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令和7年度職員トップセミナー

講師
保科 学世 氏
(アクセンチュア株式会社 執行役員)
演題
社会を変革する生成AIの衝撃
令和7年8月20日(水)開催

はじめに
 保科と申します。どうぞよろしくお願いいたします。この度は貴重な機会を頂戴し、誠にありがとうございます。近年、生成AI、特にChatGPTをはじめとした大規模言語モデルの登場により、このテクノロジーに対する社会の関心が急速に高まっております。アクセンチュアでは、様々な企業と協力し、生成AIの活用方法について多角的に取り組んでまいりました。本日は、その最前線について、お話しさせていただきます。
 私はアクセンチュアにおいて主に3つの役割を担っております。第1に、データ&AIに関連するビジネス全体の日本統括。第2に、世界に2つあるあらゆる業界・業務を対象とするフルスケールの先進AI開発拠点の一つである、日本のAIセンターの統括を担当しております。第3に、東京・麻布十番に所在するアクセンチュアのイノベーション拠点「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」の拠点長として活動しております。
アクセンチュア会社概要
 最初に、アクセンチュアについて簡単に紹介させていただきます。
 アクセンチュアは、グローバルで約77万9千人の社員を擁する企業であり、日本オフィスにおいても約2万7千人の社員が在籍しております。日本国内ではコンサルティング会社としての認知度が高いかもしれませんが、我々の業務は多岐にわたります。具体的には、システム開発を担うTechnology部門、広告代理店のような業務を行うSong部門、及びアウトソーシングビジネスを担当するOperations部門など、様々な部門を有しております。
 我々アクセンチュアが目指すのは、企業全体の変革であり、その実現のために必要な部門が次々と増加しているのが現状です。特に現在は、生成AIを活用した企業変革の推進を図っており、その体制への変革が進行中です。
 様々な企業の全社改革に携わっておりますが、コンサルタントとして外部から企業に関わるだけでは変革が難しい事例が増加しております。そこで、デジタルトランスフォーメーション(DX)、業務変革、ITサービス等の推進を目的としたジョイントベンチャーを顧客企業と共に設立し、変革を進める取り組みを行っております。加えて、包括的パートナーシップ契約を締結し、顧客企業内においてDX変革を主導する人材を300名育成するなど、変革を促進するための人材育成プログラムを提供しております。過去約9年間において、アクセンチュアの日本における社員数は5倍に増加し、ビジネス規模も6倍に成長を遂げております。特に近年では、生成AI領域とデータ&AI領域がこの成長を強力に牽引しております。
AIの歴史
 現在、生成AIが話題となっておりますが、AIの歴史を振り返りますと、現在は「第四次AIブーム」に相当すると考えております。
 1960年前後の「第一次AIブーム」、1980年前後の「第二次AIブーム」を経て、2000年頃から始まった「第三次AIブーム」では、ディープラーニングが中心でした。その後、途切れることなく生成AIのブームが到来し、今度こそ本当に、世の中を変革する技術であるとの認識が広がっております。
生成AIが労働に与える影響
1.業種別の潜在的影響
 「生成AI、特にその中でも大規模言語モデル(LLM)が、どれだけ仕事にインパクトを与えるのか」について、アクセンチュアのグローバルリサーチチームが調査を行いました。その結果、「生成AIによって置き換えられる仕事」と「生成AIによって大幅に強化される仕事」、すなわち「今後なくなる、もしくは今までとは全く異なる方法で遂行される仕事」の割合は、日本平均で44%に達することが明らかになりました。これは、ほぼ半数の仕事がこれまでとは異なった方法で行われるか、あるいは自動化されることを意味しております。
 AIの影響が特に大きい産業としては、証券、保険、銀行などの金融系が上位に並んでおります。金融系の業務は、規則に則った言語タスクが多く、その複雑性にもかかわらず、生成AIはこれらの業務を相当程度まで遂行可能となってきているため、置き換えが進むと考えられております。影響が最も少ないとされる消費財分野においても、約3割の業務が「AIの影響が大」となっております。ホワイトカラーの仕事に関しては、AIによる多大な影響があると認識していただく必要があるかと思います。職種別にみると、営業や事務系の業務の約7割から8割が、AIに置き換えられるか、あるいは異なる形で遂行されるであろうと予測されております。
2.生成AIの進化
 生成AIの進化は著しく、今年8月にはGPT-OSSやGPT-5など、様々な用途により適したモデルが登場いたしました。最初に登場したChatGPTは「賢い大学生」程度の知識を持つものとされておりましたが、最新のGPT-5に関しては、分野によっては博士レベルの知識を有しているとも言われております。このように、生成AIの進化が急速に進展していることから、今年は「AIエージェント元年」とも称されております。人間に代わり様々な業務を遂行するAIエージェントが既に登場しており、異なる役割を持った複数のAIエージェント同士が相互に対話しながら業務を遂行する「マルチエージェント化」の時代が、来年あたりから本格化すると予測しております。さらに、人間を超えた知能を有するASI(人工超知能)が近い将来に登場することでしょう。
3.これからの労働者に問われる4択
 今のお話とも関連するのですが、私は特に若い社員に危機感を持っていただきたいと考えており、全社ミーティング等において「これからの労働者は、極論すれば、次の四つのパターンに分類される」と話しております。一つ目は、「AIやロボットを使いこなす『極めて生産性の高い人間』」です。AIやロボットを駆使して「極めて生産性高く働くこと」が当たり前の世界が到来しつつありますので、アクセンチュアの社員には最低限、この水準に達していただかなければならないと話しております。
 しかしながら、「AIやロボットを使いこなす人間」だけが生き残るわけではありません。逆に、AIリテラシーを特に持たなくとも、人間としての魅力を発揮する方々は多く存在します。二つ目のパターンは、「AIやロボットにない『人間としての魅力を価値とする人間』」です。「人間としての魅力を価値として発揮できるかどうか」が、これまで以上に重要視される時代が訪れると考えております。三つ目は、「AIやロボットを『作る側の人間』」です。私自身もこの三つ目を目指しておりますが、これは単にAIの開発を行う人間を意味するのではなく、組織内で人材を育成する代わりに「AIを育てる」ことも含まれます。今後、企業や組織内で本当に有用なAIを創出することが求められ、そのようなAIを作り上げる側の人間が極めて重要な価値を持つと考えております。これら三つのいずれにも該当しない場合、四つ目は、あまり考えたくない選択肢ですが、「AIやロボットより『安い労働力としての人間』」です。四つの選択肢のうち、上記三つのいずれにどのようにして入るかが、これまで以上に問われる時代が到来すると感じております。
アクセンチュアでの生成AI活用の例
1.アプリケーションの作成・活用
 では、アクセンチュア自身はどのようにAI時代に対応しているかと申しますと、「一般企業で使っているようなMicrosoftのCopilot、画像系ではAdobeのFireflyといったものを使っているだけでは、一般企業と何ら変わらない」という問題意識のもと、もちろんそれら生成AIツールは最大限活用しつつも、自社のナレッジを加えた様々な生成AIのアプリケーション開発に取り組んでおります。具体的には、AIセンターにおいてトップダウンで開発を進めるものに加え、ボトムアップのアプローチとして「社員が自らアプリケーションを開発する」プラットフォームを用意し、社内のアプリストアを通じて自作のアプリケーションを公開することを奨励しております。このように、トップダウンとボトムアップの双方のアプローチが必要であると考えております。ここで一つ事例をご紹介いたします。「プログラマー講師」というアプリケーションがあります。この生成AIのプログラマーの先生を導入した結果、新入社員のプログラミング能力が飛躍的に向上し、「生成AIを傍に置くことで、人間の成長が促進される」ということを私自身が実感した例です。
 アクセンチュアの新入社員に対するプログラミング教育については、従来は人間の講師が担当しておりました。しかし、人間の講師に対しては、新入社員が初歩的な質問をしづらく、躊躇することが多かったようです。ところが、AIの講師に対しては、どんな初歩的な質問でも気兼ねなく何度でも質問できるため、成長が早まりました。一方で、新入社員を褒める際、「君、よく頑張ったね、よくできたね」という言葉は、AIではなく先輩社員から受ける方がモチベーションが向上するという点も見受けられます。我々も様々な場面においてAIを活用しつつ、人間とAIの適切な使い分けを実施しております。
2.独自開発のツールの紹介
 私どもが独自に開発した各種ツールについて、いくつかご紹介いたします。
(1)プレゼンテーション自動作成ツール
 アクセンチュアでは、パワーポイントのプレゼンテーションを作成する機会が多いため、これを自動で作成するツール「Accenture Presentation Deck Agent」を、生成AIを用いて独自に開発しております。
 「このような内容は、このように整理して資料を作成する」ということを予め生成AIに教え込ませたうえで、作って欲しいドキュメントについて指示をすると、まとめたい情報に合わせた形式に整理された情報が出力されます。それに対し、例えば「表現が細か過ぎるので見た目をシンプルにしてください」とワッペンを貼り、再作成のボタンを押すと、綺麗に修正されます。指示を与えて整理させ、さらに追加の指示を与えて修正させる過程において、生成AIは裏で学習を続けています。社員に積極的に使用いただくことにより、生成AIの賢さを向上させることが出来るのです。他にも、様々なタスクを組み込んだスケジュール作成などの複雑な資料作成も、かなり高度に自動化できるようになってきております。
(2)AIによる提案書作成(Accenture AI Powered Sales)
 提案書は、ある意味では我々の業務の根幹を成すものですが、現在では生成AIを活用して作成することが可能になっております。既にお取引のある企業だけでなく、潜在的にお客様となり得る数千社の企業データについても、生成AIが事前に情報を集約しております。その企業が現在どのような課題を抱えているのか、どのような取り組みが行われているのか、さらに競合他社の状況、我々がご支援しているプロジェクトの実施内容と比較して、その企業が未だ取り組んでいないと思われる点などを、あらかじめ抽出しているのです。そこまでの情報が整っているため、いざお客様を訪問しようとする際には、既に課題が抽出されており、その課題に対してアクセンチュアの提案内容を選択し、ボタンを押すだけで、提案ストーリーを自動的に作成してくれるのです。
 こうして生成された最初の提案書には、まだ不十分な点が見受けられます。そのため、弊社の社長や私、一部の経営幹部が「このような視点が必要である」とAIにフィードバックを与え、教え込んだ結果、一定水準の内容の提案書となります。本格的な提案書を作成する前に、まずAIが提案ストーリーを生成し、その概要を確認して必要に応じてストーリーを若干修正します。その上で、「提案書作成」のボタンを押すと、提案書が作成され、50ページから100ページ程度のパワーポイントの提案書が完成いたします。
 使用する過程において、人間が「この部分はこのようにしてほしい」と指示を与え、AIはそれを逐次学習していきます。使用しながらAIを進化させることが重要であると考えております。
生成AIによるデジタルツインエンタープライズの実現へ
 いくつかのツールについてお話ししましたが、では全社改革においてAIを活用する際にどのように進展するのか、この点につきまして、我々は「生成AIによるデジタルツインエンタープライズの実現へ」と名付けて、その変革を推進しております。デジタルエンタープライズには「業務の現場でどのようにAIを活用するのか」「経営者がどのようにAIを用いて経営判断を行うのか」「世の中の顧客市場をどのようにAIでシミュレートするのか」という三つの視点が必要です。
1.業務の現場でどうAIを使っていくのか
 まず、一つ目のレイヤーである「業務の現場でどうAIを使っていくのか」について、イメージをご紹介します。
〇訪問準備:
 AIが社内外の情報を調べ上げ、顧客ニーズに合った製品や提案方法をお勧めする。
〇商談:
 AIが顧客との会話の内容を読み解き、リクエストを自動検知。複数のAIが連動し、取るべき対応を提案する。
 商談中にリアルタイムで営業と生産管理が連携。追加注文等の依頼内容に応じて、AIが即座に生産計画の修正案を提案する。修正結果もすぐに関連部署へ連携し、注文伝票登録もAIが自動で注文情報を入力する。
 営業と生産のAIエージェントが連携している事例をご紹介いたしましたが、現在、様々な職種を支える専門家AIエージェント同士が対話し、適宜人間に確認を取りながら業務を遂行するという世界が進み始めております。
 現在、様々なエージェントや、エージェントを構築するための「エージェントビルダー」と呼ばれる環境が各社から登場しております。さらに、新たな潮流として「Agent2Agent プロトコル(A2A)」というエージェント同士が対話する仕組みや、「Model Context Protocol (MCP)」というエージェントが様々なシステムと接続するための仕組みが、今年に入りようやく整い始めております。
 ただし、エージェントが様々なシステムと接続することは、非常に便利である一方で、セキュリティ面での課題も抱えています。
 我々も様々な技術を活用しておりますが、どのようにセキュリティを担保するかについては、会社として開発を進めているところです。
 アクセンチュアには、冒頭で申し上げた通り、世界中で77万9千人の社員がおりますが、その多くはインドに所属しており、アメリカをはじめとする世界各地の業務を請け負っております。そのインドにおける業務を、現在、驚異的な勢いでAIに代替しております。例えば、経理支払いのプロセスにおいては、様々な専門家エージェントが働いております。会社によって異なりますが、AIの導入により、人間が行った場合と比較して、生産性が7割から8割向上しているという状況に至っております。
 どの企業でも一般的に行われる、アウトソーシング可能な業務に関しては、もはやAIエージェントで十分であるとの判断から、我々もその方向へ舵を切り始めているところでございます。
2.経営者がどうAIを使って経営判断していくのか
 次に、二つ目のレイヤーである「経営の判断においてどのようにAIを活用するか」についてご説明いたします。
(1)アクセンチュア・アドバンスト・AIセンター
 世界各地にあるアクセンチュアのセンターの中でも、経営に関するAIは、昨年11月に完成した「アクセンチュア・アドバンスト・AIセンター京都」で開発しております。実際、アクセンチュアのグローバルな経営シミュレーションにおいても、ここで開発されたAIを活用しております。
 センターで実施するAI体験ツアーでは、議論や交流を通じてAIの可能性を学び、事業変革のヒントを得ることができます。様々な経営者の方々にお越しいただき、経営者とAIがディスカッションを行っております。我々はそのために様々なAIの専門家をこの場に用意しております。
 例えば、AIのCFO(最高財務責任者)、AIのCIO(最高情報責任者)、AIのCHRO(最高人事責任者)などのAIによるCxO、さらに社外取締役のようなファンクションを担うAIも用意しており、経営者とこれらAIの経営専門家が対話する場を提供しております。
 実は最初にここでAIと対話を行ったのはアクセンチュア自身であり、アクセンチュアの経営概念についての検討を実施いたしました。
 このAIに社長や経営者と対話させる際には、ポジティブな意見を出す一方で、必ず反対意見も提示するような仕組みを導入しております。社長に対してAIが厳しい意見を述べた際、弊社社長の江川から「人間に言われると感情が入って不快に感じるが、AIに言われると心理的にも受け入れやすい」との感想が述べられました。これまで訪問された多くの経営者からも同様の意見をいただいております。「部下から耳の痛いことを言われると不快に感じることもあるが、AIに言われると比較的冷静に受け止められる」といった点が、実は好評を得ております。
 しかし、AIのCxOたちはリスクを伴う実際のアクションを取ることはできませんので、判断はやはり人間が行わなければなりません。一方で、例えば現在の市場シェアがどの程度あるのか、損益分岐点を考慮した場合、新規ビジネスに進出するためにはその領域で何パーセントのシェアを取る必要があるのか、といった点については、AIのCFOの方がより正確に算出することが可能です。人間とAIを巧みに組み合わせていくことが重要であると考えております。
(2)生成AIを活用した組織設計
 我々が提供している中で最も好評なCxOはCHROです。これは、3年後あるいは5年後にその会社がどのような姿であるべきかをシミュレーションするツールです。
 実際、アクセンチュア自身もグローバルな3年後の人員配置プランをこのツールで策定しております。
 冒頭でお話しさせていただいた「どの職種にどの程度生成AIのインパクトがあるのか」といったリサーチ情報をAIに学習させております。
 さらに、我々は世界中で生成AIのプロジェクトを実施しており、どこで、どの程度、どのような類の仕事が生成AIによって置き換えられたのか、入れ替わってきたのか、という情報もAIに学習させております。そのAIに対して「現在このような組織で、このような仕事を行っており、何人の人員がいて、今後このような計画を持っている」といった情報をインプットすると、AIはあるべき組織の姿を計算してくれます。
 例えば、こういったタイプの仕事をしている営業職員を抱える組織の場合、生成AIを徹底的に活用すると、現在の業務は32%減の人数で遂行可能である、との計算結果が得られるのです。この結論を導き出すにあたり、「積極派」と「保守派」といった複数の考え方を持つAIエージェントがディスカッションを行いながら、プランを作成しております。
 「積極派」は、生成AIの導入をはじめとするDXを積極的に推進し、効率化を徹底的に進めるタイプのエージェントです。
 一方、「保守派」は、現在会社にどのようなスキルを持つ人材が何人いるのかを把握し、その方々をいかに徹底的に活用するかを考えるエージェントです。
 このように、相反するタイプの考えを持ったエージェント同士をディスカッションさせながら、会社の組織プランを策定させております。その際、人間が途中で介入できるようにし、後から議論を振り返ることができるような形にしております。
 アクセンチュアで最初に試した際にも、一度AIが出したプランに対して、例えば社長が「ここは自分の考えと異なるのだが、どのような議論があったのか」と問いかけた場合、その時の議論を振り返ることができます。
 場合によっては、入力されていた会社の戦略に不十分な点があり、さらなるインプットが必要となるケースもございます。
 おおむねCEOから5回程度のフィードバックと生成の往復を行いながら、戦略の不足部分をインプットしつつ進めております。
 例えば、アクセンチュアの将来あるべき組織を検討をする際、ある部署に関して弊社社長が「ここにはXXX人いてほしい」と言い出したとします。しかし、その仕組み上、人間が人数を指定することは適切ではないにもかかわらず、社長は「XXX人だ」と主張されました。そこで私はAIに対して、「社長がXXX人と言っておりますが、どうすればよいでしょうか?」とインプットしてみました。するとAIは「XXX人で構いません。ただし、来年からXX%の成長を担保できますか?」と返答しました。
 これは確かに現実的な数字であり、社長も「なるほど、この人数を維持するには、それくらいの成長が必要かもしれないな」と納得されました。
 このようにAIとやり取りしながら、まさにプランを作成していくということを行っております。ですから、一度で完璧なプランを作成するのではなく、経営者との対話を重ねながら、将来の知識を積み上げていく方法を取っております。
 戦略をインプットすると、「この改革を実行するには、このような組織が必要ではないか」と、新しい組織を提案してくれることもあります。その際もAIとのやり取りを通じて、任務を明確にしていくことができる仕組みになっております。
(3)リスキリングのためのサービス提供
 このような状況になると、従来の業務をそのまま続けることは難しくなり、リスキリングが必要となってまいります。グローバルのアクセンチュアでは最近、リスキリングのためのプラットフォーム「Accenture LearnVantage(ラーンバンテージ)」や人材教育会社を買収する動きを見せております。リスキリングのビジネスに積極的に取り組んでいる背景には、「生成AIによって人々の働き方が大きく変わる」という現実がございます。また、先ほど申し上げたように、生成AIが「このような部署が必要です」と提案してくるため、その方針に従って進めております。
3.世の中の顧客市場をどうAIでシミュレートしていくのか
 我々は、様々なAIのエキスパートを育成しつつ、将来の予測も盛んに行っております。
 例えば、ある業界の将来を考える際に、将来予測を得意とする様々なAIエージェントに外部環境の変化を読み解かせます。そして、「そのような外部環境においてはどのような商品が必要となるのか」を、また別の専門家AIエージェントに考えさせます。
 更に「その商品は顧客市場で待ち望まれるが、実現するには技術的に無理がある」とか、「様々な規制があるため実現は難しい」といったことをまた別のAIエージェントが考慮しながら、AIエージェント同士が議論を進め、様々な案を具体化していくのです。
(1)将来市場の予測
 例えば、AIに対して「スマートフォンや通信デバイスといった通信機器はどのように進化していくか」を尋ねますと、様々なエージェントがディスカッションを開始いたします。
 まず、オーケストレーターが存在し、我々が保有する専門家AIエージェントたちをテーマに応じて呼び出してまいります。
 例えば、経済産業構造の専門家であるAIエージェントが登場し、通信機器のこれまでの発展の歴史を説明いたします。次に、通信機器の専門家AIエージェントや医療専門のAIエージェントなど、関連しそうな専門家が次々と登場し、将来の展望を考察してまいります。
 それぞれの専門家ならではの視点で「このように世の中が変わってくるのではないか」というシナリオを次々と提示し、それに対して今度は技術的な専門家AIが「このようなものが求められるのではないか」と提案を行います。この議論は、企業が保有するデータや知見を取り入れることで、さらに発展していくのです。
 このようにして、将来の市場がどのようになるのかの予測を現在進めております。
(2)世論の予測
 一方で、「世の中の国民が現在何をどのように考え、行動しているのか」という点についても、国民の縮図エージェントを作成し、シミュレーションを行っております。
 例えば、何らかのマーケティング施策を実施した場合、それが世の中でどのような反応を引き起こすのかをシミュレーションします。
 マーケティング施策を提案するエージェントと消費者のエージェントが対話しながら、高速で様々なマーケティング施策を考え、それに対してどのような反応を受けるのか、そのフィードバックを受けながらプランを作成していくのです。
 このように、「このような施策を投じると、その流行はどのように広がっていくのか」という点についても、一定程度シミュレーションが可能となってきております。
生成AIの登場と企業リスク
 生成AIについては、便利である一方でリスクも存在すると考えております。
 まず、サイバーセキュリティの脅威が挙げられます。
 次に、様々なデータのプライバシー侵害や漏洩リスクもあります。
 そして現在最も懸念されているのが、ハルシネーション、いわゆる虚偽情報を生成するリスクです。
 その他にも著作権のリスクが存在するほか、AIを使用する際に大量のCO₂を排出しているという問題もあります。
 また、様々なモデルベンダーへの依存といった課題もございます。これらのリスクをどのように回避するか、リスクを十分に踏まえた上でどのように活用していくかを慎重に考えていく必要があります。
 結局のところ、リスクをきちんと認識した上で、そのリスクを最小化するようにAIを活用していくことが重要なのです。まずはリスクを正しく認識することが大事なのかなと思っております。
3パターンの日本経済成長シミュレーション
 本日は様々な事例についてお話しさせていただきましたが、「何かAIの基盤を導入すれば、それで終わり」ということではないと考えております。様々なAIのツールを整備する必要がありますが、最終的には人の働き方が大きく変わるため、仕事のやり方を抜本的に変えなければ、AIも効果を発揮しません。人とAIが協働する時代だからこそ、従業員の教育が非常に重要になると考えております。
 アクセンチュアのグローバルのリサーチチームが日本経済のシミュレーションを実施いたしました。「生成AIが日本の経済にどれだけ貢献するのか」という点について、「アグレッシブ」「慎重」「人間中心」の三つのシナリオで検討しております。
 「アグレッシブ」は、人間の業務をそのまま生成AIに置き換えていくシナリオです。これは初期の立ち上がりは良好であるものの、実際にはそこまで成長しないという結果が示されました。
 「慎重」は、その名の通り、人の仕事を奪わないようにAIを活用していくシナリオです。これは最終的には一定の成長を遂げるものの、非常に多くの時間を要するという結果が示されております。
 「人間中心」は、人の教育を含めて、人間に投資していくシナリオです。これが最も立ち上がりが良く、最終的な効果も最大になるという結果が示されております。
 やはり、人間が得意なことと生成AIが得意なことを考慮しつつ、適切に使い分けていくことが重要であると考えます。
 生成AIは従来のAIとは異なり、非常に高度な模倣能力を有している点が一つの特徴です。従来のAIは、コミュニケーションやクリエイティブな仕事は難しいと言われてきましたが、ビジネス上のコミュニケーションやクリエイティブの多くの部分は、生成AIによって相当な程度まで実現可能となっております。今後はAIでできる、できない、ではなく、人間が担当したほうが良い、または人間が行わなければならない部分が、人間の仕事となってくると考えております。
 それから、実際にAIを適用して成功している組織と、うまくいっていない組織の間には明確な差が生じております。その差はどこにあるかというと、AIに対して不信感を持っている組織では、業務にAIが活用されません。
 その結果、データが蓄積されず、予測精度も向上しないのです。AIは使わなければ進化しないため、いかに使用しながら進化させるかが重要となります。
 そのためには、AIに対する信頼が非常に重要であると感じております。アクセンチュア自身も、これまではオフィスで資料を作成している人間が多数おりましたが、私は社員に対して「オフィスで行っているような作業は、もうAIに任せてよい。本当に現場でしか得られない情報こそが重要であり、インターネット上で入手可能な情報を持っているだけでは不十分である」と伝えております。
 AIと人間の関係について、先程ハルシネーションの話もございましたが、結局のところ、人間としての価値は、その人が信頼されるかどうかにあると思います。対人コミュニケーションはこれまでも重要でしたが、今後はさらに重視される世界になっていくと考えております。
生成AI時代に必要なスキル
 生成AI時代に必要なスキルについて、いくつかお話しさせていただきます。
 まずは「AIをビジネスツールとして徹底的に活用していくこと、そして活用するためのスキルを最低限身に付けること」が重要であるという点です。
 次に「業務プロセスへのAI適用」についてです。AIという優れた道具があっても、勝手に業務を高度化してくれるわけではありません。業務現場を変革することは人間が担わなければならず、AIの判断をどこまで、どのように活用し、最終的にリスクを取った判断は人間に求められます。
 そのため、総合的な判断力を身につける必要があります。また、AIは非常に急速に進化するため、その進化に合わせて「継続的再設計」を行い、仕事のやり方を常に見直すことが重要であると考えております。
 何よりも、AIを活用しながらAIを育てていく「相互学習」を進めることが大切であると思っております。
生成AI時代のリーダーに求められること
 特にリーダー層の方々に対して私がお伝えしているのは、どのような人材が求められるのか、特にリーダーに何が求められるのかという点です。
 一つ目は「人の心を動かすリーダーシップ」です。自分の言葉、感情、情熱や意思など、これらの要素がこれまで以上に価値を持つようになると考えております。
 二つ目は「AIよりも高い視点で本質を捉える」ことです。生成AIは賢いと言われつつも、所詮はネット上の情報を中心とした限られた範囲の知識を基にしており、過去の学習の延長線上で物事を提示します。それ自体をきちんと活用しつつ、その延長ではない何かを、より高い視点で見いだせるかどうかが非常に価値を持つことになると考えております。
 三つ目は「社会的責任の追求」です。生成AIは非常に便利な技術である一方、リスクも伴う技術であると考えております。私はAIを開発する立場として、AIには基本的にリスクを取らせないような設計をしております。これは私たちだけでなく、世の中全体としてもそのような方向性です。
 つまり、AIで判断できないリスクを人間がリスクテイクすることも、リーダーの仕事として、今以上に大きな役割を果たすことになると考えております。
 四つ目は「AIを活かしきる組織作り」です。人材の配置や育成が大きな転換期を迎えている現在、その重要性が増しております。AIを活かした組織作りができるかどうかが、私自身も含めて、今非常に問われていると感じております。
ご清聴ありがとうございました。

講師略歴
慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。
アクセンチュアのデータ・AI部門の日本統括として、データドリブン経営改革やAI技術を活用した企業変革を数多く実現。またアクセンチュアの先進R&D拠点、アクセンチュア・アドバンスト・AIセンターの所長として、AI HubプラットフォームやAI Poweredサービスなどの各種開発を統括すると同時に、アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京の統括として、企業の新規サービス開発も支援。
厚生労働省 臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業評価委員他、中央省庁にて各種委員を歴任。一般社団法人サーキュラーエコノミー推進機構理事。