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コラム 経済トレンド128

現代社会の睡眠について考える

大臣官房総合政策課 調査員 田矢  祐樹/横山  修平

 本稿では、近年の生活様式の変化に伴い、生産性・メンタルヘルスの観点からも重要性が高まる睡眠とその市場について考察する。


睡眠の現状
睡眠は人間にとって人生のおよそ3分の1の時間を占め、その役割や重要性に関する科学的な解明には今も研究が続けられているが、脳や身体の休息、免疫力の向上、記憶の定着など様々な効果があると言われる。睡眠の明確な定義は困難なものの、最近の研究における一説では4つの指標が存在する(図表1 睡眠を定義する4つの指標)。
OECD調査報告(2021年)によると、日本人の平均睡眠時間は調査対象33か国の中で最も短い結果である(図表2 睡眠時間の国際比較)。近年は情報化社会の進展等により、睡眠時間が低水準な中で睡眠の質が悪化し(図表3 睡眠で休養がとれていると感じる人の割合)、生産性低下や身体・精神疾患の増加など様々な弊害が生じるとされる(図表4 睡眠が生産性に影響を与えていると感じる人の割合(n=10,000))。
(株)富士経済による調査データによれば、睡眠の重要性に関する研究の進展と認知の拡大を受けて睡眠サポートの対策ニーズが増加し、様々な分野の企業が市場に参入して注目度が高まっている。ニーズの高さやターゲット人口の多さから、中長期的な市場の成長が予想されている(図表5 睡眠サポート関連のセルフヘルスケア市場規模)。

(出所)成田悠輔・柳沢正史「夜明け前のPLAYERS」、OECD2021、厚生労働省「令和5年国民健康・栄養調査」、「知っているようで知らない睡眠のこと」、(株)ブレインスリープHP、(株)富士経済「睡眠サポート関連のセルフヘルスケア国内市場を調査」


注目を集めるスリープテック
睡眠に対する関心が高まる中で、費用をかけてでも睡眠の質の改善を望むニーズは高く(図表6 快眠のために月々にかける費用調査(n=2,375))、こうした需要を取り込もうと各業界の企業が提案を競っている。中でも、「Sleep(睡眠)」と「Technology(科学技術)」を掛け合わせた造語である「スリープテック」が注目を集めており、製品・サービスの裾野は広い(図表7 スリープテックの定義と主なカテゴリー)。
2022年3月には、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構や西川(株)を中心に、産学連携で睡眠マネジメントに関するコンソーシアム「Sleep Innovation Platform」が設立され、多様な業種の企業が参加し、睡眠データを利活用できるプラットフォーム構築に向けて実証実験等が進められている(図表8 Sleep Innovation Platformの活動目的と事業内容(3つのワーキンググループ))。
世界の睡眠市場に関する予測調査でも継続的な成長が見込まれており、テクノロジーを活用してデータ収集を行い睡眠改善機能を提供する、ベッドやマットレスなどの寝具が成長を牽引するとされている(図表9 世界の睡眠市場規模)。

(出所)民間医局コネクト「睡眠アンケート」、日本経済新聞「NIKKEI COMPASS」、Sleep Innovation Platform HP、Straits Research「Sleep Market」


睡眠市場拡大の背景
日本人の平均睡眠時間は2020年に増加したものの年々減少傾向であり、前述の国際比較を鑑みても依然低水準である(図表10 日本の平均睡眠時間推移*行為者平均、平日土日を当課にて加重平均)。睡眠に関するアンケート調査では、満足していない割合が約7割となっている(図表11 睡眠の質に対するアンケート調査)。厚生労働省によると、働く世代における睡眠の妨げとなっている最大の原因は「仕事」が挙がっている。
そうした状況下で、企業は健康経営*の一環として、直接睡眠改善に取り組み始めている(図表12 社員の睡眠に関わる各企業の取り組み*各社HPより抜粋)。睡眠はプライベートなものとされ市場がBtoC中心だったが、BtoBに拡大していることが分かる。*「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標
更に、睡眠時間の延長は様々な要因が絡み難しいため、取り組みやすい「睡眠時間の質向上」への関心が高まっている。こうした中で、需要者の消費活動において、生活時間の約1/3を占める睡眠に対する投資額は拡大する可能性がある(図表13 睡眠市場イメージ図)。

(出所)NHK「国民生活時間調査」、西川(株)「2024 睡眠白書」、各社HP、厚生労働省「平成27年国民健康・栄養調査」


これからの睡眠とスリープテック
日本人の睡眠改善は大きな需要があり、「スリープテック」の発展及び睡眠市場拡大に向けて、異業種間において連携した取組みが期待される。睡眠市場発展に向けて作成されたコミュニティサービス「ZAKONE」では140社超が参加しており、今後の更なる企業・自治体連携拡大を企図している(図表14 ZAKONE連携図、15 ZAKONE参画企業数の推移)。睡眠改善に繋がるテクノロジーは4象限に分類ができ、異業種間・公的サービスの連携によって各分野の発展が期待することができる(図表16 スリープテック市場構造)。
企業が健康経営の一環として社員の睡眠改善に取り組むにあたり、各社事例等を鑑みると、社員に対してセミナー等による意識づけに加えて、何らかのインセンティブ等で奨励することがより効果的と考えられる。
人口減少下では、睡眠改善による1人当たりの生産性向上が重要と考える(図表17 日本の将来推計人口)。また現代では睡眠時間・質の低下に加えて、生活様式・社会の変化によって睡眠で処理する情報量が増加しており、それがメンタルヘルスに支障をきたしていることが考えられる(図表18 気分障害(躁うつ病を含む)患者数)。スリープテックによる質向上はこうした社会課題の解決にも貢献できる可能性がある。

(出所)日本経済新聞、ZAKONE HP、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」、厚生労働省「令和5年患者調査」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。