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アメリカにみる社会科学の実践(第六回、最終回)― アメリカの民主主義(2)

財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭

5.分断への処方箋
(1)民意の正確な反映-鏡を磨く
 分断に対し、社会科学者たちはどのような処方箋を示しているのか。多様な処方箋を、1)存在するはずの正しい解の社会への正確な反映を図るもの、2)多様なプレイヤー間の競争、抑制均衡を通じ、より良い状態を展望するもの、3)社会的連帯(solidarity)を拡充するものの三つに集約する。第一の処方箋がルソーの伝統に沿った戦略であり、第二がマディソンの伝統に基づく方法であることは、もうお分かりだろう。第一と第二の処方箋が政治過程に焦点を当てるのに対し、第三の処方箋は政治過程が働く基礎に関心を向ける。
 第一の処方箋は、正しい解が社会に正確に反映されるよう、政治過程という「鏡を磨く」ものである。善き民意なるものがあるにも関わらず、現実の政治の歪みが、その民意の反映を挫くことがある。その対策は政治の鏡を磨くことである。そのような処方箋を持つ社会科学者の代表として、前回(第五回)、フィシュキン、ランデモアなどの熟議民主主義者を挙げた。ランダムに選ばれた市民からなる小規模の会議体は社会を正確に映し出す鏡であり、その会議の見解を社会の決定とすることは正統なことだと主張する。理性的な熟議を経て表明された意思は、ランダムサンプリングに基づく世論調査になぞらえられる。フィシュキンのdeliberative pool(討論型世論調査)という言葉は、この小規模な会議体での熟議に込められた特別の意味を集約している。
 ハーバード大学のレベツキーとジブラットも、鏡を磨くことを提案する政治学者である。彼らは「Tyranny of the Minority(少数派による暴政)」と題した最近作で、合衆国憲法をはじめとするアメリカの統治制度が内蔵する少数派の保護の仕組みが、いまや少数派たる共和党による暴政をもたらしているという(Levisky and Ziblatt, 2023)。具体的には、選挙人団のよる大統領の選出、各州への連邦上院議席の均等(二名ずつ)配分、上院でのフィリバスターなどの少数派保護のための議事手続き、司法部門の独立を確保するための連邦最高裁判事の任期無制限などをやり玉に挙げる。直近の2024年の大統領選挙でのトランプの得票はハリスを上回ったものの、2000年のブッシュ(子)の最初の選挙、2016年のトランプの最初の選挙では、ナショナルな得票率で共和党は民主党に劣後していた。白人の人口比が漸減し、人種・民族的多様性を高めつつあるアメリカで、共和党は次第に縮小する支持基盤に依存している。(第五回にみた通り)アメリカ人は相対的にリベラル化しつつあり、共和党が選挙に勝つことは難しくなりつつある。図3.15 上院における議席比率、上院議員の代表する国民の比率(%, 2025年1月)は、2024年の選挙結果を踏まえた、上院の勢力をもとに、1)党派別の議席の比率、2)各州の人口に基づいて各党がどの程度の割合の国民を代表しているかを比べたものである。共和党は、議席では53議席と民主党の47議席を凌駕するものの、代表する国民の比率では46.5%となり、53.5%の民主党の逆転を許す。レベツキーとジブラットにすれば、不平等な選出の仕組みによって共和党の上院の議席が上積みされ、富裕層に有利な政策が進められていることになる。連邦最高裁判事等の指名を通じて、中絶の権利の撤回などの民意に沿わない司法判断が進められている。共和党が上院で過半数を失った場合でも、フィリバスターにより、思い切った再分配や黒人の投票権の擁護など権利保護策が阻止されてきた。レベツキーとジブラットが勧告するのは、大統領選挙での選挙人団を廃止し、全国的な一般投票に置き換えることや、上院議員の数を州の人口に比例させることのほか、下院での小選挙区制の廃止と比例代表制の導入などである。
 民意を正しく政治に反映するという問題意識からは、キャンペーン・ファイナンスのあり方も問題になる。マーチン・ギレンス(Martin Gilens、UCLA)らは、キャンペーン・ファイナンスへの規制を表現の自由に基づいて違憲とした、連邦最高裁のCitizens United判決(2010)以降、法人所得税率の押し下げが起きていることを統計的に確認している(Gilens et al., 2021)。また、ギレンズらは、1981~2002年の1,779件の政策事案について、1)サーベイや利益団体の行動により表出された見解と、2)実際の政府の行動を比較している(Gilens and Page, 2014)。その比較から、代表的な政治理論(1. 多数派選挙民主主義、2. 経済エリート支配、3. 多数派多元主義、4. 歪んだ多元主義)のうち、いずれが実際に妥当するかを検証し、表3.2 代表的政治理論とその現実との妥当性の示す通り、実際の政治は平均的市民の利害には鈍感で、経済エリートやビジネスの利害に敏感であることを示している。(第五回の)コラム3.4でみた通り、銃規制のような便益が分散する施策を促す献金は過小にしか供給されない。表現の自由の見地から献金は規制を受けないというのがCitizens United判決の法理であるが、私的財と公共財を区別する経済学の見地からすれば、なんらかの規制が正当化されるはずである。献金を野放しにすると、富裕な者の私権が拡張し、公共の利益が後退することが予想される。ギレンズらの二つの研究は、この予想を実証するものである。
 しかしながら、保守派優勢の連邦最高裁の構成を踏まえると、Citizens United判決の見直しが近いうちに実現する見通しはない。このため、連邦レベルでの取り組みは、コラム3.4でみたキャンペーン・ファイナンスの透明性の向上に止まっている。ただ、地方では改革が試みられている。シアトルでは、有権者にひとり一定額のクーポンを配り、そのクーポンを好みの候補者のキャンペーンに献金できるようにしている。ロサンゼルスはマッチング・ファンドを試みている。有権者が献金するとその献金額に応じた資金が当局から候補者に支給される。マッチング・ファンドを受領するには、候補者は大口献金を受け取らないという制約に服する必要がある。これらの取り組みは、経済学からみると、過小供給にある公共の利益を志向する献金に補助を与えるのと同じである。もっとも、巨額の献金に対抗するのは容易ではない。そして、政治家に納税者の金を与えることに反対の声もある。
 民意の反映という意味で、もうひとつ問題となるのが有権者のおかれる情報環境である。2024年の選挙では、移民が猫や犬を食べているという、トランプがハリスとの討論会(2024年9月)で拡散した話など多くの偽情報が流れた。なかでも払拭の難しい偽情報に、移民の犯罪率が高いというナラティブがある。NPR(2024)によると、そのナラティブは専門家により繰り返し否定されている。スタンフォード大学の研究者によると、1960年代以降、移民が投獄される蓋然性はアメリカ生まれの者よりも60%も低かった(Abramitzky et al., 2024)。累次の訂正にも関わらず、移民と犯罪のナラティブはしつこく再生し、共和党の政治家はこれを利用してきた。情報環境の悪化は実害を伴う。レオナルド・ブルシュティン(Leonardo Bursztyn、シカゴ大学)らは、オピニオン番組の影響で、ワクチンが忌避され、死者まで出ていることを統計的に示している(Bursztyn et al., 2022)。Foxニュースの中でも、コロナの脅威を訴えるアンカーの番組(Tucker Carlson Tonight)と、ワクチンに批判的なアンカーの番組(Hannity)があり、その視聴者を比較したところ、後者を視聴する地域では、視聴の1標準偏差分の違いが、2020年3月21日時点で2%のより多くの死、4月11日では9%の死亡増につながっていたという。(第五回でみた)チェンらの研究(Bauer et al., 2023)の示唆する通り、政治的集団志向を持つ者は好みの情報を好んで消費する傾向がある。陰謀論(conspiracy theory)に至ると、個別の事実誤認の域を超え、ワクチンなどに関する誤った信念体系を抱く者があらわれる。行動経済学者のダン・アリエリー(Dan Ariely、デューク大学)は、ワクチンに関する陰謀論者から攻撃を受けた自身の経験から、陰謀論について一冊の本を書いた(Ariely, 2023)。アリエリーは、陰謀論の隆盛の背景として、ストレス耐性や動機付けされた推論への傾向などパーソナリティの要因に加え、陰謀論を信ずる者同士が交流し、互いの信念を確証することを可能とする情報環境の変化を挙げる。チェンらとアリエリーの研究は、パーソナリティ上の特徴に加え、情報環境の歪みが分断や陰謀論をもたらすという、ロジックを共有する。
 (第四回の総括で触れた)J.S ミルの言論の自由市場の想定通りであれば、優れた言論が勝ち残るはずである。しかしながら、市場に歪みがある場合、分断や陰謀論は淘汰されず、拡大する恐れさえある。この懸念に基づいて、言論になんらかの検閲(規制)を加えることを提案する者がいても不思議ではない。
 しかしながら、アメリカでは、憲法修正第1条(表現の自由)に沿って何ができるのかを考察する議論が主流であり、リチャード・ハセン(Richard Hasen、UCLA)がそのような論者の代表である(Hasen, 2022)。ハセンが検閲を拒否する理由は、今後、危険な勢力が権力を握る可能性があり、検閲に厳しい制約(明白かつ現在の危険, clear and present danger)を課しつづけるメリットが大きいからである。彼は、ファクトチェックなど民間の取り組みの意義を強調する。誤った言辞の被害者による名誉毀損の活用もひとつの手段であるとし*9、消費者保護の発想から広告費用の出し手を開示させることも一案とする。ハセンは、これらの取り組みによっても、極端な主張に取りつかれる人々を減らすことはできないと見積もりつつも、センターに近い人々を保護することができればよいと割り切る。メタのファクトチェックの廃止(2025年1月)など民間での取り組みには後退がみられるが、トランプが政権に復帰したいまとなっては、検閲を拒否したことには先見の明があった。経済的誘因を活用し、言論の自由市場の機能の発揮を促すのが、法学者のマイク・ギルバート(Michael Gilbert、ヴァージニア大学)らの戦略である。ギルバートらは、自身の発信の信頼性を保証する報償金(truth bounties)を拠出する制度を提案する(Arbel and Gilbert, 2024)。報奨金を出すことで、発信者は自身の発信が真であるとの印をつけることができる。報奨金の額を引き上げることで、発信者は自身の発信の真実性に自信を持っていることをシグナルできる。この制度の下では、人々はある発信に報奨金が掛けられているかどうか、その発信に異議が申し立てられたかどうか、その異議申し立ての成否を知ることができる。異議に敗れた時には、印を返上し、報奨金を失う。ギルバートらは、バイデンが選挙を盗んだという真っ赤な嘘の事例に 止まらず、気候変動否定論のようなハードケースでも報奨金制度は機能するという。たしかに気候変動を否定する学者が少数ながら存在する。ただ、その主張に多くの反論があることに触れなければ、バランスを欠いてミスリーディングであるとして、報奨金を没収してよいと考える。
 鏡を磨く提案は、比例代表、名誉毀損、報奨金などの大掛かりなものばかりではない。デイビッド・レイザー(David Lazer、ノースイースタン大学)は、主要メディアの不注意な見出しが、偽情報に付け入る隙を与えていると指摘する(Goel et al., 2023)。例えば、ワシントンポスト紙の"Vaccinated people now make up a majority of COVID deaths(ワクチン接種者がCOVIDによる死亡者の過半数を占めるようになった)"との見出しを付けた記事が、ワクチンは効かないという言説の流布に大きな役割を果たしたという。レイザーらは、特に悪用されやすい事例を集めてメディアに注意喚起している。このほか、(第五回でみた)チェンらの提案する、馴染みではないメディアに触れる機会を社会的に促すことも、鏡を磨く提案の一種である。
(2)競争と抑制均衡
 処方箋の第二はマディソンの伝統に基づくものである。多様なプレイヤーの間の競争、抑制均衡を通じ、より良い状態を展望する。すでに(第五回で)、三権分立、政党間競争、連邦と州、政府と民間の間の緊張関係を取り上げた(コラム3.5、3.6、3.7で、それぞれ司法と政治、州、地方政治について取り上げている)。ハーバード大学のモスは、Democracy:A Case Studyと題した著作で、政治的対立・競争を通じてアメリカは繁栄してきたという特徴的な主張を展開する(Moss, 2017)。19のケーススタディのなかには、(コラム3.2で検討した)制憲過程でマディソンが提案したネガティブ条項、合衆国銀行の設立のほか、公民権運動など近年の事例が含まれている。これらのケースを通じ、モスは建設的な対立と破壊的な対立を区別し、アメリカ史の多くの対立は建設的なものであったとする。破壊的対立としてモスが例示するのは、ミズーリ妥協(1820)を巡る奴隷制についての対立である。当時、ジェファーソンが、この妥協によって国を分けることは最終的に国を壊すことに繋がると憂慮したことは正しかったという。モスが良好に機能した妥協として例示するのは、連邦議会を州の代表とすべきとした小さな州と、住民の数に応じて代表を選ぶべきとした大きな州の間の妥協として成立したGreat Compromise(1787)である。Great Compromiseでは、連邦議会を二院制とし、上院を州の代表とし二名ずつの議員を出し、下院では人口比例で議員を出すことにした。モスは、対立する勢力の間で棲み分ける妥協ではなく、競争をつづけ、決着を歴史に委ねるタイプの妥協の方がよいという経験則を示唆する。分断の著しい現在は、アメリカ史にとって必ずしも例外的な時期ではく、建設的な対立に転ずる余地がないわけではないのかもしれない。
 競争がより良い状態をもたらすよう、社会を組み立てることはできないものか。グレン・ワイル(Glen Weyl、マイクロソフト)は、投票の仕組みを見直すことで、少数派の切実な利害を反映した社会的決定が行われるよう担保することを提案する。ワイルはエリック・ポズナー(Eric Posner、シカゴ大学)との共著で、クアドラティック・ボーティング(Quadratic Voting, QV, 二次関数的な投票方法)の導入を提言する(Posner and Weyl, 2018)。QVでは有権者に一定のクレジットを事前に与え、有権者はそのクレジットを複数の議案に配分する。配分に際しては、有権者が強い選好を持つ議案に複数の票を入れることを許容する。その際、クレジットと票を二次関数によって結びつけ、例えば、一票目の投票には一クレジット、同じ議案への二票目の投票には四クレジット(2×2=4)の使用を求める。QVは関心の薄い議案を捨てつつ、懸案への集中を可能にする。ワイルらは、農村部での個人の銃所持を認めるか否かという議案が、有権者の75%の反対にもかかわらず、60%の得票率で可決されるという、仮想の事例を示している。警察の手が届きにくい農村部での銃所持を求める声が強い時、QVは少数派の切実な利害に重みを与える。アレッサンドラ・カゼッラ(Alessandra Casella、コロンビア大学)らは、同じく少数派の保護の視点からStorable Voting (SV, 貯蔵可能な投票方法)を推している(Casella and Sanchez, 2022)。SVの投票ルールはずっと簡便で、二票目の投票に追加の一クレジットを求めるだけである。カゼッラらは、理論的にはQVの方が優れていることを認めつつも、SVにはシンプルであるという利点があるとする。
 QVやSVには欠点もある。平時の国防費のなどの広く薄い便益をもたらす施策に票が入らなくなる。ジョージメイソン大学のタイラー・コーエンは、共謀の危険性を警告する(Cowen, 2015)。コーエンは、QVによって少数派が自らの提案に成立の道が開かれたことを知ると、少数派の中で、その議案に票を投ずるよう求める働きかけが激化し、全体として少数派の寄りの施策が過度に採択されるようになることを予想する。ロビイストやキャンペーン・ファイナンスの規制の緩いアメリカでは、あながちないとはいえない危険である。また、QVやSVはアジェンダ設定による操作とも無縁ではない。例えば、教育関連のプロジェクトを一つの議案にまとめることで、教員組合や親の票を集め、他の彼らにとって重要な議案への投票を阻止することができる。最後に、QVもSVも少数派の抱く不公平感の根本に届くことはできない。少数派は追加の票を使ってようやく切実な議案を通すことができるが、これは少数派にとって二番目に大事な議案の犠牲によりようやく達成されるものである。
 このような批判にワイルらが、まったく答えを持たないわけではない。平時の国防費の事例に対しては、ワイルらは、クアドラティック・ファンディング(Quadratic Funding, QF, 二次関数的な資金供与)というアイデアを持っている(Buterin et al., 2018)。QFが対応するのは、QVとは逆の問題、すなわち多くの者が少しだけ気にかけている議案である。QFでは、各議案への拠出は、個人からの拠出にマッチング・ファンドからの拠出を加算して決まる。ファンドからの拠出に際しては、議案に対する各人の拠出の平方根(ルート)をとって足し合わせ、この二乗を計算し、この値に比例してマッチングプールの資金を配分する。QFでは、議案に(少額でも)拠出する人の人数が多ければ、その議案への配分が増える。平時の国防のほか、気候変動など公共の利益に関わる議案に有利な配分ルールである。ただし、QVやQFのような趣旨の異なる仕組みをどう組み合わせ、社会全体をどう設計するかという点は明らかでなく、今後の課題として残されている。さらに、少数派の置かれた状況の基礎的な困難に鑑みると、QVやSVに少数派保護のすべてを委ねることもできない*10。
 QV、SV、QFは、ルソーの投票や熟議と同じく、唯一の正しい解に到達する手続きのようにみえるかもしれない。しかしながら、QVなどにインプットされる個人の利害は、熟議の際のような反省や和解を通じた変容を被るわけではない。ルソーの投票の場合のように、社会にとって何が良いかを考えて投票すると予め縛りをかけた上で投票を始めるわけでもなく、単に個人の利害に基づいて投票するだけである。多様な利害を持つ人々が、マディソンの連邦制への参加を通じてある社会状態に至るのと同じく、QVなどへの人々の参加を通じ、ある社会的決定が下されるだけのことである。QVやSVのもたらす決定は少数派に配慮した決定となるが、このことは連邦制を通じて少数派の保護が図られるのと変わらない。
 QVについては、その実践例があらわれている。2020年、コロラド州議会の民主党は、議会における立法への所属議員の優先順位を把握するために、QVを活用した(RadicalxChange, 2021)。優先順位は議案を議会に付託する順序に影響し、付託の順序は議案の成否を左右する。図3.16 コロラド州下院の民主党議員によるQVの投票結果(横軸:議案、縦軸:得票)は、州下院の民主党議員による投票結果を示したものである。投票の結果、「同一労働同一賃金法案、Equal Pay for Equal Work Act」が60票を獲得してトップとなった。テネシー州のナッシュビル議会では、2023年度予算に必要な法改正の優先順位を決めるためにQVを活用した(Forbes, 2022)。これらの実践に技術的支援を行う非利益団体RadicalxChangeによると、実践ではQVを最終的な決定者への勧告と位置づけている。勧告と最終的決定との差は小さく、また、QVから変更する場合、その理由を説明することで、決定者が独断で決めるよりも透明性が高まったという。より簡素なSVについては、類似の累積投票(cumulative voting)としては古くから実践例がある。アラバマ州のある郡では、道路の舗装の要否を決める委員の人選を通常の投票で決めていたが、黒人が委員を出すことができず、黒人の多い地域で舗装が進まなかった。このため、累積投票制を導入し、黒人が黒人の委員候補に票を集中できるようにしたところ、黒人も委員を出せるようになり、黒人の望む舗装が進んだという(Kirksey et al., 1995)。

コラム3.5:司法と政治
 近年、従来の見解を逆転させる連邦最高裁判決が相次いでいる。例えば、ドブス対ジャクソン女性健康機構事件(ロー対ウエイド判決の撤回、2022)、公平な入学選考を求める学生たち対ハーバード事件(アファーマティブアクションに違憲判決、2023)、シェブロン法理の撤回(連邦法上、曖昧な問題を連邦政府が解釈し、その解釈が合理的であれば司法は従う法理を撤回、2024)、大統領免責特権の一部承認(2024)などである。これらは概ね保守派判事が多数意見を取り、リベラルな判事が反対意見を出している。政治が司法を侵食しているというのは、ジャーナリスティックな話題に止まらず、司法関係者の間でも現に持たれている懸念である。
 ジェファーソン・パウエル(Jefferson Powell、デューク大学)は、憲法学の議論は政治的なものであり、また政治的なものでしかありえないという認識は誤りであるという(Powell, 2022)。パウエルは、政治的意見の相違を超えた、憲法上の主張を構築し評価するための長年にわたる共通のプラクティスが存在すると指摘する。弁護士や裁判官が、最も説得力のある答えが何であるか(サブスタンス)において意見の相違があっても、何が問題なのか、従って、尤もらしい答えは何に対処しなければならないのか(プラクティス)について合意することができるという。憲法学とは、単に他の手段で政治を行うことではなく、最高法規としての憲法を実質化することに成功したプラクティスであるとする。パウエルによると、憲法のプラクティスの究極の正当性は、アメリカの政治コミュニティが解決の必要な課題に取り組む上で、当該プラクティスが機能してきたという証拠に基づく。すべてのコミュニティは、構成員間の紛争を解決するためのメカニズムを開発しなければ、持続することができない。気を付けたいことは、課題解決能力という以上、パウエルの考えが、社会のニーズとの接点を持ち続けていることである。そして、社会のニーズを通じて、サブスタンスに関する考えは、司法判断を一定程度方向づける力を持ちつづける。それでも、社会のニーズは一意に定まったものではない。そのニーズと接点を持っているという限度内で、様々なサブスタンスがプラクティスを共有しつつ、競合しあう状態が生まれる。
 パウエルの考えは、ドウォーキンの「連作小説」のアイデアを下敷きとしている。連作小説では、作家は先行作への彼(女)なりの最良の解釈に基づいて続きを書き足していく。ドウォーキンは、この創作活動と裁判官による法解釈との間に類似性があると指摘した。制定法の解釈は、どのような解釈が当の制定法を含む立法史をより善い光のもとで示すことになるかを顧慮しながら行われる。裁判官は先例法理や立法府の至上性などの制度的拘束に服しながら、正義についての自らの信念を裁判のなかで実現していく。裁判官は、法をそのベストのあり方へと引き上げることを目指して法を解釈する。ドウォーキンは、過去への責務と法解釈の創造的な面を、法のインテグリティ(ベストへと近づく法のあり方)というポイントでピン止めする。
パウエルは、分断によって、このプラクティスが壊れてしまうことを懸念している。現在、連邦最高裁の少なからぬ判事が、憲法におけるすべての記述は「採択された時点」の原初的な理解に基づいて解釈されなければならないと主張する憲法解釈の理論の支持者(オリジナリスト)となっている。ところが、採択された時点だけをみるという判事は、未来をみる時に、自分の個人的好み、道徳観、政策上の選好を用いるだけに終わってしまう。採択された時点の人々の見解を知ることができるとしても、なぜ彼らの見解だけを用いなければならないのかも判然としない。採択時点以降の人々は、憲法を持続するのに貢献してきた人たち(sustainer)であり、彼らの見解に耳を傾けていけないのはなぜなのか。
 現在、中絶の権利など憲法に書いてないことを解釈で編み出してきたプラクティスを転倒させたいと考えている保守派が、司法の主要部分を掌握している。もっとも、司法の場でプラクティスが事実上破壊されたことは過去にもあった。フランクリン・ルーズベルト大統領による"court-packing plan" (1937、大統領による最大6名までの判事追加を認める法案)の提案を機に、最高裁はニューディール法制の容認へと転じた。公立学校における人種分離を違憲としたブラウン判決(1954)は、"the doll test"と呼ばれる実験を通じた、分離校の黒人児童の自尊の念が損なわれているという心理学者の証言を援用してまでして、"separate but equal”という先行法理を覆している。それでも、事実上のプラクティスの破壊があっても、破壊などないかのように振舞い、小説を書き継ぐことには依然として意味がある。ニューディール法制の容認は、"court-packing plan”というより悪質な司法部門の破壊を回避することの代償措置であった。ブラウン判決が判事の全員一致の判決だったことの意義は大きかった。司法が他の手段で行う政治だと国民から見なされたら、司法に期待される問題解決機能は失われる。そして、一段と重要なことは、ニューディール法制の容認もブラウン判決も、時代の社会ニーズに適合し、司法の課題解決能力を回復させる方向への転換であったことである。司法が判事の世界観の押し付けに過ぎないとみなされるようになれば、それは少数派による暴政となんら変わるところがない。図3.17 連邦最高裁への評価は、ギャラップのサーベイによる、連邦最高裁への国民の評価の推移である。(a) 最高裁の仕事ぶりへの評価最高裁の仕事ぶりでみても、(b) 最高裁への機関としての信頼度機関としての信頼度でみても、かつて高かった司法の国民への評価が趨勢的に低下し、ロー判決撤回後の現在では評価しないとする者の方が多数派に転じている。レベツキーとジブラットの指摘を借りると、最高裁の現在の構成は、共和党に有利な歪んだ制度の帰結であり、必ずしも社会の趨勢を正しく反映したものではない。ますます多民族化していくアメリカで、保守派が単なる反動を超えるビジョンを持っているか、問われる場面が増えている。

コラム3.6:州の政治における中位投票者定理、足による投票
 サド・クーサー(Thad Kousser、UCサンディエゴ)らは、1880年から2010年までの50州のデータで、党派間競争が激しい州ほど、教育・健康・交通への支出が行われ、乳幼児死亡率、余命、高校修了率、識字率が高まったという結果を得ている(Gamm and Kousser, 2021)。競争が激しい州とは、一党支配ではなく、二党が競合する状況を意味する。彼らの研究結果は、州の政治を舞台に中位投票者定理が効いている証左として解釈できる。党派間競争は中位の有権者への訴求合戦の様相を呈し、結果的に住民の福利の改善に役立った。政治における競争が住民の福利につながっていることは、本文でマディソンの伝統の一環として紹介した政党間競争に基づく民主主義にとって朗報である。ただし、クーサーらは、足許でも、中位投票者定理が機能しているかという点については慎重である。クーサーらは、因果関係のうち、原因である競争については1980年までのデータしかカバーしていない。近年は州議会の分断も著しくなっている。ボリス・ショー(Boris Shor、ヒューストン大学)らは、議員の投票行動で測った州議会での分断の程度が、1996年から2020年までの間、右肩上がりで上昇していると報告している(Shor and McCarty, 2022)。分断が直ちに中位投票者定理の機能不全を帰結するわけではないが、競争が非生産的なものになると、住民の福利に負の影響を与える可能性はある。
 ミシガン大学のベドナーの「強靱な連邦」論のなかで紹介した通り、州は自立性を持ち、州の間の政策の多様性は実に高い。税制でも、共和党州と民主党州の相違は小さくない。Tax Foundationは、ビジネス環境の視点から、州の税制を毎年ランキングしている。表3.3 税制ランキングの上位州と下位州(網掛けは共和党知事の州)は2025年のランキングから、上位8州、ワイオミング、サウスダコタ、アラスカ、フロリダ、モンタナ、ニューハンプシャー、テキサス、テネシー、下位8州、ヴァーモント、ミネソタ、ワシントン、メリーランド、コネチカット、カリフォルニア、ニュージャージー、ニューヨークを抜き出したものである。上位州はすべて共和党知事、下位州はヴァーモントを除いてすべて民主党知事の州である(Tax Foundation, 2025a)。例えば、4位のフロリダ州では個人所得税がなく、法人所得税は5.5%に抑えられている。売上税率も他の南部諸州より低く抑えられている。他方、48位のカリフォルニア州では、個人所得税の最高税率は13.3%で、これに1.1%の給与税が上乗せされ、最高税率は14.4%となる。法人所得税は8.84%と全米で6番目に高い。州の一人当たり個人所得と一人当たり自主財源の相関を取り、日本(県等)と比較すると、日本では0.92となるが、アメリカでは0.77となる(2020)。日本と比べると、アメリカでは富裕な州でも税をあまりとらず、その分歳出を絞る財政運営を図る余地があることを示唆している。
 民主党州では、自分たちの価値観に沿った生活のために必要な税金を払ってもよいという者もいるが、税負担に敏感なビジネスは民主党州から共和党州に移転している。地方財政論のいう「足による投票」(Tibout, 1956)が起きている。ビジネスに伴って人口も移動していく。表3.3の右手には、2024年度の州際人口移動による人口増加率のランキングを並記し、最右翼には5年間のGDP成長率のランキングも示した。ワイオミングやアラスカのような条件に恵まれない州は別として、税制と人口移動に相関があることが示唆されている。成長率についても、ワシントン州やカリフォルニアのように恵まれた産業基盤を活かし、重い税負担にも関わらず、成長している州もあるが、総じて税負担の軽い州の方が経済パフォーマンスで優れていることが示唆されている。民主党州は、福祉を含む歳出の切り下げ、あるいは、さらなる増税の検討へと追い込まれる恐れがある。リベラルな論者は、アメリカ国内で底辺への競争が起きているという。ただ、保守的な論者は、政府の肥大化を抑止するという好ましい機能が働いている証左と解釈する。

コラム3.7:ミシガン州デトロイト市の現況
 デトロイト市は、2013年7月に連邦破産法第9章に基づく破産申請を実施した*11。同市の人口は 71 万人(2010 年センサス)、負債規模は 180 億ドルを超え、米国史上最大の自治体破産となった。2014 年 12 月 には同市の再建計画に相当する「債務調整計画」が発効した。同計画は70億ドル以上の債務削減(一般財源保証債の元本削減、州憲法で保護された職員年金の削減を含む)や市の再生に向けて新たな投資を行うことなどを盛り込り込んだ。現在、州が設置した委員会の監視・監督の下、計画に基づく財政再建の取組みを進めている。再建論議の際、市職員の年金の扱いが焦点のひとつとなったことから、年金が破綻の原因のように語られることもあるが、真の問題は人口減に伴う税源の喪失である。デトロイトは1950年代の終わりに200万弱の都市になったものの、その後、人口が減り続け、破綻後も人口は減り、現在は60万人ほどとなっている。背景には製造業の衰退のほか、人種問題がある。南部から黒人が流入し、白人の流出が増え、現在ではほとんどの人口が黒人になっている(2020年で77.7%)。人口の減につれ、サービスの維持に支障をきたすようになった。そのために税率を上げると、周辺に比べて重い負担を嫌気して、ますます人口が流出する負のスパイラルに陥った。都市部の荒廃と郊外の繁栄はデトロイトに限った話ではないが、デトロイトでは特に激しいものとなった。市の中心部への投資、市域の拡張など打つべき手があったはずだが、黒人の市長と白人が多数を占める議会の協力もうまくいかなかったという。
 破綻後、マイク・ドゥガン市長(白人)のもとで、デトロイト市はサービスの回復に取り組み、一定の成果を上げている。ただ、根本の問題が解決したわけではない。低い人口密度が、インフラ、サービスの維持を困難化する状況は変わらない。図3.18(a) デトロイト市Chene Streetの現況は、市街中心のGM本社から車で五分程度の通り(Chene Street)の現況である。図3.18(b) Chene Streetの位置はその通りの市街での位置関係を示す。この通りはかつて市電の走るにぎやかな場所であったが*12、現在はほとんど更地になっている*13。図3.19 デトロイト市の一般会計歳入の内訳の示す通り、市の一般会計(general fund)歳入は、2023年度、1,200百万ドルで、固定資産税、所得税、州税の分与のほか、カジノ税等からなる。破綻後も収入は低迷しているが、租税はすでに州の認める上限税率で取っており、カジノ税への依存が高まっている。富裕な周辺自治体との格差は、人材確保の障害にもなっている。警官の給与は周辺自治体の方が高く、デトロイトの警察学校で訓練を受けても、周辺自治体に流出してしまう。周辺自治体を市域に取り込もうにも、市の税負担は重く、同意を得る見通しはない。市では周辺自治体によびかけて、交通に関する経費だけでも負担金を出してもらえるよう交渉している。負のスパイラルは、現在もデトロイトを捕えている。それでも、まったく希望がないわけではない。市はミシガン州とも協力し、企業誘致に努めている。2023年の人口は、63万3千人と前年比2.1%の増と、1957年以来の増加となった。

(3)社会的連帯(solidarity)の拡充
 処方箋の第三は、社会的連帯を拡充することである。重要なことは、社会的連帯こそが第一と第二の処方箋が機能する基礎的な条件となることである。社会的連帯を欠くところでは、そもそも社会全体に通用する真なる解は存在しないし、競争をしようにも競技場を設定することができない。再分配による格差是正は、社会的連帯を拡充する重要な経路になるが、社会的連帯は再分配そのものよりも深い課題である。本稿ではすでに(第一回で)具体的な再分配策について議論している。本節では再分配を支える原理上の議論など社会的連帯の拡充を促す取り組みをみる。具体的には、1)社会的連帯の基盤に関わる原理的議論、2)社会状態の評価方法の見直しを通じ、従前顧みられなかった課題に政策資源の動員を図る取り組みをみる。
 第一の社会的連帯に関わる原理的議論として、はじめにリーアム・マーフィー(Liam Murphy、ニューヨーク大学)とトマス・ネーゲル(Thomas Nagel、ニューヨーク大学)の議論を取り上げる。(第一回の)図1.9でみた通り、アメリカの富の分配は著しく不平等である。ボトム50%の所有する富は、全体(159.87兆ドル)の2.4%(3.89兆ドル)に過ぎず、トップ10%の富は67.3%にものぼる(2024年第3四半期)。アメリカの遺産税(estate tax)は基礎控除が高く(1,361万ドル、2024年)、富の格差が世代を通じて伝わることを止めることができない。マーフィーとネーゲルは、なによりも所有の神聖視というアメリカに根強い観念を改めることが必要だと指摘する。The Myth of Ownership(所有の神話)と題した著作で彼らが指摘するのは、所有とは税制等によって定義される法的な慣習(コンベンション)に過ぎず、課税前所得を絶対的な基準線として税制の適否を論ずることには意味がないということである(Murphy and Nagel, 2002)。個人が自然に手を加え、魔法のように所有が発生するという、ジョン・ロックの神話を脱し、所有はコンベンションの産物であるとしたヒュームの考えへの転回が必要であるという*14。
 注意したいことは、マーフィーらのコンベンショナリズム自体が、税制の具体的提案を含むわけではないことである。彼らの議論は、所有を神聖視し、富裕層に有利な税制を変えることが難しいアメリカ特有な状況下で、神話を解体する必要から出てきたものである。どのような規制が好ましいかは、我々が同胞の市民に何を負うかによって決まる。税制についてのポジティブな主張をするには、追加の倫理的議論が必要である。
 格差問題を取り上げた際(第一回)に指摘した通り、市場所得の再分配はアメリカでは人気のない考えである。代わって支持を集めているのがハッカーの事前配分(pre-distribution)である(Hacker, 2011)。バイデン政権のイエレンは、関税障壁と産業政策の組み合わせを「現代供給サイド経済学」と銘打ったが、これは事前の配分のひとつの姿であった。しかしながら、事前の配分は勤労を重んずるアメリカ人の感性に順応するだけで、その感性そのものを変えるものではない。アメリカのリベラルは、再配分を人々に受容してもらうため、より深いところで働きかけている。ロールズの無知のベール(Rawls, 1971)、ドウォーキンによる選択運と自然運の区別(運の平等主義)(Dworkin, 2000)は、そのような働きかけの結晶であった。無知のベールは、財産や人種など社会属性を取り除いた地点から、どのような社会に住みたいかを考えるよう迫る。運の平等主義は、本人に責任のない自然運による不遇に、救済の手を差し伸べる。生まれの条件に恵まれない子どもは、不遇の最たるものである。これらの取り組みは、社会で受け継がれ、所与のものとみなされてきた不平等に反省を迫る。運が悪ければ、自分も不遇であったかもしれないと想起することで、社会的連帯はその深度と範囲を拡充する(運の平等主義による社会的連帯の拡充については、コラム3.8を参照)。

コラム3.8:運の平等主義、社会的連帯、そして社会保険
 アメリカでの格差は大きく、人種問題もあり、富裕な者が困窮者との社会的連帯を持つことが難しい。運の平等主義は、そのような社会で再分配の基礎となる社会的連帯を作り出す。ビスマルク型の社会保険も、その根底には社会的連帯がある。社会保険の国でも、運の平等主義は社会的連帯を活性化するとともに、これまで社会保険のカバーしてこなかった領域に社会保険を適用する可能性を広げる。例えば、どの家庭に生まれるかは、その子どもに責任のない自然運である。ただ、生まれる前、その子どもは社会保険料を払うことはできず、どんな不遇な家庭環境に生まれ落ちても、社会保険はその子どもを救うことはできない。運の平等主義は、リスクが現実化する以前の状況に立ち戻ることで、保険の考えをより広い社会領域へと行き渡らせる手がかりとなる。出生前の子どもの直面するリスクに仮想的に保険を提供するという思考実験を通じ、これらの子どもにセーフティネットを提供する根拠を作り出す。
 運の平等主義は、他の正義の理論と比べて優れているのか。優れているとしたら、どう優れているのか。筆者は、Hiromitsu (2024)で、この問題を簡便なモデルを用いて考察した。生まれる前の魂があるとして、次の四つの社会契約からひとつを選択する状況を考える。1)自然状態、2)財の平等、3)財と余暇の平等、4)功利主義の四つである。人には生産能力に障害を負って生まれるリスクがある。1)自然状態では、健常者(として生まれた者)と障害者(として生まれた者)の間の再分配はない。2)財の平等では、財(消費)の配分のみを平等化する。3)財と余暇の平等では、財と時間の消費を等しくする。この契約が運の平等に相当する。4)功利主義では、健常者と障害者の効用の合計が最大になるよう、政府が健常者、障害者に財と余暇の分量を指示する。表3.4 社会契約とその社会状態は、契約の説明、社会契約の生み出す社会状態を整理したものである。まず、1)自然状態では、健常者は、障害者に比べ、より働き、より消費し、より高い効用を得る。自然状態は、運の平等主義の見地からみた不正な状態を放置する。2)財の平等のもとでは、健常者も障害者も、いずれの社会契約のうちでもっとも働かない。社会全体の生産は最低水準となる。興味深いことに、障害者の効用が(自然状態よりも)増加するのに対し、健常者の効用は減少し、障害者の効用を下回る。健常者は労働を直接強いられているわけではないものの、実質的に健常者の奴隷化がおこなわれている*15。3)財と余暇の平等(運の平等)のもとでは、健常者と障害者は同じだけ働き、同じだけ消費し、均等な効用を享受する。効用の合計は、自然状態、財の平等のケースよりも増加する。健常者の効用は障害者を下回らないから、実質的奴隷状態は生じていない。4)功利主義のもとでは、効用の合計は最大となる。健常者は、他の社会契約に比べ、より一層働くよう政府から指示され、生産した財を障害者に移転する。健常者は強制労働を課せられ、障害者よりも効用は低く、真の奴隷状態にある。
 さて、これら四つの社会契約のうち、生まれる前の魂はいずれを選ぶか。ひとつの考え方は、ジョン・ハーサニ(Harsanyi, 1976)のように、期待効用仮説を取ることである。出生前の魂があるものとして、出生後の各境遇の実現する確率に応じて計算する期待効用を最大化する社会契約を選択するのである。期待効用仮説に基づくと、功利主義の社会契約が選ばれる。この結論は、期待効用の最大化という見地からみる限り、論破困難なものであり、正当なものでもある。しかしながら、運の平等主義は、もとより功利主義とは別の正義観に基づく。たとえ効用の合計で劣るとしても、運の平等の見地からより望ましい契約を擁護することは可能である。我々は、期待効用論者のように個人の期待効用の大小を問題にするのではなく、人々の間の関係が正義に適ったものであるかどうかを問題にすることができる。功利主義のもとでの健常者の奴隷状態にあらわれている自由の欠如は、選択の自由を尊重する運の平等主義の受け容れるところではない。出生前の魂が自由で平等な社会で生きたいと望み、自由と平等の実現の程度を選択の基準とするならば、四つの社会契約のうち最も優れた契約は財と余暇の平等(運の平等)である。自然状態は生まれの違いを放置し、不正である。財の平等は健常者の実質的奴隷状態を生み、おまけに社会を全体として貧しくしてしまう。そして、功利主義は健常者を奴隷化する。奴隷状態を含む社会契約が遵守される見込みがないことにも注意を向けたい。出生後に健常者となった者は自分が奴隷状態にあると気づけば、反乱を企てるであろう。
 出生前の人々が自由で平等な社会で生きたいと望んでいると想定することは、論点先取りであり、社会契約論の意義を棄損するものであるとの批判を受けるであろうか。この批判に対する最小限の反論として、出生前の人々が期待効用を最大化したいと望むとの想定も論点先取りであることに変わりない、と述べることが可能である。しかしながら、この反論は控え目過ぎるのである。社会契約は他者との契約であり、他者とどのような社会関係に入りたいかという考えなしに合意するものではない。人々は単に個人的効用の大小のみではなく、契約の含意する自他の関係が正義に適ったものであるかを考慮するのであり、期待効用最大化の想定が、このような自他の関係への考慮を欠くのは重大な難点なのである。運の平等主義は、本人に責任のない不遇に対し、保険を提供するが、その保険は個人の期待効用の最大化に基づく私的保険ではない。どのような社会の成員でありたいかという考えを共有する者たちの間の社会的連帯に基づく、社会保険として提供されるのである。

 第二は、社会状態の評価方法の見直しを通じ、従前顧みられなかった課題に政策資源の動員を図る取り組みである。現状、政策の究極の評価基準は、経済成長(GDP成長率)であるといってよいだろう。GDPは経済の生み出す(概ね)取引可能な付加価値に限られ、格差などの社会的公正、自然社会環境などを充分に勘案していない。社会状態の評価の方法を変えることで、政策の方向性を変え、より望ましい社会状態に近づくことができる。(第二回の)コラム1.7で取り上げた、バイデンの行政管理予算局(OMB)が構想した費用対便益分析の見直しは、そのような施策のひとつである。改定案は、下位5分位の人に生ずる便益を上位5分位の便益の約40倍に評価するというラディカルなものであった。
 近年、GDPに代わる指標として注目されているのが、サーベイから得る人々の感じている幸福度、すなわち、主観的ウェルビーイングである。かつて、一定の所得を越えると、ウェルビーイングの上昇が止まるとの指摘(Easterlin paradox)があり、その指摘に従えば、所得再分配は社会の幸福度を高めるとされてきた。最近では、クロスカントリーでも個人間でも、対数所得とウェルビーイングの間には正の線形関係がみられるとの見解が確立しつつある(e.g., Stevenson and Wolfers, 2013; Killingsworth et al., 2023)。ただし、対数線形の関係であっても、所得再分配が社会全体のウェルビーイングを高めるという主張は成り立つ。図3.20 対数所得とウェルビーイングの関係はKillingsworth et al (2023)に基づき、横軸を対数所得、縦軸をウェルビーイングとしている。高所得者から移転すれば、社会全体の幸福の総量を増加させることができるはずである。
 経済学者のなかには、サーベイで得る単一の主観的ウェルビーイングを用いるのではなく、より精緻な指標の開発を目指す動きがある。主観的ウェルビーイングにも多様な面がある。その多様な面を、OECDの「計器盤アプローチ」のように並置するにとどめるか、あるいは、HDI(人間開発指数)のようにアドホックに指数化するのが現状である。ダニエル・ベンジャミン(Daniel Benjamin、UCLA)らが取り組むのは、その多様な面を一定のロジックとエビデンスに基づいて統合した指標を作り出すことである。指標作成で問題となるのは、各側面のウェイト付けである。ベンジャミンらは、側面間のトレードオフに関する選好を被験者に表明させることで、ウェイトを算定する(Benjamin et al., 2014)。表3.5 ウェルビーイングを構成する諸側面(一部)とそのウェイトは、全部で136もあるウェルビーイングの側面の例示と、そのウェイトである。ウェイトの最も高い三つの側面、上位 10位に入るその他の興味深い側面、HDIに関連する側面などをリストアップしている。トップの「腐敗・不正・権力の乱用からの自由」のウェイトを、1.00とし正規化している。ベンジャミンらは、このような指標を国レベルで集計することで、GDPに代わる指標を作り出すことを目指している。
 ベンジャミンらのように多様な側面の統合を図るのはGDP統計の作成でも採られている正攻法であるが、技術的な難しさもある。ギャラップ社のジョン・クリフトン(Jon Clifton)はより簡便であるが、そのぶん頑健な方法を提案する。クリフトンの着目するのは、主観的な不幸である(Clifton, 2022)。何に幸福を感ずるか、個人の好みによる違いがあっても、人々が不幸だと感ずるものは比較的一致するものである。クリフトンが不幸の指標とするのは、ストレス、不安、怒り、悲しみ、身体的苦痛といった五つのネガティブな感情の経験の有無を問い、合成したものである。満足度で測る幸福度は上がっていても、同時にネガティブな感情を抱えているということが起こりうる。実際、ギャラップ社によると、世界全体の不幸の指標は、2006年の24ポイントから2022年には33ポイントと右肩上がりに上昇している。図3.21 アメリカの勤労者の感じているネガティブな感情(四つの感情を感じた人の割合(%)の積み上げ)は、身体的苦痛を除く四つの感情を経験したアメリカの勤労者の割合(%)を積み上げた数値の推移を示す(Gallup, 2024)。ネガティブな感情は2010年代の後半から上昇傾向にあり、コロナ禍によるジャンプが一段落した後も以前より高止まりしている。この不幸の度合いの高まりの背景として、クリフトンは仕事の問題、特にオートメーションのなかで感情的満足の得られる良い仕事が失われていることが効いているとみる*16。不幸の軽減を目指すことは直感的に支持を得やすい。たとえ他人の幸福を願うことが困難であっても、他人の不幸が癒されることを願うことは比較的容易である。そうであれば、不幸と闘うことは社会的連帯を拡充する。

6.「多数でできた一つ」-政治、民主主義についての総括
 前節で提示した分断への処方箋の評価を通し、アメリカの政治、民主主義に関する考察を総括する。表3.6 分断への処方箋は本稿で提示した処方箋を整理したものである。
 ルソーの伝統に基づく処方箋は、真なる解の存在を想定し、その解に社会が到達する経路の確立を目指す。熟議民主主義者は、意見交換による反省や和解を通じ、善き合意が生まれることを期待する。レベツキーとジブラットは比例代表制などを提案し、真の民意に基づいて政府が構成されることを目指す。キャンペーン・ファイナンスによる政治の歪み、エコーチェンバー現象などによる言論の自由市場の機能不全を取り除くことも、あるべき民意が形成され、表出される経路を確保するものである。
 これらルソーの伝統に基づく処方箋は、それ自身では筋の悪いものではない。大きな方向性としてはそれぞれに取り組む価値がある。もちろん、個別には問題点はある。下院での小選挙区制の廃止は二大政党制を揺るがすことなるため、賛否があるだろう。これまで黒人の権利擁護は民主党が推進主体となり、二大政党制の枠内に留め置かれてきた。比例代表制になり、黒人の利害を代弁する政党が出現するとしたら、それは歓迎すべきことなのか、国の統一を危うくするものとみるべきなのか。また、情報環境の歪みを是正しても、その効果は限られるだろう。人々は移民の犯罪に強い怒りを感ずるものなのである。なぜなら、その罪を犯した者は当局が入国を許した者なのであり、その犯罪は防ぎえたという遺憾の念が沸くのは避けられない。自然の疫病による死よりも、ワクチンによる死に人々が怒りを感ずるのも同じ道理である。
 それでも、ルソーの処方箋の本当の問題は、社会的連帯の途切れるところからはじまる。社会科学者たちが暗黙に期待した合意が得られない時、合意を受け入れない人たちを理性的存在の範疇から追放することが起きている。ルソーの伝統に属する論者は、まず、自身の理想に達するには時間がかかることを受け入れる必要がある。そして、自身の抱く理想を疑うべき場面があることを知る必要がある。理想を共有しない人々と連帯できなければ、政治共同体は成り立たない。重なり合うコンセンサスのうちにいるとは思えない人たちとも連帯することができなければ、むき出しの潰し合いか、離れて暮らすしかない。さらに難しいのは、ここからである。ジャクソンを大統領に押し上げたコモンマンは、先住民への迫害という点で道徳的に擁護できない願望を抱いていた。熟議を尽くしたところで、合意に入ることを拒否する者はいるし、そのような者が多数を占めることはしばしば起きてきた。このようなハードケースは、特にメンバーシップやシティズンシップといった社会的連帯の境界で起こりやすい。先住民は市民ではなかった。黒人はかつて市民権を拒絶されていた。移民は非市民であるか、新参の市民である。2025年2月、アメリカの成人の59%が、トランプが不法に米国に住んでいる人々を強制送還する取り組みを強化することに賛成していると回答しており、そのうち35%が強く支持している(Pew Research Center, 2025)。もちろん、これはサーベイへの回答であり、熟議の結果ではない*17。それでも、暗澹とさせられる結果である。トランプが中位投票者を取ったことが事実だとしても、そのことはトランプが正しいことまでを意味するわけではない。理想に達するには、気の遠くなるような時と努力と知恵が必要なのかもしれない。
 ルソーの伝統が真理や理想を巡る暗い緊張感に包まれているのに対し、マディソンの伝統は、競争や抑制均衡がまずまずの状態をもたらすという、予定調和の楽天的色どりのなかにある。各プレイヤーは自身の利害と価値を追求に尽力すればよい。他のプレイヤーと競いあっていれば、悪くない均衡へと導かれていく。マディソンの伝統に属する社会科学者の優れたところは、競争がなぜまずまずの均衡に至るのか、メカニカルな経路を特定する努力を惜しまないことである。モスの事例研究は、理論モデルを確立する域には達していないものの、競争を継続して歴史に決着を委ねるという経験則を示唆する。シャピロは二大政党制の強化という実践的提言を行い、リバタリアンは所有に基づく最小国家を構想する。ワイルのQVは、少数派の保護を図る優れた投票メカニズムである。しかしながら、マディソンの伝統には、メカニズムを根底で支える規範やルールを可能にするものに触れていないという欠点があった。QVは、そもそも社会的連帯を欠いている社会では決して導入されないだろう。競争は社会に存在する連帯を傷つけ、やせ衰えさせることがある。レベツキーとジブラットが描いた通り、現在の二党間の競争は、互いの存亡をかけた闘いであるかのような様相を呈している。
 社会的連帯こそが、ルソーとマディソンの伝統がともに機能する前提条件であることが強調されて然るべきである。格差の是正は連帯を壊す要因に直接働きかけるだけではない。再分配は連帯の境界のなかでしか起こらない。イエール大学の経済学者ジョン・ローマー(John Roemer)は、社会的連帯の先にカントの定言命法に基づく社会を構想している(Roemer, 2019, 2021)。カントの定言命法は「汝の行為の格率を汝の意志によって普遍的自然法則とならしめようとするかのように行為せよ」と定式化される。ローマーはこの命法をカント・プロトコールと呼び、「他のすべての人も取ることを自分が支持するであろう行動のみを、人は取るべきである」と翻案する。ローマーは、カント・プロトコールをナッシュ・プロトコール、すなわち「他人の行動を所与として、自分の効用を最大化する選択をするべきである」と対置する。ナッシュ・プロトコールに基づく時、ただ乗りや共有地の悲劇という社会問題が発生するのに対し、カント・プロトコールに基づく場合、効率的な解に到達する。ローマーはカント・プロトコールの例として「私が寄付をすれば、私に似たすべての他者も同様に寄付するだろう」という魔術的思考を挙げる。確かにこの魔術的思考に基づいて人々が行動するなら、充分な寄付が集まるだろう。
 問題は、実際に人々がカント・プロトコールに基づいて行動するのかということである。ローマーとその共同研究者はイエスと答える。彼らは、六か国の麻疹ワクチンの接種データに基づき、その高い接種率は人々がナッシュ行為者である場合には説明がつかず、人々がカント行為者である時にはじめて説明可能であると指摘する(De Donder et al. 2022)。カント・プロトコールが進化の過程で生き残ることを示す、他の研究者の論文(Alger and Weibull, 2013, 2016)もある。カント・プロトコールは現に人々の間に根付いているのかもしれない。この認識に基づき、ローマーは、社会のエートスをナッシュ・プロトコールからカント・プロトコールに切り替えることを現実的な課題として捉えている。ローマーは、そのような状態に近い社会の実例として北欧を挙げる。そして、教育や組合などの社会制度を活用することで、社会的連帯のエートスを社会に行き渡らせることを提言する。
 筆者のみるところ、必要なことはルソーとマディソンの伝統を組み合わせることである。人々が対話し、社会的連帯を作り出すという経路を持つ点で、ルソーの伝統は優れていている。しかしながら、対話をしても、直ちに望ましい合意が得られるとは限らない。多様な利害と価値を持った人々が共存できる、マディソンの抑制均衡のシステムを社会は備える必要がある。このように肌合いの異なる二つの社会構想の並走のなかから、社会の発展と安定の両方を追求することのうちにしか、アメリカ社会が存続する道はない*18。社会的連帯については、北欧のような連帯が、アメリカで容易ではないことは言うまでもない。アメリカは今後も概ねカントの国であるよりも、ナッシュの国でありつづけるだろう。それでも、ナッシュ行為者であることと、カント行為者であることは常に矛盾するわけではない。経済的プレイヤーとしてナッシュ行為者である者が同時に、市民として、さらには人としてカント行為者であることは可能である。対話による一致と競争による抑制均衡、生き馬の目を抜くナッシュ・プロトコールと根底におけるカント・プロトコールの共有。「多数でできた一つ(E Pluribus Unum)」とは、アメリカの国章に記された、アメリカの国是である。2024年の選挙を期にはじまった、両党、社会科学者、市民による新たな模索を通じて、アメリカの政治が良い意味で我々を驚かすことを望む。

Ⅳ.連載の総括
 六回にわたる連載で、経済・財政、地経学・経済安全保障、政治・民主主義について、アメリカの社会科学者たちが、どのように課題を把握し、解決しようとしているのかをみた。社会科学者たちは、ロジックとエビデンスに基づき、課題にアプローチしていた。特徴的なことは、公の場で複数のアプローチが競合し、全体として議論の質を高めあっていたことである。いわば、言論の自由市場といって良いものが機能していた。インフレバイアスを持ったバイデンの政策は、サマーズらからの批判に晒された。バイデンは大規模なパッケージに固執し、政策の根本的修正には至らなかったものの、最終的には選挙の洗礼を受けて退場した。地経学・経済安全保障についてのアプローチの競合の帰趨はみえていない。ただ、デリスキング/デカップリング、関税と産業政策の得失、中国の中長期的な姿など、論点の整理はあらかたついている。現在は、第二次トランプ政権の対外政策がどのような形を取るのか、その動きを見極めることに関心が注がれている。
 経済・財政、地経学・経済安全保障では、社会科学者が課題を解く方法論は明瞭で、社会科学者と政策の現場も近い。経済政策や外交においては、社会科学者が政治や市民から一定の委任を受けている。社会科学者の議論を俯瞰することで、問題の見取り図を得て、政策の得失について概ねのベクトルを知ることができる。社会科学者が勧告する施策が実施されるとは限らないが、社会科学者の考えに政治の事情を加味すれば、概ねのことは理解可能である。供給制約とバイデンの拡張志向の合作がインフレを生み出した。マクロ的にはネットでプラスの通商の経済効果があっても、社会の一部に集中的に表れる痛みが政治を動かし、通商を壊すことなどである。
 他方、政治を巡る議論はより混沌としている。政治学者、経済学者、社会心理学者と多様な議論が入り混じり、全体像を把握することが格段に難しい。政治を評価する基準は、経済学の成長や物価、地経学の安全保障など単純なものではなく、複合的である。そしてなによりも、政治を動かすのは社会科学者ではなく、政治家と市民である。それでも、本稿はルソーとマディソンンという対照的な論者を持ちだし、社会科学者の間の議論に一通りの見通しを付けた。政治の進むべき方向性について、ルソーとマディソンの組み合わせ、社会的連帯の拡充という大きな方向を提示したつもりである。
 第二次トランプ政権が始動し、社会科学者たちがアプローチする対象そのものが変わりはじめている。社会科学者たちはそれぞれ新しい研究の素材を得るとともに、なかには現実社会に積極的に働きかけている者もいる。トランプ政権はアメリカの伝統のひとつである、反主知主義を引き継いだ政権であり、社会科学者たちは新しい闘い方を身に着ける必要に迫られている。こうして変わるものがあれば、変わらないものもあるはずである。あと数年もすれば、今回の連載で書いたこと下地に、新しいアメリカとその社会科学の実践についてもっと深く知ることができるだろう。
(おわり)

(謝辞)
本稿の第五回、第六回の執筆に際し、以下の方々と個人的に意見交換させて頂き、実に実り豊かな時間を頂戴した。記して感謝する。ダロン・アセモグル(MIT)、イマッド・アティック(コーネル大学)、デイヴィッド・アート(タフツ大学)、マシュー・アドラー(デューク大学)、ダン・アリエリー(デューク大学)、エリザベス・アンダーソン(ミシガン大学)、今井隆(読売新聞)、ジェニファー・ヴィクター(ジョージメイソン大学)、キップ・ヴィスクシ(ヴァンダービルト大学)、クルト・ウェイランド(テキサス大学オースティン校)、ジャスティンン・ウルファーズ(ミシガン大学)、クリストファー・ウレージン(テキサス大学オースティン校)、デイヴィッド・オーター(MIT)、ジョシュ・カーツ(メリーランド・マターズ紙)、アレッサンドラ・カゼッラ(コロンビア大学)、ステファン・カミング(ヴァージニア州)、オデッド・ガロー(ブラウン大学)、ブライアン・キャプラン(ジョージメイソン大学)、マイク・ギルバート(ヴァージニア大学)、リンゼイ・キルヒニー(ミシガン州)、マーチン・ギレンス(UCLA)、サド・クーサー(UCサンディエゴ)、キャロル・グラハム(ブルッキングス)、ピーター・クリバノフ(ノースウエスタン大学)、ジョン・クリフトン(Gallup)、アドリアナ・クルーズ(テキサス州)、ジェイムズ・グレイザー(タフツ大学)、ジョン・ゲリング(テキサス大学オースティン校)、タイラー・コーエン(ジョージメイソン大学)、デボラ・サッツ(スタンフォード大学)、坂本一之(産経新聞)、イアン・シャピロ(イエール大学)、クラウディア・シュワリーツ(DemocracyNext)、ローラ・シルバー(ピュー・リサーチセンター)、ラヘーシュ・スリニバサン(Gallup)、ジョエル・スレムロッド(ミシガン大学)、ブリウオ・スワイア=トンプソン(ノースイースタン大学)、ラリー・ダイアモンド(スタンフォード大学)、アレックス・タバロック(ジョージメイソン大学)、ロバート・タリス(ヴァンダービルト大学)、フランチェスコ・トレビ(UCバークレイ)、コック・チョー・タン(ペンシルベニア大学)、ピーター・テミン(MIT)、西山隆行(成蹊大学)、トマス・ネーゲル(ニューヨーク大学)、ジョナサン・ハイト(ニューヨーク大学)、ジェファーソン・パウエル(デューク大学)、ハル・ハーシュフィールド(UCLA)、リチャード・ハセン(UCLA)、エリック・パタシュニク(ブラウン大学)、ラリー・バーテルス(ヴァンダービルト大学)、ダニエル・バン(Tax Foundation)、ジェームズ・フィシュキン(スタンフォード大学)、ブライアン・フェルドマン(メリーランド州議会)、ジョナサン・プリチェット(テュレーン大学)、ジョージ・フリードマン(Geopolitical Futures)、マット・プルウィット(RadicalxChange)、レオナルド・ブルシュティン(シカゴ大学)、ジェナ・ベドナー(ミシガン大学)、アダム・ベリンスキー(MIT)、ダニエル・ベンジャミン(UCLA)、サンディ・ペントランド(MIT)、デイヴィッド・ボウツ(ケイトー研究所)、堀越豊裕(共同通信)、キャシー・ホームズ(UCLA)、マティアス・ポルボーン(ヴァンダービルト大学)、待鳥聡史(京都大学)、リーアム・マーフィー(ニューヨーク大学)、三上直之(名古屋大学)、シドニー・ミルキス(ヴァージニア大学)、ヴィクター・メナルド(ワシントン大学)、デイヴィッド・モス(ハーバード大学)、アナ・マッソグリア(OpenSecrets)、山崎一民(ワシントン・ウオッチ)、ジョン・ヨスト(ニューヨーク大学)、ラグラム・ラジャン(シカゴ大学)、クリスティーナ・ラフォン(ノースウエスタン大学)、イレン・ランデモア(イエール大学)、ジョン・リトル(ヴァージニア州)、デイヴィット・レイザー(ノースイースタン大学)、エリック・ルッパー(Citizens Research Council of Michigan)、ジョン・ローマー(イエール大学)、グレン・ワイル(マイクロソフト)、渡辺靖(慶応義塾大学)、スティーブン・ワトソン(デトロイト市)。
第一回から第六回までの連載の相当部分は、筆者の2021年5月から2024年7月までの在アメリカ合衆国日本国大使館で勤務した時代の知見に由来する。知見のなかには一般に共有できないものもあったが、広く世の知るべきものについては誌面の許す限り盛り込んだつもりである。最後に、在勤中の活動を快く支えて下さった在アメリカ合衆国日本国大使館の方々、とりわけ、冨田浩司前大使、山田重夫大使、同館財務班の方々に記して感謝する。

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*9) 名誉毀損は、1)誤った情報を流されことだけでなく、2)実際に被害を受けていること証明する必要があり、使いやすい法理ではない。ただ、投票システムを販売するドミニオン社は、2020年の選挙で投票システムの操作による不正があったとのFoxニュースの報道が、同社の名誉を棄損したとの訴えを起こした(Dominion v. Fox)。最終的に、Foxニュースがドミニオン社に7億8750万ドルを支払うことに同意し、Foxニュースがドミニオン社に関する虚偽を放送したことを認めた(2023年4月)。
*10) この問題を解決するには、原理的には、公共的な領域を極小化することが必要である。この方法は、特殊な好みを持つ、少数派の金持ちにおいては、上手く機能する。その金持ちは自分のカネを自分の望まない政策に使われることを避けることができる。問題は、現実社会の少数派が人種的少数派のように、少数派でありながらも、公共的な決定に属する領域を広げることに利益を見出していることである。
*11) デトロイトの現況に関しては、The Citizens Research Council of Michigan (2022)を参照したほか、市当局へのヒアリングに基づく。
*12) 往時のChene Streetの様子は、ミシガン大学のChene Street History Project (https://sites.lsa.umich.edu/detroitchenestreet/)に偲ぶことができる。
*13) デトロイト市によると、更地の草刈りだけでも市には重い負担がかかっているという。
*14) 所有からロック的な神聖さ取り払うと、所有のあり方を自由に設計する提案も可能になる。ワイルは、所有が資産の権利者に排他的な独占を与えているのは誤りであり、所有はその資産をより有効に使いうる者からの挑戦を受け付けるべきだという(Posner and Weyl, 2018)。所有の部分的共有(COST, Common Ownership Self-Assessed Tax)と名付けられた制度のもとでは、自己申告した資産評価額に基づいて税を納めつつ、当該評価額でその資産を購入したい者が現れた場合、その資産の売却を義務づける。もっとも、現実社会の所有のあり方を変えるハードルは高い。ワイルとRadicalxChangeは、オンライン上で実験的に新しい所有ルールをデザインし、その動作を実証するところからはじめているという。
*15) 1) 財の移転が生じていることのみではなく、2) 財の移転元の効用が財の移転先の効用を下回るという要件を満たす時にはじめて、実質的奴隷状態にあるとみなす。
*16) Case and Deaton (2021)も、1990年以降、「あまり幸せではない」と感じていると報告するアメリカ人が、特に大学教育を受けていない人々の間で増加傾向にあると報告している。
*17) フィシュキンらの報告(第五回の図3.6)では、熟議を通じて、共和党支持者の(集団の外部の存在である)移民への態度が軟化している。フィシュキンらの質問のなかには、「高スキル労働者のビザ増を支持」のように、集団(アメリカ経済)の利益に移民が役立つというロジックに説得されやすいものがある。ただ、不法移民の送還の支持者も減っている。熟議をすることで、境界の外側にいる人たちへの敵対的態度は緩むのかという点は問題の核心である。
*18) 本稿で競争の伝統に位置付けたワイルとRadicalxChangeは、QVとQFに加え、人々の間での対話を支援するPolisというソフトを組み合わせたパッケージを推奨している。Polisは台湾のVTaiwanでも活用されたソフトで、意見の分布を視覚化することで、異なる意見の間の橋渡しや融合を促し、多数派の形成を促すという(Tang, 2019)。