国際局 開発機関課 課長補佐 宇佐美 紘一*2
1.はじめに -世界の貧困を巡る状況と世界銀行グループ
過去30年間で世界の貧困を巡る状況は大きく改善したが、2024年現在、依然として、6.9億人(世界人口の12人に一人)が「極度の貧困」の水準とされる1日2.15ドル未満で生活し、17億人(世界人口の5人に一人)が1日3.65ドル未満の生活を強いられている*3。こうした人々はどの地域にどのように暮らし、どのような課題に直面しているのだろうか。
極度の貧困状態で生活している人口の割合(「絶対的貧困率」と呼ぶ)は、1990年には4割近く(38%)であったが、2020年には9.7%と1割未満となっている。こうした状況に大きく寄与したのは、主に中国やインドなどのアジア諸国の経済発展である。1990年には、東アジア・大洋州地域の絶対的貧困率は65%と世界の各地域で最大であった。その後、同地域は急速な経済発展を遂げ、2020年には1%となっている。同様に、南アジア地域でも絶対的貧困率は50%から13%に大きく低下している。他方、サブサハラアフリカ地域では、絶対的貧困率は55%から37%に低下したものの、人数ベースでは60%以上も増加している。2024年現在では、極度の貧困状態で生活する世界人口のうち3人に2人がサブサハラアフリカ地域で暮らしていると言われている。
貧困状態にある人々の状況は一様ではないものの、最低限の栄養、衣類、住居のニーズが満たされていない場合が多く、一般的には、紛争・災害等に対する脆弱性が高く、さらには基礎的な保健医療サービスを受けられず、安全な水・衛生設備へのアクセスが低い、といった課題を抱えている。また、こうした人々が生活する国では、新型コロナに続き、燃料価格の高騰等を背景とする高インフレや世界各地での紛争の激化等の多面的なショックにより、貧困の拡大、低成長率、増加する公的債務等の課題に直面している。
世界銀行グループは、加盟国からの出資金をもとに、こうした様々な開発課題に直面する開発途上国に対して融資等を行う世界最大の国際開発金融機関(MDB)である。また、居住可能な地球における「極度の貧困の撲滅」と「繁栄の共有の促進」をその使命に掲げ、4つの中核機関がそれぞれの役割に沿った支援を実施している*4。
本稿では、世界銀行グループの4つの機関の中で、最も貧しい国々に対する支援を担う国際開発協会(IDA:アイダ)の概要と、昨年12月に合意されたIDA第21次増資(IDA21)の交渉における議論について紹介したい。
2.IDAの概要
IDA(International Development Association)は、加盟国からの出資金を主たる原資として、所得水準が特に低い開発途上国に対して超長期・低金利での融資や贈与を行う機関である。IDAが低所得国に対する支援を安定的に行っていくためには、加盟国からの継続的な資金拠出が必要となることから、IDAでは通常3年間を一つの期間として政策面・資金面での支援計画が立てられ、こうした支援枠組みや加盟国からの追加拠出の規模等に関する交渉(これを「増資交渉」と呼ぶ)が行われる。昨年12月に妥結したIDA21増資交渉は、2025年7月から2028年6月までの3年間を対象に必要資金を確保するためのものである。
IDAの財源は、加盟国からの出資や融資による貢献のほか、過去のIDA融資に対する支援対象国からの返済などの内部資金、債券発行による市場からの資金調達等となっている。こうした集められた資金が、IDA21では78か国の低所得国の開発支援に活用される*5。
IDAによる支援は、使途が定められていない国別配分と、特定の使途に配分される特別枠*6に分けられる。国別配分は、政策・制度環境の良好度(パフォーマンス)*7が高い国、人口が多い国、所得水準が低い国に重点的に配分されるよう設定された計算式(PBA:Performance-Based Allocation)に基づき各国に割り当てられる*8。
こうして割り当てられた資金は、支援対象国の所得水準や債務の状況を踏まえて、融資又は贈与の形で供与される。例えば、世界銀行と国際通貨基金(IMF)が行う低所得国向け債務持続可能性の分析で赤信号(債務リスクが高い)又は過剰債務と判定された国に対しては全額贈与*9による支援が行われる。その他の国に対しては、小国向け支援の例外を除き、融資による支援が行われる*10。
コラム1:IDA20の成果
2021年12月に合意された前回増資(IDA20)は、2022年7月~2025年6月を対象としており、パンデミックを含む保健危機への予防・備え・対応の強化、防災の主流化、債務の透明性の向上等への支援に積極的に取り組んできた。これまでの成果として、2億1,200万回の新型コロナワクチン接種を実施するとともに、52か国が防災を国家の優先事項に制定し、債務透明性の観点から39か国が定期的に公的債務報告書を発行し、9,300万の通信アクセスを改善するなど、短期間に大きな成果を挙げている。IDA20は着実な進捗があったと言えるだろう。
3.IDA21増資交渉
IDAの増資交渉は、低所得国支援に係る今後3年間の支援方針や資金規模について合意形成を行うものであり、更にその資金規模の大きさからも、国際的な開発支援の方向性の議論に与える影響力は非常に大きいものとなっている。そのため、IDA増資交渉は、途上国の開発に携わる関係者にとって最も重要なイベントの一つとなっており、昨年のG7・G20等の大臣・首脳級の国際会議においても、強固で効果的なIDA21の達成が言及されている。
実際の増資交渉は、資金貢献を行うドナー国や支援対象国の代表者、IDA事務局が一堂に会する増資会合等を通じて行われる。IDA21増資交渉については、2023年12月のIDA20中間評価会合におけるIDA21の戦略的方向性の議論に始まり、2024年以降、計4回の公式な増資会合(うち1回は支援対象国で開催することが通例となっており、今回は第3回会合をカトマンズで開催)と、大小様々な非公式会合や市民社会組織(CSO)とのパブリック・コンサルテーション等を経て、第5回目となる12月5-6日の最終会合(於:ソウル)で合意に至った*11。
増資会合では、主にIDAの政策面と資金面の議論が行われる。IDA21では、最初の半年ほどかけて、前回増資の成果に対する評価も踏まえ、次の増資期間に取り組むIDAの方向性や重点政策を中心に政策面の議論*12を行った。その後、資金面の議論を本格化させ、重点政策の実施に必要となる資金規模と、そのうちドナー国に追加貢献を求める目標規模について合意を形成した。その上で、最終会合において、日本を含む各国がそれぞれの貢献額を表明することで、最終的な支援規模が確定した。
以下では、IDA21増資交渉で議論された重点政策と増資規模について見ていきたい。
写真 (増資会合の様子)
(1)重点政策
世界の開発課題は多岐に亘っており、IDAの支援分野も非常に広範なものとなっている。そうした中で、各国ともに、国内への説明も念頭に置きながら、今後3年間のIDAの支援において自国の優先課題が重点的に支援されるよう、事務局や他の加盟国を巻き込みながら交渉を行っていく。IDA21においても、どの分野を重点政策とするかについて活発な議論が行われた。
日本は、IDAの主要ドナー国として、政策面においても増資交渉の議論を主導した。特に、国際保健、防災、質の高いインフラ、サイバーセキュリティ、債務の持続可能性といった分野については、多くの加盟国がその重要性を認識し、IDA21の重点政策に位置付けられた。
以下では、日本が重点を置いた上記政策に着目して、IDA21の政策面における主な内容を紹介することとしたい。
ア 国際保健(UHC、パンデミック)
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)*13の推進をはじめとする国際保健は、戦後早期に国民皆保険制度を導入し医療システムを整備してきた日本として、従来から国際的な開発支援の場において議論をリードしてきた分野であり、日本の経験を役立たせることができる分野である。
世界銀行グループでは、2030年までに15億人に質の高い手頃な保健サービスを提供するとの目標に向けて取り組んでおり、UHCの推進を通じた保健システムの強化はその根幹ともいえる。今般の新型コロナ危機からも明らかなとおり、パンデミックの発生は、感染流行国はもとより世界全体の経済・社会に甚大な影響を与え、途上国の成長を阻害する。こうした大規模な保健危機に備えるためには、次なるパンデミックへの予防・備え・対応(PPR)の強化のための継続的な取組とともに、その基盤となる保健システムの強化やUHCの達成に向けた取組を両輪で進める必要がある。
今回の増資交渉においてこうした重要性を指摘した結果、IDA21では、人的資本(People)の分野の下で、UHCの推進を含む質の高い手頃な保健サービスの提供や、保健危機の防止・備え・対応の向上のための支援が重点政策に位置づけられた。
イ 防災(自然災害に対する強靭性)
防災は、自然災害に多く見舞われてきた日本がかねてより重視してきた分野であり、途上国における防災計画の策定等にあたり、日本が知見を共有してきた分野である。
昨年11月の国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)の開催に注目が集まるなど、近年気候変動分野への関心が高まっているが、気候変動対策においては、温室効果ガスの排出量削減に資する再生可能エネルギー等の導入といった「緩和」の観点に加え、気候変動の影響を最小限に抑えるための防災や強靭性といった「適応」の観点に注目することが重要である。
途上国においては近年、気候変動や異常気象等の影響により、自然災害の頻度と深刻さは増大しており、ここ数年を振り返ってもミャンマー地震(2025年)、トルコ・シリア地震(2023年)、リビア洪水(2023年)、パキスタン洪水(2022年)、トンガの火山噴火と津波(2022年)など、災害は後を絶たない。こうした中、自然災害に強靱なインフラ整備とともに、防災計画の策定等の制度面・政策面での支援が益々重要となっている。
今回の増資交渉において、防災をはじめとする「適応」や自然災害に対する強靭性の重要性を強調した結果、IDA21では、地球(Planet)の分野の下で「少なくとも50か国において適応や強靱性に関する政策を支援する」との目標が設定されたほか、インフラ(Infrastructure)の分野の下でも途上国の災害リスク管理能力の強化に重点を置くこととなった。
ウ 質の高いインフラ・サプライチェーン・サイバーセキュリティ
日本は、途上国の持続可能で自律的な発展のためには、発展の基盤となるインフラが良質なものである必要があるとの考えの下、2016年の日本議長国下のG7で「質の高いインフラ投資」を世界に打ち出した。2019年の日本議長国下のG20においては、インフラ投資におけるライフサイクルコストを考慮したvalue for moneyの実現、環境・社会配慮、自然災害に対する強靭性、透明性、ガバナンス(債務持続可能性等)等の要素を含む「質の高いインフラ投資に関するG20原則」を取りまとめた。
今回の増資交渉においても、日本は「質の高いインフラ投資」の重要性を指摘した。その結果、IDA21では、インフラの分野の下で、上記の「質の高いインフラ投資に関するG20原則」に沿って質の高いインフラへの支援に重点を置くこととなった。
また、途上国が持続的に発展していくためには、経済を多角化し、サプライチェーンにおいてより大きな役割を果たしていくことも重要である。低所得国が鉱物資源等のサプライチェーンに強く参画することにより、様々な外的ショックに対する強靱性が高まり、より良い雇用の創出にもつながることとなる。日本は、2023年のG20議長国下においてサプライチェーン強靱化に係るRISE*14パートナーシップを推進してきたこともあり、増資会合を通じてRISEの重要性を強く主張した結果、インフラの分野の下で、RISEの支援にも重点を置くこととなった。
デジタル化は、通信網等に限らず、電力、水道、交通といった基幹インフラや、保健や教育等のサービスに提供に必要となる社会インフラを含め、あらゆるインフラ整備にあたり重要となっている。今回の増資交渉では、デジタルサービスへのアクセスを高めると同時に、デジタル化がもたらすリスクに対処するため、サイバーセキュリティやデータ保護の観点を考慮することを求めた結果、IDA21では、デジタル変革(Digital Transformation)の分野の下で、デジタルインフラへの支援にあたりサイバーセキュリティの観点等を踏まえることが盛り込まれた。
エ 債務の持続可能性・透明性
途上国が中期的に開発課題を解決する上で、債務の透明性の向上と債務管理能力の強化を伴う形で、債務の持続可能性を確保することが喫緊の課題となっている。近年、新興国や民間債権者による低所得国への貸付が拡大する中、借入国の債務返済能力に十分に配慮しない一部の非譲許的*15な貸付により、途上国における債務の持続可能性への懸念が高まっていたが、ここ数年の新型コロナやエネルギー価格の高騰等により、途上国の債務状況は深刻さを増している。また、担保付貸付やデータ共有の妨げとなる秘密条項を含む不透明な貸付により、借入国の債務リスクの全容を十分に把握することができず、債務の持続可能性の正確な分析が妨げられてきた。
こうした状況に対応するため、既に債務状況が悪化してしまった国については債務持続可能性を回復するための取組を行い、過剰債務に陥るリスクが一定程度ある国についても、平時から債務データを公表するなど債務の透明性を高め、債務状況を正確に把握しておくことが重要である。
こうした考えの下、日本が、債務の透明性・持続可能性の重要性、特に債務リスクが高い国や過剰債務の国に加えて債務リスクが中程度の国においても、将来を見据えて債務分野での支援を強化する必要性を主張し続けた結果、IDA21では、繁栄(Prosperity)の重点分野の下、支援対象国を拡大し、「債務リスクが中程度以上の59か国において、技術支援、知見共有及びファイナンスを通じて、債務透明性及び持続可能性の向上を支援する」との政策目標が設定されることとなった*16。
コラム2:増資交渉の裏側
筆者はこれまで増資交渉会合の全てに参加してきたが、各増資会合で配布される500ページにもなる大量の資料に目を通し、短時間でその意義や影響を吟味するのは常に至難の業であった。時には出発して飛行機に乗った後に新しい視点に気付くこともあり、そうした際は機内であっても交渉を務める上司と二人で相談するのだが、こうした機内での議論は今となっては大変良い思い出となっている(貴重な時間を邪魔された上司はそうではなかったかもしれないが)。
世界銀行の職員によれば、資料が増えたのは歴史とともに制度が充実してきたことに加え、毎回の増資会合でドナー国がより多くの情報提供を求めてきた結果だという。一行政官として、大量の文書を作成している世界銀行職員に敬意を表しつつも、これを外部に説明することを考えると、最終報告書には政策パッケージの要点をまとめた資料をつけてほしいものだ、などと考えていた。これは交渉官たる上司も同じだったようで、政策面での議論が始まった頃、増資会合に向けた事前会議の場において、日本から「政策パッケージについて重点分野毎の取組の全体像を図解したスライドを示してほしい」と発言。これにはドナー国を中心に多くの賛同が集まり、なんと次の増資会合では事務局から重点分野毎に1枚にまとめた図が示されることとなった。そして、その資料には日本への敬意?を表して「Policy Bento Box」という(日本の弁当箱にあやかった)名前が付けられた。最終的に公表されたIDA21の増資レポート*17のAnnex2にも同図(一例は以下のとおり)が掲載されており、IDA21における日本の貢献として密かに誇れる成果の一つとなった。
(2)増資規模と日本の貢献額
そもそもIDAにおいて各国の貢献額はどのようにして決まるのだろうか。同じ世界銀行グループの国際復興開発銀行(IBRD)の増資では、世界経済に占める各ドナー国の経済規模等を踏まえた一定の方程式(フォーミュラ)に基づいて、各国による追加拠出の割当が決まるのに対して、IDA増資では、各国が、IDAを通じた低所得国支援の意義や有効性、その政策の重点分野の反映状況を含めた今後3年間に行う支援の内容、自国の財政状況等を踏まえて、任意に貢献額を決める。
IDA21の増資交渉においては、低所得国が貧困の拡大や債務増加等の複合的な危機に直面して大きな支援ニーズが見込まれる一方、日本や欧州を含む多くのドナー国は厳しい財政状況と為替の影響*18に直面する中で、その支援規模について活発な議論が行われた。最終的には、ドナー国、支援対象国、IDA事務局の三者がそれぞれ努力を行い*19、ドナー貢献額の増加を抑制しつつ、過去最大となる支援規模1,000億ドル(前回比70億ドル増)、ドナー貢献額237億ドル*20(前回比2億ドル増)で合意に至った。
IDA21では、国際保健、防災、質の高いインフラ、債務の透明性・持続可能性等の日本が重視する開発課題がIDA21の重点政策に位置づけられており、日本として高く評価している。また、新興国が途上国支援においてプレゼンスを増大させ、日本の資金だけでこれに対抗することが困難になる中、世界を代表する開発機関であるIDAは多数のドナー国からの資金を元手に途上国支援において引き続き大きな影響力を有している。このようなIDAにおいて日本のプレゼンスを確保することは、低所得国支援に対する日本の変わらぬ姿勢を示すとともに、日本が重視する開発課題を国際的に推進していく観点から極めて重要である。
こうしたことを踏まえ、厳しい財政状況ではあるものの、IDAに対して約4,257億円を追加的に出資することとした*21。これによりIDA21における日本の貢献シェアは10.5%、米国に次ぐ第2位のシェアを維持することとなった。
コラム3:IDA21を担当した世界銀行職員:西尾昭彦副総裁
世界銀行グループの主要機関の一つとして低所得国支援を担うIDAの今後3年間の方針を策定し、ドナー国から必要な資金を集めることは、世界銀行グループの最重要任務の一つと言える。開発金融総局の担当副総裁として、IDA19、IDA20に引き続きこの重責を担い、過去最大の資金規模となるIDA21の増資交渉を成功裏に取りまとめたのが、西尾昭彦氏である。ドナー各国と支援対象国の橋渡し役となり、両者と協力して開発支援を行っていく姿勢が高く評価されており、堪能な英語・フランス語を駆使し、笑いも交えながら会議をまとめる姿が印象的である。
西尾副総裁は、1988年にヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)により世界銀行に入行して以降、37年にわたり世界銀行に勤め、IDA担当局長、南アジア地域担当戦略業務局長、世界銀行研究所業務局長、公正成長・金融・制度(EFI)担当副総裁代行等を歴任。「アキ」のニックネームで親しまれている。世界銀行入行以前は、海外経済協力基金(現JICA:国際協力機構)に勤務。
(参考:世界銀行HP)
写真 (西尾副総裁の写真)
4.おわりに
改めてIDA21増資交渉を振り返ると、日本が政策面と資金面の両面からIDAに貢献してきたことが分かる。日本は、主要ドナー国として増資交渉をリードし、政策面の議論を通じて、IDAの政策パッケージ合意に貢献し、日本の優先分野がIDA21の重点政策に盛り込まれた。また、資金面の議論では、一時、主要なドナー国と支援対象国が、支援規模を巡って二極化しかねない状況となった際、日本はドナー国と支援対象国の連帯(solidarity)を強調し、支援規模を増加させるための野心的かつ現実的な解決策を提案するなど、事務局とともに交渉妥結に向けて奔走した。その甲斐あってか、支援規模については1,000億ドルという大台に達した。増資交渉という1年を超えるプロセスを経て合意されたIDA21には、ドナー国、支援対象国、IDA事務局の交渉当事者たちのそれぞれの思いが込められている。
最後になるが、IDA21は、今回合意された政策面・資金面の支援計画を実施に移してこそ、その目的が達成されるということを忘れてはならない。足下では、世界は様々な地政学的リスクに直面しており、IDAにおいても、支援を継続していくための中長期の財務の持続可能性の確保が今後の課題となっている。IDA21は2025年7月から3年間の期間で実施されるが、各国が、こうしたリスクや課題に適切に対応するとともに、IDA21による政策の実施やその成果をしっかりとモニタリングしていくことが重要である。IDA21がアフリカやアジアをはじめとする低所得国の貧困削減と経済発展に寄与することを願って、本稿の筆を置きたい。
(参考文献)
(参考文献)
財務省(2025年)「MDBs 国際開発金融機関を通じた日本の開発支援」
World Bank.(2024a). Poverty, Prosperity, and Planet:2024 Report. Washington, DC:World Bank.
World Bank.(2024b). World Bank Annual Report 2024. Washington, DC:World Bank.
写真 (IDA最終会合の集合写真)
写真 (世銀事務局の担当者と筆者(写真左))
図1:地域別の絶対的貧困率の推移
図2:地域別の極度の貧困人口(2024年)
表1:世界銀行グループの概要
表2:IDA21の増資交渉プロセス
図3:IDA21の5つの重点分野と4つの分野横断的視点
*1) IDA増資は、各国の総務(日本は財務大臣)の副官(Deputy)が交渉を行う慣例となっている。IDA第21次増資交渉では、藤井大輔副財務官が日本の交渉を担当(通称IDA-Deputy)。
*2) 本稿において意見の表明に当たる部分は、筆者個人の見解であり、財務省、日本政府の意見を代表するものではない。
*3) 本章の貧困に関する統計データは、World Bank(2024a)及び世界銀行HP(https://pip.worldbank.org)を参照。なお、1日3.65ドルは低所得国における一般的な国内の貧困線に相当。
*4) 世界銀行グループのより詳しい活動内容については、財務省(2025)やWorld Bank(2024b)を参照。
*5) IDA20の支援対象国は75か国であったが、IDA21では脆弱性が高い一部の小国(ベリーズ、エスワティニ、スリナム)の参加が認められたため78か国に拡大。なお、IDAの支援対象国は、原則、一人当たり所得水準(GNI)が1,335ドル以下の国(2025世銀年度)だが、この水準を超えても、市場調達が困難と認められる国等は支援を受けることができる。
*6) 地球規模課題・地域課題への取組を促進する「グローバル・地域機会ウィンドウ」、危機対応を目的とする「危機対応ウィンドウ」、最も貧しく脆弱な国の民間セクターを支援する「民間セクターウィンドウ」等。
*7) 年1回行われる国別政策・制度評価(CPIA)の実施結果に基づき判定。CPIAでは、経済運営、構造政策、社会的包摂性に係る政策、及び公共セクターの運営・制度の観点から各国の政策・制度環境を評価。
*8) 直近のIDA20期間中の2024世銀年度においては、IDAの資金の約7割がサブサハラアフリカ地域、約2割が南アジア地域に活用。
*9) ただし、年間上限額(6億5000万ドル)の範囲内に限る。
*10) IDA21では、所得水準や債務持続可能性の分析に応じて、満期25~40年の融資(金利は0~1.5%の固定金利又は変動金利)を供与。
*11) 最終会合後も、2025年3月に地政学的変化を受けた緊急会合(於:パリ)、4月にIDA20の実施状況の確認やIDA21の準備を行うための会合(於:ワシントンDC)を開催するなど、IDAの議論は継続。
*12) IDA21では、開発インパクトを重視しつつ政策目標や評価指標を簡素化・効率化した新しい政策パッケージに合意した。IDAの計画段階では、合意された重点政策や分野横断的な視点に沿って、引き続き世銀グループの国別戦略やテーマ別戦略が参照され、実施段階では、従来よりも簡素化されたIDA21の政策目標が参照され、成果のモニタリング段階では、従来の成果測定システムに代わってより包括的かつデータを細分化して把握できるIDA21 Scorecardが導入されることとなった。
*13) UHCとは、「全ての人が、適切な健康増進、予防、治療等に関する保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を指し、国連総会で定められた「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」の一つ(ターゲット3.8)としてUHCの達成が位置づけられている(厚労省HPを参照)。なお、12月12日は国連決議で定められたUHCデーとなっている。
*14) Resilient and Inclusive Supply-chain Enhancement. 低・中所得国がクリーンエネルギー関連製品の中流(鉱物の精錬・加工)及び下流(部品製造・組立)においてより大きな役割を果たせるよう、G7が同志国や世銀等と協力する、新たなパートナーシップ。
*15) 一般的に、途上国への政府開発援助(ODA)は、OECD開発援助委員会(DAC)の基準に基づき譲許的性格を有し、その供与条件(金利や償還期間等)が支援対象国にとって重い負担にならないように設定されている。支援対象国にとってこのような有利な条件が満たされていない場合、一般的に、非譲許的と呼ばれる。
*16) IDAにおいては、「持続可能な開発金融政策(SDFP)」を通じて、支援対象国による透明で持続可能な資金調達等を奨励。具体的には、債務の不履行リスクに対する脆弱性が高い途上国に対し、債務の透明性や持続可能性の向上に関する取組目標(例えば、包括的な債務報告書の作成、国営企業による借入制限の設定等)を設定し、その達成状況に応じて支援を行うこととしている。
*17) レポート本体については、以下のリンクを参照。
*18) IDA21で参照される為替レートは、多くの国の通貨においてIDA20比でドル高(自国通貨安)となり、日本円は主要通貨の中で最大の減価率(約29%)となった。
*19) ドナー国は、為替の影響等も踏まえつつ、できる限り自国通貨建てで支援額を増加させ、支援対象国は、債務持続可能性にも配慮しつつ贈与の一部を融資に切り替えることや、相対的に所得が高い国に対して変動金利を導入することを受け入れ、IDA事務局は、自己資本の見直し等に取り組み支援に活用できる余剰資本を拡大させた。
*20) 2024年12月の増資合意時点の数字。IDAは、増資合意後においても、当該増資の対象期間が終了するまでの間、新規ドナーによる貢献や既存ドナーによる追加貢献を受け付けているため、IDA21の最終的なドナー貢献額は変動する可能性がある。
*21) IDA21に係る出資額(約4,257億円)に、2005年のG8で決定済の重債務貧困国に対する債務救済費用の日本負担分(約385億円)を加えた総額約4,642億円の