東京大学 服部 孝洋*2
1.はじめに
本稿は、日本証券業協会が作成している「公社債店頭売買高」について解説を行うことを目的としています。この統計は、債券取引の流通市場(セカンダリー市場)を包括的にカバーする統計であるものの、筆者が知る限り、この統計そのものについて解説した文章は稀少です。健全な資本市場を形成するには、資本市場の全容を明らかにする統計を有することが肝要であり、債券のセカンダリー市場については「公社債店頭売買高」が我が国でその役割を果たしています。
本稿の目的は、「公社債店頭売買高」がどのように作られているかという観点から、この統計の特徴を明らかにすることにあります。この統計は、毎月20日(当日が休業日の場合は、翌営業日)に公表され、各種メディアが報道したり、金融機関のアナリストがレポートを発行するなど、注目度が高い統計といえます。一方、実際にどのように作成されているかを知らない市場参加者も少なくありません。本稿は、この統計を頻繁に用いる市場参加者やマスメディアに加え、研究者なども想定読者としています。
なお、本統計を正確に理解するためには、店頭市場(OTC市場)及び債券の正確な理解が求められます。債券市場の基本については服部(2023, 2025)や筆者がこれまで記載してきた債券入門シリーズで説明しているため、筆者のウェブサイトを適宜参照してください*3。また、本稿では、この統計の作成方法に焦点を当てる一方、この統計を用いた分析などは行わない点に注意してください。
2.公社債店頭売買高の概要
2.1 公社債店頭売買高の使われ方の例
前述のとおり、公社債店頭売買高は債券市場において大変注目度が高い統計であり、様々な用いられ方をしています。この統計が実際にどのように使われているか例をあげてみてみましょう。
まず、この統計を用いることで、債券市場のセカンダリー市場全体の動向やマーケットの規模を把握することができます。図表1 公社債売買高の推移は財務省「債務管理リポート」で用いられている図表を抜粋したものです。これをみると、公社債全体や国債の売買額の推移を把握できます。また、図表1では国債に焦点を当てていますが、この統計は、地方債や社債など、国債以外の債券についてもカバーしています(図表1では年度ベースの値を示していますが、この統計はマンスリーデータで公表されています)。
債券市場の流動性指標として売買高が用いられることがありますが、公社債店頭売買高を用いれば、国債や地方債、社債などの流動性を測ることができます。図表2 国債市場の流動性指標:現物国債市場(ディーラー対顧客取引の取引高(volume))*5は日銀が定期的に公表している「国債市場の流動性指標」からの抜粋ですが、この指標を計算するためにも本統計が用いられています(流動性指標の概要については服部(2018)や服部(2023)の3章を参照*4)。
公社債店頭売買高の重要な特徴は、投資家別の売買動向がわかることです。図表3 投資家別公社債買越額が投資家別にみた公社債の買越額の推移です。例えば、近年、メディアなどで外国人投資家の売買動向などが話題になることが増えてきましたが、この統計を用いれば、外国人投資家がどれくらい日本の債券を売買しているかを把握することができます。金融機関のアナリストなども月次ベースで、特に部門別の売買に焦点を当てたレポートを発信しています。証券会社の中では、自社の取引のシェアを把握するなどの使い方もされています。
2.2 公社債店頭売買高の歴史
そもそも、日本証券業協会は「公社債の店頭売買その他の取引を公正かつ円滑ならしめ、もって投資者の保護に資することを目的」に、その規則に基づき協会員から公社債店頭売買高などの報告を求め、発表しています*6。日本証券業協会が全国組織として活動し始めたのは1973年からであり、公社債店頭売買高は1970年代半ばからその値を把握することができます(図表4 日本証券業協会の沿革*7)。
日本証券業協会がこのような統計を作成している背景には、当時、大蔵省が証券業を管轄しており、1970年代に国債発行が拡大したことなどを受け、取引実態を正確に把握・監督する必要があったともいわれます。また、証券業界にとっても、ビジネスの観点から、公社債のセカンダリー市場の規模や売買動向を把握するため、店頭市場における公社債の売買高を集計する必要があったのではないかと思われます。
3.公社債店頭売買高の作成方法
3.1 公社債店頭売買高報告書(調査票)
このように公社債店頭売買高は、債券市場を理解する上で広く使われているため、そもそも統計がどのように作られているかを把握することが重要になります。本稿で取り扱う公社債店頭売買高は、主に、証券会社・銀行などに「公社債店頭売買高報告書」(以下「調査票」という)を配り、直接ヒアリングして、その調査票を集約することで作られています(そのため、公社債店頭売買高は、一次統計と整理できます*8)。具体的には、(1)日本証券業協会が、後述の協会WAN上で協会員向けに「報告書様式(調査票様式)」を掲載、(2)協会員各社が、上記(1)の様式をもとに協会WANを通じて調査票を提出、(3)日本証券業協会が、上記(2)の各社調査票を集計し発表というプロセスを経ます。
日本証券業協会のウェブサイトでは、その作成方法について下記のように説明されています*9。
〈作成方法〉
協会員からの本店、支店、その他の営業所における、毎月第1営業日から最終営業日までの間に取り扱った既発債(国債の発行日前取引及び上場銘柄を含む。外貨建債券を除く。)の売買(店頭売買)の状況についての報告※を基に、集計しています。
※特別会員については、登録金融機関業務に係る取扱いについてのみ報告を求めています。
どのような調査票に回答しているかを把握することはその統計を正しく理解するうえで極めて重要ですが、筆者の理解では、この統計を頻繁に用いている市場参加者も、調査票をみたことがある人は少ないのが現状です。そこで、ここから実際の調査票をみることで、どのように証券会社などが回答しているかを説明します。
図表5 調査票(一般売買、顧客の売り*12)が、日本証券業協会が証券会社などに依頼する調査票です(このフォーマットは2025年時点におけるフォーマットです*10)。ここで示した調査票は、(現先取引などではなく)一般売買に関し、顧客の売り注文に限定した調査票になります。この調査票からわかるように、証券会社などは個別の債券に関する売買データを日本証券業協会に提出しているわけでありません。各証券会社などは、国債であれば、超長期債・長期債などの形で、個別の取引を日本証券業協会が指定する分類に整理し、月間の取引金額として集計したうえで、日本証券業協会に提出しています。また、この金額は、約定日を基準とした月次データとして(単価を加味しない)額面金額が集計されたものになります*11。
図表5は、一般売買における顧客の売り注文を集約するための調査票ですが、これ以外にも、顧客の買い注文の調査票もあります。また、通常の債券の売買を指す「一般売買」だけでなく、レポ取引など*13の「公社債条件付売買」の調査票もあります(これらの調査票をみたい読者は注記のリンクを参照してください*14)。さらに、調査票に記載されている「記載上の留意事項」を読むことでどのように記載されているかの細かいルールが理解できます。記載上の留意事項については本論文のAppendixに掲載していますので、関心がある読者はそちらもご一読ください。
実際の調査票の記入については、金融機関のバックオフィスなどが毎月第1営業日から最終営業日前までに該当する債券の取引金額を集計し、それを図表5の調査票に記載したうえで、日本証券業協会に提出しています(公社債店頭売買高の頻度は月次ベースです)。調査票は、翌月10日(当日が休業日の場合は、前営業日)までに日本証券業協会市場統計業務室へ、協会内の情報交流システムである協会WANを通じて提出することとされています*15。この統計の公表は、原則として毎月20日(当日が休業日の場合は、翌営業日)とされています。
3.2 報告者
次に、この調査票を回答する協会員の説明を行います。前述の調査票を日本証券業協会に提出する主体は、協会員ですが、その中でも重要なのは、「証券会社」(会員)及び「特別会員」*16です*17。服部(2023, 2025)で説明したとおり、債券のセカンダリー市場は証券会社がマーケットメイクをしているため、できるだけ多くの証券会社がこの統計に参加することが、この統計の正確性に寄与します。具体的にどの証券会社が協会員であるか(この統計に報告しているか)はウェブサイトに掲載されていますが、2025年6月現在、264社の証券会社が協会員となっており、大手証券会社から小規模の証券会社を含め、ほぼすべての証券会社がカバーされています。この観点では、公社債店頭売買高は、セカンダリー市場の全容を把握できる十分なカバレッジを有すると評価できます。
また、この統計には、メガバンク、地銀、信用金庫などの預金取扱機関に加え、短資会社などの「特別会員」も報告しています。ただし、特別会員の場合、「登録金融機関業務に係る取扱いについてのみ報告」している点に注意してください。筆者の現在の理解では、登録金融機関業務における取引は、いわゆるトレーディング勘定(売買目的)の取引です。もっとも、銀行などの預金取扱機関による国債など債券の売買の大部分は、(トレーディング勘定ではなく)バンキング勘定(その他有価証券や満期保有目的)*18でなされていますが、この統計には、トレーディング勘定の売買高のみ報告されている点には注意が必要です。(詳細は後述しますが、預金取扱機関は、バンキング勘定の売買高を自ら報告していませんが、証券会社が銀行のバンキング勘定と取引し、それを調査票で報告しているので、公社債店頭売買高の中にはバンキング勘定の売買高が含まれています)。実際、債券の売買額をみると、特別会員による売買は少なく、証券会社で構成される会員の売買額が大半を占めています。
3.3 調査票の記載方法
次に、協会員がどのように調査票に答えるか、そのルールについて説明します。まず、この調査票において非常に重要な点は、
債券の「売り」・「買い」は、顧客(投資家)を主体に、報告を行う協会員の取引の相手方(顧客(投資家))からみた「売り」、「買い」を記載する
というルールで、この調査票を記入されている点です。協会員だけでなく、非協会員を含めたすべての債券市場参加者が取引の相手方の売りと買いを報告していた場合、すべての取引に売り手と買い手がそれぞれ必ず存在するため、売却総額と購入総額が一致するはずです。ただし、日本証券業協会に報告しない主体も存在するため、実際の統計において両者は一致せず、アンバランスが生まれます。
このことを具体的に考えるため、以下では、まず、「証券会社(会員)同士の取引」を考え、次に「証券会社(会員)と特別会員の取引」、「証券会社(会員)と非協会員の取引」について考えていきます。
証券会社(会員)同士の取引
例えば、証券会社A(会員)から、証券会社B(会員)が国債を1億円買ったとしましょう。この場合、証券会社A(会員)は、取引の相手方である証券会社B(会員)が国債を1億円買ったと調査票で報告します。一方、証券会社B(会員)は、証券会社A(会員)が国債を1億円売ったと調査票で報告します。このように協会員同士であれば、「買い」と「売り」がそれぞれ1億円でバランスします。
証券会社(会員)と特別会員の取引
次に、例えば、ある証券会社(会員)から、ある銀行(特別会員)が国債をバンキング勘定で、1億円買ったとしましょう。この場合、証券会社(会員)は、取引の相手方である銀行(特別会員)が国債を1億円買ったと調査票に記載します。しかし、銀行はトレーディング勘定のみ報告する(バンキング勘定は報告しない)ので、銀行(特別会員)はこの取引を報告しないということになります。このように報告しない主体がいることより、この統計における買付額と売付額が一致しないということが起こります。
証券会社(会員)と非協会員の取引
最後に、会員(証券会社)と非協会員との取引を考えます。例えば、ある証券会社(会員)から、ヘッジファンドなど外国人(非協会員)が国債を1億円買ったとしましょう。先ほどと同様ですが、この場合、証券会社(会員)からみると、相手方が国債を買ったということなので、外国人(非協会員)による1億円の買付額として調査票に記載されます。一方、外国人は協会員ではないので、日本証券業協会に報告の義務がなく、ヘッジファンドの相手方である証券会社は国債を売っていますが、証券会社の売却額は報告されません。
このように、本統計で購入額と売却額がバランスしない理由は、「債券の『売り』・『買い』は、顧客(投資家)を主体に、報告を行う協会員の取引の相手方(顧客(投資家))からみた『売り』、『買い』を記載する」というルールになっており、債券の売買を日本証券業協会に報告しない主体が存在するからです。もっとも、債券市場(店頭市場)のネットワークの中心に協会員である証券会社が存在し、その証券会社が取引の「相手方」を調査票に報告することで、海外の投資家などの非協会員の取引もこの統計は捉えることが可能になっています*19。なお、次章で取り上げますが(日本証券業協会の会員である)証券会社を通じた店頭取引以外については、この統計で補足できない部分が大きい点を理解することも大切です*20。
3.4 投資家区分
公社債店頭売買高の最大の特徴は、どのような主体が売買を行ったかがわかることだともいえます。実際、市場参加者やメディアがこの統計を用いる場合、例えば、外国人投資家による売買など、どのような主体が債券を売買しているかということに注目することが少なくありません。
本統計は、主に証券会社などが図表5のフォーマットで、例えば、都市銀行や外国人など、どのような主体が売買したかを報告します。それを日本証券業協会が集約して公表するため、例えば、外国人投資家は2025年2月に、超長期債を1兆2,406億円買い越したなどの情報がわかることになります。
投資家の区分に関しては、都市銀行など細かく分類されています。投資家の区分の詳細は図表6 投資家区分表*21を参照していただきたいのですが、この図表における「売買の相手方」として、都市銀行などの「投資家」と「他の債券ディーラー」が分けられている点に注意が必要です。図表6の一番下に「他の債券ディーラー」がありますが、「対顧客取引」と「業者間取引」を分けて把握できるよう、このような表示区分になっています(この詳細は4.3節を参照してください)。
注意すべきポイントとしては、まず、「その他」に日銀や日本政府が含まれているという点です。また、「都市銀行」や「生保・損保」が独立したカテゴリとしてあるにもかかわらず、投資家として運用規模が大きいとされるゆうちょ銀行とかんぽ生命は「その他」に分類されます(日本政策投資銀行や国際協力銀行などは「その他金融機関」に分類されています)。
さらに、例えば、アセットマネジメント会社などが売買を指示していたとしても、信託銀行の信託口座を通じて取引されることで、信託銀行に区分されるなどの可能性があります。そのため、各区分を鵜呑みにするのではなく、実体としてどの区分で分類されているかについて考えることも大切です。
3.5 実際のデータフォーマット
ここまで、どのように証券会社などが調査票に記載するかを説明してきました。ここでは、最終的に、どのようなデータのフォーマットでウェブ上に開示されるかについてみてみましょう。図表7 データのフォーマット((A)合計売買高)が、日本証券業協会から公表されるデータのイメージです(データはエクセルで公表されています)。この図表にあるとおり、横軸にはどのような種類の債券について、どのくらいの金額の売買があったのかが記載されます。縦軸については、例えば都市銀行がどのくらいの金額の売買を行ったかが記載され、売買の主体及び公社債の種類別に売買額が表示されます。
図表7はエクセルのシートの一つを表示したものであり、実際のエクセルをみると、様々なシートがあることが分かります。エクセルのシートは図表8 エクセルにおけるシート番号と売買の種類のような形でシート番号が付されています。図表8をみてもらうと、この統計の区分は、まず、「1 全協会員(=証券会社+特別会員)」と「2 証券会社」に分かれますが、全協会員は英語の大文字(AやBなど)で表示され、証券会社は英語の小文字(aやbなど)で記載されます。また、全協会員及び証券会社ごとに、(1)売買高(売付額+買付額)、(2)売付額、(3)買付額、(4)差引(売付額-買付額)という順番でシートが用意されています。特に、「差引」は、「売付額-買付額」と定義されており、メディアなどで用いられる買越額と符号が逆である点に注意が必要です。さらに、それぞれの項目について(1)合計(一般売買+現先売買)、(2)一般売買、(3)現先売買が計上されます。したがって、公社債店頭売買高のデータが含まれるエクセルは、解説のシート(日英)を含め、合計26つのシートで構成されています。
4.公社債店頭売買高の特徴
4.1 国債の区分
これまでどのように公社債店頭売買高が作られるかについて議論をしてきましたが、ここからは、この統計の特徴について議論していきます。まず、非常に重要な特徴として、国債の区分があります。具体的には、国債については、超長期国債、長期国債、中期国債、割引国債、国庫短期証券に区分されていますが(図表9 公社債店頭売買高における国債の分類)、注意すべきポイントとして、この分類は国債発行時の年限で分類されている点です(図表10 対象となる国債の範囲等の詳細*23)*22。
例えば、図表10における「超長期」をみると、「20年利付国債、30年利付国債、40年利付国債、15年変動利付国債」であることが明示されています。このことは、この統計における「超長期国債」は、取引を報告した時点における当該債券の残存年数が10年を超えているかどうかという分類ではなく、その国債が発行された当初の残存年数が10年を超えているかどうかという分類であることを意味します。15年前に発行された、年限20年の超長期国債は、現在、実体としては、5年債(年限5年の国債)になるわけですが、これは公社債店頭売買高の中では、「超長期国債」としてカウントされます。同様に、長期国債という分類であっても、例えば、8年前に発行されたものであれば、実体は2年債(年限2年の国債)になりますが、この統計では長期国債として分類されます。
したがって、例えば、この統計上、生保・損保が、「超長期国債」を売却しているからといって、直ちに残存年数が10年以上の国債を売却したとは限らないと市場参加者は考えています。
4.2 国債発行及び日銀オペ
上記に加えて、この統計の売買高が、財務省による国債の発行額及び日銀によるオペレーションの落札額を含む点も重要な特徴です。日本証券業協会は、下記のように「利用上の注意」を記載しています*24。
(1)利付金融債の新発債の発券銀行からの買取り(買い約定)、(2)国債、国庫短期証券(TDB)及び政府短期証券(FB)の公募入札による落札、(3)日本銀行等のオペレーション(売りオペレーション、買いオペレーション)による落札を含みます。
例えば、財務省が国庫短期証券(Tビル)を入札で発行する際、ある外国人投資家がある証券会社を通じて、100億円分、Tビルを購入したとしましょう。この場合、証券会社がまず非協会員である日本政府(財務省)から100億円の国債を購入し、その100億円の国債を外国人投資家に販売するため、
・財務省(「その他」に区分)が、ある証券会社にTビルを100億円売却する
・外国人投資家(「外国人」に区分)が、その証券会社から100億円購入する
という形で証券会社が調査票に記入します。つまり、「その他」の売却額として100億円、「外国人」の買付額として100億円、計上されます。
もっとも、上記の取引のうち、財務省から証券会社がTビルを購入する取引については、実態としては流通市場(セカンダリー市場)での取引ではなく、発行市場(プライマリー市場)での取引としてとらえるべきと感じます。したがって、筆者は、このデータを実際に使う場合、国債に関し、セカンダリー市場の売買をみる上では、「その他」に計上される売付額は控除すべき、と考えています(前述のとおり、「その他」にはゆうちょ銀行などを含むことから、「その他」の売付額にはもちろん日本政府以外の取引も含まれます。しかし、政府による国債の発行が巨額であることを考えると、「その他」の中で日本政府との取引が圧倒的な割合を占めていると推論されます)。ただし、証券会社が財務省や日銀の取引についても報告することにより、後述の通り、証券会社を通じない入札参加額を一定程度把握できる側面もあり、国債発行の取引をこの統計に含める必要がないと筆者が指摘しているわけではない点に注意してください*25。
同様に、日銀がオペレーション(公開市場操作)を行い、協会員がオペに参加する場合、日銀は協会員と債券を売買しますが、この場合も「その他」による売買として報告されます(オペレーションの詳細は服部(2023)の9章を参照)。
国債入札や日銀オペにおける証券会社を介さない取引
国債の入札や日銀のオペレーションでは、最終的な投資家が、証券会社を通じて落札するのではなく、直接財務省や日銀から落札する場合もあります*26。これらの取引は協会員が参加していないことから、公社債店頭売買高には反映されない取引になります。一方、実際の国債発行額や日銀のオペレーションによる売買額は、財務省や日銀のウェブサイトで開示されているため、これらと公社債店頭売買高における「その他」の売却額や買付額と比較することで、国債の入札や日銀のオペレーションにおいて直接落札額がどれくらいであったかを推定する市場参加者も少なくありません(もちろん「その他」の売買額は日本政府や日銀以外の売買も含むため、誤差を有する粗い推計である点に注意が必要です)。
4.3 債券ディーラー
売買の相手方の区分として「債券ディーラー」がある点も特徴です。債券ディーラーの定義は下記のとおりです*27。
「債券ディーラー」とは、証券会社ディーラー(外国証券会社を含みます)、金融機関ディーラーのことをいいます。
そもそも債券市場には、「対顧客市場」と「業者間市場」があります(図表11 対顧客市場と業者間市場)。対顧客市場とは、債券の最終投資家である銀行や生命保険会社などが、証券会社を通じて債券を購入する市場です。一方、業者間市場は、証券会社間で取引を行う市場です。例えば、ある証券会社が国債を売りたい場合、日本相互証券など、いわゆるブローカーズ・ブローカー(BB)を通して相手をみつけてきます。日本相互証券などのBBの売買も、公社債店頭売買高においては「債券ディーラー」に含まれます。また、筆者の理解では、債券の取引において、直接、証券会社が取引することはなく(あってもわずかであり)、原則、BBを通した取引が行われています。
したがって、協会員が報告する「債券ディーラー」の金額は、おおよそ、業者間市場における取引規模として解釈できると考えています(もっとも、証券会社とBBが1億円の売買をした場合、それぞれの売りと買い金額が1億円として報告されます。そのため、業者間市場の規模として解釈するためには取引金額合計を調整して考えるなどの工夫が必要です)。もし債券の最終投資家が債券市場に与える影響を考えたい場合(対顧客市場に焦点を当てたい場合)、日本政府や日銀との取引を大量に含む「その他」とともに、「債券ディーラー」の金額を除いた値をみるべきともいえます。
5.おわりに
本稿では公社債店頭売買高に関し、特に統計の作成方法に焦点を当てて説明をしました。公社債店頭売買高を理解するには、この統計を用いた分析や報道などを読みつつ、実際に統計を使ってみることが重要です。本稿が公社債店頭売買高の理解に貢献できれば幸いです。
参考文献
[1].寒川宗穂太郎(2020)「現物国債市場における海外投資家の投資行動」『日本銀行ワーキングペーパーシリーズ』, No.20-J-4.
[2].服部孝洋(2018)「市場流動性の測定-日本国債市場を中心に」『ファイナンス』, 67-76.
[3].服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[4].服部孝洋(2025)「はじめての日本国債」集英社新書
[5].三菱東京UFJ銀行円貨資金証券部(2012)「国債のすべて―その実像と最新ALMによるリスクマネジメント」きんざい
BOX 公社債店頭売買高のフォーマットの変化
この統計はたびたび改正がなされます。重要な変更は、2018年5月から国債決済期間の短期化(T+1)化にともなう2018年の改正です。2018年6月発表分(2018年5月取引分)より、「公社債種類別店頭売買高」、「公社債投資家別売買高(「国債投資家別売買高」を含む。)」及び「公社債投資家別条件付売買(現先)月末残高」の発表様式の再編などがなされ、現在の形式になりました(このタイミングで社債の区分の見直しなどもなされました)。
これ以外にも、例えば、2022年に短期社債について一定の見直しを行っています*28。このように、区分などに関して定期的な変更はあるものの、ウェブ上では、1998年までデータを遡ることができます。また、1998年以前については公社債月報という雑誌上でデータを取得することが可能です。
Appendix
公社債店頭売買高における調査票記載における留意事項
記載上の留意事項
6-1.貴社の本店、支店、その他の営業所において取り扱った既発債(外貨建債券を除く。国債の発行日前取引及び上場銘柄を含む。)の市場外売買分全部を、「一般売買」と「条件付売買」とでシートを分けて記載し、翌月10日(当日が休業日の場合は、前営業日)までに本協会公社債・金融商品部市場統計業務室へ協会WANを通じて提出すること。
6-2.約定ベースで、額面金額により、百万円単位(単位未満は四捨五入)で記載すること。(「国債バスケット」欄を除く。)
6-3.「超長期国債」欄には、償還期限が10年超の国債の売買高を記載すること。
6-4.「割引国債」欄には、償還年限1年超の割引国債の売買高及び分離元本振替国債及び分離利息振替国債の売買高を記載すること。
6-5.「国庫短期証券等」欄には、国庫短期証券、割引短期国債及び政府短期証券の売買高を記載すること。
6-1.【一般売買用】「国債バスケット」欄は、必ず「0」が入った状態にしておくこと。
6-2.【条件付売買用】「国債バスケット」欄には、銘柄後決め現先取引の売買高を約定ベースで、約定金額により、百万円単位(単位未満は四捨五入)で記載すること。
6-3.【条件付売買用】「個人」欄は、必ず「0」が入った状態にしておくこと。
6-4.【条件付売買用】「新株予約権付社債」欄は、必ず「0」が入った状態にしておくこと。
(注)【一般売買用】の「国債バスケット」欄並びに【条件付売買用】「個人」欄及び「新株予約権付社債」欄(以下「該当欄」という。)には、Excelシート上、入力制限をかけておりませんので、0以外の数値を入力することが可能な仕様となっております。
ただし、該当欄に誤って0以外の数値を入力した場合には、ファイル保存時にエラーメッセージが表示されますので、該当欄は、必ず「0」が入った状態にしてください。
6-7.「財投機関債等」欄には、財投機関債及び地方公社債の売買高を記載すること。
6-8.「特定社債」欄には、金融商品取引法第2条第1項第4号に規定する特定社債券の売買高を記載すること。
6-9.非分離型新株予約権付社債における権利行使後の同社債券及び分離型新株予約権付社債における分離後の同社債券並びに投資法人債券の売買高は「一般債」欄に記載すること。
10.「短期社債等」欄には、社債、株式等の振替に関する法律第66条第1号に規定する短期社債、同法第127条において準用する同法第66条(第1号を除く。)に規定する振替外債のうち、社債、株式等の振替に関する命令第10条の11第2項に規定する短期外債、保険業法第61条の10第1項に規定する短期社債、資産の流動化に関する法律第2条第8項に規定する特定短期社債、投資信託及び投資法人に関する法律第139条の12第1項に規定する短期投資法人債、信用金庫法第54条の4第1項に規定する短期債及び農林中央金庫法第62条の2第1項に規定する短期農林債の売買高を記載すること。
11.「売」及び「買」は、投資家を主体に記載すること。
12.「債券ディーラー」欄には、証券会社の売買分及び金融機関ディーラーの商品有価証券勘定の売買分を記載すること。
13.投資家別の内訳は、別紙投資家区分表によること。
14.店頭取引の計上方法については、次の要領により記載すること(計上方法の詳細については、「『公社債店頭売買高報告書』の作成方法等について(手引き)」を参照)。
(出所)日本証券業協会
*1) 本稿の作成にあたって、伊藤鉄平氏、後藤勇人氏、宍戸知暁氏、日本証券業協会など、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りはすべて筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
*3) 下記を参照
*4) なお、流動性指標として売買高を用いることには賛否両論ありますが、その詳細は服部(2018)を参照してください。
*8) 一方、一次統計を加工して作成された統計を加工統計(二次統計)といいます。
*10) 今後、調査票の項目が変更されうる点に注意が必要です。
*11) 日本証券業協会の説明では「計上金額は、原則として、約定ベースで、額面金額により、億円単位で記載していますが、『国債バスケット』欄については、銘柄後決め現先取引の売買高を約定ベースで、約定金額により、億円単位で記載しています」とされています。例えば、元本1億円の10年国債を購入した場合、その単価が101円であっても、99円であっても、「1億円の購入」と記入します(「国債バスケット」欄は約定金額を報告する点に注意してください)。
*13) 公社債店頭売買については(現金担保債券貸借は含められておらず)現先売買のみである点に注意してください。
*14) 下記より調査票をみることができますが、公表されているものは2018年時点での調査票である点に注意してください。
*16) 特別会員については下記を参照。
*17) 日本証券業協会の協会員は、(1)「会員」、(2)「特定業務会員」、(3)「特別会員」で構成されますが、(1)「会員」は「証券会社」に相当します。この統計では(1)と(3)が回答しており、(2)は対象となる取引を行っていません。
*18) バンキング勘定については服部(2023)の6章を参照してください。
*19) 取引の相手方だけでなく、自社の取引も調査票に記載するという考え方もあります。もっとも、例えば、証券会社がBB(ブローカーズ・ブローカー)から1億円の国債を購入した場合、証券会社から「証券会社による1億円の国債購入、BBによる1億円の国債売却」が報告される一方、BBからも「証券会社による1億円の国債購入、BBによる1億円の国債売却」が報告されるという形で二重計上の問題が生まれます。筆者の理解では、このような問題を防ぐため、現在のような記入ルールが採用されています。
*20) 日本証券業協会も、本統計について「店頭売買について集計しており、取引所市場内取引は集計対象外です」と注意を促しています。筆者の理解では、執筆時時点で、債券現物の取引所取引はほぼ存在しません。
*22) 例えば、寒川(2020)でも、「発行当初年限による区分であり、取引発生時点の残存年限に基づく区分ではない点には留意が必要(長期国債、超長期国債も同様)」としています。
*25) 区分表示などについては議論の余地があると考えています。
*26) 三菱東京UFJ銀行円貨資金証券部(2012)では、この統計の短所として、「発行市場データを含まないことから主にメガバンクについては不十分」(p.321)と指摘しています。