大臣官房総合政策課 笠置 雅弘/世良 多加紘/岡本 匡平/大村 直人/瀧岡 信太朗
本稿では、貿易構造の変遷及びグローバルバリューチェーンにおける日本の産業のポジション変化について、確認する。
産業のポジションを表すグローバルバリューチェーン上の「立ち位置」
・各産業において、「上流(工程)」「下流(工程)」という言葉があるように、各工程のポジションは異なっている。例えば、テレビという製品を考えると、原材料である鉱物資源から化学製品であるシリコンを製造する上流のポジションがある一方、消費者にテレビを販売する家電量販店(販売店)という下流のポジションも存在する。
・こうしたポジションを端的に表すのがグローバルバリューチェーン(以下、GVC)上の「立ち位置」である(図表1 GVC上の「立ち位置」の例)。GVCは、企業が生産工程の最適化を図るために、複数国にまたがって財やサービスの供給・調達を行う国際的な生産ネットワークを指す。「立ち位置」は、このGVC上でどこのポジションにいるかを表す。数字が小さいほどより上流に位置する(負の値もとりうる)。
・「立ち位置」によって付加価値は異なるといわれており、例えば、研究・開発等の上流工程、販売等の下流工程において付加価値が高く、反対に、製造・組立等の中流工程では付加価値が低いといった傾向が指摘されている。横軸に「立ち位置」、縦軸に付加価値をプロットした曲線が微笑んで上がった口角のように見えることから、「スマイルカーブ」といわれる(図表2 スマイルカーブのイメージ図)。
(注)上流度(U):最終財から上流に向かって測った、当該産業までの生産工程の数。下流度(D):原材料から下流に向かって測った、当該産業までの生産工程の数。立ち位置:産業間で比較するにあたり、上流度と下流度の和で割って基準化を行っている。
(出所)菅沼健司「グローバル・バリュー・チェーンの構造変化:「長さ」と「立ち位置」を用いた60年間の分析」
産業別のスマイルカーブは観察できるか
・産業ごとに「立ち位置」と付加価値の関係性は異なっていることから、プロットした曲線の形状も産業別に異なる。
・まず、電気・光学機器産業をみると、「スマイルカーブ」のように両端が上がった形にはなっていないものの、より上流に位置する国が高い付加価値比率を持つという特徴が窺える(図表3 電気・光学機器)。
・繊維、輸送機器産業では、付加価値比率は概ね横ばいで、中流の付加価値額の増加が確認できる(図表4 繊維、図表5 輸送機器)。
・繊維、輸送機器の2産業についてプロットした曲線には「立ち位置」と付加価値比率の関係はあまり見られない一方、半導体産業(この場合の電気・光学機器産業に含まれる)のように、GVC上のポジションである「立ち位置」が付加価値比率と関係する傾向が、この先、他の産業においてもみられるかどうかは、引き続き重要な関心事項であると考えられる。
(注)上図は各国のGVC上の立ち位置と付加価値比率を5か年ずつプロットしたもの。バブルは付加価値額の規模を表す。
付加価値比率:各国各産業における付加価値額(産出額から中間投入を差し引いたもの)を、同国同産業の産出額で除したもの。
(出所)ADB
繊維産業における貿易構造の変化
・グローバル企業を取り巻く環境が複雑化するなかで、今回は上述の3産業について焦点をあて、変遷する貿易構造を振り返りつつ、GVCにおける「立ち位置」と「付加価値」の変化を確認する。
・まず、我が国の繊維産業は、労働コストの低い中国・ASEANからの輸入の増加等を背景に、2009年に純輸入赤字に転じ、以降、輸入超過の貿易構造が定着したことがわかる(図表6 貿易収支の推移)。
・2000年代においては国内生産水準の低下と輸入浸透度の上昇が同時に生じており、国内生産が輸入製品により代替されたことが示唆される。かかる貿易構造の変化は、国内外への輸入依存度拡大の動きを示すものとも考えうる(図表7 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
繊維産業のGVCと付加価値
・繊維産業における付加価値額の世界シェアは中国が拡大、ベトナムが僅かに拡大している(図表8 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は中国・ベトナムが低く、日本・インドネシアは相対的に高い(図表9 各国の付加価値比率)。
・GVC上の立ち位置をみると、日本は上流、中国はASEANよりも上流に位置する構図が確認される(図表10 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)。
・2023年においては、ASEANの上流工程に占める中国の割合が増加(下流度に寄与)していることが窺える(図表11 GVC上の立ち位置に対する各国の寄与度)。
(注)下流度に寄与:A国がB国の下流度に寄与=A国がB国の上流工程に位置 ※イメージは図表1を参照。上流度に寄与:A国がB国の上流度に寄与=A国がB国の下流工程に位置
(出所)WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)
電気・光学機器産業における貿易構造の変化
・我が国の電気・光学機器産業は、輸出超過の貿易構造であったが、2010年代以降に中国からの輸入が増加し、足元の純輸出はゼロ近傍で推移(図表12 貿易収支の推移)。
・輸入浸透度は上昇したものの国内生産水準も同様に上昇しており、必ずしも国内生産が輸入製品により代替されたとはいえない。かかる貿易構造の変化は、国内外への供給拡大の動きを示すものとも考えうる(図表13 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
電気・光学機器産業のGVCと付加価値
・電気・光学機器産業における付加価値額の世界シェアは中国・韓国・台湾が拡大(図表14 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は日本、韓国、台湾、米国で高まったが、中国は低下(図表15 各国の付加価値比率)。
・GVC上の立ち位置をみると、1990年代後半から2000年代にかけて日本・台湾が上流へ移動し、2010年代以降に日本・台湾・韓国・米国で上流移動と付加価値比率上昇が起きたことが確認できる。なお、中国は一貫して下流に位置(図表16 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)。
(出所)図表14及び15:WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)、図表16:WIOD(上図)、ADB(下図)
輸送機器産業における貿易構造の変化
・最後に、輸送機器産業について確認する。我が国の輸送機器産業は、1988年以降一貫して輸出超過の貿易構造を維持しており、貿易黒字は拡大基調にある(図表17 貿易収支の推移)。
・国内生産水準は低下していないものの、輸入浸透度は一定程度上昇している。国内生産が輸入製品により代替された訳ではなく、国内生産割合は引き続き高いものの、足元では輸入品の割合が徐々に増加していることが確認される(図表18 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
輸送機器産業のGVCと付加価値
・輸送機器産業における付加価値額の世界シェアは中国が拡大(図表19 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は2000年代に中国が低下、以降は長期的にみれば各国で概ね横ばいだが、日本・米国・ドイツの水準は一貫して高い(図表20 各国の付加価値比率)。
・主要国のGVC上の立ち位置に大きな動きはないが(図表21 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)、2023年においては、韓国・フランス・インドの上流工程に占める中国の割合が増加(下流度に寄与)しており、存在感の高まりが示唆される(図表22 GVC上の立ち位置に対する各国の寄与度)。
(注)下流度に寄与:A国がB国の下流度に寄与=A国がB国の上流工程に位置 ※イメージは図表1を参照。上流度に寄与:A国がB国の上流度に寄与=A国がB国の下流工程に位置
(出所)WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)
本稿では、貿易構造の変遷及びグローバルバリューチェーンにおける日本の産業のポジション変化について、確認する。
産業のポジションを表すグローバルバリューチェーン上の「立ち位置」
・各産業において、「上流(工程)」「下流(工程)」という言葉があるように、各工程のポジションは異なっている。例えば、テレビという製品を考えると、原材料である鉱物資源から化学製品であるシリコンを製造する上流のポジションがある一方、消費者にテレビを販売する家電量販店(販売店)という下流のポジションも存在する。
・こうしたポジションを端的に表すのがグローバルバリューチェーン(以下、GVC)上の「立ち位置」である(図表1 GVC上の「立ち位置」の例)。GVCは、企業が生産工程の最適化を図るために、複数国にまたがって財やサービスの供給・調達を行う国際的な生産ネットワークを指す。「立ち位置」は、このGVC上でどこのポジションにいるかを表す。数字が小さいほどより上流に位置する(負の値もとりうる)。
・「立ち位置」によって付加価値は異なるといわれており、例えば、研究・開発等の上流工程、販売等の下流工程において付加価値が高く、反対に、製造・組立等の中流工程では付加価値が低いといった傾向が指摘されている。横軸に「立ち位置」、縦軸に付加価値をプロットした曲線が微笑んで上がった口角のように見えることから、「スマイルカーブ」といわれる(図表2 スマイルカーブのイメージ図)。
(注)上流度(U):最終財から上流に向かって測った、当該産業までの生産工程の数。下流度(D):原材料から下流に向かって測った、当該産業までの生産工程の数。立ち位置:産業間で比較するにあたり、上流度と下流度の和で割って基準化を行っている。
(出所)菅沼健司「グローバル・バリュー・チェーンの構造変化:「長さ」と「立ち位置」を用いた60年間の分析」
産業別のスマイルカーブは観察できるか
・産業ごとに「立ち位置」と付加価値の関係性は異なっていることから、プロットした曲線の形状も産業別に異なる。
・まず、電気・光学機器産業をみると、「スマイルカーブ」のように両端が上がった形にはなっていないものの、より上流に位置する国が高い付加価値比率を持つという特徴が窺える(図表3 電気・光学機器)。
・繊維、輸送機器産業では、付加価値比率は概ね横ばいで、中流の付加価値額の増加が確認できる(図表4 繊維、図表5 輸送機器)。
・繊維、輸送機器の2産業についてプロットした曲線には「立ち位置」と付加価値比率の関係はあまり見られない一方、半導体産業(この場合の電気・光学機器産業に含まれる)のように、GVC上のポジションである「立ち位置」が付加価値比率と関係する傾向が、この先、他の産業においてもみられるかどうかは、引き続き重要な関心事項であると考えられる。
(注)上図は各国のGVC上の立ち位置と付加価値比率を5か年ずつプロットしたもの。バブルは付加価値額の規模を表す。
付加価値比率:各国各産業における付加価値額(産出額から中間投入を差し引いたもの)を、同国同産業の産出額で除したもの。
(出所)ADB
繊維産業における貿易構造の変化
・グローバル企業を取り巻く環境が複雑化するなかで、今回は上述の3産業について焦点をあて、変遷する貿易構造を振り返りつつ、GVCにおける「立ち位置」と「付加価値」の変化を確認する。
・まず、我が国の繊維産業は、労働コストの低い中国・ASEANからの輸入の増加等を背景に、2009年に純輸入赤字に転じ、以降、輸入超過の貿易構造が定着したことがわかる(図表6 貿易収支の推移)。
・2000年代においては国内生産水準の低下と輸入浸透度の上昇が同時に生じており、国内生産が輸入製品により代替されたことが示唆される。かかる貿易構造の変化は、国内外への輸入依存度拡大の動きを示すものとも考えうる(図表7 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
繊維産業のGVCと付加価値
・繊維産業における付加価値額の世界シェアは中国が拡大、ベトナムが僅かに拡大している(図表8 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は中国・ベトナムが低く、日本・インドネシアは相対的に高い(図表9 各国の付加価値比率)。
・GVC上の立ち位置をみると、日本は上流、中国はASEANよりも上流に位置する構図が確認される(図表10 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)。
・2023年においては、ASEANの上流工程に占める中国の割合が増加(下流度に寄与)していることが窺える(図表11 GVC上の立ち位置に対する各国の寄与度)。
(注)下流度に寄与:A国がB国の下流度に寄与=A国がB国の上流工程に位置 ※イメージは図表1を参照。上流度に寄与:A国がB国の上流度に寄与=A国がB国の下流工程に位置
(出所)WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)
電気・光学機器産業における貿易構造の変化
・我が国の電気・光学機器産業は、輸出超過の貿易構造であったが、2010年代以降に中国からの輸入が増加し、足元の純輸出はゼロ近傍で推移(図表12 貿易収支の推移)。
・輸入浸透度は上昇したものの国内生産水準も同様に上昇しており、必ずしも国内生産が輸入製品により代替されたとはいえない。かかる貿易構造の変化は、国内外への供給拡大の動きを示すものとも考えうる(図表13 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
電気・光学機器産業のGVCと付加価値
・電気・光学機器産業における付加価値額の世界シェアは中国・韓国・台湾が拡大(図表14 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は日本、韓国、台湾、米国で高まったが、中国は低下(図表15 各国の付加価値比率)。
・GVC上の立ち位置をみると、1990年代後半から2000年代にかけて日本・台湾が上流へ移動し、2010年代以降に日本・台湾・韓国・米国で上流移動と付加価値比率上昇が起きたことが確認できる。なお、中国は一貫して下流に位置(図表16 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)。
(出所)図表14及び15:WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)、図表16:WIOD(上図)、ADB(下図)
輸送機器産業における貿易構造の変化
・最後に、輸送機器産業について確認する。我が国の輸送機器産業は、1988年以降一貫して輸出超過の貿易構造を維持しており、貿易黒字は拡大基調にある(図表17 貿易収支の推移)。
・国内生産水準は低下していないものの、輸入浸透度は一定程度上昇している。国内生産が輸入製品により代替された訳ではなく、国内生産割合は引き続き高いものの、足元では輸入品の割合が徐々に増加していることが確認される(図表18 国内生産水準と輸入浸透度)。
(出所)財務省「貿易統計」、経済産業省「鉱工業生産指数」「鉱工業総供給表」
輸送機器産業のGVCと付加価値
・輸送機器産業における付加価値額の世界シェアは中国が拡大(図表19 世界全体の付加価値総額に占める各国の割合)。付加価値比率は2000年代に中国が低下、以降は長期的にみれば各国で概ね横ばいだが、日本・米国・ドイツの水準は一貫して高い(図表20 各国の付加価値比率)。
・主要国のGVC上の立ち位置に大きな動きはないが(図表21 GVC上の立ち位置と付加価値比率の変化)、2023年においては、韓国・フランス・インドの上流工程に占める中国の割合が増加(下流度に寄与)しており、存在感の高まりが示唆される(図表22 GVC上の立ち位置に対する各国の寄与度)。
(注)下流度に寄与:A国がB国の下流度に寄与=A国がB国の上流工程に位置 ※イメージは図表1を参照。上流度に寄与:A国がB国の上流度に寄与=A国がB国の下流工程に位置
(出所)WIOD(1995-2006年)、ADB(2007-2023年)