国際局 資金移転対策室 大臣官房企画官 山﨑 貴弘/課長補佐 五十嵐 祥子/係長 石井 亮太
中央銀行デジタル通貨(CBDC、Central Bank Digital Currency)を巡っては、その設計様相に応じ多様な論点が存在しうる。国際的な議論においても、マネー・ローンダリング対策等を含むFinancial Integrity(健全性)は、CBDCの設計段階から考慮が欠かせない要素とされている。グローバルにCBDCを巡る検討が進んでいることも踏まえ、本稿では、マネロン等対策の基準策定・履行等を担うFATF(金融活動作業部会、Financial Action Task Force)における議論及びFATF関連の取りまとめ省庁である財務省(国際局)の取組を中心に概説したい。
はじめに
CBDCについては、グローバルに各種実証実験などが進んでいるほか、バハマやナイジェリアなど一部法域で実装もされている。他方で、「CBDC」と一括りに言っても、一般に広く使えるリテール向けか金融機関間などで用いられるホールセール向けなのか、あるいは国内向けなのかクロスボーダー利用も展望するかなど、話者や文脈によって思い浮かべるものが必ずしも一致しないことに留意が必要である。特に新興国を含めた多様な主体が集まる国際会議の場では、CBDCの前提となる通貨制度や、決済を巡るルール・慣習等も異なり、お互いの前提を確認しながら丁寧に議論を進めることが欠かせない。本稿では、「誰でも、いつでも、どこでも」利用できることを想定したリテール向けのCBDCを念頭に、マネロン等の側面から国際的な議論を紹介する。
なお、わが国では、現時点でリテール向けCBDCの導入について何ら決まっていない一方、仮にその発行が社会的合意として決定される際に遅滞なく対応できるよう、所要の検討を進めておくこととされている*1。さらに、現金への信頼が厚いほか、多様な決済手段が広範に普及しているわが国において、特に国内向けのリテールCBDCのニーズやユースケース(活用例)は必ずしも明らかではない、というのが一般的な見方であろう。
一方で、技術革新や環境変化のスピードは極めて速く、特に10年、20年先を正確に見通すのは難しいこともまた真である。例えば、今や当たり前のように利用されるスマホ決済も、iPhoneが存在すらしなかった20年前にここまでの広がりが見込まれていた訳ではない。政策当局には、想像力をたくましくして、こうした先々の変化に常に備える姿勢も求められる。
CBDCを巡るマネロン等リスクの位置づけ
金融分野に限らず新技術の活用に当たっては、リスクや負の影響を最小限に抑えながら、その利点を最大化するというバランスが欠かせない。CBDCに関しても、(まだ見ぬものも含め)新たなユースケースは、新しいリスクと裏腹であることを意識しつつ、(1)決済の効率化等による便益の向上といったポジティブな側面と、(2)プライバシー保護、マネロン等対策、サイバーセキュリティ、金融制裁の実効性確保といった課題やリスクへの対応、この双方の観点をもって議論を進めていくべきである。そのうえで、途上国を含めCBDCを巡る検討が広がりを見せる中、財務省国際局では、(2)に挙げたような課題に十分対処できていないCBDCがデファクトスタンダードとならないよう、国際的なルールや基準の整備・普及を巡る議論に貢献していくことが重要としている*2。
では改めてCBDCのリスクとは何か?これに対するシンプルな回答は「設計次第、利用のされ方次第」ということになろう。一方で、どのような設計にせよ、CBDCは公共財であることを踏まえれば、通貨・金融システムの安定、ガバナンスやデータプライバシーの確保など一定の備えるべき基本的な要素があり、マネロン等対策はその大きな柱の一つとなる*3。そして、マネロン等に関しては、現金を含む既存の決済サービスと異なるCBDC固有のリスクがあるか、という問いが検討の出発点となる。例えば、主として国内利用を想定し、かつ中央銀行と銀行等の民間事業者による二層構造を維持する前提であれば、マネロン等対策としては、銀行や資金決済業者、暗号資産業者等に所要の対策を求め、その遵守を監督・規制する、という既存の枠組で概ね十分と整理できよう(別途、公的当局がどの程度データを保有するかといった論点は生じうる)。
一方で、現時点ではなお「遠景」かもしれないが、クロスボーダーかつ個人間(P2P)取引も可能なCBDCが広く普及するような場合に、既存の枠組で十分実効性が担保できるかは改めて検証されなければならない。こうした問題意識を踏まえ、マネロン等対策に係る基準の策定・履行を担うFATFも、検討を進めてきたところである。
FATFにおけるCBDCを巡る議論
金融新技術を巡るFATFの対応例として、その匿名性やクロスボーダーな資金移転の容易性を踏まえ、2019年6月に暗号資産を基準対象として明確化したことが挙げられる。また、暗号資産は値動きの激しさが故に決済手段としての使い勝手が悪いことから、これを克服する試みとしてステーブルコインが登場した。仮に、価値が安定し、利便性の高いステーブルコインが広く普及すれば、マネロン等を含む不正への利用誘因も働くことになることから、FATFは、2020年7月、ステーブルコインに関する報告書をG20向けに提出し、その中でCBDCに焦点を当てた附属文書(Annex)も公表した*4。そこでは、CBDCはFATF基準上の暗号資産とは異なるとしたうえで、中央銀行という発行体への信頼等を背景に、より使い勝手の良いものとなりうるCBDC固有の論点にも言及しており、今なおFATFにおける基本的な見解となっている。すなわち、CBDCはなお多くの法域で検討の初期段階であり、FATFにおいてもそのリスク理解は道半ばであるものの、設計次第で現金よりもリスクが高くなる可能性を指摘している。特に、匿名性の高さ(anonymity)、移転の容易さ(portability)、広範な普及(mass-adoption)、といった条件が揃う場合には、「マネロン・テロ資金を目的とする犯罪者やテロリストにとって非常に魅力的になりうる」と強調したうえで、CBDCをローンチする前の段階から、先を見据えて(forward-lookingに)関連リスクに対処すべきと指摘している。
こうした問題意識も踏まえ、2024年4月には、FATFにおける閣僚級のコミットメントとして、FATF大臣宣言が採択された(FATFは隔年で大臣会合を開催)。本宣言では、CBDCを含む金融分野におけるイノベーションに関し、設計段階から(by design)、マネロン等対策(AML/CFT/CPF)に関するintegrityを確保すべく、FATFが、IMFなどを念頭に他の国際機関との対話や戦略的な取組への関与を継続することが謳われている。この方針は、FATFにおける向こう2年間の戦略的優先事項や具体的なワークプログラムにも反映されている。
わが国としての問題意識や取組
こうしたFATFにおける議論において、わが国は、CBDCに限らず暗号資産・ステーブルコインも含め、とりわけクロスボーダーでのP2P取引についてのリスクを重視してきた。これは、国境を越える資金移転が容易かつ大量にできるようになれば、現在のFATF基準のコンプライアンスメカニズムに対する根本的な挑戦になりうるためである。
すなわち、FATF基準の実効性確保に関しては、現状、顧客の本人確認に代表されるデューディリジェンスや疑わしい取引の探知・届出といった、マネロン等対策の柱となる機能の多くを、金融機関をはじめとする仲介機関、言わば「ゲートキーパー」の存在と彼らによる基準遵守に依存している。加えて、ゲートキーパーが存在しない現金に関しては、特にクロスボーダーでの取引となれば手間も時間もかかることから、一定の制約が存在するとの(暗黙の)前提も存在している。ところが、新たな決済手段の普及により、こうした前提が大きく変わるケースには、十分な注意が必要である。特に、国境を越えた不正資金の移動が容易になれば、金融制裁等の実効性にも影響が及ぶなど地政学的なインプリケーションや経済安全保障上の視点も無視し得ない。
わが国が議長国として2023年5月に新潟で開催した、G7財務大臣・中央銀行総裁会議においても、暗号資産に関する基準の実施促進のほか、P2P取引や分散型金融(DeFi)から生じるものを含む新たなリスクに関して、FATFにおける作業の継続・強化に関する支持をコミュニケの中で明記した。また、わが国はグローバルにみても早い段階で暗号資産やステーブルコインに関する規制・監督を整備してきた経験を糧に国際的な議論をリードしてきた。特にFATFにおいては基準の策定・改訂等を担う作業部会やその傘下にある暗号資産コンタクトグループの共同議長(いずれも金融庁)としての立場も活かしつつ、積極的な問題提起を行いながら、先に紹介したCBDC Annexや後述するIMFのハンドブックプロジェクトなどに繋げてきた経緯である*5。
以下では、FATFに関連する最近のわが国の取組を、(1)官民連携、(2)地域的なイニシアティブ、(3)他の国際機関との協働、といった視点から幾つか紹介したい。
(1)官民連携
まず、CBDCを巡る検討に当たっては、エコシステムを構成する幅広いステークホルダーの知恵を持ち寄ることが不可欠であり、官民の連携は極めて重要な要素となる。この点、FATFは、金融機関を中心とする民間セクターへアウトリーチし、意見交換を行うための会合(Private Sector Collaborative Forum、PSCF)を毎年開催している。2024年4月にウィーンのUNODC(国連薬物犯罪事務所)で開催された会合においては、わが国の提案によりCBDCに関するセッションを設定し、IMF・ECB(欧州中央銀行)・BIS(国際決済銀行)とともに財務省国際局からパネリストを派遣するなどして、マネロン等の観点から議論を主導した。議場では、暗号資産に関するFATFの経験を踏まえて、どうCBDCにアプローチしていくべきかなど、国際機関も含め200名以上の参加者が集まる中で、活発な意見交換が行われた。わが国からは、先に述べたような問題意識を改めて指摘しつつ、日本におけるCBDCの検討状況を整理のうえ、共有した。特に、多様な関係者の連携の観点から、財務省理財局長が議長を務め、日本銀行を含む約15の関係省庁等の局長級が参加する「CBDCに関する関係府省庁・日本銀行連絡会議」のほか、日本銀行が主催する、60以上の民間事業者を入れた議論の場である「CBDCフォーラム」を好事例として紹介した*6。
さらに、本年3月にはJapan Fintech Week(金融庁主催)の一環として開催されたGFTNフォーラム*7の金融犯罪ラウンドテーブルにおいて、財務省の梶川審議官が、民間セクターのほか学界やアジア開発銀行など国際機関を含む幅広い関係者を前に、FATFにおけるクロスボーダー送金を巡る取組や、CBDCのほかP2P取引・DeFiといった新しい分野へ注意を払うことの重要性を指摘した。マネロン等の専門家においても、(少なくとも目先の課題とはならない)CBDCに関する議論はかすみがちになることを踏まえ、財務省としても、引き続き多様な機会を捉えて地道に情報発信を続けていく方針である。
写真 PSCF会合におけるCBDCパネルでの登壇
写真 金融犯罪に関するラウンドテーブルでのプレゼン
(2)地域的なイニシアティブ
次に、CBDCに対する見方は、各法域が抱える事情によっても大きく異なることから、地域的な観点を踏まえた検討も重要である。この点、わが国(財務省・梶川審議官)は2024年9月に、FATFの地域体の一つであるAPG(アジア太平洋マネー・ローンダリング対策グループ)共同議長に就任し、その優先事項の一つとして、「金融分野における新技術への対応」を掲げ、例えばAPGとユーラシアのFATF地域体との合同ワークショップをインドにおいて開催した*8。既述の通り、CBDCの設計・使われ方如何では、地政学的・経済安全保障的観点からも配意が必要な中、本ワークショップは、ロシア・インド・中国のパネリストと並んで、マネロンという技術的な視点から、BRICS諸国における取組状況やその背景にある考え方を把握しつつ、わが国の問題意識を打ち込む機会となった。ワークショップを通じて、ユーラシア及びアジア間のみならず、今後も地域的な連携を広げていく重要性が共有された。一方で、パネルへのオンライン参加(英語・ロシア語の中継)も認められたものの、トラブルにより中継がロシア語のみになってしまったほか、画面越しのスピーカーに対するタイムマネジメントの難しさなど、ハイブリッドかつ通訳付国際会議の運営上の課題を改めて認識したところである。
こうした教訓も踏まえつつ、財務省としては、本年8月に東京での開催を予定しているAPG総会においても、関係省庁で連携しながら金融新技術に関するセッションを設けるなどして、対話を継続していく。
写真 インドールで開催された合同ワークショップでのプレゼン
(3)国際機関との協働
最後に、FATF以外の国際機関との連携・協働も重要である。特にIMFは、わが国からの資金拠出を受けて、現時点での国際的な知見やベストプラクティスを取りまとめた「CBDCハンドブック」(途上国を含む政策実務者を対象とした参照文書)の作成に取り組んでおり、既に2023年と2024年に2回に分けて、金融包摂、資本フロー、サイバーセキュリティ、データ利用とプライバシーといったテーマ(計11章)につき公表した。今後も、2026年にかけて残りの章を順次公表し、その後も最新の状況を織り込んでアップデートする予定である。わが国は、ハンドブックが、最新の知見を取り入れながら更新・充実化され、各国の政策当局者のCBDC導入に係る適切な判断とリスク対応に資するものとなるよう、引き続き支援していく方針を明確にしている*9。このうち、マネロン等対策を扱う”Financial Integrity Considerations”と題する章についても、本年の公表を目指して作業が進捗している。当該章の起案にあたりIMFは、マネロン等対策を担うFATF事務局も招待する形で、主に各国中銀向けのオンライン・ラウンドテーブルを開催した。この場で、財務省からも改めてP2P取引が現行の枠組への根本的な挑戦となりうる旨指摘するとともに、関連して、例えば災害時などネットワークが遮断された「オフライン」状態でもCBDCの価値移転を認める場合、少なくとも一時的に仲介機関を含め不正利用等の確認ができなくなるリスクや、それへの対応策(移転額の制限等)など活発な議論がなされたところである。その後、マネロン等を所掌するIMF法務局の幹部が、財務省幹部を訪問した際にも改めて、先方から日本の問題提起に謝意が示された。わが国は、資金の出し手としての立場も活かしつつ、この分野において引き続き能動的にIMFに働きかけていく方針である。
また、より幅広い視点からは、FSB(金融安定理事会)もG20の下で、クロスボーダー送金に関する検討を積極的に進めてきた。クロスボーダー送金については、スピード、コスト、アクセスといった面から改善が必要だが、同時に、金融システムの安定やIntegrityが損なわれないよう注意が必要となる。金融安定をマンデートとするFSBの多くの参加者は金融規制・監督や中央銀行の経験が長く、必ずしもマネロン等の専門家ではないケースも多いが、最近では、暗号資産やCBDCを含む金融新技術の勃興も背景に、FSBとFATFの関心領域が一層重なりつつある。このように、政策当局が直面する課題は、益々複合的になっており、包括的な視点を持ちながら、異なる政策目的間で高度にバランスを取る必要が一層増している。こうしたもと、財務省は双方をカバーしている強みを活かしつつ、各取組の相互紹介などを通じ、両者の対話・連携の更なる強化を訴えてきた。
今後、関連国際機関における議論の進捗も踏まえながら、FATFにおいても、わが国を含む関心の高い法域及び事務局を中心に議論を重ねたうえで、CBDCに対するアプローチを改めて整理していくこととなっている。
結び
本稿では、CBDCを巡るマネロン等に関する国際的な議論及びわが国の取組を中心に紹介してきた。折しも米国では、米ドル版CBDCの発行が大統領令により禁止されるなど先行きは一層見通し難くなっているが、CBDCは設計・利用のあり方次第で広範なインパクトを与えうる。こうしたことを意識しつつ、わが国としては、FATFを中心とした国際場裡において、”by design”の視点をもって検討していくことの重要性を、引き続き主張していく方針である。
*1) 「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 中間整理」(2024年4月17日)参照。
*2) 「第2回CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する関係府省庁・日本銀行連絡会議 配布資料 財務省(国際局)説明資料」(2024年3月12日)参照。
*3) 公共財としてのCBDCが備えるべき要素としては、G7による「リテール中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する公共政策上の原則」(2021年10月)等を参照。
*4) 「いわゆるステーブルコインに関するG20財務大臣・中央銀行総裁へのFATF報告書」(2020年7月)参照。
*5) G7新潟財務大臣・中銀総裁会議の前月には、暗号資産コンタクトグループ会合を日本でホストし、暗号資産に関するFATF基準の実施促進のほか、DeFiやP2P取引を含む新たなリスクへの対応を議論。金融庁によるリリースは以下。https://www.fsa.go.jp/inter/etc/20230414/20230414.html
*6) 「CBDCフォーラム」については日本銀行ホームページ参照。https://www.boj.or.jp/paym/digital/d_forum/index.htm
*7) GFTNフォーラムジャパンについては以下ホームページ参照。https://gftnforum.jp/
*8) APGの概要及び共同議長としての日本の取組については、「我が国のAPG共同議長就任について」(「ファイナンス」令和6年11月号)に詳しい。
*9) 「第79回IMF・世界銀行年次総会 加藤財務大臣総務演説(令和6年10月25日 於:ワシントンD.C.)」など。