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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~ 39

フィナンシャル・レビュー「AIの発達やパンデミック後の経済社会と税制」の見所
責任編集者 森信茂樹先生に聞く

財務総合政策研究所 総務研究部 主任研究官 大西 宏典
財務総合政策研究所 総務研究部 研究員 伊藤 菜々子

 財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、年4回程度、「フィナンシャル・レビュー」(以下、「FR」)という学術論文誌を編集・発行しています。今月のPRI Open Campusでは、2024年8月に刊行された、「AIの発達やパンデミック後の経済社会と税制」をテーマとしたFR第157号について、責任編集者を務めていただいた森信茂樹先生にインタビューを行い、本特集号の問題意識や、それぞれの論文の読みどころなどについて、「ファイナンス」の読者の皆様に、わかりやすく紹介していきます。

コラム フィナンシャル・レビューとは
財政・経済の諸問題について、第一線の研究者や専門家の参加の下に、分析・研究した論文をとりまとめたものです。1986年から刊行を続けており、2022年12月には通巻第150号を迎えました。

[プロフィール]
森信 茂樹
東京財団政策研究所研究主幹、(一社)ジャパン・タックス・インスティチュート代表理事
京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。主税局総務課長、東京税関長、財務総研所長を歴任。この間、東京大学、大阪大学、プリンストン大学で教鞭をとり、大阪大学にて博士(法学)を取得。2006年に退官し、中央大学大学院法務研究科教授などを経て、2018年より現職。
主な研究分野は租税政策、租税法、財政政策。

1.本特集号を企画・編集するに当たっての動機や問題意識
 森信先生には、2020年6月刊行のFR第143号(特集「デジタル経済と税制の新しい潮流」)でも責任編集をご担当いただきましたが、当時から4年が経つ中で、経済・社会がどのように変化してきているのか、また、それらの変化に対応する上で、税制にはどのような課題があるのかについて、お考えを教えてください。

 FR第143号では、デジタル経済の発達によって変化する経済活動と税・社会保障とのミスマッチに対して税制がどう変わっていくべきか、というテーマを特集しました。本特集号では、AIの発達とパンデミックの発生など、新たな変化も踏まえた税制の対応をテーマにしていますが、第143号と本特集号は一連の内容であり、経済のファンダメンタルズが急速に変化していく中で税制がどう対応していくべきか、という共通の問題意識に基づいて企画・編集を行っています。デジタルやAIの発達がもたらした変化は様々なものがありますが、本特集号では、特に税制に関連する二つの問題に着目しました。
 一つ目は、正規雇用や非正規雇用だけでなく、「ギグ・ワーカー」などの多様な働き方や、瞬時に国境を越えるビジネスが可能になったことで、税務執行が難しくなり、「タックス・ギャップ」が生まれるという問題です。これは、技術革新のスピードに税制や税務執行が追いつかず、税収の確保が難しくなり税の公平性が損なわれるという問題ですが、逆にデジタル技術を活用した新しい税制を考えることができれば、より効率的で、納税者にとってもプラスになるような世界が開ける可能性もあると考えています。
 二つ目のより大きな問題としては、デジタルやAIが発達していくことで、これらを使いこなせる人とそうでない人との間で「デジタル・デバイド」が大きくなり、格差をもたらす可能性があるということです。税制の大きな役割は所得再分配ですから、税制をどのように変えれば、デジタル経済がもたらす所得・資産格差を是正していくことができるのか、ということを考えるのがもう一つの大きな課題です。
 本特集号では、この二つを柱として、各論文を執筆していただきました。

2.各論文の関連性と読みどころ
 本特集号の執筆者の先生方には、研究者と実務家、経済学者と法学者、と様々なバックグラウンドを持つ方がいらっしゃいますが、どのようなお考えで執筆者を選定されたのでしょうか。

 研究者と実務家が混在しているというのは、まさに私が一番重視したポイントです。税制について論じる際に、研究者の視点のみだと、やはりどうしても理想論・観念論になってしまったり、あるいは難しすぎる内容になってしまったりすることがあります。FRは税制の専門家ではない一般の読者の目にも触れるので、実務家の方々にもご参加いただき、なるべく現実的でわかりやすい議論をしていただくことが不可欠だと考えました。
 また、経済学者と法学者の両方の視点が必要であるというのも、常々意識していることです。税制について検討する際には、経済学的なアプローチと法学的なアプローチの両方が重要な役割を持っています。経済学者のアプローチというのは、例えば最適課税とは何であるのか、データをもとに数式やモデルを使って考えていくという方法になりますが、それがはたして法律として実現可能かどうか、という検証はあまりなされていません。そこで、法学者が一つ一つ丁寧に確認しながら、制度・法律として形にしていく必要があります。有名な「シャウプ勧告*1」も、財政学者シャウプ教授と法学者サリー教授らの合作です。そういった観点から、本特集号においても経済学者と法学者、両方の先生方に参加していただきたいと考え、各テーマに関係の深い、実績のある方々に執筆をお願いしました。
 論文の執筆は各々の先生方にお任せしていますが、論文を書くまでに何度も集まって議論を重ねています。研究者と実務家、経済学者と法学者、それぞれの視点をお互いに交えながら完成させたという点に、本特集号の一つの特色があると考えています。

 各論文の概要と読みどころについて、ご紹介をお願いいたします。

 一つ目の私自身の論文「ベーシックインカムと給付付き税額控除―デジタル・セーフティネットの提言―」では、パンデミックを経て世界的に議論が広がった「ベーシックインカム」と、それに代わる「給付付き税額控除」について論じています。パンデミックの発生後、ベーシックインカムは主義や思想を問わず様々な勢力から支持を集めましたが、政策として実現するためには、勤労に与える影響と財源という二つの問題を慎重に考えなければなりません。一方、問題意識はベーシックインカムと共有しつつ、勤労を条件として減税・給付を行うことで「貧困の罠*2」を脱し勤労インセンティブを高める制度として、欧米では給付付き税額控除が導入され、一定の成果を挙げています。デジタルやAIの発達は雇用の喪失や格差の拡大をもたらしますし、コロナ禍も同様に人々の働き方を大きく変え、国家によるセーフティネットのあり方が問い直される機会となりました。格差を是正する、あるいは雇用の流動性を高めるためには、強固なセーフティネットが不可欠です。本論文では、まず、ベーシックインカムが取り上げられるようになった経緯やセーフティネットの重要性を分析した上で、ベーシックインカムと給付付き税額控除を比較・検討し、最後に、わが国で所得情報と給付をつなげるデジタル技術を活用して、イギリスをモデルにした日本型の給付付き税額控除の導入につなげていく際の課題などについて考察しています。
 実は、昨今話題になっている「103万円の壁」や「106万円の壁」の問題は、給付付き税額控除をうまく仕組むことにより解決できるのです。わが国のこれからの政策への活用が期待されると思っています。
 二つ目の渡辺論文「生成AIと課税―ロボット課税からAI利用へ―」では、ロボットや生成AIそのものへの課税の是非、また、生成AIが課税庁と納税者のそれぞれに与える影響などについて検討しています。ロボット課税は、国際協調がなければ課税回避が可能となることに加え、ロボット課税を導入した国の技術促進を阻害する可能性があります。また、AIへの課税については、AIに課税上の人格を認め、人に代わってではなく、AIそのものを課税対象とすることについての是非を問う議論もなされています。さらに、AIは効率的な税務行政の実現という点において、様々なステークホルダーにとって有益なツールとなり得る一方で、プライバシー保護やデータ収集・管理に関する課題もあります。渡辺論文では、これらの論点を多角的に検討しています。
 三つ目の佐藤論文「生涯所得課税の提言」では、グローバル化・デジタル化の進展に伴い多様化する働き方に対応するための抜本的な改革として、現在の「年間所得課税」から「生涯所得課税」への転換を提言しています。「雇用的自営」(フリーランス)や、インターネットを通じて個別の仕事を請け負う「ギグ・ワーカー」など、収入が不安定な労働者が増加傾向にある中で生じたコロナ禍により、日本のセーフティネットの不備が露呈しました。こうした課題に対応するための所得課税の仕組みとして、佐藤論文が提言する生涯所得課税のポイントは四つあります。(1)生涯ベースの担税力に応じた所得再分配に資する。(2)所得の発生パターンが違っていても生涯所得が等しい納税者の間で「水平的公平性*3」が確保される。(3)災害等で収入減や損失が生じた場合に、過去に払った所得税の一部が「還付」されることで保険の役割を果たす。(4)キャピタルゲインなど、「発生」した所得の「実現」を先送りして課税を軽減させる誘因が生じない。デジタル技術を活用して、新しい経済・社会環境に対応した効率的な税制に作り替えていくという点において、この生涯所得課税の議論は大きな意味を持つと考えています。
 四つ目の土居論文と五つ目の馬場・小林論文では、いずれも「仕向地主義」について触れています。グローバル化・デジタル化が進む中では、企業の所在地で課税するより、仕向地、つまり企業がサービスを実際に提供するところで課税する方が効率的であり、現状に即していると言えます。
 土居論文「仕向地主義炭素税の理論的基礎」では、温室効果ガス排出量に比して課す炭素税に、付加価値税のような仕入税額控除と輸出免税、輸入時課税の仕組みを導入した「仕向地主義炭素税」を提言しています。まず、仕向地主義炭素税の概念を、流通過程を描写しながら説明し、次に経済理論モデルを用いた分析を行っています。従来の炭素税には、付加価値税との間で課税の累積を引き起こしたり、輸出の際に国際競争上不利になったりするといった問題がありますが、仕向地主義炭素税はこういった問題を克服することができ、経済厚生の面で望ましいということが、丁寧に考察されています。
 馬場・小林論文「抜本的な法人税改革―仕向地主義キャッシュフロー税と残余利潤の配分を中心とした新たな法人税制の可能性―」では、グローバル化・デジタル化に対応した望ましい法人税制のあり方について考察しています。2021年には、OECD/G20の「BEPS包摂的枠組み」において、経済のデジタル化に伴う課税上の課題に対する解決策として「第一の柱(PillarⅠ)」と「第二の柱(PillarⅡ)」が合意されました*4が、本論文は、現行の法人税制では、二つの柱を導入した後も課題が残ることを指摘しています。本論文では、さらなる抜本的な改革として、「仕向地主義キャッシュフロー税」や「残余利潤の配分」の導入について論考しており、これらは今後、国際的に議論される重要なテーマであると考えています。
 六つ目の岡論文「金融所得課税・富裕層課税の新たな展開」は、昨今注目が集まっている金融所得課税について、特に富裕層に対する所得課税の問題に焦点を当てて論じています。本論文の問題意識の根底には、金融資産が富裕層に集中しており、かつ、金融所得は制度的に軽課税や課税繰延の恩恵を受けているため、課税ベースからの脱漏や不公平を生んでいるという実態があります。アメリカ議会では、コロナ禍で拡大した格差に対して、税制全体での累進度の回復が議論されていますが、本論文では、こうした議論をフォローしつつ、比較法的な知見も交えながら、あるべき累進度の回復と、財源確保につなげるための選択肢として、富裕層課税の評価・検討を行っています。日本でも、こうした富裕層課税を本格的に検討すべき時が来ているのではないかと思います。
 デジタル技術の発達に伴う問題は、これからも続いていきますし、ますます大きくなっていくでしょう。現在は、税制がこうした問題に対処していく過渡期とも言えるタイミングですから、本特集号がその一つの切り口を提示することができれば、とても嬉しく思います。

3.日本と国際社会の課題
 AIを含むデジタル技術の進歩に対応した新しい税制に関する議論は、日本では欧米ほど注目を集めていない印象を受けますが、その背景について、どのようにお考えでしょうか。
 欧米を訪れて感じるのは、欧米でよく使われる「タックス・ギャップ」という概念が、まだ日本に浸透していないということです。「タックス・ギャップ」という言葉が、日本語に訳されていないことからも、そのことが窺い知れると思います。
 タックス・ギャップとは、本来納付されるべき税額と実際の納税額の差額のことで、アメリカの内国歳入庁やイギリスの歳入関税庁はこれを推計し、公表しています。一方、日本政府は約10年前の国会答弁で、個々の納税者によって適用される税法が異なることにより推計の正確性が担保できないことや、調査にかかるコスト、納税者の負担を理由に、タックス・ギャップの推計を行うことは考えていないと述べています*5。しかし、この答弁から約10年が経っており、経済・社会がより複雑化していく中で、私は日本でもこの議論を進めていく必要があると考えています。
 こういった推計を出すことによって、どういうところに現在の税務執行や税制の問題があるのかが明らかになると思いますし、同時に、問題解決のためにデジタル技術を活用することや、デジタル経済に対応した簡素な税制を整えることの重要性が、広く認識されるようになるのではないかと思います。

 デジタル経済への税制の対応は、日本だけでなく、世界共通の課題ではないかと思いますが、国際社会では、どういった議論がなされているのでしょうか。

 国際的な観点では、前述のように2021年に「BEPS包摂的枠組み」において「第一の柱(PillarⅠ)」と「第二の柱(PillarⅡ)」が合意されました。デジタル技術の発達により、企業は進出先の市場国にPE(Permanent Establishment:恒久的施設)を置かなくともサービスを提供できるようになりましたが、そうすると、市場国で企業活動が行われているにもかかわらず、その国は税収が確保できないということになります。では、その所得はどこに流れているのかと言うと、企業の本国に流れている場合はまだしも、実際は低税率国(タックス・ヘイブン)に流れていることが多々あります。そういった状況がここ20年ほど続いてきて、「これではいけない」ということで、前述の「BEPS包摂的枠組み」ができ、議論が続けられてきました。「第一の柱(PillarⅠ)」は、デジタル企業に対し、課税権の配分を見直すというものでしたが、最終的にはデジタル企業だけでなく、巨大グローバル企業を対象として、課税権を市場国に再配分する枠組みとなりました。これを実際に導入するには多国間条約の批准が必要で、アメリカが反対しているため、今後の帰趨はわかりませんが、デジタル技術やデジタル企業に着目した課税権の議論はこれからも続くので、今後も注目していくべきテーマであると言えるでしょう。

4.政策担当者や一般の読者に伝えたいこと
 FRは様々な読者に手に取っていただいていますが、特に政策担当者には、どのような示唆を得てほしいと期待されていますでしょうか。

 今後は、日本も欧米のようにタックス・ギャップを把握した上で、デジタル技術を活用しながら効率的な税制を整えていく必要があると考えています。そのために参考となる議論の一つが、FR143号の私の論文でも触れている「日本型記入済み申告制度」です。多くの欧州諸国ではすでに導入されている制度で、納税者が税務当局からあらかじめ電子送付された所得情報などを確認し、間違っていれば修正してスマホやPCで申告するという制度です。これを日本で実装すれば、納税に必要な情報をマイナポータルに集約し、その情報がe-Taxに自動入力されることで、瞬時に申告を完了することができるようになるだけでなく、企業にとっては年末調整の煩雑な事務負担の解消、従業員にとってはプライバシーを守ることができる、といったメリットもあります。
 さらに、デジタル経済の進展によって増加しているギグ・ワーカーやフリーランスへの対応という点でも、日本型記入済み申告制度をさらに推進する意義があります。彼らは確定申告をする必要がありますが、申告のハードルが高いために申告が漏れてしまい、タックス・ギャップにつながっていると考えられます。ギグ・ワーカーとの情報の結節点であるプラットフォーマーと税制当局との情報連携をどうするか、プラットフォーマーにどう義務を課していくのか、といった問題を克服していく必要はありますが、FRがこうした検討・議論を深めていただく契機になってほしいと考えています。

 一般の読者・国民に向けて、お伝えしたいメッセージはありますでしょうか。


 デジタルやAIの発達が経済・社会を変えることは間違いありません。そして、経済・社会が変わるのであれば、税制や税務執行も変わっていかなければなりません。しかし、現状は技術革新のスピードに税制が追いついていません。税金は国や自治体が公共サービスを提供する際の財源ですから、このままでは財源が確保できず、政策が実行できないということにもなりかねません。一般の読者・国民の方々にとっても、実はこのように身近な問題ですから、経済・社会の変化に対応した適正な税制や税務執行とは何か、ということを一人一人に考えていただきたいと思います。
 2024年7月に厚生労働省が公表した「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)*6」の基礎年金部分を見ると、マクロ経済スライドによる調整が終了する2057年には、基礎年金額を物価上昇率で割った実質基礎年金額が、現在の水準よりも約2割減となります。夫婦二人の場合、現在の基礎年金額は約13.4万円ですが、2057年の実質基礎年金額は約10.7万円になります。このことから、基礎年金のみを受給する自営業者や非正規雇用者の貧困化が懸念され、生活保護受給者の増加も予想されます。
 こうした厳しい将来が予想される中で、それを防止するための財源を誰がどのように負担するのか、税制をどのように改革するのか、という話は避けて通れません。負担に関する話は、目を逸らしたくなるものかもしれませんが、いずれはこうした問題が必ず顕在化してきますので、正面から負担に向き合って議論するのに早すぎるということはありません。

5.今後に向けて
 本特集号の成果を踏まえつつ、税・社会保障の分野に関して、今後研究を深めるべきテーマがあれば、教えていただけますでしょうか。

 本特集号の岡論文が金融所得課税・富裕層課税について取り上げていますが、「富に対するグローバル・タックス」については、今後も研究を深めていく必要があると思っています。
 金融所得課税の見直しは、「貯蓄から投資へ」の流れを阻害するという意見もありますが、両者は矛盾するものではありません。金融所得課税の見直しの背景には、所得税が最高税率45%までの累進構造になっているにもかかわらず、実際には所得金額1億円を境に富裕層になるほど所得税負担率が下がっている、というファクトがあります。これは、「1億円の壁」と呼ばれるもので、所得金額1億円を超える富裕層では、税率15%(地方税と合計で20%)の分離課税となる金融所得の割合が増えるために、所得税負担率が低下するというメカニズムです。日本は、アメリカ、イギリス、ドイツなどと比べて富裕層の金融所得に対する税負担が低いという特徴がありますが、マイナンバーが導入され、タックス・ヘイブンとの情報交換も進んでいる今こそ、「1億円の壁」への対応を本格的に検討する必要があると言えるでしょう。先程、金融所得課税の見直しが、「貯蓄から投資へ」の流れと矛盾しないと述べましたが、所得金額が1億円以上の納税者は、日本全体で僅かに2万人程度です*7。また、2024年からNISA(少額投資非課税制度)が拡充され、NISA口座の数も日々増加していることから、一般の投資家の「貯蓄から投資へ」の流れは十分に手当てされていると言えます。さらに言えば、取引の70%近くを占める外国人投資家には、わが国の税制は適用されませんので、彼らの投資行動を阻害するということもありません。
 日本では2023年に、金融所得を含む合計所得金額が年間約30億円を超える超富裕層を対象とした、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置(富裕層ミニマム税)」が導入されましたが、その対象は僅かに300人程度です*8。この対象を少しずつ適切な範囲の富裕層にまで拡大することで、「貯蓄から投資」への流れに大きな影響を与えることなく所得・資産格差の是正につなげることができます。
 2024年にG20財務相・中央銀行総裁会議が出した共同声明*9にも、超富裕層への累進課税が明記されており、デジタルやAIの発達により格差が確実に拡大していくことを踏まえると、富裕層に対する税のあり方については、これから一層突き詰めて考えていく必要があると思っています。

 今後の税・社会保障を考える上で、少子高齢化・人口減少への対応も避けて通れない問題だと思いますが、森信先生はこの問題にどのように対応すべきとお考えでしょうか。

 
 少子高齢化・人口減少に対応するための財源を、税で確保するのか、社会保険料で確保するのか、きちんと検討することが重要だと思っています。
 例えば、2024年6月に「子ども・子育て支援金制度」の創設を含む法改正が行われました。妊娠・出産・子育てのための給付拡充を目的とした支援金制度ですが、これは税ではなく社会保険料として、医療保険料とあわせて徴収されます。社会保険は生活上のリスクをカバーするための仕組みですが、子ども・子育てへの支援の負担を、子育ての終わった方にまで求めることは、リスクに対する保険の考え方としてどうなのか、より多くの人で支える税という選択肢も考えるべきではないか、国民の負担はどうあるべきか、といったことをきちんと国民に説明することが重要です。
 税で負担するべきことと、社会保険料で負担するべきことは異なりますし、税の中にも、消費税だけではなく、資産税や所得税など、様々な選択肢がありますから、それぞれの特性を比較しながら、国民からの理解が得られるような議論・発信を行い、納得感のある税・社会保障制度を構築していく必要があると思います。

フィナンシャル・レビュー掲載の全論文は、財務総研ホームページから閲覧・ダウンロードしていただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/index.htm

[聞き手]
財務総合政策研究所総務研究部主任研究官
大西 宏典(写真右)
民間シンクタンク勤務を経て、2021年に財務省へ入省しました。2022年から客員研究員、2023年から主任研究官として、財務総研の様々な研究や研修の運営に従事しています。
財務総合政策研究所総務研究部研究員
伊藤 菜々子(写真左)
2021年に第一生命保険株式会社へ入社し、支社勤務や新卒採用業務等を経験してきました。2024年から財務総研に出向し、最初に取り組んだ業務がFR第157号の刊行でした。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1) GHQの要請によって1949年に結成されたシャウプ使節団による、日本の税制に関する報告書。
*2) 失業手当などが手厚い欧州では、勤労により所得が増加すると、給付対象から外れてしまうため、受給者が勤労を控えようとしてしまうこと。
*3) 所得(担税力)が同等の者には、等しい税負担を求めること。
*4) https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/topics/policy-issues/beps/statement-on-a-two-pillar-solution-to-address-the-tax-challenges-arising-from-the-digitalisation-of-the-economy-october-2021.pdf
*5) 参議院議員大久保勉君提出日本のタックス・ギャップの推計に関する質問に対する答弁書(2015年2月27日、https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/189/touh/t189032.htm)
*6) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.html
*7) 「国税庁統計年報書」(各年度版)を参照。
*8) 「国税庁統計年報書」(各年度版)を参照。
*9) https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g20/20240727.pdf