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世界銀行と日本開発経済学会との連携強化に向けた取組


前国際局開発機関課課長補佐 稲見 修*1

1.はじめに
 皆さんは、世界銀行(世銀)やアジア開発銀行(Asian Development Bank:ADB)など、国際開発金融機関(Multilateral Development Banks:MDBs)と聞くとどういう業務を思い浮かべるでしょうか?「開発銀行」ですので、途上国が道路や空港などインフラ整備を行ったりする際に融資を行う銀行、と認識いただいている方も多いかもしれません。
 こうした融資や贈与(グラント)を通じた教育、保健、行政、インフラ、金融・民間セクター開発など開発プロジェクトの実施支援、言わば「資金支援」はMDBsの業務の柱である一方、加盟国が直面する開発課題についての分析や研究、これらに基づいた途上国への政策面での助言や知見の共有、などといった「非資金支援」もMDBsの重要な業務の一つです。
 これらの業務は別個のものとして実施されるというよりは、資金支援・非資金支援の様々な支援手法を組み合わせ、途上国の開発課題解決のため、個々の国を取り巻く社会経済的環境や課題に応じ最適なソリューションを提供することが出来る点が、MDBsの特徴です*2。
 日本政府は、MDBsの活動のあらゆる面で日本のプレゼンスの更なる向上に努めており、ナレッジ分野もその例外ではありません。日本には、「課題先進国」として防災や保健、財政管理など特にアジア・太平洋地域の途上国が直面している課題や、高齢化などこれから直面すると見込まれる課題について、豊富な知見や経験があります。こうした中、日本の学術・研究機関とMDBsのナレッジ部門との連携を強化することは、MDBsを通じた途上国の開発への貢献、日本の知見や研究の発信、そして人材育成にも繋がり得る取組と言えます。
 本稿では、まずMDBsの研究や分析などナレッジ業務の特徴やこれまでの日本とMDBsとの協力に触れた上で、連携強化に向けた新たな取組として、世銀と日本開発経済学会との連携強化の取組について紹介したいと思います。
   写真1 日本開発経済学会年次総会世銀特別セッションでの園部教授挨拶(提供:世界銀行)

2.MDBsのナレッジ業務の特徴
 昨今、途上国が直面する開発課題が多様化・複雑化する中、途上国からは、資金支援のみならず、知見の共有や政策対話など、資金面以外の面でもMDBsとの協力をより強化したい、という声が強く寄せられており、研究や分析などナレッジ面でMDBsが果たすべき役割は一層重要になっています。
 しかし、MDBsによる研究・分析活動は、大学をはじめとする学術・研究機関や民間シンクタンクと比べてどういう特徴があるのでしょうか。
 お察しの通り、MDBsの研究・分析活動は、大学をはじめとする学術的研究とは、やや性格が異なります。学術的研究は、深度ある、かつ厳格な仮説の検証、及び学説や研究手法の進化に重きを置くものである一方、MDBsによる研究や分析は、政策の立案、実施、検証や、政府機関との対話に資するものであることに重きが置かれる傾向を有します*3。
 例えば、世銀は自らをKnowledge Bankとブランディングしており、(ア)研究や分析を、融資や技術支援など、開発の現場での業務に落とし込むことが出来ること、(イ)革新的な学説や方法論を取り入れることで、開発効果をスケールアップ出来ること、(ウ)グローバルな学説の潮流を形成することが出来ること、をその研究・分析活動の大きな特徴としています*4。
 こうしたMDBsの研究・分析活動は、MDBsに蓄積される、開発に関する豊富な経験や知見によって支えられています。これらは、様々な開発支援プロジェクトからの教訓や実地の検証や、MDBsが持つ、先進国・途上国政府、例えば日本のJICAなど各国の開発機関、他のMDBsや国連機関など国際機関、NGOや慈善団体など市民社会団体などとの幅広いネットワークなどによりもたらされるものです。

3.ナレッジ分野における、これまでの日本とMDBsとの協力
 こうした特徴を有するMDBsのナレッジ業務は、防災、国際保健、質の高いインフラ、途上国の債務問題、など、開発分野における日本の重点政策をグローバルに推進する上で不可欠な業務であり、日本にとってMDBsのナレッジ部門は重要なパートナーです。
 例えば、日本の開発分野の優先分野の一丁目一番地とも言える防災など強靭性の強化は、日本の学術的・専門的な知見や経験を、世銀が持つ、ネットワーク力やアジェンダ設定能力を活用し、グローバルな開発支援の政策・現場に主流化させてきた分野です。
 例えば、2011年の東日本大震災の後、世銀は日本の様々な研究者や官民の専門家と協力して「大規模災害から学ぶ:東日本大震災からの教訓」*5というレポートをまとめ、2014年に英語と日本語で出版しました。同レポートは、世銀の業務やレポートの中で度々参照されるなど高い評価を得、世銀のあらゆるプロジェクトに防災の観点を取り入れる「防災の主流化」、そして「世界銀行東京防災ハブ」を通じた途上国への知見の共有や、途上国政府職員の能力強化など、発展的に実践されています。
 こうした実践色の濃いプロジェクトの他にも、例えば、世銀との間では、政策との関連性が高く、大きな開発インパクトが期待される研究活動を公募し、選抜された研究を支援する多国間の枠組みであるKnowledge for Change Program(KCP)を通じ、特に債務問題、人的資本、テクノロジー、ガバナンスなどの分野の研究を支援しています。また、
 ・ 資源価格、食料価格など一次産品価格の変動の要因や、また価格変動が途上国のマクロ経済政策に与える影響を分析した報告書「一次産品市場:その変化と課題、求められる政策」*6、
 ・ 世界的に低下傾向にある潜在成長率について分析し、その引き上げのための政策提言をとりまとめた報告書「悪化する長期成長見通し:傾向、予想、政策」*7、
など、日本政府と世銀との間で特定のテーマを決めた上で、その研究活動を支援するプロジェクトもあり、様々なアプローチで連携を強化しています。
 こうした研究の成果は、世銀のフラッグシップ・レポートである「世界開発報告書」*8や「世界経済見通し」*9、その他様々な報告書、文献などにおいて発表され、世界の多くの政府関係者、学術関係者に参照されるとともに、実務担当者、官民の開発関係者、一般市民を対象に、研究の成果や政策への含意について説明会を開催するなど、知見の共有や広報にも力を入れています。
 ADBとは、日本政府の支援を受けADBが1997年に東京に設立したアジア開発銀行研究所(Asian Development Bank Institute:ADBI)の研究・研修活動を通じ、ADBが有する開発の知識と経験をアジア・太平洋地域の途上国に共有するとともに、途上国政府をはじめとする開発機関の運営能力の向上にも寄与しています。ADBIはまた、G7やG20のシンクタンクともいえるThink 7(T7)、Think 20(T20)を通じ、各国の研究機関やシンクタンクとのネットワークの強化に取り組んでいます。
 また、学術機関や研究機関の役割の一つに人材育成が挙げられます。日本政府は、世銀やADBに設けた奨学金プログラムを通じ、途上国の有為な学生が特に日本の大学院で開発やマクロ経済についての知識を習得し、母国で行政官や研究者として自国の開発に携わることを支援しています。これら奨学金プログラムのもう一つの大きな役割として、日本の大学とMDBsとの連携強化が挙げられ、例えば、2024年夏には、初の試みとして、ADB奨学金プログラムのパートナー大学である国連大学(United Nations University)との間で「持続可能な開発のためのナレッジ」をテーマにした学術シンポジウムを開催しました。同シンポジウムでは、日本の研究者やADBIやADBの幹部・職員、奨学生の間で活発な意見交換が行われるなど、人材育成も絡めたMDBsと日本の研究・教育機関との連携強化を進めています。

4.世界銀行と日本開発経済学会との連携強化
〈問題意識・狙い〉
 日本の学術・研究機関と、世銀をはじめとするMDBsのナレッジ部門との連携強化を図る際に重要な視点は、片方向のナレッジ「支援」ではなく、双方向の「協力や連携」として推進すべき、という観点です。一義的には、MDBsの専門的知見やネットワークをレバレッジとして活用することで、日本のナレッジや技術が、途上国が直面する課題解決のためのソリューションの形で役立てられることを目指す訳ですが、こうした取組を通じ、日本企業や日本の学術・研究機関のMDBsプロジェクトへの参画や、人材育成などを図る、という視点は常に念頭に置く必要があります。
〈日本開発経済学会(JADE)〉
 こうした問題意識を踏まえ、世銀開発経済総局(Development Economics Vice Presidency:DEC)と日本開発経済学会(Japanese Association for Development Economics:JADE)との連携強化に向けた取組をご紹介したいと思います。
 JADEは、一流英文ジャーナルに多くの論文を発表することで、日本における開発経済学研究の更なる発展、そしてその研究成果を現場に応用することを通じた途上国の貧困削減や発展への貢献に寄与すべく、2001年より日本の主要な開発経済学のコンファレンスとして開催されてきたHayami Conference(2013年にHakone Conferenceから改称)を発展的に改組し設立された新進気鋭の学会で、学会長で本年4 月までADBI所長を務められた政策研究大学院大学の園部哲史教授、副学会長で前ADBチーフエコノミストを務められた東京大学の澤田康幸教授をはじめ、MDBsや国際通貨基金(IMF)で豊富な経験をお持ちの教授が多数在籍しておられます*10。
 JADEは、その設立の目的に、(ア)日本の開発経済学者の研究の海外へ発信するとともに海外の新しい研究成果を取り込む知的ネットワークのハブとなること、(イ)研究の成果を途上国の開発の現場での実践への活用、国際社会への還元、(ウ)若手研究者の育成、を掲げており、こうした研究の実践への応用、日本・海外双方向への裨益、人材育成などは、日本政府がナレッジ分野についてMDBsとの協力に期待する方向性と一致するものです。
 そこで今回、世銀とJADEの連携強化のため、当省から双方に働きかけ、先ほど紹介した日本政府と世銀とのナレッジ分野での協力の一つである、KCPへの支援の一環として、世銀が自身の研究の成果を日本で発表するセミナー開催を日本政府が支援し、JADEとの連携強化の機会として活用することにしました。
 具体的には、世銀でナレッジ分野を総括するDECとの連携強化に向けた第一弾のイベントとして、本年4月上旬に、
 ・ 世銀のレポート「Rethinking resilience」のお披露目イベントを東京で、世銀とJICA緒方研究所との共催で開催。
 ・ JADE年次総会への世銀チーフエコノミスト以下DECチームの参加。
などを支援するとともに、今後の世銀DECとJADEとの連携強化のため、コーディネーターを1名東京に常駐させることに合意しました。
 以下、JADEと世銀DECとの連携強化に向け、初の試みとして開催された、JADE年次総会での世銀特別セッションについて、その様子を少しご紹介したいと思います。
〈JADE年次総会での世銀特別セッション〉
 本年4月5-6日に茨城県つくば市で開催された、第7回開発経済学会大会では、農業、社会規範・文化、保健、紛争、ジェンダー、企業など様々なテーマについての議論、同学会の二大学術賞である不破賞のセレモニー、学生による発表などが行われました。
 世銀特別セッションは大会初日の4月5日に「中所得国の罠」をテーマに開催され、学会長である園部教授、財務省から国際局開発機関課の津田課長からの挨拶ののち、世銀からIndermit Gillチーフエコノミスト兼上級副総裁が登壇し、同氏が2009年に提示した概念である「中所得国の罠」について基調講演を行いました。筆者も同セッションに参加しましたが、予想を遥かに上回る数の学生が参加し会場は立ち見も出るほどで、非常に熱気にあふれたセッションとなったのが印象的でした。
基調講演でGillチーフエコノミストは、
 ・ 中所得国から高所得国へのブレイクスルーを実現した国は(韓国やポーランド、チリなど)一握りであること。
 ・ 中所得国の罠から抜け出すためには、急速な高齢化や先進国における保護主義の台頭、エネルギー移行の加速化の必要性など、以前と比べてはるかに大きな課題に直面していること。
 ・ (インドを例に挙げ、)(ア)非生産的な企業の市場への居座りなど資本活用の非効率性、(イ)特に女性人材の登用の遅れなど人的資本割当の非効率性、(ウ)経済活動のエネルギー依存度の高さなどエネルギー使用の非効率性、など、これまでの教訓や足元の状況を踏まえ、高所得国への移行には新たなアプローチが必要とされること。
 ・ 具体的には、まず投資に焦点を当て、次に海外からの新技術の導入に重点を置く。そして最後に、投資、新技術導入、イノベーションのバランスをとる三本柱の戦略を採る必要があること。
など、サムスンをはじめとする韓国企業が、当初日本企業から技術を学びテレビなど家電の製造を始め、韓国政府による新技術の研究開発支援の後押しを受け、独自に技術を開発出来る企業へと成長し、スマートフォンなどで世界の主要企業に成長した例などを挙げつつ説明しました。
 特別セッションは、Gillチーフエコノミストの基調講演に続き、園部教授、澤田教授、東京大学の鈴木綾教授、一橋大学の森悠子准教授が討論者となり議論が行われ、学生からの質問に答えるという形で進められました。学生からは、出身国が高所得国への移行を図る上での重視すべき政策、途上国が目標とすべき国としてなぜいつも米国が挙げられるのか、など、様々な質問が寄せられ、最後は次のセッションとの関係で時間切れになってしまうほどでした。
 世銀DECの面々も、JADEの先生方も今回の共同イベントの成功を、今後の協力の深化に繋げていきたいと語っていたのが印象的でありました。
   写真2 JADE年次総会世銀特別セッションの模様(提供:世界銀行)

5.今後に向けて
 世銀DECとは、本年中に更なるイベントの開催を計画中であり、これらのイベントでは、JADEに加え、ADBやADBIとも連携し、より広範なコラボレーションを追求したいと考えています。
 ナレッジ分野でMDBsと連携を深めることは、日本の学術・研究機関にとっても具体的なメリットが期待されます。具体的には、(ア)日本の研究者が研究を行う際、実践的な政策インプリケーションというフレーバーを加えることが出来る、(イ)MDBs、例えば世銀は貧困、経済、気候変動、保健、教育、ジェンダーなど、様々なデータを自前で作成、あるいは取りまとめていますが*11、こうした「質の高い、あるいは網羅的な」データにアクセスすることができ、例えばより堅牢な検証を行うことが出来るようになる、(ウ)最先端の開発経済の実践に携わることが出来るようになる、などが挙げられます。
 他方で、MDBsにとっても、学術機関や研究機関との連携強化は、MDBsが「Knowledge Bank」であり続けるために不可欠です。昨今、途上国を巡る開発課題は加速度的に変化しており、MDBsは最新の開発経済の学説に触れ、自身の研究・分析手法をアップデートし、専門的見地から客観的な批評を必要としています。これらの点は、MDBsが加盟国政府と政策対話を行う際などにも重要です。
 また、MDBsと学術・研究機関との連携強化は、双方にとって、将来的に有為な人材を育成、確保する上でも重要です。
 筆者が世銀開発見通し局に出向していた際の経験を振り返っても、大学教授が討論者としてセミナーに頻繁に参加したり、共同で論文を執筆するなど、盛んに協力が行われていました。また大学院生が世銀本部を訪問しての意見交換会なども開催されていましたが、平素からの世銀のエコノミストと大学教授との連携が梃子になっていたようにも思います。また、実際に世銀のオフィスを訪問し、第一線で活躍しているエコノミストと意見交換を行うことは、学生達のキャリア形成に大きな影響を与えているのではと思う場面も多く、また、大学院においても世銀やIMF、米国財務省のエコノミストが受け持つ講座も多くありました。
 こうした協力の積み重ねにより連携を強化し、より長期的には世銀やADBとJADEはじめ日本の学術・研究機関との共同研究や、インターンシップやサバティカルを活用した人事交流、更には奨学金プログラムとの連携など、多面的な連携の強化に努めて参ります。
(以 上)

  写真3 JADE年次総会世銀特別セッション津田開発機関課長挨拶(提供:世界銀行)
  写真4 JADE年次総会世銀特別セッションGill世銀チーフエコノミストプレゼンテーション(提供:世界銀行)
  写真5 JADE年次総会世銀特別セッション集合写真(提供:世界銀行)

*1) 本文中の役職は2025年6月末時点。なお、本稿は、個人的見解・意見を述べるものであり、組織としての公式見解を示すものではない。
*2) 詳細はhttps://www.worldbank.org/ja/about/what-we-doなど参照。
*3) 例えば慶應義塾大学の能勢学准教授はJADE Letter No. 10において開発経済学者の学術機関でのキャリアと政策機関でのキャリアについて寄稿されています。詳細はhttps://www.jade.gr.jp/activities.htmlから第10号をご覧ください。
*4) 詳細はhttps://www.worldbank.org/en/about/unit/brief/knowledge-bankなど参照。
*5) https://www.worldbank.org/ja/news/feature/2012/10/02/gfdrr-knowledge-notes
*6) Baffes, J., & Nagle, P.(2022). Commodity markets:evolution, challenges, and policies. World Bank Publications. available at https://www.worldbank.org/en/research/publication/commodity-markets
*7) Kose, M. A., & Ohnsorge, F.(2024). Falling long-term growth prospects:trends, expectations, and policies. World Bank Publications. Available at https://www.worldbank.org/en/research/publication/long-term-growth-prospects
*8) https://www.worldbank.org/ja/country/japan/publication/world-development-report
*9) https://www.worldbank.org/ja/publication/global-economic-prospects
*10) 日本開発経済学会(JADE)についての詳細は、同学会ウェブサイト(https://www.jade.gr.jp/index.html)をご参照ください。
*11) 世銀が発表しているデータについてはhttps://www.worldbank.org/ja/country/japan/brief/opendataなど参照。