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地方を盛り上げる一助となる記念貨幣の発行-経済活動に使用される通貨とは別の役割を持つもの-

理財局 国庫課 通貨企画調整室長 梅村 知巳

はじめに
 「金貨って儲かるのか?」
 これは私が関東財務局水戸財務事務所での勤務時に、地域の方から聞かれた質問である。
 茨城県の地方公共団体や経済界等の方々に御挨拶をする際に「財務省でお金にまつわる企画立案の担当する部署にいた」という話をしていた。また時間に余裕がある時には記念貨幣や通貨の歴史等の話題を出したところ、お金を嫌いな人はいないためか、概ね興味を持って聞いて頂き、その場が盛り上がった記憶が残っている。
 地方勤務を振り返ってみると、記念貨幣等のお金の話題は、前述のような雰囲気を盛り上げるだけでなく、地方のキーパーソンから通貨に関する講演依頼を複数回受けるなど、連携強化にも役立ったと感じたところである(冒頭の質問に対する答えは本稿の「おわりに」をご覧頂きたい)。
 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見となっている。

記念貨幣の発行
1.通貨企画調整室の仕事と記念貨幣
 私が所属する財務省理財局国庫課の通貨企画調整室が担当する仕事は、貨幣(硬貨)や紙幣(お札)の製造枚数の検討、偽造防止のための改鋳や改刷*1の準備や実施、また記念貨幣の企画等を行っている。
 今回は表題にあるとおり記念貨幣に注目し、お金(通貨)の話を進めたいと思う。記念貨幣の定義は「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(以下、通貨法)第五条」で「国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣」と定められている*2。
 記念貨幣は令和7年3月末時点で47テーマ、234種類*3を発行してきており、テーマ別にカテゴライズすれば次のとおりとなる。
・ 昭和61年の天皇陛下御在位60年記念十万円金貨等の皇室の御慶事に関するもの
・ 昭和39年の東京オリンピック記念千円銀貨(本邦初の記念貨幣)等の国際的な行事に関するもの
・ 昭和60年の内閣制度創始100周年記念五百円白銅貨等の国家の主権等に関するもの
・ 昭和63年の青函トンネル開通記念五百円白銅貨等の国家的プロジェクトに関するもの

2.国立公園をテーマとした記念貨幣
 様々なテーマで発行している記念貨幣であるが、今回紹介したいのは、「国立公園制度100周年記念千円銀貨(以下、国立公園記念銀貨)」である。これは、国立公園の根拠法である自然公園法の前身となる国立公園法が昭和6年(1931年)に制定されてから令和13年(2031年)で100周年を迎えることを記念し発行することとしたものである。
 国立公園は、津々浦々に所在し、その地域を代表する観光の名所であり、象徴的な役割を担っている。国立公園自体が持つ魅力は高く、それだけでも十分な注目度や集客力はあるが、それをテーマとした記念貨幣という国の信用に基づく通貨の発行やそれに関わる広報活動により、それぞれの国立公園の存在や魅力を国内外へより一層発信していく効果が期待できる。
ちなみに、国立公園記念銀貨の材質は純銀、重さは1トロイオンス*4、直径が40ミリメートルとなっている。
(1)複数種・複数年発行
 記念貨幣はテーマ毎に単年度に1種類を発行するものが多いが、場合によって多様な記念貨幣を、また複数年にわたり発行するケースがある。
 令和6年から令和13年の8年間にわたり多様な図柄で発行を予定している国立公園記念銀貨もこれにあたる。令和7年3月現在、35公園が国立公園として指定を受けており、例えば、どこかひとつの公園だけを図柄の題材として1種類発行する方法もあるが、我が国の傑出した自然の風景地であり、生物多様性保全の屋台骨である35カ所の国立公園からひとつ、もしくはいくつかに絞り込むことは困難と考え、公園毎の図柄で複数年度にわたり発行することとしたものである。
(2)図柄の原案
 国立公園記念銀貨の表面の図柄は、公園毎にその特色を表現する図柄*5とし、裏面の図柄は「国立公園統一マーク」を描いている。
 余談になるが、財務省の仕事というと、一般的に国の予算や税制を担当するというイメージを持つ方が多いと思うが、通貨企画調整室では、図柄の選定など記念貨幣の企画等は芸術的な一面のある仕事であり、財務省の業務としては珍しい部類である。
 なお、記念貨幣も流通する通常貨幣と同様に一枚一枚が強制通用力*6を持つ通貨であることには変わりなく、図柄は通貨法に基づき発行毎に政令で定められるなど厳格なものとなっている。この厳格さや強制通用力を持つ通貨であることが信頼に繋がり、故に世界にコインコレクターが多く存在するという背景であろう*7。
 さて、国立公園記念銀貨にどのような風景や特徴的なものを描くかは、国立公園を所管する環境省と財務省との連携はもちろんのこと、場合によっては現地に赴いて実際に国立公園の特筆すべき風景等を視察し、また国立公園管理事務所や地方公共団体等の現地関係者と意見交換を行いながら検討していくこととなる。
 現地関係者と意見交換することにより、地域における国立公園への思いを知ることができる。
 その思いを銀貨の直径40ミリメートルの中により強く込めることが出来るかが、企画立案を担当する通貨企画調整室の職員、図案化を担当する造幣局のデザイナー、更にはデザイン原案を専門的な見地で意見をして頂く著名な有識者等の腕の見せ所である。
写真 西表石垣国立公園 表面:川平湾とイリオモテヤマネコ 裏面:国立公園統一マーク
写真 (上)筆者が福岡財務支局長崎財務事務所の田原秀司所長協力のもとで今後発行を予定する西海国立公園を視察、(下)同公園が所在する長崎県庁担当者との意見交換風景

3.都道府県毎の図柄で発行した記念貨幣
 今回の国立公園記念銀貨は、地域の特色を図柄に表現しており、それぞれの地域の方は、特にその地域のお金として、少しでも興味を持って頂ければと考えている。
 さて、このような地域の特色を図柄に表現した記念貨幣、かつ、複数種・複数年という形式発行したもうひとつの例として、平成20年から平成28年の9年間にわたって、47の都道府県別にそれぞれ発行した「地方自治法施行60周年記念千円銀貨(以下、地方自治記念銀貨)」及び「地方自治法施行60周年記念五百円バイカラー・クラッド貨(以下、地方自治記念五百円貨)」がある。
 ちなみに令和3年11月から流通が開始され、皆さんも買い物等で使用する通常貨幣のバイカラー・クラッド五百円貨の先祖が地方自治記念五百円貨である。
 この地方自治記念銀貨等は、地方の特色を図柄に表すため、各都道府県から図柄の題材を選定してもらったところであるが、これまでに無い題材がいくつか採用されることとなった。
 例えば、実在する人物が貨幣の題材となっていることは諸外国の貨幣では珍しくないものの、日本ではこの地方自治法施行60周年記念貨幣の「佐賀県の大隈重信」や「埼玉県の渋沢栄一」等*8が初めてとなった。
 その他にも「茨城県のH-Ⅱロケット」や「福井県の恐竜」等*9というのも記念貨幣の題材として初めて採用されている。
 ちなみに、この地方自治記念銀貨は抽選販売であり、申込者の地域属性を大雑把に確認すると、自らが住んでいる都道府県のものを申し込む傾向が見られた。貨幣全般に興味のあるコインコレクターは、デザインや材質等を吟味し購入するかを決めているようであるが、このように地域色が強いものは、郷土愛が購入意欲に繋がる例とも言えるのであろう。
写真 埼玉県 表面:渋沢栄一と時の鐘
写真 茨城県 表面:H-Ⅱロケットと筑波山

通貨の役割
 最近ではキャッシュレス決済が浸透しつつあり、またデジタル化が進むことで現金離れの傾向が徐々に強くなっている。それ自体は時代の流れであり、抗う必要は無く、より便利で合理的な生活を営む上で必要なことであると考えている。また、通貨企画調整室が属する財務省理財局国庫課には、現金同様の機能(交換、価値保存、価値尺度)を概ね持つこととなるであろう「CBDC(中央銀行デジタル通貨)」について検討しているチームもあり、時代に合った通貨のあり方を考えている。
 ただし、現在、円という通貨の現物は貨幣と紙幣のみであり、災害時の停電等によりキャッシュレス決済が困難な場合であっても安心して買い物ができるという現金の実用面での役割、また現金志向の方のファイナリティがある決済手段としての役割は、当面必要とされ続けると考えている。これら現金に対する需要が世の中で一定程度ある限り、これを必要に応じて提供することが国の役割であるといえる。
 このように経済活動に使用される役割を持つ通貨に接する機会が過去に比べて少なくなる一方で、国家的な記念事業のためという別の役割を持つ記念貨幣の必要性は不変であると考えている。

おわりに
 日本における記念貨幣の役割は、皇室の御慶事や日本で開催される国際的な行事等といった国家的な記念事業のために、それを連想する図柄を用いて発行しているところであるが、先進国を含む諸外国においては、何周年記念ではない単に自国の文化等を図柄に用いた特別な貨幣を発行することも多い。このため、日本においても諸外国の取組みなどを参考にして、現物の通貨の新たな役割を研究していきたいと考えている。
 また、趣味趣向が多様化している中で、過去に比べると若年層の記念貨幣への興味が低くなっていることも懸念しており、興味が高まるような貨幣の発行も研究課題のひとつである。
 さて、本稿の冒頭「金貨って儲かるのか?」という質問についてだが、まず記念貨幣の流通市場における価格の構成要素は、次のような計算式が成り立つのではないかと考えている*10
流通市場の価格(売値)
=額面金額+素材価格+プレミアム(発行数量等)+売却者利益
 金貨の場合には、素材の金の価格が構成要素として大きく、かつ、変動幅が大きい傾向となるであろう。このため、当該質問には「金貨の価格は変動するので、購入した時期によって売却益がでることもあるが、損失を被る場合もある」という趣旨を回答していた。
 ここ数年、金地金価格が上昇傾向にある中で、この答えは質問者が期待するものではない(多分「儲かります」という回答を期待されていた)と認識しているが、良い面に加えて必ず悪い面を説明するのは、私の財務省職員としての宿命なのかもしれない。
 記念貨幣の購入は「お金をお金で買う」という言葉にしてみると少し不思議な響きをもつけれど、お祝いすべき事柄や歴史的な出来事などの朽ち果てない記憶の記録として手にしてもらえることを願っている。記憶そのものはお金で買えないけれど、その輝きを留めておく手段として、これほど洒落たものもそうはない。
記念貨幣などにご興味がある方は『独立行政法人造幣局オンラインショップ(JAPAN MINT ONLINE SHOP)』にアクセスして下さい。
https://www3.mint.go.jp/front/
写真 2025年日本国際博覧会記念(大阪・関西万博)記念一万円金貨 表面:ミャクミャクと日本政府館 裏面:2025年日本国際博覧会ロゴマーク

貨幣の雑学
 『金属ときどき陶器』 貨幣の素材が金属であることは、世界的に見ても一般的である。一方で、日本では、先の大戦中に材料の金属が不足したことにより陶器の貨幣を製造した実績がある。この陶器の貨幣は、製造されたものの実際には使用されず「幻の貨幣」と言われている。国が貨幣として製造を計画したものなので貨幣であると思うが、市中流通をしていないそれを「お金」と言えるか甚だ自信が無い。
 『金属の塊』 ちなみに貨幣は、国が日本銀行に交付した時点で発行となり、金融機関を通じて世の中に出まわることで、晴れて「お金」となる。つまり造幣局内にあるそれは、誰がみても外観は「お金」であるけれど、制度上は金属の塊でしかない。つまり「お金なのにお金ではない」という不思議を通り越して矛盾があるような表現のそれとなる。このあたりの詳細は別の機会があれば紹介したい。
 『溶かしたり延ばしたり』 造幣局の広島支局では、只の金属を、貨幣という国の基礎のひとつであり、経済活動などに欠かせないものに変身させるため、高温の「炉」で溶かしたり、貨幣の厚さに成形するための「圧延設備」で延ばしたりしている。工場見学を無料で受け入れているため、機会があれば熱き現場を是非ご覧頂きたい(造幣局ホームページで見学予約の方法などを紹介している)。
 『コイン通りと神』 使い古された貨幣などを溶かしたり延ばしたりしている造幣局広島支局の正門前の道は「コイン通り」と呼ばれている。その通りの商店街では「金持神に会える街」としてPRしており、お金を造っている造幣局の存在が地域振興の一助になっているといえる(造幣局が金持神ということではないらしい)。

*1) 貨幣の素材や偽造防止技術等を新しくすることを「改鋳(かいちゅう)」、紙幣の偽造防止技術やデザインを新しくすることを「改刷(かいさつ)」と呼ぶ。
*2) 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律:(貨幣の種類)第5条 貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。2 国家的記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。3 前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。
*3) これまでに発行した記念貨幣の一覧を財務省ホームページに掲載している。
*4) 貴金属製の貨幣の重さは、世界的に貴金属の取引単位であるトロイオンスが用いられることが多い(1トロイオンス=31.1034768g)。
*5) 図柄はレリーフ(刻印による凹凸)とカラー印刷により表現されている。
*6) 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律:(法貨としての通用限度)第7条 貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。
*7) 記念貨幣が世界の収集家から支持を集める理由として、強制通用力を持つ通貨であることの他に、発行テーマ、デザイン、更には材質(金や銀)がある。更には、額面金額が最低限の価値(基本的に無価値にはならない)となっていることも、購入する際の安心感に繋がっていると言われている。
*8) 他にも「高知県の坂本龍馬」、「秋田県の白瀬矗」、「大分県の双葉山」、「宮城県の伊達政宗」や「福島県の野口英雄」がある。
*9) 他にも「島根県の御取納丁銀(お金の図柄にお金)」や「岡山県の桃太郎(おとぎ話の登場人物)」等がある。
*10) 発行時の価格の内訳については、従来から製造原価を明らかにすることで貨幣の偽造を助長するおそれがあることから公表していない。