講師 中村 天江 氏(公益財団法人 連合総合生活開発研究所 主幹研究員)
演題
働く人を大切にするということ-発言・沈黙・離脱-
令和6年10月4日(金)開催
空前の人材不足
1.「Lose-Loseな関係」での消極的帰属
今日は「働く人を大切にするということ-発言・沈黙・離脱-」というテーマでお話させていただきます。
日本では、働く人たちの組織への帰属が、危機的な状況にあります。個人と組織は「Win-Winな関係」が理想と言われますが、私たちが行った国際調査によれば、「Win-Winな関係」というよりも「Lose-Loseな関係」と言った方が正しいのではないかと思っています。
調査は、日本、アメリカ、フランス、デンマーク、中国の5か国を対象に行いました。日本は長期雇用が根付きメンバーシップ型なのに対し、アメリカは労働市場の流動性が高く、フランスはジョブ型雇用ですが労働者保護が強く、デンマークは企業が解雇がしやすいにもかかわらず国民の幸福度が高く、中国は日本への影響も大きいアジアの国です。
その結果、日本は他の国に比べて、「仕事にのめり込んでいる」「スキルと才能が尊重され活かされている」といったワーク・エンゲージメントに繋がる項目のスコアが低いことに加え、「給与に満足している」「仕事の人間関係に満足している」「会社の経営理念に共感する」といったいずれの項目もスコアが低かったのです。ところが、にも関わらず、「今の会社を辞めたい」というスコアだけは他の国と同じでした。
通常、これだけ他の項目のスコアが低ければ、「今の会社を辞めたい」というスコアは飛び抜けて高くなるはずですが、日本はそうではありませんでした。なぜこのような結果になるかというと、今の会社を辞めて今より良い仕事に就くことが難しいからです。少なくとも、そう思いにくいからです。
いろいろなことに不満でも、個人はその会社に居続けなければならない、ぶら下がらざるをえない、その状態を組織側も許容しないといけない、というのは組織にとっても個人にとっても不健全です。ですが、この「lose-loseな関係」が今の日本の状態です。
2.未曽有の人材獲得難
個人の組織への帰属が希薄になっていて、さらに、人口減少が進み、若い人が減っています。そして、人手不足も極まってきています。
ハローワークの求人充足率を見ると、過去60年間で最低ラインまで下がっていて、もはや人を採ることがとても難しくなっています。
一方で、コロナ禍以降、転職希望者の増加は顕著です。ただし、転職者数そのものはまだ長期的にみると微増です。
3.若年離職のリスクの高まり
なかでも、若年の離職意向が明らかに増加しています。会社側からすると、若い人たちに今の会社で長く働きたい、他の仲間と一緒に頑張りたいと、どのようにして思ってもらうのか、が大きなポイントになっています。
4.激化する人材不足
先ほど過去60年の中で人材獲得が最も難しくなっていると言いましたが、今後、人材獲得はさらに難しくなっていくと予想されます。
昨年、リクルートワークス研究所が「未来予測2040」を発表して、現在の経済トレンドのまま進むと、労働力の需要と供給がどう変わるのか、に関する推計結果を出しました。それによると、労働力の需要は今後も緩やかに伸びていく一方で、労働力の供給は右肩下がりでぐんぐん下がり、需要と供給のギャップが拡大します。
5.職種別の労働力需給見通し
職種別にみても、ほぼ全ての職種で労働力の需要と供給のギャップが、2030年、2040年と先に行くにしたがって広がります。
ただ、皆さんのような「事務、技術者、専門職」だけは少し違っていて、2030年までは、供給が需要を上回っているので、多少、時間的な猶予があります。
しかし、若年層に関しては絶対数が50年間で半減しているので、今までと同じぐらい優秀な人を採用したいなら、今までの2倍努力しないといけない状況になっています。
6.人材獲得のパラダイム
したがって、人材獲得のパラダイムは「外部から新規採用」から「内部人材の定着&活躍」にシフトしつつあります。これから会社が人材マネジメントで最も力を入れるべきは、新規の採用以上に、「一度採用した方々に長く、意欲的に活躍してもらう」ことです。管理職の手腕が今まで以上に問われる時代になっているのです。
「発言」と「離脱」
1.「発言」と「離脱」の理論
ここからは、どうしたらより良い職場になるのか、若い人たちの気持ちが組織や仕事に向くようになるのか、についてお話しします。
最初に「発言」と「離脱」という概念に関する研究理論を紹介します。
自分の意思を声にして他人に伝えることが「発言」です。ユダヤ人の政治経済学者アルバート・ハーシュマンは「Voice and Exit」理論を提唱し、人が不満を感じた時に、その不満からの回復メカニズムは、そこから離れて新しいところに移ったり、新しい商品に乗り換えたりするという「離脱オプション(Exit)」と、本当はこうしたら良いのだ、と意見を表明して、内側から変えていくという「発言オプション(Voice)」の2つがある、と説明しました。
この理論を労働に適用すると、不満からの回復のために声を上げて(Voice)、改善のためにいろいろなことをやっていく、そうでなければ、外に飛び出して転職する(Exit)、ということになります。
「Voice」の仕方は、労働組合経由という集団的発言だけでなく、職場の上司や人事に直接言う、という個人での発言もあります。集団的発言だけですべてが解決するわけではないので、個人的発言も大切です。
個人的発言に関しては、デニス・ルソーというカーネギー・メロン大学教授が提唱した「i-deals」という考え方があります。「i-deals」とは、「労働者による個人的な交渉で、他の従業員とは雇用条件が異なるが、労働者と使用者双方にとってメリットがあるもの」を意味します。
もし、職員が管理職に対して、不満を伝えてきたり、問題を提起したりしてきたときに、管理職に求められるのは、職員と会社の双方にとって建設的な着地点を見つけることです。「i-deals」は、個人と組織のいろいろなレベルの関係で、それが行われ得ることを示した概念です。
例えば、グローバル企業では外国から経営幹部を招聘することがあります。すると、日本人の社長よりも、招聘した外国人役員の報酬の方が高いとか、来日に当たり住宅や子供の教育などに特別な対応をするみたいなことが起きますよね。これは、一つの「i-deals」です。経営上、その人の能力や経験が必要なので、その人ならではのディール(契約)を結んだのです。
こういう経営につながるレベルの「i-deals」もあれば、もっとささやかな職場での「i-deals」もあります。
例えば、いつもとても頑張っているメンバーがいて、職場の勤務時間は9時~17時と労働時間も厳密に決まっているとします。ある日、娘さんが発熱してしまい、そのメンバーが早く帰りたがっているときに、「今日はこっそり帰っていいよ、やっておくから」と上司が言ってあげるとします。すると、そのメンバーは上司に恩義を感じて、仕事をもっと頑張ろうと思いますよね。
こうした、上司ができる範囲で配慮することも「i-deals」と言います。
海外企業に比べて日本企業は人事制度は充実していることが多いですが、人事制度の内容以上に、実際に職場で気持ちよく、望ましい働き方ができるという運用面こそが大事な場面が多々あります。そういう時に「i-deals」をどこまでするのか、できるのか、が問われます。
2.日本では声をあげない、あげられない
では、日本はどうなっているのかというと、他国と比べて全く「発言」がないのです。
日本で「i-deals」がどこまで使われているかの例として、転職時の条件交渉として個別に転職先の企業に本人が確認してすり合わせているものは何か、をまとめました。
日本、アメリカ、フランス、デンマーク、中国の5か国で働く人々に、転職時の条件交渉として転職先と何をすりあわせたか、について尋ねました。すると、日本以外の国の1位は「賃金」で、「賃金」が7割以上でした。しかし、日本だけは1位が「特にない」で、「賃金」は2位で3割でした。さらに言うと、日本では、たった3つ、「賃金」「仕事内容」「勤務時間」だけしか、転職時にすり合わせが行われていませんでした。
私は連合総研に転職する前はリクルートに勤めていて、就職や転職サービスの企画の仕事をしていました。そして、多様な働き方、個人の多様な選択を応援する仕事をしているつもりでした。
ところが国際比較調査を行ったら、日本で働く人々が仕事選びの際に、会社とすり合わせている内容は、「賃金」と「仕事内容」と「勤務時間」だけでしかない。この結果を見て、正直ショックを受けました。「賃金」「仕事内容」「勤務時間」という基本的な労働条件を除いて、個人レベルでの「i-deals」が日本には全くなかったからです。
今、個人と組織は「Lose-Loseな関係」にあります。そもそも良い状態ではない上、さらに不満を解消するための「発言」もない。このような状態で、組織は自浄作用により良い組織や、より良いマネジメントに変わっていけるでしょうか。
3.「忍耐」の拡大再生産
日本で「i-deals」が少ない背景には何があるのでしょうか。プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会が以前行った調査で、会社員の人とフリーランスの人に「働き方を続けたり、成功させる上で重要なものは何ですか」と聞いた設問の結果がヒントになります。
この設問の回答選択肢は、「やり遂げる力」「成果に結びつく専門性・能力・経験」「顧客/市場ニーズの把握力」「人脈」など10数項目あり、複数選択ができます。その結果、ほとんどすべての項目で、会社員よりもフリーランスの方が、選択率が高かったのです。
各項目について重要と答えた割合は、フリーランスは6割台、会社員は2~4割台と顕著な差があります。会社員の方がフリーランスより高い項目は1つしかありませんでした。しかもそれは、なんと「忍耐力」だったんです。
皆さんは、働くうえで忍耐力が大事だ、と言われて嬉しいでしょうか。モチベーションがあがりますか。同じ働くなら、もっと別のスキルや力を身につけたいと思いませんか。
4.本音を隠したまま離脱
このように、忍耐を要し、我慢を求められるのが日本の職場です。そのため、社員は会社を辞めていく時も、本音を言いません。エン・ジャパン社の調査によると、退職経験がある人の4割は「本当の退職理由を会社に伝えていない」と答えています。
最近は、組織やマネジメントを改善するために、退職者インタビューを行う会社が増えていますが、どこまで本音が聞き出せているかについては、冷静に判断する必要があります。
この調査で、会社に伝えている理由と会社に伝えなかった理由を比較してみましょう。例えば、「新しい職種にチャレンジしたい」「別の業界にチャレンジしたい」「自身の病気・怪我」「家庭の事情」というようなことは、離職者は会社に伝えています。一方、会社には言っていないけれど、本当は心の中で思っていた中で一番多いのは「職場の人間関係が悪い」で、「給料が低い」「将来性に不安」「風土が合わない」「人事制度に不満」「仕事内容が合わない」と続きます。
声に出して言わないけれど、本当は人間関係が悪いと思っている人が結構いるのです。
部下とのコミュニケーション
1.理想の人間関係
働くうえで、人と人との関わりはとても大切です。日本では長期雇用が根付いていて、異動でお互いが離れるという場合はあるにしても、「嫌だったら辞める」ことがなかなかしにくいので余計にそうです。会社にせっかくいるのならば、いてくれるのだったら、良好な人間関係を作りたいものです。
皆さんは部下とのやり取りのとき、何を大事にしていますか。どんな対話をされていますか。
ここからは、部下との関係性やコミュニケーションにはいろいろなパターンがある、ということを紹介していきます。
部下が会社で思ったようなキャリアが描けないとか、仕事にやりがいを感じられない、評価に納得できないといった不満の背後には、上司とのコミュニケーションの問題が潜んでいることが結構あります。
以前、人と人の関わりについて研究して分かったのは、望ましい人間関係というのは「共通の目的がある」と「ありのままの自分でいられる」の両方揃うのが最強だということです。どちらもない人間関係では「安心」や「喜び」、「成長」、将来の「展望」が感じられないのに対して、どちらもある人間関係からは「安心」「喜び」「成長」「展望」を最も感じることができます。
会社のマネジメントでは組織の目的が先にあるわけで、その目的のもとにみんなが集結し、みんなで目的を追求できるか、が重要です。その目的追求のプロセスの中で、「その人らしさ」が発揮できるかどうかで、メンバーの満足度やコミットメントには雲泥の差が生まれます。
2.「心理的安全性」のインパクト
今、「その人らしさ」と言いました。皆さん、「その人らしさ」を尊重するために大切なことは何でしょう。
それは「心理的安全性」と言われるものです。心理的安全性とは、その人が組織の中で拒絶されたり、非難されたりせず、その人のスキルや才能が尊重され、活かされていると思える状態です。一方的にダメ出しばかりするような組織では心理的安全性は低いし、本来自分が強みとしているものとは違うことばかりが期待されるのでは、心理的安全性はなかなか保ちにくいのです。
組織の中でのマネジメント項目、例えば「職務の多様性がある」「職務に自律性が求められる」「役割が明確である」「個人の業績が評価される」「仕事の相互依存性が高い」「心理的安全性が高い」という項目が、「仕事への充実感」「仕事への満足感」「自分の成果」「自律的なマネジメント」「学びに対する意欲」「他者への信頼」「他者からの信頼」にどの程度影響を及ぼすかについて分析したところ、「心理的安全性」が最も影響を及ぼしていることがわかりました。
仕事への不満には人間関係の問題が潜んでいることが多いです。しかし、心理的安全性を高めるマネジメントができれば、自ずとそのメンバーは充実感を感じ、自走し、新しいことを学んだりするようになり、チームの中でお互いに信頼し、信頼されるようになります。心理的安全性を追求することはとても大事なのです。
働きがいの源泉
1.多様なキャリア観
続いて、心理的安全性を追求し、個人を尊重していくために、メンバーが何を働きがいの源泉にしているのかについて説明します。
最近、「キャリア自律」という考え方に注目が集まっています。
マーサー社の分析によれば、「キャリアの構築責任が高いか、低いか」「キャリアの自己選択をしたいと思っているか、思ってないか」という2×2の4象限に分けると、両方が高い「キャリア自律度が高い人」は全体の11%しかいなくて、むしろ、両方とも低い人が78%と大半を占めます。
加えて、「キャリア自律度」が高い人たちと低い人たちでは、求めているものも違います。キャリア自律度が高い人たち(11%)は、「達成感のある仕事」「理念・パーパスへの共感」「成長機会」というやりがいを求めています。一方で、キャリア自律が低い人たち(78%)は、「雇用の安定性」「働く仲間の関係性」を重視しています。
このように、キャリア自律の意識にはかなり個人差があります。管理職として部下をマネジメントするときには、本人が何に意義を感じ、何があったら嬉しいと思うか、ということを丁寧に見ていくことが大切です。
2.生き生き働くとは?:専門家の知見から
さらにリクルートワークス研究所は、「生き生き働けるというのは、どういう要素が揃う時なのか」を専門家に尋ね、個人に調査して分析するプロジェクトも行っています。
生き生き働けるための条件は、専門家の知見によれば、例えば「ワーク・エンゲージメント」です。日本はこれが低いとギャラップ社の調査報告で指摘され、新聞等でもたびたび取り上げられています。他には、先ほど言った「心理的安全性」や、最近よく話題になるところでは、健康や幸福を包括する「ウェルビーイング」などが挙げられています。
3.生き生き働くとは?:個人の語り
次に、1,600人の個人にアンケートを実施して、「あなたが生き生きと働けるというのはどういう状況ですか」「あなたが生き生き働けないというのはどういう状況ですか」ということをコメントしてもらったところ、専門家のインタビューの中では出てこなかったけれども、個人の語りには出てくる表現がいくつか見つかりました。
例えば、「自分の意思決定で進められることが大事」という人もいれば、「自由にできることが大事」という人もいます。「計画通りに仕事が進むことが大事」な人もいれば、「仕事をやり遂げられたことが大事」な人もいる。「無理なく働くことが大事」な人もいれば、「忙しく働いていることが大事」な人もいる。いろいろなタイプの個人がいました。
4.「生き生き働く」を構成する8つの要素
そこでさらに1万人に調査を行って、「生き生き働くということは、どういう因子で構成されているのか」について、因子分析を使ってまとめました。すると、8つの因子が、生き生き働くことを決定する、ということが分かりました。
1番目は「活力実感」、2番目は「強みの認知」、3番目は「職務満足」、4番目は「有意味感」、5番目が「オーナーシップ」、6番目が「居場所感」、7番目が「持ち味発揮」、8番目が「多忙感」です。
これは、8因子全部が高いことが望ましい、とか、全部を高くする必要がある、ということを言っているのではなくて、例えば、皆さんの中でも、「有意味感」と「活力実感」と「多忙感」が大事だという人もいれば、「居場所感」と「持ち味発揮」が大事だという人もいる。どの因子が大事か、というのは個人差があるので、メンバーの人がどの因子を重視しているのかを意識しながら見るというのが大事、もしくはそういうのを引き出すのが大事だというフレームワークです。
もう一つお伝えしたいのは、あるメンバーは、今の仕事だったら、8つの因子のうち、1番、2番、3番、4番を望んで、いずれも満たすことができる。でも人事異動で次にやってもらう仕事の時は、明らかに、2番と4番を満たすことができないということが、どうしても組織の事情で発生することがあります。管理職の力量が問われるのはまさにその場面で、本人が望まない仕事に就く時に、どれだけ「有意味感」や「持ち味発揮」ということを伝えられるか、というのがとても重要です。
「今回のこの経験は、あなたにとってこういう意味があるから、この経験の中で、どういう能力を発揮して、こういう経験を積んでほしい。それがあなたの中長期的なキャリアパスの中でこういう意味があるのだ。」ということをきっちり説明できるかどうかは、本人の受け止めとその後の頑張りに直結します。
特に本人にとって不本意な仕事に異動させる場面では、上司や人事がきちんと配慮をして、そうした声がけをすることがとても重要です。
5.人材マネジメントへの影響
続いて、会社側がどんなマネジメントを行うと、「生き生き働く」を構成する8因子が高くなるのかを分析しました。具体的には、会社側が「個の尊重」「勤務日を選ぶ」「労働勤務時間を選ぶ」「働く場所を選ぶ」「予期せぬ異動」「社会・地域の一員として活動できる」、といったマネジメントをすると、8つの因子に対してプラスマイナスの影響を及ぼすのか、ということについて調べました。
すると、8因子のどれを重視するかは個人次第だと言いつつも、会社側のマネジメントでは8因子の多くに効く取り組みがあることがわかりました。
メンバーに対して、「社会・地域の一員として活躍できる」という施策を行っている会社では、メンバーの8つの因子は全て高い傾向にあります。「個の尊重」という施策も、「多忙感」以外の7因子に対してプラスに効きます。とくに「個の尊重」は「社会・地域の一員として活躍できる」よりも効果的に作用します。
「社会・地域の一員として活動できる」については、皆さん、公務員が行っている仕事は本当にそういうものでしょう。皆さんがしている仕事そのものが、生き生き働くことができ、それを実感しやすい、恵まれた仕事であるということを、まずお伝えできます。
その前提に立って、より良いマネジメントを目指してさらに何ができるか、というと、「個の尊重」です。個人を尊重することで、メンバーの「活力実感」や「職務満足」「有意味感」「居場所感」「持ち味発揮」などを高めることができます。「個の尊重」では、生き生き働くための十人十色の源泉を、そうした本人の思いを、上司がちゃんと引き出してあげる、もしくは尊重してあげるということが大切です。
メンバー一人一人にとって望ましい状態を、組織とWin-Winになるように形にするのが「i-deals」です。個人を尊重し、その人が受け入れられている、と実感できるようにするのが「心理的安全性」です。まさにこうした個人の尊重こそが、職員の「生き生き働ける」を高めていくために一番有効なのです。
6.「1on1コミュニケーション」の可能性
ここまで、「心理的安全性」を高めましょう、「i-deals」を実現しましょう、と申し上げてきました。それを促進する一つの方法が「1on1」と言われるものです。
「1on1コミュニケーション」や「1on1マネジメント」など、いろいろな言い方があり、コロナ禍でテレワークが拡大したこともあり、多くの職場で導入されるようになりました。
「1on1」を通じて上司と部下の関係性が良くなり、部下のモチベーションが上がり、職場の雰囲気も良くなり、さらには上司のモチベーションも上がったりすることがわかっています。ですから、部下の気持ちを掴みたいのであれば、「1on1」をうまく使っていただきたいと思います。
「1on1」は本来、部下に寄り添い、伴走するための施策なので、知識やスキルをもたずに行うと、逆効果になることがあります。
例えば、「1on1」の場で、部下を詰めてダメ出しを続けたり、「上司の言うことに何も言わずに従え」としか言えなかったりすると、当然、部下はその上司と話したいと思わなくなりますし、場合によっては会社に対する満足度が下がることさえあります。「1on1」の目的は、部下を追い込んで目先の業務効率を高めることではないので、その位置づけについては注意が必要です。
また、部下に答えを教えてあげすぎるのもダメです。部下から「何々で困っています」と言われると、上司側は全て経験したことがあり、対処法も分かっているので、「これだよ」と教えたくなるかもしれません。しかし、部下本人が主体的に動けるように、本人が自分の気付きの中で次のステップが踏めるようにしていくことが大事なので、単純な指導の場にならないように注意が必要です。
一般的に、「1on1」は頻度が高いほど、部下のモチベーションは高くなり、職場のコミュニケーションはスムーズになります。上司として「1on1」を行うのがちょっと不安だなという方は、ぜひ外部の研修に参加してみたり、書籍で勉強したりするといいと思います。
7.「無意識のバイアス」に注意
職場で「1on1」や「i-deals」を進めるときに、もう一つご注意いただきたいのが、「無意識のバイアス」と言われているものです。
会社で労働条件や働き方について要望したときに「叶えてもらえたかどうか」を、性別で集計したところ、希望が叶う割合は全般的に女性の方が高いことがわかりました。
これについては、いろいろな解釈ができます。例えば、現状、女性の方が責任の小さい仕事に就いている人が多いので、何かを相談された時に調整余地が大きく、対処のしようがあったという、仕事内容そのものの男女差が背景になっている可能性があります。
しかし、原因はおそらくそれだけではなくて、管理職のほとんどが男性であることによって、部下の性別によって対応に差が生じているのです。男性上司は、同じことを男性部下と女性部下から希望されたときに、意図的ではないにしても、もしかしたら女性の希望を叶えてあげたいと思うかもしれません。逆に男性部下からの要望に対しては、同性同士だからこそ、「俺は頑張ってやってきたのだから、お前もそれぐらい我慢しろ」という忍耐の再生産みたいなことをやりがちです。
上司側に性別によって部下を差別する意図はなく、公平に接しているつもりでも、無意識で対応に差異が生じることはあります。是非、性別によらず、一人一人の部下に向き合えるよう留意いただければと思います。
まとめ 長く活躍してもらうために
ここまで、「生き生き働く」ということを中心に、管理職の皆さんに参考になりそうなことをお話しさせていただきました。
財務省の各組織は社会的に重要な役割を担っていて、職員の皆さんもここで長く頑張りたいと思ってらっしゃると思います。しかし、そうであっても環境変化により、一般に離職可能性が高くなっており、今いる職員に今まで以上に活躍してもらうことが何より大事になっています。
今まで以上に活躍してもらう、長く頑張ってもらうために大切なのは、職員が本音で望んでいることは人それぞれで、しかも、ライフステージやキャリアステージによってその優先度が変わってくことを上司が理解していることです。
上司は真摯に向き合っているつもりでも、部下が本音を話さない、一番大事なことこそ言いにくいということはあります。そのため、本音を知ることはなかなか難しいという前提に立って、部下とコミュニケーションを取るようになさってください。
その際、心理的安全性の確保が決定的に重要です。上司に本音を話しても不利益を被らない、この人は自分の味方である、と思われているかどうかがコミュニケーションの質を大きく左右します。
他方で、自分で認識している以上に「無意識のバイアス」が存在します。年齢や性別、見た目などで、差が生じないよう留意が必要です。
環境変化により人材が一層大切になっています。管理職の皆さんが「一人一人のメンバーを尊重する」ということを、今一度大切にしていただけると、より良い職場になると思います。
ご清聴どうもありがとうございました。
以上
講師略歴
中村 天江(なかむら あきえ)
公益財団法人 連合総合生活開発研究所 主幹研究員
東京大学大学院数理科学研究科修了後、1999年リクルート入社、2009年リクルートワークス研究所に異動、2016年一橋大学にて博士号(商学)取得。2021年連合総研に転職。「働くの未来」をテーマに調査研究・提言を行う。リクルートワークス研究所にて、2015年「2025年 働くを再発明する時代がやってくる」、2016年「WorkModel 2030 テクノロジーが「働く」を変革する」、2020年「マルチリレーション社会」を発表。連合総研にて、2024年「労働組合の「未来」を創る―理解・共感・参加を広げる16のアプローチ―」をとりまとめる。内部労働市場と外部労働市場を横断する労使関係論の構築を目指している。