国際局開発政策課課長補佐 糸魚川 卓郎/係長 谷津 佑典
はじめに
2024年11月11日から24日(2日間延長)にかけて、アゼルバイジャン・バクーにおいて、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)が開催され、世界中から総勢6.6万人が来場した*1。開催期間中は各種報道が大きく取り上げたことから、COPという言葉を耳にしたことがある読者は多いのではないだろうか。しかしながら、報道されるのはCOPのごく一部であり、本稿では、あまり報道されることのないCOPの裏側を紹介することとしたい。
写真1 COP29会場内のモニュメント[筆者撮影]
COPとは?
まず、COPというのはConference of the Parties((条約)締約国会議)の略語であり、このフレーズだけで気候変動交渉そのものを指すわけではない。COP29は「気候変動枠組条約」の「第29回締約国会議」のことであるが、後者の部分のみを指してCOP29と呼んでいるのである。この他に、2024年には「生物多様性条約」の第16回締約国会議であるCOP16がコロンビア*2で、「砂漠化対処条約」の第15回締約国会議であるCOP15がサウジアラビア*3でそれぞれ開催された。わざわざ条約名に言及せずとも、COPの後に続く数字を聞くだけで何の条約の締約国会議か認識できるようになれば、環境・気候変動の世界の立派な一員である。(筆者はそこにたどり着くまでに1年半を要した。)
COPはその名の通り、条約締約国が一堂に会する場であり、直近の条約の履行状況等の検証・フォローアップや、将来に向けた課題の議論など、各国政府から関係者が集まって2週間という長期間にわたって交渉を行う。数あるCOPの中でも、気候変動枠組条約COPの知名度が突出しており、その理由はいくつか考えられるが、毎年開催されること(他のCOPは数年毎の開催)、節目ごとに、「京都議定書」や「パリ協定」といったインパクトのある成果物を発出してきていること、特に近年は各国首脳級が参加していること、環境運動家のグレタ・トゥンベリ氏などの著名人の参加*4や毎年の「化石賞」*5の発表など関心・注目を集めやすい場面があること、などが挙げられる。
ただの国際会議ではない?
上述した6.6万人という来場者の大半は、交渉そのものには参加しない。交渉と並ぶCOPのもう一つの顔は、各国政府、企業、国際機関等がパビリオンを出展し、様々なイベント・セミナーを開催することであり、その雰囲気はまさに万博さながらである*6。実際、2023年COP28ホスト国のUAEはメイン会場をエキスポ・シティ(ドバイ万博会場の跡地)としていることが、COPが如何に万博と似ているかを理解する上で最適な例であろう。なお、アゼルバイジャンがホストとなったCOP29の会場は、過去には欧州サッカーの一大イベントであるEURO2020も開催されたことがあるオリンピック・スタジアム*7であった。このように、近年のCOPは、収容力が大きい会場および大量輸送のための交通インフラの整備を必要とする、万博・五輪・サッカーW杯並みの、国を挙げての一大プロジェクトである。ボランティアも多数動員され、開催期間中は街中がCOP一色となる。なお筆者も、アゼルバイジャンの旧市街で地元テレビ局から街頭インタビューを受けバクーの印象を問われ、「美しい街並みに感動している。」と、ホスト国への謝辞を述べたものである。(オンエアされたかどうか定かではない。)
写真2 COP29会場建物外観(国連とCOPのロゴ)[筆者撮影]
会期前半~イベントとしての顔~
COPにおける日本のジャパン・パビリオンは環境省が中心となって企画・運営され、今般のCOP29でも、日本の環境技術と気候変動への取組みを世界に発信するために様々な展示やイベントが行われた。このうち、JICAが開催したセミナーでは、渡邉和紀副財務官が「気候変動に強靭な債務条項(CRDC)」を円借款に導入するパイロット・プログラムの開始にかかるプレゼンテーションを行った。(同制度の詳細は25頁を参照されたい。)この他、近年、気候変動対策への取組みを強化している国際開発金融機関(MDBs)が合同で出展しているジョイント・パビリオンにおいて、アジア開発銀行(ADB)が、気候変動対応のための膨大な資金ギャップに対応するための革新的な資金動員メカニズムである、「アジア・太平洋革新気候変動金融ファシリティ(IF-CAP:Innovative Finance Facility for Climate in Asia and the Pacific )」のキックオフイベントを開催し、主要ドナーである日本政府を代表して渡邉副財務官がスピーチを行い、同ファシリティへの祝意と期待を表明した。
このように、COPは、公的セクター、民間セクター、NGO、慈善団体(フィランソロピー)などあらゆるセクターにとって気候変動・環境分野の見本市のような場となっている。2週間の会期中の特に前半1週間は、各種交渉がまだ序盤段階ということもあって、イベント中心の要素がより強い印象である。各国首脳のスピーチも前半の1週間に組み入れられており、COP会場においては至るところで、COPの熱気や高揚感を伝えるべく、各国報道機関等のレポーター達が中継や収録を行っていた。
写真3 ジャパン・パビリオンの様子[環境省撮影]
会期後半~常に予定は未定~
2週間の会期中、ちょうど真ん中の日に1日だけ休息日が設けられる。もちろん最初の1週間も断続的に交渉は行われているのだが、この休息日以降は、COPの本来の目的である交渉が本格化する。例えば五輪やW杯などでは、決勝ラウンドに入れば観客数が増加し決勝戦では満員御礼というのがスタンダードかもしれないが、少なくとも筆者が参加した過去2回のCOPでは、休息日以降は来場者が一気に減少していた。これは、前節で述べたように、ハイレベルの参加者は主に前半1週間に集中することがその理由であると考えられるのだが、お祭りムードが概ね過ぎ去り、そこから先はいよいよ本格的な国際交渉の場に切り替わるということが、目に見えてわかる情景である。
さて、では、具体的にどのように交渉が進められるかについて述べることとしたい。交渉と名がつくとやや仰々しいが、多国間でコンセンサスを得られるような文書の採択を目指して議論を重ねるという点においては、COPが国連の枠組下で行われるため国連スタイルの会議形態を持つという特徴があるものの、最後にコミュニケの採択という形で合意形成を目指すG7/G20といった(財務省関係の読者にとって馴染みがあるであろう)通常の国際会議とそれほど大きくは変わらない。ただし、特に気候変動分野は、伝統的に、いわゆる先進国と途上国との間で意見が対立することが多く、過去10年のうち、予定会期内に会議が閉会したのはたった2度だけで、それ以外の年は毎回、会期を延長している。
通常の国際会議と大きく異なるのは、交渉であるがゆえに日程が流動的で、先の予定が全く読めないことである。前日夜の時点で翌日のスケジュールが判明していればまだ良い方で、当日の朝になっても、いつどこで会議が行われるのかさえ決まっていないことが大半である。その場合は、とりあえず一旦会場に向かい、日本代表団のロジ室等で事務局からのメールが来るのを待つしかないのだが、特に会期後半1週間は、こういった状況がほぼ毎日続くのである。会場で待機する時間が長いうえ、ようやく担当の会議がセットされたと思えば次から次へとリスケされ、夜22時を過ぎて開会がアナウンスされたかと思えば途上国の代表の大半が会場に現れず(夜遅いため既に宿舎に戻っていたと思われる)そのまま定足割れで会議が流会となるなど、予測不可能なことの連続である。こういったある種のカオスな状況というのは、COP交渉独特のものであると思われるが、各国交渉官との連絡、事務局からのアナウンスのタイムリーな把握、COP公式アプリへのアクセスなど、パソコン・スマートフォン・タブレット・スマートウォッチ等のあらゆるIT機器をフル活用しないと流れに乗れず置いていかれてしまうため、要注意である。
ハドルを制する者は交渉を制す
交渉のための会議中、議論が紛糾した際などは、議長が議事を中断し、「ハドル(huddle)」への移行を宣言することがある。元々はアメリカンフットボール用語で、「フィールド内で次のプレーを決める作戦会議」を意味するようであるが、下の写真のように、議場の空きスペースに主要関係者が円状になって集まり、マイクを通さない(議事録には残らない)非公式な意見交換が行われることとなる。通常の国際会議においても場外でのやり取りは行われるが、COPではハドルは公式な会議のほぼ延長線上として捉えられていることがその特徴であり、ハドルにおいて関係者間で合意された内容や文書の文言などは、出席者のコンセンサスを得たものと実質的にみなされ、議長がそのまま採用することが多い。ハドルでは、米、英、豪など英語を母国語する国が圧倒的に強く、ハドル自体は自由参加であるため日本も輪に加わることはもちろんできるが、そこでの議論を主導することは、英語を母国語としない日本にとってはなかなか難易度が高い。今後COP交渉に参加する可能性がある方は、このハドルの存在を心に留めておいていただくと良いであろう。
写真4 COP29で実際に行われたハドル[Photo by IISD/ENB | Mike Muzurakis]
COP29交渉の最大の目玉
今回のCOP29は、これまでは年間1,000億ドルを数値目標としていた先進国から途上国に対して提供する気候資金について、2025年以降の新しい数値目標(NCQG:New Collective Quantified Goal)の決定が最重要議題として注目を集めていたことから、開幕前から「資金のCOP」と形容されていた。COP会期中は終始、先進国と途上国との間で意見は激しく衝突し、一時は交渉決裂も危ぶまれたが、会期を2日間延長し連日深夜まで調整した結果、最終的には以下の内容*8で合意に至った。
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(1)全てのアクターに対し、全ての公的及び民間の資金源からの途上国向けの気候行動に対する資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大するため、共に行動することを要請。
(2)先進国が率先する形で、2035年までに少なくとも年間3,000億ドルの途上国向けの気候行動のための資金目標を決定。また、国際開発金融機関(MDBs)が提供する気候関連資金(民間資金動員額も含む)は全て計上可能とすることも決定。
(3)南南協力等を通じて途上国が任意で貢献することを奨励。
(注)なおMDBsは、COP29期間中に、低・中所得国に対して提供する気候資金を、2030年までに1,850億ドル(うち650億ドルは民間資金動員額)まで拡大するとの共同声明を発表。
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おわりに
COP29開催直前の11月5日に米大統領選挙が実施されトランプ氏が次期大統領として当選した。COP29期間中は、2025年以降に米がCOP不在となる可能性があることに対する悲壮感はそれほど感じなかったが、本稿の執筆時点(2025年2月)では、トランプ新大統領が早速パリ協定からの脱退を含む米国の気候変動政策の方向転換を発表しており、2025年11月にブラジルで開催されるCOP30をはじめ、気候変動問題への対応・国際協調における先行き不透明感は間違いなく強まっていると言えるだろう。本年のCOP30がどの程度の盛り上がりを見せるか、どのような成果を出せるのか、現時点で予断できないものの、今回記したような「交渉の裏側」をイメージしながらCOPの報道に触れていただけると、より味わい深いものとなるのではないだろうか。
コラム:アゼルバイジャンでの食文化 ~シルクロードの味に触れる~
アゼルバイジャンと聞いて、その場所がすぐに思い浮かぶ方は少ないかもしれない。同国はアジアとヨーロッパの境界付近に位置し、日本からは中東のドーハやイスタンブールなどを乗り継ぎ、約18~19時間かかる。市街地からは、世界最大の塩湖であるカスピ海を一望できる。石油や天然ガスが豊富な資源国であり、地中から漏れたガスによって数千年にわたり炎が燃え続ける観光名所もあることから、「火の国」としても知られている。
アゼルバイジャンは、古くから東西の交易路であるシルクロードの交差点として栄えてきた。そのため、同国の料理にはトルコ、イラン、ロシアなどの周辺国の影響が色濃く反映されており、羊肉、香辛料、ドライフルーツなどを使った料理が多い。旅行ガイドにはあまり書かれていないが、カスピ海付近で漁れる白身魚のグリルも美味しい。また、同国はワイン発祥の地の一つとされ、国産ワインはすっきりとした酸味が特徴的である。さらに、有名な茶葉の生産地でもあり、食後に紅茶(チャイ)を飲む文化が根付いている。
今回のCOPでの裏話をもう一つ。会場内の物価は非常に高く、例えばピザが一切れ10ドル(約1,500円)と、ランチをとるだけで簡単に5,000円を超えることもあった。円安の影響もあり、物価の高さを痛感する場面が多く、会場内ではなるべく質素な食事を心がけていた。そのような中、会議終了後に市街地のレストランで地元料理を(安価に)味わうことが、ささやかな楽しみとなっていた。
我々が食した代表的な伝統料理の一つが「ドルマ」(写真6)で、羊肉の挽肉をブドウの葉で包んだ一品。ラムとハーブの香りが絶妙に調和し、口の中に豊かな風味が広がる。また、「プロフ」(写真7)は、羊肉、松の実、野菜、栗などが入った炊き込みご飯で、パイに包まれて提供されることもある。その見た目が王冠に似ていることから、「王様のピラフ」と呼ばれる。我々が訪れたレストランでは、提供時に上から火がつけられる演出があり、思わず写真を撮りたくなるようなインパクト抜群の一品であった。
アゼルバイジャンは、シルクロードを通じて様々な文化の影響を受けながらも独自の食文化を育んできた。今回の出張では、限られた時間の中でその奥深さに触れることができ、非常に貴重な経験となった。
写真5 火がモチーフであるフレイムタワー[筆者撮影]
写真6 郷土料理のドルマ。ラム肉を使用しているため好みが分かれるかもしれないが、地元特産ワインとの相性は抜群。
写真7 プロフのパイ包み。周囲の席まで煙が立ち込めるほどの演出に、写真撮影を促すテンション高めの店員も加わり、まるでエンターテインメントのような雰囲気。なお見た目とは裏腹、味付けは日本人好みであった。
*1) https://unfccc.int/documents/643064
*2) https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/pagew_000001_01063.html
*3) https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page24_002022.html
*4) BBC『「私たちを裏切った」、気候変動の危機訴える少女 国連で怒りの演説』https://www.bbc.com/japanese/49806155
*5) 国際環境NGOが、交渉の進展やパリ協定の実施を妨げていると判断する国に与える賞。
https://climatenetwork.org/resource_type/fossil-of-the-day/
https://www.can-japan.org/
https://climatenetwork.org/resource_type/fossil-of-the-day/
https://www.can-japan.org/
*6) アゼルバイジャン・バクーは、2025年万博開催地に立候補し、最後まで大阪と争った。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_004533.html
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_004533.html
*7) 同スタジアムは五輪誘致に向けて2015年に建設されたが、これまでアゼルバイジャンで五輪が開催されたことはない。なおバクーは、2020年五輪開催地に東京とともに立候補していた。
https://www.olympics.com/ioc/2020-host-city-election
https://www.olympics.com/ioc/2020-host-city-election
*8) https://unfccc.int/documents/643641
(注)本稿のうち、意見にわたる部分は個人の見解であり、組織を代表するものではない。