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特集 APG年次総会の東京開催の模様とその成果

国際局 資金移転対策室
室長 奥 愛  大臣官房企画官 山﨑貴弘
総括補佐 松尾綱紀  課長補佐 五十嵐祥子
課長補佐 鈴木隆俊  課長補佐 佐々木安奈
課長補佐 高橋幸裕  係長 谷津佑典
係長 茅根光洋  係長 鳥沢紘悠
係長 山田佳奈  係長 三代健太
係員 川﨑 剛  係員 髙松真衣
(役職名等は8月末時点)

1.はじめに

 マネー・ローンダリング/テロ資金供与/拡散金融(以下「マネロン等」)対策に関する国際基準の策定・履行を担う多国間の枠組みとして、金融活動作業部会(FATF、Financial Action Task Force)が存在している注1。もっとも、FATFの加盟メンバーは38の国・地域と2つの地域機関(欧州委員会<EC>・湾岸協力理事会<GCC>)に過ぎず、FATF基準のグローバルかつ効果的な履行に向けては、FATFメンバー以外のマネロン等対策の強化も欠かせない。
 こうした観点から、FSRB(FATF-Style Regional Bodies)と呼ばれる9つの地域体がFATFと連携し、マネロン等対策を推進することによって、FATF基準が(FATFに加盟していない法域を含む)世界200以上の国・地域に適用されている。
FSRBのうち、日本を含むアジア・太平洋地域は、APG(Asia/Pacific Group on Money Laundering:アジア・太平洋マネー・ローンダリング対策グループ)がカバーしている。APGは1997年に設立され、オーストラリア(シドニー)に本部を置く。地理的・経済的にも多様性に富んだ42の法域注2が加盟する、最大のFSRBである。
 APGの共同議長は、常任共同議長(オーストラリア)と交代制共同議長(任期約2年)の2名からなる。昨年9月、アブダビで開催されたAPG年次総会をもって、財務省国際局の梶川光俊審議官がAPGの交代制共同議長に就任した。
 日本は、この1年、
(1)次期相互審査に向けた準備、
(2)太平洋島嶼国等への能力開発支援の強化、
(3)金融新技術(暗号資産等)への対応、
という、同総会にて掲げた共同議長優先事項の「3つの柱」注3に関する取組を積極的に行うとともに、共同議長としての義務である、APG年次総会のホストに向けて準備を進めてきた。本稿では、本年8月25日~29日の5日間、東京で開催された2025年APG年次総会(以下、東京総会)の模様とその成果を紹介したい。


2.東京総会の様子

 東京総会は、8月25日~29日の5日間、お台場(ヒルトン東京お台場)にて開催され、40以上の国・地域や国際機関から約450名が参加し、アジア・太平洋地域におけるマネロン等対策強化に向けた議論が行われた注4。27日の本会合冒頭には、ホスト国からの開会挨拶として、加藤財務大臣による開会挨拶がなされた。
 APG年次総会は、加盟国・地域による意思決定の場であり、APGの運営方針や相互審査等を議論することが中心となる。ただし、今回の東京総会は、日本の共同議長下かつ日本での開催ということを踏まえ、日本の共同議長優先事項に関するパネル・セッションやセミナーも開催された。議論内容自体は非公表のため詳細までは述べられないものの、日本のプレゼンスが随所に発揮された取組であったことから、紹介致したい。
写真 会合冒頭、開会挨拶を行う加藤財務大臣

(1)政治的コミットメントの重要性に係るパネル・セッション

 次期相互審査に向けた準備と域内の能力開発支援強化という共同議長優先事項の取組の一環として、本会合初日である8月27日(水)、マネロン等対策における政治的コミットメントの重要性を確認し、(APG域内を越えて)グローバルネットワークが連携して学び合う場となるパネル・セッションを開催した。
 本セッションは、これまでのFATF・APGでの活動で構築した良好な関係を活かし、FATFの現・前議長が開会・閉会挨拶を、APG共同議長(梶川審議官)とMENAFATF注5議長が議論の前半と後半のモデレーターを、FATF事務局長とMENAFATF事務局長がパネリストの一員を、それぞれ務めるなど、“FATF/APG/ MENAFATF ALL-STAR”と言うべき陣容での開催が実現した。同セッションでは、日本の発案・企画の下、近時グレイ・リストからの脱却に成功した幾つかの法域からその取組や経験を聴取し、議論を深めることができた。結果として、参加者からは、本分野における日本の強いコミットを感じる、大変有意義な会合であったとのコメントが場内外で多数聞かれた。
写真 パネル・セッション前半でモデレーターを務める梶川審議官

(2)暗号資産に係るテクニカルセミナー

 共同議長優先事項の取組の1つとして、金融庁と協働し、8月26日(火)に暗号資産に関するセミナーを開催した。登壇したパネリスト8名中4名を日本人で構成するとともに、FATFの拡散金融プロジェクトでCo-Leadを務めた日本(財務省 松尾総括補佐)と米国のプレゼンを含め、本領域における日本のプレゼンスとFATFへの貢献を強くアピールすることができたセミナーとなった。
 また、本セミナーには、北朝鮮事案における官民協力に関するプレゼンターとして、民間からChainalysis社を招聘した。北朝鮮による暗号資産窃取等への対応を含め、本年5月にG7で採択されたFinancial Crime Call to Action(金融犯罪に対する行動要請)へのコミットメントを他国に先駆けて果たすという観点でも、非常に有意義な取組となった。
 なお、FATFの拡散金融プロジェクトに関してはAPG事務局及びAPG域内からも極めて関心が高く、APG事務局の求めに応じ、本会合2日目の8月28日(木)にも日・米両プロジェクトCo-leadによるプレゼンセッションを追加で実施した。この点でも、日本のプレゼンスを強く発揮することができた年次総会となった注6。
写真 議場でパネリストとしてプレゼンする松尾総括(手前から3番目)


3.地の利も活かした国際交渉の醍醐味

 上述の通り、APG年次総会の一つの大きな役目は、APGの運営方針を決定することだが、今回はその過程と結果において、国際交渉における「地の利」を改めて痛感した。その一例を(詳細はぼかしつつ)紹介致したい。
 APGでは、来たる次期相互審査に向けた事務局の体制・リソース強化を目指し、東京総会までに成案を得るべく、1年前に作業部会を設立。日本を含む作業部会のメンバーが月に1度ビデコンを重ねてきたものの、結局見方が収斂しなかった。最終的には、当該課題について、最低限度の対応で乗り切ろうとするオプション1と、解決のために追加的な対応も包含するオプション2の2つを準備した。オプション1は、各法域の負担が小さく、然程の体制強化は見込まれないもの、オプション2は、各法域の負担は大きいものの、しっかりとした体制強化が期待できるものである。
 東京総会の1か月前に、上記提案について事前に全メンバーの見解が問われたところ、日本のほか数法域がオプション2を支持するも、結局その2倍の法域がオプション1を支持。これを眺めた事務局は、なお旗幟を鮮明にしない法域も相応にあったことを理由に、オプション2を消すことなく両論の総会上程を決定。
 なお劣勢が明白な状況下で、総会の場で日本席を担う立場としてどうすべきか。
(1)主要法域に対する事前の根回し、
(2)別議題であっても、オプション2の支持につながる要素を主張、
(3)セッションでの発言順序を戦略的に考慮、
という作戦で臨んだ。
 まず(1)に関して、日本は総会全体の共同議長の立場もあることから、個別案件で目立つ動きが及ぼす影響にも配意しなければならない。他方、議論の帰趨は本番が始まる前に決していることも多い。そこでまず、セッション直前のランチを活用して、意見を同じくする法域と改めて連携を確認した。次に(2)については、多くのセッションで直接・間接に日本支持につながりそうな要素を繰り返し発言し、言わば「場を温める」ことに注力した。「日本の言うことはもっともだ」という議場の雰囲気醸成に努めたのである。そして、最後の(3)は、元々反対派に発言させた後にカウンターを試みる想定であった。
 ところが、議場で、オプション1支持法域の代表団が急にヒソヒソと相談し始めたのが偶然目に入った。冷や水を浴びせられるのはまずいとすかさず旗を立て、共同議長から発言を認められると、「今日の議論も踏まえれば、やはりオプション2が適切ではないか」と口火を切った。少し遅れて旗を立てた先の代表団がオプション1支持を表明したものの、ランチで同盟を約したメンバーがオプション2支持と流れを引き戻すと、過去立場を明確にしてこなかった法域を中心に、日本支持の発言が相次ぐことになった。これを眺めたオプション1支持のいくつかのメンバーが、「仕方ないわね」といった表情を浮かべながら、合意のブロック(阻害)まではしないと曖昧な発言をしていたのが印象的であった。
 事前の見立てでは劣勢であったものの、最終的には、共同議長としての採決の取り方や事務局との連携といった進め方もうまく組み合わさり、大逆転につなげることができた。APG事務局の幹部らからも後に「我々の将来を決める重要な一歩を日本が決定づけてくれた」と大いに感謝され、意義ある合意形成を主導する好事例となった。実務的に見れば、共同議長やホストの立場は苦労も多いが、それだけの価値があることを痛感した。
写真 議場にて発言を行う山﨑企画官(向かって左)


4.東京総会の準備

 上述の通り、APG年次総会は多様性に富んだバックグラウンドを持つ数百名が参加する大規模な国際会議であり、準備業務は膨大かつ多岐に渡る。加えて、前回のアブダビでの年次総会は、「アラブの黄金宮殿」と呼ばれるエミレーツ・パレスで開催された上、運営や飲食といった点でも豪華さを感じる運営であった。かかる状況下、日本としては、予算と人員が限られる中で、いかに我が国の魅力をアピールする「おもてなし」ができるか、とチーム一丸となって知恵を絞った。今回は、特に好評であった内容を3点紹介致したい。

(1)夏祭り風の屋台

 APG年次総会では、会期中にホスト国が「オフィシャルレセプション」として催し物を伴う夕食会を実施する慣例がある。日本は、「日本の夏」を体感し、楽しんでいただけるように、射的、輪投げ、飴細工、綿菓子の夏祭り風の屋台を会場に設置したところ、参加者に大変好評であった。
 特に、射的の屋台には開場前から長蛇の列ができ、乾杯の間際まで人だかりができるという大盛況であった。APG事務局がオーストラリア連邦警察傘下にあるように、マネロン等対策の参加者には警察関係者も多いことから、射的用の銃を見て心が騒ぎ、磨き上げた自慢の腕をここぞとばかりに披露しようとしたのかもしれない。

(2)多様性を踏まえた食事対応

 準備で非常に大変だったのは、参加者の食事制限(dietary preferences)に係る対応である。宗教、主義・思想、アレルギーに基づくものから、単なる「食の好み」まで、約450人の参加者それぞれに意向がある中での対応が必要であった。特に、ハラル対応については、各所から情報を集めつつ、手探りでの対応も多かった。
 最終的には、ホスト国としての対応方針(ハラル認証までは得ていないが、「ハラルフレンドリー」な料理は提供可能、等)の周知や、ムスリムの方向けの東京ガイドの展開といった事前対応を実施するとともに、開催期間中には、ハラル・ベジタリアン向けの料理か、どのような材料が含まれているかといった点をわかりやすく表示したビュッフェ形式で食事を提供した。東京総会では「ハラルフレンドリー」な料理が多く提供されたこともあり、ムスリムの方からは、日本の配慮に関する感謝が相次いだ。
写真 夏祭り風屋台に興じる参加者
写真 飲食物に添えられた表示

(3)ロゴのデザインやスモールギフト選定

 参加者に東京総会をより良い思い出としていただくため、東京総会のロゴや、参加者に渡す慣例があるスモールギフト(コングレスバッグ・ペン・ノート・記念品)の選定にも注力した。ロゴについてはデザイン案を出し合った上でのコンペを、記念品については予算内でどのようなものを揃えることができるかの会議を、チーム一丸となって実施した。
 結果として、ロゴもスモールギフトも参加者から大変好評を博した。記念品については、最終的に扇子に決まったが、日本的なデザインを5種類用意し、「選ぶ楽しみ」があるように工夫をした。結果として、受付担当者の英語でのコミュニケーションの負担は大きく増加したものの、参加者が同僚と楽しそうに、あるいは極めて真剣に、扇子のデザインを選ぶ様子を見て、大変ながらも楽しい準備であったと感じた。なお、意外なことに、5種類のうち一番人気だったのは、一番シックなデザインである「とんぼ」であった。
 これ以外にも、約450名が5日間参加する会議を開催するために必要な準備については、枚挙に暇が無い。担当者は睡眠時間を削って準備し、会議終了まで不安な日々を過ごしていたが、上記のような反応や多数の感謝を通じ、全てが報われたように感じた。
写真 スモールギフト4点セットと、記念品の扇子5種類((1)とんぼ、(2)富士、(3)隈取り、(4)浪裏、(5)風神雷神)


5.東京総会を通じて

 これまで述べた通り、日本は、東京総会を通じ、議論・運営の両面で高いプレゼンスを発揮することができた。多数の参加者から「素晴らしいホスト」との声が上がっただけでなく、APG事務局から、今回の日本の対応について、「最も運営の行き届いた年次総会」(the most well-run Annual Meeting)という、最大の賛辞を受けた。また、年次総会の終了後には、APG事務局のチームミーティングに招待され、直接感謝を伝えられるなど、ホスト国冥利に尽きるばかりであった。
 また、東京での開催ということもあり、多くの若手職員が財務省からお台場に駆けつけ、受付業務などを支援した。多忙な中での協力に心からの感謝を述べるとともに、海外出張の機会が少ない若手職員にとって、この東京総会が、各法域の参加者との英語でのコミュニケーションや、実際の会議の見学などを通じ、雰囲気を肌で感じる貴重な場となったのであれば幸いである。
 加えて、今回の東京総会では、「日本に興味を持った」「また日本に来たい」という声が相次いだ。こうした個人の実体験の積み重ねが、将来のインバウンド需要の取込や、日本に対する国際的な印象の良化に通じた結果として、日本の国力増進に少しでも繋がれば、日本の当局者として、これに勝る喜びはない。
写真 受付業務担当職員の奮闘する様子
写真 APG事務局との集合写真


6.結び

 本稿では、8月25日~29日に東京で開催された東京総会の模様とその成果を中心に紹介した。今回の東京総会は、FATF・APG界隈のみならず、財務金融分野における日本のプレゼンス向上に繋がったと考えられる。東京総会が成功裡に終わるためにご尽力いただいた全ての方に、この場を借りて御礼を申し上げたい。
 東京総会を終え、日本の共同議長期間は後半の2年目を迎える。紙面の都合上、今回は詳細に記載することができなかったが、日本はこの1年、共同議長として、閣僚級との面談を含む各法域訪問や、フィジーでのワークショップの開催など、精力的に活動してきた。今後も、関係省庁間で一層の連携を取りながら、地域的・国際的なマネロン等対策強化に向けた議論を引き続き主導していく方針である。
写真 APG年次総会参加者450人との集合写真
 
注1) マネロン等対策の概要に関しては、例えば以下財務省のHP「教えて!マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策」等を参照(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/amlcftcpf/2.measures.html)
注2) APGの加盟法域は、アフガニスタン、豪州、バングラデシュ、ブータン、ブルネイ、カンボジア、カナダ、中国、クック諸島、フィジー、香港、インド、インドネシア、日本、韓国、ラオス、マカオ、マレーシア、モルディブ、マーシャル諸島、モンゴル、ミャンマー、ナウル、ネパール、ニュージーランド、ニウエ、パキスタン、パラオ、パプアニューギニア、フィリピン、サモア、シンガポール、ソロモン諸島、スリランカ、台湾、タイ、東ティモール、トンガ、ツバル、米国、バヌアツ、ベトナムの42法域。
注3) 共同議長優先事項やアブダビでの年次総会の様子を含む、我が国のAPG共同議長就任に関しては、令和6年11月号のファイナンスを参照(https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202411/202411e.html)
注4) 東京総会の様子は、以下APGのHP参照(https://apgml.org/news/2025-apg-annual-meeting-tokyo-japan)
注5) 中東・北アフリカ地域におけるFSRB。Middle East and North Africa Financial Action Task Forceの略。
注6) 拡散金融プロジェクトに関しては、令和7年9月号のファイナンスを参照(https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202509/202509i.html)