金融庁 新発田 龍史/東京大学 服部 孝洋
[プロフィール]
新発田龍史 企画市場局審議官
1993年、東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。金融庁監督局銀行第一課長、銀行第二課長等を経て、2024年より現職。1997年コロンビア大学国際公共政策大学院修了
服部孝洋 東京大学公共政策大学院特任准教授
2008年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、野村證券に入社。2016年、財務省財務総合政策研究所を経て、2020年に東京大学に移籍し、現在に至る。経済学博士(一橋大学)を取得。
本インタビューの目的
金融庁による金融行政や歴史については、金融の実務家等からの関心が高い一方で、その概要を明らかにした文献が多いとはいえません。そこで本稿では、金融庁での経験が長い新発田審議官にインタビューすることで、金融庁および金融行政の過去と現在に迫ります。なお、本編は、「新発田龍史 審議官に聞く、金融庁の過去と現在(前編)*1」(以下、「前編」と記載します)の続きとなっているため、まずは前編をご一読ください。
金融庁の職員
服部:金融庁職員の構成はどのようになっているのでしょうか。
新発田:今年3月末時点での金融庁の定員は約1,650人です。そのうち約1/3程度は金融庁や、その前身の金融監督庁に公務員試験を受けて入ってきた人です。
それ以外では、1/4の約400人が民間出身者です。そのうち200人弱は、弁護士や公認会計士、システム技術者等の専門家ですが、残りの200人強は、金融機関等で金融実務を経験されていた方です。また、各地方で金融行政を担当している財務局から人事交流で来られている方も全体の1/4くらいいます。残りの200人弱が各省庁からの出向者となります。そのほか日本銀行からも何人かいらっしゃっています。バックグラウンドの多様性という意味では、他の省庁と比べても際立っており、特に民間出身の方が活躍されているのが非常に特徴的だと思います。
服部:新卒の方は何人くらい採られているのでしょうか。
新発田:今年に入庁した新卒職員は、総合職が16名(6名)、一般職が33名(22名)です(カッコ内は女性数)*2。以前私は採用を担当していたことがあるのですが、意識的に採用数を増やしました。多様化・複雑化する行政課題に的確に対応するためには、専門性を涵養することも大切ですが、同時に、官民問わず、外部の環境でも通用するかどうか力を試し、視野を広げることも大切です。幸いなことに金融庁には人事交流のリクエストも多いのですが、かつては、それに応える余力がなく大変残念な思いをしたこともあります。
もともと、金融監督庁の発足当初は400人くらいで、当時、大蔵省の銀行局や証券局で監督などを担っていた人の一部が移ることでスタートしました。その後、不良債権問題をはじめとするさまざまな行政ニーズに対応するため、職員の人数を増やしてきたわけです。最初の10年近くは、毎年100人くらいの急激なペースで増えていましたが、もちろん全てを新卒で採用することはできないので、他省庁からの出向や、中途採用などを通じて陣容を強化してきました。このため、金融庁は、組織が急成長し、働いている人材の構成が多様であるという点で、他の霞ヶ関の組織と比べ、ベンチャー企業的な色彩が強いかもしれません。
「前編」では、金融庁で大きな組織再編を行った話をしましたが、伝統ある役所だったらこれまでの歴史的な経緯もあり、局を簡単に再編することはなかなか容易ではないと思います。金融庁は新しい組織だからこそ、しがらみなく、柔軟な対応ができる良さがあるように感じます。
服部:金融庁では、弁護士などの出向者も多いのが特徴ですよね。特に市場課や信用制度参事官室などに多いと聞きます。一方、公認会計士の出向者は開示課に多いと聞きます。
新発田:弁護士は多く、裁判官や検事も入れると法曹資格者が60名程度はいるのではないでしょうか。金融商品取引法を作った頃は、パートナーになる手前の割とシニアな方が来ていましたが、最近では金融分野での専門性を身につけるために若手の方が来られることも少なくありません。会計士も多く、70名程度の方が働いています。
具体的な業務については、採用される部局によってまちまちですが、弁護士は金融商品取引法等の法令について、外部からの照会に対応するだけでなく、制度改正の実際のプロセスに関わることで、改正される条文の字面だけでなく、背後にある考え方も含めて理解を深めることができるため、大変得難い経験になったという話をよく聞きます。また、公認会計士の中には、コーポレートガバナンス改革の担当チームの一員として特定のテーマを担当する方もいれば、会計や監査の専門的な国際会議に日本代表として出席する方もいます。
服部:民間や他省庁からの、金融庁への出向期間は大体2~3年間くらいでしょうか。
新発田:基本的には2年が多いと思いますが、仕事にやりがいを感じていただけるからなのか、それ以上いらっしゃる方もいます。また、一度ならず二度出向される方もいます。あまりに色々なバックグラウンドの方がいるので、どこから来ているのかいちいち気にすることはありません。
服部:財務省に比べるとより出向者が多い印象ですね。
新発田:特にモニタリング部門、昔の検査部門は、民間金融機関出身の中途採用者が多いかもしれません。検査チームを率いる主任検査官クラスは、半分ぐらいは国家公務員試験を受けて役所に入った人ですけど、もう半分くらいは銀行で働いていた人などです。
服部:そういった方々は、国家公務員試験を受けて入ってくるということでしょうか。
新発田:中途採用の場合は、選考採用という形式で、書類審査と面接試験で採用します。
服部:現在の職員の男女比はどのくらいでしょうか。
新発田:金融庁全体における女性比率は、ようやく1/4を超えてきたところでしょうか。私が採用を担当していた2010年に、新卒採用に占める女性の比率を現在の総合職・一般職の区分ともに5割にするという目標を掲げました。総合職では、翌年の2012年入庁者の採用では4割、さらにその翌年には、バトンを引き継いだ後任たちのチームの成果ですが、5割を達成しました。霞が関全体で総合職採用の女性比率を3割にするという目標を掲げたのが2015年度の採用からなので、当時、相応の人数を採用する省庁の中で、どの省庁よりも先駆けて取り組んだこともあり、日経新聞で取り上げてもらったこともあります。
服部:金融庁の特徴として、相対的に課が少ないということも霞が関ではたまに指摘されます。
新発田:これは大蔵省から金融検査・監督機能が切り離され、約400人という小所帯で金融監督庁がスタートしたという経緯に加え、増大する政策課題に対応するために、金融庁の職員数は大幅に増員されてきた一方、課の数はほとんど増えていないという点が原因として指摘できます。霞が関の組織改正のお作法は、基本的にスクラップ・アンド・ビルドなので、新設組織の財源として差し出すべき組織がそもそもない比較的小さな役所では政策課題が増えているにもかかわらず簡単に課の数を増やせません。これは構造的な欠陥だと思います。
その結果として、当たり前のことですが、一つの課あたりの人数が増えるということが起こっています。霞が関の課長といっても、小さい課では10名ちょっとくらいのところもありますが、金融庁では、課によっては課長の下に100人くらいの課員がいるケースも少なくありません。例えば、リスク分析総括課は、職員が300人近く所属しているはずです。そうなると、課長1人だけでは到底部下職員のマネジメントはできませんので、課の中にある、より小さな室やチームといった少人数のグループ単位でグループリーダーを設け、日常的なマネジメントをある程度任せるようにしています。
また、金融庁の保険課も100人近くが所属していますが、大蔵省時代は保険「部」で、生保、損保それぞれ担当する2つの課と保険制度の企画立案を担当する室がありました。しかし、今では2つの課が1つに統合され、「保険課」となり、企画部門は企画市場局の保険企画室に移ったものの、モニタリングを担当する人たちも同じ保険課にいる状況です。したがって、保険課の中に課長の下にグループリーダーが7人おり、その人達がだいたい10人程度のグループを率いているという感じです。
服部:今の金融庁の幹部は、元大蔵省の人ですが、金融庁でもそれなりの新卒をとって人材が育っていることを踏まえると、それもどこかで変化する可能性はありますね。
新発田:いずれ変わると思います。ただ、今の幹部は元大蔵省と言っても、皆相応に金融行政の経験はあるので、ほとんど財政しかやったことがない人が金融庁の幹部になっているわけではありません。結局のところ大切なのは、経験の中で培われる見識と行政官としてのセンスなのだと思います。その点、現在、金融庁で採用された職員が第一線の課長クラスに登用され始めていて、一緒に働いていますが、皆さん大変頼もしいです。
他方で、金融庁の中で純粋培養で育てれば良いのかといえばそんな簡単な話ではないわけです。財務省だけでなく、内閣官房や経産省、厚生労働省など他省庁でもいいですし、民間セクターでも、国際機関でも、アカデミアでもいいのですが、やはり出向することで視野を広げることは不可欠だと思います。自分自身も、金融行政に加え、主税局やJBICに出向させてもらうことで、金融庁にいるだけでは得られない経験ができたと感謝しています。
総合政策局と大臣官房
服部:財務省と金融庁の組織を比較した時に、私として印象的だったのは、金融庁には大臣官房がないという点です。「大臣官房」という表現は、役所で働いたことがない人に説明することが難しい言葉の一つですが、役所の資料などでは、省全体の総合調整や交通整理を担う部署として説明されます。財務省の場合、大臣官房では、国会等の対応をする文書課や人事を担う秘書課、リサーチなどを担う総合政策課などがあります。他の省庁には大臣官房が存在しますが、金融庁にはないですよね。
新発田:そうですね、財務省と金融庁の組織上の違いの一つは、官房という組織がないことです。省庁の内部組織の機能は、官房あるいは原局に大別されます。官房については説明がありましたが、企業のコーポレート部門と同じで組織を組織として機能させるための要です。原局とは実際の行政事務を担う局を指します。金融庁には大臣官房がないのですが、その代わりに、かつて、総務企画局という、官房部門と原局としての企画部門を一緒にした局がありました。
総務企画局には加えて、国際部門もあれば、総合政策課もありましたが、組織再編の結果、企画部門を切り出して「企画市場局」を作りました。
企画部門はその名の通り、金融制度の企画・立案を担当しており、金融商品取引法や銀行法といった金融法を所管しているので、財務省における税制を所管する主税局のようなところです。所管する法制度の生き字引のような職員があちこちにいて大変頼りになります。
組織再編で新設された総合政策局は大きく四つの部門にわかれています。まずは、官房部門として、人事、金融庁全体の総合調整、国会や各省との連絡調整を担当する秘書課、総務課があります。
次に、政策部門として総合政策課があります。ここは例えば、サステナブルファイナンスとか、金融経済教育とか横断的な政策立案を担当します。毎年金融庁が策定している金融行政方針をとりまとめるのも総合政策課の仕事です。
国際部門もあります。銀行、証券、保険等の分野ごとに置かれている国際機関における議論の中で、どのように我が国の国益を守りつつ、グローバルな国際金融システムの安定に貢献していくか、というチャレンジに取り組んでいます。
そしてモニタリング部門として、かつての検査部門も含まれています。モニタリング部門の中には、暗号資産やフィンテックのモニタリング業務に加え、その監督業務も含まれています。地銀のモニタリング業務を監督局に寄せているのと同様に、フィンテックについては総合政策局に寄せており、行政資源を効率的かつ有効に活用するというプラグマティズムの反映かもしれません。
服部:明示的に官房という組織がないことで、金融庁はどのような影響を受けるのでしょうか。
新発田:そうですね。組織としての官房はありませんが、それで円滑な業務遂行ができないということでは困りますので、官房の機能はあります。一般的にはどの役所にも大臣官房のトップとして官房長というポストがありますが、金融庁では総括審議官が実質的に官房長の役割を果たしてきました。政策部門は政策立案総括審議官、国際部門は、次官級の金融国際審議官を別として、国際総括官がトップの役割を果たしています。少ない幹部の数をやりくりして通常の官房よりも多い業務を何とかやっているというのが実態でしょうか。
服部:財務省の場合、国際部門のヘッドが財務官ですが、金融庁には金融国際審議官がおり、金融国際審議官が財務省にとっての財務官に相当する役割という理解をしています。このポストは2014年に、金融庁において国際的な役割を果たす次官級のポストとして作られました。これも役所にいると自然に知るのですが、意外と書いていない気がします。
新発田:そうですね。金融庁の金融国際審議官は、まさに財務官のカウンターパートにあたります。バーゼル銀行監督委員会や証券監督者国際機構といった国際機関での議論に日本代表として参加するのが、金融国際審議官です。有泉さん(前金融国際審議官)は保険の国際機関であるIAIS(保険監督者国際機構)の実質的なトップ(執行委員会議長)を務めておられますが、歴代の金融国際審議官もさまざまな国際機関のトップや議長職等の要職を務められる方が多く、それだけ国際的にもレギュレーターとして信頼されている方が活躍されてきたということだと思います。G7はもちろん財務相の会合ですが、金融分野をサポートするために国際部門の幹部が必ず同行しています。
服部:ちなみに、以前は、財務省と金融庁の担当大臣が異なることが多かったのですが、現在は加藤財務大臣が財務省と金融庁の両方を担当しているなど、金融庁と財務省を担当することが定着しています。これをどう思われますでしょうか。
新発田:財務大臣と金融担当大臣の兼務の当否について私のような下僚がコメントすべきではないと思います。そのうえで、財金分離以降の金融行政の歴史を振り返ると、その時々の政策課題にどう対応するかという中で、それぞれの政権が適切にご判断されてきたということに尽きるのだと思います。その前提として、財金分離をどこまで徹底するのか、というところがあるわけですが、金融行政のプロフェッショナルが育たないと、結局、民間金融機関や市場関係者などとうまく議論ができないし、金融行政を巡る政策課題はかつてと比べて飛躍的に複雑かつ専門的になっていることもあわせ考えると、金融行政の分野で国益のために働く人材を育てていくのは、私は必要だと思います。
他方で、例えば、日本の不良債権問題への対応が経済政策の最重要課題であったときは、竹中平蔵金融担当大臣は経済政策担当大臣と兼務されていたわけですが、その後、米国投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発したグローバルな金融危機が深刻化すると、そうした議題がG7、あるいはまさにそうした問題を議論するために創設されたG20で議論されることになります。その時に、日本政府の代表として参加される財務大臣が金融についても議論しなければならないこともあったわけですから、その頃から民主党政権の時期を除いて基本的に兼務が続いているというのは、そういったことも念頭においての工夫なのではないでしょうか。
証券取引等監視委員会と公認会計士・監査審査会
服部:ここまで話に出ませんでしたが、金融庁の有する重要な機能に、証券取引等監視委員会がありますね。教科書的には、1991年に起こった大口顧客への損失補填問題など証券会社の不祥事をきっかけに、1992年に証券取引等監視委員会が設立されたという経緯があります。米国の証券取引委員会(SEC)をモデルにしたともいわれています。
新発田:証券取引等監視委員会はまさに資本市場の番人として、市場の透明性や公正を確保するために、市場監視の仕事をしているところです。市場でおかしな取引が行われれば直ちに把握し、調査を始めます。例えば、上場企業がM&Aをすることを当該企業の関係者から聞いて、発表前に株式を買えば、インサイダー取引規制違反になりますが、そういった法令違反は必ずバレると思ってください。
証券取引等監視委員会には市場分析審査課がありまして、ここにマーケットのありとあらゆる情報が入ってきて分析しています。そのうえで、インサイダー取引の疑いがあれば取引調査課に、粉飾決算の疑いがあれば開示検査課にリレーされ、法令違反が認められれば、課徴金納付命令の勧告が行われます。より悪質な行為については、さらに特別調査課にバトンが渡されます。ここは国税の査察(マルサ)と同じで、犯則事件の調査を行い、刑事告発をするところです。
服部:図表3 総合政策局の所掌事務*3が組織図になりますが、証券取引等監視委員会の事務局で400名弱おり、人数は多い印象ですね。
新発田:市場規模や機能の違いがあるので単純な比較は困難ですが、米国の証券規制当局である証券取引委員会(SEC)は4,000名近くおりますので、金融システムにおける資本市場の役割が大きくなれば、市場監視当局が果たすべき役割も大きくなるように思います。
あともう1つ、金融庁には、公認会計士・監査審査会という組織があります。監査法人がやっている監査の品質向上の観点から、日本公認会計士協会が自主規制として行う品質管理レビューを審査し、必要に応じて、監査法人に対する検査も行っています。
服部:公認会計士の試験を作るのもここでしょうか。
新発田:その通りです。公認会計士・監査審査会の中に、総務試験課という課があります。公認会計士という資本市場の信頼性確保の要となる国家資格に係る試験を実施しており、大変な重責を担っています。
学生:お話を伺いながら改めて思ったのですが、省庁の組織図は公表されているものの、見るだけでは実際の仕組みがよく分からないことが多いですよね。自分が就職活動の際に金融庁を含めて官庁を見ていたのですが、「〇〇局の〇〇です」と言われても、その局が具体的にどのような業務を担当しているのかが分からないということが多かったです。
新発田:他省庁の局名は比較的分かりやすいですよね。というのも、例えば「主税局」なら税金のことをやるんだろうな、「鉄道局」なら鉄道のことをやるのだろうな、など、所掌している事柄を名称にしているとある程度想像はつきます。一方、「前編」でもお話ししましたが、金融庁の場合、「監督」という局名では、その業務内容のイメージがつかみにくいかもしれません。同じ「監督」という日本語を使う映画監督やサッカーの監督とは違いますし、どちらかというと、テレビドラマに出てくる黒崎検査官のイメージが定着していますよね。
銀行監督の目的は、その銀行が「良くなる」ことですが、それは単に銀行の財務が健全であることだけを目指しているわけではありません。例えば、中小企業がコロナで打撃を受けた際に、「雨の日に傘を取り上げる」のではなく、どう支援するのか、スタートアップ企業の成長を金融面でどう後押しするのか、さらには「特殊詐欺」(オレオレ詐欺のような金融犯罪)への対策など利用者がどう安心してサービスを使えるようにするのか等、多くの課題が関わっています。
そのように考えると、金融機関の課題というのは、広い意味で社会課題と重なる部分が多いと思います。銀行が有している民間企業としてのアニマルスピリットと社会的なインフラとしての公共的な側面を活用しながら、国として何ができるのかを考える。そうした視点で監督業務を見ていくと、単に銀行をどうこうするというよりは、銀行と一緒に、銀行の向こう側にある社会課題の解決に取り組むというほうが適切であるように思います。何が解決すべき課題なのか、という問い立てから考えていかなければならない今の時代においては、金融庁としても、金融機関と手を携えて課題を解決していくスタンスが求められていると思います。
銀行にとって財務の健全性はもちろん重要ですが、経営トップは毎日それだけを考えているわけではありません。単にリスク管理だけを考えているわけではなく、例えば、取引先企業の経営課題をどう支援すれば、新たな付加価値を生み出し、銀行の企業価値を高められるか、そのためには先行してどのような人的投資をすべきか、といったリスクテイクも考えています。例えば、取引先の社長は資金繰りだけでなく、新しい商品開発や人材採用、販路の拡大など、多様な課題に直面しています。銀行も、そうした顧客の経営課題に寄り添わなければ、企業との信頼関係を築くことができません。
我々も、銀行に対し、単に「運用は大丈夫ですか」あるいは「リスク管理はできていますか」といった監督当局としての心配事ばかり気にして話をしてしまうと、銀行側との距離が生まれてしまう。経営トップはリスク管理だけをやっているわけではなく、経営全体を見ているわけです。だからこそ、監督業務においては、「経営課題とは何か」という視点を持つことが重要であり、そこまで踏み込まなければ、金融機関の経営者から信頼を得るのは難しいのではないかと思います。
金融庁と地方の関係
服部:先ほど地方銀行のお話も出ましたが、財務省の地方支部局である財務局と、金融庁との業務の棲み分けについてもお伺いしたいです。金融庁のウェブサイトでは、「金融庁長官は、法令に基づき、地方の民間金融機関等の検査・監督に係る権限の一部を財務局長(財務省の地方支分部局)等に委任しており、委任された権限に係る事務に関しては、金融庁長官が財務局長等を指揮監督することとなっています」と説明しています*4。また、財務局は独自に採用をしています。
新発田:おっしゃるとおり財務局というのは財務省の地方支部局です。信用金庫等の地域金融機関の監督業務についていえば、報告や届出等の日常的なやりとりはそれぞれの金融機関にとっていちばん身近にある財務局や財務事務所に担当してもらっています。そのうえで、足元の金融経済環境において監督当局として何を優先し、どこにリソースを振り向けるかということは、金融庁で方針を決め、全国に指示しています。
一般論で語るのは不適切かもしれませんが、金融庁は地方の実態に触れる機会が少ないと感じることがあります。永田町で国会議員の先生とお話しする中で感じるのは、毎週のように地元やそれ以外の地方に行っていらっしゃるので、地方の経済や企業の実態について肌感覚で把握されているようにお見受けします。一方、金融庁で、大手の日系金融機関や外資系金融機関など、グローバルな金融の世界とだけ接していると、ローカルな世界で生活する人たちがどう考えていて、どういう状況にあって、ということはややもすれば意識の外に置かれる可能性があります。
例えば、地元の労働力不足が飲食・宿泊業の稼働率にどう影響しているのか、あるいは、半導体産業の人材確保の動きが地元企業にどう影響しているのか、賃上げだって、今はメガバンクだったら初任給大幅アップなど景気が良い話もあるでしょうが、中小企業だったら必ずしもそうではなくて、適切な価格転嫁なしには身を削ることになるわけです。現場の情報は金融庁にとってやはり見えづらくなっている部分はあるので、自分たちは意識してそういう情報を取らないと、間違えてしまうなと感じます。
服部:金融庁で採用された職員の方は、東京以外に行くことはあまりないでしょうか。
新発田:担当業務にもよるところはありますが、金融というサービスが全国津々浦々まで提供されている以上、出張等で地方に行くことはそれなりにあり、具体的には、金融機関の経営層の方々から経営課題や取引先の業況について直接ヒアリングをしたり、金融庁の重要な政策課題を直接説明して意見交換したり、ということをやっています。私自身、地域金融を担当していたときは、40近い都道府県を訪れました
服部:例えば財務省総合職だったら3年目に東京以外に行くとか、日銀でも1年目に同様の経験をするなどの話はありますよね。
新発田:金融庁に在籍する職員の約4分の1は地方の財務局から人事交流で来られた方ですが、金融庁採用職員のキャリアパスという点ではそういった決まりごとはまだないですね。人事「交流」なので本来は財務局からも人を受け入れる代わりに、財務局にも人を出す双方向でのやりとりがあるべき姿だと思いますが、何度も申し上げているように、かつて恒常的に人手不足だったこともあり、財務局の金融部門に出向して地方の経済や金融の状況を肌で感じるという経験をしたことがある人はまだまだ少ないです。もちろん、全員が同じ経験をする必要はないと思いますが、地方経済と金融の関係を実感として分かっている人材は一定程度必要だと思います。
最近では、地方自治体との人事交流も増えてきており、例えば、国際金融都市を推進する東京都や、金融・資産運用特区に指定された札幌市に中堅職員が出向し、サステナブルファイナンスの推進等に携わることで培った知見を活用して活躍している例もあります。
服部:地方金融機関の検査については、一定程度、財務局に任せている部分もありますよね。
新発田:「地域金融機関」と一括りにされていますが、日本全国には、地銀が100近く、信金が約250、信組が150弱近く存在しています。それぞれの取引先は、地域でバリューチェーンのネットワークを構成しています。そうした意味で、一つ一つの地域金融機関を点として捉えるだけではなく、地域経済と一体となった面として捉えることができる財務局がモニタリングを行うというのは、本庁のリソース制約という事情はさておき、一定の合理性があると思います。もちろん、各地で検査の質がバラバラでよいということはなく、集合研修等の実施により、全国的な質の向上に、本庁の果たす役割は大変重要だと思います。
金融庁で働くことについて
服部:金融庁、そして他の中央省庁では中途も含め、リクルートを積極化している印象です。一方で霞が関の不人気が報道されることが増えてきた気がします。今の学生や転職を考えている人にとって、金融庁に入ることについてどう思いますか。
新発田:私個人は大学卒業後国家公務員としてずっと働いてきたので贔屓目が入っているのかもしれませんが、新卒でも中途でも国家公務員は魅力ある仕事だと思いますし、その中で、一人ひとりの国民が幸せになるために、金融の機能を最大限活用して、日本の経済をより良くする政策を考え続けられるというのは金融官僚冥利に尽きると思います。
学生:私のゼミの先輩が金融庁に行かれていて、OB会などでお会いする機会がありましたが、その方は、楽しそうに仕事をされている印象でした。
新発田:やはり「之を好む者は之を楽しむ者に如かず」なんだと思いますね。
一方で、私たち国家公務員は、辞令一枚で比較的短期間でポストを異動することが少なくなく、その中でやりがいを見つけたり、専門性を高めたりするのは難しいのではないかというイメージを持たれがちです。まずは目の前の与えられた仕事に全力を尽くすことが大事ですが、だからといって自分のキャリアをどう形成していくのかということに関し受け身になる必要はないと思います。ただ、そのためには、自分の強みややりたいことを考えていくことが大切です。また、何をキャリアの軸にするのかを意識することも重要だと思います。
例えば、私自身の経験でいえば、金融庁の部門という切り口で見ると、企画、監督、官房それぞれ同じくらい在籍しているので、まだ経験していない分野もありますが、逆に何か特定の分野に専門性や強みがあるとは正直思っていません。その一方で、これまで監督業務を経験し、協同組織である信用金庫や信用組合、相互会社である生保、株式会社である損保等、そして銀行はメガバンクから非上場の地方銀行まで、様々な組織形態の金融機関の経営を見てきたことが、ケーススタディとして自分の中に蓄積され、現在担当しているコーポレートガバナンスや企業開示に関する政策を考えるうえでも実践知として役立っていることを実感します。
また、足元で人的資本経営やその開示に関する施策を担当していると、金融庁の採用や組織文化の変革を組織内で自ら担当した経験が役立っていることに気づきます。金融機関の監督業務でも、かつてのようにバランスシートの健全性ばかり見ているだけでは不十分だと気づかされます。将来の収益力に大きく影響するのは人的資本ですが、採用に苦戦するだけでなく、離職率も高まる中で、価値創造の源泉である人材面でのボトルネックが明らかになっています。
このような状況を打開するためには、金融機関が魅力的な職場になることが必要です。例えば、女性が活躍しやすい環境を作る、中途採用を積極的に進めるなど、人材面の改革も重要になってきます。結果的には新卒男性を中心とする年功序列の仕組みからなる「昭和の人事モデル」のオーバーホールが不可避だと思います。実際、金融機関の経営層と対話するときも、金融庁での人事や組織文化の改革の経験談を共有することは、「監督当局も自分たちと同じように人的資本経営では悩んだり、苦労したりしているんだな」と共感してもらえる効果があったと思います。
自分自身で「この分野だったら任せろ」と言える強みがあればよいと思いますが、それが、監督や証券といった、局・課といった組織単位にとらわれる必要はないと思います。例えば、金融税制に精通する、デットもエクイティも含めスタートアップ・ファイナンスに詳しいなど、「どこで自分のエッジを立てるのか」という視点は、単なるポストの肩書き以上にこれからは重要になってくると思います。
服部:学生と話していると、中央省庁に入ることで専門性がつかないということも気にしている印象ですが、金融庁、あるいは日銀の場合は、異動が多いとはいえ、金融というセクター内での異動になるので、少し状況は違うのかもしれない、とも感じます。
例えば、現在の証券会社では異動が少なく、日本国債のトレーディングや株・社債の引受を入社以降ずっと従事するということも少なくありません。一つのことをずっとやるということも面白いですが、どうしても金融業界に関する見方が狭くなってしまうということはあると思います。証券会社に入っても、引受やM&Aを行う投資銀行のセクションだけにいる場合、債券のトレーディングビジネスについては全く分からないということは珍しくありません。
その一方、私自身は比較的異動も多かったですし、財務省での経験もあることから、若干引いた目線で金融業界をみることができるようになった気がします。ありがたいことに、私が書いた書籍や解説論文について実務家から分かりやすいと言っていただける機会もあるのですが、それはこのような経験があったことが大きいと考えています。
学生から相談を受けることも少なくないのですが、結局、金融業界、あるいは社会でどういう役割を果たしたいかによると感じます。公務員をやめて民間に行く人もいるし、逆に、民間から公務員になるパスも今はかなり広くなっているのですから、新卒の段階でそれを決める必要もないと思います。
新発田:少なくとも金融庁での経験をベースに申し上げれば、そもそも金融「システム」という言葉からもわかるように、お金の流れを通じて各主体がつながっているため、異動しても、どのポストから全体を眺めるかという違いはあるにせよ、一貫して「どうお金の流れを良くするのか」という視点を持ちやすい面があると思います。
金融行政にとって大変重要だと私が思っている統計の一つに「資金循環統計」があります。これは二次統計であり、経済分析や景気判断に使われるような経済指標とは異なりますが、我が国の「資金の流れ」をホリスティックに把握できる面で大変優れものです。一般に、家計の保有する金融資産がどれだけあり、その内訳が預金や株式、投資信託等にどう振り分けられているのかはこの統計を見ればわかります。家計が銀行に預けた預金は、銀行の負債になりますが、その反対側の資産サイドには、貸出や国債等の有価証券がある。銀行の貸出は事業法人の負債となり、事業の運転資金に充てられる一方、資本市場から事業法人が調達した資本は投資に充てられ、事業の成長につながっていきます。まさに、「金は天下の回りもの」という言葉の通り、資金は様々な経済主体の間を流れ、経済成長を支えていることがわかります。
こうした視点を持つと、金融庁のどのポストにいても、どこかで業務がつながっていることが分かります。一つの業務だけを見ていても全体像はつかめませんが、部署を異動することで視野が広がり、監督部門から企画部門へ異動すれば視点が変わります。その結果、異動すれば異動するほど、金融市場全体の解像度が上がっていくような感覚になります。これは、一種の「トライアンギュレーション(三点測量)」のようなもので、異なる視点から同じ対象を見ることで、ようやく全体像が見えてくるわけです。
そうした中で、自分なりの金融システムについての世界観を構築するとともに、さきほどお話ししたように「経営」や「ガバナンス」といったイシューについても自分なりの視点が持てるようになりました。
このように、金融は特に自分の経験を「つなぎやすい」分野だと感じています。
服部:日本の役所に入ることの良さの一つは、実際の政策の企画・立案に携わることができることがあると思います。その観点では、最後に、新発田審議官がこれまで携わって一番面白かった政策は何か、ということをお聞きしたいです。
新発田:難しい質問ですね。政策のどこに「面白い」と感じるか、その人の仕事観を問われているようでドキドキしますが、正直なところ、幸いなことに役人人生どのポストでも「面白い」経験ばかりで、何を話そうか迷います。銀行・証券のファイアーウォール規制の見直しや、中小企業金融の話もしたいところですが、今回は「ファイナンス」の紙面を使わせていただいていることもあり、財務局とも関わりのあるテーマが良いと思い、地方創生の文脈で近年進められた銀行法の規制緩和による地銀の業務範囲の拡大の話をしたいと思います。
預金を受け入れ、決済システムの中心的なプレイヤーである銀行は、経営不安に陥らないよう健全性確保の観点から自己資本比率等について規制が課されているほか、業務範囲についても厳格に定められており、法令で認められた業務以外の業務は営めません。この業務範囲規制は、主として、銀行業務をやる以上余計なリスクはとるな、という考え方(他業禁止)に基づくものではありますが、その一方で、ある程度リスクが管理・コントロールできるのであれば、銀行の業務範囲をもっと広げてもよいのではないかという議論があります。
特に、地方銀行を念頭に置いた場合、地元の企業に適切なファイナンスを提供しなければならない場面で、デット(負債)だけで本当に十分なのかという疑問があります。場合によってはエクイティ(株式)を提供する必要も出てくるでしょう。
しかし、これまで銀行が株を持つことには厳しい制限がありました。一定のケースを除いて、5%以上の株式を保有することはできず、例外として認められていたのは、事業再生、事業承継、ベンチャー投資の三つの類型だけでした。これを金融庁は長年の検討を踏まえ、2021年に銀行法を改正し、銀行業高度化等会社という枠組みが拡充されました。これにより、地域経済の活性化の観点から、地銀が地域総合商社を作ったり、ファブレス商社を立ち上げたり、地域のDX支援のための会社や再生可能エネルギー会社、広告代理店等を設立することが可能になりました。
私は当時監督局の銀行二課長(地銀担当)を務めており、この規制緩和に関わっていました。基本的には企画部門の同僚が法制面で検討をしてくれたのですが、監督部門からも、投資専門子会社がコンサルティング業務も併せて営めるようになると事実上PE(プライベートエクイティ)ファンドと同じ機能が持てるのではないか等いくつかの提案をしました。そうした提案ができるのは、地銀の経営層と意見交換する中で、現場レベルでの課題を把握しているからでもあります。また、改正法が施行され、実際に案件の相談を受ける段になると、関係者が真面目にヒアリングを行い、細かく確認をしていますが、ここで問題になるのは、必要以上に審査プロセスに非常に時間がかかることでした。
地方銀行が新規業務を始めようと思ったら、まずは各県にある財務事務所に相談を持ち込むのが通例でした。例えば、再生可能エネルギー会社を地銀で初めて設立した山陰合同銀行の場合、最初の相談先は松江の財務事務所になります。しかし、松江の財務事務所では再生可能エネルギー会社の認可をした前例がないため、とりあえずは一通りヒアリングを行った上で、次に広島の中国財務局に案件を送付します。
しかし、中国財務局でも、管内の地銀に前例があれば即答できますが、そうでなければ判断が難しいため再度ヒアリングを行った上で、最終的に東京の金融庁に案件が回ってくるわけです。そのころには、最初に書類が提出されてから1年経っているというケースもかつては珍しくありませんでした。
実際に事例が集積されるのは東京の金融庁なので、現場に判断をさせるのはある意味で極めて非効率なプロセスです。この状況を改善するため、コロナ禍を機にリモート対応を導入しました。具体的には、地銀から相談が来たらすぐに東京に案件を上げるよう指示しました。その上で、地銀・財務事務所・財務局・金融庁の担当者がリモートで同時に協議できる体制を構築しました。これにより、同じことを何度もヒアリングする無駄を省くとともに、過去の類似事例や検討すべき論点を即時に共有できるようになり、審査スピードが大幅に向上しました。
また、こうした認可申請に対し、監督部門として何をチェックすべきなのかについても考え方を整理しました。金融庁も財務局も、銀行業務の監督はプロフェッショナルですが、例えば再生可能エネルギー会社を監督したことはなく、資源エネルギー庁と違ってその分野の知見はありません。しかし、それでも金融庁が再生可能エネルギー会社を子会社として認可をするということは、どのような視点を持つべきなのかという点を明確化しました。重要なのは、「その子会社がつぶれないようすべてを完璧にチェックすること」ではなく、「リスクが許容範囲内であるなど、必要なことが行内で取締役会等まであげて検討されているかどうかを確認すること」です。
例えば、地銀が子会社を設立する際には、その要件として、仮にその事業が失敗しても銀行の経営に影響が出ないことが求められています。つまり、「最悪の場合は倒産しても銀行の健全性には問題がない」ということです。これは、銀行にとっても「失敗できる環境」を提供するものであり、金融庁としては、「利益相反などのリスクを整理すれば、必要以上に細かいヒアリングをする必要はない」という方針を打ち出しました。結果として、審査期間は従来の1年から約2ヶ月程度に短縮され、銀行による新規事業の立ち上げがスムーズに進むようになり、認可の件数も60件近くにのぼっています。
このような成果が挙がったのは、企画部局が時代の先を読んで思い切った規制緩和をしたからですし、日頃から地銀とコミュニケーションをとって本音を言えるような関係を構築してきた財務局の窓口としての役割も大切です。その一方で、政策という歯車と、現場の実態という歯車が噛み合うよう、監督部門が運用面で工夫できることも実は結構あります。それぞれの部局から託されたバトンを次の部局にしっかりと渡していく中で、金融行政全体として、より良いパフォーマンスを上げられるようにしたという点では、大変印象に残る経験だったと思います。
服部:本日はお忙しい中、ありがとうございました。
新発田:ありがとうございました。
(なお、本インタビューは令和7年3月に実施された。)
金融庁広報誌「アクセスFSA」7月号において、当対談のスピンオフ企画として、新発田審議官に、発足25周年を迎えた金融庁に対する思いや現在取り組んでいる政策についてのインタビュー記事を掲載しておりますので、ご覧下さい。
図表1 金融庁職員数の推移
図表2 外部専門家登用の状況
図表4 証券取引等監視委員会の組織図
図表5 公認会計士・監査審査会の組織図
図表6 「資金の流れ」の概略図(2025年3月末、兆円)
*1) 「前編」は下記より読むことができます。
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202507/202507g.pdf
*2) https://www.fsa.go.jp/common/recruit/newgraduate/recruit/require.html
*3) https://www.fsa.go.jp/common/about/organization/fsa_responsibility.pdf
*4) https://www.fsa.go.jp/common/about/fsapamphlet.pdf