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特集 地震に備える地震保険の役割

南海トラフ地震や首都直下地震など、近い将来に大規模地震の発生が危惧されている。もしも、地震により被災した場合、その後どのように生活を立て直していくかイメージできるだろうか。震災による被害から⾝を守るために、家具等の耐震補強、防災グッズなどの備えが重要だが、被災時に⽣活をスムーズに再建するためには、「経済的な備え」も重要となる。「経済的な備え」の手段の一つとして有効であるのが地震保険だ。本特集では、経済的な備えの一つとなる「地震保険」について、その概要や制度について紹介する。取材・文向山勇

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地震保険の概要  被災後の生活再建を支える地震保険
 地震多発国といわれる日本では、いつ大規模地震が発生するかわからない。近い将来に発生が危惧される大規模地震には、南海トラフ地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震、首都直下地震、中部圏・近畿圏直下地震などがある。中でも南海トラフ地震は今後30年以内の発生確率が80%、首都直下地震は同70%と高い数値で予想されている。
 地震保険は、地震・噴火またはこれらによる津波を直接又は間接の原因とする火災・損壊・埋没または流失による損害に対して補償される保険である。火災保険では地震を原因とする火災による損害や地震により延焼・拡大した損害は補償されない。地震保険の保険金の使途は限定されておらず、住宅再建・修復のほか、住宅ローンの返済資金、当面の生活や引越し費用など、暮らしの立て直しにも使うことができ、被災後の生活再建を支える役目を果たす。

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地震保険制度 地震リスクの特殊性に対応するため政府が再保険する「官民共同の保険」
 地震保険は、1964年に発生した新潟地震を機に、地震による被災者の生活安定に寄与することを目的として、1966年に創設された。地震リスクはその発生頻度と規模を統計的に把握することが難しいことに加え、巨大な被害を及ぼす可能性があり、保険金の支払額が巨額にのぼる恐れがある。民間の損害保険会社だけでこのような地震リスクを引き受けることは困難であるため、民間の損害保険会社の負担を超えるリスクを、政府が再保険によって分担して引き受ける「官民共同の保険」として、地震保険制度が創設された。これにより、大規模地震でも確実に保険金が支払われる仕組みとなっている。また、政府が関与する公共性の高い保険であることから、長期的に収支相償となるように制度設計されており、保険料には保険会社の利潤が織り込まれておらず、保険会社や国に利益が出ない仕組みになっている(ノーロス・ノープロフィット)ことも特徴だ。これによりできる限り低い保険料が実現されている。
 創設当初の保険金限度額は、建物が90万円、家財が60万円、補償内容も全損のみと限定的だったが、1978年の宮城県沖地震、1987年の千葉県東方沖地震、1989年伊豆沖群発地震、1995年兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)等の経験を踏まえて、保険金額や料率、損害区分などについて段階的に見直しが行われ、現在の制度となっている。
関東大震災クラスの地震にも対応可能な総支払限度額
 1回の地震等により政府が支払うべき再保険金の総額は、毎年度、国会の議決を経た金額を超えない範囲内でなければならないとされている。現在、その金額は11兆6,643億円であり、民間保険責任額と合計した1回の地震等による保険金の総支払限度額は12兆円となっている。
 総支払限度額は、関東大震災クラスの地震と同等規模の大規模地震が発生した場合においても対応可能な範囲として決定されている。過去、阪神・淡路大震災や東日本大震災などの大規模地震が発生した際にも、保険金の支払額は総支払限度額内であり、円滑に保険金が支払われている。例えば、2011年3月に発生した東日本大震災の支払再保険金は約1兆2,897億円である(2025年3月31日現在)。
写真 平成7年兵庫県南部地震 提供元:兵庫県神戸市

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地震保険の補償内容 上限は建物は5,000万円、家財は1,000万円。損害の大きさで保険金の支払額が変わる
 地震保険は、居住の用に供する建物および家財(生活用動産)が地震、噴火またはこれらによる津波を原因とする被害(火災・損壊・埋没・流失)を受けた場合に補償する。従って、工場、事務所専用の建物など住居として使用されない建物は補償対象外となる。また、家財については、1個または1組の価額が30万円を超える貴金属・宝石・骨とう、通貨、有価証券(小切手、株券、商品券等)、預貯金証書、印紙、切手、自動車等は補償対象外となる。
 マンションなどを購入している場合は、居住者は専有部分と家財について加入することが可能だが、エレベータなどの共用部分については管理組合が加入する必要がある。アパートなどの賃貸物件は、大家など建物の所有者が加入する必要があるが、賃借されている方も家財のみで加入することは可能だ。地震保険は家財のみでも加入できる。持ち家の場合には建物と家財、賃貸住宅の場合には家財の地震保険に加入しておくと安心だ。
 地震保険は火災保険とセットで加入する必要があり、火災保険の保険金額の30%~50%の範囲内で地震保険の保険金額を決めることが可能。ただし、建物は5,000万円、家財は1,000万円が限度となっている。火災保険に加入していれば、途中から地震保険を加えることも可能である。ただし、大規模地震対策特別措置法に基づく地震災害に関する警戒宣言が出された場合は、宣言が解除されるまで当該地域では新たに地震保険契約が締結できないことに注意が必要だ。なお、地震保険で支払われる保険金は使い途が決められていない。生活の再建に幅広く活用できる。
保険金の支払額を決める損害区分
 地震保険では、保険の対象である居住用建物または家財の損害区分が全損、大半損、小半損、または一部損と認定されたときに各区分の支払割合に応じた額の保険金が支払われる(平成29年1月1日以降保険始期の地震保険契約の場合(※))。このような支払い方法にすることにより、膨大な件数にのぼる可能性のある被災物件についての保険金を、迅速に支払うことが可能となっている。例えば、2011年に発生した東日本大震災では、支払う件数や金額が膨大だったにもかかわらず、地震発生から約3か月で9割を超える事案の対応が完了するなど、被災者の生活の再建や安定に役立っている。
※地震保険に関する法律施行令の改正(平成29年1月1日施行)により、保険金支払割合の格差を縮小しつつ、深刻な被害を被った保険契約者に対する補償を充実させるため、「半損」が「大半損」および「小半損」に分割され、3区分から4区分となった。
写真 1階がつぶれてしまった住宅(平成16 年新潟県中越地震)提供元:東京都立大学 土質研究室

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地震保険の保険料 建物の構造と所在地によって異なる。割引制度や所得控除がある
 地震保険の保険料は、保険対象である居住用建物および家財を収容する建物の所在地(都道府県)と建物の構造区分(主として鉄骨・コンクリート造建物か又は主として木造建物か)によって決まる。都道府県によって異なるのは、それぞれの地域における地震リスクを反映しているためである。保険料の算出は損害保険料率算出機構において地震調査研究推進本部作成の「確率論的地震動予測地図」に用いられた情報を利用し、被害予測シミュレーションを行い算出している。また、建物の構造が異なると、地震のゆれによる損壊や火災による焼失などのリスクが異なることから、建物構造により区分している。
 地震保険の保険料には免震・耐震性能等に応じた割引制度がある。地震保険の対象となる住宅が一定の要件を満たしていれば、保険料を安くすることができる。割引制度には「建築年割引」、「耐震等級割引」、「免震建築物割引」、「耐震診断割引」の4種類が設けられており、建築年(対象物件が、昭和56年6月1日以降に新築された建物である場合、10%割引)または耐震性能により、居住用建物およびこれに収容される家財に対し10%~50%の割引が適用される(重複不可)。詳しくは、各損害保険会社の相談窓口または代理店に相談されたい。
 また、地震保険の保険料は所得控除が受けられる。平成19年1月より、地震災害による損失への備えに係る国民の自助努力を支援するため、従来の損害保険料控除が改組され、地震保険料控除が創設された。これにより、所得税(国税)の控除額は地震保険料の全額が対象で最高5万円、住民税(地方税)の控除額は地震保険料の2分の1が対象で最高25,000円を総所得金額等から控除できるようになった。
 地震保険料控除を受ける場合には、確定申告書の地震保険料控除の欄に記入するほか、支払金額や控除を受けられることを証明する書類または、電磁的記録印刷書面(電子証明等に記録された情報の内容と、その内容が記録された二次元コードが付された出力書面をいう。)を確定申告書に添付するか、または申告の際に提示する必要がある。ただし、年末調整で控除された場合はその必要はない。
 この機会に地震保険への加入を検討してみてはいかがだろうか。
写真 集合住宅の倒壊(平成7 年兵庫県南部地震)
 
図表 南海トラフ巨大地震と首都直下地震の被害想定
図表 過去の大規模地震による被害
図表 地震保険による建物・家財の損害区分と保険金の支払額
図表 地震保険における全損、大半損、小半損、一部損の基準
図表 地震保険の基本料率(保険期間1年、地震保険金額1,000万円あたり、地震保険割引適用なし、2022年10月1日以降始期契約の場合)
図表 地震保険の保険料の割引制度
図表 地震保険の加入例(保険期間1年・一時払の場合)
図表 地震保険付帯率・世帯加⼊率(1980年度~)
図表 過去の地震保険による地震再保険金支払状況(支払額上位20地震)2025年3月31日現在