「Self-Reliant India」に見るインドの成長戦略・経済思想・地経学
在インド日本国大使館二等書記官(兼在ブータン日本国大使館) 冨田 駿
1 はじめに
14億人を越える世界最大の人口を持ち、グローバルサウスの中でも極めて順調な成長を見せ、日本・日系企業からの注目度も非常に高いインドだが、その広大さ・多様性も相まって、日本からその経済政策を理解することは必ずしも容易ではない。2023年6月の着任から2年強のインド生活を経た筆者の目線から、インドの経済政策の基盤となっている「Self-Reliant India(自立したインド)」という考え方について解説したい。なお、本稿で示す見解は、筆者の個人的な見解であり、誤りがある場合には筆者個人に責任があると共に、筆者の所属する組織を代表するものではない点、留意されたい。
2 インドの経済状況と課題
インドはコロナ禍以降順調な経済成長を見せており、2024年度の実質成長率は+6.5%と他のグローバルサウスと比べても高い水準となっている。一般政府の債務残高対GDP比は82%(2024年度)と新興国にしてはやや高めの水準であるが、順調な経済成長と歳出改革努力の進捗から財政状況は不安視されていない。また、高まっていた国内公的銀行の不良債権比率は2018年をピークに徐々に低下しており、健全と言える水準まで低下している(2025年3月末時点で2.8%)。今年に入ってからは、順調な農業生産を背景に物価上昇圧力が緩和されており、インフレ率は概ね中央銀行の物価目標範囲である4%±2%の水準に収まっている。このように経済の基盤となる財政・金融・物価環境の安定が、インドのポテンシャルを十分に引き出し、高い経済成長が実現されていると言えるだろう。インドはその独立100周年となる2047年に先進国入りする目標(Viksit Bharat 2047)を掲げており、足元の高い成長率を続ける・更に上昇させるべく経済政策の舵取りが行われている。
一方、インドの経済成長における課題として、世界銀行は輸出の多様化・グローバルバリューチェーン(GVCs)への参画の必要性を指摘している。貿易についてみれば、インドの貿易額(対GDP比)は過去10年程度で減少しており、他のグローバルサウス諸国よりも低い水準となっている(図1 貿易額対GDP比(%)の推移)。また、GVCsへの参画についても他のグローバルサウス諸国よりも低いと指摘されている。GVCsへの参画の形態としては、国境を複数回跨ぐ貿易の中で、(ア)当該国の輸出に占める他国の付加価値の割合によって測られる後方参加、(イ)輸出先国から第三国への輸出に占める当該国の付加価値の割合によって測られる前方参加の2種類があるが、OECDのデータによれば、インドのGVCsへの後方参画は2010年代初頭をピークに低下しており、他のグローバルサウス諸国よりも低い(図2-1 GVCsへの後方参画、図2-2 GVCsへの前方参画)*1。輸出される財は石油精製品、電子機器、医薬品といった高付加価値・非労働集約的な財に集中していることもあり、貿易がもたらすインド国内での雇用創造は限定的となっている(図3 総雇用にしめる輸出関連雇用の割合)。これは中間財への高い関税・非関税障壁によりグローバルな市場での競争力が損なわれていることが理由であり、繊維、服飾、革製品、靴といったより労働集約的なセクターでGVCsに参画し、輸出を多角化することが雇用創造のために重要だと世界銀行からは指摘されている。こうした現状を踏まえ、世界銀行からは、輸出の増加・雇用創出のため、通関手続きの簡素化等による貿易にかかるコストの削減、関税・非関税障壁の削減、自由貿易協定を含む貿易統合の選択肢の再評価が、インドが考慮しうる改革として提案されている。
3 Self-Reliant:インド経済政策の基盤
こうした中、インドは2047年先進国入りの目標を踏まえ、その経済運営において「Self-Reliant India*2(自立したインド)」といった考え方を経済政策の中心に据えている。この考え方は2020年5月にモディ首相が約20兆ルピー(GDPの10%に相当)の経済対策パッケージの中で発表したもので、インド製品のグローバルなサプライチェーンでの存在を高め、自国の自立を達成することが目指されている。2025年8月の独立記念日におけるモディ首相のスピーチにおいても、自らの経済力を高め、他国への依存を減らすことがSelf-Reliantという考え方であり、これが2047年先進国入りの目標の基盤であると述べた。他国への依存を減らすことを目指したこの考え方は、一見すると保護主義的に見えるが、実際には、自国での価値創造を高め、グローバルバリューチェーンでの役割を拡大することも主眼となっている、成長戦略・通商政策・経済安全保障といった経済政策全般にまたがる思想であると言える。
直近では、2025年10月13日、インド政府ハルディープ・シン・プリ石油・天然ガス大臣がインドの主要紙であるIndian Express紙に寄稿し、このSelf-Reliantという考え方について、ヒンドゥー教の聖典の1つであり長編叙事詩である『ラーマーヤナ』に登場するストーリーを引用しながら解説している。寄稿文中では、風神の子ハヌマーンが自身の持つものを想起して自信を取り戻したように、インド経済もその内なる力を引き出してグローバルな不確実性に応えようとしている、Self-Reliantは孤立を意味するのではなく、インドでの製造能力を高め、自国の力強さを世界へ発信していくものと理解すべき、世界が壁を作る中で、インドはその能力を高めているのだ、と述べている。このように、自国で内生的に経済成長を追求する考え方がSelf-Reliantだと言える。
一方、こうした思想が経済政策の中心に据えられる背景としては、中国への巨額の貿易赤字・経済的依存があげられる。インド政府によれば、2024年度の中国への財輸出は143億ドルであるのに対して、中国からの財輸入は1,135億ドルであり、992億ドルもの貿易赤字を計上している。また、当地シンクタンクのGlobal Trade Research Initiative(GTRI)によれば、インドの産業財の輸入の30%を中国に依存しており、電子機器、機械類、化学製品、鉄鋼等多数の分野での産業財輸入が中国に依存しているほか、中国からの輸入の87%が資本財・中間財となっており、インドの製造業は中国からの輸入に強く依存していることが示唆されている。こうしたことから、GTRIはインド政府・産業界に対して、多様化された・強靱なサプライチェーンの構築のため、輸入戦略を再評価することを求めている。経済安全保障上のリスクを踏まえ、こうした経済的依存傾向を脱却することも、Self-Reliantという考え方の中に織り込まれた側面だと考えられる。
また、Self-Reliantという考え方は、自国製品の利用運動とも結び付いている。モディ首相は2025年8月の独立記念日におけるスピーチや同年9月21日のスピーチにおいて、Swadeshiという語を用いて、日常生活の一部となっている外国製品を排除し、自国製品を愛用・その価値を宣伝し、例えば自国産製品を用いているのであれば販売店の店舗外に「Swadeshi」といった看板を設置するといった取組により、目に見える形で自国製品の利用を推進する必要がある旨述べている。Swadeshiは、インドの諸語で「自己の所属する地の」「自国の」を意味する語であり、土着の商品の生産・愛用奨励の意味を指している。インドの独立運動期にSwadeshiのスローガンのもと、ベンガル分割への反対闘争の一環として、インド人資本による産業発展・外国商品のボイコットを含むインド国産品の愛用奨励が行われた。また、マハトマ・ガンディーも独立運動期にスワデーシー運動を非暴力抵抗闘争の重要な柱としていた。当地シンクタンクのObserver Research FoundationのVice PresidentであるGautam Chikermane氏が掲載した、Swadeshi 2.0をテーマにしたエッセイでは、独立運動期のSwadeshi 1.0は政治的自由の獲得が原動力であったのに対して、Swadeshi 2.0は地政学的不確実性への対抗が原動力となっており、東西の2つの覇権国家による敵対的な地政学と攻撃的な行動に対抗することを目的としている、と述べられている。この”Swadeshi”の思想は、Self-Reliantの思想ともつながっており、モディ首相は前述の9月21日のスピーチにて、SwadeshiキャンペーンやSelf-Reliantキャンペーンにより、インドの製造業を加速させることを全ての州政府に対して求めている。
このように、成長戦略、地経学、インド的思想といった様々な観点の結節点となっているSelf-Reliantという考え方について、個別セクターも含む産業政策も見ながら、その特徴について紹介したい。
コラム1 隣接国からの直接投資に対する事前審査
インドは2020年より、パンデミックに伴う機会主義的な買収を抑制するため、中国を含め国境を接する国からの直接投資については、全て事前審査制としている。2020年に発生したインド・中国間の国境衝突を受けたものとされており、こうした点からも経済安全保障上のリスク管理の努力を行っているといえる。一方、2024年10月のBRICSサミットにおいて、インド・モディ首相と中国・習近平国家主席は5年ぶりに首脳会談を行い、それ以降二国間関係の正常化に向けた取組が続けられている。こうした取組の一環として、この直接投資に対する事前審査制の見直し、例えば、一部のセンシティブではないセクターについての事前審査制の免除が検討されている旨、報道がなされているところ。
4 Self-Reliantを実現するための取組
(1) 産業政策全般
Self-Reliantを実現するため、2021年度財政演説において、生産連動型補助金(PLI:Production Linked Incentive)を発表し、電子機器、医薬品、バッテリー、太陽光パネルを含む合計14分野について、5年間で約2兆ルピーの支援を打ち出すことを表明した(対象分野は表1のとおり)。みずほリサーチ&テクノロジーズは、PLI導入以降、特にIT・エレクトロニクス分野で、台湾・韓国・米系企業が増産を進めていると指摘しており、特にスマートフォンは足元でもインドの主要な対米輸出品となっている。このように、大型の補助金を導入することで、投資誘致を進め、インドがグローバルバリューチェーンの中で果たす役割を拡大させようとしている。
並行して、インドは「高品質な製品・商品の生産・販売を担保する」ため、強制規格に当たる品質管理令(QCO:Quality Control Order)を広範な分野の個別財について続々と発行している。インド政府はプレスリリースにおいて、国内で高い品質・世界水準の製品を作るというコミットメントだと説明しており、プラサダ商工省閣外大臣も、QCOの徹底を通して、「「メイド・イン・インディア」が世界的に安全・品質・信頼の代名詞となる」ように努めると述べている。このQCOはインド独自の規格であり、ゴヤル商工大臣はQCOについて「インド国内で機能する基準であり、その同じ基準が世界の他の地域へ輸出されるのだ」と述べている。一方、インドでの製造を行う日系企業からは、QCOを義務づける通達の発出から適用開始日までの期間が短い一方、認証取得には長期の期間を要することが実態であり、認証取得が間に合わない製品の輸入が不可能になる事態も生じている。日本や東南アジア地域から中間財や資本財をインドに輸入する必要がある日系企業のサプライチェーンに大きな影響があるとして、ビジネス環境上の課題であるとの指摘がなされている。
(2) エネルギー
インドはエネルギー分野においてもSelf-Reliantを掲げており、2047年までにエネルギー自立を達成すること、2030年までに電力の半分を非化石燃料エネルギーによってまかなうことを目指している。インドは、現在の主要エネルギー源である化石燃料について、石油の9割以上、ガスの5割以上、石炭の2割以上を海外に依存している。これは慢性的な貿易・経常赤字を生みだすものとして、エネルギー分野での自立を目指している。
再生エネルギーの導入を促すため、インド政府は、再生エネルギー電力を政府が設定した価格で電力会社が一定期間買い取る固定価格買取制度(Feed-In Tariffs)、各州の配電公社や民間配電会社、大口需要家に対する再生エネルギー電力の購入義務制度(Renewable Purchase Obligation)を導入している。また、原子力発電についても民間投資を許可するため、2025年2月、インド政府は原子力エネルギー法・原子力賠償責任法の改正を目指すことを発表した。これまで原子力事故が発生した場合、設備供給業者に無限責任を追わせることとなっているため、法改正により、こうした条項を削除することが検討されている旨、報道がなされている。
また、再生エネルギーの発電設備についても国産化に向けた努力が進められている。太陽光パネルについては、グローバルにその中・下流のサプライチェーンを中国に依存しているところ、PLIを通じた補助政策によって国産化の奨励を図ると共に、政府が実施する太陽光発電プロジェクト等については、新・再生エネルギー省から認可された企業による太陽光パネルでなければ用いることが出来ない制度(ALMM:Approved List of Models & Manufacturers)が導入されている。国内における太陽光セルの製造能力が拡充されていることを踏まえ、2026年6月にこの制度は太陽光セルまで範囲を拡大することが予定されている。
また、定置用バッテリーやEV用バッテリーについても、国内の財閥系企業を中心に、インド国内でのバッテリーセルの製造に向けた投資が活発化している。政府は補助金による支援を行っている他、再生エネルギー発電所にその総容量の10%の蓄電を義務化することを検討しており、更なるバッテリーへの需要の高まりが想定されている。こうした取組は、インドのエネルギー分野での自立性を高めるものと言える。
コラム2 バッテリー分野での日印の協力
日本とインドの両国にとって、特定の国に依存することのない形でのバッテリー関連産業のエコシステム(関連素材や製造装置、リサイクル、重要鉱物、バッテリーユーザー等)を構築することが喫緊の課題であることから、日本政府(財務省・経済産業省・在インド日本国大使館)及び日本貿易振興機構(JETRO)は、2025年7月、官民の関係者を招待し、投資促進やバッテリー関連産業のエコシステム構築のための官民情報交換のラウンドテーブルを行うとともに、日印や関連企業間の協調の促進のため、日印の参加企業同士の1対1での面談・ビジネスマッチングを行うイベントConference on Battery and Critical Minerals Ecosystemを開催した。日本・インド両国から70社以上の企業が参加し、今後企業同士の協調が期待されるところ。日本は2023年にG7の議長国として議論をリードし、クリーンエネルギー関連製品のサプライチェーン、特にその中流に当たる重要鉱物の精製・加工や、下流に当たる部品製造・組立において、グローバルサウスの低・中所得国がより大きな役割を果たせるように、パートナー国や世界銀行と協力していくべく、RISE(強靱で包摂的なサプライチェーンの強化)パートナーシップを立ち上げたが、このイベントはこうした日本政府の取組にも合致するものと言える。
写真 2025年7月に行われた“Conference on Battery and Critical Minerals Ecosystem”では、日本・インドの企業の間でのサプライチェーンの構築に向けた協力が模索された。政府関係者、企業関係者、シンクタンク、メディア等、200名以上の参加者が集まり、バッテリー産業に集まる関心の高さがうかがえた。
(3) 半導体
インドは半導体についても国産製造に向けた取組を進めている。2025年10月現在、インドでは国家的プロジェクトとして合計10件の半導体製造工場設置プロジェクトが中央政府の補助金の対象として選定されている。インド政府は2021年にインド半導体ミッション(India Semiconductor Mission)という組織を立ち上げ、当該補助金を運営している。当該補助金は、中央政府がその事業費の最大50%を供与する巨大なものであり、今後国内で需要の高まりが見込まれる半導体の自国製造に向けて政府は大きな後押しをしている。特に、インドの大手財閥タタ・グループが実施する2つのプロジェクト(グジャラート州ドレラ工業団地での前工程・ウェハー製造(投資規模9,100億ルピー)、及びアッサム州ジャギロードでの後工程・パッケージング/テスト(投資規模2,700億ルピー))の投資規模が大きい。2025年8月のモディ首相の独立記念日におけるスピーチにおいても、年内に初のメイド・イン・インディアの半導体が製造されると述べた。
コラム3 半導体分野での日印の協力
インドでの半導体製造については、そのエコシステムの構築に関して日系企業からの関心が高まっている。半導体製造に必要な周辺産業や製造装置について、日系企業の参画する余地が大きいことがその理由として挙げられる。こうした関心も踏まえ、日本インド商工会は半導体委員会を設けてインド内外の日本企業同士での連携を深める取組を進めている。特に、国際協力銀行(JBIC)ニューデリー事務所は同委員会の幹事として、半導体エコシステムの構築に取り組んでいる。また、東京エレクトロンとタタ・エレクトロニクスは、インドに半導体エコシステムを構築するための戦略的パートナーシップを開始する等、企業同士の協力も進んでいる。政府間では、半導体政策対話の下で、政府機関・企業・教育機関が参加する会合を開催し、半導体分野における強靱なサプライチェーン、人材、研究開発に関する機会が模索されている。
写真 JBIC・JETRO・日本インド商工会は、定期的にグジャラート州ドレラ工業団地の視察ツアーを実施。日系企業が多数ドレラ工業団地を訪れ、半導体エコシステムの構築に向けて現状を理解するとともに、タタ・グループとの意見交換を行っている。写真は本年7月に小野啓一駐インド・ブータン日本国特命全権大使が視察ツアーに参加した際のもの。
(4) デジタル
デジタル分野においてもインドはSelf-Reliantを目指している。インド政府は、2020年には、プライバシー・データ保護の必要性に言及しつつ、TiktokやWeChat、Weiboといった中国製アプリの禁止措置を導入し、有用で透明性が高く、堅牢かつ安全なインド産のモバイルアプリの開発が急務である旨、プレスリリースにて述べている。また、AI分野についても自国によるAIエコシステムの構築に向けた努力を続けている。2024年3月にIndia AI Missionを立ち上げて、5年間で1,000億ルピー以上の支出を予定している。こうした予算を使い、3万8,000ものAI計算用のGPUを確保し、インド政府が認定した研究者やスタートアップのプロジェクトであれば、1時間65ルピーという安価で利用可能な環境を整えた。また、スタートアップによる自国産の基盤AIモデルの開発を支援しており、2025年内の自国産大規模言語モデルのローンチを目指している。他にも、自国産のAIモデルの開発を促すため、AIKoshと呼ばれるデータセット・AIモデルのレポジトリをインド政府が作成・公表し、インドのデータへのアクセスの利便性を向上させている。このように、自国産のAIモデルの開発が進む環境を整えつつ、様々なアプリケーションの基盤となるAIモデルの開発には直接の支援を行っている。
5 終わりに
本稿では、インド経済の状況と課題について触れた上で、インド政府が経済政策の基盤に据えるSelf-Reliantという考え方について、個別産業セクターで採用されている産業政策も見ながら述べた。上記の個別セクターでの政策に見られるとおり、インドは、国内の規制を通じた保護主義的な政策と、各種の補助金やインセンティブ、インフラ整備を通じた自国の産業振興・投資誘致を戦略的に組み合わせている。このように、海外からの輸入品ではなく国産の製品の需要を喚起する方針をとりつつ、政府による補助スキームにより、海外企業・国内企業問わず重要なセクターへの投資喚起を行うことで、Self-Reliantという考え方を実現するべく、再生エネルギーや半導体、デジタルといった分野での自立性の確保・グローバルバリューチェーンでの付加価値の創造に向けた取組を行っていると総括できる。世界銀行が指摘するように、グローバルバリューチェーンへの参画がインド経済の課題である一方、前述のようなインド政府のアプローチは、世界銀行が示唆するような、関税・非関税障壁を削減することでグローバルな市場から原材料を調達し、労働集約的なセクターでの輸出の多角化を目指すアプローチとは異なるもののように見受けられる。Self-Reliantという考え方のもと、国内産業を保護しつつ海外からの投資も誘致し、インド国内市場の巨大なスケールを活かして内生的に経済・社会を発展させ、インドがグローバルな市場にもたらす付加価値を高めるというアプローチには、これまで順調に経済成長してきた自信と矜持が表れているのではないだろうか。
実際日本からのインドへの関心は引き続き高く、JBICの「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 -2024年度 海外直接投資アンケート結果(第36回)-」では、今後3年程度の有望な事業展開先国として、インドが3年連続1位となっている他、JETROの「2024年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によれば、インドに進出している日系企業の80.3%が、今後1~2年の事業展開の方向性について、「拡大」と回答している。特に、半導体分野では、インドの半導体エコシステムの構築に向けて、日系企業は協力を続けており、インドの経済的アプローチに合わせる形で、日系企業もインドでの活動を拡大している。本稿で述べたインド経済独自のアプローチに対する理解が、インドにおいて様々な独特の制度・文化・考え方に直面する、日系企業を含む日本のプレイヤーの一助となることを願う。
参考文献
佐藤隆広編著(2023)『経済大国インドの機会と挑戦 -グローバル・バリューチェーンと自立を志向するインドの産業発展-』
World Bank Group(2024)“INDIA DEVELOPMENT UPDATE:India’s trade opportunities in a changing global context”
Global Trade Research Initiative(2024)“ An examination of India’s Growing Industrial Sector Imports from China”
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2023)『インドの成長性評価 ~投資を中心に6%の安定成長、IT・エレクトロニクス製造業に追い風~』
三井物産戦略研究所(2024)『インドが掲げる「2047年までのエネルギーの自立」―エネルギーのグリーン化推進で排出削減と自立の一石二鳥を狙うー』
Hardeep S Puri(2025)“Developed world is building walls. India’s answer lies in scale, skill and self-reliance”
Gautam Chikermane(2025)“Swadeshi 2.0:From Independence Legacy to Self-Reliant India”
辛島昇、応地利明、坂田貞二、前田専学、江島惠教、小西正捷、山崎元一監修(2012)『新版 南アジアを知る辞典』
内閣府(2023)『世界経済の潮流 2023年 I (令和5年8月14日)-アメリカの回復・インドの発展-』
*1) OECDのデータ上、(1)純粋な後方参加、(2)純粋な前方参加、(3)前方・後方参加の3類型に分けられていることから、今回、後方参加については(1)+(3)、前方参加については(2)+(3)により算出している。
*2) ヒンディー語では「Atmanirbhar Bharat Abhiyaan」。「Atmanirbhar」は「自立している」といった意味の語。サンスクリット語由来の語Atma(インド哲学のアートマンに由来し、「意識の最も深い内側にある魂・真の自己」という意味)と、同じくサンスクリット語由来の語nirbhara(「~に依存する、頼る」という意味)の語から成り立っており、「自分に依存する」、転じて「自立している」の意味。「Bharat」は「インド」、「Abhiyaan」は「キャンペーン」の意。

