理財局国庫課通貨企画調整室 課長補佐 青山 顕
1.ペーパーからデータへ
銀行券(紙幣)、パスポート、官報、印紙、政府予算書…これらを公的な立場で「印刷」しているのが、その名のとおり国立印刷局である*1。財務省所管の独立行政法人(独法)の一つである国立印刷局は、令和7年4月1日をもって組織的に一つの節目を迎えた。
先般、令和5年12月と令和6年5月の二度にわたって「独立行政法人国立印刷局法」の一部を改正する法律が成立し、それぞれ関連規定とともに同日施行に至った*2。これを受けて国立印刷局は、令和7年度以降の官報等事業において、【(正本としての)官報の電子化】に対応するとともに、新たに【ベース・レジストリの整備等に関する業務】を開始した。いわば紙とインクを基盤とする従来業務に加えて、行政上のデジタルデータの処理等を新規業務として遂行していくこととなったのである。
二度の法改正は、内容こそシンプルなものの、いずれも国立印刷局の今後の業務運営に影響を及ぼしていくものと目される。また、政府全体のデジタルシフトへの寄与も期待されている。本稿では、この国立印刷局法の改正について、立法事実や改正点など事実関係を整理し、背景・経緯にも紙幅を割きつつ施策の意義等を略述することとしたい。なお、文中の意見に関する部分は全て筆者個人の見解である。
2.国立印刷局法の改正
2-1立法事実
独立行政法人国立印刷局法(平成14年法律第41号)(以下、印刷局法)は、平成15年4月から当時の「財務省印刷局」を国立印刷局という独法組織として新たに発足させるために制定された法律である。先んじて成立・公布されていた独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)(以下、通則法)第1条が規定する「各独立行政法人の名称、目的、業務の範囲等に関する事項を定める法律」(個別法)の位置づけにあり、国立印刷局の組織・業務の在り方に関する基盤を定めている。こうした建付けもあって、独法制度の横断的見直し、つまり通則法改正等に起因するケースを除いて改正されずにきた、いわば“堅い”法律である。
この印刷局法が立て続けに二度の改正に及んだのには、当然ながら、その動機となる個別の立法事実が二つある。
第一に、【官報の電子化】である。明治16年(1883年)7月2日の創刊以来、我が国の官報は、国の法令等を公布する手段として法的効果をも生じさせ得る「国の公報」である*3。また、情報伝達手段の常として、紙媒体であることを前提に発行されてきた。しかし、日本国憲法の施行とともに「公式令」(明治40年勅令第6号)が廃止された昭和22年(1947年)以降、官報の発行に関する作用法は存在しておらず、官報掲載をもって法令が公布されることや紙媒体が正本であることも一種の慣習法となっていた*4。
そこで、第212回臨時国会において「官報の発行に関する法律」(令和5年法律第85号)(以下、官報法)を新規立法して官報を法制化することとし、これと軌を一にして、法令データ整備や行政DXの文脈でも議論されていた官報の電子化を早期に実現する運びとなった*5。いきおい、140年余の長きにわたって官報の製造・発行を専担してきた国立印刷局に関しても、業務等の定めを改める必要が生じたわけである。
第二に、【国の公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)の整備及び改善】というデジタル・ガバメント実現、行政DXの要請である。政府はデジタル社会の実現に向けて、国の行政機関等が保有する種々膨大な情報について円滑なデータ連携を行い、ITを活用した行政手続等に係る利便性向上等を図っていくこととしている*6。ベース・レジストリとは行政手続の基礎となる体系的なデジタルデータの集合であり*7、その効果的な基盤整備が急がれている*8。これらを背景に第213回通常国会において「デジタル社会形成基本法」(令和3年法律第35号)等の関係法令が整備されるにあたり、行政執行法人である国立印刷局を実施主体の一つに選定し、公共性の高いデジタルデータを処理する新規業務を追加することなった*9。
2-2具体的な改正点
こうした二つの立法事実について、それぞれ関係省庁等において検討が重ねられた結果が、印刷局法(を改める整備法案)の条文に落とし込まれている。ただし、一連の改正条項は、共通の枠組みで把握することができる。文脈こそ違うものの、どちらも「国立印刷局の強みを活かしてデジタル分野の業務遂行を可能とする」ことを企図した改正に変わりない。そのため条ズレ等の軽微な修正を除けば、改正点は目的・業務・監督の三点に括られる。以下、順を追って述べる。
(1)目的の一部変更(第3条関係)
行政執行法人の場合、その業務の変更は組織の目的に影響を及ぼす。通則法第5条は独法の目的をその類型に即して個別法で定めると規定し、印刷局法第4条は国立印刷局を「行政執行法人」の類型にあると明定している。行政執行法人とは、通則法第2条第4項によって「公共上の事務等を正確かつ確実に執行することを目的とする」独法と定義されており、その政策目的と業務内容は表裏不可分の関係にある*10。
印刷局法の場合、目的規定の第3条は、同法第11条第1項が列挙する各業務を銀行券(紙幣)とそれ以外の二つに大別し、後者に括られる業務の主なものを第2項に(非常に冗長な文言で)記述している*11。本条の改正点は、こうした目的達成のための手段である業務の記述部分に尽きており、「公共上の見地から行われることが適当な情報の提供を図る」という政策目的そのものに変更はない。
(2)業務の範囲の変更(第11条・第20条関係)
独法制度は、組織・業務の膨張抑制(民業圧迫回避)を重要な観点としている。「中央省庁等改革基本法」(平成10年法律第103号)第37条第2項を受けて、通則法第27条は、「各独立行政法人の業務の範囲は、個別法で定める」と規定している。印刷局法の場合、第11条が個々の業務を明定しており、同条で具体的に授権されていない業務行為を行うことはできない*12。無論、多岐にわたる独法業務の逐一を全て法律に規定するのは非現実的であるから、他独法の個別法と同じく、主務省による解釈と監督が重要となる。
【官報の電子化】に関しては、官報法による制度の再定義をベースに、国立印刷局が行う業務の態様に即した規定ぶりとしている。具体的には、印刷局法第11条第1項第3号及び第20条第2項で用いていた「官報の編集、印刷及び普及」の文言が、「官報の原稿の作成」並びに「電磁的官報記録を記載した書面及び書面官報の印刷」と改められた。前者がデジタルデータ(の作成)を、後者が紙媒体(の印刷)を成果物とする規定である。
なぜこういった文言修正になるのか。官報法の成立・施行に伴い、官報の正本は紙とインクによって製造される「印刷」物ではなくなり、これに代わって、改ざん防止等の措置を施されたデジタルデータがインターネットを介して頒布(=発行)される(第4条・第5条)。他方で、法令等の公布手段であるという官報の公益性に鑑み、デジタル・ディバイドの問題*13や災害・通信障害等に備えて、紙媒体による公報手段が別途確保される(第10条・第11条・第14条)。そして、これらを実現するための「編集」権限と「普及」の責任は、発行主体と法定された内閣総理大臣が一元的に有することになる(第2条)。さながら官報制度に国立印刷局の出る幕は無くなってしまうように映るが、果たしてそうではない。
官報の発行に十全を期すには、公私に跨がる多数の入稿者と常に原稿を調整し、校了された情報を正確かつ確実に形にする技術と態勢が欠かせない。この点、国立印刷局の業務実績はその所在の確かな証左となっている*14。また、官報情報のデジタライゼーションは国立印刷局が昭和63年(1988年)に着手し、平成11年(1999年)には官報の副本(正本である紙官報の付属物)として一早く「インターネット版官報」を配信*15。平成13年(2001年)には附帯業務として「官報情報検索サービス」を実装・改修して、官報の周知性を補完してきた。さらに、印刷局法第20条に基づく内閣総理大臣からの緊急要請に対する応諾義務を果たすため、365日24時間体制のBCP(災害等緊急時の特別号外の発行と頒布*16)も確立されている。これら国立印刷局が日々連綿と構築し、かつ有効に機能させてきたノウハウは、新たな官報法の枠組みでも十分に活用されるのが至極合理的である。
また、法令の公布や企業の決算公告など、国家・経済の信用に関わる情報そのものと言える「官報の原稿」の取扱いには、高い秘密保全や正確性が求められる。これらを契約で担保することも考え得るが、「国の公報」が正しく発行されないことの社会的不利益は、民事的な金銭補償で埋めがたいものがある。そのため官報に関する事務は、争議行為の禁止や守秘義務が課される行政執行法人、とりわけ長年の実績を有する国立印刷局が継続的に実施するのが適当であり、政府の「官報電子化検討会議」はそのように結論している。
こうした一連の観点を踏まえて、引き続き法定独占事業にしないまま、国立印刷局が内閣総理大臣(内閣府)の指示・委託に応えて官報制度を支えていける規定ぶりとしている。
【ベース・レジストリの整備及び改善】に関する規定ぶりはどうか。こちらは完全な新規業務となるので、第11条第1項に新5号及び新6号を追加している。具体的には、新5号に「国からの委託を受けて、公的基礎情報データベースを構成するデータの加工、記録、保存及び提供を行う」業務を、新6号に当該業務に関するノウハウを発揮して国立印刷局が「国の行政機関等に対し、技術的助言、情報の提供その他の必要な協力を行う」業務を、それぞれ規定・挿入している。
独法における組織・業務の膨張抑制という上記の観点からは、こうした業務規定の改正、とりわけ新規事業の追加には慎重な検討が求められる。業務内容の具体化は当然のこととして、それを他でもない国立印刷局が実施すべき積極的理由が必要となる。ベース・レジストリの整備及び改善とは、言い換えれば、国の行政機関等が各々のルールで保有・管理しているデータを標準化(=仕様を共通化して相互運用性を確保)していく作業である。これを効果的に行うには、表記揺れやシステム依存の異体字といった文字情報に関する課題を解決する「データ・クレンジング*17」が必須となる。
この点、国立印刷局は、長年の官報業務を通じて異体字等テキストデータの取扱いに関する高い専門性を有しており、それに加えて、多数の行政機関等から集まるデータの標準化を正確・迅速・確実に処理するノウハウを備えている。しかも、行政執行法人として業務運営の安定性・透明性が確保されており、なおかつ銀行券や官報の製造を一手に担うレベルでセキュリティ配慮が可能な点は、他の事業主体と一線を画している*18。これらの組織の特性は、ベース・レジストリの整備等を国策として推進するのに有効かつ整合的であり、国立印刷局が国の行政機関等から委託を受けてデータの加工等に関する業務や技術的な協力業務を行えるよう措置する意義が見出せる。
そこで、印刷局法においては、企画・立案・事業推進からデータ処理に至るまで多岐にわたるデータベースの整備に係る業務を分解し、そのうち国立印刷局の強みが活かされる部分を特定した「データの加工、記録、保存及び提供」の文言を用いて、新規業務を規定している(新5号)。
また、国立印刷局の強みを活かしてベース・レジストリの整備等を推進していくという前提に立てば、データ・クレンジングやBCP対応といったノウハウを国の行政機関等に横展開することによって、施策の実効性を面的に高めていくことも有用と考えられる。この点について「デジタル行政推進法」第20条は、ベース・レジストリの整備等の実施主体と定める国立印刷局と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に対して「技術的助言、情報の提供その他必要な協力」を求められるとしており、印刷局法において、これに応えられるよう規定している(新6号)。
(3)管理監督(第19条・第21条関係)
政策目的と業務内容に変更が加わる以上、それらを主務大臣が如何に統制するかについても見直す必要がある。本節で既に確認したとおり、官報の電子化(3号業務)は既存業務の在り方の変更であり、ベース・レジストリの整備等(新5号・新6号業務)は新規業務の創設であるから、それぞれ管理監督の定めには差違がある。
そもそも行政執行法人は、通則法の定めに従い、年度毎に主務大臣による年度目標の指示(第35条の9)と事業計画の認可(同条の10)を受けて、業務運営に当たる。本稿の冒頭で触れたように、国立印刷局は元来が財務省印刷局(当時)の事務・事業を移行した独法なので、設立以来、財務大臣による一元的なガバナンスの下に、銀行券等の他業務とバランスを取りつつ官報業務を確実に遂行してきた。その結果蓄積された強みを活用して【官報の電子化】を実現し、支えていくのであるから、引き続き財務大臣が国立印刷局を管理監督するのが自然かつ適当である。他方で、官報の発行主体である内閣総理大臣からの緊急要請と、国立印刷局の応諾義務が法定されている。この側面から官報業務の実効性を一層高めるべく、先ほど述べた「年度目標」の策定時に財務大臣が内閣総理大臣に協議する仕組みを印刷局法第19条に設けた。
同じように官報業務を通じた強みを活かすにせよ、【ベース・レジストリの整備及び改善】に関する業務は状況が異なっている。単純に新規業務であるというだけではない。日進月歩のデジタル環境の中で、データ規格・技術仕様の見直しやシステム障害等に適切に対処しつつ、政府方針等に沿った業務運営が期待されている。つまり、独法組織全体の管理監督のほかに、技術的専門性の下で(デジタル庁による)適切な監督を受ける必要性が生じるだろう。その反面で、新規業務の突出した運営がもとで既存業務の遂行が侭ならなくなるような二律背反も厳に回避されなければならない。
そこで、主務大臣について規定している印刷局法第21条に新しく項・号を立て、ベース・レジストリの関連業務(第11条第1項新5号・新6号)を特定した上で、これを財務大臣と内閣総理大臣(デジタル大臣)が共管するガバナンス態勢を構築することとした。業務間の縦割りを回避しつつ、専門性ある国立印刷局の管理監督に万全を期している。
3.印刷局法改正の意義
3-1何が変わるのか
さて、ここまで長々とあらましを読んでいただいた印刷局法改正、その効果・影響は今後どのように現れてくるのだろうか。
【官報の電子化】については判りやすく、4月1日の法施行を境に、制度的変更が目に見える形に調えられている。国立印刷局の「インターネット版官報」は終了し、内閣府の「官報発行サイト」を通じて、官報データが「いつでも・どこでも・無料で」閲覧・取得できるようになった*19。通常、平日の毎朝8時30分に掲示されていた官報は、今やデジタルサイネージに表示され、法令等の公布に用いられている。
こうしてEU・独・仏に続き、我が国の官報も正本機能がデジタルデータへ移行してみると、次のステージが見えてくる。本稿の立法事実のくだりを思い出していただきたい。電子署名やタイムスタンプで真正性が確保され、電磁的に正確に保存される、膨大な官報掲載情報(法令データや企業公告など)。これは、まさに登記申請など「行政手続の基礎となる体系的なデジタルデータの集合」そのものである。中核となる法令データにe-LAWS(電子法令システム)との連携強化や告示情報の取扱いなど一部課題を残すものの、デジタル官報は、国の公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)として機能する見通しを備える*20。国立印刷局には、改正印刷局法の下で、日々発行され続けるデジタル官報をフロー面で支えながら、発行・蓄積されていく官報データをストック面でも整備していく役割が期待される。
【ベース・レジストリの整備及び改善】については、国会やデジタル庁を中心に議論されてきた様々な構想が法制化されたばかりであり、これからが本番という状態にある。既にデジタル庁に「ベース・レジストリ推進有識者会合」が設置され、企画・立案・事業推進の具体的検討が始められた。当然、その先には「データの加工、記録、保存及び提供」の委託・実施プロセスが控えている。国立印刷局は事業計画や業務方法書の変更等を通じて主務省との連携を図り、政府による法人・不動産・アドレスの各ベース・レジストリの順次実装に備えている。こうした中、来夏に予定されている政府の「公的基礎情報データベース整備改善計画」策定が待たれるところである。
3-2ペーパーとデータで
個別法の改正によって国立印刷局がデジタル分野へ一歩を踏み出した背景には、令和に入って議論が加速した「行政のデジタル化」の流れが透かし見られる。一般的にDXの第一歩は紙媒体・印刷物からの脱却(ペーパーレス)とされ、この点において行政DXは、政府印刷事業を担ってきた国立印刷局にとって、この上ない逆風と考えるのが自然であろう。しかしながら本業の「紙に印刷する」という作用に拘泥せず、前工程に当たる「原稿の作成」に高度な専門性とデジタル技術の親和性を見出し、それらの強みで環境の要請に応える。印刷物を無用のものとせず、デジタルデータと補完し合う役割を付与し、シナジーや採算性の程度に応じて業務を捉えなおす。これらのアプローチはBPR(業務改革)として理に適っており、とても興味深い。印刷局法改正はこれらを実現する一つの節目に違いないが、関係各所の熟議に感謝するばかりである。
ところで国立印刷局と言えば、むしろ銀行券(紙幣)を印刷している組織というイメージが強いのではないだろうか。昨年7月3日、渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎の各氏を肖像に用いた新デザインに切り替える「改刷」が行われたばかりであり、国立印刷局の存在も改めて世に印象づけられたと言えよう。しかし、「キャッシュレス決済が浸透しているのに紙の通貨が必要なのか?」という声も少なからず聞かれた。リアルマネーの存在意義は常在のこととして、通貨の世界にも冒頭に掲げた「ペーパーからデータへ」の流れがある。視線を転じると、筆者の職場では、隣のチームがCBDC(中央銀行デジタル通貨)について関係当局と日々議論を深めている*21。いつか遠からず、官報と並んで国立印刷局が深く関わっている我が国の通貨がデジタル化に向かうなら、大変複雑な法整備が必要となるに違いない。そのとき「ペーパーとデータで」と結んだ本稿が何らか一助となれば幸いである。
*1) 歴史を遡ると、明治4年(1871年)7月27日に創設された「大蔵省紙幣司(後の紙幣寮、初代トップは渋沢栄一)」と明治16年(188
3年)5月10日に設置された「太政官文書局(後の内閣官報局)」が明治31年(1898年)11月1日に併合され、幾度かの組織・名称の変更
を経て、現在に至る。東京虎ノ門に所在する本局のほか全国6ヶ所7機関を擁し、本稿で扱う二つの業務は、本局及び東京工場で対応して
いる。
*2) 官報の電子化:「官報の発行に関する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」(令和5年法律第86号)及び官報法政令(令和6年
政令第309号)、ベース・レジストリ業務の追加:「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡
素化及び効率化を図るためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第46号)及び同政令(令和6年政令第362
号)。
*3) 昭和32年12月28日大法廷判決。
*4) 官報電子化検討会議「官報電子化の基本的考え方」(令和5年10月25日)においては、我が国の官報制度の来歴等について詳細に報告さ
れている。
*5) デジタル臨時行政調査会「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」(第4回・令和4年6月3日)及び「官報電子化の実現までの
行程」(第6回・令和4年12月21日)。
*6) デジタル庁「国の行政手続オンライン化の3原則」は、デジタルファースト(行政手続及びサービスをデジタルで完結)、ワンスオンリー
(一度提出した書類は再提出不要)、コネクテッド・ワンストップ(各種手続は一ヶ所で完結)を掲げている。
*7) 「デジタル社会形成基本法」第31条・第34条。
*8) 「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律(デジタル行政推進法)」(平成14年法律第151号)第19条・第20条。欧州・米国・
G7各国においても同様の取組みが推進されている。
*9) 「経済財政運営と改革の基本方針(骨太)2021」(令和3年6月18日閣議決定)及び「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(令和5年6
月9日閣議決定)。
*10) 独法制度において、個別法における目的規定は業務規定の解釈指針として機能するものと整理されている(中央省庁等改革推進本部事
務局ほか)。
*11) 業務の記述を第3条から第11条に譲る抜本的改正も検討されたが、通則法の下に置かれる個別法という位置づけに鑑み、他の各独法の規
定ぶりとの平仄を優先した。
*12) 違反した場合、印刷局法第23条第2項に基づき、役員は20万円以下の過料に処される。
*13) インターネット等の情報通信技術(ICT)の利用・アクセスの格差。総務省「情報通信白書」及びデジタル庁「デジタル社会の実現に
向けた重点計画」参照。
*14) 国会に提出される法律案等の製造においても誤植等のミスはほぼ皆無であり、各省庁は国立印刷局とのシステム連携等に取り組んでい
る。
*15) 厳密には、国内のインターネット環境が未整備だった平成7年(1995年)から、官報や政府調達公告のデジタルデータの配信を開始し
ていた。また、インターネット版官報(副本)は、「行政手続における官報情報を記録した電磁的記録の活用について」(令和5年1月27日
閣議了解)によって紙官報との同一性が保証されたのち、今般の法整備によってデジタル官報(正本)そのものとなった。
*16) かつて大正12(1923)年9月1日の関東大震災の折には、大手町にあった印刷局の庁舎・工場が倒壊・損壊した中、手書きの謄写版(ガ
リ版刷り)で官報号外「非常徴収発令」を作成・頒布した。
*17) データベースの中からデータの重複・誤記・表記揺れなどのエラーを探し出し、加工・修正してデータの品質を高めること。ISO/IEC
25012は、標準適合性など品質評価の15項目を提示。
*18) データ戦略推進WG「ベース・レジストリの運営体制について」(第7回・令和5年6月6日)。
*19) 官報の「本紙」「号外」「号外政府調達公告」「号外国会会議録」「特別号外と官報目録」を掲載。経済界の要望や国会におけるプライバ
シー配慮の議論を受けて、特定の個人を対象とした処分等一部の官報掲載情報は、機械検索性を抑えてオンライン公開を90日間に限定さ
れるようになった。
*20) 期待されるのは、やはり法令データである。また、官報掲載情報のうち企業の決算公告の一部は、令和3年(2021年)から経済産業省
が運営する法人情報提供サイト「gBizINFO」にデータ連携されており、この法人情報データもベース・レジストリとして整備される予定
である。
*21) 財務省『ファイナンス』2023年5月号、坂口和家男「財務省の礎 国庫課へようこそ」参照。
1.ペーパーからデータへ
銀行券(紙幣)、パスポート、官報、印紙、政府予算書…これらを公的な立場で「印刷」しているのが、その名のとおり国立印刷局である*1。財務省所管の独立行政法人(独法)の一つである国立印刷局は、令和7年4月1日をもって組織的に一つの節目を迎えた。
先般、令和5年12月と令和6年5月の二度にわたって「独立行政法人国立印刷局法」の一部を改正する法律が成立し、それぞれ関連規定とともに同日施行に至った*2。これを受けて国立印刷局は、令和7年度以降の官報等事業において、【(正本としての)官報の電子化】に対応するとともに、新たに【ベース・レジストリの整備等に関する業務】を開始した。いわば紙とインクを基盤とする従来業務に加えて、行政上のデジタルデータの処理等を新規業務として遂行していくこととなったのである。
二度の法改正は、内容こそシンプルなものの、いずれも国立印刷局の今後の業務運営に影響を及ぼしていくものと目される。また、政府全体のデジタルシフトへの寄与も期待されている。本稿では、この国立印刷局法の改正について、立法事実や改正点など事実関係を整理し、背景・経緯にも紙幅を割きつつ施策の意義等を略述することとしたい。なお、文中の意見に関する部分は全て筆者個人の見解である。
2.国立印刷局法の改正
2-1立法事実
独立行政法人国立印刷局法(平成14年法律第41号)(以下、印刷局法)は、平成15年4月から当時の「財務省印刷局」を国立印刷局という独法組織として新たに発足させるために制定された法律である。先んじて成立・公布されていた独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)(以下、通則法)第1条が規定する「各独立行政法人の名称、目的、業務の範囲等に関する事項を定める法律」(個別法)の位置づけにあり、国立印刷局の組織・業務の在り方に関する基盤を定めている。こうした建付けもあって、独法制度の横断的見直し、つまり通則法改正等に起因するケースを除いて改正されずにきた、いわば“堅い”法律である。
この印刷局法が立て続けに二度の改正に及んだのには、当然ながら、その動機となる個別の立法事実が二つある。
第一に、【官報の電子化】である。明治16年(1883年)7月2日の創刊以来、我が国の官報は、国の法令等を公布する手段として法的効果をも生じさせ得る「国の公報」である*3。また、情報伝達手段の常として、紙媒体であることを前提に発行されてきた。しかし、日本国憲法の施行とともに「公式令」(明治40年勅令第6号)が廃止された昭和22年(1947年)以降、官報の発行に関する作用法は存在しておらず、官報掲載をもって法令が公布されることや紙媒体が正本であることも一種の慣習法となっていた*4。
そこで、第212回臨時国会において「官報の発行に関する法律」(令和5年法律第85号)(以下、官報法)を新規立法して官報を法制化することとし、これと軌を一にして、法令データ整備や行政DXの文脈でも議論されていた官報の電子化を早期に実現する運びとなった*5。いきおい、140年余の長きにわたって官報の製造・発行を専担してきた国立印刷局に関しても、業務等の定めを改める必要が生じたわけである。
第二に、【国の公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)の整備及び改善】というデジタル・ガバメント実現、行政DXの要請である。政府はデジタル社会の実現に向けて、国の行政機関等が保有する種々膨大な情報について円滑なデータ連携を行い、ITを活用した行政手続等に係る利便性向上等を図っていくこととしている*6。ベース・レジストリとは行政手続の基礎となる体系的なデジタルデータの集合であり*7、その効果的な基盤整備が急がれている*8。これらを背景に第213回通常国会において「デジタル社会形成基本法」(令和3年法律第35号)等の関係法令が整備されるにあたり、行政執行法人である国立印刷局を実施主体の一つに選定し、公共性の高いデジタルデータを処理する新規業務を追加することなった*9。
2-2具体的な改正点
こうした二つの立法事実について、それぞれ関係省庁等において検討が重ねられた結果が、印刷局法(を改める整備法案)の条文に落とし込まれている。ただし、一連の改正条項は、共通の枠組みで把握することができる。文脈こそ違うものの、どちらも「国立印刷局の強みを活かしてデジタル分野の業務遂行を可能とする」ことを企図した改正に変わりない。そのため条ズレ等の軽微な修正を除けば、改正点は目的・業務・監督の三点に括られる。以下、順を追って述べる。
(1)目的の一部変更(第3条関係)
行政執行法人の場合、その業務の変更は組織の目的に影響を及ぼす。通則法第5条は独法の目的をその類型に即して個別法で定めると規定し、印刷局法第4条は国立印刷局を「行政執行法人」の類型にあると明定している。行政執行法人とは、通則法第2条第4項によって「公共上の事務等を正確かつ確実に執行することを目的とする」独法と定義されており、その政策目的と業務内容は表裏不可分の関係にある*10。
印刷局法の場合、目的規定の第3条は、同法第11条第1項が列挙する各業務を銀行券(紙幣)とそれ以外の二つに大別し、後者に括られる業務の主なものを第2項に(非常に冗長な文言で)記述している*11。本条の改正点は、こうした目的達成のための手段である業務の記述部分に尽きており、「公共上の見地から行われることが適当な情報の提供を図る」という政策目的そのものに変更はない。
(2)業務の範囲の変更(第11条・第20条関係)
独法制度は、組織・業務の膨張抑制(民業圧迫回避)を重要な観点としている。「中央省庁等改革基本法」(平成10年法律第103号)第37条第2項を受けて、通則法第27条は、「各独立行政法人の業務の範囲は、個別法で定める」と規定している。印刷局法の場合、第11条が個々の業務を明定しており、同条で具体的に授権されていない業務行為を行うことはできない*12。無論、多岐にわたる独法業務の逐一を全て法律に規定するのは非現実的であるから、他独法の個別法と同じく、主務省による解釈と監督が重要となる。
【官報の電子化】に関しては、官報法による制度の再定義をベースに、国立印刷局が行う業務の態様に即した規定ぶりとしている。具体的には、印刷局法第11条第1項第3号及び第20条第2項で用いていた「官報の編集、印刷及び普及」の文言が、「官報の原稿の作成」並びに「電磁的官報記録を記載した書面及び書面官報の印刷」と改められた。前者がデジタルデータ(の作成)を、後者が紙媒体(の印刷)を成果物とする規定である。
なぜこういった文言修正になるのか。官報法の成立・施行に伴い、官報の正本は紙とインクによって製造される「印刷」物ではなくなり、これに代わって、改ざん防止等の措置を施されたデジタルデータがインターネットを介して頒布(=発行)される(第4条・第5条)。他方で、法令等の公布手段であるという官報の公益性に鑑み、デジタル・ディバイドの問題*13や災害・通信障害等に備えて、紙媒体による公報手段が別途確保される(第10条・第11条・第14条)。そして、これらを実現するための「編集」権限と「普及」の責任は、発行主体と法定された内閣総理大臣が一元的に有することになる(第2条)。さながら官報制度に国立印刷局の出る幕は無くなってしまうように映るが、果たしてそうではない。
官報の発行に十全を期すには、公私に跨がる多数の入稿者と常に原稿を調整し、校了された情報を正確かつ確実に形にする技術と態勢が欠かせない。この点、国立印刷局の業務実績はその所在の確かな証左となっている*14。また、官報情報のデジタライゼーションは国立印刷局が昭和63年(1988年)に着手し、平成11年(1999年)には官報の副本(正本である紙官報の付属物)として一早く「インターネット版官報」を配信*15。平成13年(2001年)には附帯業務として「官報情報検索サービス」を実装・改修して、官報の周知性を補完してきた。さらに、印刷局法第20条に基づく内閣総理大臣からの緊急要請に対する応諾義務を果たすため、365日24時間体制のBCP(災害等緊急時の特別号外の発行と頒布*16)も確立されている。これら国立印刷局が日々連綿と構築し、かつ有効に機能させてきたノウハウは、新たな官報法の枠組みでも十分に活用されるのが至極合理的である。
また、法令の公布や企業の決算公告など、国家・経済の信用に関わる情報そのものと言える「官報の原稿」の取扱いには、高い秘密保全や正確性が求められる。これらを契約で担保することも考え得るが、「国の公報」が正しく発行されないことの社会的不利益は、民事的な金銭補償で埋めがたいものがある。そのため官報に関する事務は、争議行為の禁止や守秘義務が課される行政執行法人、とりわけ長年の実績を有する国立印刷局が継続的に実施するのが適当であり、政府の「官報電子化検討会議」はそのように結論している。
こうした一連の観点を踏まえて、引き続き法定独占事業にしないまま、国立印刷局が内閣総理大臣(内閣府)の指示・委託に応えて官報制度を支えていける規定ぶりとしている。
【ベース・レジストリの整備及び改善】に関する規定ぶりはどうか。こちらは完全な新規業務となるので、第11条第1項に新5号及び新6号を追加している。具体的には、新5号に「国からの委託を受けて、公的基礎情報データベースを構成するデータの加工、記録、保存及び提供を行う」業務を、新6号に当該業務に関するノウハウを発揮して国立印刷局が「国の行政機関等に対し、技術的助言、情報の提供その他の必要な協力を行う」業務を、それぞれ規定・挿入している。
独法における組織・業務の膨張抑制という上記の観点からは、こうした業務規定の改正、とりわけ新規事業の追加には慎重な検討が求められる。業務内容の具体化は当然のこととして、それを他でもない国立印刷局が実施すべき積極的理由が必要となる。ベース・レジストリの整備及び改善とは、言い換えれば、国の行政機関等が各々のルールで保有・管理しているデータを標準化(=仕様を共通化して相互運用性を確保)していく作業である。これを効果的に行うには、表記揺れやシステム依存の異体字といった文字情報に関する課題を解決する「データ・クレンジング*17」が必須となる。
この点、国立印刷局は、長年の官報業務を通じて異体字等テキストデータの取扱いに関する高い専門性を有しており、それに加えて、多数の行政機関等から集まるデータの標準化を正確・迅速・確実に処理するノウハウを備えている。しかも、行政執行法人として業務運営の安定性・透明性が確保されており、なおかつ銀行券や官報の製造を一手に担うレベルでセキュリティ配慮が可能な点は、他の事業主体と一線を画している*18。これらの組織の特性は、ベース・レジストリの整備等を国策として推進するのに有効かつ整合的であり、国立印刷局が国の行政機関等から委託を受けてデータの加工等に関する業務や技術的な協力業務を行えるよう措置する意義が見出せる。
そこで、印刷局法においては、企画・立案・事業推進からデータ処理に至るまで多岐にわたるデータベースの整備に係る業務を分解し、そのうち国立印刷局の強みが活かされる部分を特定した「データの加工、記録、保存及び提供」の文言を用いて、新規業務を規定している(新5号)。
また、国立印刷局の強みを活かしてベース・レジストリの整備等を推進していくという前提に立てば、データ・クレンジングやBCP対応といったノウハウを国の行政機関等に横展開することによって、施策の実効性を面的に高めていくことも有用と考えられる。この点について「デジタル行政推進法」第20条は、ベース・レジストリの整備等の実施主体と定める国立印刷局と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に対して「技術的助言、情報の提供その他必要な協力」を求められるとしており、印刷局法において、これに応えられるよう規定している(新6号)。
(3)管理監督(第19条・第21条関係)
政策目的と業務内容に変更が加わる以上、それらを主務大臣が如何に統制するかについても見直す必要がある。本節で既に確認したとおり、官報の電子化(3号業務)は既存業務の在り方の変更であり、ベース・レジストリの整備等(新5号・新6号業務)は新規業務の創設であるから、それぞれ管理監督の定めには差違がある。
そもそも行政執行法人は、通則法の定めに従い、年度毎に主務大臣による年度目標の指示(第35条の9)と事業計画の認可(同条の10)を受けて、業務運営に当たる。本稿の冒頭で触れたように、国立印刷局は元来が財務省印刷局(当時)の事務・事業を移行した独法なので、設立以来、財務大臣による一元的なガバナンスの下に、銀行券等の他業務とバランスを取りつつ官報業務を確実に遂行してきた。その結果蓄積された強みを活用して【官報の電子化】を実現し、支えていくのであるから、引き続き財務大臣が国立印刷局を管理監督するのが自然かつ適当である。他方で、官報の発行主体である内閣総理大臣からの緊急要請と、国立印刷局の応諾義務が法定されている。この側面から官報業務の実効性を一層高めるべく、先ほど述べた「年度目標」の策定時に財務大臣が内閣総理大臣に協議する仕組みを印刷局法第19条に設けた。
同じように官報業務を通じた強みを活かすにせよ、【ベース・レジストリの整備及び改善】に関する業務は状況が異なっている。単純に新規業務であるというだけではない。日進月歩のデジタル環境の中で、データ規格・技術仕様の見直しやシステム障害等に適切に対処しつつ、政府方針等に沿った業務運営が期待されている。つまり、独法組織全体の管理監督のほかに、技術的専門性の下で(デジタル庁による)適切な監督を受ける必要性が生じるだろう。その反面で、新規業務の突出した運営がもとで既存業務の遂行が侭ならなくなるような二律背反も厳に回避されなければならない。
そこで、主務大臣について規定している印刷局法第21条に新しく項・号を立て、ベース・レジストリの関連業務(第11条第1項新5号・新6号)を特定した上で、これを財務大臣と内閣総理大臣(デジタル大臣)が共管するガバナンス態勢を構築することとした。業務間の縦割りを回避しつつ、専門性ある国立印刷局の管理監督に万全を期している。
3.印刷局法改正の意義
3-1何が変わるのか
さて、ここまで長々とあらましを読んでいただいた印刷局法改正、その効果・影響は今後どのように現れてくるのだろうか。
【官報の電子化】については判りやすく、4月1日の法施行を境に、制度的変更が目に見える形に調えられている。国立印刷局の「インターネット版官報」は終了し、内閣府の「官報発行サイト」を通じて、官報データが「いつでも・どこでも・無料で」閲覧・取得できるようになった*19。通常、平日の毎朝8時30分に掲示されていた官報は、今やデジタルサイネージに表示され、法令等の公布に用いられている。
こうしてEU・独・仏に続き、我が国の官報も正本機能がデジタルデータへ移行してみると、次のステージが見えてくる。本稿の立法事実のくだりを思い出していただきたい。電子署名やタイムスタンプで真正性が確保され、電磁的に正確に保存される、膨大な官報掲載情報(法令データや企業公告など)。これは、まさに登記申請など「行政手続の基礎となる体系的なデジタルデータの集合」そのものである。中核となる法令データにe-LAWS(電子法令システム)との連携強化や告示情報の取扱いなど一部課題を残すものの、デジタル官報は、国の公的基礎情報データベース(ベース・レジストリ)として機能する見通しを備える*20。国立印刷局には、改正印刷局法の下で、日々発行され続けるデジタル官報をフロー面で支えながら、発行・蓄積されていく官報データをストック面でも整備していく役割が期待される。
【ベース・レジストリの整備及び改善】については、国会やデジタル庁を中心に議論されてきた様々な構想が法制化されたばかりであり、これからが本番という状態にある。既にデジタル庁に「ベース・レジストリ推進有識者会合」が設置され、企画・立案・事業推進の具体的検討が始められた。当然、その先には「データの加工、記録、保存及び提供」の委託・実施プロセスが控えている。国立印刷局は事業計画や業務方法書の変更等を通じて主務省との連携を図り、政府による法人・不動産・アドレスの各ベース・レジストリの順次実装に備えている。こうした中、来夏に予定されている政府の「公的基礎情報データベース整備改善計画」策定が待たれるところである。
3-2ペーパーとデータで
個別法の改正によって国立印刷局がデジタル分野へ一歩を踏み出した背景には、令和に入って議論が加速した「行政のデジタル化」の流れが透かし見られる。一般的にDXの第一歩は紙媒体・印刷物からの脱却(ペーパーレス)とされ、この点において行政DXは、政府印刷事業を担ってきた国立印刷局にとって、この上ない逆風と考えるのが自然であろう。しかしながら本業の「紙に印刷する」という作用に拘泥せず、前工程に当たる「原稿の作成」に高度な専門性とデジタル技術の親和性を見出し、それらの強みで環境の要請に応える。印刷物を無用のものとせず、デジタルデータと補完し合う役割を付与し、シナジーや採算性の程度に応じて業務を捉えなおす。これらのアプローチはBPR(業務改革)として理に適っており、とても興味深い。印刷局法改正はこれらを実現する一つの節目に違いないが、関係各所の熟議に感謝するばかりである。
ところで国立印刷局と言えば、むしろ銀行券(紙幣)を印刷している組織というイメージが強いのではないだろうか。昨年7月3日、渋沢栄一・津田梅子・北里柴三郎の各氏を肖像に用いた新デザインに切り替える「改刷」が行われたばかりであり、国立印刷局の存在も改めて世に印象づけられたと言えよう。しかし、「キャッシュレス決済が浸透しているのに紙の通貨が必要なのか?」という声も少なからず聞かれた。リアルマネーの存在意義は常在のこととして、通貨の世界にも冒頭に掲げた「ペーパーからデータへ」の流れがある。視線を転じると、筆者の職場では、隣のチームがCBDC(中央銀行デジタル通貨)について関係当局と日々議論を深めている*21。いつか遠からず、官報と並んで国立印刷局が深く関わっている我が国の通貨がデジタル化に向かうなら、大変複雑な法整備が必要となるに違いない。そのとき「ペーパーとデータで」と結んだ本稿が何らか一助となれば幸いである。
*1) 歴史を遡ると、明治4年(1871年)7月27日に創設された「大蔵省紙幣司(後の紙幣寮、初代トップは渋沢栄一)」と明治16年(188
3年)5月10日に設置された「太政官文書局(後の内閣官報局)」が明治31年(1898年)11月1日に併合され、幾度かの組織・名称の変更
を経て、現在に至る。東京虎ノ門に所在する本局のほか全国6ヶ所7機関を擁し、本稿で扱う二つの業務は、本局及び東京工場で対応して
いる。
*2) 官報の電子化:「官報の発行に関する法律の施行に伴う関係法律の整備に関する法律」(令和5年法律第86号)及び官報法政令(令和6年
政令第309号)、ベース・レジストリ業務の追加:「情報通信技術の活用による行政手続等に係る関係者の利便性の向上並びに行政運営の簡
素化及び効率化を図るためのデジタル社会形成基本法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第46号)及び同政令(令和6年政令第362
号)。
*3) 昭和32年12月28日大法廷判決。
*4) 官報電子化検討会議「官報電子化の基本的考え方」(令和5年10月25日)においては、我が国の官報制度の来歴等について詳細に報告さ
れている。
*5) デジタル臨時行政調査会「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」(第4回・令和4年6月3日)及び「官報電子化の実現までの
行程」(第6回・令和4年12月21日)。
*6) デジタル庁「国の行政手続オンライン化の3原則」は、デジタルファースト(行政手続及びサービスをデジタルで完結)、ワンスオンリー
(一度提出した書類は再提出不要)、コネクテッド・ワンストップ(各種手続は一ヶ所で完結)を掲げている。
*7) 「デジタル社会形成基本法」第31条・第34条。
*8) 「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律(デジタル行政推進法)」(平成14年法律第151号)第19条・第20条。欧州・米国・
G7各国においても同様の取組みが推進されている。
*9) 「経済財政運営と改革の基本方針(骨太)2021」(令和3年6月18日閣議決定)及び「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(令和5年6
月9日閣議決定)。
*10) 独法制度において、個別法における目的規定は業務規定の解釈指針として機能するものと整理されている(中央省庁等改革推進本部事
務局ほか)。
*11) 業務の記述を第3条から第11条に譲る抜本的改正も検討されたが、通則法の下に置かれる個別法という位置づけに鑑み、他の各独法の規
定ぶりとの平仄を優先した。
*12) 違反した場合、印刷局法第23条第2項に基づき、役員は20万円以下の過料に処される。
*13) インターネット等の情報通信技術(ICT)の利用・アクセスの格差。総務省「情報通信白書」及びデジタル庁「デジタル社会の実現に
向けた重点計画」参照。
*14) 国会に提出される法律案等の製造においても誤植等のミスはほぼ皆無であり、各省庁は国立印刷局とのシステム連携等に取り組んでい
る。
*15) 厳密には、国内のインターネット環境が未整備だった平成7年(1995年)から、官報や政府調達公告のデジタルデータの配信を開始し
ていた。また、インターネット版官報(副本)は、「行政手続における官報情報を記録した電磁的記録の活用について」(令和5年1月27日
閣議了解)によって紙官報との同一性が保証されたのち、今般の法整備によってデジタル官報(正本)そのものとなった。
*16) かつて大正12(1923)年9月1日の関東大震災の折には、大手町にあった印刷局の庁舎・工場が倒壊・損壊した中、手書きの謄写版(ガ
リ版刷り)で官報号外「非常徴収発令」を作成・頒布した。
*17) データベースの中からデータの重複・誤記・表記揺れなどのエラーを探し出し、加工・修正してデータの品質を高めること。ISO/IEC
25012は、標準適合性など品質評価の15項目を提示。
*18) データ戦略推進WG「ベース・レジストリの運営体制について」(第7回・令和5年6月6日)。
*19) 官報の「本紙」「号外」「号外政府調達公告」「号外国会会議録」「特別号外と官報目録」を掲載。経済界の要望や国会におけるプライバ
シー配慮の議論を受けて、特定の個人を対象とした処分等一部の官報掲載情報は、機械検索性を抑えてオンライン公開を90日間に限定さ
れるようになった。
*20) 期待されるのは、やはり法令データである。また、官報掲載情報のうち企業の決算公告の一部は、令和3年(2021年)から経済産業省
が運営する法人情報提供サイト「gBizINFO」にデータ連携されており、この法人情報データもベース・レジストリとして整備される予定
である。
*21) 財務省『ファイナンス』2023年5月号、坂口和家男「財務省の礎 国庫課へようこそ」参照。