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ファイナンスライブラリー

評者:渡部 晶

田中 秀明/大森 不二雄/杉本 和弘/大場 淳 著
高等教育改革の政治経済学 なぜ日本の改革は成功しないのか
明石書店 2024年3月 定価 本体4,500円+税

 冒頭、「本書は、国際比較によって、日本の高等教育改革が成功しているのか、失敗しているのか、さらには、その要因を探ろうという大胆な試みである。学術的な厳密性を大切にしながら、同時に、学術書にありがちな『各国間の比較評価は難しい』『様々な見方がある』『更なる研究が必要である』といった逃げを打たず、全力を尽くして結論に至ることを目指した」という極めて高い緊張感のある文章から書き起こされる。あわせて「これまで日本の高等教育研究があまり採り入れてこなかった政治学・行政学等の理論・知見に注目し、各国の政治・行政システムや政策形成過程を分析対象に取り込んだ。」という。
 大学について様々な論考を公にしている吉見俊哉氏(東京大学名誉教授)は、その著作『大学は何処へ』(2021年 岩波書店)の第1章を「大学はもう疲れ果てている」とした。そして「もう一つの平成失敗史―三大改革の顛末」という一節では「今日の大学を、その教育力や知的創造性を損なうほどにまで疲弊させてしまった直接的な要因は、大綱化、大学院重点化、国立大学法人化という平成時代に推進された三つの教育改革を中心とする大学政策の変化である」とし、平成時代の「政治の失敗」や「経済の失敗」と並行する出来事と断じる。
 本書は、政治経済的な分析に重点を置いた国際比較研究により国立大学法人制度を中心に日本の高等教育改革の問題を分析している。リサーチクエスチョンは、日本の高等教育改革で、大学が良くなったか、つまり、教育や研究の成果が向上しているのか、である。
 構成は、はしがき、に続き、序章 本書の目的と分析の枠組み(田中秀明・明治大学公共政策大学院教授)、「第Ⅰ部 高等教育改革の軌跡」として、第1章 イギリスー自律から新たな自立へ(大森不二雄・東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)、第2章 オーストラリア-連邦政府主導による市場化と国際化(杉本和弘・東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)、第3章 オランダーハイブリッド・モデルへ(田中教授)、第4章 ドイツー抑制された舵取りモデルへ(田中教授)、第5章 フランスー全構成員自治からの漸進的変化(大場淳・広島大学高等教育研究開発センター准教授)、「第Ⅱ部 高等教育の政策過程」として、第7章 イギリスー政権交代を越えた改革(大森教授)、第8章 オーストラリアー実験的改革の試行と転換(杉本教授)、第9章 オランダー科学的な分析と合意形成(田中教授)、第10章 ドイツー合意形成と相互牽制ー(田中教授)、第11章 フランスー中央集権制度と参加による合意形成、第12章 日本―検証なきトップダウン(田中教授)、「第Ⅲ部 高等教育改革の比較分析」として、第13章 高等教育改革の国際比較―改革の内容と成果(大森教授)、第14章 高等教育改革の政策過程―政策形成能力の比較、終章 日本の高等教育は立ち直れるか(大森教授)、補章 大学ファンドー失敗に学ばず、更なる統制強化へ(大森教授)である。
 第Ⅲ部が、それまでの各国の評価を踏まえた総括となるが、第13章で「日本の高等教育改革は失敗している」、第14章で「政策過程のガバナンスについて、日本は比較対象の5か国と比べて明らかに劣っており、それゆえ高等教育政策の質は低い。それでは、日本の高等教育を改善し、より良いパフォーマンスを達成することは難しい」、第15章で、「これまでの政策を全面的に見直し、異なる方向性を示す」として、「自律的な大学が社会にアカウンタビリティを果たすガバナンスへの転換」、財源の確保まで論じた「基幹的な安定財源の拡充」、政策の評価を行政まかせにしない「政策の質を高める政策過程へ」を提言する。
 大学改革は、多くの国で民間経営の手法を導入する新公共経営(ニューパブリックマネジメント(NPM))の考えに大きく影響を受けている。しかし、本書や吉見氏ほか数多の有識者が指摘するように、日本での改革は大学のパフォーマンスを上げていない。NPMは政府から距離を置いて大学を舵取りするものであるが、日本では相変わらず「管理」されている。「上位下達」や学長のリーダーシップばかりを強調する改革を見直し、いまや公的セクターでも重視されている「フォロワーシップ」をいかに確保するかを改めて考える時期にきていると痛感する。