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アメリカにみる社会科学の実践(第五回)― アメリカの民主主義(1)

財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭*1

Ⅲ.アメリカの民主主義
1.はじめに
 「ドナルド・トランプがアメリカの制度に重大な脅威をもたらすという民主党の警告に、アメリカの有権者がほとんど動じなかったことは、それほど驚くべきことではなかった。…多くのアメリカ人、特に中西部や南部に住む大卒でない人々は、『自分たちの土地に住むよそ者』のように感じるようになった。さらに悪いことに、民主党は労働者階級の政党から、労働者階級とほとんどプリオリティを共有しない技術系企業家、銀行家、専門職、大学院卒の連合になった。…高学歴層やメディア・エコシステムは常にアイデンティティの問題を強調し、多くの有権者をさらに遠ざけている。専門家主導のガバナンスの約束は、少なくとも2008年の金融危機以降、虚ろなものとなった。金融システムを設計したのは専門家であり、そのシステムを公益のために設計したはずであったのに、彼らはリスク管理の方法を知っていたため、ウォール街で巨万の富を築いた。公益のためだというのが事実でないことが判明しただけでない。政治家や規制当局は、家や生活を失った何百万人ものアメリカ人にはほとんど何もしないまま、犯人たちを救おうと躍起になった。COVID-19危機の際には、ロックダウンやワクチンといった問題が科学を信じるかどうかのリトマス試験紙となった。主流メディアでは、異論を唱える者は黙殺され、代替メディアへと追いやられた。…規制や安全手順が倍増するにつれて、公共サービスの効率は低下している。例えば、米国の高速道路1マイルあたりの政府支出は、新しい安全規制と手続きの追加により、1960年代から1980年代にかけて3倍以上に増加した」(ダロン・アセモグル、2024年12月3日; Acemoglu, 2024)。
 連載の最後の論題として、今回から次回にかけて、アメリカの政治、民主主義に関する理論的、実践的課題について考察する。アメリカの分断が言われて久しい。両党の争いは存亡をかけた闘いの様相を呈し、2020年の選挙の結果を巡り、2021年1月6日には暴徒が連邦議会に乱入し、死者が出る事態になった。トランプが複数の訴追を受け、政治的迫害であるとの主張を繰り返した。政権が党派間を移動する際の政策の振幅は激しくなる一方である。通商政策では、オバマと第一次トランプ政権の間に断絶があった。気候変動、移民・人種政策、社会政策では、オバマ、トランプ、バイデンの間で激しく揺れ、ふたたび、第二次トランプ政権で変動を経験しているところである。
 経済・財政、地経学・経済安全保障において、本稿は社会科学者たちの間に競合関係を意識的に見出すことで、各分野の議論の見取り図を得てきた。経済・財政では、バースタインとサマーズらの間、地経学・経済安全保障においては、サリバン、ライトハイザー、サマーズらの間の三つ巴の論争をみた。本稿では、政治における競合関係をジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau)、ジェームズ・マディソン(James Madison)の間に見出す。ルソーもマディソンも歴史上の人物であり、ルソーに至っては、アメリカ人ですらない。ただ、ルソーとマディソンは、異なる政治的構想を生み出した人物であり、それぞれの構想はアメリカの政治を巡る論議のなかに現在も息づいている。
 以下、今回(第五回)では、2024年の選挙やポピュリズムなどの国際的動向を整理し、議論をセットアップした上で、ルソーとマディソンによる異なる構想の競合状況を検討する。つづいて、アメリカにおける分断について現状を把握した上で、移民・人種問題との関わり、経済学者や社会心理学者の議論を検討する。次回(第六回)では、分断への様々な処方箋について議論する。その上で、政治の議論を総括し、最後に連載全体を締めくくる。

2.セットアップ
(1)2024年の選挙―中位投票者定理から
 2024年の大統領選挙では、トランプがすべてのSwing Statesを制し、312人の選挙人(過半数は270人)を獲得して勝利した*2。トランプは全体の得票数(7,702万票)でも、ハリス(7,464万)を上回り、ほぼ半数(49.9%)の票を獲得した。同時に行われた連邦議会選挙でも、共和党が上院で過半数を奪還し、下院では過半数を維持し、上下院とも過半数を制した。トランプのパフォーマンスは、2020年の選挙では、獲得選挙人、得票率で232人、46.8%、2016年の選挙でも、306人、46.1%であった。2024年の選挙での獲得選挙人は2016年を上回った。2016年の勝利の際には、クリントンよりも得票率で劣っていたのが、2024年には得票率でもハリスを凌駕し、過去三度の挑戦でもっとも良好なパフォーマンスを記録した。2016年の選挙の際には、トランプはアメリカ国民の多数に支持されたわけではないとの指摘もなされたが、2024年はトラップにとってより完成度の高い勝利となった。
 トランプの勝因は、1)インフレや移民を巡るバイデン政権への不満を自身への支持につなげたこと、2)インフレ、移民問題を重視するが、性的自認の問題に関心の薄い層にアピールする戦術を通じ、黒人、ヒスパニックの男性の間で前進したこと(出口調査で、2020年比で黒人男性で12%→20%、ヒスパニック男性で45%→54%)、3)若者へのポッド・キャスト等を通じたアプローチが功を奏したことが挙げられる。他方、ハリスの敗因は、1)インフレ、移民という、バイデン政権の負の遺産を引き継いだことのほか、2)民主主義、中絶の権利への訴えが不発に終わったことが挙げられる。民主主義への訴えが功を奏しなかったことについて、先に引用したアセモグルは、民主党が専門家の党となり、スキルを持たない人たちからかけ離れてしまったことを問題視する。同様の指摘は、無所属だが、民主党の左派を代表してきたバニー・サンダース上院議員からも出ている(CNN, 2024)。地政学の戦略家ジョージ・フリードマン(George Friedman)は、アメリカ史を長期サイクルから解する独特の史観を持つが、彼はいま終わろうとしているサイクルの問題点をテクノクラシー(専門家支配)とみている(Friedman, 2020)。2022年の中間選挙の際には、中絶の権利を長年認めていた連邦最高裁の「ロー対ウエイド」判決の撤回(2022年6月)から日が浅く、中絶が民主党のキャンペーンで有効に働いた。しかしながら、2024年の選挙までに、多くの州で中絶の権利を州憲法等に位置付けるようになり、投票先の決定の上での中絶の重要性が低下した。Swing Statesとされる州のうちでも、アリゾナ州、ネバダ州、ミシガン州では住民投票で中絶の権利を認めている。そして、トランプは、中絶の扱いは各州が自身で決定すべきとし、問題への深入りを避けた。その他、ハリスの敗因としては、3)自身の見解を積極的に明らかにし、説明する機会を持たなかったという戦術的問題を指摘する声もある。選挙の結果は全体として民主党に深刻な反省を強いるものとなった。
 これらの分析の示唆する解釈は、2024年の選挙は中位投票者定理が機能した普通の選挙であったというものである。中位投票者とは、各投票者の選好に基づいた各人の立ち位置を一直線に並べた時、中央値となる投票者である。中位投票者定理は、一定の条件の下で、この中位投票者の好みが投票の均衡点となることを意味し(Black, 1948)、民主党/共和党の二党制のもとでは、この中位投票者が投票する候補者が勝利することになる。中位の有権者はバイデンの経済、移民についての劣悪なパフォーマンスに不信任を突きつけた。インフレについては、サプライチェーンの混乱、ウクライナ侵攻に由来する部分があったとしても、(第一回でみた通り)財政がインフレの昂進の大きな原因であった。移民については、図3.1 人口のなかで外国生まれの者の比率(1850‐2023年)の示す通り、人口のなかで外国生まれの者が、アジア系移民への排外主義を生んだ19世紀末から20世紀初頭のピーク(15%弱)に迫る状況であったにも関わらず、移民問題に寛容な立場をバイデンは取るのではないかとの期待を管理できず、メキシコ国境からの移民の爆発的増加を招くことになった。南部から移民を移送された北部からも批判の声が出るようになると、バイデン政権は第一次トランプ政権に近い政策を取るように変わっていった。2024年の大統領令で、正規の書類を持たない越境者が一日平均2,500人を超えた場合、難民申請の受け付けを停止し、以降は国外退去を主眼とすることを命じた。2020年の選挙戦でバイデンは、国境の壁は一フィートも作らないと述べていたが、2023年10月、この方針を撤回している。撤回された施策は他にもある。「Defund the police(警察予算を打ち切れ)」については、治安悪化を訴える報道のなか、2022年2月の一般教書演説で、「fund the police」とバイデンが発言し、撤回に至った。「Defund the police」は、2020年5月の警察による黒人男性(George Floyd)の殺害事件を受けて、全米に広がった運動を通じて広がったスローガンである。人種問題については、実質的進展としてみるべきものには乏しかったが、バイデン政権は政府高官等へのマイノリティの指名を連発した。NPRによると、閣僚に非白人が占める比率はバイデン政権で55%に達し、第一次トランプ政権(18%)はもちろん、オバマ政権(45%)よりも高い(図3.2;NPR, 2021 政府高官への出自による指名状況(%)(オバマ、トランプ、バイデン))。女性ついてもバイデン政権の比率は高い(45%)。他方、政府の経験のある者の比率はバイデン政権では95%となり、人種的・性的多様性の陰でキャリアの多様性は失われていた。ピュー・リサーチセンターによると、連邦判事においては、バイデン政権での指名の66%が非白人と女性であった(図3.3;Pew Research Center, 2023 連邦判事への出自による指名状況(%)(オバマ、トランプ、バイデン))。多様性は公平であるにとどまらず、生産性にも資するとのエビデンス付きの議論に支えられてはいるものの、潜在的な不満は次第に顕在化していった。(第一回のコラム1.4で触れた通り)2023年、連邦最高裁は、大学入学でのアファーマティブアクションを違憲とする判決を出した。民間でも、2024年12月、連邦巡回区控訴裁判所はナスダックが上場企業に女性やマイノリティの取締役選任を求める取締役会多様性ルールを無効と判断している。ラリー・バーテルス(Larry Bartels、ヴァンダービルト大学)は、2016年の著書で共和党のエスタブリッシュメントをやり玉にあげ、彼らが一貫して、中間層やワーキングプアに冷淡で、不平等を拡大してきたと指摘した(Bartels, 2016)。中位投票者への接近という点で共和党の方が先に目覚めた(woke)、このことがわずかな差を生んだ。
 もちろん、トランプとハリスの得票率の差はわずかであり(49.9% vs. 48.4%)であり、ハリスが中位に近い投票者の全部を逃したというわけではない。選挙の直前に公開された、PRRI(Public Religion Research Institute)の調査(2024年8‐9月、n=5,352)によると、来る選挙での重要な問題として挙がった項目のうち、一位は住宅と日常支出のコスト(62%)であり、以下、民主主義の健全性(53%)、移民(44%)、犯罪(43%)、医療(42%)、中絶(40%)とつづいた(PRRI, 2024)。民主主義がまったく問題になっていなかったわけではなく、移民が全てのアメリカ人の心を奪ったわけでもない。それでも、上位五つのうち、住宅と日常支出のコスト、移民、犯罪で明らかに民主党はディフェンシブな闘いを強いられた。中位投票者定理と2024年の選挙の関係については、まだ本格的な分析は出ていないが、アンソニー・ファウラー(Anthony Fowler、シカゴ大学)は、インタビューに答え、ハリスよりもトランプが中位投票者に近い候補者であったと指摘している(Fowler, 2024)。
(2)国際的文脈
 国際的文脈では、トランプの出現はポピュリズムの伸長のなかで理解されてきた。ポピュリズムとは、「人民」の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動であり、代議民主制の機能不全を批判し、人々の直接参加により既存の政治の限界を克服しようとする傾向がある(水島, 2016)。ラテンアメリカでは、アルゼンチンのペロン政権(1946年–1955年、1973年–1974年)をはじめ長い歴史を持つが、欧州でも、21世紀以降、オーストリア、ベルギー、オランダ、デンマークなどの中小国で存在感を高めてきた。衝撃を与えたのは、イギリス独立党の主張に触発されて実施した2016年の国民投票で、EU離脱の民意が示されたことである。ポピュリストへの既成政治勢力の対応は、オーストリアのように体制に取り込む例もあるが、多くの場合、非正統的な勢力として隔離の対象とした。2024年のフランス国民議会選挙では、第1回目投票で極右とされる国民戦線が単独過半数をうかがう勢いをみせたが、第2回投票で他の政党が反国民戦線で共闘し、第三勢力に押しとどめた。ドイツでも右派(AfD)は周辺化されてきたが、近く(2025年2月)行われる連邦議会選挙での党勢と選挙後の立ち位置に注目が集まる。
 米欧の動きの傍らで、中国やロシアは一段と専制的性格を強めた。グローバルサウスの国々でも、インド、トルコなどで民主主義の後退がみられた。ラリー・ダイアモンド(Larry Diamond、スタンフォード大学)は、中国、ロシアは、政策的に諸外国の民主主義を弱体化するべく働きかけており、世界の民主主義を守る必要性があると指摘する(Diamond, 2019)。図3.4 民主主義指標の推移は、Economist誌の調査部門EIUによる、世界の167か国の民主主義の程度を最低0~最高10で指数化したものであり、近年世界的に民主的主義が後退していることを示唆する。
 ポピュリズムの伸長の背景にあるものとして、(第一回や第三回でみた)オートメーションや国際貿易に由来する経済的な要因を挙げる経済学者(Autor et al., 2021)がいるが、移民の流入や人種問題を挙げる論者も政治学者を中心に多い。デイビット・アート(David Art、タフツ大学)は、西欧の急進右派政党とトランプの特徴は排外主義であるとする(Art, 2020)。ロバート・パプ(Robert Pape、シカゴ大学)は、2021年1月6日の議会襲撃事件で起訴された者の背景を分析し、起訴された者の出身郡では、白人の人口比が下落していたことを見出している(Pape, 2022)。カイ・ゲーリング(Kai Gehring、ボン大学)らは、ドイツの新聞記事のテキスト分析を通じ、移民問題が経済・福祉問題としてではなく、文化・宗教問題として話題になっていたことを明らかにしている(Gehring et al., 2020)。
 既存の政治の側にも問題があるとの指摘もある。バーテルスは、共和党と同様に欧州の既成政党も人々のニーズへの感度を欠いていたとし、民主主義はトップから腐るとした(Bartels, 2023)。ベルギー出身の政治学者シャンタル・ムフ(Chantal Mouffe、ウエストミンスター大学)は、欧州の社会民主主義政党が政策的に保守勢力に近付いたことが声を聞き届けられなくなった人々を生み、彼らを右派のポピュリズムへと追いやったと指摘する(Mouffe, 2000)。彼女は「闘技的(agonistic)民主主義」を提唱し、民主主義が生き残るには、左右の両派が闘技をするように競わなければならないとし、イギリスの労働党ブレア政権の「第三の道」、アメリカのクリントン政権などの中道左派政権を批判した。冒頭に引用したアセモグルは依然中道左派に期待をかけているが、「自分たちの土地に住むよそ者」をトランプに明け渡した、民主党に厳しいことでは通底するものがある。フランスやドイツなど多くの欧州諸国では、中道左派と中道右派が協力して、ポピュリストの封じ込めに尽力してきた。トランプが共和党の候補になる2016年の過程でも、トランプの隔離が試みられ(Levitsky & Ziblatt, 2018)、バイデン政権発足後は、議会襲撃事件への関与に関する追訴などを通じ、トランプを封じ込める努力が行われた。しかしながら、これらの取り組みは、ポピュリズムの勢力を削ぐことに成功していない(コラム3.1では、ポピュリズムと民主主義の頑健性を検証している)。

コラム3.1:ポピュリズムと民主主義の頑健性
 ポピュリズムは頑健で持続可能なものなのか。もしポピュリストの経済パフォーマンスが劣悪なものであれば、早晩、ポピュリスト政権は後退するのではないか。マヌエル・フンケ(Manuel Funke、キール世界経済研究所)らは、1900年から2020年までの60か国で51人のポピュリストの大統領と首相を特定し(図3.5 ポピュリストの特定とその経済パフォーマンス(a) ポピュリストの特定(濃:右派、薄:左派))*3、ポピュリストは経済パフォーマンスは悪いものの、政治的パフォーマンスは良好だと指摘している(Funke et al., 2023)。
 フンケらは、ポピュリズムについて書かれた750件もの書籍・記事・論文を対象に機械言語処理で、「民衆対エリート」の構図に基づく言辞がみられるかを基準に、だれがポピュリストであるかを特定している。ポピュリストの割合は、2000年以降、歴史的に高い水準になっている。ポピュリストには左右両翼のものがある。国によって、ポピュリストに支配されやすい国とそうでない国が存在する。左からは経済的な訴えが目立ち、右からは文化的視点からの訴えが多かった。ポピュリストは平均して7.5年在任し、非ポピュリストの4年よりも長い。ポピュリストの36%が二期以上務めたのに対し、非ポピュリストで二期以上務めた者は16%に留まる(政治的パフォーマンスは良好である)。経済パフォーマンスをみると、図3.5(b) ベースラインとポピュリスト政権のGDPの差の示すとおり、15年後の一人当たりGDPでみて、ポピュリスト政権でなかりせばという反実仮想と比較して10%も低かった。他方、不平等の改善については、左のポピュリストは不平等の改善には役立ったが、右のポピュリストは不平等の改善もみられなかった。ポピュリストの経済面での低調なパフォーマンスの原因としては、1)保護主義・ナショナリズム、2)マクロ経済政策の失敗、3)法の支配等の制度面の劣化が考えられる。実際、関係する指標がポピュリストの元で悪化する傾向が確認できたとする。
 シカゴ大学のラジャンは、2020年4月、コロナ禍が専門家の再評価をもたらし、専門知識を軽視するポピュリズムが終焉を迎える可能性を指摘した(Chicago Booth Review, 2020)。しかしながら、その後の動きは期待を裏切るものであった。(先にみた)図3.4は、世界全体としてみて、コロナ禍の期間を通じて民主主義が後退をつづけたことを示唆する。(第一回の)コラム1.1でみた通り、共和党州でコロナでの死亡率が高かったにも関わらず、2024年の選挙では、大統領、上下院とも共和党が掌握した。フンケらの発見の通り、ポピュリストは貧弱な経済パフォーマンスにも関わらず、政権を生きながらえさせる術を心得ており、コロナ禍でもその術は功を奏したようである。
 アセモグルらは民主主義の頑健性という逆方向からの研究をしているのが、アセモグルらである(Acemoglu et al. 2024)。民主主義を持続させるには、成功した民主主義を一定期間続けられるかが試金石になるというのが、彼らの主張である。アセモグルらは、113か国の約53万人のデータ(1981-2018)を用いて、これらの人々の民主主義への支持の度合いと各々の国での民主主義へのエクスポージャーとの関係を統計的に検討している。各人の民主主義への支持の度合いとは、「民主主義に問題があっても、他の体制よりもましなもの考えるか」などのサーベイへの回答から合成したものである。各国の民主主義の度合いについては先行研究のものを採用している。検討の結果、民主主義へのエクスポージャーが、個人の民主主義への支持を高めるとの関係を読み取ることができた。この効果はかなり大きく、民主主義へのエクスポージャーが10年追加されると、民主主義への支持は、香港と中国本土、あるいは米国とアルゼンチンの間の民主主義への支持の差の半分以上も上昇するという。この効果は、経済成長、汚職の抑制、平和と政治的安定、公共財の提供といった点で成功した民主主義へのエクスポージャーによってより完全なものになる。アセモグルらの研究からは、グローバルな民主主義は1990年代以降の民主化の遺産によって持続力を得ているものの、最近のような後退が持続すると、次第に悪循環に入る国・地域が出てくるという示唆が得られる。

3.ジャン=ジャック・ルソーとジェームズ・マディソン
(1)ルソー
 アメリカの社会科学者たちは、現下の政治の問題に様々な形で取り組んでいる。全体の見取り図を得るために、本稿では、ルソーに由来するものと、マディソンに由来するものという二つのアプローチとして大きく括る。ルソーは、民主主義を真理発見の過程と考え、その構想は現在のアメリカのリベラルの社会科学者に引き継がれている。マディソンは、社会全体を包含する真理を前提とせず、多様な意見、利害を持った人々の間の抑制均衡を通じて、社会を運営しようとする。彼の後継者は必ずしも共和党系というわけではないが、リベラルと距離を置く論者の間で引き継がれている。
 「ある法が人民の集会に提出されるとき、人民に問われていることは、正確には、彼らが提案を可決するか、否決するかということではなくて、それが人民の意志、すなわち、一般意志に一致しているかいなか、ということである。各人は投票によって、それについてのみずからの意見をのべる」「人民が十分に情報をもって審議するとき、もし市民がお互いに意思を少しも伝えあわないなら、その決議はつねにいいものであるだろう。だから投票の数を計算すれば、一般意志が表明されるわけである」(Rousseau, 1762)
 個人的利害に基づく特殊意思と異なり、特殊意思の集まりである全体意思とも異なる、社会(人民)にとって良い意思をルソーは「一般意思」と呼ぶ。人々は投票する際、その議案を社会全体にとって良いものであるか否かを考えて意思表示を行うとする。そして、「お互いに意思を少しも伝えあわない」という条件を満たすならば、一般意思が正しく表出されると述べる。
 そんな荒唐無稽な話があるはずがない。しかしながら、ルソーの言うことは、自然界でもみられることなのである。ミツバチは巣の引っ越しを準備する際、多数のハチが巣を飛び立ち候補地を探索する。候補をみつけたハチは巣に戻ってダンスを踊る。候補が良質なものであるほどダンスは長く熱心なものになるらしい。個々のハチは限られた認知能力しかもっていないが、多数のハチを送り出すことで複数の候補の質について情報が蓄積されていき、最終的な引っ越し先が決まる。この過程を通じ、ハチは客観的にみて最良の移転先を非常に高い確率で選ぶことができるという(亀田, 2017)。このメカニズムが、人間でも働いていることは、20世紀はじめのイギリスで学術論文になっている(Galton, 1907)。フランシス・ゴルトン(Francis Galton)、プリマスで開催された農業見本市で開催された、牛の体重を言い当てるコンテストの結果を報告している。コンテストでは787人が投票し、その中央値は1,207ポンドであった。そして、実際の牛の体重は1,198ポンドであった。
 イレン・ランデモア(Hélène Landemore、イエール大学)は、多様な背景を持つ普通の人々の間の熟議を通じて、専門家による意思決定に勝る良好な意思決定を導き出すことができるとしている(Landemore, 2013)。ランデモアのような構想を持つ社会科学者を熟議民主主義者と呼ぶ。ルソーの投票では人々は独立して決定するが、熟議では互いに意見を述べ合う。その代わり、ランデモアの熟議では、参加者は多様性を持つ社会からランダムに選ばれ、意見交換は専門家の助言を含む計算された環境のもとに置かれる。ランデモアの研究は理論的なものから、フランス(マクロン政権)における市民会議と呼ばれる熟議への関与を通じ、実際的なものになりつつある(Landemore、2020)。欧州では、最終的に妊娠中絶を認める憲法改正につながったアイルランドの市民会議、気候変動問題や終末期医療を議論するために開かれたフランスの市民会議など、熟議民主主義はナショナルな現実の政治を動かしている。気候変動に関するフランスの会議は、150もの提言のうち149項目を採択し、マクロンは、うち高速道路の速度制限などの三つの提言を棄却し、2024年からの建物の改修義務化などの三つを変更・保留したが、提言を概ね採用した。終末期医療についての会議は「治療が難しい病気に苦しみ、個人の意思が確認できる患者」に薬物投与による「安楽死」や「支援自死」を認めることを勧告し、関連の法案が国民会議に提出されている。
 アメリカでの市民会議の実践は、オレゴン州など地方レベルのものが多く(The New Yorker, 2024)、ナショナルな実際の政治で決定的な役割を果たすには至っていない。ただ、ジェームズ・フィシュキン(James Fishkin, スタンフォード大学)が、2020年の大統領選挙に向けてAmerica in One Roomと題し、500人ものランダムに選んだアメリカの市民による、経済、医療、環境、移民、外交政策についての意見交換を実施している(Deliberative Democracy Lab, 2019)。フィシュキンとダイアモンドの共著記事によると、熟議には分断を癒す効果があったという。図3.6 熟議の個人的意見への影響(a) 共和党支持者の意見の変化は、共和党支持者の移民に対する考え方が軟化し、(b) 民主党支持者の意見の変化は民主党支持者の費用のかかるプログラムへの支持が穏健化したことを示している(Fishkin and Diamond, 2019)。
 何らかの好ましい民意が存在すると考えるのは、熟議民主主義論者ばかりではない。ロールズはその門下から、ヨシュア・コーエン(Joshua Cohen、アップル大学)、エリザベス・アンダーソン(Elizabeth Anderson、ミシガン大学)ら、アメリカで有力なリベラルの論者を輩出しており、彼の考えもルソーと一脈通ずるものを持つ。ロールズは、無知のベールの向こうで、人々が正義の二原理(1.基本的自由への平等な権利、2.公正な機会の均等、格差原理)に同意すると主張したが、その原理に同意しうるのはwell-ordered societyに属する者たちに限定した(Rawls, 1971)。後期のロールズは、社会が容易には相容れない多元性のもとにあることを認めたが、それでも、理に適った(reasonable)人々の間にある重なり合うコンセンサスを正義の成立の条件として据えたのである(Rawls, 1993)。ドイツのユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)も、理想的発話状況を前提に、人々がコミュニケーションすることの先に公共性を構築することをみた。ハーバーマスの門下生、クリスティーナ・ラフォン(Cristina Lafont、ノースウェスタン大学)は、ランダムに選ばれた市民による会議のような近道を排し、真に人々が対話をすることを求めている(Lafont, 2020)。その意味では、ラフォンは筋金入りの熟議民主主義者として位置づけることもできる。
(2)マディソン
 もう一方のアプローチを代表するマディソンは、一般意思のような唯一の正しい解を想定しない(歴史上のマディソンについては、コラム3.2を参照)。マディソンは「野望には野望をもって対抗せしめなければならない」(Madison, 1788)と述べ、様々な利害と見解を持つ者の間で抑制均衡が働く仕組みを作り上げることに腐心した。自由の最大の脅威は特定の勢力が権力をほしいままにすることであり、この脅威を防ぐため、三権が抑制しあい、連邦と州が競合する連邦制を構想した。マディソンの憲法の構想にはなかったものであるが、政党間の競合も権力の集中を抑制するのに貢献した。政権との対峙を辞さないプレスと、それを支える表現の自由を定める合衆国憲法修正第1条の存在も重要である。恣意的権力を作り出さない究極の目的は、自由を保護することであり、活力のある自律的な民間の存在こそは、抑制均衡の制度を動かす原動力である。マディソンに課せられたのは、都市国家の域を超えた大規模な民主国家の創出という、前例のない課題であった。マディソンは国が大規模であることを逆手に取り、大きな連邦のなかで派閥が競いあい、競争が持続する制度を設計した。
 このような競争に基づく民主主義を考えている社会科学者として、ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Schumpeter)を挙げることができる。シュンペーターにとって、民主主義とは政治的な決定権を得るために政治家が票を競いあう制度的装置であった(Schumpeter, 1942)。シュンペーターの民主主義論、同じく競争主義的なロバート・ダール(Robert Dahl)の政治学を現代に継承しているのが、イアン・シャピロ(Ian Shapiro、イエール大学)である。シャピロは熟議民主主義に懐疑的である(Shapiro, 2006, 2017)。熟議のアジェンダや代替策として何を出すかなど枠組みを誰が決めるのか明らかではない。例えば、「あなたは減税を好むか」と訊けば、多くの人がイエスと答える。他方、「減税とともに、処方薬へのベネフィットを廃止することを好むか」と訊けば、多くの人がノーと言うだろうという。熟議に代えてシャピロが強調するのが政党の役割である。政党がまとまりのある政策プラットフォームを提示し、より多くの票を求めて競い合うことがシャピロの戦略である。ただ、彼は二大政党制の現状には批判的である。連邦議会の議席の大部分は実質的に予備選で決まっており、その予備選は極端な主張をする活動家の跋扈する場となっている。シャピロは連邦議会議員のリーダーシップが党をけん引するように改めることを提言し、そのリーダーシップの良し悪しを選挙で決めればよいとするムフの「闘技的民主主義」も、左右の勢力が闘技をするように競うことを推奨しており、競争主義的民主主義の系譜に位置付けることができる。
 連邦と州の間の抑制均衡に着目するのが、ジェナ・ベドナー(Jenna Bednar、ミシガン大学)である(Bednar, 2009, 2016, 2021)。ベドナーは、アメリカにおける州の多様性が、アメリカを「強靭な連邦」(robust federation)たらしめていると論ずる。ベドナーによると、各州が政策の実験場となることで、環境の変化に適応する政策を発見するチャンスを高めることができる。アメリカで現在主流化している制度の多くの淵源が州にあった。2010年医療制度改革がマサチューセッツ州に由来することはよく知られている。気候変動のような論争的課題において、州の自律性は多様な政策が国内で併存する状況を許す。第一次トランプ政権のもとでも、カリフォルニア州はカナダ(ケベック州)との間で排出権取引による対策を推進した。連邦レベルの中絶の権利を撤回する連邦最高裁判決(2022)が出て以降、中絶の認否は州に委ねられている。中絶の権利を重視する州では、その権利を州憲法などに位置付ける動きが進んでおり、この進展が連邦レベルの争点としての中絶の熱量を抑えるよう作用したことは先述した。
 民間の自律性、特に財産権の重要性を訴えてきたのが、リバタリアンと呼ばれる論者である。ロバート・ノージック(Robert Nozick)は、財産権から発する最低限の権力しか有しない最小国家を描き(Nozick, 1974)、リバタリアンの哲学を拓いた。ワシントンではケイトー研究所がリバタリアンの根城となり、ながらくデイヴィッド・ボウツ(David Boaz)が論陣を張ってきた。ボウツは、福祉国家が人々の国家への依存を生み、かえって貧困を長期的な問題にしていると指摘する(Boaz, 1998, 2015)*4。ボウツは、リバタリアンは謙虚さを大切にするという。例えば、カリフォルニア州政府が教育を差配すると、カリフォルニア中の子供が間違った教育を受ける恐れがあるが、学校ごとに教育を決めることにすれば、大きな害が州全体で起こる事態を避けることができると説く。この見解はベドナーの「強靱な連邦」論と響き合うところがある。利害を異にする多様なアクターの相互作用から、統治の成り立ちを考えてきたのが、公共選択の経済学者たちである。ジェームズ・ブキャナン(James Buchanan)とゴードン・タロック(Gordon Tullock)は、The Calculus of Consent:Logical Foundations of Constitutional Democracy(同意の論理 立憲民主主義の論理的基礎,1962)で、バラバラの個人が全会一致のもとで、憲法を立ち上げる様子を数学的に記述した。ブキャナンとタロックの晩年の拠点となった、ジョージメイソン大学は、タイラー・コーエン(Tyler Cowen)、ブライアン・キャプラン(Bryan Caplan)、アレックス・タバロック(Alexander Tabarrok)ら、リバタリアン、公共選択学派と分類される経済学者たちの拠点となっている。

コラム3.2:ジェームズ・マディソンの実像
 本稿でいうマディソンとは、合衆国憲法の制定を主導し、ハミルトンらとともにThe Federalist Papers(1788)を執筆した、マディソンを指す。歴史上のマディソンは複雑で理解の難しい人物である。憲法批准後のマディソンは、ジェファーソンとともに民主共和党を率い、ハミルトンの連邦党と激しく争う。マディソンは、合衆国銀行を設立しようというハミルトン財務長官(ワシントン政権)の提案に反対の立場を取った。マディソンはフィラデルフィアの制憲会議で、連邦が会社を設立できる旨を書き込もうとしており、合衆国銀行の設立は彼自身望んでいたはずのことである。その規定は最終的に憲法に盛り込まれなかった。この経緯に鑑みて、連邦は会社を設立できないと主張するのは、一貫性があるようにもみえるが、サブスタンスにおいては大きな転向であった。
 デイヴィッド・モス(David Moss、ハーバード大学, Moss, 2017)の解釈は、マディソンは制憲後、出身のヴァージニアに戻り、自身が不人気であることに驚いたというものである。マディソンは上院議員に選ばれる(当時は州議会が上院議員を選任)ものと思っていたが、選ばれなかった。下院選挙では僅差での勝利を得たに過ぎない。独立当時は、南部(とりわけヴァージニア)がアメリカの主導権を握るとの暗黙の了解があったが、ヴァージニアの人たちは北部の金融の力を恐れていた。(ニューヨークを地盤とする)ハミルトンが(ヴァージニアの)ワシントンの信頼を勝ち得ているのを不安視していた。当時の南部と北部(ハミルトン)の間の論点は二つあった。ひとつは独立戦争で各州が負った債務の処理である。ハミルトンは連邦による債務の償還を主張した。この案は、ヴァージニアにとって高くつく案であった。ヴァージニアはすでに債務の多くの償還を独力で終えていた。マディソンのハミルトン案への反対は、国益よりも地元の利益に合致するものであった。第二の論点、合衆国銀行の設立はマディソン自身がかつて望んだものであった。ワシントンの裁定によって最終的に設置されたものの、自身のマディソン政権(第4代)中に銀行の設置免許が切れるのを良しとした(1811)。ところが、米英戦争(1812-1815)が勃発すると、銀行の必要性を認めざるをえなくなり、自ら第二合衆国銀行の設置(1817)を認めることになった。この第二銀行の憲法上の設置根拠はといえば、「(議会が)必要かつ適切なすべての法律を制定する権限」という、ハミルトンの合衆国銀行と同じ条項に求めるほかなかった。
 フェデラリストとしてのマディソンを示すひとつの事例が、制憲過程でネガティブ条項を提案したことである。ネガティブ条項も最終的に実現しなかったが、この条項は、州による立法が連邦憲法に反すると認める場合、連邦議会が州の立法を覆すことを認める条項である。同条項が通っていたら、アメリカ史はまったく異なるものとなっていたかもしれない。例えば、南北戦争前に南部では奴隷制に反対することや、南が北に比べて経済的に劣っていると述べることが禁じられていた。このような措置は連邦憲法(修正第1条)上問題となった可能性がある。南北戦争後には、南部で施行されたジムクロウ(人種差別措置)を却下する動きが出た可能性がある。公民権法を待たずに人種問題の解決が促されたかもしれない。逆に分断の著しい最近の状況に鑑みると、ネガティブ条項がないことは、国の多様性を維持し、国が分裂することを防いでいるともいえる。ネガティブ条項は、多くの紛争を未然に防いだかもしれないし、逆により多くの紛争を生んだかもしれない。
 The Federalist Papersでマディソンの書いた部分を読むと、ハミルトンの手による部分よりも直線的な連邦権限強化の主張が弱く、競争、抑制均衡を重視していることがわかる。フェデラリストとしてのマディソンの魅力を、ヴァージニア人としてのマディソンと完全に切り離すのも難しいとも感ずる。ヴァージニア州のモントピリア(Montpelier)では、マディソンの旧邸が保存、公開されている。邸宅では、マディソンが憲法の草案を練った書斎(図3.7 マディソンの旧邸(a) 憲法の草案を練った書斎からの眺め)のほか、使役していた奴隷の住処((b) 奴隷の住処(再建、左端にみえる建物はマディソンの本邸の一部)、再建)をみることができる。

(3)小括
 ルソーとマディソンの伝統は、それぞれアメリカの民主主義のなかに根付いている。ルソーの伝統は、草の根の市民の意見交換である、地方のタウンミーティングなどに残っている。リベラルの思想的伝統を通じて、民主党のエリートの間に深く浸透している。他方、マディソンの伝統は合衆国憲法の設計思想そのものである。連邦政府に対して、州や民間の自律性を重くみる思想とも結びつき、共和党と深い関係を持ってきた。これらの二つの異なる伝統は、時に共鳴し、時にすれ違いながら併存してきた。表3.1 ルソーの伝統、マディソンの伝統は、これまでの議論を整理したものである。ルソーの伝統は、ひとつの真なる解の存在を想定する。熟議や無知のベールの手続きを通じて、人々は相互に反省し、和解に至ることが期待される。マディソンの伝統は抑制均衡を通じ、特定の勢力が権力を独占することを阻止することを目指す。人々は相互作用するが、元の利害や価値観を維持したまま、均衡へと至る。
 各アプローチにはそれぞれの問題点がある。ルソーの一般意思は、皆が社会にとって望ましいものは何であるかを考えることが前提となっている。ミツバチの働きバチは直接の子孫を残さないため、彼女らは群れにとって何が良いかを考えるよう宿命づけられている。しかしながら、ヒトの各個人は直接の子孫を持ち、異なる利害を持つ。ヒトの間に一般意思は本当に存在するのだろうか。ムフやエミリー・フィンレイ(Emily Finley、ペパーダイン大学)は、ロールズの正義は、秩序立っていない世界の住人や、道理を備えない人たちを排除することではじめて成立するものであると指摘する(Mouffe, 2000; Finley, 2022)。
 「トランプの支持者の半分を、私が嘆かわしい人々のバスケットと呼ぶものに入れることができるのです。人種差別主義者、性差別主義者、同性愛嫌悪者、外国人嫌悪者、イスラム嫌悪者など、何でもいい。…その中の一部の人々は救いようがありませんが、ありがたいことに、彼らはアメリカではありません」(ヒラリー・クリントン; NPR, 2016)。
 リベラルは自身のお眼鏡にかなわない人たちに、非アメリカ人との烙印を押す。ルソーは、一般意思に従わない人々は「自由であるように強制される」と述べた。アメリカ人はまずリベラルであるよう促される。そして、主張に変化がみられないと、アメリカ人の範疇から放擲される。こうして「自分たちの土地に住むよそ者」が生まれる。バイデンは彼らを抱き込むことができる大統領として期待されていた。大規模な再分配と労働組合という、伝統的な民主党のチャネルを使って彼らの心をつかもうとしたが、2024年の選挙に勝つことができなかった。「私がそこに浮かんでいるのを見る唯一のゴミは彼の支持者だ」(AP, 2024)とは、2024年10月のバイデンの発言である。
 他方、マディソンは、第一次トランプ政権の間のパフォーマンスを誇ることができる。抑制均衡のシステムによってこそ、第一次政権の間、アメリカの民主主義は防御された。政権の前半には、共和党が上下両院を制していたが、上院では多くの議案でフィリバスター(議事妨害)を断ち切るには60票(定数100)が必要であり、一部の民主党議員の協力が必要であった。また、上院・共和党も必ずしもトランプの言う通りにはならなかった。中間選挙(2018)で下院の多数を民主党に奪われると、トランプ政権は議会運営に苦しむようになった。2020年の選挙の不正を訴える訴訟では、トランプは一件も勝つことができなかった。
 しかしながら、公式の制度は維持されたものの、非公式の規範が壊れたことを懸念する社会科学者もいる。スティーブン・レベツキー(Steven Levitsky、ハーバード大学)とダニエル・ジブラット(Daniel Ziblatt、ハーバード大学)は、How democracies die(2018)と題した共著で、民主主義を持続させるためには、公式の制度だけでは足りず、文書になっていない規範が重要であると指摘する。例えば、トランプは嘘をつかないという規範を壊してしまった。そして、なにもよりも重要なことは、政治とは一定の約束事のもとでプレイするゲームであり、命の取り合いではないというルールが壊されたことだという。ムフの「闘技的民主主義」においても、「闘技」という以上、むき出しの命の取りあいではなく、一定のルールに則った競争であることは前提とされている。マディソン流の競争主義の問題は、規範やルールの根底での共有が不可欠であるにも関わらず、規範、ルールを共有し、維持するためのロジックを欠くことである。各アクターは自らの利害に基づいて行動することを通じて均衡へと至るだけで、相互に和解することはない。政策の好みや価値観を反省しあうこともない。ベドナーの進化論的「強靱な連邦」論は動学的な均衡を描き、公共選択論は憲法のような基本ルールの生成を説明するが、あくまでも各アクターは和解も反省することもなく、メカニカルな均衡へと導かれるだけである。規範をすり減らす、ぎりぎりの競争へと派閥が突入しようとする時、そのよう競争を抑止するロジックを欠いているのである。
 ふたつのアプローチにとって当面の試金石は、トランプをどのように受け止めるかということである。歴史を振り返ると、アメリカの政党がポピュリストに乗っ取られたことは過去にもある。例えば、ジェファーソンのもとで勢力を拡大した民主共和党は、第7代大統領アンドリュー・ジャクソンのもと、西部の開拓農民や産業労働者の利害を代弁する政党に変質した。共和党のトランプ党化を、二大政党制が民意を受け止める機能を発揮した証左とみるか、それとも、民主主義への脅威とみて防圧の対象とするのか、重要な岐路である。政治に反映されていなかった声が政治に届く時、従前の規範を破壊することで、政治に新しい秩序がもたらされることがある。ルールの破壊を一概に否定するものではない。ジャクソンは、自身を「コモンマン」のスポークスマンと呼び、あらゆる官職の責務は簡単明瞭なものであり、誰でもそれを遂行する資格を持つとして、官僚交代制を推進した*5。熟議民主主義者の中には、ポピュリズムの伸長をむしろ自らの出番と考える論者もいる。OECDで熟議民主主義のプログラム(OECD, 2022)を率いてきた、クラウディア・シュワリーツ(Claudia Chwalisz、DemocracyNext)は、熟議民主主義は「自分たちの土地に住むよそ者」の声を取り入れる格好の舞台であるとする(Chwalisz, 2015)。フィシュキンは、ネットを活用することで熟議をより広範な市民の間で実施することを構想している。
 それでも、世の中には妥協できない悪が存在することがある。ナチスへの融和策は評判の悪い政策の最たるものである。ジャクソンによる先住民の追放(涙の道)は、(土地を欲していた)コモンマンの意思の残酷なあらわれである。コモンマンがその意思を持つことは、その意思が道徳的に正しいことまでを担保するものではない*6。アメリカでの人種差別は二十世紀半ば過ぎまでつづいた最近の話であり、人種問題の後退への黒人の警戒感は歴史に根差している(南北戦争期の南部に関しては、コラム3.3を参照)。それでも、歴史の渦中にある人間にとって、なにが妥協してもよいもので、なにが妥協の余地のないものであるのか、見極めることは常に容易というわけではない。

コラム3.3:南部における民主政の崩壊
 南北戦争期の南部の人々が何を考えていたのか知るには、古文書を紐解くほかに、経済データを発掘し、計量分析を加えることから迫る方法がある。ジョナサン・プリチェット(Jonathan Pritchett、テュレーン大学)らは、南北戦争(1861年4月~1865年4月)前、最大規模の奴隷市場のあったニューオーリンズのデータをに基づき、この問題に取り組んだ(Calomiris and Pritchett, 2016)。奴隷の取引価格をみると、南北戦争前の1857年のドレッド・スコット判決のあとも価格は上昇を続け*7、ようやくリンカーンの選出(1860年11月)のころから下がりはじめ、一時の小休止を経て、サムター砦での戦い(同年4月)から再び下落に転じている。この値動きをみると、南部の人々はドレッド・スコット判決のことは南部の主張に沿ったものと歓迎したものの、その後、いよいよ戦争が迫ってくると、いずれは(奴隷所有者への)補償のない奴隷解放が実現するのではないかと心配になってきたと解釈するかもしれない。しかしながら、プリチェットらは、資産価格の下落はなにも奴隷に限らず、株式などの他の資産も下落していたことを指摘する。そして、図3.8 ニューオーリンズ市の奴隷市場の状況の示す通り、成人男性の奴隷に比べて、子どもの奴隷の価格が相対的に大きく下落する現象がみられなかったことを明らかにした。子どもはすぐには役に立たないため、補償なしの解放の可能性が高まったと考えると、大人の奴隷に比べて大きく価格が下がるはずであるが、そのような現象はみられなかったというのである。この値動きから、プリチェットらは、当時の南部の人たちは戦争の結果、補償なしの奴隷解放が行われるとは予想していなかったと指摘する。
 ハーバード大学のモスは、南部の人々は、補償なしの奴隷解放どころか、戦争に負けることさえ予想していなかったと指摘する。モスは、南部の連邦離脱を民主制の崩壊として描いている(Grodzins and Moss, 2024)。モスが問題視するのは、南部での言論の自由と多党制の壊滅である。当時の南部では奴隷制の批判は禁止されていた。南部は北部に比べて経済的に劣っていると指摘する著作が発禁処分になるという事件が起こっていた。共和党は禁止されており、大統領選での南部9州でのリンカーンの票数はゼロであった。自由な言論が失われ、南部の人々は真実を知ることができず、自らの誤った主張で自らを説得していった。テキサス州では、連邦離脱を決める際、当時の州知事が抵抗したが、知事を罷免して離脱に突き進んだ。北部は南部がないと長く戦争を続けられないという説は根拠がなかった。イギリスが南部につくという説も希望的観測に過ぎなかった。当時の南部には、勝てる、負けないという傲岸さがあった。民主主義国同士では戦争は起きないというテーゼがある。モスは、民主主義国では、弱い方が自国の弱さを自覚するチャンスがあるから、戦争をしないとする。そして、この時の南部は民主主義国ではなくなっていたとする。

4.分断
(1)観察
 政治的分断、二極化(polarization)とは、政治勢力が激しい対立関係にあり、合意や妥協に達することが難しくなっている事態を指す。一義的には、民主党、共和党という二大政党の間の政治的対立の激化を指すものであるが、その背景にある国民の間の分断を指すこともある。
 はじめに政治家の間の分断をみる。図3.9 アメリカの分断状況(a) 上下院の分断の推移(縦軸:分断の指標)は、連邦議会の上院と下院における分断の程度を議員の投票行動から指数化したものの推移である。議員間の分断は、戦後上昇傾向にあったが、1980年代以降顕著に上昇に転じている。図3.9(b) 上下院議員の各党の平均的議員のイデオロギーの推移では、より最近までの動きをみることができる。両党とも次第に中心から離れていく傾向があるが、特に共和党の保守化の傾向が著しいことを読み取ることができる。それでは、国民の間にも分断はあるのか。図3.9(c) 支持政党の推移(割合%)(ギャラップ)は、ギャラップ社によるサーベイで支持政党を尋ねたものである。1988年には独立だという者が33%であったのが、2023年には43%にまで趨勢的にむしろ上昇している。国民は必ずしも分断している訳ではない。しかしながら、ピュー・リサーチ・センターの調査(Pew Research Center, 2014)では、両党の支持者のうちでの主張の一貫性を測ったところ、図3.9(d) 民主党、共和党支持者のイデオロギーのインテグリティの変化の示す通り、両党の支持者とも、より一貫してリベラルないし保守的な見解を持つように変化してきたことがわかる。図3.9 アメリカの分断状況(続)(e) 感情的分断(affective polarization)は、ジェームズ・ダックマン(Jamese Duckman、ノースウエスタン大学)らによるもので、感情的分断(affective polarization)の存在を示唆している(Druckman and Levy, 2019)。同じ党の支持者に対する感情と異なる党の支持者への感情をサーベイし、両者の差分を感情的分断の程度と定義している。右上がりの線が感情的分断を示し、次第に支持政党の異なる者への感情が悪化していることが読み取れる。
 これまでの観察を総括すると、政治家の間で考えの隔たりが拡大している。両党とも中央値から離れつつあり、特に共和党が保守化している。アメリカ国民一般の間の分断については論者によって力点が異なる。両党から独立の有権者が増えており、その意味では全面的な国民の分断の状況にあるわけではない。ただし、各党を支持する者の間では、イデオロギーのインテグリティが強まり、相互に対する感情も悪化している。
 共和党の政治家の保守化は、実は共和党の見通しを暗いものにしてきた要因であった。ギャラップ社によるサーベイによると、アメリカ人の間で相対的にリベラル化がすすんでいる(Gallup, 2022)。保守と答えた者の割合は1992年の36%から2021の36%と変化はないものの、リベラルと答えた者の割合は、(水準では保守を下回るものの)同時期で17%から25%と次第に増加していた。共和党は相対的に支持基盤を縮小させてきている。他方、趨勢的なリベラル化にも関わらず、図3.9(c)でみた通り、民主党の支持率は低迷しており、このことは民主党がリベラル層のニーズに応えられていないことを示唆する。先述した2024年の大統領選挙では、ハリスよりもトランプの方が中位投票者に近かったという指摘をした。共和党の政治家全体の保守化にも関わらず、大統領候補者が民主党候補者よりも中位投票者に近いことは起こりうる。2024年の勝利が共和党の性格に与える影響については未知数である。共和党のトランプ党化は、共和党全体が中位投票者に近付く契機になるかもしれないし、依然として保守化という従前からの軌道が持続するのかもしれない。
 分断はどうして生じたのか。ジェニファー・ヴィクター(Jennifer Victor、ジョージメイソン大学)は、分断の背景に、1)貧富の格差の拡大、2)党派の違いとイデオロギーの違いが綺麗に整理されるに至ったこと、3)キャンペーン・ファイナンス(政治資金)の活発化の三つを挙げる(Victor, 2020)。第一に、貧富の格差が開くと、民主党のなかでも左の社会的公正を求める力が強まり、穏健派が力を失い、他方、右の共和党では反動で保守化の力が働く。アメリカでは福祉は有色人種が受給するものだとの固定観念があり、再分配の強化は保守派の反発を受けやすい。格差と分断の関係は、(第三回の)MITのオーターらも、中国の輸出攻勢と政治的分断の関係として実証している(Autor et al., 2020)。第二の党派とイデオロギーの関係については、この関係はかつてはもっと混然としていた。公民権法(1964)、投票権法(1965)は、民主党の北部のメンバーと共和党(リンカーン以来の反奴隷)の超党派合意で、南部民主党(南北戦争以来、人種問題に後ろ向き)を押し切る形で成立した。そこに目を付けたニクソンが、南部の白人層にアプローチし、結果的に一世代かけて南部の白人を共和党支持者に変えた。結果、人種という重要なイデオロギーにおいて、マイノリティの権利を重んずる民主党と、そうでもない共和党という形で綺麗に整理が行われ、その分、対立が激しくなった。図3.10 民主党(全体、南部、北部)、共和党の議員のイデオロギーの中央値は、民主党、共和党の議員のイデオロギーの中央値の推移を示したものである(上にいくほど保守)(Canen et al., 2020)。両党の中央値が互いに離れつつあることが確認できるが、注目すべきは、民主党を北部と南部に分解した線である。これをみると、1)公民権運動の決着する1960年代半ばまで民主党内の意見の乖離が著しかったのが、その後、民主党内のイデオロギーのインテグリティが高まったこと、2)共和党の保守化が南部民主党のリベラル化と相反するように進んだことが読み取れる。第三のキャンペーン・ファイナンスについては、利益団体が政治家に献金を通じ影響力を及ぼすことで、政治家は非妥協的な姿勢を強めざるをえないことを意味する(キャンペーン・ファイナンスについては、コラム3.4を参照)。党が資金の差配や候補者の選定をはじめ、より大きな役割を果たしている州では、極端な候補が廃される傾向があるという。この指摘は、アメリカの二大政党は脆弱であり、強化しなければならないとのシャピロの指摘と同根である。

コラム3.4:キャンペーン・ファイナンスによる政治の歪み
 選挙の勝敗とキャンペーン資金の多寡には密接な関係がある。図3.11 民主党候補の勝利のしやすさ(縦軸)と資金的優位性(横軸)の関係は、トーマス・ファーガソン(Thomas Ferguson、Institute for New Economic Thinking)らによるもので、民主党候補からみて、共和党候補よりも(相対的に)資金を獲得するほど(横軸を右へ)、勝利しやすい(縦軸を上へ)ことを示す(Ferguson, et al., 2015)。選挙では献金者が勝ち馬に乗る因果関係もあるため、勝敗と資金の関係は複雑だと思われるが、候補者が資金獲得に血眼になっているのは間違いない。
 キャンペーンへの制限については、1)キャンペーンの活動自体を制限する、2)ファイナンスを規制する、というふたつの道がありうる。アメリカでは、キャンペーン自体は表現の自由で制限できないという最高裁判決があり、もっぱらファイナンスの規制に頼っている。ただ、現状、2010年の最高裁判決(Citizen United)により、特定候補者の活動と協力関係にないという形をとれば、ある候補に賛成・反対する活動に、個人・企業・組合はいくらでもつぎ込むことができる。
 このため、現在、進められているのは、ファイナンスの透明性の向上を図る取組みである。OpenSecretsは、the Center for Responsive Politicsが、州レベルでの政治資金に強いNational Institute on Money in Politicsと組んで立ち上げた、超党派を標榜するキャンペーン・ファイナンスのデータベースである。図3.12 銃規制に関する献金状況(千ドル)はOpenSecrets(2022)に基づき、銃規制派、銃所持を権利とする派、銃産業からの献金額の推移(銃所持を権利とする派に銃産業からの献金額を加算)をみたものである。数十年の歴史があるナショナルライフル協会(NRA)などの権利派や銃産業に比べ、規制派の献金は明らかに見劣りしている。銃規制は万人に裨益する公共財の性格を持ち、そのための献金は過少供給されている。献金の受領議員(1989‐2022年累計)のトップ5はいずれも共和党議員(スティーブ・スカリース下院院内総務、テッド・クルーズ上院議員、ロン・ジョンソン上院議員、ジョン・コーニン上院議員、ケビン・マッカーシー前下院議長・引退)であった。ギャラップの調査によると、銃規制の強化を求める者は過半(56%)を占め、現状維持(33%)、緩和(10%)を求める者よりも多く(2024)、献金の共和党への偏りは、平均的民意と共和党の乖離を示唆するひとつの傍証ともなるものである。
 このようにデータベースは有用なものであるが、限界もある。政治的な結果に影響を与えることを目的としつつも、資金源が明らかにされていない、ダークマネーといわれる支出が存在する。501(c)(4)などの政治的に活動的な非営利団体は、選挙に影響を与えるために支出する場合でも、寄付を明らかにする法的義務がないのある。OpenSecret(2023)によると、中間選挙のあった2022年で、このようなドナー不明の資金は、民主党で316百万ドル、共和党で263百万ドル、超党派で35百万ドルにものぼったという。

(2)分断の立体的把握
 これまでサーベイに基づく記述統計から分断を観察してきたが、経済学者たちはモデルや実験を用いて、より立体的に分断を理解しようとしている。マティアス・ポルボーン(Mattias Polborn、ヴァンダービルト大学)らは、従来、単一の軸から考えてきた政治の枠組みが、複数の軸の上で争うように変わっているという視点から分断を考察している(Krasa and Polborn, 2014)。従来のモデルでは、ひとつの軸(所得)で左右を表し、その軸上で政党が争うことを想定していた。ポルボーンらは、縦軸の所得の軸に加え、横軸として文化的なイデオロギーとしてのリベラル―保守の軸を加えた二次元モデルを考案している。このモデルで従来の一次元の争いを表すと、横にフラットの党派間を分離する線となり、共和党と民主党の対立軸は所得であり、減税か再分配かという争いとなる。二次元の党派間競争とは、図3.13 二元的競争軸(縦軸:所得、横軸:文化的イデオロギー)(a) 二元的競争軸とその変容の示す通り、この線が縦になりつつある中途段階を考えることである。この傾斜を増しつつある世界では、所得にも増して、文化的なイデオロギーが政党への支持を左右するようになる。民主党側でいうと、高所得の者が減税をあまり言わなくなり、イデオロギーに基づいて、民主党を支持するようになる。その結果、イデオロギー的に純化した民主党への反発から、貧しい白人たちは共和党を支持するようになる。ポルボーンらは、実際の政党支持の動向もモデルの予測を裏付けていると指摘する。図3.13(b) 有権者の投票行動の変化(1988年→2000年)によると、1988年から2000年の有権者の投票行動の変化をみると、イデオロギー的に左の高所得者の民主党支持が顕著に強まり、イデオロギー的に右の低所得者の共和党支持も相当程度増加している。政党間の境界の傾斜が増すと、たとえ有権者の選好の分布が変化しなくても、有権者はイデオロギーによって分類されるようになる。国民の間にあるイデオロギー的分断が浮かび上がってくる。このような変化は政党の側で政策の変更も呼び込む。例えば、共和党では貧しい白人を念頭に保護主義が強まる。
 ヤン・チェン(Yan Chen、ミシガン大学)らは、実験を用い、個人の資質と情報環境の相互作用から分断を考察する(Bauer et al.,2023)。チェンらの焦点は、集団アイデンティティが信念形成に与える影響である。彼らは、アメリカの代表的な個人サンプルを対象に、2020年の大統領選挙の設定でオンライン実験を実施した。具体的には、1)大統領選挙直前の2020年11月に、1)個々人の集団アイデンティティなどを計測し、2)トランプ/バイデンが大統領になった場合の就任1年後の失業率/医療制度の世界ランキングの予測を被験者にしてもらい、3)メディア情報の取捨選択、情報咀嚼の影響を計測した。メディア情報の取捨選択の際には、左寄りメディア(ワシントンポスト等)、右寄りメディア(ウォールストリートジャーナル等)、中立メディアから各々二つの記事のメディア名と見出しを提示した。資金を拠出すれば、読みたい方の記事が読める蓋然性を高めることができる設定を作り、読みたい記事を読む支払い意思(WTI, willingness to pay)を調べた。また、記事の咀嚼の影響をみるために、2)で調べた失業率/保険制度のランキングの予測が、記事を読むことでどう変化するかを計測した。さらに、政治的な集団志向についての実験と並行し、各人の最小集団志向(minimal groupness)についてのテストを実施した。すなわち、○のグループ又は△のグループに被験者を割り当て、6ドルを自分のグループに配分するか、他所のグループに配分するかを問い、政治的集団志向との対照に用いた。
 結果的にみると、被験者の37%が最小集団志向を持ち、59%が政治的集団志向を持っていた。○か△かというのは意味のないグループであるが、それでも集団志向を発揮する者が相当数おり、そして、そのような人たちは政治的にも集団志向的であった。このことは政治的集団志向に心理的基盤が存在することを示唆する。政治的集団志向を持つ者は、失業率や医療の予測でも、自分の集団に有利な予測するバイアスがあった。読みたい記事へのWTIをみると、政治的志向性を持つ者は、集団外の情報を排除する傾向があった。政治的集団志向を持つ者は、情報を集団バイアスを強化する方向で咀嚼した。政策的な含意としは、チェンらは、(「ワシントンポストの記事です」といった具合に)アイデンティティを際立たせる情報提供の仕方を減らし、広範な情報ソースに自然に触れることができる環境を作ることが一案だとする。
(3)分断の心理メカニズム
 チェンらの研究は、集団志向の心理的基盤の存在を示唆するが、社会心理学者が心理的基盤に立ち入った研究を行っている。ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt、ニューヨーク大学)は、道徳基盤理論(moral foundation theory)という道徳心理学の理論で知られている(Haidt, 2012)。ハイトは、人間の道徳には六つの基盤(ケア/危害、自由/抑圧、公正/欺瞞、忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落)があるとする。ハイトはこれを保守-リベラルの枠組みに適用し、保守はこれらの六つ全てに訴えるに対し、リベラルはケア、自由、公正(特に前2者)にしか訴えず、この違いが保守のリベラルへの優位につながっていると指摘する。このことを理解することが、民主党員の年来の疑問「富の均等な再分配を重視しているのは民主党なのに、なぜ地方や労働者階級の有権者は、共和党に投票するのか」という疑問を解くという。リベラルの道徳は個人主義に偏っているが、環境問題ひとつとっても、自然環境を保護することは権威に従うこと、自然の純粋さを守ること、アメリカへの愛国心を示すこととして描くこともできるとする。集団が生存にものをいった時代には人々はより集団主義的であった。平和な時代が続き、より個人主義的に行動するようになり、西側の道徳は個人主義一本の基礎しか持たないものへと弱体化していったと指摘する。
 ハイトは、オバマ政権、バイデン政権に中道左派の路線を取るよう提言してきた。ステファン・ホーキンス(Stephen Hawkins、MORE IN COMMON)らのリポート(Hawkins et al., 2018)を支持し、バイデン政権の幹部に共有していた。同リポートは8,000人のアメリカ人の価値観と信条に関する調査に基づくもので、アメリカ人を七つの部族(クラスター)に分けている(熱心な保守派から進歩的活動家まで)。これらの部族に対して、「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)は問題であるか」どうか訊くと、6つのグループが強く同意し、進歩的活動家のみが同意しない。「ヘイトスピーチは問題であるか」と訊くと、右派の2グループは50%前後、他の5グループのかなりの者が「ヘイトスピーチは問題だ」と同意しているが、特に進歩的活動家の同意が高い。図3.14 ポリティカル・コレクトネス(横軸)、ヘイトスピーチ(縦軸)に対する見解は、横軸「ポリティカル・コレクトネスは問題である」、縦軸「「ヘイトスピーチは問題である」への各部族の回答をマッピングしたもので、進歩的活動家が外れ値に位置している*8。こうした調査も踏まえ、ハイトがバイデンに求めたことは、進歩的活動家を切り、トランプ支持者を取り込むことであった。
 ハイトが、左を個人主義的な狭小な基盤しか持たないものとして描き、右の優位を説くのに対し、ジョン・ヨスト(John Jost、ニューヨーク大学)は、左右の違いを中立的に(やや左に有利に)描き出す。ポルボーンら(所得、文化的イデオロギー)と同様に二元論を用いるが、ヨストはその軸として「変化への抵抗(伝統主義)―非伝統主義」「不平等の受容―拒否」という二つの軸を用いる(Jost, 2021)。ヨストの議論の肝は、これらの二つの軸は相関していると考えることで、伝統/不平等の受容を右、非伝統/不平等の拒否を左に括る。二つの軸の相関の理由について、ヨストは、歴史は次第に平等主義的な方向へと進んでおり、伝統主義的であることが、不平等を正当なものと認める態度と一致しやすくなるからであると説明する。
 「富の均等な再分配を重視しているのは民主党なのに、なぜ地方や労働者階級の有権者は、共和党に投票するのか」。ヨストはこの疑問にも光を当てている。クリストファー・ウレジーン(Christopher Wlezien、テキサス大学オースティン校)らは、1972年から最近までのアメリカの福祉支出に対する相対的な評価に関するサーベイ(多すぎる,丁度よい,少なすぎる)を分析し、ジニ係数で測る経済格差が広がるほど、福祉支出への選好が減少するというパラドックスを見出している(Wlezien and Soroka, 2021)。興味深いのは、格差が深刻なものになるほど、所得の高い者の福祉への支持が低下するというだけではなく,貧しい者も同様に支持を低下させていることである。福祉支出は所得弾力性の高い財であるため、所得の絶対水準の上昇に伴って福祉支出への選好は強まるものの、格差拡大の負の影響は大きく、2000年以降の福祉支出への絶対的選好の上昇を半分にするくらいの効き方をしているという。ヨストは、このパラドックスに、システム正当化理論(A system justification theory)を用いてアプローチする(Jost, 2020)。システム正当化理論は、現状を支持し、それを良い、公正、自然、望ましい、さらには避けられないものとして受け入れる社会的、心理的メカニズムの解明を目指している。ヨストによると、不平等は勤労や才能や野心の差によって生まれた正当なものであると、貧しい人々がますます信じるようになっている。ヨストはシステム正当化のすべてが悪いとするわけではない。システム正当化には、感情的安定を得るなどの利益があるほか、群れが生き残り、進化していく上で役に立つ特徴であったとも指摘する。他方、自尊の念を損ない、努力に水を差し、社会を改善する道を塞ぐデメリットもあり、利益とコストの両方を勘案する必要があると指摘する。
 左右の相違の心理的基盤を探る議論には、アナニッシュ・チョウドリ(Ananish Chaudhuri、オークランド大学)らによるものもある(Claessens et al., 2020)。彼らの研究では、競争か協力かという軸(経済的保守-経済的進歩主義)、集団的同調か個人主義かという軸(社会的保守-社会的進歩主義)という二つの軸を設定する。この説明は、経済的保守と社会的進歩を組みわせたリバタリアンのような主張が存在することをよく説明する。彼らは、独裁者ゲームのような実験経済学のゲームや心理テストを用い、彼らのモデルを経験的に裏付けようとしている。
 心理的基盤を探る研究の先には、左右の違いに脳神経学的基盤を探る研究がありうる。ハイト、ヨスト、チョウドリらのいずれの研究も脳神経学的基盤を特定していない。脳神経学的基盤を見出す見通しについては、論者によって様々である。ハイトは脳神経学的基盤はなくてもよいとの立場である。ハイトのような六つの道徳基盤に基づくモデルの神経学的基盤の特定は困難を極めるであろうし、ヨストやチョウドリらのような二元論でも、相当困難な課題となると思われる。ただ、左右の一元モデルに関しては、一卵性双生児を使った調査で、左遺伝子・右遺伝子があるという意味ではないにせよ、遺伝的要因が政治的イデオロギーの形成に役割を果たしているという証拠が提出されている(Hatemi et al., 2014)。

(次号につづく)

*1) 前在アメリカ合衆国日本国大使館公使(2021年5月~2024年7月)。博士(経済学、一橋大学)。なお、本稿のうち、意見にわたる部分は個人の見解であり、組織を代表するものではないことをお断りしておく。
*2) この節の分析に際しては読売新聞アメリカ総局(2024)、Galston(2024)、Kamarck(2024)を参照した。
*3) 日本では小泉政権がポピュリストに分類されている。
*4) ボウツは筆者の在米中の2024年6月7日逝去した。生前の厚誼に感謝し、冥福をお祈りする。
*5) 阿部(1972)
*6) 追放は、不道徳なものであるにとどまらず、その一部は不法なものでもあった。当時、連邦最高裁は、追放政策の一部(州が先住民の土地に規制を課すこと)を違憲であると判決した(Worcester v. Gorgia, 1932)が、ジャクソンは判決の執行を拒否した。
*7) ドレッド・スコット判決(1857)とは、連邦最高裁判所がミズーリ協定を憲法違反とし、自由州での奴隷所有を認めた判決である。カンザス・ネブラスカ法とともに奴隷制拡大派の民主党の主張に沿ったものであったので、奴隷制度に反対する勢力が反発し、共和党に結集、南北戦争への引き金となった。
*8) 図3.14だけをみると、ヘイトスピーチに関しては、保守主義者の二つの円が外れ値になっているとの解釈も可能であるようにもみえる。ただし、保守主義は円二つ分の有権者の塊を形成している。これらを敵に回し、進歩的活動家を取ることが、選挙戦略上、得策であるとは考えられないというのが、ハイトの主張である。