結城 東輝さん(弁護士)編
はじめに
和田広報室長 本企画は、財政や税の役割等について読者の皆さまにわかりやすくお伝えするために、様々な分野でご活躍されている方々をお招きして、日本の未来やイマについて対談をする企画です。今回は、弁護士としての活動をはじめ多くの分野で活躍されている結城東輝さんをお迎えし、財務省の主計局・河本主計官、理財局・大滝室長、主計局・曲淵課長補佐と対談していただきます。財政やわかりやすい情報発信などについて、職員からもご説明しつつ、結城さんが行っておられる取組や財政・財務省に対するご意見を率直にお話し頂ければと思っています。それでは、宜しくお願いいたします。
写真1 左から二人目が結城東輝さん
JAPAN CHOICEの取組について
結城東輝さん よろしくお願いします。私は弁護士をしていますが、民主主義の土台である意思決定のメカニズムに関心があり、学生時代からJAPAN CHOICEという活動も行っています。各政党の政策や省庁の発表したデータをわかりやすく可視化したプラットフォームで、個人が政治を判断したり議論したりする際の参考にしてもらおうというものです。選挙の度に約300万人のユーザーがアクセスしています。河本主計官 本日は宜しくお願いいたします。
民主主義については、ちゃんと議論することが民主主義だという人もいれば、多数決が民主主義だという方もいて、人によって様々な受止め方があるように思います。個人的には、論理的な議論で解決する問題には議論を尽くす、議論で解決しない範囲の問題は多数決で決する、ということではないかと思っています。
結城東輝さん 2016年のアメリカ大統領選挙においては、私自身も現地で3か月動向をチェックしていました。アメリカ大統領選挙では、情報発信のわかりやすさに戦略があります。具体的には、有権者に対するメッセージのボキャブラリのレベルが小学生から高校生レベルで使い分けられ、その違いによってメッセージの届く有権者が異なり、その結果がそのまま選挙結果に繋がるのです。実際には論理的な議論が始まる前段階で終わっている状況です。日本においても、メディアを通じた永田町や霞ヶ関からの発信が届きづらくなってきています。
だからこそ、論理的な議論が行われるためには、まず、政策の説明に関しても、例えば関連知識を持たない人にもわかるように言葉や内容にかみ砕いて話すといった、時に通訳や翻訳のような役割が求められるのだと思います。
財政の可視化について
結城東輝さん 7月の参議院議員選挙では、給付か減税かが大きく取り上げられ、さも2択しか選択肢がないように議論されたことに違和感がありました。例えば、減税も消費税のほかに所得税という選択肢があってもいいですし、社会保障のシステムを維持するためには減税するのであれば何かの給付を減額する必要があるとか、本当はもっとチョイスがあってもいいのではないかと思います。
政治もそうですが、財政もマクロ的過ぎて一個人としては実感が湧かないということがあります。いかにミクロ化して、自分事として受益と負担の関係を理解してもらえるか、そこが大事だと思います。
先日、国民負担率が46.2%と公表されていましたよね。内訳は28.2%が租税、18%が社会保障負担とのことでした。このような可視化が重要だと思っていて、イギリスでは“Where Does My Money Go?”というサイトがあり、納税の際に、あなたの税金や社会保険料はいくらで、それは何にいくら使われていますよ、ということが表示されます。日本も、もっと可視化したほうがいいと思います。例えば確定申告の際に受益と負担の個別費目と金額を可視化するような仕組みを導入できないでしょうか。
河本主計官 日本では確かに税負担と使途が見えない構造になっていますね。主税局時代に、部下に自分の所得税の税率区分を知っているかと訊いたら知りませんでした。課長は?と訊かれて自分も知らないことに気が付きました(笑)。
結城東輝さん 年収、単身か世帯か、扶養の人数等、ある程度の細かい条件を打ち込むと、自分はいくらの税金や社会保険料を負担していて、会社もいくら負担していて、その結果どの歳出費目にどの程度使われているか、場合によっては国債の返済にいくら使われましたよということが、より解像度高く示せるようになれば理想ですよね。
そうすれば、治安や道路、教育などの公共サービスは、規模の経済が働いていかにコスパ良く、逆に言うと負担に対する受益がいかに大きいかが身近に感じられますし。
河本主計官 その通りだと思います。数年前、主税局にいた時にこんなものを試作してみました(図1 公共サービスの価格)。
これは、一般的な家庭が税金でどんな公共サービスを買っているかを可視化したものです。夫婦50歳共働き、4人家族のモデル家庭では国・地方に月々8.7万円支払っていますが、これを国・地方の支出で按分すると、例えば警察には1,894円支払っていることになります。例えば、民間警備会社には月々6,000円~7,000円のサービスがありますが、都内だと平均7~8分で銃を持った警官が2人現場に駆けつけてくれるサービスが月々2,000円以下です。
結城東輝さん 警察という公共サービスが月々2,000円のサブスクだと思うと、かなり安いですね。
また、受益と負担のトレードオフ関係を説明するときにも、イメージしやすいです。このような可視化を通じて、選挙などの際に自分事として論理的に判断しようとする人が増えてくれるといいなと思います。
写真2 結城東輝さん
国債の発行について
結城東輝さん ところで、先日、国債発行の現場に密着したNHKの番組を拝見しました。財務省の国債発行チームの皆さんが頑張っている姿は、とても印象的でした。個人的にはあの番組は一種の職場見学だと思っていて、新鮮に感じた人が多かったのではないでしょうか。財務省職員個人での発信というのは批判リスクもあるかもしれませんが、もっと職員の姿を映した発信が増えていくといいのかなと思います。
大滝室長 私は以前の部署で、その番組の取材に応じていた本人です(笑)。十数年前にも同じ部署で同様の取材を受けましたが、その時は入札を扱う部屋には取材は入りませんでした。当時は、財務省の仕事というのは治安維持と一緒で、公にするまでもなく見えないところでうまくやっているのがいいことだと思っていましたが、民主主義の在り方も変わってきていることもあり、今の時代は包み隠さず発信していくことが重要と感じています。
結城東輝さん なるほど…。今お話を聞いているだけでも、財務省の役割や職員の仕事ぶりというものが一般的なイメージと違うと感じます。もっと財務省の役割を知りたいですね。
河本主計官 ありがとうございます。せっかくですので、予算や税制における財務省の役割を説明させてください。
財政は、国民の皆様から納めていただいた税金をもとに、予算という形でその年のうちに全額、世の中に配っているものです。
つまり、財政って「導管」なんです(図2 財政のイメージ?)。本来は個々人が稼いだものをそれぞれ遣えばいいのですが、一度政府に預けて、資源の再分配をしているんですね。
ところがこの「導管」には落とし穴があり、税収以上の分配が出来てしまいます。国には信頼があり借金ができますので。バブル崩壊以来、税収の1.5~1.7倍程度の分配をしていて、足りない分を国債発行で埋めています。
大滝室長 本来、「導管」は同じ世代の中で、所得が多い個人の負担が大きく、所得の少ない人に再配分するという機能がありますが、国債を発行することでこの所得の再分配機能は弱くなります。
曲淵補佐 私は中長期的な目線で財政の持続可能性のために調査や分析を行っています。その立場からは、将来世代はいつか国債償還の負担を求められる可能性があるにもかかわらず、国債を発行して財政支出を行う現在の時点では声を上げられないという側面があるように感じます。
河本主計官 財務省は世の中に嫌われる仕事ばかりしている印象ですが、働いている個々人はごくシンプルに言ってしまえば、将来世代のためだけに嫌われながら頑張っているという感じです。
結城東輝さん 今のご説明、とても分かりやすいですね。話は戻るのですが、NHKの番組では国債発行チームがドバイまで行って国債の売り込みをしている映像がありましたが、そんなことまでしているのかと驚きがありました。
大滝室長 国債を巡る状況が大きく変わってきている中、国内に対しても、例えば地銀を訪問するなど、幅広い投資家との意見交換を進めています。
先日、ある大学から学生に対して番組を見ながら解説してほしいという依頼がありました。学生の中には財務省に無関心な人もいたようですが、後日、大学から受講生の感想を送付頂いたところ、「このような(国債発行業務の)世界があるとは知らなかった」、「やっぱり、直接の担当者から話を聞くのでは全然感じ方が違いますね」というコメントがありました。
結城東輝さん 今日の対談も目の前の生身の職員が話すから本当に伝わるものがあるなと思います。
私を含め、記事などのセカンダリーの情報を通してしか財務省を知らない国民がほとんどだと思いますが、それだけだと「財務省」という大きな括りで誤解され続けてしまう気がします。
写真3 理財局総務課政策室 室長 大滝 祥生
情報発信について
曲淵補佐 情報発信の仕方という点では、私自身もSNSやショート動画を見ることが多いので、財政にあまり関心がない方も含めて幅広い層にアプローチする場合、ショート動画を使った発信も選択肢の1つかなと思います。役所の情報発信として、どのようなものが望ましいでしょうか?
結城東輝さん 私もテレビやネットニュースでコメンテーターをしたり、SNSで発信したりと、様々な情報発信を試みているところです。実感としては、テレビは高齢者向けにシフトしてきており、一方でSNSの情報発信力がますます高まっているような気がします。
個人的には、SNSは民主主義に負の側面もあったのだと思います。ネットは人間の脳の認知の限界を超える量の情報の生成と伝達を可能としました。その結果、私たちは関心のあるものしか見なくなり、エコーチェンバーやフィルターバブルが顕著になってしまったのではないでしょうか。
また、個々人が誰でも情報を生成し、自ら発信できる世の中になってきていることも踏まえると、自分の意見を代弁されていないと感じる少数派にもリーチアウトすることも忘れてはならないと思います。
河本主計官 特に若い世代はSNSを通じてでしか情報を得ていないのかなと思うことがあります。私は文科省予算を担当しており、高校無償化に必要な負担を、恩恵を受ける高校生に転嫁しては本末転倒なので、何とか今の大人の世代で財源を確保すべく頑張っているのですが、役所に戻ると「現役高校生が財務省に抗議しました!」みたいな投稿がバズってたりして落ち込みます。自分たちが守ろうとしている主体と彼らが得ている情報に乖離があることをひしひしと感じます。
結城東輝さん すごく難しい問題ですよね。結果として、情報発信主体が届けたい相手にリーチできていないという問題は常にあります。
人は見たいものしか見ないというのが理由だと思うのですが、だからこそ、例えばLINEのような利用者の多い通信アプリのプラットフォームを通じて、プッシュ型でかつ、良質な情報を発信することが一つの方策なのだと思います。
また、省庁のSNS発信に関しては、大臣の動静に関する発信が多い気もするので、霞ヶ関の職員が直接国民とつながれる機会として活用されれば、より良いのではないでしょうか。
写真4 主計局調査課 課長補佐 曲淵 季実子
写真5 主計局 主計官(文部科学担当) 河本 光博
さいごに
和田室長 まだまだ話が尽きないところではありますが、お時間になりましたので、本日はここまでとさせていただきます。ありがとうございました。