ロシア経済の現状~経済制裁とロシアの貿易~
大臣官房総合政策課 調査統計官 野田 芳美
1.はじめに
2022年2月のロシアによるウクライナ侵略開始以後、欧米を中心とした西側諸国はロシアに対し、国際的決済ネットワークシステム(SWIFT)からのロシア銀行の排除や、ロシアからの鉱物資源の輸入禁止をはじめとした厳しい経済制裁を科している。制裁の発動当初は、こうした経済制裁の効果等により、ロシアの財政面から侵略行為は長く続かないのではないかと見られていたが、侵略開始から3年が経過した今も、ウクライナへの侵略状態は継続している。
本稿では、足元のロシアのマクロ経済状況について、入手可能な統計等から確認していく。
2.ロシアの実質GDP成長率
IMFのWorld Economic Outlookによると、侵略前の2021年10月時点の経済見通しでは、2022年の実質GDP成長率(以下、「成長率」という。)を+2.9%と予測していたが、ウクライナ侵略開始後の2022年4月時点での見通しでは、西側諸国による経済制裁の効果を踏まえ、-8.5%と大幅な下方修正を行った。この制裁のうち、強いインパクトを与えるものとして、(1)ロシアへの輸出禁止、(2)SWIFTからのロシア銀行の排除、(3)石油・ガス等の輸入禁止があげられるほか、レピュテーションリスクを警戒したロシア進出企業の自主的な撤退も特徴的な動きとして指摘されていた*1。
しかし、2022年の実績値は、-1.2%とIMFの予測よりも小さな悪化にとどまった。
2022年の成長率が事前の予測からマイナス幅を大きく縮める結果となった要因としては、まず、経済制裁の影響で外国人投資家の取引が縮小し、ロシアからの資金流出の動きが強まりルーブル安となる一方で、ロシア政府やロシア連邦中央銀行(以下、「ロシア中銀」という。)が資本規制や大幅利上げによる金利引き締めに動いたことで、金融市場の安定や高インフレを通じた経済の悪化の軽減に繋がったと考えられる。また、経済制裁が行われている中で、EU諸国が原油や天然ガスなどのエネルギー資源のロシアからの輸入を停止していないことも一因と考えられる。さらに、ロシアとの関係を深める国々への輸出拡大の動きがあることも、制裁の「抜け穴」として指摘されている。*2
こうした当初の予測とは異なる状況が重なった結果、ロシア実体経済の落ち込みが緩和された可能性がある*3。
その後も、国防費が2022年度の5.5兆ルーブルから2024年度は10.7兆ルーブルに拡大する*4など、ロシア経済は軍需がけん引し成長を続け、成長率は、2023年は+4.1%、2024年も+4.3%となった。プーチン大統領の2期目に入った2012年以降の成長率の平均が+1.7%であることからすると、足下ではロシア経済の伸びが大きいことがわかる。
3.輸入国側から見たロシアの対外輸出
次に、ロシアへの経済制裁で「抜け穴」と指摘されているロシアの友好国への輸出拡大について貿易統計から確認する。しかし、ロシアはウクライナ侵略以降、輸出入に関する詳細な統計情報を公表していないため、欧州の民間の調査分析機関である「Bruegel」が集計した輸入国側の統計データ*5からロシアの輸出状況を確認していく。
Bruegelが集計したロシアの輸出状況を見ると、輸出総額は2022年3月の約500億ドルを頂点に足下約270億ドルまでほぼ半減しているが、コロナ禍前の2019~2020年頃と同じ水準感となっている。ただ、輸出先の構成にウクライナ侵略の前後で変化が見られる。つまり、アメリカ、EUなど経済制裁を科した国・地域に向けた輸出が大きく減少しており、反対に、西側諸国同様の経済制裁を実施していない中国、インド、トルコといった国に向けた輸出が伸びていることがわかる。
さらに、ロシアの主な輸出品である鉱物性燃料(輸出全体の69.5%(2024年))とそれ以外の財に分けて輸出状況を見ても、輸出額が侵略を開始した時期近辺をピークに減少し、2019~2020年頃の水準感となっていることや、アメリカ、EUなど制裁を科した国・地域で減少し、中国、インドなどで増加するという全体構造はいずれも同様であった。
上述の通り、制裁は西側諸国への輸出を減少させたという点で、ロシアの外貨獲得手段の一つである輸出の減少に効果があったと言える。しかし、コロナ前の水準で輸出額の減少が止まったことは、EUや米国といった西側諸国から中国、インド、トルコへと輸出相手国がシフトしたことで、当初想定された制裁の効果が下回ったと考えられる。
また、EU向け鉱物性燃料別輸出の推移について見てみる。今回の制裁では、ロシアの主要な収入源である石油に関して、石油の禁輸及び石油価格上限設定措置が取られている。また、天然ガスについては、禁輸対象でないものの、ドイツへのパイプラインが破壊されたほか、ロシア自らがドイツ向けのパイプラインを停止したことで輸出が減少している。上限設定の措置は、西側諸国の海上輸送サービス提供の実質的な制限によって、市場におけるロシア産石油のリスクプレミアムを上げ、割引なしでは市場で売ることができなくなったことから、ディスカウント価格で友好国に売らざるを得ず、ロシアの輸出収入を抑えることに一定の効果があったとの見方がある*6。
4.ロシアの金融政策と財政状況
(a)ロシアの金融政策
ロシア中銀は、ウクライナ侵略前までは、需要拡大が生産能力の増加を上回っておりインフレリスクが大きいことから、政策金利である「キーレート」を徐々に引き上げ9.5%としていた。
その後、ウクライナ侵略に対する経済制裁によりルーブル安が大幅に進んだことを受け、さらなるインフレリスクを抑えるため、政策金利を20%まで引き上げた。ただ、2022年4月に入り、大幅な利上げや資本規制などにより、金融安定リスクが一応の落ち着きを見せたことなどから利下げを始め、物価上昇率が鈍化し利下げ局面は7.5%で止まった。
その後2023年7月には、軍需主導で国内需要が増加する一方、労働力不足により生産能力の拡大が進まなかったことからインフレリスクが意識され、利上げが再開された。
足下では、高水準の政策金利による銀行貸出への影響を理事会が指摘するなどし、政策金利は21%が維持されている。
(b)ロシアの財政状況
ここで、ロシア政府の財政状況について簡単に触れておく。政府は「財政ルール」を策定しており、長期のヒストリカルデータに基づいて特定の石油価格を設定し、その価格を基準に予算を均衡させている。石油価格またはルーブル建ての収入が計画水準を上回った場合、余剰収入はすべて国民福祉基金*7に振り向けられる。足下2025年度の政府予算でも、武器生産と兵士の募集にかかるコストがますます高騰していることから、軍事支出は大幅に増加する見込み(GDP比、2021年:3.6%→2025年:7~8%)*8となっているほか、2023年以降の世界的な商品価格の下落などにより、政府はこのところ財政赤字を計上している。なお、財政赤字は日本も含めて国債で賄うのが一般的だが、ロシアでは、基本的に財政赤字は国民福祉基金で賄われることから、足下の財政赤字(GDP比、約2%)*9は短期的には経済的安定を脅かす水準ではないとみられている*10。
5.おわりに
ここまで見てきた通り、西側諸国の経済制裁は、ルーブル安の誘発等の金融市場の混乱、更には西側諸国からの輸出収入を減少させるなど、一定の効果は見られたものの、ロシア中銀の対応やロシア友好国向け輸出の拡大などが、ロシア経済の悪化を緩和したと考えられる。
更には、ウクライナ侵略開始後は戦線での武器や必需品の需要急増により、戦時下での生産を加速させるために政府が財政刺激策を措置したほか、労働力不足が急激な賃金上昇を招き、個人消費が増加傾向にあったことなども加わり、こうしたことが成長率の伸長に寄与し、経済制裁の影響が当初の想定を下回る結果になったと考えられているが、この成長モデルは限界に達しているとの見方もある*11。
また、経済制裁が続く中、中国やインドなどの友好国への輸出が引き続き堅調に推移しているものの、国際的な原油価格の下振れを受けてロシア産原油価格も調整の動きが強まれば、原油収入が重要な財源であるロシアにとって、輸出収入の低下が生じ、財政運営に支障が出ることが懸念されるとの指摘もある*12。
ロシア経済の現状を把握できる統計等へのアクセスは従来より大きく制限される状況ではあるが、今後も入手可能なデータソースを駆使しロシアのマクロ経済動向を注視することには大きな意義があると考える。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。
また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “中国はロシアの経済制裁の「抜け穴」になっている模様”(2022年4月13日)
・NIRA総合研究開発機構 田畑伸一郎 “ロシアのウクライナ侵攻 第3章:ロシアへの経済制裁とその影響”(2022年7月8日)
・国際経済連携推進センター 原田大輔 “対露制裁の効果と影響”(2024年6月13日)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “ロシアは経済を維持する観点から戦争を止められないのかも”(2024年10月2日)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “期待先行のルーブル高、停戦協議への期待の背後で原油安に直面”(2025年4月22日)
・Bruegel Zsolt Darvas, Catarina Martins “Russia’s huge trade surplus is not a sign of economic strength”(2022年9月8日)
・Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge, “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
・Center for Strategic and International Studies, Nicholas Fenton, and Alexander Kolyandr, “Down But Not Out:The Russian Economy Under Western Sanctions”(2025年4月11日)
・IMF、ロシア連邦中央銀行、ロシア連邦国家統計局、Bruegel、NHK
図表1 実質GDP成長率の推移
図表2 ドル/ルーブルの推移
図表3 ロシアの国別輸出総額推移
図表4 EU向け鉱物性燃料輸出額の推移
図表5 ロシアの政策金利とCPIの推移
*1) NIRA総合研究開発機構 田畑伸一郎 “ロシアのウクライナ侵攻 第3章:ロシアへの経済制裁とその影響”(2022年7月8日)
*2) 第一生命経済研究所 西濵徹 “中国はロシアの経済制裁の「抜け穴」になっている模様”(2022年4月13日)
*3) 2022年10月公表のIMFのWorld Economic Outlookでは、2022年の成長率予測が-3.4%とマイナスの成長率が改善されていた。
*4) 第一生命経済研究所 西濵徹 “ロシアは経済を維持する観点から戦争を止められないのかも”(2024年10月2日)
*5) ウクライナ侵略以前にロシア中銀が公表していた貿易統計をもとに、2019年におけるロシアの輸出総額のうち約80%を占めるEU、中国、アメリカ、韓国、日本、インド、イギリス、トルコ、スイス、ノルウェー、ブラジル、カザフスタンの38か国について収集されている。
*6) 国際経済連携推進センター 原田大輔 “対露制裁の効果と影響”(2024年6月13日)
*7) National Wealth Fund。この基金の重要な使途は、政府予算の赤字補填と年金への支出である。
*8) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*9) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*10) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*11) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*12) 第一生命経済研究所 西濵徹 “期待先行のルーブル高、停戦協議への期待の背後で原油安に直面”(2025年4月22日)
大臣官房総合政策課 調査統計官 野田 芳美
1.はじめに
2022年2月のロシアによるウクライナ侵略開始以後、欧米を中心とした西側諸国はロシアに対し、国際的決済ネットワークシステム(SWIFT)からのロシア銀行の排除や、ロシアからの鉱物資源の輸入禁止をはじめとした厳しい経済制裁を科している。制裁の発動当初は、こうした経済制裁の効果等により、ロシアの財政面から侵略行為は長く続かないのではないかと見られていたが、侵略開始から3年が経過した今も、ウクライナへの侵略状態は継続している。
本稿では、足元のロシアのマクロ経済状況について、入手可能な統計等から確認していく。
2.ロシアの実質GDP成長率
IMFのWorld Economic Outlookによると、侵略前の2021年10月時点の経済見通しでは、2022年の実質GDP成長率(以下、「成長率」という。)を+2.9%と予測していたが、ウクライナ侵略開始後の2022年4月時点での見通しでは、西側諸国による経済制裁の効果を踏まえ、-8.5%と大幅な下方修正を行った。この制裁のうち、強いインパクトを与えるものとして、(1)ロシアへの輸出禁止、(2)SWIFTからのロシア銀行の排除、(3)石油・ガス等の輸入禁止があげられるほか、レピュテーションリスクを警戒したロシア進出企業の自主的な撤退も特徴的な動きとして指摘されていた*1。
しかし、2022年の実績値は、-1.2%とIMFの予測よりも小さな悪化にとどまった。
2022年の成長率が事前の予測からマイナス幅を大きく縮める結果となった要因としては、まず、経済制裁の影響で外国人投資家の取引が縮小し、ロシアからの資金流出の動きが強まりルーブル安となる一方で、ロシア政府やロシア連邦中央銀行(以下、「ロシア中銀」という。)が資本規制や大幅利上げによる金利引き締めに動いたことで、金融市場の安定や高インフレを通じた経済の悪化の軽減に繋がったと考えられる。また、経済制裁が行われている中で、EU諸国が原油や天然ガスなどのエネルギー資源のロシアからの輸入を停止していないことも一因と考えられる。さらに、ロシアとの関係を深める国々への輸出拡大の動きがあることも、制裁の「抜け穴」として指摘されている。*2
こうした当初の予測とは異なる状況が重なった結果、ロシア実体経済の落ち込みが緩和された可能性がある*3。
その後も、国防費が2022年度の5.5兆ルーブルから2024年度は10.7兆ルーブルに拡大する*4など、ロシア経済は軍需がけん引し成長を続け、成長率は、2023年は+4.1%、2024年も+4.3%となった。プーチン大統領の2期目に入った2012年以降の成長率の平均が+1.7%であることからすると、足下ではロシア経済の伸びが大きいことがわかる。
3.輸入国側から見たロシアの対外輸出
次に、ロシアへの経済制裁で「抜け穴」と指摘されているロシアの友好国への輸出拡大について貿易統計から確認する。しかし、ロシアはウクライナ侵略以降、輸出入に関する詳細な統計情報を公表していないため、欧州の民間の調査分析機関である「Bruegel」が集計した輸入国側の統計データ*5からロシアの輸出状況を確認していく。
Bruegelが集計したロシアの輸出状況を見ると、輸出総額は2022年3月の約500億ドルを頂点に足下約270億ドルまでほぼ半減しているが、コロナ禍前の2019~2020年頃と同じ水準感となっている。ただ、輸出先の構成にウクライナ侵略の前後で変化が見られる。つまり、アメリカ、EUなど経済制裁を科した国・地域に向けた輸出が大きく減少しており、反対に、西側諸国同様の経済制裁を実施していない中国、インド、トルコといった国に向けた輸出が伸びていることがわかる。
さらに、ロシアの主な輸出品である鉱物性燃料(輸出全体の69.5%(2024年))とそれ以外の財に分けて輸出状況を見ても、輸出額が侵略を開始した時期近辺をピークに減少し、2019~2020年頃の水準感となっていることや、アメリカ、EUなど制裁を科した国・地域で減少し、中国、インドなどで増加するという全体構造はいずれも同様であった。
上述の通り、制裁は西側諸国への輸出を減少させたという点で、ロシアの外貨獲得手段の一つである輸出の減少に効果があったと言える。しかし、コロナ前の水準で輸出額の減少が止まったことは、EUや米国といった西側諸国から中国、インド、トルコへと輸出相手国がシフトしたことで、当初想定された制裁の効果が下回ったと考えられる。
また、EU向け鉱物性燃料別輸出の推移について見てみる。今回の制裁では、ロシアの主要な収入源である石油に関して、石油の禁輸及び石油価格上限設定措置が取られている。また、天然ガスについては、禁輸対象でないものの、ドイツへのパイプラインが破壊されたほか、ロシア自らがドイツ向けのパイプラインを停止したことで輸出が減少している。上限設定の措置は、西側諸国の海上輸送サービス提供の実質的な制限によって、市場におけるロシア産石油のリスクプレミアムを上げ、割引なしでは市場で売ることができなくなったことから、ディスカウント価格で友好国に売らざるを得ず、ロシアの輸出収入を抑えることに一定の効果があったとの見方がある*6。
4.ロシアの金融政策と財政状況
(a)ロシアの金融政策
ロシア中銀は、ウクライナ侵略前までは、需要拡大が生産能力の増加を上回っておりインフレリスクが大きいことから、政策金利である「キーレート」を徐々に引き上げ9.5%としていた。
その後、ウクライナ侵略に対する経済制裁によりルーブル安が大幅に進んだことを受け、さらなるインフレリスクを抑えるため、政策金利を20%まで引き上げた。ただ、2022年4月に入り、大幅な利上げや資本規制などにより、金融安定リスクが一応の落ち着きを見せたことなどから利下げを始め、物価上昇率が鈍化し利下げ局面は7.5%で止まった。
その後2023年7月には、軍需主導で国内需要が増加する一方、労働力不足により生産能力の拡大が進まなかったことからインフレリスクが意識され、利上げが再開された。
足下では、高水準の政策金利による銀行貸出への影響を理事会が指摘するなどし、政策金利は21%が維持されている。
(b)ロシアの財政状況
ここで、ロシア政府の財政状況について簡単に触れておく。政府は「財政ルール」を策定しており、長期のヒストリカルデータに基づいて特定の石油価格を設定し、その価格を基準に予算を均衡させている。石油価格またはルーブル建ての収入が計画水準を上回った場合、余剰収入はすべて国民福祉基金*7に振り向けられる。足下2025年度の政府予算でも、武器生産と兵士の募集にかかるコストがますます高騰していることから、軍事支出は大幅に増加する見込み(GDP比、2021年:3.6%→2025年:7~8%)*8となっているほか、2023年以降の世界的な商品価格の下落などにより、政府はこのところ財政赤字を計上している。なお、財政赤字は日本も含めて国債で賄うのが一般的だが、ロシアでは、基本的に財政赤字は国民福祉基金で賄われることから、足下の財政赤字(GDP比、約2%)*9は短期的には経済的安定を脅かす水準ではないとみられている*10。
5.おわりに
ここまで見てきた通り、西側諸国の経済制裁は、ルーブル安の誘発等の金融市場の混乱、更には西側諸国からの輸出収入を減少させるなど、一定の効果は見られたものの、ロシア中銀の対応やロシア友好国向け輸出の拡大などが、ロシア経済の悪化を緩和したと考えられる。
更には、ウクライナ侵略開始後は戦線での武器や必需品の需要急増により、戦時下での生産を加速させるために政府が財政刺激策を措置したほか、労働力不足が急激な賃金上昇を招き、個人消費が増加傾向にあったことなども加わり、こうしたことが成長率の伸長に寄与し、経済制裁の影響が当初の想定を下回る結果になったと考えられているが、この成長モデルは限界に達しているとの見方もある*11。
また、経済制裁が続く中、中国やインドなどの友好国への輸出が引き続き堅調に推移しているものの、国際的な原油価格の下振れを受けてロシア産原油価格も調整の動きが強まれば、原油収入が重要な財源であるロシアにとって、輸出収入の低下が生じ、財政運営に支障が出ることが懸念されるとの指摘もある*12。
ロシア経済の現状を把握できる統計等へのアクセスは従来より大きく制限される状況ではあるが、今後も入手可能なデータソースを駆使しロシアのマクロ経済動向を注視することには大きな意義があると考える。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。
また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “中国はロシアの経済制裁の「抜け穴」になっている模様”(2022年4月13日)
・NIRA総合研究開発機構 田畑伸一郎 “ロシアのウクライナ侵攻 第3章:ロシアへの経済制裁とその影響”(2022年7月8日)
・国際経済連携推進センター 原田大輔 “対露制裁の効果と影響”(2024年6月13日)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “ロシアは経済を維持する観点から戦争を止められないのかも”(2024年10月2日)
・第一生命経済研究所 西濵徹 “期待先行のルーブル高、停戦協議への期待の背後で原油安に直面”(2025年4月22日)
・Bruegel Zsolt Darvas, Catarina Martins “Russia’s huge trade surplus is not a sign of economic strength”(2022年9月8日)
・Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge, “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
・Center for Strategic and International Studies, Nicholas Fenton, and Alexander Kolyandr, “Down But Not Out:The Russian Economy Under Western Sanctions”(2025年4月11日)
・IMF、ロシア連邦中央銀行、ロシア連邦国家統計局、Bruegel、NHK
図表1 実質GDP成長率の推移
図表2 ドル/ルーブルの推移
図表3 ロシアの国別輸出総額推移
図表4 EU向け鉱物性燃料輸出額の推移
図表5 ロシアの政策金利とCPIの推移
*1) NIRA総合研究開発機構 田畑伸一郎 “ロシアのウクライナ侵攻 第3章:ロシアへの経済制裁とその影響”(2022年7月8日)
*2) 第一生命経済研究所 西濵徹 “中国はロシアの経済制裁の「抜け穴」になっている模様”(2022年4月13日)
*3) 2022年10月公表のIMFのWorld Economic Outlookでは、2022年の成長率予測が-3.4%とマイナスの成長率が改善されていた。
*4) 第一生命経済研究所 西濵徹 “ロシアは経済を維持する観点から戦争を止められないのかも”(2024年10月2日)
*5) ウクライナ侵略以前にロシア中銀が公表していた貿易統計をもとに、2019年におけるロシアの輸出総額のうち約80%を占めるEU、中国、アメリカ、韓国、日本、インド、イギリス、トルコ、スイス、ノルウェー、ブラジル、カザフスタンの38か国について収集されている。
*6) 国際経済連携推進センター 原田大輔 “対露制裁の効果と影響”(2024年6月13日)
*7) National Wealth Fund。この基金の重要な使途は、政府予算の赤字補填と年金への支出である。
*8) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*9) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*10) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*11) Stiftung Wissenschaft und Politik, Janis kluge “The Russian Economy at a Turning Point”(2024年11月29日)
*12) 第一生命経済研究所 西濵徹 “期待先行のルーブル高、停戦協議への期待の背後で原油安に直面”(2025年4月22日)