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転換社債(CB)入門― 投資家編―*1

東京大学 服部 孝洋*2

1.はじめに
 本稿は転換社債(Convertible Bond, CB)の基礎について、特にCBを保有する投資家の観点から議論をしていきます*3。本稿で説明するとおり、現在、日本企業が発行する多くのCBは、円調達をする際でも、ロンドンなどの海外で起債がなされています。その理由は、CBに投資する主な投資家が、CBファンドやヘッジファンドなどの外国人投資家とされているからです。
 CB市場には、もちろんCBをヘッジせずに保有する投資家もいますが、CBを購入する際に株式をショートすることなどでヘッジするような投資家も少なくありません。特に、CBに内包されるオプション部分はヘッジファンドに購入され、残りの社債部分は日本の金融機関などに購入されています。この分解を理解するため、本稿では、CBリパッケージ債の仕組みについて丁寧に説明します。
 なお、本稿は「転換社債(CB)入門―基礎編―」(服部, 2025a)と「転換社債(CB)入門―発展編―」(服部, 2025b)を前提にしているため、本稿を読む上でまずは両論文を参照してください。本稿では、CBの有する特徴について包括的に議論する一方で、デリバティブ(特にオプション)やコーポレート・ファイナンスの基本は、前提とさせていただきます。債券の基本については服部(2023, 2025c)などを参照していただきたいですが、オプションなどデリバティブの基本については筆者がこれまで記載してきた債券入門シリーズで説明しているため、筆者のウェブサイトを適時参照してください*4。

2.CBの投資家
2.1 ユーロ円CBとは
 日本企業が発行するCBの特徴は、多くのCBがユーロ円債(ユーロ円CB)である点です。ユーロ円債とは、「日本国外で」発行される円建ての債券です。多くの人にとって「ユーロ」というと欧州の通貨という印象が強いですが、ユーロには「その地域以外」という意味があります。したがって、日本企業が発行する円建てのCB(ユーロ円CB)は、ロンドン市場など日本以外で、かつ、円建てで発行されていることを意味しています。日本企業が欧州でドル建てのCBを発行した場合、米国以外でドル調達をしているので、ユーロドルCBになります。
 なぜ日本企業が発行するCBが海外市場で発行されているかというと、筆者の理解では、CBの投資家が日本国内よりも海外に豊富に存在するからです。もちろん、CBに関しては、日本国内で販売することもできます。ですが、グローバルにCBの投資家がいる中で、海外の投資家向けに販売するのであれば、目論見書も英語だけですむなど、手続き上の簡便さも指摘できます。「発展編」で言及したとおり、実際のCBのプライシングは、日本時間の夕方ごろに開始し深夜くらいまでには終わるため、通常の株式や社債の発行に比べ圧倒的に早いといえます。

国内で販売されることも
 近年では少なくなってきましたが、CBにはユーロ円債だけでなく、国内で発行される円建てのものもあります。「基礎編」で説明したとおり、CBはあくまで債券であり、(株式に転換されたり、デフォルトしなければ)満期に元本(例えば100円)で償還されることが予定されている商品です。損失が限定的であるという意味で、個人投資家に適しているという見方もあります(もちろん、デフォルトして元本が棄損する可能性がある点には注意が必要です)*5。また、「応用編」で説明したとおり、実際のCBには多くのオプションが含まれていますが、機関投資家だけでなく個人も投資することから、国内で発行されるCBはよりシンプルな設計がなされる傾向があります。

2.2 CBの投資家の分類
 一般的に、筆者の理解では、CBの投資家は下記のように分類されます。

(1)ヘッジしない機関投資家(アウトライト投資家)
(2)ヘッジする機関投資家
(3)個人投資家(国内で公募する場合)

 (1)についてはCBに内包するオプションのデルタ・リスクやクレジット・リスクなどをヘッジせずにロングする機関投資家です(デルタやクレジット・リスクについては後述します)。ヘッジせずにロングすることを「アウトライト」ということから、アウトライト投資家と表現されることもあります。特に、CBに特化して運用するファンドも存在しており、CBファンドなどと呼ばれます(CBファンドには後述するヘッジするファンドも存在します)。CBにはインデックスもあり、インデックスをトラックするファンドもあります。もちろん、通常の債券ファンドがCBを買うこともありますし、マルチアセット・ファンドがCBを買うこともありえます。
 (2)については、主にヘッジファンドなど、CBに内包するオプションのデルタ・リスクやクレジット・リスクをヘッジしてCBに投資する機関投資家です。ファイナンスのテキストなどでは、CBを購入して、そのデルタ・リスク量分の株式をショートすることなどをCBのヘッジと説明されます(例えば、ぺデルセン(2018)ではこのようなヘッジ方法が紹介されます)。もっとも、ヘッジファンドなどは、CBに内包されるオプション部分に投資することも少なくありません。
 読者の中には、ヘッジファンドなどの外国人投資家が個別株のオプションを買いたいなら、CBに投資しなくても、個別株のオプションそのものを買えばいいと考えた方がいるかもしれません。しかし、日本では個別株のオプションの流動性は極めて低く、その市場の育成が長年議論されつつも、今でもその市場は形成されていません(先進国の市場の中で、個別株オプションの市場が形成されていないのは日本だけだという意見もあります*6)。このような背景もあり、日本企業が発行するCBは、日本の個別株のボラティリティに投資できる商品だという特徴も有しています。
 (3)の個人投資家ですが、前述のとおり、(ユーロ円債ではなく)国内での公募で発行されるCBもあり、この場合、個人の投資家が購入することもあります。もっとも、近年、減少傾向にあります。

2.3 CBに含まれるオプションの性質
 機関投資家の中でも、特にヘッジファンドは、CBの中に内包される「オプション」にのみ、関心を持つことが少なくないとされています。ここからは、CBに内包されるオプションへ投資することの意味合いを具体的に考えていきます。
 単純化されたケースを例に取ります。まず、A社の株価が100円だとしましょう。読者は、1年後にこの株を100円で買えるオプションを、20円で買えるとします。この時の経済性は、1年後に株価が100円より高くなれば、読者はこの権利を行使しますし、100円より低ければ読者は権利行使しません。仮に当該企業が潰れても、20円のコストは支払いますが、それ以上は損をしません。
 これがオプションを保有する経済性ですが、次に、読者が転換価格100円のCBを100円で購入した場合を考えます。読者は当初100円を支払ってCBを受け取り、株価が100円を超えれば同様に権利行使して利益を得ます。もっとも、CBの場合、仮に当該企業がデフォルトすれば、読者が有するCBの元本が棄損することになります。このように、デフォルトにより元本が棄損するリスクをクレジット・リスク(信用リスク)といいますが、CBは社債とオプションのセット商品なので、CBに投資するということは、同時にクレジット・リスクも負うことになります。
 読者は、このようなクレジット・リスクは負いたくないと考えており、前述のオプションを持つことから生まれる経済性だけに関心があるとしましょう。もし、CBに内包される社債部分とオプション部分を分解することができれば、読者はオプション部分にだけ投資することが可能になります。これを可能にする金融技術が「CBリパッケージ債」と呼ばれる債券です(CBリパッケージ債は、CBに内包される社債部分を投資家が債券として購入できるようにした金融商品です)。事実、CBが発行されるタイミングで、オプション部分についてはヘッジファンドなど海外の投資家に購入され、その残り部分についてはCBリパッケージ債が発行され、銀行などに販売されることも少なくありません。

2.4 ガンマ・トレーディング
 次節では、どのような金融技術を用いて、CBに内在されるオプションと社債を分解するかについて議論をしますが、その前に、CBへ投資をする投資家のオプション・トレーディングについて簡単に触れておきます。CBに内包されるオプションに投資する際には、様々なトレーディング手法がありますが、典型的なトレーディング方法はガンマ・トレーディングです。実務家の資料や金融のテキスト*7でも、ガンマ・トレーディングは、CBのトレーディングに関する代表例として説明されます。
 面白い点は、ガンマ・トレーディングによりボラティリティを収益化することが可能になり、CBが仮に株式に転換されなかったとしても、CBの投資家は利益を上げられる可能性がある点です。重要なポイントは、CBに内包されるオプションのボラティリティ(インプライド・ボラティリティ)に比べ、価格の変動がより大きければ、利益を上げられる点です。「発展編」で説明したとおり、CBの発行体は、クーポンを抑える代わりに新株予約権(オプション)を売却しており、CBに内在されるオプションの価値が割安であれば投資家に有利な条件ですし、割高であれば発行体にとって有利といえます。一方、CBに内包されるボラティリティが割安か割高であるかの実際の評価はそれほど簡単ではありません。そもそもある金融商品の取引が存在するのは、マーケットに対するビューが違う(この例でいえば、どれくらい株価が変動するかについての見通しが違う)からともいえます。

ガンマ・トレーディングのイメージ
 CBのオプションを保有しているヘッジファンドは典型的にガンマ・トレーディングを行っているとしましたが、その厳密な説明や詳細はオプションの本に譲り、ここではその直感的なイメージだけを説明します*8。まず、読者がCBに内包されるオプションを購入したとします。読者はオプションを保有していることにより、一定のリスクを有していますが、ガンマ・トレーディングのポイントは、このリスクをヘッジすることでボラティリティを収益化する点です。
 そもそもデリバティブのリスク管理では、株(原資産)の価格が動いたときに、どの程度オプションの価格が動くかなどの感応度(センシティビティ)を用います。例えば、オプションのリスク量は、株価が変化した時に、どれくらい読者が保有するオプションの価格が動くかという形で測られ、これを「デルタ」といいます。また、株価が変化した時にどれくらいリスク量であるデルタが動くかを「ガンマ」といいます。オプションのリスク指標は、デルタやガンマなどギリシャ語を使うことから、「グリークス」と呼ばれることもあります。
 デルタという観点でいえば、読者が保有するオプションのリスク量(デルタ)がゼロになるよう、(原資産である)株式を売却すれば、リスク量をゼロ(デルタをニュートラル)にすることができます。読者に注意を促したい重要な点は、オプションのリスク量(デルタ)は、株価(原資産)の水準に依存して変わるため、株価の変化によって、ゼロにしていたリスク量がゼロから乖離するという点です。
 図表1 コール・オプションの損益図:デルタとガンマの関係(1)がコール・オプションの価値を示しています(コール・オプションの価値については「基礎編」やオプションのテキストを参照してください)。前述のとおり、デルタは株価(原資産の価格)*9が動いたときにどの程度損益が動くかを意味するので、この図における太いラインの傾きがデルタに相当します。この図から視覚的に、株価の水準でデルタ(傾き)が変化することがわかります。例えば、株価が(1)などと低くなると、太いラインの傾きも小さくなるので、読者が保有するオプションのリスク量(デルタ)が小さくなることがわかります。
 一方、図表2 コール・オプションの損益図:デルタとガンマの関係(2)で示されている通り、株価が(2)のように高い場合だとどうでしょうか。今度は太いラインの傾きが大きいので、読者が保有するオプションのリスク(デルタ)が大きくなることが分かります。このように株価が変わることで、読者が保有するリスク量(デルタ)が変わります。ちなみに、このように株価の水準にリスク量が依存するのは、この図表で示される通り、オプションの価値が非線形性をもっているからであり、オプションの商品性からくるものといえます。
 ガンマ・トレーディングでは、株価が動くたびに、変化するリスク量(デルタ)をゼロにするために株式を売買します。詳細はBOX1をご覧いただきたいのですが、株価が変動すると、オプションの保有者にとって有利な方向にリスク量が動きます。そのため、株価が動く中で、リスク量をゼロにするため、株式の売買を繰り返すことで、利益を得ることができます。前述のとおり、ガンマとは株価が変化した時にどれくらいデルタが動くかですが、このトレーディングがガンマ・トレーディングと呼ばれる理由は、株価が動くたびにデルタが変化し、そのリスク量を調整する中で収益化する戦略だからといえます。株価が大きく動けばより収益が上がるという意味で、ボラティリティを収益化する戦略ともいえます。
 ここまで、オプションを保有することのメリットについて言及してきましたが、一方で読者はオプションを購入するためのコストを支払っています。オプションにはタイム・バリューがあり、この価値は時間と共に低下していきます。その意味で、時間の経過とともに損失が出ますが(これをセータといいます)、実際の変動がこのコスト以上に大きければ、オプションの保有者は利益を得られるということです。したがって、CBに内包されるオプションのボラティリティ(インプライド・ボラティリティ)に比べ、実際の株価の変動がより大きければ、ガンマ・トレーディングにより利益を上げることができます。

BOX1 ガンマ・トレーディングの具体例
 このBOXでは、具体例を用いてガンマ・トレーディングを説明します。例えば、現在の株価が150円であり、読者は(権利行使価格150円の)コール・オプションを100株分保有しているとします。このオプションはアット・ザ・マネー(ATM)のオプションであり、そのデルタはおおよそ50%になります(この理由は服部・日本取引所グループ(2022)やハル(2016)を参照してください)。したがって読者は、100株の50%である50株のロングに相当するリスクを有していると解釈できます。読者は、このリスク量(デルタ)をゼロにするため、50株をショートします(デルタ以外のリスクは残る点に注意してください)。
 前述のとおり、株価が下がる(上がる)とデルタが下がり(上がり)ますが、例えば、株価が10円低下して、デルタが50%から40%へ低下したとしましょう。このことは、読者が保有しているオプションのリスク量が50株分であったところ、40株分へ減少するということです。注意すべきは前述のとおり、読者はデルタをゼロにするために、株式を50株分ショートしていた点です。株価が低下して、読者が保有するオプションのデルタが40株分になってしまいましたから、読者は、デルタ・ニュートラルという意味では、10株分、多くショートしている状況を意味します。そこで、読者は10株買うことで、ショートのポジションをカバーして50株から40株のショートへ減少させます。この取引により、読者のポジションのデルタが再度ゼロになります。
 次に、株価が再度上昇して150円に戻ったとしましょう。この場合、またコール・オプションは再びATMに戻りますから、読者が有するコール・オプションのリスク量は、50株分のデルタに戻ります。しかし、読者は、現在、40株をショートしているため、読者の有するポジションのデルタをニュートラルにするために、10株売りなおして、50株分のショートに戻します。
 上記の流れを整理すると、読者は保有しているオプションのリスク量をゼロにするために、株価の変化に伴い、株式の売買を行ったわけですが、140円で10株購入して、150円になって10株を売ったため、この取引でキャピタル・ゲインが得られます。このようにオプションを保有している際、株価が変化することで、保有するデルタが変化し、そのリスクの調整をすることで、オプションの保有者は利益を上げることができます。
 詳細は服部・日本取引所グループ(2022)をご参照いただきたいのですが、株価がより大きく動けば、オプションの保有者の利益はより大きくなります。したがって、ガンマ・トレーディングは株価の変動が大きければ利益も大きくなる取引といえます。

3.CBリパッケージ債の概要
3.1 どのようにオプション部分と社債部分を分解するか
 前節では、CBに内包されるオプションをヘッジファンドなどが投資しているという説明をしました。そもそも、CBはなぜオプション部分と社債部分に分解可能なのでしょうか。この部分は金融の技術として面白い部分だと考えており、少し紙面を割いて、まずはそのメカニズムについて直感的に説明し、具体的に商品に落とし込んだCBリパッケージ債の組成方法について議論します。
 まず、次のようなケースを考えてみましょう。A社が100円のCBを発行し(クーポンはゼロとします)、読者がこのCBを100円出して購入したとします。話を簡単にするため、このA社の株価は100円とし、転換価格も100円とします(実際のCBはアップ率があるため、「転換価格>株価」となりますが、これは簡単化のためです)。このCBにはデフォルトのリスクがあり、一定確率でデフォルトし、仮にデフォルトしたら発行体からは1円ももらえない、すなわち、CBの価値が0になるとしましょう*10。その上で、読者はデフォルトのリスクは取らずに、このA社のオプション部分だけに投資したい(前述のオプションの経済性のみ享受したい)と考えているとします。
 それでは、読者はどのようにすれば、このCBのオプション部分にだけ投資することができるでしょうか。ここで、読者は筆者に次のような契約を持ち掛けるとしましょう。まず、ある日本の企業がCBを100円で発行して*11、読者がCB発行のタイミングでそのCBを買ってきます。そして、CBの購入後、読者は筆者に、このCBをすぐに100円で売ってしまいます(図表3 買い戻し条件を付けてCBを売却するイメージの左図)。ただし、読者にとって都合がよいタイミングで、100円で買い戻したい、この契約のコストとして、20円を支払いますよ、とします(ここでの20円はあくまで単純化のための例です)。この買い戻す条件は、読者が権利行使したければ行使するという意味で、オプションと解釈される点に注意してください。筆者は、20円貰えるなら、ということで、この取引に応じたとします。

読者の視点:オプション保有者
 上記の経済性に関して、読者からの視点と筆者からの視点で考えます(「発展編」でも議論しましたが、金融の取引では、両者の視点で考えることが大切です)。まず、オプションの保有者である読者の視点で考えますが、仮に、株価が上がり150円になったとしましょう。この場合、読者は先ほどのオプションを権利行使して、私から100円で買い戻します。そのうえで、CBを株式に転換し(1株を得ます)、150円でマーケットで売れば、50円の利益が得られます(オプション料20円も考慮すれば30円の利益です)。一方、もし株価が低下し、50円になったとしましょう。この場合、株式に転換するメリットがないため、読者は買い戻す権利を行使しません(オプション料を除けば利益はゼロです)。したがって、株価が上がれば(オプション料である20円を除くと)利益が上がり、逆に株価が下がれば利益はゼロになるため、この取引は、事実上、A社のオプションを買っていることと同じであることが分かります。
 大切なのは、仮にA社がデフォルトした場合です。ここでは一定確率でデフォルトすると想定しましたが、もしA社がデフォルトして、CBの価値がゼロになったとしても、このCBを持っているのは筆者です。CBによる損失は筆者が負い、読者は損失を被らないことになります。したがって、読者はこの取引において、A社のクレジット・リスクを負っていないということがわかります。

筆者の視点:社債保有者
 次に、この取引に関し、筆者の視点から考えてみましょう。筆者は、当初、読者に100円を支払って、CBを保有します。筆者は、読者から20円のオプション料を貰える一方で、もし読者が権利行使をしたらCBを100円で読者に売る必要があります。
 まず、このCBはクーポンが支払われないので、CBからのクーポン収入はありませんが、先ほど説明した通り、私は読者から20円のオプション料がもらえます。もし読者が権利行使しなければ、筆者はCBを満期まで持ち切って満期時に100円を得ます(発行体Aから100円が支払われます)。もし読者が満期前に権利行使したら、読者が私に100円を支払うので、期限前に100円で償還されることになります。
 大切な点は、A社が倒産したら、CBの価値はゼロになるので、筆者はCBを100円で購入しても1円も戻ってこないという形で、クレジット・リスクを負うことになります。もっとも、そもそも100円出して社債に投資した場合、当該企業がデフォルトすれば元本が棄損するという意味で、両者は同じともいえます。社債に投資して(国債の金利以上に)金利が得られる理由は、社債を発行する企業のクレジット・リスクをとるからといえます*12。
 したがって、この取引でもA社がデフォルトしたら、筆者からみれば、100円は返済されません。これは、筆者が、通常の社債を買うように、クレジット・リスクをとっているということが確認できます。筆者としては、この取引で受け取れるオプション料は、社債に投資することにより将来得られるクーポンの現在価値に相当するイメージであり、A社が発行する社債に投資した時に得られる金利と比較して、有利であればこの取引に応じたいし、不利であれば取引に応じたくないと考えます。
 なお、この契約では、読者はいつでも買い戻せる契約にしているため(アメリカン・タイプのオプションであるため)、筆者からみると、満期にならず、読者の判断でいつでも100円で買い戻される可能性があります*13。したがって、筆者からみると、この取引は、事実上、発行体がいつでも100円で買い直せる社債を買っている場合の経済性と類似しています。このような満期前に償還される(期限前償還のある)オプションを内包している債券を「コーラブル債」というため、筆者にとってこの契約はコーラブル債を買っていると解釈されます。

3.2 CBリパッケージ債の発行・期中・満期
 上記のように、買戻し条件を上手く用いることで、読者はオプション部分、筆者が社債部分を保有する形で、CBに内包するオプション部分と社債部分を分解することが可能になりました。これを実際に可能にするのがリパッケージ債です。
 リパッケージ債とは、ある有価証券をリパックして、新しいキャッシュフローに組み替える仕組みです。例えば、国債や社債などを特別目的会社(Special Purpose Company, SPC)と呼ばれるペーパーカンパニーに入れて、そのペーパーカンパニーが、金融機関と一定の契約(典型的にはデリバティブ)を結ぶことで、キャッシュフローを変換します。一般的に、デリバティブを内包する債券を仕組債ということから、リパッケージ債は仕組債といえます。特にCBをリパックする場合、CBリパッケージ債と呼ばれます。

なぜSPCを用いるか
 先ほどのような相対契約でも、CBに内包されるオプションと債券部分を分解することができますが、例えば、筆者がデフォルトした時に、取引自体が継続できないリスクがあります*14。そのため、実際の取引では、SPCというペーパーカンパニーを立ち上げ、そのSPCが債券を発行する形を取り、筆者がデフォルトしたとしても、読者にその影響が及ばない仕組みを作っています(これを「倒産隔離」といいます)。また、前述のとおり、この取引は社債に類似した取引であるため、社債のように債券の形をとることにより、金融機関などの機関投資家にとって資金を出しやすくなる側面もあります。SPCは、海外の租税回避地であるケイマン諸島などに設立される傾向があります。

発行時
 ここから、CBリパッケージ債を具体的に考えるため、ある企業がCBを発行したあと、そのオプション部分をヘッジファンドが保有し、残りの債券部分であるCBリパッケージ債を地銀が購入するケースを考えてみましょう。ここではある企業がCBを発行した後、まずはヘッジファンドがCBを購入したとします。図表4 CBリパッケージ債の取引のイメージはその後にCBリパッケージ債を発行する(組成する)イメージを表しています。
 図表4の左側を見てほしいのですが、(1)SPCは、CBリパッケージ債を発行し、地銀が100円でその債券を購入します。(2)SPCは、その100円を原資に、CBをヘッジファンドから購入します。また、(3)ヘッジファンドは、20円のオプション料を支払うことで、好きなタイミングでCBを100円で買い直せるという契約(買い戻し条件権付CBの売却取引)を結びます。
 実務では、図表5 CBリパッケージ債の取引フロー:発行時のような形で、CBアセット・スワップと呼ばれるデリバティブ契約を結びます(コーラブル・アセット・スワップやコンバーティンブル・アセット・スワップとも呼ばれます)。アセット・スワップとは、債券とデリバティブのパッケージ取引ですが、CBアセット・スワップは、CBリパッケージ債を組成する上で用いられるアセット・スワップです(CBアセット・スワップの詳細は河合・糸田(2007)などを参照)。この経済性は、先ほど記載したとおり、「買い戻し条件権付CBの売却取引」に相当します。
 なお、図表5の右側では、ヘッジファンドがSPCにオプション料を支払う仕組みとして説明していますが、実務的には、この間に証券会社が入り、ヘッジファンドがオプション料を支払う主体は証券会社ですが、証券会社を捨象した簡略化された図になっている点に注意してください(以下でも、証券会社を捨象した説明を続けます。河合・糸田(2007)では、この図におけるヘッジファンド部分はスワップカウンター・パーティとして説明されています)。また、ここでは当初、ヘッジファンドがオプション料を支払う説明になっていますが、実務ではもう少し複雑なキャッシュフローになっています*15。

権利行使されない場合
 ここまでがCBリパッケージ債の組成の話ですが、次に、CBリパッケージ債の満期におけるキャッシュフローについて説明します。CBリパッケージ債の場合、ヘッジファンドが権利行使をするかどうかでその経済性が異なります。ここから、まず権利行使しない場合を説明し、その後、権利行使した場合の説明をします。
 まず、もし株価が転換価格を上回らず、CBが株式に転換されなければ、ヘッジファンドは買い戻すオプションを権利行使しないので、満期にCBは100円で償還されます。このことは、CBの発行体がCBを持っているSPCに100円支払うことを意味するので、図表6 CBリパッケージ債の取引フロー:満期時のように、CBを保有しているSPCは、発行体から受け取る100円を用いて、リパッケージ債の保有者である地銀に100円払います(CBリパッケージ債は償還されます)。

権利行使される場合
 もし株価が転換価格を上回り、満期前に、買い戻す権利を行使したら、ヘッジファンドがSPCに100円を支払い、SPCがCBをヘッジファンドに渡します(図表7 権利行使時のキャッシュ・フローの動き)。SPCは100円を受け取るので、それをCBリパッケージ債の保有者である地銀に100円で渡して償還します。
 なお、もしデフォルトしてCBの価値がゼロになった場合、発行体は100円を支払わないため、CBの保有者である地銀はデフォルトに係る損失を被ります(これは社債がデフォルトした場合と類似した効果となります)。

期中の利払い
 最後に、CBリパッケージ債の期中の利払いについて考えましょう。期中、SPCがコーラブル・アセット・スワップから受け取るキャッシュフローを地銀(CBリパッケージ債の保有者)に支払い、これがCBリパッケージ債のクーポンに相当します。このクーポンは、例えば、満期5年、金利1%などとなります。このように固定金利の支払いも可能ですが、金利スワップを用いて、5年間、「6か月TIBOR+0.5%」などのように金利が支払われることもあります(これは単に金利スワップを用いて固定金利を変動金利に変換しているだけですが、金利スワップについては服部(2023)を参照してください)。もし、満期前にヘッジファンドが権利行使したら、その時点でそのCBリパッケージ債が100円で償還されるため、それ以降、クーポンの支払いがなくなります。
 これがCBリパッケージ債の説明になりますが、本質的な部分は、冒頭で説明した買戻し請求を利用する点です。ここではあくまでCBリパッケージ債について直感的な説明をしていますので、組成の詳細を知りたい読者は、河合・糸田(2007)などを参照してください。

3.3 CBリパッケージ・ローン
 ここまでCBリパッケージ債の説明をしましたが、SPCが債券を発行するのではなくて、SPC向けに投資家が貸し出すスキームもあります(図表8 CBリパッケージ・ローン)。これをCBリパッケージ・ローンといいます。CBリパッケージ・ローンについては、債券という形式でなく、銀行などローンを好む金融機関向けに組成されています。
 CBリパッケージ債とCBリパッケージ・ローンの違いは、債券と貸出の違いに集約されます。債券に対して、貸出の場合、セカンダリー市場がないため途中で売却できなかったり、時価評価されないなどの違いがあります。また、銀行がCBリパッケージ・ローンを選択する場合、クレジット・リスクを評価する専門部隊である融資部署でその審査を行うなども、その特徴といえます。一方、本質的な経済性は同じともいえます。

BOX 2 JGBリパッケージ債
 本稿では、CBリパッケージ債の説明をしましたが、CBではなくて、日本国債(JGB)をリパックするリパッケージ債も広く用いられており、これをJGBリパッケージ債といいます。JGBリパッケージ債の場合、SPCがJGBを買った後、金利スワップにより固定金利を変動金利にしたり、あるいは、通貨スワップを用いて、ドル建てのJGBを組成するなど、様々なバリエーションがあります。

4.おわりに
 今回は主に投資家の観点からCBについて説明しました。今後は、CBに関するその他の論点について議論していく予定です。

参考文献
[1].河合祐子・糸田真吾(2007)「クレジット・デリバティブのすべて」財経詳報社
[2].服部孝洋・日本取引所グループ(2022)「国債先物オプション入門」日本取引所グループ
[3].服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[4].服部孝洋(2025a)「転換社債(CB)入門―基礎編―」『ファイナンス』, 25-31.
[5].服部孝洋(2025b)「転換社債(CB)入門―発展編―」『ファイナンス』, 19-29.
[6].服部孝洋(2025c)「はじめての日本国債」集英社新書
[7].ジョン・ハル(2016)「フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕―デリバティブ取引とリスク管理の総体系」きんざい
[8].ラッセ・ヘジェ・ぺデルセン(2018)「ヘッジファンドのアクティブ投資戦略―効率的に非効率な市場」きんざい

*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全
  て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
*3) 正式名称は転換社債型新株予約権付社債ですが、本稿では単純に転換社債と記載します。
*4) 下記を参照
   https://sites.google.com/site/hattori0819/
*5) CBの場合、発行手数料などにより元本以上(例えば100円以上)の発行になっているため、例えば、102.5円で購入し、100円で償還な
  どという形が典型です。
*6) 例えば、Bloombergの記事である「冬眠続く個別株オプション市場、7年ぶり値付け業者参入で萌芽の兆し」(2024年12月9日)では、
  「規模のある現物株市場を持つ先進国の中で個別株オプションの取引が少ないのは日本くらい」というコメントが紹介されています。
*7) 例えば、ぺデルセン(2018)を参照。
*8) ここでは、通常のオプションのガンマ・トレーディングの説明をします。その理由として、前述のとおり、日本企業が発行するCBにつ
  いては、CBに内包されるオプションのみにヘッジファンドなどが投資することが少なくないことが挙げられます。また、オプションに
  絞った説明の方が説明がコンパクトになり、この知識があれば社債部分も含んだCBのガンマ・トレーディングも容易に理解できることも
  挙げられます(例えば、ぺデルセン(2018)ではCBの債券部分も明示的に含んだ説明をしているため、同書を参照してください)。
*9) 本節では原資産が株であることを前提に説明をします。
*10) ここでは簡単化のため、デフォルトした場合に0円になるとしていますが、厳密には、残余財産などがあるため、0円になるとは限らな
  い点に注意が必要です。
*11) 厳密には発行手数料などがあるため、100円以上の値になりますが、ここでは単純化しています。
*12) 厳密にいえば社債に投資する場合、流動性リスクなどもとっていますが、ここでは簡単化のためクレジット・リスクのみ考えていま
  す。
*13) 「発展編」で説明したとおり、実際のCBには様々なオプションが含まれているため、満期前に償還される可能性もあります
*14) 河合・糸田(2007)は「日本においてCBリパッケージ債が盛んである背景として、最終投資家とディーラーのそれぞれに事情がある
  ものと考えられる。具体的には、オフバランスのデリバティブ取引に特有の事務や法務のインフラの不在や、カウンターパーティ・リスク
  枠の設置といった問題が挙げられる。また、投資に関する内規などで、株式の要素を含むCBを現物で保有することが認められない場合も
  あるようだ」(p.209)としています。
*15) 本文では、当初にオプション料を支払う仕組みで説明しましたが、実際にはスプレッドを用いて取引を行っています。例えば、年限5年
  のCBを、ヘッジファンドが当初90円で売るとします(利回りは2%に相当)。もしヘッジファンドが直後に権利行使したら、例えば、95円
  で買い戻す(利回り1%に相当)という形でヘッジファンドがコストを支払う仕組みになっています。3年経過し、残存2年になったタイミ
  ングでヘッジファンドが権利行使した場合、当初90円で売り、98円で買い戻すという形になり、権利行使が遅くなるほど、コストが大き
  くなる仕組みになっています。なお、上記において2%に相当する部分をエントリー、1%に相当する部分をリコールといいます(ここで
  の数値は説明上の一例である点に注意してください)。