講師
吉岡 大輝 氏
(株式会社シニスケープ代表取締役)
演題
「ネットっぽさ」の理解~SNS時代の情報の受容のされ方と情報発信・広報の方法について~
令和7年5月20日(火)開催
自己紹介
本日はお時間をいただき、ありがとうございます。
私は以前、「PR会社」という企業の広報をサポートする会社の社員として企業や官公庁様のメディアへの露出を強化するコンサルティングをしておりました。その後、Webを中心とした複合的な広報のサポートをするために独立しました。広報はじめ情報発信においてマスメディアとインターネット(以下、ネット)では取り組み方をどう変えていけばよいのか、といったことを専門にしています。今はlivedoorニュース(ライブドアニュース)というWeb上のニュースサイトでYouTubeの運営も手伝っています。
日本の広告費の推移を見ると、最近ではネットがマスコミ四媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ)すべてを超えており、マスメディアだけを考えていてはいけない時代になってきています。
広告業界ではすでに当然のことなのですが、広報ではマスメディアの露出を獲得することばかりに注目してしまう環境にあるので、本日は広報でネットをどう捉えるかといった話をさせていただければと思います。具体的にはネットに対して提供する情報はマニアックであるべき、という話をしていきます。
ネットではマニアックな情報が必要
1.マスメディアでの情報発信のあり方
「マスメディアには社会性の高い情報発信が求められる」というのが一般的で正しい意見です。「社会の全員にどれだけ役立つかが必要」ということです。
企業としては、製品や売り上げにつながることを取り上げてほしいけれど、「広告ではないのだから、製品のことだけでは掲載が難しい、社会にどれだけ役立つのかを教えてください」と言われてしまうなど、「自分の言いたいことを言うだけでは取り上げてもらえない」というのがマスメディアの観点です。企業の視点ではなく、さまざまな属性を持つ大多数の読み手に伝わるように「初心者向け」「万人向け」の情報にしないとマスメディアには取り上げられないのです。一方で、この考え方が非常に根強いため、SNSをはじめとするネットにおいても同じ考え方をしてしまいがちになっているところがあります。
2.SNSでの情報発信のあり方
SNSはYouTubeやX(旧Twitter)など、いろいろなアカウントを能動的にフォローして情報を取りに行くという構造を持っています。公式アカウントをフォローしている人というのは能動的なファンである可能性も高いわけです。ですから、深い情報を求めている人が多いのです。
例えば、将棋のユーチューバーをフォローしていたとして、二つの動画が公開されたとします。一つは将棋の基礎である「駒の動かし方編」、もう一つは「将棋のプロが本気で鬼殺しをやってみた」という深いコアな内容のものです。この二つの動画のどちらを見たいのかを考えてみてください。
将棋を指したことのない人は強いて見るなら最初の動画になると思います。一方、将棋を指したことがある人は、当然将棋の基礎は知っているので最初の動画は見ません。
実際の動画の再生数を見ると、「駒の動かし方編」の動画は最大16万回再生ですが、「将棋のプロが本気で鬼殺しをやってみた」の動画は50万回再生です。なんとなく、最初の動画の方が、見る人の範囲が広いから伸びそうかなと思うのですけれど、それを見るのは、将棋を始めようかなと思っていて、将棋の動かし方を調べている人のみになるということです。世の中の人が絶対どちらかの動画を見ないといけないとすれば、そちらを見るのでしょうが、ネットでは興味のないものはスルーできるので、こういう初心者向け情報は見られにくいのです。SNSアカウントがたくさんある中で、わざわざ将棋コンテンツを探している人にとっては、深いコアな情報の方が求められることになります。
企業や官公庁が公式アカウントやHPを作るときに陥りがちな議論として、「誰が見るか分からないから、みんなに受け入れられるような情報を置いたほうがいいのではないか」という結論になることがしばしばあるかと思います。それは「すべての人が見に来てくれる」ことを前提にしていて、「教科書的な初心者向け情報はスルーされてしまう」という観点が抜けているのです。つまり、「ネットはマニアックであるべき」という観点が必要になってくるのです。
“マス”向け(マスメディア向け)と“コア”向け(ネット向け)の情報発信の違い
“マス”向け(マスメディア向け)には、万人に対して60点か70点くらい取れるような情報が好まれます。
将棋の話でいうなら、ニュースで目にすることもあると思いますが、マスメディアは「藤井聡太がタイトル戦で必ず食べるものとは」といったような感じで、将棋とは関係ないけれど、食という万人が好きそうな情報が取り上げられやすいです。マスメディアに将棋を取り上げてもらいたいと思ったとすると自分の言いたい「将棋が楽しい」ということだけを伝えるのではなくて、多くの人との接点になりそうなアピールポイントを探すことがマスメディアに情報提供する際に必要なことです。
一方、SNSなどを含めた“コア”向け(ネット向け)媒体では、ファンに対して100点を取れるような情報が好まれます。
先ほど将棋の二つの動画の例をお示しましたが、将棋で再生数が非常に伸びている動画は300万回再生されています。「元奨励会員がハム将棋と裸玉で対戦してみた結果・・・」というタイトルのものです。将棋をしていない人にとっては、何を言っているのか全く分からないと思うのですけれど、300万回も再生されています。“コア”向けにすることで見る人が減るのではないかと思いきや、逆に拡散力が増しているのです。
“コア”向け(ネット向け)情報発信の例
1.YouTubeでの例
YouTubeで「日本科学情報」というチャンネルがあり、36万人登録されています。テーマは科学の勉強のような、かなりニッチな内容の動画なのですけれど、「重力はすごい」という動画は335万回再生ですし、「インターネットの原理と仕組み」は137万回再生です。
言語学にフォーカスした「ゆる言語学ラジオ」というチャネルも、かなりマニアックなコンテンツが並んでいます。例えば「どう違う?<パラッ>と<パラリ>」などです。これも多くの人に登録されているチャンネルです。
農林水産省の公式YouTubeチャンネル「BUZZMAFFばずまふ(以下ばずまふ)」では「農林水産省あるある」という動画が176万回再生されています。かなりマニアックな情報だと思いますが、「普段接点のない職業の人がどんなことをやっているのか」という、ニッチな観点でネットだと興味を持たれるのです。「九州の農業を全力で紹介してみた」というコンテンツも53万回再生です。
私がLivedoorで作っている「ゲームさんぽ」というチャネル上の動画は、それぞれの分野の専門家がゲームに出てくる背景や構造物などを分析するという内容です。例えば、植物学者がゲームに出てくる草のグラフィックを見て、「このエリアは踏まれるのに強い植物が生えていますね」みたいなことを言うのです。実際、ゲーム内では大きな恐竜が出てきて地面を踏みつけるように動いていて、「ゲームがよくできているね」ということもあるし、「この専門家が草一つで生態まで分かってしまうのか」という発見もあります。深い情報がゲームというフィルターを通じて親しみのある形で伝わるところが評価をいただいています。経済学、天文学、不動産、弁護士などいろいろな分野の専門家とコラボして、それなりに再生数を持っているという状況です。これも、初心者向けではない深く踏み込んだマニアックな情報なのですけれど、広く受け入れられるものとなっています。
ネットに置くコンテンツは「初心者向けにしないといけない」と考えがちなのですけども、自分たちだけが知っているオリジナリティがある情報、自分たちの専門分野を分かりやすく伝えた方が伸びる傾向もみえます。
2.X(旧Twitter)での例
これはX(旧Twitter)も同じで、かなり深い話がうけるケースが結構あります。
はんこ屋さんの「細かい文字をぎっしり詰め込んだはんこを製作しました。すごいでしょう!」という話が1,200万インプレッション、据付工事会社の「溶接が細かくてすごいでしょう!」という話が1.3万リツイートとなるのです。
表現の仕方は工夫する必要がありますが、情報発信する中身はマニアックなものであることを恐れる必要はなく、むしろその方がうけるということです。
一部補足しますが、ネットでも1,000万人登録など多くのフォロワーを持つ方もおり、そういう方はネット上の媒体ではあるものの、マスメディアと近い性質を持ちます。媒体の置き場以外にも影響力とターゲットでその媒体の性質は変わります。
SNSの情報拡散の仕組み
マニアックなものが300万回再生されるような拡散力を持つには、アルゴリズムが関係しています。
SNSでは、ゲーム系だったらゲーム系、美容系だったら美容系でフォローし合って、インフルエンサーを中心に、ジャンルごとにつながりが濃くなり、クラスターのようなものが形成されています。これが今のSNSのつながり方です。
SNSのアルゴリズムは
(1)動画などを投稿
(2)そのコンテンツを見た人が、コメントや「いいね!」などのアクションを行う
(3)アクションに対しアルゴリズムで評点がつけられ「この動画はこのクラスターに好評だ」とSNSが自動で判定してどんどん表示されやすくしていく
という仕組みになっています。
例えば、先ほどの将棋の動画の場合、「いいね!」やコメントが付くと、この将棋ユーチューバーをフォローしていない人でも、将棋との相性が良さそうな人にはどんどんお勧めしてくれます。評判が良さそうであればSNSが勝手に拡散してくれる仕組みになっているのです。つまりSNSは「いいね!」や返信、クリックをしてもらうなどのアクションにまでつなげることが重要です。閲覧されるだけでなく、「いいね!」など具体的なアクションを伴うものの方がアルゴリズム的に評点が高くなっています。
マニアックな情報の方が自分との接点が深いので、「俺もこれやったことある」とか「すごいね」とか、何らかの反応をしたくなるわけです。コアなファンにコアな情報を届けると、動いてもらいやすいということになります。一方、初心者向け情報は、「普通のことだよね」と読み流されてしまうので、アルゴリズム的にも不利になります。
そこがマスメディアとSNSの立ち位置の違いです。マスメディアは対象になるトータルの母数は多いけれども、平均して60点から70点に感じられる情報になりがちでアクションにつながるような関心度合いは低めです。SNSはフォロワーから拡散されるというアルゴリズムなので、あまたあるコンテンツの中からたどり着いてくれた人であり、関心があるであろうという人に対して情報を発するという意識を持ち、アクションまでつなげる必要があるのです。
体験の流れ~カスタマージャーニー~
マーケティング用語で「カスタマージャーニー」というものがあります。一個人がどうやって企業や対象への関心度を高めていくかという流れを表したものです。
企業を例に挙げるなら、最初は「企業名を知らない段階」です。その次の段階は「企業名くらいなら知っている」、さらに次の段階は「その企業は何をやっているかは理解している」、次は「その企業の商品なり組織なりの強みみたいなものまで分かっている」、さらに次は「実際に製品を購入したり、サービスを体験したりする」となり、最後の段階は「最終的にファンになる」という流れです。
マスメディアとSNSとでは、このカスタマージャーニー上でターゲットにしている相手が違うのです。
企業名すら知らない人に対しては、マスメディアによるアプローチが効いて、まず名前だけでも知ってもらおうというアクションになります。
一方、SNSは、検索してたどり着く、フォローしてたどり着くものですので、理解度の高い段階の人に渡る情報を配置する必要があるのです。カスタマージャーニーで考えると、初期の段階の人にはマスメディアが効果的で、後期の段階の人にはSNSなど深い情報を求めている人に情報を伝えられる媒体が効果的です。
発信媒体の種類とコンテンツの性質を踏まえた情報発信の考え方
1.発信媒体とコンテンツの関係
発信媒体(“マス”向け媒体・“コア”向け媒体)とコンテンツの性質(“マス”向けコンテンツ・“コア”向けコンテンツ)との関係を考えます。※話者注:前述のようにネット上にあってもマスがターゲットと言えるような媒体もあるので、“マス”向け媒体・“コア”向け媒体としています。
今までどおり新聞やテレビに取り上げてもらうときには、社会性の高い、初心者向け情報提供で大丈夫です。「“マス”向け媒体・“マス”向けコンテンツ」です。
一方、SNSなどで発信する場合は、“コア”向けの情報でないといけないので「“コア”向け媒体・“コア”向けコンテンツ」が適しています。
“マス”向け媒体に対しては“マス”向けコンテンツで、旧来の広報と同じことをする、それに加えて、“コア”向け媒体に深い情報提供する、という二つを考えれば、カスタマージャーニーの全体を通るような情報の流れが作れます。
2.カスタマージャーニーの流れを作る(1)
私が担当している企業さんを例に挙げて、イメージをお話しします。
ロジクールというPC周辺機器を販売している企業が2万円ぐらいするゲーム専用マウスを開発しました。まずはマスメディアに取り上げてもらいたかったので、比較的初心者向けの分かりやすい情報を提供するメディア向け発表会を実施しました。
そこで、ゲームが好きで、ゲーム配信に力を入れ始めている芸能人の方をお呼びして、「実はゲーム好きなんです」といった情報を出します。するとヤフーニュースのトップにもそれが掲載されました。
これは“マス”向けなので、すべての言いたいことは言えていません。芸能人の方のゲーム好きというところにフォーカスが当たるので製品のことはそこまで伝わらないけれども、会社名や製品名、基本情報は書いてもらえるという内容の情報提供です。
しかし、それだけでは購買にまではそう至らないので、SNSでマウスをレビューしているユーチューバーの方に動画を作ってもらいました。これは“コア”向け情報です。すると「前のモデルより5g軽くなっています!」というような、コアなファンに刺さるような話を動画でしてくれました。5g軽くなったことがすごいことなのか、一般の人から見ると分かりにくいのですが、電子機器が好きな人には非常に重要な情報です。5gの差は弱くマスメディアでは取り上げられにくい情報なのですけれども、“コア”向けのコンテンツを展開している人はそういう情報を発信してくれます。
そして公式SNSでは、プロゲーマーとのファンミーティングをやっていますよ、といった話をして購入してファンになってくれた人も満足するような施策にもつなげます。
新聞やテレビのような“マス”向け媒体には、初心者向けの“マス”向けコンテンツを提供し、YouTubeやSNSなどの“コア”向けを選択してたどり着く人がいる媒体では深い話を提供して、このすべての領域の人をカバーしております。これはジャーニーを“マス”から“コア”に落とす流れを作ったというものです。
3.カスタマージャーニーの流れを作る(2)
逆にジャーニーを“コア”から“マス”へ上げる例もあります。
ある銀行の事例ですが、「ATMの操作音があまり好きではない」というコメントがX(旧Twitter)で複数投稿されていました。そうしたコメントに対して、銀行の公式アカウントが、個人のアカウントに「ATMの操作音を変更しました」と直接コメントしたのです。公式アカウントから一個人に直接連絡するという驚きで、いろいろな人が「ありがとうございます!」とリアクションをしました。
その結果、「公式アカウントから連絡が来たのか?ウソだろう!?」とリアクションをした人のツイートが24万「いいね!」されて、SNSでバズり、SNSでバズっているということでテレビの番組で取り上げられることになりました。
これは先ほどと逆で、情報としてはATMの操作音変更という非常にコアな情報ですが、操作音に直接言及していた個人SNSという“コア”向け媒体に、対応を直接コメントしたことで、“マス”向け媒体にも広がったのです。これは“コア”から“マス”に情報がさかのぼる形で波及しています。
情報の深さの話はありませんが、地域情報も一種のコア情報であるといえます。地方での特殊な事例の盛り上がりが全国へ波及することも頻繁に起こっています。
私が手伝っている企業で、地方自治体の公式スポットワークプラットフォームを構築・運営をするサービスを提供しているマッチボックステクノロジーズという企業があります。地方では働き手となる若者が少なくなって困っていますが、スポットワーカーによって、人手不足解消とともに地元企業を知ってもらうことにもつながる、非常に意味のある活動です。このデジタルを活用したスポットワークサービスが地方で成功していることがローカルの新聞に掲載してもらったことで、NHKや報道ステーションでの報道など全国放送に広がったという例もその一つです。
4.媒体とコンテンツの組み合わせの失敗例
よくある失敗は、“マス”向けコンテンツを“コア”向け媒体に提供しようとしたり、“コア”向けコンテンツを“マス”向け媒体に提供しようとしたりすることです。
例えば、プレスリリースや会社紹介のようなものをSNSで展開している企業は結構ありますが、大抵は見られておりません。
プレスリリースは“マス”向け媒体に対する情報提供で、初心者向けに情報を削いで出すものです。わざわざそのアカウントをフォローしている人にとっては「もう知っているよ」ということになってしまいます。
また、テレビで有名な芸能人に会社のYouTubeに登場してもらって、会社の説明をしてもらうのも大抵は成功しておりません。ネットという深い情報を求めているところなので、芸能人であってもその企業の宣伝をするだけではネットでは受けにくいのです。
逆に、狭い範囲の“コア”向けコンテンツを“マス”向け媒体に提供しても興味は持たれません。先述のマスメディアはあまり具体的すぎる話を取り上げないということもそうです。また、ネットでは声優やユーチューバーが人気らしいということで、“マス”向けのテレビCMなどに起用している例などでは、マスメディア利用者から見ると、「誰これ?」という感じになり、受け入れられない場合があります。ネットの内輪ノリで成立していた人や話題を公式CMなど“マス”媒体に持ち込むと、表現の過激さなどが改めて取り沙汰され、炎上したりもします。
ネットに絡みたいと思うと、上記のようなネットの情報を“マス”向け媒体に持ってくるか、ネットで”マス”向けの情報を提供するかになりがちですが、そうすると大抵失敗します。
SNSによって、マニアックな話題でも誰かが受け取ってくれる状況になっているので、提供したい情報が深いのであれば深い媒体を選定し、初心者や万人向けに分かりやすく伝えたいのであれば、万人を対象とした媒体を選定するなど、情報と媒体の濃度を合わせることが重要です。
深い情報をどう表現すべきか
1.時不変なものが重要
情報を深くした上で、それをどう表現したらネットで受け入れられやすいのでしょうか。
ネットでは「時不変なもの(時間的耐久性が高いもの)」が重要です。マスメディアでは情報の鮮度や新しさが重視されてきましたが、ネットでは時間的新しさは関係なくなってきています。情報がいつ時点のものであっても、検索して初めてその情報に触れた人にとっては、新しいものだからです。炎上も含め、何十年も前の情報が最新の情報かのようにSNSで出回るのを見たことがある方も多いと思います。
つまり、SNSにとっては「いつ見ても意味のある情報であること」が重要です。
例えばヤフーニュースのトップでは「ギンナン中毒が危険」とか、「電源タップにも寿命があります」といったものも取り上げられています。ネットでは新聞などその日に意味のある情報を提供する必要があるアナログ媒体より、「誰がいつ見ても役に立つ情報」が扱われやすくなっています。
2.コアな話題の届け方
情報の中身としては「時不変なものが重要である」という前提を持ちつつ、表現方法には重要な点が二つあると思います。一つ目は「“人”を見せる」、二つ目は「情報の見せ方」です。
(1)“人”を見せる
“人”を見せると、友達が言っているみたいな感覚になるので、親近感が湧いて、深い話も届きやすくなる、ということです。
この観点で、他者を使うのがいわゆるインフルエンサーマーケティングであり、自分でやるのがSNS運用になります。
文部科学省が出している「ネットで知り合った人と安易に会うのはやめましょう」という内容の啓発動画があります。かなり初心者向けの一般的な啓発動画なので、ネット上ではあまり見られていませんでした。そんな中、小中学生に人気のゲーム実況をしているユーチューバーが、「一緒にその啓発動画を見よう」という動画を作ったところ、130万回再生されています。見ているものは全く同じですが、その人と一緒に見るというフィルターが加わるだけで、再生数が大きく伸びたのです。
農林水産省の「ばずまふ」もかなりその部分が強いと思います。職員2人が顔を出して話しています。大臣と話してみる動画や法務省や環境省に行ってみた話など、内容はどれも普通にやっていると伝えにくい情報ですが、この2人がいるからこそ、伝わりやすく多く見られたのだと思います。
大手企業でも自分を表現するみたいなことをしてうまくいっている例もあります。例えば、インスタグラムで「社長とそのグローバル支社の社長がズーム会議しました」という投稿をしている企業があります。役に立つかどうかという観点で見た時にはあまり重要な情報ではないと思うのですが、社長がちゃんと顔を出して表現をすることで、結構な数の「いいね!」を集めています。
次に、自分たちが実際に顔を出すわけではないのですが、人格を表わしている手法もご紹介します。
例えば鉄道関連の旅行会社では、沿線にある美しい写真を投稿してくれた人の写真を自社のインスタグラムアカウントでリポストしています。「〇〇さんが素敵なお写真を投稿してくれました!」という感じで、自ら個々の投稿者とつながりを持ちに行っています。SNSで一方通行の情報発信をしているだけだと人格が見えてこないのですが、個人と関わっていくことで、「自分たちのこともちゃんと見ているのだ」とか「中に人がいるのだな」という感覚が伝わるので、リアクションが良くなるのです。
SNSではそういう運用の仕方が最近トレンドになっていて、アンケートを実施してみたり、「いいね!」をいっぱいもらったら「ありがとうございます」「嬉しいです」みたいなことを言ったりしています。
自分たちが顔を出すわけではないのですが、「ちゃんと見ているよ」とか、「感謝しているよ」みたいな反応を返すことは非常に重要なのです。
インフルエンサーを起用すると、その人が伝え方や親近感を担保してくれます。これに対して、SNS運用はテクニックが必要になりますが、つながりを見せると「ちゃんと自分たちのことを見てくれている」ことが受け手に伝わり効果的になります。
逆にネットに寄せすぎると下品なことをしたりして炎上する可能性もあるので、伝える内容は安易におもねらないことが肝要です。
(2)情報の見せ方
先ほどのヤフーのトップに挙がっていた電源タップの話は、もともとは企業のSNS投稿ですけれど、電源タップにも寿命があるという普遍的な話と、「電源タップにも寿命があります。」という言葉をSNS上で5回繰り返して書いて投稿(本当のことなので5回言いますと表記)という単純なテクニックを使ったものなのですが、これで拡散しました。
同じ話題でもネット的な表現とマスメディア的な表現とでは違いがあり、表現をそれっぽくするだけでもバズる可能性が出てきます。
情報の見せ方としては「主語」「事象」「絵力」「感情」の四つの掛け合わせがネットでうけやすいポイントです。このうち「絵力」と「感情」は特に重要な表現方法です。
同じ情報を別々の表現で伝えている例を挙げます。犯人逮捕に貢献した警察犬が表彰されてビーフジャーキーを一年分貰ったという事例です。一般的なニュースではその事実をそのまま伝える表現となっていますが、そんなに見られておりません。livedoorニュースの表現ではビーフジャーキーをもらうことを「ご褒美」と表現しており、写真も犬が首にジャーキーを下げていて、舌を出してちょっと嬉しそうなニュアンスを出しております。記事には「可愛いね!」みたいなコメントがついて、こちらはよく見られています。
企業の例では、文字情報で展示会の出展の告知をSNSでそのまま投稿するような例がありますが、SNSを使うのであれば具体的に展示するものの技術を動画で投稿するなど絵力を出す方が効果的です。サスペンションの会社がサスペンションの上にワイングラスの乗ったオモリを落としてサスペンションのクッション性を示すという展示をしていました。実際にSNSではその動画が大きく拡散しています。
私がlivedoorでやっている動画「ゲームさんぽ」のチャンネル登録者数が10万人を超えたため、YouTubeから銀の盾が届きました。そこで、オリンパスの顕微鏡を使って、銀の盾がどのように作られているのかを分析する動画を作りました。顕微鏡というのは普通は扱いづらい商材なのですが、「YouTuberの銀の盾」という絵力のあるものを組み合わせて動画にすることで、再生回数が伸びました。
ネットではマニアックさと時間的耐久性のある情報を扱い、ビジュアルや感情を呼び起こすような表現を意識し、画像や動画で凄さをぱっと示すことが重要なのです。
財務省の情報発信の現状
ここまでの話に照らして、ネット上の財務省の情報発信がどんな構造になっているかを考えてみます。財務省の発信には、カスタマージャーニーの一番外側にあたる万人向けの部分と一番コアな部分はあると思います。例えば、外側の部分に関しては、財務省ホームページの「財政を考える」の箇所で、教科書的な初心者に対する財政均衡の説明のコンテンツがあると思いますし、個人向け国債の推奨といった一般層とも親和性が高そうな情報も置いてあります。コアな部分に関しては、財務省の広報誌「ファイナンス」や、公式アカウントで活動を情報発信されています。
課題は「カスタマージャーニーの外側の部分とコアな部分をつなぐものがない」ことです。
もっと踏み込んで、財政均衡についての深い情報を語るコンテンツを動画で作成するなども考えられると思います。「ファイナンス」は、世の中の経済全般やトレンドの市場などが分析されていて、コア向けコンテンツとして非常に良いと思うので、これを動画など絵力や感情を喚起するような形で出していくのもよいと思います。コア情報を提供するのは「財務省は経済のことを深く考えていますよ」というアピールにもなります。
アルゴリズムとアンチコメント
1.アンチ的な反応を抑制する
SNSのアルゴリズムは、アンチを抱えやすい構造にもなっています。
SNSでは、アクションをすると、そのクラスターに好評な情報だと思われて、共通の趣味を持つクラスターに広がっていくことをお話いたしましたが、アンチも同じくコメントなどの能動的なアクションをするので、SNSのアルゴリズムは「なんか人気ありそうだ」ということで、アンチのクラスターにどんどん情報を広げていく、という流れになっています。
ですから、ブロックまではいかなくとも、アンチコメントを報告するとか非表示にすることで、アルゴリズムにアンチクラスターは別のクラスターであると伝えることはできます。
2.ファンにアクションしてもらう
アンチを抑制するには、それに対抗してファンを増やす、ファンにアクションしてもらうことも重要です。
例えば、アンケート形式で、「みなさんが普段こういう時に考えていることがあれば教えてください」というような一言を付けたりするだけで、はるかにコメントが付きやすくなるのです。
ファンに反応してもらいやすくすると、ファンのクラスターに表示されやすくなり、目に留まるようになりますし、いいコメントがあるコメント欄にはアンチコメントは書きにくいものです。
先ほどの「ばずまふ」でも、アンチコメントはありません。ファンのアクションが多いとアンチはコメントをしにくいですし、面と向かって悪口を言いにくいように、この2人の人格が見えているとアンチコメントもしにくいのです。ややアンチ的なコメントが付いてもファンが「いや、おかしいでしょ」と言ってくれるようなかなり良い状況になっています。人格を見せることのメリットはそういうところにもあります。
一方、人格があまり感じられない機械的な情報発信をしているような、誰が運用しているのかよく分からないアカウントに対しては、気軽にアンチコメントができます。
最後に
旧来の広報も引き続き必要である一方で、これから必要になってくるのはWebの視点です。コアな情報、時間的耐久性がある情報をSNSなどで発信していく、アルゴリズムを意識してやっていくことが肝要です。
この場合、社会性を無理に高める必要はなく、あえてコアな情報を発信してみることが重要です。コアな情報を提供するときには、ニュース性は必要がなく、新規性の高い話題がないときにも新しいコンテンツにできるので、取り組みやすい面もあります。
ネットで情報提供するときには啓蒙しようとするのではなく、自分の好きなものをプレゼンするような考え方をするとイメージがしやすいと思います。何か新しいコンテンツを出そうとするときは、「万人が見るからこういう情報が必要かな」という神のような視点ではなく、「自分はここがいいと思っているから、そこを必死にプレゼンしてみる」というような観点で考えると、自然とネットに適したいい表現になると思います。
ご清聴ありがとうございました。
講師略歴
吉岡 大輝(よしおか たいき)
株式会社シニスケープ 代表取締役
東京大学大学院情報理工学系専攻卒。共同ピーアール株式会社を経て、2020年より現職。
2018年より『広報の学校』「入門広報講座」Web PR担当。
共同ピーアールでは、ゲーム系企業、PC周辺機器企業などのBtoC企業から、重工業、IT企業などBtoB企業など幅広い領域を担当。
現職では、広報活動サポートに加え、大手ポータルサイトの動画企画運用、多言語のコンテンツ配信サイト開発なども行う。
吉岡 大輝 氏
(株式会社シニスケープ代表取締役)
演題
「ネットっぽさ」の理解~SNS時代の情報の受容のされ方と情報発信・広報の方法について~
令和7年5月20日(火)開催
自己紹介
本日はお時間をいただき、ありがとうございます。
私は以前、「PR会社」という企業の広報をサポートする会社の社員として企業や官公庁様のメディアへの露出を強化するコンサルティングをしておりました。その後、Webを中心とした複合的な広報のサポートをするために独立しました。広報はじめ情報発信においてマスメディアとインターネット(以下、ネット)では取り組み方をどう変えていけばよいのか、といったことを専門にしています。今はlivedoorニュース(ライブドアニュース)というWeb上のニュースサイトでYouTubeの運営も手伝っています。
日本の広告費の推移を見ると、最近ではネットがマスコミ四媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ)すべてを超えており、マスメディアだけを考えていてはいけない時代になってきています。
広告業界ではすでに当然のことなのですが、広報ではマスメディアの露出を獲得することばかりに注目してしまう環境にあるので、本日は広報でネットをどう捉えるかといった話をさせていただければと思います。具体的にはネットに対して提供する情報はマニアックであるべき、という話をしていきます。
ネットではマニアックな情報が必要
1.マスメディアでの情報発信のあり方
「マスメディアには社会性の高い情報発信が求められる」というのが一般的で正しい意見です。「社会の全員にどれだけ役立つかが必要」ということです。
企業としては、製品や売り上げにつながることを取り上げてほしいけれど、「広告ではないのだから、製品のことだけでは掲載が難しい、社会にどれだけ役立つのかを教えてください」と言われてしまうなど、「自分の言いたいことを言うだけでは取り上げてもらえない」というのがマスメディアの観点です。企業の視点ではなく、さまざまな属性を持つ大多数の読み手に伝わるように「初心者向け」「万人向け」の情報にしないとマスメディアには取り上げられないのです。一方で、この考え方が非常に根強いため、SNSをはじめとするネットにおいても同じ考え方をしてしまいがちになっているところがあります。
2.SNSでの情報発信のあり方
SNSはYouTubeやX(旧Twitter)など、いろいろなアカウントを能動的にフォローして情報を取りに行くという構造を持っています。公式アカウントをフォローしている人というのは能動的なファンである可能性も高いわけです。ですから、深い情報を求めている人が多いのです。
例えば、将棋のユーチューバーをフォローしていたとして、二つの動画が公開されたとします。一つは将棋の基礎である「駒の動かし方編」、もう一つは「将棋のプロが本気で鬼殺しをやってみた」という深いコアな内容のものです。この二つの動画のどちらを見たいのかを考えてみてください。
将棋を指したことのない人は強いて見るなら最初の動画になると思います。一方、将棋を指したことがある人は、当然将棋の基礎は知っているので最初の動画は見ません。
実際の動画の再生数を見ると、「駒の動かし方編」の動画は最大16万回再生ですが、「将棋のプロが本気で鬼殺しをやってみた」の動画は50万回再生です。なんとなく、最初の動画の方が、見る人の範囲が広いから伸びそうかなと思うのですけれど、それを見るのは、将棋を始めようかなと思っていて、将棋の動かし方を調べている人のみになるということです。世の中の人が絶対どちらかの動画を見ないといけないとすれば、そちらを見るのでしょうが、ネットでは興味のないものはスルーできるので、こういう初心者向け情報は見られにくいのです。SNSアカウントがたくさんある中で、わざわざ将棋コンテンツを探している人にとっては、深いコアな情報の方が求められることになります。
企業や官公庁が公式アカウントやHPを作るときに陥りがちな議論として、「誰が見るか分からないから、みんなに受け入れられるような情報を置いたほうがいいのではないか」という結論になることがしばしばあるかと思います。それは「すべての人が見に来てくれる」ことを前提にしていて、「教科書的な初心者向け情報はスルーされてしまう」という観点が抜けているのです。つまり、「ネットはマニアックであるべき」という観点が必要になってくるのです。
“マス”向け(マスメディア向け)と“コア”向け(ネット向け)の情報発信の違い
“マス”向け(マスメディア向け)には、万人に対して60点か70点くらい取れるような情報が好まれます。
将棋の話でいうなら、ニュースで目にすることもあると思いますが、マスメディアは「藤井聡太がタイトル戦で必ず食べるものとは」といったような感じで、将棋とは関係ないけれど、食という万人が好きそうな情報が取り上げられやすいです。マスメディアに将棋を取り上げてもらいたいと思ったとすると自分の言いたい「将棋が楽しい」ということだけを伝えるのではなくて、多くの人との接点になりそうなアピールポイントを探すことがマスメディアに情報提供する際に必要なことです。
一方、SNSなどを含めた“コア”向け(ネット向け)媒体では、ファンに対して100点を取れるような情報が好まれます。
先ほど将棋の二つの動画の例をお示しましたが、将棋で再生数が非常に伸びている動画は300万回再生されています。「元奨励会員がハム将棋と裸玉で対戦してみた結果・・・」というタイトルのものです。将棋をしていない人にとっては、何を言っているのか全く分からないと思うのですけれど、300万回も再生されています。“コア”向けにすることで見る人が減るのではないかと思いきや、逆に拡散力が増しているのです。
“コア”向け(ネット向け)情報発信の例
1.YouTubeでの例
YouTubeで「日本科学情報」というチャンネルがあり、36万人登録されています。テーマは科学の勉強のような、かなりニッチな内容の動画なのですけれど、「重力はすごい」という動画は335万回再生ですし、「インターネットの原理と仕組み」は137万回再生です。
言語学にフォーカスした「ゆる言語学ラジオ」というチャネルも、かなりマニアックなコンテンツが並んでいます。例えば「どう違う?<パラッ>と<パラリ>」などです。これも多くの人に登録されているチャンネルです。
農林水産省の公式YouTubeチャンネル「BUZZMAFFばずまふ(以下ばずまふ)」では「農林水産省あるある」という動画が176万回再生されています。かなりマニアックな情報だと思いますが、「普段接点のない職業の人がどんなことをやっているのか」という、ニッチな観点でネットだと興味を持たれるのです。「九州の農業を全力で紹介してみた」というコンテンツも53万回再生です。
私がLivedoorで作っている「ゲームさんぽ」というチャネル上の動画は、それぞれの分野の専門家がゲームに出てくる背景や構造物などを分析するという内容です。例えば、植物学者がゲームに出てくる草のグラフィックを見て、「このエリアは踏まれるのに強い植物が生えていますね」みたいなことを言うのです。実際、ゲーム内では大きな恐竜が出てきて地面を踏みつけるように動いていて、「ゲームがよくできているね」ということもあるし、「この専門家が草一つで生態まで分かってしまうのか」という発見もあります。深い情報がゲームというフィルターを通じて親しみのある形で伝わるところが評価をいただいています。経済学、天文学、不動産、弁護士などいろいろな分野の専門家とコラボして、それなりに再生数を持っているという状況です。これも、初心者向けではない深く踏み込んだマニアックな情報なのですけれど、広く受け入れられるものとなっています。
ネットに置くコンテンツは「初心者向けにしないといけない」と考えがちなのですけども、自分たちだけが知っているオリジナリティがある情報、自分たちの専門分野を分かりやすく伝えた方が伸びる傾向もみえます。
2.X(旧Twitter)での例
これはX(旧Twitter)も同じで、かなり深い話がうけるケースが結構あります。
はんこ屋さんの「細かい文字をぎっしり詰め込んだはんこを製作しました。すごいでしょう!」という話が1,200万インプレッション、据付工事会社の「溶接が細かくてすごいでしょう!」という話が1.3万リツイートとなるのです。
表現の仕方は工夫する必要がありますが、情報発信する中身はマニアックなものであることを恐れる必要はなく、むしろその方がうけるということです。
一部補足しますが、ネットでも1,000万人登録など多くのフォロワーを持つ方もおり、そういう方はネット上の媒体ではあるものの、マスメディアと近い性質を持ちます。媒体の置き場以外にも影響力とターゲットでその媒体の性質は変わります。
SNSの情報拡散の仕組み
マニアックなものが300万回再生されるような拡散力を持つには、アルゴリズムが関係しています。
SNSでは、ゲーム系だったらゲーム系、美容系だったら美容系でフォローし合って、インフルエンサーを中心に、ジャンルごとにつながりが濃くなり、クラスターのようなものが形成されています。これが今のSNSのつながり方です。
SNSのアルゴリズムは
(1)動画などを投稿
(2)そのコンテンツを見た人が、コメントや「いいね!」などのアクションを行う
(3)アクションに対しアルゴリズムで評点がつけられ「この動画はこのクラスターに好評だ」とSNSが自動で判定してどんどん表示されやすくしていく
という仕組みになっています。
例えば、先ほどの将棋の動画の場合、「いいね!」やコメントが付くと、この将棋ユーチューバーをフォローしていない人でも、将棋との相性が良さそうな人にはどんどんお勧めしてくれます。評判が良さそうであればSNSが勝手に拡散してくれる仕組みになっているのです。つまりSNSは「いいね!」や返信、クリックをしてもらうなどのアクションにまでつなげることが重要です。閲覧されるだけでなく、「いいね!」など具体的なアクションを伴うものの方がアルゴリズム的に評点が高くなっています。
マニアックな情報の方が自分との接点が深いので、「俺もこれやったことある」とか「すごいね」とか、何らかの反応をしたくなるわけです。コアなファンにコアな情報を届けると、動いてもらいやすいということになります。一方、初心者向け情報は、「普通のことだよね」と読み流されてしまうので、アルゴリズム的にも不利になります。
そこがマスメディアとSNSの立ち位置の違いです。マスメディアは対象になるトータルの母数は多いけれども、平均して60点から70点に感じられる情報になりがちでアクションにつながるような関心度合いは低めです。SNSはフォロワーから拡散されるというアルゴリズムなので、あまたあるコンテンツの中からたどり着いてくれた人であり、関心があるであろうという人に対して情報を発するという意識を持ち、アクションまでつなげる必要があるのです。
体験の流れ~カスタマージャーニー~
マーケティング用語で「カスタマージャーニー」というものがあります。一個人がどうやって企業や対象への関心度を高めていくかという流れを表したものです。
企業を例に挙げるなら、最初は「企業名を知らない段階」です。その次の段階は「企業名くらいなら知っている」、さらに次の段階は「その企業は何をやっているかは理解している」、次は「その企業の商品なり組織なりの強みみたいなものまで分かっている」、さらに次は「実際に製品を購入したり、サービスを体験したりする」となり、最後の段階は「最終的にファンになる」という流れです。
マスメディアとSNSとでは、このカスタマージャーニー上でターゲットにしている相手が違うのです。
企業名すら知らない人に対しては、マスメディアによるアプローチが効いて、まず名前だけでも知ってもらおうというアクションになります。
一方、SNSは、検索してたどり着く、フォローしてたどり着くものですので、理解度の高い段階の人に渡る情報を配置する必要があるのです。カスタマージャーニーで考えると、初期の段階の人にはマスメディアが効果的で、後期の段階の人にはSNSなど深い情報を求めている人に情報を伝えられる媒体が効果的です。
発信媒体の種類とコンテンツの性質を踏まえた情報発信の考え方
1.発信媒体とコンテンツの関係
発信媒体(“マス”向け媒体・“コア”向け媒体)とコンテンツの性質(“マス”向けコンテンツ・“コア”向けコンテンツ)との関係を考えます。※話者注:前述のようにネット上にあってもマスがターゲットと言えるような媒体もあるので、“マス”向け媒体・“コア”向け媒体としています。
今までどおり新聞やテレビに取り上げてもらうときには、社会性の高い、初心者向け情報提供で大丈夫です。「“マス”向け媒体・“マス”向けコンテンツ」です。
一方、SNSなどで発信する場合は、“コア”向けの情報でないといけないので「“コア”向け媒体・“コア”向けコンテンツ」が適しています。
“マス”向け媒体に対しては“マス”向けコンテンツで、旧来の広報と同じことをする、それに加えて、“コア”向け媒体に深い情報提供する、という二つを考えれば、カスタマージャーニーの全体を通るような情報の流れが作れます。
2.カスタマージャーニーの流れを作る(1)
私が担当している企業さんを例に挙げて、イメージをお話しします。
ロジクールというPC周辺機器を販売している企業が2万円ぐらいするゲーム専用マウスを開発しました。まずはマスメディアに取り上げてもらいたかったので、比較的初心者向けの分かりやすい情報を提供するメディア向け発表会を実施しました。
そこで、ゲームが好きで、ゲーム配信に力を入れ始めている芸能人の方をお呼びして、「実はゲーム好きなんです」といった情報を出します。するとヤフーニュースのトップにもそれが掲載されました。
これは“マス”向けなので、すべての言いたいことは言えていません。芸能人の方のゲーム好きというところにフォーカスが当たるので製品のことはそこまで伝わらないけれども、会社名や製品名、基本情報は書いてもらえるという内容の情報提供です。
しかし、それだけでは購買にまではそう至らないので、SNSでマウスをレビューしているユーチューバーの方に動画を作ってもらいました。これは“コア”向け情報です。すると「前のモデルより5g軽くなっています!」というような、コアなファンに刺さるような話を動画でしてくれました。5g軽くなったことがすごいことなのか、一般の人から見ると分かりにくいのですが、電子機器が好きな人には非常に重要な情報です。5gの差は弱くマスメディアでは取り上げられにくい情報なのですけれども、“コア”向けのコンテンツを展開している人はそういう情報を発信してくれます。
そして公式SNSでは、プロゲーマーとのファンミーティングをやっていますよ、といった話をして購入してファンになってくれた人も満足するような施策にもつなげます。
新聞やテレビのような“マス”向け媒体には、初心者向けの“マス”向けコンテンツを提供し、YouTubeやSNSなどの“コア”向けを選択してたどり着く人がいる媒体では深い話を提供して、このすべての領域の人をカバーしております。これはジャーニーを“マス”から“コア”に落とす流れを作ったというものです。
3.カスタマージャーニーの流れを作る(2)
逆にジャーニーを“コア”から“マス”へ上げる例もあります。
ある銀行の事例ですが、「ATMの操作音があまり好きではない」というコメントがX(旧Twitter)で複数投稿されていました。そうしたコメントに対して、銀行の公式アカウントが、個人のアカウントに「ATMの操作音を変更しました」と直接コメントしたのです。公式アカウントから一個人に直接連絡するという驚きで、いろいろな人が「ありがとうございます!」とリアクションをしました。
その結果、「公式アカウントから連絡が来たのか?ウソだろう!?」とリアクションをした人のツイートが24万「いいね!」されて、SNSでバズり、SNSでバズっているということでテレビの番組で取り上げられることになりました。
これは先ほどと逆で、情報としてはATMの操作音変更という非常にコアな情報ですが、操作音に直接言及していた個人SNSという“コア”向け媒体に、対応を直接コメントしたことで、“マス”向け媒体にも広がったのです。これは“コア”から“マス”に情報がさかのぼる形で波及しています。
情報の深さの話はありませんが、地域情報も一種のコア情報であるといえます。地方での特殊な事例の盛り上がりが全国へ波及することも頻繁に起こっています。
私が手伝っている企業で、地方自治体の公式スポットワークプラットフォームを構築・運営をするサービスを提供しているマッチボックステクノロジーズという企業があります。地方では働き手となる若者が少なくなって困っていますが、スポットワーカーによって、人手不足解消とともに地元企業を知ってもらうことにもつながる、非常に意味のある活動です。このデジタルを活用したスポットワークサービスが地方で成功していることがローカルの新聞に掲載してもらったことで、NHKや報道ステーションでの報道など全国放送に広がったという例もその一つです。
4.媒体とコンテンツの組み合わせの失敗例
よくある失敗は、“マス”向けコンテンツを“コア”向け媒体に提供しようとしたり、“コア”向けコンテンツを“マス”向け媒体に提供しようとしたりすることです。
例えば、プレスリリースや会社紹介のようなものをSNSで展開している企業は結構ありますが、大抵は見られておりません。
プレスリリースは“マス”向け媒体に対する情報提供で、初心者向けに情報を削いで出すものです。わざわざそのアカウントをフォローしている人にとっては「もう知っているよ」ということになってしまいます。
また、テレビで有名な芸能人に会社のYouTubeに登場してもらって、会社の説明をしてもらうのも大抵は成功しておりません。ネットという深い情報を求めているところなので、芸能人であってもその企業の宣伝をするだけではネットでは受けにくいのです。
逆に、狭い範囲の“コア”向けコンテンツを“マス”向け媒体に提供しても興味は持たれません。先述のマスメディアはあまり具体的すぎる話を取り上げないということもそうです。また、ネットでは声優やユーチューバーが人気らしいということで、“マス”向けのテレビCMなどに起用している例などでは、マスメディア利用者から見ると、「誰これ?」という感じになり、受け入れられない場合があります。ネットの内輪ノリで成立していた人や話題を公式CMなど“マス”媒体に持ち込むと、表現の過激さなどが改めて取り沙汰され、炎上したりもします。
ネットに絡みたいと思うと、上記のようなネットの情報を“マス”向け媒体に持ってくるか、ネットで”マス”向けの情報を提供するかになりがちですが、そうすると大抵失敗します。
SNSによって、マニアックな話題でも誰かが受け取ってくれる状況になっているので、提供したい情報が深いのであれば深い媒体を選定し、初心者や万人向けに分かりやすく伝えたいのであれば、万人を対象とした媒体を選定するなど、情報と媒体の濃度を合わせることが重要です。
深い情報をどう表現すべきか
1.時不変なものが重要
情報を深くした上で、それをどう表現したらネットで受け入れられやすいのでしょうか。
ネットでは「時不変なもの(時間的耐久性が高いもの)」が重要です。マスメディアでは情報の鮮度や新しさが重視されてきましたが、ネットでは時間的新しさは関係なくなってきています。情報がいつ時点のものであっても、検索して初めてその情報に触れた人にとっては、新しいものだからです。炎上も含め、何十年も前の情報が最新の情報かのようにSNSで出回るのを見たことがある方も多いと思います。
つまり、SNSにとっては「いつ見ても意味のある情報であること」が重要です。
例えばヤフーニュースのトップでは「ギンナン中毒が危険」とか、「電源タップにも寿命があります」といったものも取り上げられています。ネットでは新聞などその日に意味のある情報を提供する必要があるアナログ媒体より、「誰がいつ見ても役に立つ情報」が扱われやすくなっています。
2.コアな話題の届け方
情報の中身としては「時不変なものが重要である」という前提を持ちつつ、表現方法には重要な点が二つあると思います。一つ目は「“人”を見せる」、二つ目は「情報の見せ方」です。
(1)“人”を見せる
“人”を見せると、友達が言っているみたいな感覚になるので、親近感が湧いて、深い話も届きやすくなる、ということです。
この観点で、他者を使うのがいわゆるインフルエンサーマーケティングであり、自分でやるのがSNS運用になります。
文部科学省が出している「ネットで知り合った人と安易に会うのはやめましょう」という内容の啓発動画があります。かなり初心者向けの一般的な啓発動画なので、ネット上ではあまり見られていませんでした。そんな中、小中学生に人気のゲーム実況をしているユーチューバーが、「一緒にその啓発動画を見よう」という動画を作ったところ、130万回再生されています。見ているものは全く同じですが、その人と一緒に見るというフィルターが加わるだけで、再生数が大きく伸びたのです。
農林水産省の「ばずまふ」もかなりその部分が強いと思います。職員2人が顔を出して話しています。大臣と話してみる動画や法務省や環境省に行ってみた話など、内容はどれも普通にやっていると伝えにくい情報ですが、この2人がいるからこそ、伝わりやすく多く見られたのだと思います。
大手企業でも自分を表現するみたいなことをしてうまくいっている例もあります。例えば、インスタグラムで「社長とそのグローバル支社の社長がズーム会議しました」という投稿をしている企業があります。役に立つかどうかという観点で見た時にはあまり重要な情報ではないと思うのですが、社長がちゃんと顔を出して表現をすることで、結構な数の「いいね!」を集めています。
次に、自分たちが実際に顔を出すわけではないのですが、人格を表わしている手法もご紹介します。
例えば鉄道関連の旅行会社では、沿線にある美しい写真を投稿してくれた人の写真を自社のインスタグラムアカウントでリポストしています。「〇〇さんが素敵なお写真を投稿してくれました!」という感じで、自ら個々の投稿者とつながりを持ちに行っています。SNSで一方通行の情報発信をしているだけだと人格が見えてこないのですが、個人と関わっていくことで、「自分たちのこともちゃんと見ているのだ」とか「中に人がいるのだな」という感覚が伝わるので、リアクションが良くなるのです。
SNSではそういう運用の仕方が最近トレンドになっていて、アンケートを実施してみたり、「いいね!」をいっぱいもらったら「ありがとうございます」「嬉しいです」みたいなことを言ったりしています。
自分たちが顔を出すわけではないのですが、「ちゃんと見ているよ」とか、「感謝しているよ」みたいな反応を返すことは非常に重要なのです。
インフルエンサーを起用すると、その人が伝え方や親近感を担保してくれます。これに対して、SNS運用はテクニックが必要になりますが、つながりを見せると「ちゃんと自分たちのことを見てくれている」ことが受け手に伝わり効果的になります。
逆にネットに寄せすぎると下品なことをしたりして炎上する可能性もあるので、伝える内容は安易におもねらないことが肝要です。
(2)情報の見せ方
先ほどのヤフーのトップに挙がっていた電源タップの話は、もともとは企業のSNS投稿ですけれど、電源タップにも寿命があるという普遍的な話と、「電源タップにも寿命があります。」という言葉をSNS上で5回繰り返して書いて投稿(本当のことなので5回言いますと表記)という単純なテクニックを使ったものなのですが、これで拡散しました。
同じ話題でもネット的な表現とマスメディア的な表現とでは違いがあり、表現をそれっぽくするだけでもバズる可能性が出てきます。
情報の見せ方としては「主語」「事象」「絵力」「感情」の四つの掛け合わせがネットでうけやすいポイントです。このうち「絵力」と「感情」は特に重要な表現方法です。
同じ情報を別々の表現で伝えている例を挙げます。犯人逮捕に貢献した警察犬が表彰されてビーフジャーキーを一年分貰ったという事例です。一般的なニュースではその事実をそのまま伝える表現となっていますが、そんなに見られておりません。livedoorニュースの表現ではビーフジャーキーをもらうことを「ご褒美」と表現しており、写真も犬が首にジャーキーを下げていて、舌を出してちょっと嬉しそうなニュアンスを出しております。記事には「可愛いね!」みたいなコメントがついて、こちらはよく見られています。
企業の例では、文字情報で展示会の出展の告知をSNSでそのまま投稿するような例がありますが、SNSを使うのであれば具体的に展示するものの技術を動画で投稿するなど絵力を出す方が効果的です。サスペンションの会社がサスペンションの上にワイングラスの乗ったオモリを落としてサスペンションのクッション性を示すという展示をしていました。実際にSNSではその動画が大きく拡散しています。
私がlivedoorでやっている動画「ゲームさんぽ」のチャンネル登録者数が10万人を超えたため、YouTubeから銀の盾が届きました。そこで、オリンパスの顕微鏡を使って、銀の盾がどのように作られているのかを分析する動画を作りました。顕微鏡というのは普通は扱いづらい商材なのですが、「YouTuberの銀の盾」という絵力のあるものを組み合わせて動画にすることで、再生回数が伸びました。
ネットではマニアックさと時間的耐久性のある情報を扱い、ビジュアルや感情を呼び起こすような表現を意識し、画像や動画で凄さをぱっと示すことが重要なのです。
財務省の情報発信の現状
ここまでの話に照らして、ネット上の財務省の情報発信がどんな構造になっているかを考えてみます。財務省の発信には、カスタマージャーニーの一番外側にあたる万人向けの部分と一番コアな部分はあると思います。例えば、外側の部分に関しては、財務省ホームページの「財政を考える」の箇所で、教科書的な初心者に対する財政均衡の説明のコンテンツがあると思いますし、個人向け国債の推奨といった一般層とも親和性が高そうな情報も置いてあります。コアな部分に関しては、財務省の広報誌「ファイナンス」や、公式アカウントで活動を情報発信されています。
課題は「カスタマージャーニーの外側の部分とコアな部分をつなぐものがない」ことです。
もっと踏み込んで、財政均衡についての深い情報を語るコンテンツを動画で作成するなども考えられると思います。「ファイナンス」は、世の中の経済全般やトレンドの市場などが分析されていて、コア向けコンテンツとして非常に良いと思うので、これを動画など絵力や感情を喚起するような形で出していくのもよいと思います。コア情報を提供するのは「財務省は経済のことを深く考えていますよ」というアピールにもなります。
アルゴリズムとアンチコメント
1.アンチ的な反応を抑制する
SNSのアルゴリズムは、アンチを抱えやすい構造にもなっています。
SNSでは、アクションをすると、そのクラスターに好評な情報だと思われて、共通の趣味を持つクラスターに広がっていくことをお話いたしましたが、アンチも同じくコメントなどの能動的なアクションをするので、SNSのアルゴリズムは「なんか人気ありそうだ」ということで、アンチのクラスターにどんどん情報を広げていく、という流れになっています。
ですから、ブロックまではいかなくとも、アンチコメントを報告するとか非表示にすることで、アルゴリズムにアンチクラスターは別のクラスターであると伝えることはできます。
2.ファンにアクションしてもらう
アンチを抑制するには、それに対抗してファンを増やす、ファンにアクションしてもらうことも重要です。
例えば、アンケート形式で、「みなさんが普段こういう時に考えていることがあれば教えてください」というような一言を付けたりするだけで、はるかにコメントが付きやすくなるのです。
ファンに反応してもらいやすくすると、ファンのクラスターに表示されやすくなり、目に留まるようになりますし、いいコメントがあるコメント欄にはアンチコメントは書きにくいものです。
先ほどの「ばずまふ」でも、アンチコメントはありません。ファンのアクションが多いとアンチはコメントをしにくいですし、面と向かって悪口を言いにくいように、この2人の人格が見えているとアンチコメントもしにくいのです。ややアンチ的なコメントが付いてもファンが「いや、おかしいでしょ」と言ってくれるようなかなり良い状況になっています。人格を見せることのメリットはそういうところにもあります。
一方、人格があまり感じられない機械的な情報発信をしているような、誰が運用しているのかよく分からないアカウントに対しては、気軽にアンチコメントができます。
最後に
旧来の広報も引き続き必要である一方で、これから必要になってくるのはWebの視点です。コアな情報、時間的耐久性がある情報をSNSなどで発信していく、アルゴリズムを意識してやっていくことが肝要です。
この場合、社会性を無理に高める必要はなく、あえてコアな情報を発信してみることが重要です。コアな情報を提供するときには、ニュース性は必要がなく、新規性の高い話題がないときにも新しいコンテンツにできるので、取り組みやすい面もあります。
ネットで情報提供するときには啓蒙しようとするのではなく、自分の好きなものをプレゼンするような考え方をするとイメージがしやすいと思います。何か新しいコンテンツを出そうとするときは、「万人が見るからこういう情報が必要かな」という神のような視点ではなく、「自分はここがいいと思っているから、そこを必死にプレゼンしてみる」というような観点で考えると、自然とネットに適したいい表現になると思います。
ご清聴ありがとうございました。
講師略歴
吉岡 大輝(よしおか たいき)
株式会社シニスケープ 代表取締役
東京大学大学院情報理工学系専攻卒。共同ピーアール株式会社を経て、2020年より現職。
2018年より『広報の学校』「入門広報講座」Web PR担当。
共同ピーアールでは、ゲーム系企業、PC周辺機器企業などのBtoC企業から、重工業、IT企業などBtoB企業など幅広い領域を担当。
現職では、広報活動サポートに加え、大手ポータルサイトの動画企画運用、多言語のコンテンツ配信サイト開発なども行う。