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転換社債(CB)入門―基礎編―

東京大学 服部 孝洋*1

1.はじめに
 本稿は転換社債(Convertible Bond, CB)について説明することを目的にしています。転換社債とは、債券でありながら、保有者の判断により株式に転換できる金融商品であり、債券のテキストで紹介されるスタンダードな金融商品の一つです。CBは、株式と債券のハイブリットの有価証券ともいえるため、ハイブリッド債とも区分されます。
 筆者の意見では、CBは金融市場で広く知られているものの、その詳細について説明した文献は少ないのが現状です。そこで、ここから数回にわたり、CBを包括的に説明しようと思います。第一回である本稿では、まず最もシンプルなCBを考え、その特徴を説明します。実際のCBには、様々なオプションが含まれていますし、発行体や投資家の視点でCBを考えるなど、多面的にCBを議論することが大切です。紙面の関係上、それらの論点については次回以降、議論していく予定です。
 また、実務家がCBを説明した資料では、コーポレート・ファイナンス理論による議論が不足しています。そこで本稿では、ビジネス・スクールなどで用いられるコーポレート・ファイナンスのテキストでCBがどのように説明されるかを紹介し、CBを発行することでどのような問題が解決されるかなど、CBの意義についても説明します。
 なお、ここから数回にわたりCBについて説明しますが、CBの有する特徴について包括的に議論する一方、デリバティブ(特にオプション)やコーポレート・ファイナンスの基本は紙面の関係上、前提とさせていただきます。債券の基本については服部(2023, 2025)などを参照いただきたいのですが、オプションなどデリバティブについては、これまでの債券入門シリーズで説明しているため、筆者のウェブサイトを適時参照してください*2。

2.CBの基本的な設計
2.1 CBは「債券」
 CBとは、正確には、転換社債型新株予約権付「社債」であり、この名前からもわかるとおり、基本的には「社債」(債券)です。もっとも、CBには、保有者が満期までの自由なタイミング*3で株式に転換できるというオプションが内包されています。そのため、CBは債券の一種ですが、株式の特徴も有する商品といえます。
 CBは転換社債型新株予約権付社債だと説明しましたが、そもそも、新株予約権とは、事前に決められた条件で株式を購入する権利です。例えば、5年後に、ある会社の株式を1株100円で購入することができる権利を指します。このように、新株予約権では、あらかじめ条件や金額が決まっている点が特徴ですが、大切なのは、これは「権利」(オプション)であり、保有者が行使したければすればよく、行使したくなければ行使する必要はない点です。また、オプションを購入するにあたっては、相応の費用を支払う必要がある点も重要です。
 CBの重要な特徴は、このオプションを権利行使できる主体は、CBを発行する企業(発行体)ではなく投資家であるということです。ただし、投資家は株式に転換できるオプションを有する一方で、普通社債と比べ、典型的にはクーポンはゼロになるなどクーポンが抑えられています。発行体から見ると、CBはクーポンを抑えられる一方で、株式に転換するオプションを投資家に提供している商品と言えます。

2.2 具体例
 まずは単純なケースを考えてみましょう。ある会社(A社)が年限5年のCBを出したとします。その際、CBの額面金額も単純化して100円とします(つまり、企業から見ると、発行時に100円調達して、満期である5年後に100円返済する債券です)*4。さらに、発行時点の株価は100円であり、株式に転換する価格(転換価格)も100円とします(つまり、CB発行時の株価=転換価格のケースを考えます)。そのうえで、読者がこのCBを保有しているとしましょう。
 読者は、今から5年後までのうち、自由なタイミングで権利行使をして、株式に転換することができます。CBでは、読者がこの転換の権利を行使した場合、(この単純化されたケースでは)社債の代わりに、1株(=CBの額面金額100円/行使価格100円)もらえるという商品性になっています。読者がその権利を行使したタイミングで、CBを発行した企業は株式を発行する(増資する)ことになります。読者が行使しなければ満期に100円戻ってきます(増資はなされません)。
 読者は株式に転換するオプションを持っているため、前述のとおり、このオプションを行使してもよいですし、行使しなくても問題ありません。それでは、どのようなときに行使すべきでしょうか。
満期である5年後を考えると、5年後にはA社の株価が上がっている可能性もあるし、下がっている可能性もあります。例えば、株価が下がって、5年後に100円から80円になっていたとしましょう。このことは、5年後、マーケットで読者が80円払えば、A社の株を1株買えることを意味します。つまり、5年後、CBを持っている読者は、株に転換しなければ、社債のまま満期に100円が得られるのですから、株式に転換をせず、償還を迎えて、受け取った100円から80円を支払って株式を得る方が得ということになります。したがって、読者には、このオプションを権利行使して株式に転換するインセンティブはありません。
 一方で、5年後に株価が120円になったとしましょう。この場合、オプションを権利行使せずにCBが償還されることで100円もらい、20円を追加で払って1株買うこともできます。しかし、権利行使をしてCBを株式に転換し、1株受けとり、その株をマーケットで売れば、読者は120円得られる事になり、20円の利益が得られることになります。したがって、読者は転換価格を株価が上回ったら、権利行使したほうが良いことが分かります。また、例えば、5年後に株価が150円になれば、前述のロジックで、読者の利益は50円になりますから、株価は上がれば上がるほど読者にとって利益が上がることがわかります。
 このように、読者がCBを保有している場合、転換価格(行使価格)以上に株価が上がれば権利行使するメリットがあるし、株価が転換価格を下回れば権利行使せずに社債として償還することが得な商品性になっています(図表1 CBにおける株価の推移と権利行使の関係を参照)。
実際の例
ここまでわかりやすさを重視するため100円を軸に考えましたが、ここでもう少し実際に即した例を考えます。例えば、ある企業が5年の転換社債を100億円分発行し、転換価格が1,000円であるとしましょう。先ほどと同様、5年後、もし株価が転換価格である1,000円を超え、CBの保有者が権利行使した場合、CBの保有者には、100億円÷1,000円=1,000万株が交付されることになります。転換価格が1株1,000円の場合、1,000万株発行すればCBの元本に相当する100億円分調達できるということが、株式への転換で出てくる株数に関する考え方です。
また、前述の例では、単純化するため、CB発行時の株価と転換価格が同じケース(両者とも100円のケース)を考えましたが、実際には、発行時の株価と転換価格が異なることが一般的です(通常、転換価格の方が発行時の株価より高く設定されます*5)。例えば、読者が1億円分のCBを持っており、発行時の株価が1,000円であり、行使価格が1,250円であるとしましょう。この場合、権利行使をすることで、8万株(=1億円/1,250円)もらえるという仕組みになります(転換価格が1株1,250円の場合、8万株発行すればCBの元本である1億円に相当するということです)。

2.3 CBの価値
 ここからCBの価値について考えていきます。これまでの議論からわかるとおり、CBは、社債に新株予約権というオプションが付されていると解釈できるため、その価値は下記のように整理できます。
CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値
 上記を前提に、CBの価値について図を用いて考えます。図表2 CBの価値(満期時)のイメージ図では、縦軸が社債およびCBの価値、横軸が株価を示しています(ここでは単純化のためにデフォルト等を捨象しています。また、満期時における価値を示しています)。左側の図では、CBの中でも、社債の価値だけを考えています。社債としてみたCBは満期に100円で償還されるため、株価が上下しても社債の価値は100円のままです。
 もっとも、実際には、CBには株式に転換できるオプションが入っているので、その価値は図表2の右側のようになります。このグラフでは、縦軸にCBの価値、横軸にその会社の株価を示しています。株価が転換価格(この事例では100円)を下回る場合、CBの価値は、株式に転換されず社債としての価値にとどまるため(満期に100円で償還されるため)100円です。一方、株価が100円(転換価格)以上になる場合、前述のロジックで、株価が上がった分だけ利益が増えるため、株価が上がる分、CBの価値が上がることが示されています。
 オプションはコール・オプションとプット・オプションに分類されますが、CBはコール・オプションが内包されている商品です。図表3 コール・オプションとプット・オプションの価値(満期時)は、コール・オプションおよびプット・オプションにおける経済性(満期時)を説明する上で良く用いられる図です。コール・オプションとはあらかじめ決められた一定の株価(権利行使価格)で株式を購入する権利です*6。読者がコール・オプションを持っている場合、権利行使価格を株価が超えると上がった分だけ利益が得られ、権利行使価格より下がるとゼロというキャッシュ・フローを生み出します。したがって、図表3の左側のような価値を生みます。一方、プット・オプションとはある権利行使価格で株式を売る権利です。このオプションを持っている場合、権利行使価格を株価が下回った場合に利益が得られ、図表3の右側のような価値を生みます。これらの詳細はオプションのテキスト等に譲りますが、図表3と図表2の右を比較すると、CBにはコール・オプションの価値が社債に追加されていると理解できます。
 オプションには、満期時点のみ権利行使できるオプションと、いつでも権利行使できるオプションがあります。前者をヨーロピアン・オプション、後者をアメリカン・オプションといいますが、CBではいつでも権利行使できるアメリカン・オプションが用いられることが一般的です。もっとも、オプションには時間的価値(タイムバリュー)があることから、権利行使されるとしても満期である傾向があります*7。図表2におけるCBの価値について時間的価値を明示的に記載すると、図表4 時間的価値も含めたCBの価値の通りになりますが、時間的価値についてはオプションの書籍を参照してください。
なお、実際に発行される転換社債には、株式に転換される以外のオプションが複数含まれることが少なくないですが、本稿では冒頭で述べたとおり、まずは最もシンプルなケースで考えています(その他のオプションについては次回の論文で説明します)。

2.4 CBのキャッシュ・フロー
 服部(2023, 2025)でも強調しましたが、債券を考える上では、その債券が生み出すキャッシュ・フローを理解することが大切です。これまで時間の流れを明示せずに議論してきましたが、ここからは読者が5年債のCBを買った場合を考え、そのCBのキャッシュ・フローを考えていきます(もし読者が買い手ではなく発行体である場合、CBを発行した場合のキャッシュ・フローは逆になる点に注意してください*8)。
 改めて強調しますが、CBの重要な特徴は、株式に転換する権利を行使したかどうかでキャッシュ・フローが異なる点です。まず、権利行使しなかった時のCBのキャッシュ・フローは図表5 CBのキャッシュ・フロー(株に転換しない場合)の通りです。これは読者がCBを購入した時のキャッシュ・フローですが、読者は当初100円を支払います*9。期中は(典型的には)クーポンはもらえず、株式に転換しない場合、満期である5年後に100円返済されます*10。権利行使されない場合は、クーポンが支払われないゼロ・クーポン債(割引債)のようなキャッシュ・フローとなります(「CBの価値=社債の価値+株式転換オプションの価値」としましたが、この際、「社債の価値」はゼロ・クーポン債の価値になります)。
 もっとも、これは株価が転換価格より低く推移し、読者がオプションを権利行使しなかった場合のキャッシュ・フローです。それでは、読者がオプションを権利行使して、CBを株式に転換する場合はどうでしょうか。そのキャッシュ・フローを示したのが図表6 CBのキャッシュ・フロー(株に転換する場合)です。CBにおける株式への転換は、(前述のとおり、タイム・バリューがあるので)通常、満期に権利行使されることから、ここでは満期時に権利行使する例になっています。権利行使されることにより、ゼロ・クーポンである債券が株式に転換されるため、読者は株を保有することになり、以降、配当が得られるということになります。
 この図では、読者が転換後も株式を保有し続けることを想定しましたが、もちろん転換された株式を売却することもできます。この場合、その売却で得られるキャッシュ・フローが売却時にたつことになります。

2.5 CBの発行に伴う潜在的な希薄化
 社債と比較した際のCBの特徴は、満期において株価が転換価格を超えた場合、株式に転換されることです。それにより発行済み株式総数が増えますが、それに伴って一株当たりの持分が減少することになります。これを希薄化といいます。CBの場合、株式の発行に比べて、必ずしも希薄化を伴うわけではありませんが、社債に対して、潜在的に希薄化がありえる点が特徴といえます。
 先ほど、100億円の転換社債があり、転換価格が1,000円のケースの場合、1,000万株が交付されるという事例を考えました。ここで、発行済みの株式総数が9,000万株であるとしましょう。この場合、仮にCBが株式に転換されれば、発行済み株式総数は(転換されることにより1,000万株増加するので)1億株になります。したがって、株式に転換された場合、1,000万株/1億株=10%という形で、10%だけ発行済み株式総数が増えることになります*11。これは発行時点では転換されるかどうかわからないという意味で、潜在的に発行済み株式が増えることを意味します。この10%は、「潜在的な希薄化の比率(発行済み株式総数に対する潜在株式の比率)」といえます。なお、潜在的な希薄化の比率は、企業はCBの条件決定をした際、プレスリリースで開示されます*12。
 重要な特徴は、CBの発行額が増えれば増えるほど、転換されうる株式の数も増えるということです。例えば、同社がもし100億円ではなく、200億円の転換社債を発行する場合、200億円÷1,000円=2,000万株という形で、(もし株式に転換されることになれば)2,000万株が交付されることになるため、転換に係る株式発行総数が先ほどに比べ2倍になります。先ほどと同様、CB発行前の発行済み株式総数が9,000万株であれば、仮にCBが転換されることで2,000万株交付された場合、2,000万株/1.1億株nearly equal18.2%の希薄化が起こります。
 上記に関し、注意点が2つあります。まず、CBについては発行時において潜在的な希薄化の影響から株価が下がる傾向が知られている点です。そもそも資金調達をした結果、より一層利益を上げることができるのであれば、理屈上、発行済み株式総数が増えたとしても株価が落ちるとは限りません。実際、CBを発行した際、発行体はその使用使途を投資家に対して説明します。しかしながら、実態として我が国において増資をした場合、株価が下がる傾向が指摘されます。特に近年では資本効率の声が高まっていることもあり、CBを発行する上で既存の投資家への配慮も、CBの発行の意思決定に影響を与えます。なお、実際の潜在的な希薄化の比率は発行されるCBごとに異なります(平均で10%程度です)*13。
 もう一点は、CBの場合、希薄化に伴い、実際に株価の低下がなされるタイミングが、CBが発行されるタイミングとは限らない点です。詳細は次回以降の論文で記載しますが、日本企業が発行したCBは典型的にはヘッジファンドなどの外国人投資家に保有されます。ヘッジファンドらは、CBの購入時点ではそのヘッジをするため、CBを発行した企業の株式のショートのポジションを作ります。これに伴い、CBを発行した企業の株価が下がります。CBの発行後、株価が転換価格に近づくにつれて株式に転換される可能性は高まりますが、ヘッジファンドはそれに伴いヘッジをしていくため、徐々に株価に影響を与えていきす。実際にCBに転換される場合は、(前述のとおり、タイム・バリューがあるので)満期日直前になる傾向がありますが、そのタイミングではすでに転換されるかどうかはマーケットに織り込まれているため(満期日近くに株価>転換価格であれば転換されると予想されます)、実際の転換時点では株価に影響を与えないとされています。

3.CBのファイナンス理論的な説明
 本稿の最後に、ファイナンスのテキストでCBがどのような整理をされているかを議論します。まず、ビジネス・スクールで広く用いられているブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)を引用しようとおもいます。同書でCBについて触れている部分では、「企業が転換社債を発行する理由」という節で、読者に下記のような事例を紹介します。
投資銀行が、あなたに現在の株価を幾分か上回る転換価格で転換社債を発行するよう説得しようという熱意をもって、アプローチしているとしよう。投資銀行の担当者は、投資家は転換社債であれば低い利回りを受け入れる用意があるので、転換社債は普通社債よりも「安上がり」の負債であると指摘している。あなたは、会社の株式が期待しているような良いパフォーマンスを示せば、投資家は社債を転換するという見通しを持っている。投資銀行の担当者は「それであればとても良いことです。貴社は今日の時点で株式を売り出すよりも、はるかに良い価格で株式を売り出したということになります。それは、会社と投資家のどちらにとっても儲かる機会ということです」と答えた。
 そのうえで、同書は下記のように続けます。
この投資銀行の担当者は正しいのだろうか。転換社債は「安上りの負債」だろうか。当然のことであるが、そうではない。転換社債は普通社債とオプションのパッケージであり、転換社債に対して支払う用意のあるより高い価格というのは、投資家がオプションに対して付している価値を表している。この価格がオプションの価値を過大評価している場合にのみ、転換社債は「安上がり」となる。
MMの定理
 ここで、コーポレート・ファイナンスの基本に立ち返ります。ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)を含め、コーポレート・ファイナンスを学ぶと、モジリアーニ・ミラーの定理(MMの定理)を習います。その詳細はコーポレート・ファイナンスの教科書を参照してほしいのですが、この理論によれば、資金調達の方法は企業価値に影響を与えないということになります。したがって、MMの定理が成立するのであれば、株式や社債、CBという資本構成を考えること自体が無意味ということになります*14。
 もっとも、経済学者がMMの定理の結論を鵜呑みにしているわけではありません。アレン・ヤーゴ(2014)では「現実は、理想の世界とは異なり、企業が資本構成を選択する際、資本市場の不完全さや税金が存在する」(p.43)としたうえで、「『M&M定理』やその他の重要な金融理論の大きな価値は、いつ、なぜ、どのような場合に、資本構成が問題となるかを明らかにしたことにある」(p.43)と指摘しています。MMの定理は、どのような観点で資本構成が重要になるかということを考える上で、あえて資本構成に影響を与えない状況を考えているということです。
情報の非対称性
 MM定理は摩擦のない世界を想定しており、現実に近づけるための拡張として、例えば税の要因などが議論されます。ここでは、ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)やアレン・ヤーゴ(2014)で取り上げている、いわゆる情報の非対称性がある状況を考えてみましょう。情報の非対称性とは、ある金融契約について一方の契約者は情報を有するものの、もう一方にはその情報がないという意味での非対称性がある状態を指します。
 ブリーリー・マイヤーズ・アレン(2014)やアレン・ヤーゴ(2014)では、具体的には、次のような状況を議論しています。例えば、比較的新しいビジネスを展開する企業があり、その企業が資金調達をしたいと考えています。もっとも、その企業は新しい企業であるがゆえ、大企業に比べて実績がありません。投資家としては、同社の社債を購入して資金を出した場合、もしかしたら過度なリスクテイクをされてしまうかもしれないと考えています。
 コーポレート・ファイナンスでは、借入や社債を発行して資金調達をした場合に、そのアップサイドのリターンは株主が受け取り、失敗しても損失は投資分だけということで、株主は過度なリスクをとる問題が議論されます。会社のオーナーである株主がプロジェクトを選択するとすれば、それは資金の出し手である社債の投資家にはわからないので、株主と社債投資家の間でプロジェクト選択に関する情報の非対称性があるといえます。
CBは情報の非対称性がもたらす問題を解決しうる資金調達手段
 そういった状況では、本来、資金提供をすべき案件でも社債の投資家は資金を出さないということになりかねませんが、CBにより資金調達をすることでこの問題を防ぐことができます。重要な点は、過度なリスクテイクをした際に潜在的に得られるアップサイドのリターンは、社債で資金調達をした場合、株主がすべて得るところ、CBで資金調達した場合、CBの投資家と株主でシェアされる点にあります。
 2節で説明したとおり、CBの場合、CB発行後、ビジネスがうまくいき、株価が上がった場合、CBの投資家はそのアップサイドを得るため、社債から株式に転換します(発行済み株式総数が増えます)。ここで問題となっていることは、株主が過度なリスクテイクをし、株主のみアップサイドのリターンをとることですが、CBによりファンディングした場合、株主が過度なリスクテイクをし、仮に高いリターンが得られても、そのアップサイドも(CBの投資家にシェアされるがゆえ)それほどのリターンがないということになります。株主からすれば、過度なリスクテイクをしたところで、アップサイドがシェアされるなら過度なリスクテイクは避けたほうがよいという判断になります。
 上記がCBにより情報の非対称性が有する問題を解消している事例といえますが、要は、CBは株式と債券のハイブリッド債であるため、情報の非対称性がある際、うまくリスク・シェアリングできる可能性を有した商品であるということです。
 コーポレート・ファイナンスのテキストでは、CBの発行を正当化する理由として、この事例以外にも様々な要因を議論しています。例えば、Ross等(2012)では次のような事例を考えています。ある企業が資金調達したい場合、その使い道が成功するか失敗するかの見極めが難しいとしましょう。CBはプロジェクトが結果的にローリスクであった場合に社債としての価値が強くなり、プロジェクトが結果的にハイリスクであった場合に株式に転換される価値が上がるという形で、「リスク評価のミスに対して多少の保護を提供する」という機能を有しています(Ross等(2012)ではこれを「リスク・シナジー」としています)。Ross等(2012)ではこれら以外の要因も議論していますが、詳細は同書などコーポレート・ファイナンスのテキストを参照してください*15。
 なお、本稿で取り上げた例について、アレン・ヤーゴ(2014)では数値例を用いて確認しているので、その内容の概要については次のBOXを参照していただければ幸いです。

BOX 数値例
 ここではアレン・ヤーゴ(2014)の数値例をベースに、本文で説明したロジックを確認します。まず、金利が10%であるとします。企業の所有者である株主は、安全な投資とリスクの高い投資が選択できるとします。安全な投資だと不確実性はなくて、期首の投資は期末に1.25倍になるとします。一方、リスクの高い投資を実施した場合、50%の確率で0になってしまいますが、50%の確率で1.8倍になるとします。これらの値は今の日本の現状に鑑みると非現実に思われるかもしれませんが、メカニズムの理解をするためのケースだと考えてください。
 上記の状況を示したものが図表7 プロジェクトの整理です。これをみると、リスクのある投資は期待ペイオフが0.9となり、投資した額である1を下回るため、この投資をすべきではないといえます。もっとも、以下で説明するとおり、この投資がなされることがありえます。
 このことを考えるため、次のような事例を考えます。まず、会社の負債が0.7あるとしましょう。金利は前述の通り、10%なので、期末に元本を含め0.77を返済しなければなりません(負債の保有者は0.77得られます)。
 一方で、株式の投資家(株主)のリターンはどうでしょうか。ここでは前述のように安全な投資とリスクのある投資を選択したうえで、その投資から上がった利益について、まずは負債を返済してから(つまり、0.77を支払ってから)、残った利益が配当となります。安全な投資をした場合、投資額の1.25倍になるわけですから、負債を返済した後のリターンは下記の通りです。
安全な投資をした場合の株主のリターン=1.25-0.77=0.48 …(1)
次に、リスクの高い投資をした場合のリターンは、その期待値を取り、下記のようになります。
リスクの高い投資をした時の株主のリターン=0.5×0+0.5×(1.8-0.77)=0.52 …(2)
 ここで、株主はこの2つのプロジェクトを比較するわけですが、リターンは(2)>(1)であるため、リターンの最大化を考えるならば、株主はリスクの高い投資をしたいと考えるでしょう。
 一方、リスクの高い投資をした場合、負債の保有者のリターンはどうなるでしょうか。安全な投資を選択した場合は、負債の保有者は0.77が返ってきたところ、50%の確率でゼロになる可能性があるため、負債の保有者のリターンは下記の通りになります。
リスクの高い投資をした時の負債の保有者のリターン=0.5×0+0.5×0.77=0.39
 上記で注意してほしいのは、この企業がリスクの高い投資をした場合のリターン(0.39)は、安全に運用した場合のリターン(0.77)を下回るということです。したがって、負債の保有者は安全な投資をしてほしいと考えています。もっとも情報の非対称性があるので、リスクの高い投資を防ぐことができません。こういった状況下では、株主と負債の保有者で利害対立があることが分かります。
転換社債の導入
 そこで、この企業がCBを発行して資金調達をするとしましょう。ここで、このCBの保有者は、権利行使した場合、発行済み株式の49%に相当する株式にCBを転換できるとします。これにより株主がリスクの高い投資をすることを防ぐことができますが、以下でそのメカニズムを考えます。
 株主がリスクの高い投資をしたとしましょう。この場合、転換社債の保有者は、株式に転換することで株式の49%に相当する株式に転換できるので、リスクテイクで得られるアップサイドのリターンである1.8倍の49%を得られる事になります。この場合、転換した場合のリターンは、0.49×1.8=0.88であり、これは仮に株主が安全に投資した場合に負債の保有者が得られるリターン(0.77)を上回ります。したがって、CBの保有者は権利行使して株式に転換します。
 一方、この場合、株主のリターンはどうでしょうか。仮にリスクの高い投資をしたとしても、この状況ではCBの保有者がCBを株式に転換し、49%のアップサイドを持っていくため(アップサイドのリターンはCBの保有者とシェアされてしまうので)、株主のリターンは、
リスクの高い投資をした時の株主のリターン=0.5×0+0.5×0.92=0.46
と減少します。この場合、株主から見ても、安全な投資をしていれば、(1)から0.48が期待されるため、安全な投資を選択したほうがよいということになります。したがって、CBで資金調達をした場合、株主は安全な投資を選び、これは負債の保有者にとっても望ましく、負債の保有者と株主の対立が解消されるということになります。


4.おわりに
 本稿ではCBの基本について整理しました。本稿では最もシンプルなケースで議論しており、実際のCBを理解する上で必要な事項について省略したため、次回はその点について議論する予定です。また、本稿ではファイナンス理論で指摘されるCBの特徴についても説明しました。本稿では直感を重視した説明をしましたが、コーポレート・ファイナンスのテキストでは、本稿で触れていない論点もあるため、発展的な内容を知りたい読者は紹介した文献から読み進めてもらえれば幸いです。

参考文献
[1].大木良子(2012)「転換社債の経済分析」三菱経済研究所
[2].鈴木健嗣(2017)「日本のエクイティ・ファイナンス」中央経済社
[3].服部孝洋(2023)「日本国債入門」金融財政事情研究会
[4].服部孝洋(2025)「はじめての日本国債」集英社新書
[5].リチャード・ブリーリー、スチュワート・マイヤーズ, フランクリン・アレン (2014)「コーポレート・ファイナンス」日経BP
[6].フランクリン・アレン、グレン・ヤーゴ(2014)「 金融は人類に何をもたらしたか:古代メソポタミア・エジプトから現代・未来まで」東洋経済新報社
[7].Stephen A.Ross, Randolph W.Westerfield, Jeffrey F. Jaffe(2012)「コーポレートファイナンスの原理 【第9版】」きんざい

図表8 転換社債がある場合とない場合の各種リターンの整理

*1) 公共政策大学院 特任准教授
*2) 下記を参照https://sites.google.com/site/hattori0819/
*3) 後述するとおり、CBにはいつでも権利行使できるアメリカン・タイプのオプションが内包される傾向があるため、ここではそれを前提とした説明になっています。
*4) ここでは単純化のために100円をベースに考えますが、実際には100万円や1000万円などが最低投資単位になります。
*5) この比率をしばしばアップ率といいますが、アップ率については次回の論文で説明します。
*6) オプションの原資産は株以外も含みますが、ここでは株を前提に説明しています。
*7) もっとも、ソフト・コール・オプションなどが付されると事前に権利行使される可能性が高まるため注意が必要です。ソフト・コール・オプションについては次回の論文で説明します。
*8) 実際の発行価格は通常、100円を超えます。例えば、103円で発行された場合、発行体はそこから発行手数料を除いた金額を資金調達できます。
*9) 厳密にはクーポンがゼロでない場合もありえますが、円債市場においてはクーポンがゼロのCBが多いため、ここではゼロを例としています。
*10) ここではこの執筆時点での典型例を用いている点に注意してください。また、実際には発行手数料などがあるため、発行時の単価は100円以上の値になります。
*11) 希薄化の計算として1,000万株/9,000万株nearly equal11.1%とする考え方もあります。
*12) 発行条件等に係るプレスリリースの中で開示される傾向があります。
*13) この値は2010年から2024年における公募のCBから算出しています。
*14) Ross等(2012)では「Modigliani-Miller(MM)は、税金と倒産費用を仮定しない場合、企業は株式を発行するのか、あるいは債券を発行するのかに関して、無差別であると指摘している。このMMの関係は、きわめて一般的なものである。彼らの議論を修正して、企業は、転換型負債を発行するのか、あるいはその他の証券を発行するのかに関して、無差別であると示すことができる」(p.1183)としています。
*15) Ross等(2012)では、24章7節で「なぜ株式予約権や転換社債が発行されるのか」について議論を行っており、本稿で取り上げた(1)エイジェンシー・コストに加え、(2)キャッシュ・フローのマッチング、(3)リスク・シナジー、(4)裏口株式を挙げています。詳細は同書を参照してください。これ以外の文献では、鈴木(2017)や大木(2012)などを参照してください。