
津田:そうですね。
服部:国庫金は日銀との関係が密接だという話をしましたが、その観点では、財務省の中で国庫課が、日銀と一番密接にやり取りをしている課の一つだと言っていいでしょうか。
津田:日々の資金繰りにおいてはそうですね。例えば、日本国債のカストディ業務については日銀がやっており、国債企画課や業務課も、国庫課と同様に日銀と実務的な関係が深いと思います。
服部:日銀の中に、国庫を扱う局として業務局があります。日銀の業務局には100人程度の人員が所属しているのですが、財務省の国庫課は30人ぐらいですよね。
津田:財務省の国庫課は、大きく分けると、現金グループ、デジタル通貨グループ、国庫グループに分かれています*5。国庫管理そのものをやっている人たちは10人くらいでしょうか。現金グループは、「通貨室」という室になっています。
服部:財務省の多くの課と同様、国庫課には企画係もありますね。
津田:企画係は、この3つのグループの総合調整をする、国庫課長の直轄部隊みたいな感じです。
服部:国庫課において、国庫収支や通貨については、どういう体制で対応されているのでしょうか。
津田:まず、現金グループ(通貨室)において、通常の貨幣の製造計画を立てているグループがあります。今、貨幣には500円玉から1円玉の6種類があるわけですけど、まず、どの貨幣がどのぐらい足りないかなどを計算します。例えば、貨幣が摩耗して傷んでくると、市中の銀行を経由して最終的に日銀に返ってくるわけです。そうすると、傷ついてもう使えないと判断された貨幣は、造幣局まで引き上げて、もう一度溶かして地金にして作り直します。
服部:日銀の資料を見ると、紙幣がボロボロになると、日銀に換流して新しいものに変えると説明されていますが、貨幣も同じように作り直しをしているわけですね。
津田:そうです。ただ紙幣は、基本的に傷んだり破れたりして使えないと思ったら、裁断して破棄するだけですが、硬貨の方は金属なので、鋳つぶして地金に戻して再利用します。
服部:それを、日銀を通じてまた流通させるわけですね。
津田:通貨室には、このような貨幣の製造計画を立てる係(貨幣回収準備資金係)があり、その係では、戻ってきたお金を鋳つぶしてできた地金のうち、不要なものを売却する業務も行っています。
国立印刷局や造幣局といった国庫課所管の独立行政法人のマネジメントについては通貨調整係がやっているのですが、独立行政法人は、独立行政法人通則法で規定されているように、毎年度の計画など、担当している役所(主務官庁)が評価をして、ちゃんと適切に運営されているかというのを確保することになっています。
現金グループ(通貨室)には、例えば、万博記念貨幣のような記念貨幣のデザインや発行計画を担当する通貨企画係もありますね。また、通貨の偽造などを見ている通貨管理係もあります。各ライン、補佐を入れて3人くらいの職員で構成されています。
服部:通貨の中でも、デジタル通貨を取り扱うグループもありますね。デジタル通貨企画係とデジタル通貨法規係があります。国庫課は通貨を担当しているという話もありましたが、デジタルも含めてマネーを担当しているということですね。
津田:そうです。組織的には、通貨室があり、そのトップが通貨室長です。それと同じように、デジタル通貨には、デジタル通貨企画官というポストがあり、これがデジタル通貨を担当するトップですが、今は私が国庫課長と兼務しています。国庫については、国庫企画官がいます。
国庫課と日銀の連携
津田:先ほどもあったように、国庫課と比べ、確かに日銀の業務局の方が圧倒的に人数は多いです。国庫業務を担う業務局では100名程度の人員が従事していますし、デジタル通貨は、日銀では決済機構局が担当しています。その意味で、国庫課では、日銀と協力しながら業務をやっているともいえます。
貨幣と紙幣に関しても、日銀のカウンターパートとして発券局があり、そこはまさに紙幣の発行や流通を担っています。
このように日銀に政府の事務を委託して実務を行っているわけですが、一方で、制度の企画・運営は政府である国庫課などで有しているということです。
服部:世間的には日銀が中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を推進しているというイメージがあるかもしれませんね。財務省国庫課では、デジタル通貨は課長を合わせて8名でやっているのですね。
津田:実際に人数も日銀のほうが多いですからね。また、CBDCはCentral Bank Digital Currencyの略なので、最終的に発行者が中央銀行になるという特徴もあります。でも、紙幣のデザインは財務大臣が決めているといったような観点で考えると、CBDCも骨格的な位置づけは財務省が決めることになります。
服部:日銀とのやり取りは、具体的にはどういうイメージでしょうか。
津田:係によってやり取りの形は違うとは思います。例えば、デジタル通貨の場合には、企画係が対外的な調整を行うので、企画係以外の係で直接日銀と接触することはあまりないという印象です。
国庫の実務を担う国庫調整係と国庫収支係
服部:次に、国庫業務における、国庫調整係および国庫収支係について教えてもらえないでしょうか。
津田:これらの係は国庫業務の実務の担当です。7名の体制で回せる理由として、日銀のサポートがあるからですが、日銀業務局の財政収支グループが、この業務のカウンターパートです。そこは合計10人ぐらいのユニットです。
この業務を実施する上では、「国庫収支事務オンラインシステム」というシステムを用います。各省庁が今後、いつどれだけのお金が必要、といったことを登録することになっています。そのデータに各省が入力した結果を、我々国庫課とともに日銀もチェックする体制になっています。
例えば、◯◯省が来月にある事業でこれだけ使いますと入力します。お金が必要なら3週間前から入力する必要があり、変更があれば、アップデートを求める形を取っています。
服部:そのお金の動きについて、文部科学省を例に取って考えようと思います。例えば、研究者は、科研費を文科省の公募を通じて獲得していますが、そもそも、まず文科省が財務省との折衝等を経て、科研費の枠を取ってきて、その枠の範囲で、研究者である僕らが申請して、申請が通れば、その科研費が研究者が所属する大学の口座などに振り込まれるはずです。その場合、その入金される3週間前に文科省がそのシステムに入力するというイメージでしょうか。
津田:そうですね。厳密には、大学は日銀に預金口座を持っていないので、例えば民間A銀行に口座を持っていて、そこに日銀から銀行間送金を通じて大学の口座に入金されることになります。
そもそも、各省庁が主計局に対して予算を要求して、主計局が本当に必要かという議論をした結果、最終的にこのぐらいの金額にしましょうと合意したものが、予算ということで予算書に書かれるわけです。例えば、文部科学省は〇〇億円、厚生労働省は〇〇億円というような形です。この予算書が1月からの通常国会に提出されて、衆議院と参議院で可決した結果、予算として成立することになります。
予算が通れば各省庁はそのお金をいつでも使えます。ただ実際に使うためには、各省庁は支払の計画を作成し、それに基づいて諸々の手続きが進み、最終的に国庫収支事務オンラインシステムに連絡があって、その予定日にお金が出ることになります。
服部:国庫課はそのシステムの中身を見て、このぐらい支出が必要だが、では現在それに伴う収入があるのか、ということを考えるわけですね。もし将来収入があるにもかかわらず、収入のタイミングのずれがあり用意できないという場合であれば、政府短期証券(FB)を出すわけですね。単に出入りのタイミングのずれであれば、最終的にはどこかで収入があるはずですからね。
津田:1つの役所の中にも、様々な歳出の項目がありますよね。それを積み上げて、この日にはこれだけお金がいる、と計算します。その一方で、税収も同じように見積もりを立てて、例えば法人税がこのタイミングでこれだけ入ってくる、という予想を立てます。その結果、この日は100億円出ていくけど、50億円しか入ってこないから、50億円は自分が持っている当座預金から取り崩さないといけない、といったことになります。もしその金額が足りなかったら、FBを発行してお金を調達するといったことをしています。
FBと国債はどう違うかというと、国債を発行して調達したお金は、国の歳入として計上されますが、FBは資金繰りのためですから、国の歳入には計上されないのです。FBでの調達は一時的なものであり、年度末までに税収などの歳入が入ってきて、歳出と歳入が見合うはずなので、歳入として計上しないということです。
先ほど、「国庫収支事務オンラインシステム」の説明をしましたが、これは、いきなりまとまった資金が必要だと言われても困るからあらかじめ教えてね、というシステムでした。実はもう一つシステムがあり、これを「官庁会計事務データ通信システム(ADAMS(アダムス))」といいます。こちらは予算の執行のために明日これだけお金がいります、というタイミングで使われるシステムです。
あらかじめ国庫収支事務オンラインシステムで予告しておいてもらうことで、国庫課としては事前にきちんと資金繰りを立てておいて、いつでも払えますという状態に調整しておきます。そのうえで、ADAMSを用いて、完全に執行される状態になります。ADAMSは、例えば文部科学省の科研費の予算として、〇〇億円、ある大学の口座に支払ってください、という振込指図のようなものです。これを日銀に伝達すると、日銀が銀行を通じて送金します。
学生:いつどれだけのお金を使いますというリクエストを国庫収支事務オンラインシステム上で送るのは、国庫課に対して行うのだと思うのですが、最終的なその出金の許可も国庫課が出すのでしょうか。
津田:国庫課では出金について政策的な観点から許可するような立場にはありません。政策的な判断は、予算編成過程や国会での審議を経てなされています。なので、国庫課の仕事は、必要な支出のために必要な資金額に対して、国庫金が足りるかどうかを調整するという部分です。例えば、事前登録を失念した等の不測の事態によって出金のリクエストが直前すぎる場合、明日は無理なので明後日にしてください、という調整はできます。ただ、この政策は無駄があるから認めない、といった判断は行いません。
服部:その判断は国会で決めることですからね。
津田:その通りです。実際、国会で議決して歳出予算が認められれば、各省庁に歳出の権限が移管されます。そのため、以前は認めたけどやっぱりなしで、ということは基本的にはありません。
国庫金の範囲と構成
服部:ここまで国庫金の議論をしてきましたが、国庫金の範囲はなにか、なにで構成されるのか、ということを確認しておきます。大内(2005)では、これについて「国庫金の範囲と構成」という節を設けて説明しています。それに基づくと、国庫金とは、すなわち、(1)一般会計及び特別会計の手許現金、(2)公債発行収入金等の国庫金補塡勘定、(3)各種政府資金等の残高、(4)公庫の預託金で構成されます*7。(3)の各種政府資金等とは、具体的には外国為替資金等がありますが、特会との違いの理解が少々難しいため、これについては、後ほど議論できればと思います。
津田:(4)公庫の預託金について補足すると、大内(2005)では、「6公庫(住宅金融公庫、農林漁業金融公庫、中小企業金融公庫、沖縄振興開発金融公庫、国民生活金融公庫、公営企業金融公庫)、2政府銀行(日本政策投資銀行、国際協力銀行)」としていますが、この6公庫については、その後の政策金融改革により、現在では沖縄振興開発金融公庫のみが預託しています。
(4)の公庫の預託金のコンセプトとしては、公庫は政府関連の仕事を担っているところ、資金が一時的に余るときがあります。これを、自分で運用するのではなく政府に運用を集中させる、すなわち預託させるという義務がありました。ただしそれも限定的になっています。
国庫を具体的に考える:年金特別会計
服部:ここから特別会計を例に出して、具体的に考えていこうと思います。図表7 年金、保険に係る主な資金の流れ(概念図)*8は年金、保険に係る資金の流れを示しています。
津田:この図表7の中段の(2)年金の部分に着目すると、まず国民や企業等が払った年金保険料が保険料収入として年金特別会計に入ります。また、図表の右側の国の内部で、一般会計からも「国庫負担」という形で年金特会にお金を入れています。これは国庫内の資金移動ではありますが特別会計への支出という意味で会計的な意味を持ちます。
服部:国庫負担について、財務省がよく使っている一般会計歳出の内訳との関連でいうと、社会保障の部分から出ていると思いますが、そういう理解でよいでしょうか。
津田:はい。社会保障関係費として、R7年度予算ベースだと約38兆円ありますが、そのうち基礎年金の国庫負担部分は約13兆円ですね。年金給付の財源としては、これに保険料収入やGPIFによる運用益もあるということですね。
社会保険料が政府の当座預金に入ってきたら、そのうち年金保険料相当の金額を年金特会分として把握しておきます。政府の当座預金の口座としては1つですが、国庫内の管理として「今受け取った1億円は年金特会に入りました」と形で区分計理するイメージです。
服部:内部での処理も日銀がやってくれるということですね。
津田:そうですね。
学生:つまり、まずお金が入ってくるタイミングでは、一般会計・特別会計といった分け方はされずにまとまって入ってきて、それを日銀が、どの特別会計のお金なのか、みたいな風に仕訳を行って色がついていく、という感じでしょうか。
津田:その通りです。もう少し正確に言うと、日銀の中に政府の当座預金があるのですが、一般会計も特会もとりあえず関係なく、国に支払ったお金がすべてそこに着金します。その上で、このお金は年金保険料なので一般会計ではなく年金特会に入れておくね、という形で整理していきます。
服部:例えば僕が年金保険料を10,000円払うとしますよね。例えばB銀行の口座を用いて支払った場合、B銀行の日銀当座預金から政府に支払われることで、B銀行の日銀当座預金が10,000円減る一方で政府当座預金が10,000円増えます。ただ、これは僕が支払った年金保険料だから、国の管理としては年金特会の中に10,000円増えたと整理するということですね。
津田:そのとおりです。さきほど、歳出・歳入の最終的な処理では、ADAMSを使うという話をしましたよね。このADAMSを使って、年金特会の歳入として10,000円計上してね、と指示をするということです
服部:特会の目的については私の書籍(服部, 2025)でも具体例を挙げて説明したのですが、特会を設けている理由は、国の資金の流れを分かりやすくすることが主因です。この年金特会の事例は、その目的が理解しやすい事例だとおもいます。すべて一般会計というお財布に入れてしまうと、社会保障に関する資金の流れが見えにくくなってしまいます。特に社会保障の場合、税金だけでなく、社会保険料も入ってくるので、特会を設けることで、どこからどのように資金が流れているかを理解することができます。
国庫の経理:資金計理と国庫計理
服部:本節の最後に、国庫の計理について簡単にレビューしておきます。大内(2005)では、「国庫金の計理を大別すると、(1)日本銀行にある政府預金の受払い(増減)を計理する『資金計理』と、(2)日本銀行本支店、一般代理店、歳入代理店で受払いされた国庫金を、官庁別・会計別等の区分に従い集計・整理する『国庫計理』の2つに分けられる」と説明されています。
津田:国庫計理の方は、会計目的です。国庫金の受払いの内容が一般会計なのか特会なのかというようなことや、最終的に予算執行実績と突合して勘定が合うかどうかを確認し、決算書に書けるようなデータ整理をしているようなものが国庫計理です。
一方、資金計理とは、日本銀行本店に置かれている政府預金の受払計理のことで、あらゆる出納機関で取扱われた国庫金の受払いが日本銀行本店で集中計理されるプロセスです。
服部:さきほど、政府の口座は一つなので、年金特会にお金が入ったときにはそれを事後的に区別する、といった話をしました。その区別が国庫計理ですよね。一方、最初に国民や企業等が年金保険料を支払う際に、政府預金の当座預金の残高が増える、という部分は資金計理に関する部分ですよね。
津田:そうです。年金保険料の受け入れの際に、資金計理では、政府預金の当座預金としてその全額を一時的に受け入れた後、いくつかの指定預金口座に仕分けて整理します。一方で、国庫計理は、受け入れられた国庫金を分かりやすくするために厚労省の年金特会のお金としてタグ付けをしているともいえます。
服部:タグ付けするという行為自体が会計行為そのものですよね。通常の企業の会計でも、費用の種類によって会計項目を区分していますし。
津田:まさにそうです。企業会計で例えるのが分かりやすいと思いますね。
服部:大内(2005)では「資金計理とは、国庫全体の資金面の動き(政府預金の増減)のみを捉えるもので、国庫計理とは、国庫内振替(政府預金の増減を伴わない国庫内部の国庫計算科目間の振替取引)を含めた個々の国庫金受払いのすべてを所定の区分に従って集計・整理するものである」と説明していますが、このような文脈を踏まえて読むと理解が深まりますね。
なお、大内(2005)では国庫金の計理として、国庫金のバランスシートについて説明しているので、その説明は同論文に譲ろうと思います。
(中編に続く)
参考文献
大内聡(2005)「我が国の国庫制度について―入門編―」『ファイナンス』p.42-62.
坂口和家男(2023)「財務省の礎(いしずえ) 国庫課へようこそ」『ファイナンス』p.16-22.
服部孝洋(2025)「はじめての日本公債」集英社新書
図表2 貨幣の事例
図表3 主要国における銀行券,貨幣の発行主体
図表5 財務省国庫課の体制
図表6 国庫収支の調整のイメージ*6
図表8 年金特別会計*9
*1) なお、本対談は2025年6月に実施されており、以下における肩書や組織名は2025年6月当時である点に注意してください。また、本稿を記載するにあたり、安斎由里菜さんと新田凜さんの協力を得ました。
*2) 大内(2005)では、「国庫とは、通常、『国について、立法・司法等の機能の主体である国から区別して、財産権の主体としてみた場合に、特に国庫という』と定義される。」と定義されています。また大内(2005)では、「国庫」の定義の後に「国庫金」を説明しています。
*3) 大内(2005)では「『国庫統一の原則』とは、すべての国庫金の受払いを一元的に取り扱うというものである。具体的には、あらゆる種類の国庫金を日本銀行に集中してその出納事務を取り扱わせることとし、日本銀行を最終的かつ総括的な現金出納機関としている。国庫統一の原則の唯一の例外として、各官庁の出納官吏に対し、小額の手許現金の保管が、限定された範囲で認められている」(p.44)と説明しています。
*4) https://www.imes.boj.or.jp/jp/historical/pf/chapter3.pdf
*5) ここまで国庫グループと現金グループの話をしてきましたが、国庫グループと現金グループを説明した資料として坂口(2023)があります。
*6) https://www.mof.go.jp/policy/exchequer/exchequer_cash_management/index.htm
*7) ここでは大内(2005)から順番を変えています。
*8) https://www.mof.go.jp/policy/exchequer/summary/06.pdf
*9) 図は令和6年度の仕組みを示している。令和7年度からは、子ども・子育て支援特別会計を創設している。