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コラム 海外経済の潮流155

米国の困窮する低所得者
財務省大臣官房総合政策課 海外経済調査係 鈴木 裕太

1.はじめに
 米国の2024年の実質GDP成長率は前年比+2.8%*1と高成長を維持した。そのけん引役は底堅い個人消費である。しかし、個人消費の裏付けとなる家計の所得や資産などを示すデータには、特に低所得者層が苦境に陥っている旨が示唆されていると指摘されている。昨年11月の大統領選挙においては、経済が重要な争点として挙げられており、インフレに苦しむ低所得者層による経済への不満がトランプ氏再選に影響したとの分析がある*2。
 高所得者層によって昨今の個人消費拡大がけん引されて来た側面がある一方で、昨年の小売り・外食企業の決算において低所得者層の消費抑制を反映した業績が報告されていることなどを踏まえると、低所得者層による個人消費に息切れが生じつつある可能性があり、今後の経済動向を見通すうえで、低所得者層の現状を確認しておくことは重要であろう。
 本稿では、困窮する低所得者層の経済状況を確認するとともに、第二次トランプ政権の政策が低所得者層に及ぼす影響について考察したい。

2.低所得者層の経済状況
 【図表1 家計の保有資産額】は家計の保有資産額の推移を示している。上位1%はコロナ禍以降の株価や住宅価格の上昇の恩恵などを受けて大きく上昇している一方、下位50%の上昇は限定的となっている。
 富の偏在が拡大するなか、低所得者層はコロナ禍後の急激なインフレにより生活が圧迫された。【図表2 消費者物価指数(前年比上昇率)】に示す消費者物価指数(CPI)の前年比上昇率は2021年から急激に上昇しており、なかでも食品価格は一時+10%を超えて顕著に上昇した。また住居費は、足元でも+4%を上回る水準で高止まりしている。食品価格と住居費は低所得者層の家計に占める割合が高いため、NY連銀によれば、コロナ禍後のインフレの影響を最も受けたのは低所得者層であったと分析されている。
 また、ミシガン大学のマインド調査においても、物価高が生活水準を低下させているとの回答比率が2021年1月の5%から2025年1月には34%まで上昇しており、依然として低所得者層を中心に負担感が大きいことが推察される*3。
 上述した低所得者層の苦境はクレジットカードの延滞率にも示されている。延滞率は、2010年以来の高水準で推移しており、インフレの長期化とFRBによる高金利政策の影響で家計が追い詰められている状況を示す。【図表3 クレジットカード返済遅延可能性の平均値】は、今後3カ月でクレジットカードの返済が遅れる可能性の平均値を示したものであるが、世帯年収5万ドル未満の層は20.3%と、5万~10万ドル(13.4%)、10万ドル以上(7.7%)と比べてもその割合は大きく、コロナ禍前からの上昇率も高い状況となっている。

3.トランプ政権の政策
 次にトランプ政権の政策が低所得者に及ぼす影響について確認したい*4。
(1)インフレ対応
 まずは低所得者層を中心に苦しめているインフレへの影響について見ていく。トランプ大統領は「掘って、掘って、掘りまくれ」というスローガンを掲げ、原油産出量の増加によりエネルギー価格を低下させることで、インフレを抑えると明言している。しかし、エネルギー価格は、国際的な需要動向や地政学リスク、OPECプラスによる生産量などの影響が大きいことに加え、エネルギー価格が一定程度低下すれば、米エネルギー企業の採算が悪化することで原油産出量の増加に歯止めがかかる可能性も指摘されており、トランプ大統領のエネルギー政策がどの程度国民の負担軽減につながるかは不透明だ。
関税政策においては、全輸入品を対象とした10~20%の関税賦課や、中国からの輸入品に対する一律60%関税賦課などの公約を掲げてきた。筆者の執筆時点において、公約に掲げた上記の関税賦課は実施されていないものの、既に「相互関税」の導入や、関税対象製品の対象拡大・免除措置廃止など、第一次政権よりも広範かつ厳格な政策を公表しており、これらの政策が米国のインフレ圧力となる懸念は高まっている。ピーターソン国際経済研究所の試算*5では、公約に掲げた関税政策が実施された場合、2025年のインフレ率は最大+2.0%押し上げられると見込まれている*6。
 移民政策においても、移民の強制送還等により労働力が減少すれば、労働需給の逼迫によりインフレに繋がることが指摘されている。強制送還の規模は不透明であるが、トランプ大統領は就任直後から強制送還を開始するなど、早くも政策を実行に移していることを踏まえれば、少なからずインフレへの影響はありそうだ*7。
 これらの政策動向を受けて、足元のミシガン大学のマインド調査では、5年先の期待インフレ率は32年ぶりの高水準に達するなど、消費者がインフレ再燃に身構えている状況が示された。各国の交渉により関税政策が控え目になるとの見方や、移民減少が財やサービスの需要減少を招くことでインフレが限定的になるとの見方もあり、政策によるインフレへの影響は不透明な部分も多いが、市場関係者の見方を総合するとインフレが加速するとの見方は優勢のように思われる。
(2)財政政策
 トランプ大統領はトランプ減税*8の延長を公約に掲げている。しかし、トランプ減税は相対的に高所得者層への恩恵が大きいとされる。ピーターソン国際経済研究所の試算によると、公約に掲げる関税政策とトランプ減税を同時に実施した場合、上位1%の高所得者層では税引後所得が1.4%強増加する一方、低所得者層では同所得が▲3.7%減少するとされており、低所得者層への負担は増すと指摘されている。
 一方、主に中低所得者層を対象に公約に掲げたチップ非課税や残業代非課税といった政策については、財政規律を重視する共和党保守層の反対も予想され、実現できるかは不透明だ。さらに、2月下旬に下院で可決された2025会計年度(24年10月~25年9月)の予算決議案では、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)やフードスタンプ(低所得者向け食料支援)といった社会的なセーフティーネット制度の歳出削減案が盛り込まれた。
 今後の審議のなかで修正されていく可能性はあるが、現時点までの情報を踏まえると、低所得者層に恩恵をもたらす政策になる見込みは低いように思われる。
(3)AIの規制緩和と教育政策
 トランプ大統領は、AIのグローバルリーダーシップを維持することを目的にAIに対する規制緩和を指示する大統領令*9を発表している。AIの規制緩和は、生産性向上により経済成長を促すとの期待は高い。一方、ブルッキングス研究所の分析では、AI技術による生産性向上は高所得労働者に集中する点や、仕事の自動化が進むことで低スキル労働者の失業リスクが増大する点が指摘されている。
 こうした指摘に対し、ブルッキングス研究所は「教育」をポイントに挙げ、低所得者層を含めた広範な労働者がAI技術を活用できるように支援することが重要だと提言する。教育機会の確保は、世代を通じた貧困の固定化を防ぐ観点からも有効だとの分析も多い。
 一方、トランプ大統領は低所得者層の教育支援を担う教育省の廃止を目指している。省庁の廃止にあたっては議会の議決を得る必要があり、政策の実現可能性は不透明であるが、トランプ大統領の意向どおり教育省が廃止されれば、AIの技術進歩による低所得者層への恩恵が及びにくくなる可能性がある。

4.おわりに
 トランプ大統領は、3月4日の施政方針演説で「最優先は経済再建」と宣言し、「労働者世帯に劇的かつ即時の救済をもたらす」と強調した。現在明らかとなっている政策内容をみると、特に低所得者層を苦しめるインフレへの対策については不透明感がある上、財政政策や教育政策などでは低所得者層向けの支援を停止または抑制する動きが見られる。
 足元では、保護主義的な政策懸念を背景とした企業や家計の景況感低下や、低所得者層を中心とした消費減速の動きも見られており、今後の政策動向によっては更なる消費減速などを通じて米国経済が下押しされるとの懸念が高まっている。
 こうした状況において、困窮する低所得者層をはじめとする家計や消費の動向を確認することは、米国経済の動向を把握するうえでより重要になっていくと考える。米国の先行き不透明感が高まるなか、より丁寧に経済動向を注視してまいりたい。
(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。

(参考文献、出所)
・Rajashri Chakrabarti, Dan Garcia, and Maxim Pinkovskiy(2023), “Inflation Disparities by Race and Income Narrow” Federal Reserve Bank of New York, Liberty Street Economics
・Rajashri Chakrabarti, Dan Garcia, and Maxim Pinkovskiy(2024.9), “The International Economic Implications of a Second Trump Presidency” Peterson Institute for International Economics, Working Paper
・Kimberly Clausing and Mary E. Lovely(2024.5), “Trump's proposed tariffs and tax cuts would hurt low-income Americans the most” Peterson Institute for International Economics
・Sam Manning(2024.7), “AI’s impact on income inequality in the US” The Brookings Institution
・(独)エネルギー・金属鉱物資源機構 高木路子“米国トランプ新政権のエネルギードミナンス~貿易政策、企業マインド、技術開発、地域集中~”(2025年1月)
・米商務省、FRB、WHITE HOUSE、各種報道等(JETRO、ロイター、Bloomberg、日本経済新聞等)

*1) 2月27日公表の改定値。
*2) ロイター「米大統領選、トランプ氏が勝利 ハリス氏破り4年ぶり政権奪還(2024.11.6)」
Finacial times「Poorer voters flocked to Trump — and other data points from the election(2024.11.9)」
Finacial times「Poorer voters flocked to Trump — and other data points from the election(2024.11.9)」
*3) 2022年7月には49%まで上昇。
*4) 執筆時点で把握できた内容を基に記載しているが、政策の先行きについては不確定事項が多い点に留意。
*5) トランプ減税の延長を前提とし「全輸入品への追加関税+10%」と「中国からの全輸入品に一律60%賦課」した場合を試算。
*6) 各国が報復関税を実施した場合。報復関税がない場合は+1.0%と試算。
*7) ロイター「不法移民3.8万人強制送還、トランプ氏就任から1カ月 増加の見通し(2025.2.22)」
*8) 2017年12月に成立した税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)
*9) REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE(2025.1.23)不調となる