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日本酒が世界ブランドの一つになる日!


GALERIE K PARIS 代表取締役社長
宮川 圭一郎

 日本酒の輸出が今フランスでこれだけ伸びる日が来ようとは、1990年にパリに来た当時には全く想像もできなかった。とは言え、まだ日本のウイスキーのように日本酒がワインショップの棚に並び、気軽に手に取れるわけではない。今なお、置いてある店を見つけるのに一苦労する。しかし注目すべきは、日本食レストランに限らず、2025年版ミシュランガイドに掲載された654軒の三つ星などの星付きフレンチレストランの約10%で日本酒が提供され始めていることである。
 1990年代当時、フランス料理に合わせる酒といえばフランスワイン一択で、それが今では、カクテルや日本茶、そして日本酒まで料理と共に楽しまれる時代になってきている。日本酒の魅力の一つが、その扱いやすさにある。白ワインのように酸化が早くなく、開栓後も2週間ほど安定して楽しめる上、日本酒にはエジプト時代から使われてきた保存料・二酸化硫黄(SO₂)が使われていない。自然派ワインが注目される中で、日本酒もまた「ナチュラル」な飲み物としての評価が始まっている。
 また、料理との相性の面でも、日本酒は確かな存在感を放っている。今やフランス料理においても「UMAMI(旨味)」は重要なキーワードである。日本食材からくる旨味をフランスのシェフ達もその深みに魅せられ、旨味を生かした料理を探求しているのが現状である。日本酒には、米と麴による発酵から生まれる、ワインにはない独特の旨味がある。それに呼応するように、ソムリエ達が料理の旨味に寄り添う飲み物として、日本酒を選ぶのは自然な流れだろう。まさに時代が、日本酒に追いついてきたと言える、天の時が来たのだ。
 さらに、日本酒特有の吟醸香(繊細で、華やかで、どこか心をほぐすようなあの香り)が、今や世界中の人々を惹きつけていることも見逃せない。日本では、口に含んでお酒を味わう文化が中心であるが、フランスでは香水に代表されるように、グラスに鼻を近づけ、その香りを楽しむ習慣が深く根付いた「香りの文化」がある。
 16世紀、カトリーヌ・ド・メディチがイタリアから持ち込んだ香り付きの革手袋が宮廷で流行し、やがてフランス全土に広がった。南仏グラースには今も約70の香水・香料会社が存在し、化粧品より香水の売り上げが上回るとも言われている。そんな国で日本酒の香りが評価され始めたことは、大きな意味を持つ。
「ワインに唯一代わり得る醸造酒があるとすれば、それは日本酒である」。そう言える世界標準を、まずフランスという地で築き、確かなブランドとして根付かせることであり、その波が世界へと広がっていくのだ。地の利を使うのである。
 そのために欠かせないのが、フランスにおよそ2,000人いるとされるソムリエ達の存在である。世界にはおよそ10万人のソムリエがおり、彼らとのつながりがブランド化への道を切り拓く。パリ・ソムリエ組合(Union des Sommeliers de Paris/UDSF)は、2017年に始まった日本酒コンクール「クラマスター」への後援を今も続けており、日本酒造組合中央会(JSS)は2020年にフランス・ソムリエ協会とパートナー契約を結び、世界ソムリエコンクールへの参加を通して日本酒の認知拡大を進めている。
 何かを成し遂げようとするとき、「天の時」が訪れていても、「地の利」がなければ成功はおぼつかない。そして、「地の利」があっても、「人の和」がなければ物事は動かない。つまり、「天の時」より「地の利」、「地の利」より「人の和」こそが、何よりも大切なのだ。日本の粋が、いよいよ世界に通じ始めた今、この変化の只中にいられることを、心から誇りに思う。