東京大学 服部 孝洋*1
1.はじめに
「転換社債(CB)入門―基礎編―」(服部, 2025a)では転換社債(Convertible Bond, CB)の基本を説明しましたが、本稿では「基礎編」で取り扱わなかったテーマを取り扱います*3。本稿では、まず投資家と発行体の立場からみて、CBがどのような特徴を持つかを議論します。そのうえで、実際のCBに含まれる様々なオプションについて議論していきます。「基礎編」に比べ、本稿は実際のCBを理解するうえで必須となる知識を整理していきます*4。
なお、本稿は「基礎編」を前提にします。本稿を読む上でまずは「基礎編」を参照してください。本稿では、CBの有する特徴について包括的に議論する一方で、デリバティブ(特にオプション)やコーポレート・ファイナンスの基本は、前提としています。債券の基本については服部(2023, 2025b)などを参照していただきたいですが、オプション などの基本についてはデリバティブも含め、これまでの債券入門シリーズで説明しているため、筆者のウェブサイトを適時参照してください*5。
2.投資家と発行体からみた転換社債
「基礎編」ではCBの基本的な商品性について説明しましたが、ここからは、CBについて投資家および発行体の立場にたって、その特徴について考えていきます。例えば、投資家の立場にたった場合、ある商品が魅力的にみえたとしましょう。しかし、発行体の立場にたつと、それは調達コストが高いということを意味します。読者が金融商品を目にした際には、発行体の立場にたって、なぜ発行体はこのような魅力的に見える商品、すなわち、相対的に調達コストが高い可能性がある商品を発行しているのだろうと想像することが大切です。
ここでは、まずは投資家の立場からCBのメリットとデメリットを考え、次に発行体の立場からCBについて考えてみたいと思います。
2.1 投資家の立場から
読者がCBの投資家だとしましょう。投資家の視点でみると、「基礎編」で説明したとおり、円建てのCBのクーポンは、基本的にゼロになります*6。一方で、CBではなくて、同じ会社が発行する普通社債を買えば利息収入が得られます。投資家にとって、CBを購入するメリットは、株価が上昇したら(転換価格を超える限りにおいて)そのキャピタル・ゲインを得られる点にあります。
もちろん、投資家である読者は、CBではなくて、その企業の株式に投資することもできます。株式を保有した場合、株価が上昇したら利益が得られますが、株価が低下した場合、損失を被ることになります。一方、読者がCBを購入した場合、クーポンは得られないものの、株価が下がった場合は株式に転換しなければよいので、満期に元本(ここでは100円とします)が返済されます。したがって、投資家から見たCBの良い面は、クーポンが得られないものの、株価が低下することによる損失を抑えつつ、株価上昇によるキャピタル・ゲインも狙える商品となっていることといえます。
2.2 発行体の立場から
それでは、CBを発行する企業の立場からはどうでしょうか。まず、普通社債を発行する場合、国債の金利以上の金利負担となるところ、CBの場合、クーポンがゼロに設定されることから、発行体はクーポンの支払いを抑えることができます。もし、社債と同じクーポンを支払わなければならないなら、後述する新株予約権に伴うコストを考えると、株式に転換される権利も含むCBを出すメリットがありません。一方で、株価が転換価格を上回ることなく、CBが株式に転換されない場合、満期に100円を返済する必要がありますが、この点は社債と同様です。もし最終的に株式に転換されないとすれば、社債を発行することに比べて、コストを抑えることができます。
もっとも、CBを発行した場合、CBを株式に転換する権利は投資家がもっているため、株価の上がり方次第では株式に転換される可能性があります。この場合、転換後は配当を支払う必要が生まれます。また、転換されたタイミングで株式の発行総数が増えることになるため、希薄化(1株当たりの価値)が生じます。したがって、CBの発行時には、希薄化に関して、既存の投資家に対する配慮も求められます。
さらに、CBが株式に転換されることで、企業にとって一定の機会費用が発生する点にも注意してください。「基礎編」で想定したように、例えば、CB発行時の株価が100円であり、転換価格が100円であるCBを読者の会社(発行体)が発行したとしましょう。その後、満期である5年後に株価が150円になったら、投資家はCBを株式に転換するため、CBが株式に転換され、1株増資されることになります。この際、発行体である読者は当初100円しか調達していなかったところ、市場価格150円の株式を1株発行して投資家に渡しています。これは5年後に1株を市場価格で発行すれば、150円得られたにもかかわらず、100円しか調達できなかったということを意味し、この50円が資金調達の実質的なコストになっているとみることができます(投資家の立場では100円出して、150円の価値を有する株式が得られることを裏側から見ているともいえます)。この機会費用は意外と見落とされがちですが、筆者の意見では、オプションの難しさはこのようなコストなどが見えにくいということにもあります。
2.3 CBのプライシングのイメージ:アップ率
大切なことは、発行体と投資家からみて、CBの発行・購入に関し、それぞれメリット・デメリットがあるということであり、実際の取引では、発行体と投資家の両者が合意できるようプライシングがなされるということです*7。社債と比べたCBの特徴は、転換価格の水準を調整することで合意を測ることが一般的である点です。
CBのメリット・デメリットについて転換価格の観点で整理すると、転換価格が上がれば、転換される確率が低下するので発行体にとって得になりえますが、それは同時に、投資家にとってデメリットになる可能性があります。一方、転換価格が下がれば、株に転換される可能性が高くなるため、投資家にとっては得ですが*8、発行体にとっては発行後の株価が上がるほど実質的な費用が膨らむことから、デメリットが増えることになります。もちろん、実際のCBには、様々なオプションが含められるなど、投資家と発行体のトレードオフはこれほどシンプルなものではありませんが、大切な点は、前述のとおり、転換価格を調整することで両方が折り合えるようにすることです。
先ほどの例に戻ります。読者が投資家の場合、現在の株価が100円、転換価格が100円であるところ、5年後、株価が120円などに上がればその分利益が得られますが、仮に転換価格が(100円ではなく)200円であれば転換できず、100円で償還ということになります。後者の場合、5年後に株価が2倍になる可能性は低いと考え、読者は投資妙味がないと考えるかもしれません。逆に、読者がCBの発行体であれば、転換価格が100円ならば、株式に転換される可能性が高く、メリットがないと考えるかもしれませんが、転換価格が200円であれば転換される可能性が低く、CBを発行したいと考えるかもしれません。したがって、投資家と発行体が合意できる転換価格は、例えば、150円などといったその中間の値になります。
そのため、CBは、発行価額100円*9、そして、期中のクーポンをゼロ*10として、投資家と発行体が合意できる価格である転換価格が決められるという形でプライシングがなされます。そして、100円に対してどれくらい転換価格が高いか、という意味合いで、この比率を「アップ率」と表現します。実際、CBの発行に係る条件決定が公表されるときは、通常、アップ率も記載されます。
アップ率は、CB発行時の株価(転換価格を決める際の株価)を用いて下記のように定義できます。
アップ率=(転換価格/転換価格決定時の株価)-1
例えば、CB発行時の株価が100円であり、転換価格が120円の場合、アップ率は20%になります。転換価格決定時の株価は、ローンチ日及び条件決定日(同日)の終値が用いられます。
アップ率が決められるプロセス
典型的には、証券会社のシンジケート部*11およびセールスを通じて、発行体が受け入れ可能なアップ率にある程度レンジを設けて、投資家が受け入れ可能であるかの調整がなされます。日本企業が発行する円建てのCBは、通常、海外のCBファンドやヘッジファンド等に購入されるため、日本時間の夕方(ロンドン時間の朝)からの数時間でプライシングがなされます。
CBのプライシングに係る具体的なイメージは、株式市場が閉じた後、転換社債発行のプレスリリース・臨時報告書が日本時間の夕方に出てきます。それに伴い、アジア・ロンドンから、当該CBのマーケティングが開始されます。例えば、アップ率について、10%から20%などという形で一定のレンジが設けられ、投資家が合意できる価格が探られます。典型的にはロンドン時間の取引期間中(日本時間の深夜くらい)までにアップ率が決定されます。アップ率が決まれば、転換価格が決まるので、潜在的な希薄化率も決まります。それをうけて、先ほど出したプレスリリースに条件が追加され、訂正臨時報告書が翌営業日出てくるという流れになります(その内容はTDnetやEDINETを通じて確認できます)。
BOX 1 CBはワラント(新株予約権)と社債の合成
「基礎編」で説明したとおり、CBの価値は「CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値」で決まります。このことは、CBの経済的価値が、社債と新株予約権(ワラント)で合成できることを意味します。例えば、A社がCBを発行する場合、その経済的価値は、A社が(1)社債を発行すると同時に、(2)新株予約権を発行することにより再現されます*12。
これを具体的に考えます。A社が社債と新株予約権を発行する場合、社債の発行によりクーポンの支払いが発生する一方、A社は新株予約権を発行することで、オプション料を受け取ることができます。CBは、(1)と(2)のセット商品なので、CBのクーポンがゼロになるとは、A社が支払う社債のクーポンの現在価値と、A社が受け取るオプション料が相殺し合う状況と解釈できます。実際のCBには、ソフトコールなど様々なオプションが入りますが、株式に転換するオプションだけが入ったCBを考えれば、(1)と(2)が一致する転換価格を決める形で、アップ率が決定されると解釈できます。したがって、アップ率は、A社が社債を発行した際、どのくらいの金利を払う必要があるか、また、A社が新株予約権を発行した際、どれくらいのオプション料が得られるかのバランスで決まるとも言えます。
3.CBに含まれる様々なオプションとCBの価値
3.1 CBに含まれる様々なオプション
「基礎編」では、「CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値」としましたが、実際のCBには、株式に転換するオプションに追加して、様々なオプションが含まれています。その意味で、CBの価値は、
CBの価値=社債の価値
+(株式転換も含めた)オプションの価値
で決まるといえます。
大切なことは、CBに含まれるオプションには、CBの価値を上げるものもあれば下げるものもあり、影響しないものもあるということです*13。CBに付与されるオプションには、CBを発行する企業が権利行使できるものと、投資家が権利行使できるものがあります。CBの投資家からみれば、自分にとって都合がよいオプションが加わればCBの価値は上がりますし、発行体にとって都合がよいオプションが加わればCBの価値は下がります。実際のCBを評価するうえでは、内包される様々なオプションを考慮する必要があります。
3.2 各種オプション
ここから日本企業が発行するCBに含まれているオプションについて順に説明をしていきます。CBに含まれるオプションに関して、しばしばなされる分類は、あるオプションをCBに追加した際、アップ率が上がるかどうかというものです。これに加えて、あるオプションを加えたときに、どの程度、株式への転換がすすむか(希薄化がなされるか)という観点でも整理がなされます。アップ率と希薄化という軸で、CBを整理したものが図表1 CBに係るアップ率と株式への転換促進(転換抑制)の関係です。実際に、発行体が各種オプションの導入を検討する際には、どのオプションを加えると、どのようにアップ率が増え、希薄化がどの程度進む可能性があるかを考慮します。
この図表1には、CBに追加されることが多い代表的なオプションが掲載されています。以下では、それぞれのオプションについて説明していきます。
(1)ソフトコール・オプション
ソフトコール・オプションとは、企業がCBを発行した後、株価が上がって転換価格を一定程度上回った場合、発行体が額面で該当のCBを償還することを可能とするオプションです*14。例えば、現在の株価が100円であり、転換価格が120円であるとします。発行後株価が上がっていき、例えば、発行後1年後、ある水準(転換価格の125%あるいは130%など)に株価が達した場合、その時点で、元本である100円でCBを償還するというオプションがソフトコール・オプションです。発行体が早期償還できる株価の水準を「ソフトコール水準」といいます。
CBの投資家からすれば、ソフトコール水準に株価が達したら、発行体のCBは早期償還される可能性があります。このソフトコール水準は転換価格より高い水準に設定されているため、100円で償還されるより、ソフトコール水準に達した時点で株式に転換したほうが得です。したがって、ソフトコール・オプションがCBに入ることにより、CBの保有者は、株価がソフトコール水準に達したら、CBを株に転換するオプションを権利行使するインセンティブが生まれます*15。
発行体からみると、ソフトコール・オプションを入れることは、株式に転換される場合の価格の上限を付すという効果をもたらします。ソフトコール水準は、典型的には転換価格の125%あるいは130%などに設定されます。投資家からすれば、ソフトコール水準が下がるということは、CBを購入した場合、株価が上昇した場合のアップサイドがなくなるので、CBを買う魅力が落ちるので、発行体はその点を考慮してソフトコール水準を定める必要があります。
なお、「基礎編」で言及したとおり、通常のCBに含まれる株式転換オプションはアメリカン・タイプのオプション(いつでも権利行使できるオプション)が用いられますが、タイム・バリューがあるため満期直前に権利行使される傾向があります。もっとも、ソフトコール・オプションを入れることにより、株価がソフトコール水準に達した時点で、満期前であっても投資家が株式に転換するという効果ももたらします。
図表2 ソフトコール・オプションのイメージがソフトコール・オプションのイメージです(この図における株価の推移はあくまで一例です)。アップ率は通常プラスなので、転換価格は、発行時の株価を上回るように設定されています。CBが発行された後、一定期間経過後、発行体が早期償還できる期間(コール可能期間)が生まれます。この期間が過ぎてから、ソフトコール水準を株価が超えた場合、発行体は元本償還することが可能になります(CBを持つ投資家はこの水準に達した場合、株式に転換することになります)。図表2の左側のように権利行使が可能な期間でソフトコール水準を株価が上回れば、権利行使が可能となるタイミングで株式に転換されます。もっとも、図表2の右側のように株価がソフトコール水準を上回らなければ権利行使されません。
これは発行体にメリットがあるオプションを与えられていることを意味するため、投資家からみると、CBの価値を下げることになります。アップ率という観点でいえば、発行体が早期償還できる期間が早ければ早いほど、また、ソフトコールの水準が低いほど、アップ率は低くなります。また、株価がソフトコール水準に達したら株への転換オプションが権利行使されるという意味で、権利行使・希薄化を促します。
(2)転換制限条項(CoCo条項)
株式への転換そのものに制限を付ける条項もあります。これを「転換制限(Contingent Conversion, CoCo)条項」といいます*16。先ほどの例に再び戻り、今の株価が100円で、転換価格が120円であるとします。前述のとおり、CBの保有者はいつでも株式に転換できるオプションを権利行使できるのですが、発行体は、CoCo条項を使えば、一定の期間、例えば転換価格の130%を超えていないと株式に転換できないという制限を付けることができます。
図表3 転換制限条項(CoCo条項)のイメージ図がこの転換制限条項を説明するうえでよく使われる図です。この図表では株価の推移が示されていますが、株価がこの図の薄いグレーの部分で推移すると株式に転換可能である一方、濃いグレーの部分を推移している場合、株価に転換できないということを意味しています(この図における株価の推移はあくまで一例です)。典型的には、この価格制限の水準(トリガー水準)については、転換価格の130%や150%などの形で設定されます。シンプルな形だと図表3の左側のような形で、例えば130%で制限条項が付されて、満期の3~6か月前にこの制限がなくなるというものです。一方、図表3の右側のように、当初150%に水準に設定され、満期1年前に130%へ下げられ、満期の3~6か月前にこの条項が解除されるという形で、段階的に転換条項が解除されるという形も取られます。
もっとも、「基礎編」で説明したとおり、オプションにはタイム・バリューがあるので、CBの保有者は基本的に満期付近で株式転換オプションを権利行使する傾向があります。そのため、転換制限条項を付したとしても、実際には、バリュエーション(アップ率)に大きな影響を与えないとされています。
(3)プット・オプション
先ほどソフトコール・オプションの説明をしましたが、CBに含まれるオプションには、プット・オプションもあります。CBにおけるプット・オプションは、CBの投資家が満期前に繰り上げ償還できる権利です。
このオプションを具体的に考えるため、読者がCB(5年債)を持っているとしましょう。CBの発行後、株価は低下していき、読者としては該当のCBが株式に転換される可能性がなくなったと考えたとします。読者としては、もう転換される可能性がないとすれば、クーポンが生まれないCBを持っておく必要はなく、早めに投資額を返してほしいという気持ちが生まれます。
CBにおけるプット・オプションとは、CBの保有者が権利行使すれば、例えば、満期前である3年後に額面で償還することができるというオプションです*17。したがって、上述のケースにおいて、仮に3年後に額面償還するプット・オプションをCBの保有者が持っていれば、CBの保有者が株価が転換価格を上回ることがないと考えたときに権利行使をし、繰り上げ償還をすることになります。
図表4 プット・オプションのイメージがプット・オプションのイメージです(この図における株価の推移はあくまで一例です)。アップ率はプラスなので、発行時の株価は転換価格を下回ります。CBを発行後、株価は低迷し、転換価格を超えることがないと思われる場合、CBの保有者は、プット・オプションを権利行使できるタイミングが来たら、このオプションを権利行使して、繰り上げ償還されるということになります。
発行体としては、このプット・オプションを入れるにしても、CBの発行後ある程度時間が経過してから権利行使できるオプションを入れたいと考えます。なぜなら、すぐに権利行使できるプット・オプションをいれてしまうと、発行後、株価が低下していき、クーポンをゼロに抑えられたとしても、すぐに権利行使されてしまいますから、せっかくゼロ・クーポンで調達できたのに、すぐに返済しなければならないということになります。
アップ率と希薄化との関係については、プット・オプションは、投資家が権利行使できるオプションですので、投資家からみてCBの価値をあげる(アップ率を上げる)ことになります。また、このオプションを権利行使した場合、株式に転換がなされないため、希薄化率を下げる方向に寄与し得ますが、そもそも株式に転換できないから投資家がこのオプションを権利行使することもあり、それほど希薄化には影響を与えないとされています。
(4)額面現金決済条項
CBが株式に転換される場合、発行体がCBの額面部分を現金で渡すことで、株式の総数が増えることを防ぐ条項もあります。このオプションを額面現金決済条項といいます。
この額面現金決済条項は少し複雑なので、ここから具体的に考えていきます。まず、読者がある企業(発行体)の財務担当者であり、現在、株価が120円である中、転換価格が150円のCBを30億円発行したとしましょう。その後、株価が上昇していき、満期に250円になったとします。この場合、満期での株価は250円であり、転換価格より100円高いため、CBの保有者は権利行使をして株式に転換し、これに伴い、発行済み株式総数が増えることになります。具体的には、30億円/150円=2,000万株という形で、株式転換に伴い2,000万株が発行されることになります。「基礎編」で説明したとおり、転換価格が1株150円の場合、2,000万株発行すればCBの元本に相当する30億円分調達できるということが、株式への転換で出てくる株数に関する考え方です。
もっとも、発行体の財務担当者である読者は、近年の資本効率の改善を求める声を受けて、株式の希薄化をできるだけ避けたいと考えているとしましょう。そこで、読者はCBの発行当時に、CBの社債部分(額面部分)は現金で返済してもよい、という額面現金決済条項をCBに入れておきました*18。読者はこのタイミングでこの条項を用いて額面の部分を現金で返済しますが、この場合、どのくらい希薄化を防ぐことができるでしょうか。
もともとのCBの社債部分の額面金額は、前述のとおり30億円になります。したがって、読者は30億円については現金で返済し、残りの部分について増資をすることで対応することになります。CBの保有者は、通常どおりすべて株式に転換した場合(2,000万株発行した場合)と同じだけの利益が得られるなら、CBの額面部分について現金で返済されてもよいと考えています。
まず、CBの保有者が満期時に得られる価値を整理します。CBの保有者は前述のとおり、権利行使をすることで2,000万株得られるので、満期時に株価が250円であることを考えると、CBの保有者は、2,000万株×250円=50億円の価値を有する株式を得られることになります(なお、この50億円に相当する価値を「転換価値」や「パリティ」と呼ぶこともあります)。前述のとおり、CBの社債としての額面は30億円なので、読者は額面である30億円分を現金で返し、残りの20億円分については株式を発行することで対応することになります。20億円に相当する株式数は、満期時の株価は250円であることを考えると、20億円/250円=800万株になります。したがって、CBの保有者に2,000株分を発行するのではなくて、読者は額面現金決済条項により、30億円を現金で返済し、さらに800万株を渡すということになります。
希薄化抑制効果という観点でいえば、本来2,000万株が増える可能性があったところ、800万株の増資に抑えられたことから、希薄化は40%(=800万株/2000万株)に抑えられたということになります*19。
ここでは株価が250円にあがるケースを考えましたが、株価がより上がったケースを考えます。例えば、株価が300円にあがる場合、転換価値は2,000万株×300円=60億円となります。CBの社債としての額面は30億円なので、残りの30億円分を株式を発行することで対応することになり、30億円/300円=1000万株分が追加で発行されることになります。このことからわかる通り、株価が上がると、追加で発行される株数(交付株数*20)が増えることになります(図表5 交付される株の数と株価の関係)。
図表6 額面現金決済条項に基づくCBの取得時における概念図は額面現金決済条項を説明する上でよく使われる図です。ここでの交付現金部分は額面金額です。交付株式は、「(転換価値-額面金額)/株価(平均VWAP*21)」となります(先ほどの計算例でいえば、(50億円-30億円)/250円=800万株となります)。
なお、額面現金決済条項は、発行体がすぐに権利行使できるとアップ率に影響を与えますが、満期直前に権利行使できるようにするなどアップ率に影響を与えない設計がなされる傾向があります*22。また、現金で払うことで、希薄化を抑制する効果を有します。
(5)ソフト・マンダトリー条項
最後に紹介するのが、ソフト・マンダトリー条項です。ソフト・マンダトリー条項とは額面現金決済条項とは反対に、株価が低く推移したとしても発行体が株式を発行して資本を増やしたい場合に入れる条項です。具体的には、ソフト・マンダトリー条項とは、株価が転換価格を下回っている場合、そのままだと投資家に株式に転換してもらえないところ、現金を組み合わせることで、発行体の判断で株式を交付することで資本増強することが可能となる条項です。
ソフト・マンダトリー条項も複雑なので、再び、読者がCBの発行体だとして、具体的に議論していきます。CBを発行後、株価が転換価格より低く推移すると、CBの保有者はCBを株式に転換しなくなります。仮に、CBの発行体である読者が自己資本を増やしたいと考えている場合でも、株価が低下し続けると、最終的に、そのCBは株式に転換されることがありませんから、自己資本は増えませんし、しかもCBで調達した金額を返済する必要があります。
先ほどと同様、読者は発行体の財務担当者であり、増資を達成したいと考えているとしましょう。現在、株価が120円である中、読者は転換価格が150円のCBを30億円発行しています。その後、株価が低下していき、満期に100円になってしまったとします。この場合、満期での株価は転換価格より低いため、このままだとCBは株式に転換されません。しかし、読者としては自己資本を増やすため、ソフト・マンダトリー条項を入れていました。この場合、発行体はどれだけ現金を払わなければいけないでしょうか。
まず、発行体がCBを株式に転換した場合、前述のとおり、転換価格は150円なので、30億円/150円=2,000万株得られることになります。今回の場合、満期時の株価は100円なので、株式に転換した場合、CBの保有者が得る価値は、100円×2,000万株=20億円になりますが、これはCBの額面である30億円を下回ります。このままだと、権利行使せず30億円の現金を受け取ったほうが、CBの保有者としてはメリットがあります。しかし、発行体である読者から別途10億円を現金でもらえるなら、CBの保有者としては、株式に転換して20億円得て、さらに現金で10億円得られるので、経済性は同じということになります。そして、ソフト・マンダトリー条項により自己資本を増加させる場合、読者が株式転換のために支払うべき金額はこの10億円ということになります。これは満期に、その時の株価で株式を発行し、現金を追加してCBを償還していることと同じであるため、実質的には現金と株でCBを償還することと同じことである点に注意してください。
ソフト・マンダトリー条項のイメージは図表7 ソフト・マンダトリー条項のイメージのとおりです。この図において、交付する株式の価値は、「交付株式数×株価*23」であり、交付現金は「社債の額面金額相当額-交付株式数×株価*23」となります(先ほどの例では、交付する株式の価値は100円×2,000万株=20億円であり、交付現金は10億円になります)。図表7が示しているとおり、株価が下がるほど、その分交付する現金が増えるという仕組みになります。なお、ソフト・マンダトリー条項は、満期時直前のみ行使可能なタイプ(ヨーロピアン・オプション)と、一定期間経過後、いつでも行使可能なタイプ(アメリカン・タイプ)があります。
ソフト・マンダトリー条項は上述のとおり、額面金額に足りない部分は現金を加えるため、その経済性は変わらないといえます。もっとも、実際にはアップ率の低下につながる傾向が指摘されます。一方、上述のとおり、株式の発行を促す条項なので、希薄化が進みます。
なお、最近のCBには、ソフト・マンダトリー条項はあまり含まれていないとされています。かつてに比べ、最近では資本効率が重要視されるため、希薄化を促してまで自己資本を増やしたい企業が減ってきていることが一因とされています。
3.3 アップ率とオプションの価値
ここまでオプションの価値の算定に言及してきませんでしたが、実際のCBのアップ率を考える上では、オプションの価値の算定が必要になります。オプションの価値は当該会社の株価のボラティリティやオプションの満期、行使価格(転換価格)の水準などに依存します。ボラティリティは会社ごとに異なりますし、その時の相場にも依存します。また、実際のCBのアップ率の算定にあたっては、本稿で言及した様々なオプションの価値を算出する必要があります。
前述のとおり、実際のCBのプライシングのイメージは、クーポンをゼロとし、発行年限を定めたうえで、発行体と投資家の間に証券会社が立つことで、両者が合意できるアップ率が探られるというものです。日本企業の出すCBは、CBファンドやヘッジファンドなど海外の投資家が購入することが多いのですが、そういった投資家は自分たちが考える望ましいアップ率をすぐに計算できるようなツールを持っているのが典型です。本稿で紹介したような様々なオプションの価値を、実際にどのように計算するかは非常に技術的なので省略しますが、関心がある方はオプションの教科書を参照してください。
なお、CBの価値にはオプション以外の要因も影響を与える点に注意してください。例えば、本稿では実際に発行されるCBを考え、クーポンをゼロとしましたが、もしCBにプラスのクーポンを付した場合は、CBの価値を上げ、アップ率を上げることに寄与します。
BOX 2 MSCB(転換価格の修正)
これまでCBは転換価格が一定のケースを考えてきましたが、CBの中には、発行後一定期間経過ごとにその時点での時価で算定し直すなど、転換価格が一定のルールで見直される条項が付されているものがあります。このCBを「転換価額修正条項付転換社債型新株予約権付社債」といいます。英語ではMoving Strike Convertible Bondと呼ばれ、MSCBと略されます。
MSCBは2005年、ライブドアがニッポン放送を買収するため、800億円のMSCBを発行したことが大きく報道され、これを契機に世間での認知があがったという印象です。一方で、MSCBそのものは新聞などでその副作用が指摘されることが多い点も事実です。
まずはMSCBの商品性を説明します。例えば、ある会社が100億円分のCBを発行して転換価格が1,000円だったとしましょう。その後、株価が下がり、800円になったとします。通常のCBでは転換価格は1,000円のままですが、MSCBでは、転換価格がその時の時価である800円へと修正されるというのが、基本的な商品性です。
MSCBの重要な特徴は、上述のとおり、転換価格が修正される可能性があるため、株価が低下することにより、発行される株式総数が増えるということです。「基礎編」で議論したとおり、5年後、もし株価が転換価格である1,000円を超え、CBの保有者が権利行使した場合、CBの保有者には、100億円÷1,000円=1,000万株が交付されることになります。これは1株1,000円の場合、1,000万株発行すればCBの元本に相当する100億円を調達できるという考え方です。
もっとも、前述の通り、MSCBでは転換価格が下方修正される可能性があります。例えば、株価が下がり、転換価格が500円へ下方修正されれば、100億円÷500円=2,000万株という形で、転換価格が1,000円に比べて、発行される株数が2倍になります。したがって、発行額が同じ100億円であっても、通常のCBと違って、MSCBであれば発行済み株式総数がどれだけ増えるかに不確実性があり、株価の低下次第では想定以上に希薄化が進む可能性がある商品といえます。
2000年代にはMSCBが発行されることが多かったものの、株価が低下することで、株式総数が大幅に増加するということがありました(株価が低下し、転換株式数が増え、さらに株価が低下するというスパイラルもしばしば指摘されました)。実際、金融庁の資料では、CBのデメリットとして「転換価額が下方修正されると、株式転換したときに得られる株式数が増加するため、株式の希薄化(一株当りの価値の低下)が進み、既存株主の利益が損なわれる」と指摘されています*24。これに加え、CBの引受先となった証券会社などによる空売りなども問題視されました。なお、筆者の理解ではMSCBは第三者割当形式で特定の投資家(証券会社を含む)が割当てを引受ける形が一般的です。
これらを受け、2007年に、原則として1か月で転換できる株式数を発行済み株式の10%以内にするといったルールができるなど、一定の規制がなされるようになりました。また、筆者の理解では、この規制改革以降、MSCBの発行は下火になったと理解しています。
4.おわりに
今回はCBに関して、発行体および投資家の視点から、その経済性について議論をしました。また、CBに含めることができる様々なオプションについて説明しました。次回は投資家からみたCBについて議論していきます。
参考文献
[1].服部孝洋(2022)「AT1債およびバーゼルⅢ適格Tier2債(BⅢT2債)入門―バーゼルⅢ対応資本性証券(ハイブリッド証券)について―」『ファイナンス』, 14-24.
[2].服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[3].服部孝洋(2025a)「転換社債(CB)入門―基礎編―」『ファイナンス』, 25-31.
[4].服部孝洋(2025b)「はじめての日本国債」集英社新書
*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
*3) 厳密には、転換社債は「転換社債型新株予約権付社債」といいますが、本稿ではシンプルに転換社債と記載します。
*4) 本稿で想定するCBは、日本企業が発行する典型的なユーロ円CBを想定しています(ユーロ円債とは、日本外で発行される円建ての債券です)。
*5) 下記を参照
https://sites.google.com/site/hattori0819/
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*6) これまでの日本企業が発行したCBのクーポンがゼロであることが多かったことから、ここではクーポンをゼロとした事例をあげていますが、クーポンがぜロではないケースも存在しえる点には注意が必要です。
*7) 具体的には、証券会社を通じて、アップ率の仮条件の範囲内において、ブック・ビルディング方式により合意できるところで価格が決まります。ブック・ビルディング方式とは発行条件の決定方式の一つです。発行会社は機関投資家等からの意見をもとに価格帯(「仮条件」)を設定、投資家に提示します。その後、発行会社は「仮条件」を基に投資家からの需要を把握し、市場動向にあった発行価格を決定します。ここではブックビルディング方式の説明において下記のJPXのウェブサイトを参照しています。https://www.jpx.co.jp/glossary/ha/394.html
*8) ここでは後述する様々なオプションは捨象しています。
*9) 実際には発行手数料などがあるので、募集価格は100円以上の値になります。
*10) 執筆時点でCBの典型的なクーポンであるゼロを事例として用いています。
*11) 実際の証券会社では、シンジケート部とエクイティ・キャピタル・マーケット部がほぼ一体になっていたり、シンジケート部が投資銀行部門とIB部門の共管になっていたりします。筆者の理解では、シンジケート部の位置づけは各証券会社で異なるため、その点に注意が必要です。
*12) このBOXでは、新株予約権が権利行使されたら、発行体は増資し、キャッシュを得ますが、そのキャッシュを用いて、社債を償還するということを想定しています。もっとも、実際のCBでは、このような取引はなされず、新株予約権が権利行使されたら、CBが株式に転換される点に注意してください。
*13) 2006年に新会社法が施行されたことで、CBに様々なオプションを含めることが可能になりました。
*14) ソフトコール・オプションの他に、ハードコール・オプションと呼ばれるオプションもあります。これは発行体がどのタイミングでも100円で償還するオプションを有するものですが、ソフトコール・オプションに比べ、あまり使用されることがないと理解しています。
*15) 実際のCBでは、ソフトコール水準に達したら一定期間に株式に転換する必要があるという商品性になっており、ソフトコール水準に達する前に株式に転換する必要はありません。
*16) なお、金融機関がバーゼル規制の観点で自己資本を増やす場合の転換社債をCoCo債と呼ぶこともありますが、ここで記載しているCoCoとは性質が違うため注意してください。この詳細は服部(2022)を参照してください。
*17) コーラブル債と呼ばれる債券もありますが、コーラブル債とは、発行体が一定の条件で元本の100円で早期償還することが可能な債券を指しています。
*18) 発行体が好きなタイミングで現金で返済するという仕組みもありえますが、すぐに権利行使できるとタイム・バリューがなくなり、アップ率に影響を与えるため、実際には満期直前に行使できる仕組みが普及しています。
*19) 会計的には、この場合、800万株が増えて自己資本は増えないという処理がなされます。
*20) このように、何かの対価として株式や現金を交付することを交付株式や交付現金といいます。
*21) VWAP(Volume Weighted Average Price)とは売買高加重平均価格のことを指します。
*22) 発行体が権利行使すると、CBの保有者は転換価値を受け取りますが、発行後すぐに権利行使するとタイム・バリューがなくなるため、アップ率に影響を与えます。したがって、例えば、満期に近いタイミングで権利行使できる形が取られています。
*23) この株価は通常、平均VWAPが用いられます。
*24) https://www.fsa.go.jp/singi/mdth_kon/siryou/20060327/03-4.pdf
1.はじめに
「転換社債(CB)入門―基礎編―」(服部, 2025a)では転換社債(Convertible Bond, CB)の基本を説明しましたが、本稿では「基礎編」で取り扱わなかったテーマを取り扱います*3。本稿では、まず投資家と発行体の立場からみて、CBがどのような特徴を持つかを議論します。そのうえで、実際のCBに含まれる様々なオプションについて議論していきます。「基礎編」に比べ、本稿は実際のCBを理解するうえで必須となる知識を整理していきます*4。
なお、本稿は「基礎編」を前提にします。本稿を読む上でまずは「基礎編」を参照してください。本稿では、CBの有する特徴について包括的に議論する一方で、デリバティブ(特にオプション)やコーポレート・ファイナンスの基本は、前提としています。債券の基本については服部(2023, 2025b)などを参照していただきたいですが、オプション などの基本についてはデリバティブも含め、これまでの債券入門シリーズで説明しているため、筆者のウェブサイトを適時参照してください*5。
2.投資家と発行体からみた転換社債
「基礎編」ではCBの基本的な商品性について説明しましたが、ここからは、CBについて投資家および発行体の立場にたって、その特徴について考えていきます。例えば、投資家の立場にたった場合、ある商品が魅力的にみえたとしましょう。しかし、発行体の立場にたつと、それは調達コストが高いということを意味します。読者が金融商品を目にした際には、発行体の立場にたって、なぜ発行体はこのような魅力的に見える商品、すなわち、相対的に調達コストが高い可能性がある商品を発行しているのだろうと想像することが大切です。
ここでは、まずは投資家の立場からCBのメリットとデメリットを考え、次に発行体の立場からCBについて考えてみたいと思います。
2.1 投資家の立場から
読者がCBの投資家だとしましょう。投資家の視点でみると、「基礎編」で説明したとおり、円建てのCBのクーポンは、基本的にゼロになります*6。一方で、CBではなくて、同じ会社が発行する普通社債を買えば利息収入が得られます。投資家にとって、CBを購入するメリットは、株価が上昇したら(転換価格を超える限りにおいて)そのキャピタル・ゲインを得られる点にあります。
もちろん、投資家である読者は、CBではなくて、その企業の株式に投資することもできます。株式を保有した場合、株価が上昇したら利益が得られますが、株価が低下した場合、損失を被ることになります。一方、読者がCBを購入した場合、クーポンは得られないものの、株価が下がった場合は株式に転換しなければよいので、満期に元本(ここでは100円とします)が返済されます。したがって、投資家から見たCBの良い面は、クーポンが得られないものの、株価が低下することによる損失を抑えつつ、株価上昇によるキャピタル・ゲインも狙える商品となっていることといえます。
2.2 発行体の立場から
それでは、CBを発行する企業の立場からはどうでしょうか。まず、普通社債を発行する場合、国債の金利以上の金利負担となるところ、CBの場合、クーポンがゼロに設定されることから、発行体はクーポンの支払いを抑えることができます。もし、社債と同じクーポンを支払わなければならないなら、後述する新株予約権に伴うコストを考えると、株式に転換される権利も含むCBを出すメリットがありません。一方で、株価が転換価格を上回ることなく、CBが株式に転換されない場合、満期に100円を返済する必要がありますが、この点は社債と同様です。もし最終的に株式に転換されないとすれば、社債を発行することに比べて、コストを抑えることができます。
もっとも、CBを発行した場合、CBを株式に転換する権利は投資家がもっているため、株価の上がり方次第では株式に転換される可能性があります。この場合、転換後は配当を支払う必要が生まれます。また、転換されたタイミングで株式の発行総数が増えることになるため、希薄化(1株当たりの価値)が生じます。したがって、CBの発行時には、希薄化に関して、既存の投資家に対する配慮も求められます。
さらに、CBが株式に転換されることで、企業にとって一定の機会費用が発生する点にも注意してください。「基礎編」で想定したように、例えば、CB発行時の株価が100円であり、転換価格が100円であるCBを読者の会社(発行体)が発行したとしましょう。その後、満期である5年後に株価が150円になったら、投資家はCBを株式に転換するため、CBが株式に転換され、1株増資されることになります。この際、発行体である読者は当初100円しか調達していなかったところ、市場価格150円の株式を1株発行して投資家に渡しています。これは5年後に1株を市場価格で発行すれば、150円得られたにもかかわらず、100円しか調達できなかったということを意味し、この50円が資金調達の実質的なコストになっているとみることができます(投資家の立場では100円出して、150円の価値を有する株式が得られることを裏側から見ているともいえます)。この機会費用は意外と見落とされがちですが、筆者の意見では、オプションの難しさはこのようなコストなどが見えにくいということにもあります。
2.3 CBのプライシングのイメージ:アップ率
大切なことは、発行体と投資家からみて、CBの発行・購入に関し、それぞれメリット・デメリットがあるということであり、実際の取引では、発行体と投資家の両者が合意できるようプライシングがなされるということです*7。社債と比べたCBの特徴は、転換価格の水準を調整することで合意を測ることが一般的である点です。
CBのメリット・デメリットについて転換価格の観点で整理すると、転換価格が上がれば、転換される確率が低下するので発行体にとって得になりえますが、それは同時に、投資家にとってデメリットになる可能性があります。一方、転換価格が下がれば、株に転換される可能性が高くなるため、投資家にとっては得ですが*8、発行体にとっては発行後の株価が上がるほど実質的な費用が膨らむことから、デメリットが増えることになります。もちろん、実際のCBには、様々なオプションが含められるなど、投資家と発行体のトレードオフはこれほどシンプルなものではありませんが、大切な点は、前述のとおり、転換価格を調整することで両方が折り合えるようにすることです。
先ほどの例に戻ります。読者が投資家の場合、現在の株価が100円、転換価格が100円であるところ、5年後、株価が120円などに上がればその分利益が得られますが、仮に転換価格が(100円ではなく)200円であれば転換できず、100円で償還ということになります。後者の場合、5年後に株価が2倍になる可能性は低いと考え、読者は投資妙味がないと考えるかもしれません。逆に、読者がCBの発行体であれば、転換価格が100円ならば、株式に転換される可能性が高く、メリットがないと考えるかもしれませんが、転換価格が200円であれば転換される可能性が低く、CBを発行したいと考えるかもしれません。したがって、投資家と発行体が合意できる転換価格は、例えば、150円などといったその中間の値になります。
そのため、CBは、発行価額100円*9、そして、期中のクーポンをゼロ*10として、投資家と発行体が合意できる価格である転換価格が決められるという形でプライシングがなされます。そして、100円に対してどれくらい転換価格が高いか、という意味合いで、この比率を「アップ率」と表現します。実際、CBの発行に係る条件決定が公表されるときは、通常、アップ率も記載されます。
アップ率は、CB発行時の株価(転換価格を決める際の株価)を用いて下記のように定義できます。
アップ率=(転換価格/転換価格決定時の株価)-1
例えば、CB発行時の株価が100円であり、転換価格が120円の場合、アップ率は20%になります。転換価格決定時の株価は、ローンチ日及び条件決定日(同日)の終値が用いられます。
アップ率が決められるプロセス
典型的には、証券会社のシンジケート部*11およびセールスを通じて、発行体が受け入れ可能なアップ率にある程度レンジを設けて、投資家が受け入れ可能であるかの調整がなされます。日本企業が発行する円建てのCBは、通常、海外のCBファンドやヘッジファンド等に購入されるため、日本時間の夕方(ロンドン時間の朝)からの数時間でプライシングがなされます。
CBのプライシングに係る具体的なイメージは、株式市場が閉じた後、転換社債発行のプレスリリース・臨時報告書が日本時間の夕方に出てきます。それに伴い、アジア・ロンドンから、当該CBのマーケティングが開始されます。例えば、アップ率について、10%から20%などという形で一定のレンジが設けられ、投資家が合意できる価格が探られます。典型的にはロンドン時間の取引期間中(日本時間の深夜くらい)までにアップ率が決定されます。アップ率が決まれば、転換価格が決まるので、潜在的な希薄化率も決まります。それをうけて、先ほど出したプレスリリースに条件が追加され、訂正臨時報告書が翌営業日出てくるという流れになります(その内容はTDnetやEDINETを通じて確認できます)。
BOX 1 CBはワラント(新株予約権)と社債の合成
「基礎編」で説明したとおり、CBの価値は「CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値」で決まります。このことは、CBの経済的価値が、社債と新株予約権(ワラント)で合成できることを意味します。例えば、A社がCBを発行する場合、その経済的価値は、A社が(1)社債を発行すると同時に、(2)新株予約権を発行することにより再現されます*12。
これを具体的に考えます。A社が社債と新株予約権を発行する場合、社債の発行によりクーポンの支払いが発生する一方、A社は新株予約権を発行することで、オプション料を受け取ることができます。CBは、(1)と(2)のセット商品なので、CBのクーポンがゼロになるとは、A社が支払う社債のクーポンの現在価値と、A社が受け取るオプション料が相殺し合う状況と解釈できます。実際のCBには、ソフトコールなど様々なオプションが入りますが、株式に転換するオプションだけが入ったCBを考えれば、(1)と(2)が一致する転換価格を決める形で、アップ率が決定されると解釈できます。したがって、アップ率は、A社が社債を発行した際、どのくらいの金利を払う必要があるか、また、A社が新株予約権を発行した際、どれくらいのオプション料が得られるかのバランスで決まるとも言えます。
3.CBに含まれる様々なオプションとCBの価値
3.1 CBに含まれる様々なオプション
「基礎編」では、「CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値」としましたが、実際のCBには、株式に転換するオプションに追加して、様々なオプションが含まれています。その意味で、CBの価値は、
CBの価値=社債の価値
+(株式転換も含めた)オプションの価値
で決まるといえます。
大切なことは、CBに含まれるオプションには、CBの価値を上げるものもあれば下げるものもあり、影響しないものもあるということです*13。CBに付与されるオプションには、CBを発行する企業が権利行使できるものと、投資家が権利行使できるものがあります。CBの投資家からみれば、自分にとって都合がよいオプションが加わればCBの価値は上がりますし、発行体にとって都合がよいオプションが加わればCBの価値は下がります。実際のCBを評価するうえでは、内包される様々なオプションを考慮する必要があります。
3.2 各種オプション
ここから日本企業が発行するCBに含まれているオプションについて順に説明をしていきます。CBに含まれるオプションに関して、しばしばなされる分類は、あるオプションをCBに追加した際、アップ率が上がるかどうかというものです。これに加えて、あるオプションを加えたときに、どの程度、株式への転換がすすむか(希薄化がなされるか)という観点でも整理がなされます。アップ率と希薄化という軸で、CBを整理したものが図表1 CBに係るアップ率と株式への転換促進(転換抑制)の関係です。実際に、発行体が各種オプションの導入を検討する際には、どのオプションを加えると、どのようにアップ率が増え、希薄化がどの程度進む可能性があるかを考慮します。
この図表1には、CBに追加されることが多い代表的なオプションが掲載されています。以下では、それぞれのオプションについて説明していきます。
(1)ソフトコール・オプション
ソフトコール・オプションとは、企業がCBを発行した後、株価が上がって転換価格を一定程度上回った場合、発行体が額面で該当のCBを償還することを可能とするオプションです*14。例えば、現在の株価が100円であり、転換価格が120円であるとします。発行後株価が上がっていき、例えば、発行後1年後、ある水準(転換価格の125%あるいは130%など)に株価が達した場合、その時点で、元本である100円でCBを償還するというオプションがソフトコール・オプションです。発行体が早期償還できる株価の水準を「ソフトコール水準」といいます。
CBの投資家からすれば、ソフトコール水準に株価が達したら、発行体のCBは早期償還される可能性があります。このソフトコール水準は転換価格より高い水準に設定されているため、100円で償還されるより、ソフトコール水準に達した時点で株式に転換したほうが得です。したがって、ソフトコール・オプションがCBに入ることにより、CBの保有者は、株価がソフトコール水準に達したら、CBを株に転換するオプションを権利行使するインセンティブが生まれます*15。
発行体からみると、ソフトコール・オプションを入れることは、株式に転換される場合の価格の上限を付すという効果をもたらします。ソフトコール水準は、典型的には転換価格の125%あるいは130%などに設定されます。投資家からすれば、ソフトコール水準が下がるということは、CBを購入した場合、株価が上昇した場合のアップサイドがなくなるので、CBを買う魅力が落ちるので、発行体はその点を考慮してソフトコール水準を定める必要があります。
なお、「基礎編」で言及したとおり、通常のCBに含まれる株式転換オプションはアメリカン・タイプのオプション(いつでも権利行使できるオプション)が用いられますが、タイム・バリューがあるため満期直前に権利行使される傾向があります。もっとも、ソフトコール・オプションを入れることにより、株価がソフトコール水準に達した時点で、満期前であっても投資家が株式に転換するという効果ももたらします。
図表2 ソフトコール・オプションのイメージがソフトコール・オプションのイメージです(この図における株価の推移はあくまで一例です)。アップ率は通常プラスなので、転換価格は、発行時の株価を上回るように設定されています。CBが発行された後、一定期間経過後、発行体が早期償還できる期間(コール可能期間)が生まれます。この期間が過ぎてから、ソフトコール水準を株価が超えた場合、発行体は元本償還することが可能になります(CBを持つ投資家はこの水準に達した場合、株式に転換することになります)。図表2の左側のように権利行使が可能な期間でソフトコール水準を株価が上回れば、権利行使が可能となるタイミングで株式に転換されます。もっとも、図表2の右側のように株価がソフトコール水準を上回らなければ権利行使されません。
これは発行体にメリットがあるオプションを与えられていることを意味するため、投資家からみると、CBの価値を下げることになります。アップ率という観点でいえば、発行体が早期償還できる期間が早ければ早いほど、また、ソフトコールの水準が低いほど、アップ率は低くなります。また、株価がソフトコール水準に達したら株への転換オプションが権利行使されるという意味で、権利行使・希薄化を促します。
(2)転換制限条項(CoCo条項)
株式への転換そのものに制限を付ける条項もあります。これを「転換制限(Contingent Conversion, CoCo)条項」といいます*16。先ほどの例に再び戻り、今の株価が100円で、転換価格が120円であるとします。前述のとおり、CBの保有者はいつでも株式に転換できるオプションを権利行使できるのですが、発行体は、CoCo条項を使えば、一定の期間、例えば転換価格の130%を超えていないと株式に転換できないという制限を付けることができます。
図表3 転換制限条項(CoCo条項)のイメージ図がこの転換制限条項を説明するうえでよく使われる図です。この図表では株価の推移が示されていますが、株価がこの図の薄いグレーの部分で推移すると株式に転換可能である一方、濃いグレーの部分を推移している場合、株価に転換できないということを意味しています(この図における株価の推移はあくまで一例です)。典型的には、この価格制限の水準(トリガー水準)については、転換価格の130%や150%などの形で設定されます。シンプルな形だと図表3の左側のような形で、例えば130%で制限条項が付されて、満期の3~6か月前にこの制限がなくなるというものです。一方、図表3の右側のように、当初150%に水準に設定され、満期1年前に130%へ下げられ、満期の3~6か月前にこの条項が解除されるという形で、段階的に転換条項が解除されるという形も取られます。
もっとも、「基礎編」で説明したとおり、オプションにはタイム・バリューがあるので、CBの保有者は基本的に満期付近で株式転換オプションを権利行使する傾向があります。そのため、転換制限条項を付したとしても、実際には、バリュエーション(アップ率)に大きな影響を与えないとされています。
(3)プット・オプション
先ほどソフトコール・オプションの説明をしましたが、CBに含まれるオプションには、プット・オプションもあります。CBにおけるプット・オプションは、CBの投資家が満期前に繰り上げ償還できる権利です。
このオプションを具体的に考えるため、読者がCB(5年債)を持っているとしましょう。CBの発行後、株価は低下していき、読者としては該当のCBが株式に転換される可能性がなくなったと考えたとします。読者としては、もう転換される可能性がないとすれば、クーポンが生まれないCBを持っておく必要はなく、早めに投資額を返してほしいという気持ちが生まれます。
CBにおけるプット・オプションとは、CBの保有者が権利行使すれば、例えば、満期前である3年後に額面で償還することができるというオプションです*17。したがって、上述のケースにおいて、仮に3年後に額面償還するプット・オプションをCBの保有者が持っていれば、CBの保有者が株価が転換価格を上回ることがないと考えたときに権利行使をし、繰り上げ償還をすることになります。
図表4 プット・オプションのイメージがプット・オプションのイメージです(この図における株価の推移はあくまで一例です)。アップ率はプラスなので、発行時の株価は転換価格を下回ります。CBを発行後、株価は低迷し、転換価格を超えることがないと思われる場合、CBの保有者は、プット・オプションを権利行使できるタイミングが来たら、このオプションを権利行使して、繰り上げ償還されるということになります。
発行体としては、このプット・オプションを入れるにしても、CBの発行後ある程度時間が経過してから権利行使できるオプションを入れたいと考えます。なぜなら、すぐに権利行使できるプット・オプションをいれてしまうと、発行後、株価が低下していき、クーポンをゼロに抑えられたとしても、すぐに権利行使されてしまいますから、せっかくゼロ・クーポンで調達できたのに、すぐに返済しなければならないということになります。
アップ率と希薄化との関係については、プット・オプションは、投資家が権利行使できるオプションですので、投資家からみてCBの価値をあげる(アップ率を上げる)ことになります。また、このオプションを権利行使した場合、株式に転換がなされないため、希薄化率を下げる方向に寄与し得ますが、そもそも株式に転換できないから投資家がこのオプションを権利行使することもあり、それほど希薄化には影響を与えないとされています。
(4)額面現金決済条項
CBが株式に転換される場合、発行体がCBの額面部分を現金で渡すことで、株式の総数が増えることを防ぐ条項もあります。このオプションを額面現金決済条項といいます。
この額面現金決済条項は少し複雑なので、ここから具体的に考えていきます。まず、読者がある企業(発行体)の財務担当者であり、現在、株価が120円である中、転換価格が150円のCBを30億円発行したとしましょう。その後、株価が上昇していき、満期に250円になったとします。この場合、満期での株価は250円であり、転換価格より100円高いため、CBの保有者は権利行使をして株式に転換し、これに伴い、発行済み株式総数が増えることになります。具体的には、30億円/150円=2,000万株という形で、株式転換に伴い2,000万株が発行されることになります。「基礎編」で説明したとおり、転換価格が1株150円の場合、2,000万株発行すればCBの元本に相当する30億円分調達できるということが、株式への転換で出てくる株数に関する考え方です。
もっとも、発行体の財務担当者である読者は、近年の資本効率の改善を求める声を受けて、株式の希薄化をできるだけ避けたいと考えているとしましょう。そこで、読者はCBの発行当時に、CBの社債部分(額面部分)は現金で返済してもよい、という額面現金決済条項をCBに入れておきました*18。読者はこのタイミングでこの条項を用いて額面の部分を現金で返済しますが、この場合、どのくらい希薄化を防ぐことができるでしょうか。
もともとのCBの社債部分の額面金額は、前述のとおり30億円になります。したがって、読者は30億円については現金で返済し、残りの部分について増資をすることで対応することになります。CBの保有者は、通常どおりすべて株式に転換した場合(2,000万株発行した場合)と同じだけの利益が得られるなら、CBの額面部分について現金で返済されてもよいと考えています。
まず、CBの保有者が満期時に得られる価値を整理します。CBの保有者は前述のとおり、権利行使をすることで2,000万株得られるので、満期時に株価が250円であることを考えると、CBの保有者は、2,000万株×250円=50億円の価値を有する株式を得られることになります(なお、この50億円に相当する価値を「転換価値」や「パリティ」と呼ぶこともあります)。前述のとおり、CBの社債としての額面は30億円なので、読者は額面である30億円分を現金で返し、残りの20億円分については株式を発行することで対応することになります。20億円に相当する株式数は、満期時の株価は250円であることを考えると、20億円/250円=800万株になります。したがって、CBの保有者に2,000株分を発行するのではなくて、読者は額面現金決済条項により、30億円を現金で返済し、さらに800万株を渡すということになります。
希薄化抑制効果という観点でいえば、本来2,000万株が増える可能性があったところ、800万株の増資に抑えられたことから、希薄化は40%(=800万株/2000万株)に抑えられたということになります*19。
ここでは株価が250円にあがるケースを考えましたが、株価がより上がったケースを考えます。例えば、株価が300円にあがる場合、転換価値は2,000万株×300円=60億円となります。CBの社債としての額面は30億円なので、残りの30億円分を株式を発行することで対応することになり、30億円/300円=1000万株分が追加で発行されることになります。このことからわかる通り、株価が上がると、追加で発行される株数(交付株数*20)が増えることになります(図表5 交付される株の数と株価の関係)。
図表6 額面現金決済条項に基づくCBの取得時における概念図は額面現金決済条項を説明する上でよく使われる図です。ここでの交付現金部分は額面金額です。交付株式は、「(転換価値-額面金額)/株価(平均VWAP*21)」となります(先ほどの計算例でいえば、(50億円-30億円)/250円=800万株となります)。
なお、額面現金決済条項は、発行体がすぐに権利行使できるとアップ率に影響を与えますが、満期直前に権利行使できるようにするなどアップ率に影響を与えない設計がなされる傾向があります*22。また、現金で払うことで、希薄化を抑制する効果を有します。
(5)ソフト・マンダトリー条項
最後に紹介するのが、ソフト・マンダトリー条項です。ソフト・マンダトリー条項とは額面現金決済条項とは反対に、株価が低く推移したとしても発行体が株式を発行して資本を増やしたい場合に入れる条項です。具体的には、ソフト・マンダトリー条項とは、株価が転換価格を下回っている場合、そのままだと投資家に株式に転換してもらえないところ、現金を組み合わせることで、発行体の判断で株式を交付することで資本増強することが可能となる条項です。
ソフト・マンダトリー条項も複雑なので、再び、読者がCBの発行体だとして、具体的に議論していきます。CBを発行後、株価が転換価格より低く推移すると、CBの保有者はCBを株式に転換しなくなります。仮に、CBの発行体である読者が自己資本を増やしたいと考えている場合でも、株価が低下し続けると、最終的に、そのCBは株式に転換されることがありませんから、自己資本は増えませんし、しかもCBで調達した金額を返済する必要があります。
先ほどと同様、読者は発行体の財務担当者であり、増資を達成したいと考えているとしましょう。現在、株価が120円である中、読者は転換価格が150円のCBを30億円発行しています。その後、株価が低下していき、満期に100円になってしまったとします。この場合、満期での株価は転換価格より低いため、このままだとCBは株式に転換されません。しかし、読者としては自己資本を増やすため、ソフト・マンダトリー条項を入れていました。この場合、発行体はどれだけ現金を払わなければいけないでしょうか。
まず、発行体がCBを株式に転換した場合、前述のとおり、転換価格は150円なので、30億円/150円=2,000万株得られることになります。今回の場合、満期時の株価は100円なので、株式に転換した場合、CBの保有者が得る価値は、100円×2,000万株=20億円になりますが、これはCBの額面である30億円を下回ります。このままだと、権利行使せず30億円の現金を受け取ったほうが、CBの保有者としてはメリットがあります。しかし、発行体である読者から別途10億円を現金でもらえるなら、CBの保有者としては、株式に転換して20億円得て、さらに現金で10億円得られるので、経済性は同じということになります。そして、ソフト・マンダトリー条項により自己資本を増加させる場合、読者が株式転換のために支払うべき金額はこの10億円ということになります。これは満期に、その時の株価で株式を発行し、現金を追加してCBを償還していることと同じであるため、実質的には現金と株でCBを償還することと同じことである点に注意してください。
ソフト・マンダトリー条項のイメージは図表7 ソフト・マンダトリー条項のイメージのとおりです。この図において、交付する株式の価値は、「交付株式数×株価*23」であり、交付現金は「社債の額面金額相当額-交付株式数×株価*23」となります(先ほどの例では、交付する株式の価値は100円×2,000万株=20億円であり、交付現金は10億円になります)。図表7が示しているとおり、株価が下がるほど、その分交付する現金が増えるという仕組みになります。なお、ソフト・マンダトリー条項は、満期時直前のみ行使可能なタイプ(ヨーロピアン・オプション)と、一定期間経過後、いつでも行使可能なタイプ(アメリカン・タイプ)があります。
ソフト・マンダトリー条項は上述のとおり、額面金額に足りない部分は現金を加えるため、その経済性は変わらないといえます。もっとも、実際にはアップ率の低下につながる傾向が指摘されます。一方、上述のとおり、株式の発行を促す条項なので、希薄化が進みます。
なお、最近のCBには、ソフト・マンダトリー条項はあまり含まれていないとされています。かつてに比べ、最近では資本効率が重要視されるため、希薄化を促してまで自己資本を増やしたい企業が減ってきていることが一因とされています。
3.3 アップ率とオプションの価値
ここまでオプションの価値の算定に言及してきませんでしたが、実際のCBのアップ率を考える上では、オプションの価値の算定が必要になります。オプションの価値は当該会社の株価のボラティリティやオプションの満期、行使価格(転換価格)の水準などに依存します。ボラティリティは会社ごとに異なりますし、その時の相場にも依存します。また、実際のCBのアップ率の算定にあたっては、本稿で言及した様々なオプションの価値を算出する必要があります。
前述のとおり、実際のCBのプライシングのイメージは、クーポンをゼロとし、発行年限を定めたうえで、発行体と投資家の間に証券会社が立つことで、両者が合意できるアップ率が探られるというものです。日本企業の出すCBは、CBファンドやヘッジファンドなど海外の投資家が購入することが多いのですが、そういった投資家は自分たちが考える望ましいアップ率をすぐに計算できるようなツールを持っているのが典型です。本稿で紹介したような様々なオプションの価値を、実際にどのように計算するかは非常に技術的なので省略しますが、関心がある方はオプションの教科書を参照してください。
なお、CBの価値にはオプション以外の要因も影響を与える点に注意してください。例えば、本稿では実際に発行されるCBを考え、クーポンをゼロとしましたが、もしCBにプラスのクーポンを付した場合は、CBの価値を上げ、アップ率を上げることに寄与します。
BOX 2 MSCB(転換価格の修正)
これまでCBは転換価格が一定のケースを考えてきましたが、CBの中には、発行後一定期間経過ごとにその時点での時価で算定し直すなど、転換価格が一定のルールで見直される条項が付されているものがあります。このCBを「転換価額修正条項付転換社債型新株予約権付社債」といいます。英語ではMoving Strike Convertible Bondと呼ばれ、MSCBと略されます。
MSCBは2005年、ライブドアがニッポン放送を買収するため、800億円のMSCBを発行したことが大きく報道され、これを契機に世間での認知があがったという印象です。一方で、MSCBそのものは新聞などでその副作用が指摘されることが多い点も事実です。
まずはMSCBの商品性を説明します。例えば、ある会社が100億円分のCBを発行して転換価格が1,000円だったとしましょう。その後、株価が下がり、800円になったとします。通常のCBでは転換価格は1,000円のままですが、MSCBでは、転換価格がその時の時価である800円へと修正されるというのが、基本的な商品性です。
MSCBの重要な特徴は、上述のとおり、転換価格が修正される可能性があるため、株価が低下することにより、発行される株式総数が増えるということです。「基礎編」で議論したとおり、5年後、もし株価が転換価格である1,000円を超え、CBの保有者が権利行使した場合、CBの保有者には、100億円÷1,000円=1,000万株が交付されることになります。これは1株1,000円の場合、1,000万株発行すればCBの元本に相当する100億円を調達できるという考え方です。
もっとも、前述の通り、MSCBでは転換価格が下方修正される可能性があります。例えば、株価が下がり、転換価格が500円へ下方修正されれば、100億円÷500円=2,000万株という形で、転換価格が1,000円に比べて、発行される株数が2倍になります。したがって、発行額が同じ100億円であっても、通常のCBと違って、MSCBであれば発行済み株式総数がどれだけ増えるかに不確実性があり、株価の低下次第では想定以上に希薄化が進む可能性がある商品といえます。
2000年代にはMSCBが発行されることが多かったものの、株価が低下することで、株式総数が大幅に増加するということがありました(株価が低下し、転換株式数が増え、さらに株価が低下するというスパイラルもしばしば指摘されました)。実際、金融庁の資料では、CBのデメリットとして「転換価額が下方修正されると、株式転換したときに得られる株式数が増加するため、株式の希薄化(一株当りの価値の低下)が進み、既存株主の利益が損なわれる」と指摘されています*24。これに加え、CBの引受先となった証券会社などによる空売りなども問題視されました。なお、筆者の理解ではMSCBは第三者割当形式で特定の投資家(証券会社を含む)が割当てを引受ける形が一般的です。
これらを受け、2007年に、原則として1か月で転換できる株式数を発行済み株式の10%以内にするといったルールができるなど、一定の規制がなされるようになりました。また、筆者の理解では、この規制改革以降、MSCBの発行は下火になったと理解しています。
4.おわりに
今回はCBに関して、発行体および投資家の視点から、その経済性について議論をしました。また、CBに含めることができる様々なオプションについて説明しました。次回は投資家からみたCBについて議論していきます。
参考文献
[1].服部孝洋(2022)「AT1債およびバーゼルⅢ適格Tier2債(BⅢT2債)入門―バーゼルⅢ対応資本性証券(ハイブリッド証券)について―」『ファイナンス』, 14-24.
[2].服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[3].服部孝洋(2025a)「転換社債(CB)入門―基礎編―」『ファイナンス』, 25-31.
[4].服部孝洋(2025b)「はじめての日本国債」集英社新書
*1) 本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。
*2) 東京大学 公共政策大学院 特任准教授
*3) 厳密には、転換社債は「転換社債型新株予約権付社債」といいますが、本稿ではシンプルに転換社債と記載します。
*4) 本稿で想定するCBは、日本企業が発行する典型的なユーロ円CBを想定しています(ユーロ円債とは、日本外で発行される円建ての債券です)。
*5) 下記を参照
https://sites.google.com/site/hattori0819/
https://sites.google.com/site/hattori0819/
*6) これまでの日本企業が発行したCBのクーポンがゼロであることが多かったことから、ここではクーポンをゼロとした事例をあげていますが、クーポンがぜロではないケースも存在しえる点には注意が必要です。
*7) 具体的には、証券会社を通じて、アップ率の仮条件の範囲内において、ブック・ビルディング方式により合意できるところで価格が決まります。ブック・ビルディング方式とは発行条件の決定方式の一つです。発行会社は機関投資家等からの意見をもとに価格帯(「仮条件」)を設定、投資家に提示します。その後、発行会社は「仮条件」を基に投資家からの需要を把握し、市場動向にあった発行価格を決定します。ここではブックビルディング方式の説明において下記のJPXのウェブサイトを参照しています。https://www.jpx.co.jp/glossary/ha/394.html
*8) ここでは後述する様々なオプションは捨象しています。
*9) 実際には発行手数料などがあるので、募集価格は100円以上の値になります。
*10) 執筆時点でCBの典型的なクーポンであるゼロを事例として用いています。
*11) 実際の証券会社では、シンジケート部とエクイティ・キャピタル・マーケット部がほぼ一体になっていたり、シンジケート部が投資銀行部門とIB部門の共管になっていたりします。筆者の理解では、シンジケート部の位置づけは各証券会社で異なるため、その点に注意が必要です。
*12) このBOXでは、新株予約権が権利行使されたら、発行体は増資し、キャッシュを得ますが、そのキャッシュを用いて、社債を償還するということを想定しています。もっとも、実際のCBでは、このような取引はなされず、新株予約権が権利行使されたら、CBが株式に転換される点に注意してください。
*13) 2006年に新会社法が施行されたことで、CBに様々なオプションを含めることが可能になりました。
*14) ソフトコール・オプションの他に、ハードコール・オプションと呼ばれるオプションもあります。これは発行体がどのタイミングでも100円で償還するオプションを有するものですが、ソフトコール・オプションに比べ、あまり使用されることがないと理解しています。
*15) 実際のCBでは、ソフトコール水準に達したら一定期間に株式に転換する必要があるという商品性になっており、ソフトコール水準に達する前に株式に転換する必要はありません。
*16) なお、金融機関がバーゼル規制の観点で自己資本を増やす場合の転換社債をCoCo債と呼ぶこともありますが、ここで記載しているCoCoとは性質が違うため注意してください。この詳細は服部(2022)を参照してください。
*17) コーラブル債と呼ばれる債券もありますが、コーラブル債とは、発行体が一定の条件で元本の100円で早期償還することが可能な債券を指しています。
*18) 発行体が好きなタイミングで現金で返済するという仕組みもありえますが、すぐに権利行使できるとタイム・バリューがなくなり、アップ率に影響を与えるため、実際には満期直前に行使できる仕組みが普及しています。
*19) 会計的には、この場合、800万株が増えて自己資本は増えないという処理がなされます。
*20) このように、何かの対価として株式や現金を交付することを交付株式や交付現金といいます。
*21) VWAP(Volume Weighted Average Price)とは売買高加重平均価格のことを指します。
*22) 発行体が権利行使すると、CBの保有者は転換価値を受け取りますが、発行後すぐに権利行使するとタイム・バリューがなくなるため、アップ率に影響を与えます。したがって、例えば、満期に近いタイミングで権利行使できる形が取られています。
*23) この株価は通常、平均VWAPが用いられます。
*24) https://www.fsa.go.jp/singi/mdth_kon/siryou/20060327/03-4.pdf