このページの本文へ移動

コラム 経済トレンド136

オーバーツーリズムと地方創生
大臣官房総合政策課 調査員 伊藤  祐嗣/日比野  聡太

本稿では、オーバーツーリズムの課題や対策を整理したうえで、観光産業を活かした地方創生のあり方について考察する。

オーバーツーリズムの社会問題化
 我が国においては、近年のインバウンドの活況等を背景として、観光産業の存在感が高まっている。訪日外国人の旅行消費額は2024年に約8.1兆円と、主要製品の輸出額と比較すると自動車に次ぐ規模となっている(図表1 訪日外国人旅行者数と訪日外国人旅行消費額、図表2 インバウンド消費額の製品別輸出額との比較(2024年))。
 観光は地方創生への貢献も見込まれる。その地域独自の観光資源を活かして魅力を高めることで、消費の拡大や雇用の創出等、地域経済の活性化に繋がる。現状、外国人の延べ宿泊者数は三大都市圏で全国の約7割を占めているが、今後は地方圏にまで宿泊先(旅行先)が広がっていくことが期待される(図表3 外国人延べ宿泊者数(都道府県別、2024年))。
 他方、近年は「オーバーツーリズム」が社会問題となっている。観光による経済利益の追求と、地域の自然環境や生活の維持を、どのように両立させていけばよいか、事例を交えながら考察していく(図表4 オーバーツーリズムの社会問題化)。
(注)図表1について、2020~22年の訪日外国人旅行消費額は、観光庁による試算値。図表3について、三大都市圏とは、「東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、京都、兵庫」の8都府県をいう。
(出所)日本政府観光局「訪日外客統計」、観光庁「訪日外国人消費動向調査」「インバウンド消費動向調査」「令和7年版観光白書」、財務省「貿易統計」、トラベルボイス株式会社「オーバーツーリズム2025」

オーバーツーリズムに対する取組み事例
 オーバーツーリズムは大都市圏だけでなく、地方部でも課題が顕在化してきている。観光庁の令和5年度補正予算「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光地域づくり事業」においては、オーバーツーリズムの課題を抱える全国26の地域を先駆的な取組みを行うモデル地域として採択しており、20の地域が三大都市圏以外の地方部となっている(図表5 先駆的モデル26地域(令和5年度補正予算))。
 具体例を見てみると、奈良県では、奈良公園エリアに国内外の観光客が集中し、主要スポットへの人流の集中による混雑やマナー違反が課題となっている。これに対し同県では、サイネージやWEB等で混雑状況をリアルタイムで配信、二次交通の整備や奈良県内他エリアの観光振興等により、人流を分散・平準化、混雑の緩和に取り組んでいる(図表6 奈良県の人流分散事例)。
 宮島で有名な広島県廿日市市では、観光客の増大やごみのポイ捨て・餌づけなどのマナー違反等により、自然・文化財の保全・継承の妨げ、島内の鹿の健康被害が課題となっており、観光客への観光マナー啓発・PR活動を行っている(図表7 広島県廿日市市のマナー啓発事例)。
(出所)観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業「先駆モデル地域」における取組み事例集(令和7年7月25日第一版)」、Bing

オーバーツーリズムの課題と対策
 オーバーツーリズムによる負の影響として、マナー違反のほか、交通網や観光地周辺の混雑、公共サービスの劣化等が挙げられる。自然環境や住民の生活が毀損されると、地域の資源を活用している観光産業も維持できなくなる恐れがある(図表8 観光地の住民に対するアンケート調査)。
 観光庁によると、課題への対応として、“受入環境の整備・増強”、“需要の適切な管理”、“需要の分散・平準化”、“マナー違反行為の防止・抑制”の4つに分類してまとめられており、国内の各観光地でも取り組みが広がっている(図表9 オーバーツーリズム対策の4類型)。
 他方、オーバーツーリズムが一層深刻化する場合には、より踏み込んだ対応が求められ得る。先進的な海外の事例として、スペインのバルセロナでは宿泊施設の急増による地価の高騰等が問題となっているが、民泊の新規許可凍結や、都市計画法に基づく立地規制等で対処している。今後は自治体主導の規制等も視野に入れ、計画的に対応する必要があるだろう(図表10 バルセロナにおける観光フラット(民泊)数の推移)。
 また、観光から得られた利潤を、地域の資源や住民に還元する好循環を生み出すことも重要な観点である。雇用創出や税収等の経済効果が生じたとしても、観光に携わらない住民はその恩恵を実感していない可能性がある。観光地の魅力は、その土地固有の町並みや日常生活により形成されるため、地域への再投資は必要不可欠な要素である。
(注1)図表8はEY JAPANによる調査。一定の条件で観光客の増加を認識すると考えられる10地域を抽出し実施。本稿では25ある選択肢のうち、回答割合が高い上位5項目を抜粋。
(出所)EY JAPAN「日本経済をけん引するツーリズム産業への成長に向けて」、観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」、トラベルボイス株式会社「オーバーツーリズム2025」、阿部大輔「「観光都市」から「観光とともに生きる都市」へ」「観光文化265号」公益財団法人日本交通公社

観光産業を持続可能にするために
 観光地域づくり法人(DMO)とは、「地域の稼ぐ力」を引き出すために観光地域のマネジメントを担い、様々な関係者の連携を促す司令塔となる法人であり、地方創生2.0でもDMOの取組み等を推進することによりオーバーツーリズムの未然防止・抑制をはじめ持続可能な観光地づくりを進めるとされている(図表11 DMO概念図)。
 例えば、京都市観光協会(DMO KYOTO)は、地域全体の活性化等の取組みを高水準で満たす「世界的なDMO」の候補となる「先駆的DMO(Aタイプ)」に指定されている。住民や観光客、事業者など、地域の多様な関係者と連携し取組みを進めているモデルケースであり、地方部を含めた全国の登録DMOや候補DMOにとっても参考となり得る(図表12 DMOの種類(令和7年6月30日時点国内登録件数)、図表13 DMO KYOTOの取組み事例)。
 オーバーツーリズムの対応含め持続可能な観光地域づくりを進めるうえで、各関係者が納得感を持って取組みを進めることが重要であり、その中核を担うDMOの役割は今後更に高まることが予想される。地域の資源や生活を維持しつつ、観光産業の成長を加速させるために、目先の利益追求では無く、DMOを中心とした「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくりに期待したい。
(出所)観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業「先駆モデル地域」における取組み事例集(令和7年7月25日第一版)」、観光庁HP、公益社団法人京都市観光協会(DMO KYOTO)(https://www.kyokanko.or.jp/)、LINK!LINK!LINK!(https://link.kyoto.travel/)
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。