中国の生産能力について
大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 太田 千晴
1.はじめに
グローバル化の進展に伴い、世界的な経済の結びつきが深まるなか、一国の経済活動が世界に与える影響が大きくなっている。
2024年4月、米国財務長官が中国の過剰生産能力について懸念を表明した。また、5月のG7での共同声明や、EUによる中国製EVへの追加関税賦課など、世界各国において中国の過剰生産能力に対する懸念が広がっている。
この世界各国の懸念に対し、中国政府は過剰生産について否定する姿勢をとっており、両者の立場に食い違いが生じている。
こうした状況を踏まえ、本稿では、過去の過剰生産問題や中国政府が実施した対策について振り返る。また、現在の中国における過剰生産問題を概観しつつ、過去との比較等を行いたい。
2.過去の過剰生産問題
中国は過去に2度、生産能力過剰の問題に直面した。
(1)1990年代後半頃
1978年、鄧小平の元で改革開放政策が打ち出された。改革開放では市場経済への移行、先富論*1が軸となり、経済特区の設立や先進国資本の導入が行われた。
市場メカニズムの導入により中国は高度成長の時代となり、様々な産業が大きく発展した。特に紡織産業は過当競争状態となった。その結果、外貨獲得や雇用創出など、中国経済の成長に対して大きな役割を果たした国有紡績企業の赤字が継続し、業界全体が赤字へと転落した。
中国政府はこうした状況を打開すべく紡績業界の改革を実施した。具体的に、97年からの3年間で全国の紡織機1000万錘を強制的に廃棄する、といった方針を打ち出し生産能力の削減を命じた。加えて、同削減政策に対する余剰人員の再配置や補助金の支給、減税など多面的な対策が実施された。
(2)2010年代後半頃
2008年、サブプライムローンをきっかけに発生した世界金融危機の影響で2009年第一四半期の中国のGDP成長率は減速した。
中国政府は4兆元(当時の名目GDP比約13%)の経済対策を行い、総資本形成を大幅に積みますことで、成長率の減速を抑えた*2。
この経済対策は投資ブームを誘発し、これまでの高い成長率を前提として生産能力への投資が行われた。しかし、その後世界経済の低迷が長期化したことなどから、中国の経済成長は鈍化し、設備投資の増強によって積み増された生産能力は過剰となった。
2013年に国務院が鉄鋼、セメント、アルミ、ガラス、船舶の5業種を過剰投資業種として指定し対処する旨を公表したものの、中国国内の雇用や地域経済へ与える影響が大きかったことなどから、抜本的な改革は実行されず、過剰生産問題の目立った改善はみられなかった。
過剰に生産された財の価格は下がり、中国国内の余剰生産品は安価で外国へ輸出された。世界各国からは反ダンピング措置等がとられる*3など過剰生産問題は中国国内に留まらず国外へと広がった。
その後2016年の「十三次五カ年計画」などで鉄鋼、石炭の生産能力削減が公表され、生産能力新設の禁止や削減、関連する失業者への支援資金の拠出、地方政府等への監査の強化*4といった対策が行われた。
3.足下の過剰生産問題
(1)世界各国の懸念
現在、中国は「新三様(しんさんよう)*5」と呼ばれるリチウムイオン電池、太陽電池、電気自動車の過剰生産能力について、世界から批判を受けている。政府からの補助金の恩恵を受け、安価に生産された製品が各国へ輸出されている、との認識を各国は持っているためである。
なお、中国政府は、不当な補助金等について否定的な立場をとっていることから、本稿において補助金に関する議論はしない。
「新三様」の品目についてデータ確認をすると、例えば太陽電池では、2023年以降単位あたり価格が下落している一方、輸出量は増加傾向で、結果安価な製品が輸出されていることが分かる。前述した2013年の鉄鋼における輸出の状況と似通っている。
(2)過去の過剰生産問題との相違点
ここからは、過去の過剰生産問題との相違点について述べたい。
第一に、政府は本問題を解決するための積極的な関与を行っていない。
前述した過去2回の過剰生産時は、政府が積極的に関与し過剰生産問題の解決に導いたが、足下では政府主導による明確な対策を打ち出しておらず、強制力のないガイドラインの改定や業界団体による自主的な合意等の対策にとどまっている。2024年に開かれた中央経済工作会議*6でも「消費を大いに喚起し、投資効果の向上に力を入れ、内需を全目的に拡大する」と需要側に対して言及はあったものの、供給の削減や制限についての明確な言及はなされていない。
第二に、私営企業の増加が考えられる。過去の過剰生産問題時は、現在に比べ私営企業に対する国営企業の割合が大きく、例えば、人員の再配置や工場の移転命令など政府主導の強制力のある対策が取りやすかった可能性がある。
第三に、内需の弱さが挙げられる。消費者心理を反映する消費者信頼感指数*7は2022年の上海ロックダウンを経て大きく低下し、現在も未だ回復にいたっていない。前述した1990年代、2010年代後半頃の過剰生産時は、消費意欲が強いことを示す基準の100を超えて推移していた。対して、足下では長引く消費意欲の低下が内需低迷に繋がっており、人員の削減や工場の停止など経済の減速につながる対策を実行しにくい可能性が考えられる。
4.おわりに
過剰生産そのものが問題ではないが、それにより引き起こされる価格競争や、企業の赤字、不当に安価な製品の輸出などが問題を引き起こす。世界経済のつながりがより密接になった現代において、海外での過剰生産が私たちの暮らしに影響を与える可能性も大きくなってくるため引き続き注視する必要がある。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・一橋論叢 第131巻 第5号 岑 鏈瓊“移行経済における国有企業の再編成”(2004年5月)
・経済産業省“通商白書”(2016年、2018年)
・RIETI 孟 健軍“中国経済の全体像を解説する-中国を代表する経済学者胡鞍鋼教授に聞く”(2016年3月18日)
・JETRO“中国の消費者心理はいつ回復するか 各種統計からみた消費者心理の状況”(2024年11月7日)
図表1 紡織業の総利益と雇用者数の推移
図表2 実質GDP成長率
図表3 鉄鋼の輸出
図表4 太陽電池の輸出
図表5 国有・私営企業数
図表6 消費者信頼感指数
*1) 豊かになれるものから先に豊かになる
*2) 経済産業省 通商白書2016
*3) ロイター通信 “鉄鋼貿易:コラム:忍び寄る中国発「鉄鋼貿易戦争」の影”2016年4月8日
*4) 国務院 “国务院关于钢铁行业化解过剩产能 实现脱困发展的意见”2016年2月4日、“国务院关于煤炭行业化解过剩产能 实现脱困发展的意见”2016年2月5日
*5) 中国の輸出を牽引する新たな3品目のこと
*6) 景気・経済の現状認識と翌年の経済運営について議論する会議
*7) 消費者の消費意欲の強さを反映する指標。100を基準とし、100を超えると好調、下がると不調となる
大臣官房総合政策課 渉外政策調整係 太田 千晴
1.はじめに
グローバル化の進展に伴い、世界的な経済の結びつきが深まるなか、一国の経済活動が世界に与える影響が大きくなっている。
2024年4月、米国財務長官が中国の過剰生産能力について懸念を表明した。また、5月のG7での共同声明や、EUによる中国製EVへの追加関税賦課など、世界各国において中国の過剰生産能力に対する懸念が広がっている。
この世界各国の懸念に対し、中国政府は過剰生産について否定する姿勢をとっており、両者の立場に食い違いが生じている。
こうした状況を踏まえ、本稿では、過去の過剰生産問題や中国政府が実施した対策について振り返る。また、現在の中国における過剰生産問題を概観しつつ、過去との比較等を行いたい。
2.過去の過剰生産問題
中国は過去に2度、生産能力過剰の問題に直面した。
(1)1990年代後半頃
1978年、鄧小平の元で改革開放政策が打ち出された。改革開放では市場経済への移行、先富論*1が軸となり、経済特区の設立や先進国資本の導入が行われた。
市場メカニズムの導入により中国は高度成長の時代となり、様々な産業が大きく発展した。特に紡織産業は過当競争状態となった。その結果、外貨獲得や雇用創出など、中国経済の成長に対して大きな役割を果たした国有紡績企業の赤字が継続し、業界全体が赤字へと転落した。
中国政府はこうした状況を打開すべく紡績業界の改革を実施した。具体的に、97年からの3年間で全国の紡織機1000万錘を強制的に廃棄する、といった方針を打ち出し生産能力の削減を命じた。加えて、同削減政策に対する余剰人員の再配置や補助金の支給、減税など多面的な対策が実施された。
(2)2010年代後半頃
2008年、サブプライムローンをきっかけに発生した世界金融危機の影響で2009年第一四半期の中国のGDP成長率は減速した。
中国政府は4兆元(当時の名目GDP比約13%)の経済対策を行い、総資本形成を大幅に積みますことで、成長率の減速を抑えた*2。
この経済対策は投資ブームを誘発し、これまでの高い成長率を前提として生産能力への投資が行われた。しかし、その後世界経済の低迷が長期化したことなどから、中国の経済成長は鈍化し、設備投資の増強によって積み増された生産能力は過剰となった。
2013年に国務院が鉄鋼、セメント、アルミ、ガラス、船舶の5業種を過剰投資業種として指定し対処する旨を公表したものの、中国国内の雇用や地域経済へ与える影響が大きかったことなどから、抜本的な改革は実行されず、過剰生産問題の目立った改善はみられなかった。
過剰に生産された財の価格は下がり、中国国内の余剰生産品は安価で外国へ輸出された。世界各国からは反ダンピング措置等がとられる*3など過剰生産問題は中国国内に留まらず国外へと広がった。
その後2016年の「十三次五カ年計画」などで鉄鋼、石炭の生産能力削減が公表され、生産能力新設の禁止や削減、関連する失業者への支援資金の拠出、地方政府等への監査の強化*4といった対策が行われた。
3.足下の過剰生産問題
(1)世界各国の懸念
現在、中国は「新三様(しんさんよう)*5」と呼ばれるリチウムイオン電池、太陽電池、電気自動車の過剰生産能力について、世界から批判を受けている。政府からの補助金の恩恵を受け、安価に生産された製品が各国へ輸出されている、との認識を各国は持っているためである。
なお、中国政府は、不当な補助金等について否定的な立場をとっていることから、本稿において補助金に関する議論はしない。
「新三様」の品目についてデータ確認をすると、例えば太陽電池では、2023年以降単位あたり価格が下落している一方、輸出量は増加傾向で、結果安価な製品が輸出されていることが分かる。前述した2013年の鉄鋼における輸出の状況と似通っている。
(2)過去の過剰生産問題との相違点
ここからは、過去の過剰生産問題との相違点について述べたい。
第一に、政府は本問題を解決するための積極的な関与を行っていない。
前述した過去2回の過剰生産時は、政府が積極的に関与し過剰生産問題の解決に導いたが、足下では政府主導による明確な対策を打ち出しておらず、強制力のないガイドラインの改定や業界団体による自主的な合意等の対策にとどまっている。2024年に開かれた中央経済工作会議*6でも「消費を大いに喚起し、投資効果の向上に力を入れ、内需を全目的に拡大する」と需要側に対して言及はあったものの、供給の削減や制限についての明確な言及はなされていない。
第二に、私営企業の増加が考えられる。過去の過剰生産問題時は、現在に比べ私営企業に対する国営企業の割合が大きく、例えば、人員の再配置や工場の移転命令など政府主導の強制力のある対策が取りやすかった可能性がある。
第三に、内需の弱さが挙げられる。消費者心理を反映する消費者信頼感指数*7は2022年の上海ロックダウンを経て大きく低下し、現在も未だ回復にいたっていない。前述した1990年代、2010年代後半頃の過剰生産時は、消費意欲が強いことを示す基準の100を超えて推移していた。対して、足下では長引く消費意欲の低下が内需低迷に繋がっており、人員の削減や工場の停止など経済の減速につながる対策を実行しにくい可能性が考えられる。
4.おわりに
過剰生産そのものが問題ではないが、それにより引き起こされる価格競争や、企業の赤字、不当に安価な製品の輸出などが問題を引き起こす。世界経済のつながりがより密接になった現代において、海外での過剰生産が私たちの暮らしに影響を与える可能性も大きくなってくるため引き続き注視する必要がある。
(注)文中、意見に及ぶ部分は筆者の私見である。また、誤りについては筆者に帰する。
(参考文献、出所)
・一橋論叢 第131巻 第5号 岑 鏈瓊“移行経済における国有企業の再編成”(2004年5月)
・経済産業省“通商白書”(2016年、2018年)
・RIETI 孟 健軍“中国経済の全体像を解説する-中国を代表する経済学者胡鞍鋼教授に聞く”(2016年3月18日)
・JETRO“中国の消費者心理はいつ回復するか 各種統計からみた消費者心理の状況”(2024年11月7日)
図表1 紡織業の総利益と雇用者数の推移
図表2 実質GDP成長率
図表3 鉄鋼の輸出
図表4 太陽電池の輸出
図表5 国有・私営企業数
図表6 消費者信頼感指数
*1) 豊かになれるものから先に豊かになる
*2) 経済産業省 通商白書2016
*3) ロイター通信 “鉄鋼貿易:コラム:忍び寄る中国発「鉄鋼貿易戦争」の影”2016年4月8日
*4) 国務院 “国务院关于钢铁行业化解过剩产能 实现脱困发展的意见”2016年2月4日、“国务院关于煤炭行业化解过剩产能 实现脱困发展的意见”2016年2月5日
*5) 中国の輸出を牽引する新たな3品目のこと
*6) 景気・経済の現状認識と翌年の経済運営について議論する会議
*7) 消費者の消費意欲の強さを反映する指標。100を基準とし、100を超えると好調、下がると不調となる