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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~40

グローバル・バリューチェーンの地政学-国際産業連関表を用いた分析-


財務総合政策研究所 総務研究部研究員 伊佐 義隆
          総務研究部主任研究官 森 友理 

 財務総合政策研究所では、財務省内外から様々な知見を有する実務家や研究者等を講師に招き、業務を遂行する上で参考になる幅広い知識や情報を得る場として「ランチミーティング」を開催しています。今月のPRI Open Campusでは、2024年10月8日(火)に日本貿易振興機構アジア経済研究所の猪俣哲史上席主任調査研究員にご講演いただいた内容を、「ファイナンス」の読者の方々にご紹介します。

「グローバル・バリューチェーンの地政学-国際産業連関表を用いた分析-」*1 
猪俣哲史 日本貿易振興機構アジア経済研究所上席主任調査研究員


2014年一橋大学博士課程(経済学)修了。
1991年アジア経済研究所に入所。
ロンドン大学客員研究員、OECD客員研究員等を経て、2023年10月より現職。
著書「グローバル・バリューチェーンの地政学(日経BP日本経済新聞出版)」にて第18回樫山純三賞(一般書賞)、著書「グローバル・バリューチェーン 新・南北問題へのまなざし(日本経済新聞出版社)」にて第31回「アジア・太平洋賞 特別賞」、第36回「大平正芳記念賞」を受賞。

 現在、米国大統領選挙の動向が気になるなか、その重要なアジェンダの一つである米中経済対立に焦点を当ててお話しします。国際産業連関表というデータを用い、マクロ経済統計だけではなかなか見ることができない世界経済の深層構造に光を当ててみたいと思います。
 まず、今日の米中経済対立の源泉と言える貿易不均衡問題について考えます。もっぱらトランプ政権時代を振り返りますが、米中貿易摩擦の根底には一体どのような対立のメカニズムがあったのか、グローバル・バリューチェーン(GVC)の理論から分析します。
 次に、視点を米中貿易不均衡から経済安全保障の問題に移します。ネットワーク中心性という概念が、国家間のパワーバランスにどのような影響を及ぼすのかということについてお話しします。

1.米中貿易不均衡問題
 米国の大統領選挙において、2016年の選挙ほど国際貿易が争点となったことは珍しいと言われています。MITのエコノミスト、デビッド・オーターらの研究チームは、米国の対外貿易、特に中国との貿易不均衡問題が大統領選挙に大きな影響を及ぼしたという研究成果を示しています。
 まず彼らは、米国国内の雇用市場の局所的な地域単位と見なすことができる「最小雇用圏区分」に着目しました。そして、その各地域区分の産業構成と、国全体の貿易収支の中での中国からの主要な輸入品目とを突き合わせることにより、各地域区分の「中国との競争に対する露出度」を計測しました。
 さらに彼らは、それに続く研究のなかで、この各地域区分を米国の選挙区とリンクさせ、各地域における中国との競争が有権者の投票行動にどのような影響を及ぼしたかについて分析しました。人種や性別、政治的信条など様々な角度から分析した結果、中国との競争に晒されている地域の有権者ほど、共和党に投票する傾向が強いということが明らかになりました。
 歴史を振り返るまでもなく、保護主義的な政策というのは様々な国で幾度となく繰り返されてきました。戦後、米国経済を牽引した自動車メーカー、いわゆるビッグスリーが、第二次石油ショックによるガソリン価格高騰をきっかけに、それまで早くから車種の小型化を進めてきた日本のメーカーから急速な追い上げを受けた、ということはよく知られています。80年代初頭、自動車産業における日米貿易摩擦はピークに達し、ビッグスリーや全米自動車労働組合(UAW)は、日本に対して輸出の自主規制を求めるよう米国政府への圧力を強めていきます。当時、米国国内において自動車産業に従事する多くの労働者が一時解雇となりました。ハンマーで日本車を叩き壊す米国市民の写真が紙面を賑わせたのもこの頃でした。
 80年代の日米自動車貿易摩擦、これは、米国の自動車産業と日本の自動車産業との間の、それこそ経営者トップから工場作業員までをも巻き込んだ、いわば全面対決でした。では、翻って今日、「米中貿易戦争」では一体誰と誰が戦っているのでしょうか。
 2016年の大統領選挙において、共和党陣営が新たに開拓した票田が「非ヒスパニック系白人・非熟練男性労働者」というグループでした。このことは、先ほど紹介したオーターらの研究成果からも読み取ることができます。まさに、このカテゴリーに属する有権者こそ、「中国ショック」によって戦場に投げ出された当人たちであって、このことに対する不安・不満がトランプ政権を生み出した動因の一つであるとする見方は少なくありません。
 したがって、今日の米中経済対立は、日米貿易摩擦の時のように特定産業における市場争いではなく、米国のブルーカラーと、中国で無尽蔵に供給される安価な労働者との間の「非熟練労働をめぐる国境を越えた分配問題」として位置づけることができます。いわば、先進国同士の戦いであった日米貿易摩擦と異なり、安い労働力を武器とする途上国との間で突如立ち現れた非対照的な対立構造、これこそが、今日に繋がる米中貿易問題の源泉であると考えられます。

2.GVCの視点から米中貿易不均衡問題を考える
 次に、米国政府が問題視する中国の輸出構造に焦点を当て、このことを検証してみます。図表1 国際生産分業の深化は1995年と2009年における中国の電気機器産業のバリューチェーンを視覚化したものです。分析対象としては、中国資本であるレノボのPCやハイアールの白物家電のみならず、中国国内に生産拠点を持つ外国企業の製品、例えばAppleのiPhoneやiPadのバリューチェーンも含まれています。
 この図を2時点間で比較してみると、データの分散が縦方向に拡大したことをお分かりいただけると思います。これは生産工程、とりわけ非熟練労働のオフショアリングが進んだことによる国際生産分業の深化を示しています。先進国は低付加価値業務を次々と途上国へオフショアリングするため、当然、国全体としての平均賃金は高くなっていきます。一方、オフショアリングされた業務は、発展途上国で中技術・低技術の雇用を大量に生み出しました。例えば、賃金では最も低い位置にある中国において、付加価値の総額を示すバブルはこの期間で約十倍に膨れ上がっています。同国において、スケールメリットを生かした薄利多売型の大量生産システムが確立されたことを確認できます。
 このようにGVCの発展というのは、途上国に対して大量の付加価値、あるいは雇用機会を生み出しました。その一方で、先進国においては産業の空洞化、あるいは国内所得格差拡大の原因となった可能性があります。

3.異なったスキル・レベルを持つ労働者間の格差
 図表2 米国ICT産業の要素所得分配の推移は1995年から2009年までの米国ICT産業における要素所得の推移を示しています。技術革新の効果で労働生産性が飛躍的に伸びたことに加え、資本労働比率でも労働要素のシェアが増え続けたことが分かります。しかし、図表3 総労働時間のシェアの推移でその内訳を見てみると、シェアを伸ばしているのは高技術労働のみで、中技術・低技術労働への需要は年々縮小しています。まさに、一つの産業のなかでも、異なった技術レベルを持った労働者の間で格差が拡大していることがわかります。
 むろん、この議論は経済のグローバル化が国内雇用に及ぼす負の影響しか捉えておりません。理論的には生産性の向上によるプラスの効果もあるはずで、本来はこの二つを天秤にかけて考えていく必要があります。ただ、少なくとも米国国内においては、貧困化する一部の低所得者、肥大化を続ける対中貿易赤字、そして日常生活に氾濫する「メイド・イン・チャイナ」といったイメージの数々が重なり合い、今日におけるような中国に対する強硬な論調を生み出すに至ったのではないでしょうか。
 しかし現在、米中対立の焦点はすでに非熟練労働の奪い合いから、先端テクノロジーをめぐる安全保障の問題へと大きく転換しました。非熟練労働の国際分配をめぐる報復関税合戦、これを、米中貿易戦争の第一ラウンドとすると、今はその対象を知的財産・先端テクノロジーに置き換えた第二ラウンドにあります。そして、この第二ラウンドの最中に新型肺炎によるパンデミック、そしてロシアによるウクライナ侵攻がありました。これらがその後のGVCの発展に大きな影響を及ぼすことになります。

4.経済安全保障
 政治学者のヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンは、経済制裁の効力を決める要因として、制裁発動国が国際ネットワークの中でどれだけ中心的な位置を占めているか、ということに着目しました。ネットワーク理論における「ネットワーク中心性」という概念は、ネットワークの中の特定要素がネットワーク全体に対して及ぼす影響の度合いを示しています。様々な数学的定義があるのですが、なかでも彼らは「次数中心性(degree centrality)」という類型に着目しました。これは、ネットワークのある要素に連結している他の要素の数をもって、その影響力を測るという手法です。いわば、ある要素がネットワークの中でどれだけ「ハブ的」な存在であるかということを示しています。
 経済ネットワークでみればサプライチェーンでの取引を通してより多くの経済主体とつながっている企業、あるいはそれが属する国家ほど、経済システム全体に対する影響力は大きくなります。このことからファレルとニューマンは、ネットワークのハブを物理的、あるいは法的な支配下に置くことがパワーの源泉になり、その中心性が他の構成要素との関係で非対照的であるほど政策のレバレッジが高まると考えました。
 すると、そもそも経済安全保障の問題というのは、「サプライチェーンの中枢機能をいかに支配するか」というGVC研究の基本命題に帰することになります。汎用品の組み立て加工よりも高付加価値製品の研究開発やマネジメントといった役割の方が、生産システム全体に対する影響力ははるかに大きい。このことは、昨今の半導体をめぐる国家間攻防を考えてもお分かりいただけると思います。
 このように、経済安全保障におけるパワー分布を考えるうえで、国際生産ネットワークの構造分析は非常に有用です。

5.経済相互依存関係の変化
 図表4~7 インド太平洋地域の経済相互依存関係は1995年から2020年にかけてインド太平洋地域における経済相互依存関係の変化を鳥瞰したものです。縦軸と横軸のそれぞれにインド太平洋地域の15カ国/地域が並んでいます。等高線は、産業間の相互連結の強さに沿って描かれており、図表を横方向に見ると、中間財サプライヤーとしての対外連結強度、縦方向に見ると中間財ユーザーとしての連結強度が表されています。
 1995年には経済間の連結が非常に弱く、散在的でありました。唯一、日本やシンガポールの周辺で局所的な連結関係が観察されますが、地域全体を覆うような生産ネットワークはまだ生まれておりません。2005年頃から、顕著な連結関係が域内に広がっていきます。ただし、この段階ではまだ明確な形をなしておらず、アメーバのように無秩序な空間展開が起こっています。2015年までには連結関係がほぼ全域を覆うようになりますが、ここにきて、中国をハブとした生産ネットワークへと明確に構造化されたことがわかります。この傾向は、トランプ政権発足後の2020年でも衰えず、インド太平洋地域における中国経済の圧倒的なプレゼンスを確認できます。

6.ハイリスク国に対するサプライチェーンの地理的集中度
 次にご紹介する実証モデルはサプライチェーンのリスク分析のために開発したものです。国際生産分業の進展に伴い、サプライチェーンの効率的な編成が突き詰められた結果、生産拠点が一部の国や地域へ極度に集中するような状況が生み出されました。東日本大震災やリーマン・ショック、タイの洪水、サイバー攻撃などにおいては、モノの流れ、カネの流れ、情報の流れが集中したネットワークの「急所」に対するショックが大きな被害へとつながった事例がいくつも思い起こされます。
 そこで、このモデルによるリスク指標は、ハイリスク国(自然災害が多い地域や、地政学的リスクが高い地域)に対するサプライチェーンの地理的集中度を計測します。
 一般的にリスク評価には二つの軸があります。一つは、対象から受ける影響の「量」という側面、もう一つは、その「頻度」という側面です。例えば、家族がウイルスに感染するリスクについて考えてみますと、家族全員で危険地域へ行けば、当然、感染リスクは高くなりますが、たとえ一人しか行かなかったとしても、その一人が何回もそこへ足を運べば、やはり感染リスクは高くなります。
 サプライチェーンに話を戻しますと、ある最終製品が特定国を源泉とする付加価値を大量に含んでいる、あるいはその製品のサプライチェーン上に特定国の産業部門が頻繁に登場する、というような場合、サプライチェーンが特定国に大きく依存し、またそのカントリーリスクにさらされていると考えることができます。

7.量ベースの集中リスク
 まずは量ベースの集中リスクについて考えます。これにはGVC研究の中核をなす付加価値貿易の指標を用います。付加価値貿易とは、国際貿易をモノの流れではなく「価値の流れ」として捉える、といったものです。その指標では、国際産業連関表を用いて製品を生産工程ごとに細かく分割し、各工程において付加された価値の国際的な流れを計測します。
 例えば、図表8に示されたとおり、日本で生産された単価160のエンジン、マレーシアで生産された単価10のタイヤが、タイで完成車に組み立てられ、単価300で最終消費地である米国に輸出されるケースを考えてみます。この生産システムにおいて、まず日本からタイへの輸出でエンジンの価値160がタイの輸入統計に計上されます。そして、マレーシアからタイへの輸出でタイヤ4個分の価値40が同様に記録されます。そして、タイから米国に完成車が輸出されるときは、その価値300がさらに米国の輸入統計に積み上げられます。
 ところが、この完成車の単価300は、日本やマレーシアで生産されたエンジンとタイヤの価値をすでに含んでいるので、米国市場に行き着くまでの間にこれら部品の価値が通関統計で二度計上されることになります。そうすると、グローバルな貿易量で見た場合、米国の消費者は〈二つのエンジンを搭載した8つのタイヤを持つ車〉を運転している、という非常に奇妙なイメージになってしまいます。
 そこで、従来の貿易統計ではタイから米国へ向けた完成車の輸出が部品や原材料の価値を含んだ形で記録されるのに対し、付加価値貿易のアプローチでは、純粋にタイで発生した価値のみを考えます。その結果、米国の輸入相手国は、タイに加え、従来の貿易統計では交易関係のなかった日本とマレーシアもその対象になります。
 したがって、最終製品の生産者の視点で見ると、付加価値貿易の指標というのは、「自社の製品にどの国のどの産業の付加価値がどれほど含まれているか」ということを数値化しており、いわばサプライチェーンの究極的な依存度、付加価値源泉の地理的集中度を量的な側面から捉えています。

8.頻度ベースの集中リスク
 次に、サプライチェーンの地理的集中リスクを頻度という軸で考えます。上述の通り、付加価値貿易は「どの国のどの産業で生み出された付加価値がどの国のどの最終製品にどれほど組み込まれているか」という、サプライチェーンの始点と終点の関係性のみを考えます。しかし、製品に体化された付加価値というのは、最終製品に組み込まれるまでの間、様々な国の様々な産業を経由します。地理的リスクを考えるのであれば、サプライチェーンがハイリスクな国を通過する生産経路をいくつも持っているとなると、その脆弱性が高まることになります。
 そこで、ある製品のサプライチェーンがハイリスク国の産業部門をどのくらいの頻度で経由するのか、という視点で地理的集中リスクを考えます。

9.通過頻度指標PTF
 頻度ベースの地理的集中度指標PTF(Pass-through Frequency)は、あるサプライチェーンの経路上に、ハイリスク国の特定部門が登場する回数をすべての経路について加重平均したものと定義されます。言い換えれば、ハイリスク国に対する当該サプライチェーンの「通過頻度」を示しています。
 この「頻度によるサプライチェーン集中度」という考え方は、現在の貿易管理の問題に対して非常に重要な示唆を与えています。例えば、米国の輸出管理ルールの域外適用について考えてみましょう。これは、米国系企業であるなしに関わらず、米国国外で操業する事業所が「安全保障上の懸念国」の企業と取引を行おうとする場合、米国の政府当局(商務省)から輸出許可を受けることを義務付けるものです。
 一般的にこの申請は、取引額の多寡にかかわらず、都度、行う必要があります。したがって、サプライチェーンを国際展開する多国籍企業にとっては、安全保障上の懸念国企業との取引頻度が重要です。審査にかかる時間や事務手続きコストの問題もさながら、もし許可が下りなかった場合、生産計画全体を見直す必要が生じます。
 米国の貿易管理ルールの域外適用というのは、サプライチェーンの随所に米国産の地雷が埋め込まれているようなものですが、通過頻度指標を用いれば、こういった問題を構造的に捉えることができます。特に、ICT関連機器のように、複雑な国際分業体系を持つ産業の分析には非常に有用です。

10.指標を用いた分析結果
 では、これら二つの指標を用いた分析結果をご紹介します。図表9 日本(自然災害多発国)2020年及び図表10 中国(地政学的リスク国)2020年では、自然災害が多い日本と、米中対立により地政学的リスクが高まる中国をハイリスク国としました。国際産業連関表が対象とする約1200万本のサプライチェーンのうち、通過頻度PTFの上位20と、それぞれに対応する付加価値貿易額を並べております。なお、ここで分析するのは、クロスボーダーのサプライチェーン、すなわち付加価値源泉国と仕向け国が異なるもののみを対象としています。
 例えば、図表9(ハイリスク国:日本)の最上段は、米国29部門(自動車)がオーストラリア07T08部門(非エネルギー関連採掘業)を源泉とする4億4200万ドル分の付加価値を用いており、またそのために平均値の0.69倍の頻度で日本の産業と関わっているということを表しています。
 ここで、図表10(ハイリスク国:中国)のなか、米国84部門(公務/国防/公安)が、韓国、台湾、日本の26部門(コンピューター/電子・光学機器)を付加価値源泉とするサプライチェーンの中で、中国が非常に高いプレゼンスを示しているという事実は注目に値すると思います。ファーウェイの事例にもあるように、有志国を巻き込んでICT産業のサプライチェーンから中国の影響を排除し、デカップリングを図ろうといった米国の一連の政策には、このように見えない部分での対中依存に対する恐怖感が根底にあるのではないでしょうか。
 図表11 日本(自然災害多発国)2020年及び図表12 中国(地政学的リスク国)2020年は、主要なグローバル産業について、同様に地理的集中リスクを量と頻度の二側面から補足しています。マーカーが右上にあるほどハイリスク国(日本、中国)に対するサプライチェーンの地理的集中度が高いことを表しています。
 二つのグラフを比較すると、日本(図表11)より、中国(図表12)でマーカーが右上に偏っていることがわかります。これは、分析対象国のサプライチェーンはおおよそ日本より中国で地理的集中が起こっていることを表しています。一方、図表11の日本のケースについてみてみますと、台湾だけが非常に強い集中度を示しており、その対日依存の高さがうかがえます。
 ここで、コンピューター/電子・光学機器(26部門)に注目してみると、韓国と台湾のサプライチェーンが中国の地理的集中リスクに最もさらされていることが分かります。これについては、付加価値源泉シェアとサプライチェーン通過頻度の両方において確認できます。
 また、米国のコンピューター/電子・光学機器部門のサプライチェーンは非常に興味深い立ち位置にあります。中国の付加価値源泉シェアの低さ(横軸)は、単純に、米国の巨大な経済規模を反映しているものと思われます。しかし一方で、縦軸方向での中国産業を経由する頻度の高さは、中国における不測の事態にさらされる確率の高さを示しており、米国のサプライチェーンの脆弱性が表れています。
 この図表から分かるように、一般的に量ベースと頻度ベースの集中リスクは正の相関にあるようですが、米国のコンピューター/電子・光学機器部門の事例を考えますと、量的な側面だけを見ていては全体のリスクを過小評価することになりかねない、ということが分かります。

11.米中の相互リスクポジション
 図表13 米中サプライチェーンの相互リスクポジション(1995年)及び図表14 米中サプライチェーンの相互リスクポジション(2020年)は、現在の米中対立を鑑み、米国と中国のすべての産業について互いに相手国をハイリスク国と置き、自国サプライチェーンの相手国に対する地理的集中度を、1995年と2020年の2時点で比較しました。
 米国のサプライチェーンの中国に対する集中は、1995年の時点において、「衣料・皮革製品」のみにみられました。しかし、2020年までに米国の全産業で中国への集中が強まった一方で、中国の対米依存には大きな変化がなく、むしろ縮小の傾向にあります。この期間において、米国の中国に対する一方的な依存関係が生じ、深まっていったことがわかります。特にそれは「自動車」や「コンピューター/電子・光学機器」といった中核的、戦略的産業において顕著であり、また、サービス産業の中でも「通信サービス」という基幹産業が中国のカントリーリスクにさらされていることがわかります。
 このような米中間の非対照的な依存構造ゆえ、米国国内では、中国とのデカップリングを進めるべきだ、というような議論が沸き起こりました。しかし、果たしてそんなことが本当に可能なのでしょうか、また、そもそもそれは望ましいことなのでしょうか。
 PTFは、米国のサプライチェーンが中国の国内生産システムにどれほど複雑に絡み取られているかということを示しています。その高い数値を見てもわかるとおり、米国自身のサプライチェーン、あるいは有志国のサプライチェーンが、一体どの生産工程において、どれほど中国の生産システムに組み込まれているのかということを特定するのは極めて困難であり、ましてや全面的に中国の影響から切り離すことは不可能に等しい試みであると言えます。

12.国際産業連関表の課題
 最後に、この分析モデルが抱える問題についてお話しいたします。
 一つ目の問題は、分析に用いる国際産業連関表の部門分類が非常に粗いということです。例えば現在、政策的関心が高い半導体は「コンピューター/電子・光学機器」という部門の中に含まれており、汎用品のノートパソコンと同列に扱うことになってしまいます。「ロシアの石油」や「ウクライナの穀物」といった粗い分類であれば計算できますが、「台湾の半導体」についてなかなか正確な分析はできません。
 二つ目の問題は、産業連関表には製品の代替可能性に関する情報が一切含まれていないということです。サプライチェーンの脆弱性ということを考える場合、その生産に用いる部材がどれほど取り替えの効くものであるかということは非常に重要なポイントです。
 これら二つ問題については、現在、第三ソースからのデータの組み込み・拡充によって対応を進めております。

「ランチミーティング」講演資料は、財務総研のウェブサイトからご覧いただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/lmeeting.htm

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1) 本講演は日本経済新聞出版刊行の「グローバル・バリューチェーンの地政学」及び「グローバル・バリューチェーン 新・南北問題へのまなざし」の内容を元に講演いただいたものです