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少額随意契約の基準額の見直しについて

主計局法規課長 小澤 研也

1.はじめに
 令和7年3月25日、予算決算及び会計令及び予算決算及び会計令臨時特例の一部を改正する政令が閣議決定され、少額随意契約の基準額等の見直しが行われた*2。少額随意契約は各省各庁の契約実務においては広く利用されているものの、制度としては議論の俎上に上ることは稀である。この機会に、今回の見直しの内容とともに、制度の成り立ちや利用実態についてもご紹介することとしたい。

2.国の契約制度
(1)競争入札の原則と随意契約
 国の契約担当官等が、売買、賃借、請負その他の契約を締結する場合においては、「公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならない」(会計法29条の3第1項)、即ち、競争入札が原則とされている。これは、納税者である国民に対する機会均等の思想と、オープンの競争に付することにより、最も公正な処理を図り、併せて広い範囲における競争によって最も有利な価格を発見することが目的とされている。
 ただし、契約の性質又は目的が競争を許さない場合、緊急の必要により競争に付することができない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、随意契約によるものとされている(会計法第29条の3第4項)。また、契約に係る予定価格が少額である場合その他政令で定める場合においては随意契約によることができる(同条第5項)。いわゆる少額随意契約(以下「少額随契」)は後者に基づいて行われるものであり、予算決算及び会計令(以下「予決令」)第99条第2号から第7号の各号において、以下のように契約の種類別に基準額が定められていた。
二 予定価格が250万円を超えない工事又は製造をさせるとき
三 予定価格が160万円を超えない財産を買い入れるとき
四 予定賃借料の年額又は総額が80万円をこえない物件を借り入れるとき
五 予定価格が50万円を超えない財産を売り払うとき
六 予定賃貸料の年額又は総額が30万円を超えない物件を貸し付けるとき
七 工事又は製造の請負、財産の売買及び物件の賃借以外の契約でその予定価格が100万円を超えないものをするとき

(2)基準額の見直しの経緯
 予決令は、戦後の会計法の制定を受けて、日本国憲法の施行を目前に控えた昭和22年4月に発布された勅令である。このとき、少額随契の基準額は、例えば工事又は製造については7万円以下と定められたが、戦後のインフレに対応するため翌23年には50万円に引き上げられ、その後も物価の上昇等を踏まえて100万円、150万円、250万円と順次引上げが行われてきた。250万円への引上げが行われたのは、1974年の予決令改正によってである(表1 少額随契の基準額の推移(※今回の見直しに至る経緯))。
 なぜ、その後半世紀もの間、見直しが行われてこなかったのか。「なぜ一定の行政上の意思決定を行わなかったのか」について、特に数十年前の資料は残っておらず判然としないものの、物価があまり上昇しなかったことが主要因であろう。戦後の基準額の見直しにあたっては、主として企業物価指数の動向を踏まえて行われてきたが、同指数は1980年代初頭をピークとして、その後下落ないし横ばい傾向が長らく続いてきた。第二次石油危機の際には同指数が急上昇したが、当時は特例公債依存から脱却すべく、第二次臨時行政調査会(いわゆる土光臨調)が立ち上げられ、増税なき財政再建の実現に向けて徹底した行政経費の節減が求められていたこともあると考えられる*3。
 現在、この状況は大きく変化しつつある。足元の企業物価指数は、上昇局面への転換点である2021年と比較して約1.2倍、前回改定時の1974年と比較すると約1.6倍に増加している(図1 1970年以降の物価水準の推移)。国会においても少額随契の基準額引上げが議論されるようにもなった。そこで、昨年財務省において各省庁契約担当部局にアンケートを実施したところ、「人手不足や仕様の複雑化等により円滑な調達の実施が困難になっていると感じるか」との質問に対して約75%が「感じる」と回答、その改善策としてほぼ全ての省庁少額随契の基準額の引上げを要望するという結果であった。

3.国の契約における契約方式別の状況
 予算が成立すると歳出予算は各省各庁の長に配賦され、各省各庁の長が契約担当官として契約に関する事務を管理する。実際にはさらに本省又は支分部局における各部署の職員に事務が委任され、部署ごとに契約が行われており、その件数も膨大に上る。このため、国の契約の全貌を把握するという取組みは長らく行われてこなかった。
 ところが、平成16年以降、国の契約における不適切な事案が相次いで社会問題化する。国や特殊法人が関与する公共工事の談合事件のほか、随意契約においては、高額の機器を小口分割して契約を行っていた問題、契約相手方から発注者が監修料を受け取っていた問題、随意契約要件への該当性が疑わしい中で所管公益法人等と契約を行っていた問題などである。内閣官房主導で適正化と再発防止に取り組むとともに、財務省においては「公共調達の適正化について」(平成18年8月25日財計第2017号)を発出して調達手続きの適正化を促すとともに、各省各庁から契約実績の報告を求めて公表することとした。
 これが「契約に関する統計」であり、平成18年度分から公表されているが、件数が膨大であるため少額随契は対象外となっている。しかし、今般、少額随契の基準額を引き上げるのであれば、政策立案者としてはその実態と引上げの影響を把握しておきたい。そこで、令和5年度分契約について、少額随契を含めた国の契約の全数調査を実施した。過去の同様の調査としては、前回の基準額見直しの際に実施した昭和48年度分契約の抽出調査にまで遡る。全数調査と抽出調査の違いがあり単純な比較はできないが希少な統計であり、敢えてこの二つを比較してみると以下のようなことが言えるのではないか。
 まず、件数ベースで比較すると、競争契約の割合が約14%ポイント増加しており、しかも昭和48年度においてはわずか0.3%を占めるに過ぎなかった一般競争契約の割合が16.5%へと大きく増加し、競争契約の太宗を占めるに至っている。その反面、随意契約の割合は減少しており、少額随契の割合は約90%から約76%に減少している。
 昭和後期まで、不誠実な業者の排除、公共工事の質の確保、受注機会の公平性の確保、発注者の事務処理等の観点から、競争契約、特に一般競争契約に対する契約発注部局のスタンスは概して否定的であった*4。ところが、昭和末期から平成初期にかけて、日米構造協議において市場開放を強く要求されたことや、ゼネコン汚職事件や政府調達協定の締結などを踏まえて、競争参加資格審査制度の改善、建設業者選定のためのデータベースの整備、履行保証制度の抜本的見直し等、一般競争契約を含めた競争契約を促進する取り組みが行われた*5。この結果が、件数ベースでの一般競争契約の割合の増加として表れているのであろう。
 金額ベースで比較すると、競争契約の割合は約29%から約37%に増加しており、特に一般競争契約は0.8%から33.5%に大きく増加している。他方、少額随契の割合はもともと4.3%にすぎなかったが、わずか0.8%にまで減少している。

4.今回の見直しの内容
(1)基準額
 国の調達においては、モノばかりではなくサービスも増加している。このため、サービスの価格を測る指標として企業向けサービス価格指数を複合的に採用することも考えられたが、同指数は1985年までしか遡ることができず、前回改定時以来の推移を追うことができない。また、実務に携わる者の実感としてサービスの調達が確実に増えているとは言えるものの、モノの調達とサービスの調達の具体的な比率や動向までは把握できていない。よって、今回の改正においては、これまで同様、企業物価指数の動向をもとに見直しを行うこととした。
 同指数は、前回見直しを行った1974年は79.8、本年1月は125.3と、約1.6倍に増加している。このため、1.6倍を基準として引き上げることとした(ただし50万円単位で切上げ)。具体的には、以下のとおりである。なお、施行は年度初めとなる令和7年4月1日とした。

(2)適切な運用の確保
 随意契約はあくまで一般競争契約に対する例外的な契約方式であり、運用を誤った場合には、契約相手方が一部の者に偏し、公平性を確保することができなくなるといった弊害が発生しうる。このため、財務省においても折に触れて適切に運用を行うよう周知を行ってきたところである。
 今回の見直しに当たっても、過度の事務負担を求めることなく、適切な運用を確保するため、以下を要旨とする事務連絡を発出している*6。
・ 今後3~5年以内に少額随契を内部監査の重点監査対象とし、複数見積りを徴取しているか、不適切な分割契約がないかなどの観点から確実に監査を行うこと
・ 監査の結果、特段の理由なく単一の見積りを行っていた契約や長期にわたって契約の相手方が固定されている契約等については、翌年度以降において一度は競争入札又はオープンカウンター方式*7を実施すること
・ これまで競争入札により実施してきた契約で、新たに少額随契の対象となるものについては、安易に少額随契を締結するのではなく、契約の相手方になり得る者が複数存在すると想定されるような場合には、必要に応じオープンカウンター方式等の積極的な活用を検討すること

(3)見直しの影響
 今回の見直しによってどのような影響があるのか、令和5年度分契約のデータを基に試算を行ってみた(図3 改正後の契約方式別の割合の試算値)。この試算を図2 国の契約における契約方式別の割合下段の令和5年度実績と比較すると、一般競争契約における件数ベースでの割合は約10%ポイント(約10万件)も減少するが、金額ベースでの割合は0.4%ポイント(約600億円)とわずかな減少にとどまる。
 すなわち、契約実務において公告・入札を伴う一般競争契約とこれらを要しない随意契約とは事務負担が大きく異なり、今回の見直しによって契約事務に要する作業時間を大幅に短縮できると見込まれ、事務効率化を通じた行政コストの削減が期待できる。
 他方で、随意契約では競争を通じた契約価格の低減効果を逸することになるが、今回の見直しの対象は金額ベースでは少額の範囲に限定される。よって、全体としては競争性は十分維持されており、競争の減少による契約金額の増加は事務効率化を通じた行政コストの削減によって許容される範疇にとどまると言えるのではないか。
 なお、一般競争契約の契約件数について、契約の種類別に減少件数を試算したところ、全体としては2~3割程度の減少であるが、物品調達契約は約8割の減少となる見込みである。物品調達契約については、改正前基準額を若干上回る金額でかなりの件数の一般競争契約を行っていることが分かる。(表3 一般競争契約の契約件数(試算))

5.地方公共団体
 昭和22年制定の地方自治法においては、契約については一条のみ、財務に関する章の雑則として規定されていた。競争入札の原則の採用を謳いつつ、「入札の価格が入札に要する経費に比較して損失相償わないとき、又は条例で定める場合に該当するときは、この限りでない」(地方自治法第243条第1項)とされており、条例で随意契約の対象を定めることができる仕組みであった。
 昭和38年の地方自治法改正で財務に関する規定の抜本的な見直しが行われ、契約については条例委任を排し、随意契約事由は政令で限定列挙されることになった。ただし、少額随契の金額基準はこの改正では定められず、昭和49年の政令改正により、「予定価格が30万円を超えないものをするとき」(地方自治法施行令第167条の2第1項第1号)として初めて地方自治法体系に登場するのである。その後、昭和57年の政令改正において国と同様の契約の類型区分が設けられ、都道府県と指定都市については国と同一の金額、市町村(指定都市以外)については二分の一相当額(ただし5万円単位で切上げ)に基準額が定められた。
 今回の国の見直しに合わせて、以下の通り別表の改正が行われ、従前同様、都道府県及び指定都市については国と同一の金額、市町村(指定都市以外)については二分の一相当額(5万円単位で切上げ)に引き上げられ、本年4月1日より施行されている。

(参考1)戦前の少額随契制度の変遷
 明治22年2月11日、大日本国憲法(以下「明治憲法」)が発布され、同時に憲法附属法の一つとして会計法が制定された。明治憲法第6章は「会計」と章名が付されているが、その実財政に関する基本原則が規定されているように、明治憲法下では「会計」は会計手続きのみならず財政・会計全般を指す意味で用いられていた。この会計法は財政制度について規定するとともに、「第八章 政府ノ工事及物件ノ売買貸借」という章が置かれて、競争入札の原則が定められるともに例外として随意契約できる事項が列挙されており、ここで国の契約制度が初めて確立されたといえる。
 少額随契についても規定されており、500円以下の工事又は物品の買入れ・借入れと、見積価格200円以下の動産の売払いについては随意契約によることが認められている。その後、明治35年、物価上昇の状況を踏まえて、基準額は2倍に引き上げられた。*8
 大正10年の会計法の全面改正では、随意契約事由は法律事項ではなくなり、翌年制定された会計規則(勅令)で定められることとなった。少額随契については同規則114条4号から8号にかけて、(1)工事又は製造、(2)財産の買入れ、(3)物件の借入れ、(4)物件の貸付け、(5)財産の売払い、(6)その他の契約の6つの類型に分けて規定され、この区分が今日まで維持されている。
 太平洋戦争後、憲法を含めた法体系全体の見直しが行われる中で、会計法令においては戦後のインフレ等に対応するための喫緊の対応として、先だって昭和21年に会計規則の改正が行われた。少額随契については、類型によって異なるが、基準額が14倍~20倍に引き上げられている。
 翌22年3月、新たに制定された日本国憲法において国会による財政統制が強化されたことに伴い、旧会計法のうち財政制度については大幅な見直しを行ったうえで財政法として独立して法制化された。他方、会計制度については概ね旧規定が引き継がれ、少額随契の基準額については、新たに制定された予算決算及び会計令において旧会計規則の内容がそのまま維持されることになった。

(参考2)少額随契以外の随意契約
 上記3(図2)で見た通り、件数ベースでは少額随契が圧倒的に大きな割合を占めているが、金額ベースでは少額随契以外の随意契約の割合が約6割を占めている。この大宗が「契約の性質又は目的が競争を許さない場合」(会計法第29条の3第4項)であり、件数ベースで86%、金額ベースで82%を占めている。省庁別の割合を見ると、件数ベースでは防衛省、国土交通省、農林水産省で全体の7割、金額ベースでは防衛省だけで約7割を占めている。
 これらの省庁に高額の契約案件をいくつかピックアップしてもらったところ、防衛装備品の製造にあたっては特殊かつ高度な技能等を要することから、1,000億円を超える随意契約が行われていることが分かった。防衛省においては、高額な防衛装備品の随意契約については更なる適正性確保の観点から、(1)契約に直接関与しない者を含めた会議体(例:中央調達における指名随契審査会)において妥当性の審査を行うとともに、(2)調達要求1件当たりの金額が7,500万円以上の調達においては原則として大臣承認を経ることを要件としている。*9

表2 少額随契の基準額の新旧表
表4 自治法施行令別表5の新旧表
表5 少額随契の基準額の推移(※明治憲法下での経緯)
図4 少額随契以外の随意契約の省庁別割合
表6 少額随契以外の随意契約の主なもの

*1) 本稿中の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではない。
*2) この見直しに当たっては、財政制度等審議会法制・公会計部会に諮問して議論を行った。資料と議事録は以下のURLに掲載している。
   https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings_pf/index.html
   https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings_pf/index.html
*3) 臨時行政調査会最終答申(「行政改革に関する第五次答申」(昭和58年3月14日))の第7章で予算・会計・財政投融資についての提言が行われている。ここでは、公共工事請負契約についてとりわけ指名競争契約の改善に主眼が置かれており、随意契約については業者との癒着等の弊害除去や要件該当性の適切な確認を求めるにとどまっており、少額随契への明示的な言及はなされていない。
*4) 1981年の静岡建設業協会入札談合事件等を受けて、建設省の中央建設業審議会において二度にわたり建議(「公共工事に係る入札結果の公表について」(昭和57年3月)、「建設工事の入札制度の合理化対策等について」(昭和58年3月))が行われたが、一般競争契約を一般的に採用することは困難と答申している。
*5) 「公共工事に関する入札・契約制度の改革について」(平成5年12月中央建設業審議会建議)、「公共工事の入札・契約手続の改善に関する行動計画」(平成6年1月閣議了解)等。なお、建設省直轄工事においては、平成5年度に一般競争契約の試行を開始している。
*6) 「少額随意契約等の適切な運用の確保等について」(令和7年3月28日財計第1323号)
*7) 物品調達等において、発注者が見積りの相手方を特定せず、一般競争契約に準じて公募形式により広く見積書の提出を募り、契約の相手方を決定する方式。一般競争契約のように公告や入札という手続きには依らないものの、一定の競争性を確保した随意契約の一方式。
*8) 会計法中改正法律案(政府提出)の提出者である荒井賢太郎政府委員は、提案理由を「会計法ハ既ニ三十年前ノ規定故當時ハ現今ト物價異リ貨幣制度改革以来半分ニナリタル譯故・・・随意契約中工事又ハ物品ノ買入借入ノ價格若クハ動産ヲ賣拂フ場合ニ於ケル見積價格ハ實際ノ狀況ニ照シ不便少ナカラサルヲ以テ本案ヲ提出シタリ」と述べている(第16回帝国議会、明治35年2月26日)。
*9) 「装備品等及び役務の調達実施に関する訓令」(昭和49年防衛庁訓令第4号)