農業経営の成長戦略について
大臣官房総合政策課 調査員 田矢 祐樹/大村 直人
本稿では、我が国における中長期的な農業経営の在り方について考察する。
農業経営の現状
農業の総産出額は1990年代後半より減少し、現在は横ばい傾向の推移となっている。内訳として、耕種が減少し、より土地生産性が高い畜産が増加している。また産出額に対する農業従事者の所得は、増減ありつつも減少傾向である(図表1 農業総産出の推移)。
日本は山間部が多く平野が少ないことが影響し、GDP上位8カ国と比較すると国土に占める耕地面積割合、耕地面積ともに最も小さい(図表2 耕地総面積割合、耕地総面積 国際比較(2022年))。
農業従事者の減少と高齢化が急速に進んでいる(図表3 農家数と高齢化)。ただし、耕地規模別に見ると、過去10年で10ha未満の経営体は減少したものの、10ha以上の経営体数は増加を続けており、土地集約も一方では進んでいる(図表4 耕地規模別経営体数の変化率)。
(出所)農林水産省「生産農業所得統計」、「農林業センサス」、総務省「世界の統計2025」、農林水産政策研究所「農業法人の持続可能性と価値創造プロセスの解明」
農業経営の課題
農産品は一般に鮮度が商品価値を左右するため、価格が低下しても買い置きや買いだめによる需要増が期待できない。また収穫が1年に一度であるケースも多く、短期間で生産量を変動させることはできない。そのため、需給曲線は一般製品と比較し「立った」ものとなりやすく、収入の予見性は低下する。また、気候変動の影響も安定供給に向けた障壁となる(図表5 需給曲線の比較、6 年平均気温偏差)。
農業資材価格は2022年以降大幅に上昇しており、農産物への価格転嫁は実現しているといい難い。日本は主な化学肥料の原料である尿素、りん酸アンモニウム、塩化カリウムについてはほぼ全量を輸入しており、肥料調達は国際市況や為替の影響を受けやすい構造となっている(図表7 農産物・農業資材価格指数、8 化学肥料原料の調達状況)。
営農類型別の農業経営収支をみると、最も農業所得率が低いのが水田作、最も高いのが果樹作となっており、農業所得率の低い営農類型では、共済・補助金等受取金が粗収益に占める割合も高い。また経営費において、水田作は農業機械等の減価償却費の割合が高く、野菜作や果樹作は荷造運賃手数料の割合が高いという特徴がある(図表9 農業経営収支(営農類型別))。
(出所)三菱総合研究所「農産物の価格はなぜあげられない?(前編)」、気象庁、農林水産省「農業物価統計調査」、「肥料を巡る情勢」、「営農類型別経営統計」
付加価値向上の余地
農業経営において付加価値を高めていくには、土地集約等による生産の合理化のみならず、類似産品との差別化により生産者の価格交渉力を高め、消費者に対する商品訴求力を向上させていくことが重要と考える。商標登録等による産地の明示化・ブランド化を通じて産地全体でマークアップ率を改善させていく取組などは、方向性の一つになるだろう(図表10 地域団体商標を活用したブランド訴求)。
農産品の輸出も拡大余地がある。輸出額の推移をみると、足許では1兆円に迫る水準に到達している。品目別では、アルコール等の飲料やソース混合調味料などの加工食品が中心なるも、牛肉やりんご等一部の生鮮食品も輸出されている。異国での販路開拓など取組のハードルは高いものの、人口減による内需縮小を補う手段として、有力な選択肢となる(図表11 農産物輸出額、12 主な農産物輸出品目(たばこ除く))。
訪日外国人観光客も重要な消費者となるだろう。訪日外国人による飲食費支出額は円安効果も相まってコロナ禍前を大きく上回っており、外食産業を中心に需要の増加が見込まれる。日本食人気の高まりや外食チェーンの海外進出等を背景に海外における日本食レストラン数も増加しており、インバウンド消費と農産物輸出の相乗的効果に期待がかかる(図表13 インバウンド消費、14 海外における日本食レストラン数)。
(出所)特許庁、農林水産省「農林水産物・地域食品の地域ブランドの現状と課題」、「農林水産物輸出入概況」、「海外における日本食レストラン数の調査結果」、日本政府観光局「訪日外客統計」、観光庁「インバウンド消費動向調査」
農業経営の成長戦略
農業経営の成長戦略を描くうえでは、製造業で行われてきたようなビジネスモデルの導入が必要となると考える(図表15 ビジネスモデルの例)。土地集約等の基盤整備は進展しており、徐々に大量生産型の導入は進みつつある。一方で、日本の国土事情を踏まえると大量生産型モデルの拡大は北海道など一部地域以外では限界がある(図表16 1農業経営体あたりの経営耕地 (ha))ことから、多品種少量生産及び産直販売に特化したフレキシブル生産型や、アウトソーシングの活用を通じて水平分業を志向するダイレクト生産型などの導入も重要となる。
各ビジネスモデルの導入に向けてはアグリテックの活用が必要不可欠である。省力化等のメリットを最大限に享受するうえでは、導入体制を整備しつつ、デメリットやリスクも踏まえて投資を行う必要がある(図表17 (図表17)アグリテックのメリット・デメリット)。
短期的には6次産業化(図表18 農業の6次産業化イメージ図)により生産者と消費者の距離を近づけ需給調整を行いやすくすると共に、産地ブランドの訴求や輸出等を通じて農業の付加価値を向上させていくことが望ましい(図表19 取り組み事例(山口県阿武町他))。中・長期的には、地域の事情や経営規模などに応じて大量生産型、フレキシブル生産型、ダイレクト生産型へとビジネスモデルの移行が進んでいくことに期待したい。
(出所)石崎忠司「農業経営の企業経営化-生業的経営から企業家的経営へ-」、農林水産省「スマート農業をめぐる情勢について」、「令和6年農業構造動態調査結果(令和6年2月1日現在)」、「経営規模・生産コスト等の内外比較」、「中山間地域における優良事例集」、NTT東日本「スマート農業でアグリビジネスはどう変わる?(第2回)」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。