講師 岩間 陽子 氏(政策研究大学院大学 教授)
米国大統領選挙後の国際関係
令和6年10月16日(水)開催
はじめに:国際関係論の問い=「戦争」と「平和」
ご紹介にあずかりました岩間でございます。
私は国際関係論を長年研究しておりますが、国際関係論の学問としての歴史は比較的浅く、本格的にこういう形で議論するようになったのは、20世紀に2つの大戦があったことがきっかけです。
そこから国際関係をシステムとして見るということが始まりました。そもそもこの大戦争の体験から出発しているので、「大戦争をどうやって防ぐか」が国際関係論の最大の「問い」になります。
秩序があることは平和の大前提であり、ルールや共通の価値が全くない秩序というのはありえないのです。
私たちは「ウェストファリア体制」と呼んでおりますが、いわゆる国家間体系というのは、17、18世紀ぐらいから徐々にまずヨーロッパで出現したものです。それが17世紀以降、植民地を通じて世界に拡大します。ヨーロッパの世界への大膨張時代を経た後、20世紀後半に入って、非ヨーロッパ世界の植民地が次々に独立していくことで、ヨーロッパのシステムが世界に広がった、と私は説明しています。
国際システムは、大きな力のある国が1つか、2つか、5つぐらいかで分類され、それぞれが単極、双極、多極の秩序だと呼ばれます。
大きな国の間にルールや原則に関する一致がある間は比較的平和が保たれているのですけれども、国際関係として最も心配するのは、一つのシステムが丸ごと壊れるような戦争が起こることです。
これが起こるのはどういう時かというと、一番多いのは強力なシステムへの挑戦者が出現する時です。それまでのルールや価値を共有しない挑戦者が出てきて、それがダイレクトに既存の秩序にチャレンジしてくると、世界戦争、システム破壊戦争といった、大きな戦争となり、講和というプロセスを経て、システムを再形成しなければならなくなります。近代史においては、こういう大きなプロセスが100年に1回ぐらいは起こることが多かったと見ています。
一番最近の世界大戦とは、それまでイギリスが一番強かった世界において、ドイツという挑戦者が現れて、二つの世界大戦というシステム破壊戦争が起こったことです。その後の冷戦は、いわゆる双極体制と言われていますけれども、ここでソ連が一矢報いずに滅んでしまったというのは、歴史的に見てもとても珍しいことです。ここで戦争が起こらなかったことについては、一般的には核兵器の存在が大きかっただろうと言われていますけれども、同時にゴルバチョフ氏の個性であるとか、政治のやり方なども関係していたと思います。
ただ、必ずしもそこで何もなかったことが良かったのかというと、2022年にプーチン氏が起こした戦争は、1989年、1990年から今まで起こったことに対するソ連の異議申し立てのようなところがあります。問題を先送りした部分が返ってきた、という面もあるのかなと思います。
アメリカの覇権・世界の構造
1.アメリカの覇権
20世紀半ばから現在までは、アメリカの覇権の時代であると言って良いと思います。ここに挑戦者がどうも最近見えてきている。その一つはやはり中国ですし、その後インドであるとか、アフリカであるとか、それ以外の国が出てくるかもしれない。
覇権の移動の傾向が顕著に現れているのは、まず人口です。人口の中心が移っています。人口の中心が移るというのは、経済成長の中心もやはり移りつつあるのかもしれません。
20世紀後半以降の日本は、アメリカの秩序の中で生きてきました。日本、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアなどは、アメリカの秩序の中にいて、そこで成長していったのです。
2.国際関係における「パワー」(力)
覇権といっても、いろいろな覇権があります。いずれにせよパワーに支えられているのですが、パワーにも色々あり、ソフトパワーとハードパワーという考え方があります。
これから私はそれをトランプ氏とハリス氏の説明に使おうと思っていますが、ソ連とアメリカについてもこれである程度は説明できます。
どちらもある種の帝国だったと思うのです。アメリカ自身も覇権国家であることはソ連と変わりないのですけれども、その同盟国を自分の陣営にひきつけておくために、どういうパワーの使い方をするのか、という点で違いがありました。
アメリカの方が対話や利益誘導、あるいはアメリカ自身の魅力、価値観で同盟国をひきつけておく面が大きかったのに対して、ソ連は衛星国をむき出しの力で押さえつけていく面が強かった。多分長持ちするのはソフトパワーの方だろうというのが、よりリベラルな考え方です。
むき出しのパワーで長持ちさせようと思うと、それだけコストも高いですから、そのあたりはソ連の帝国末期に出ているのかなと思います。
一方で、アメリカが非常にグラグラしていても、同盟国が離反するどころか、一生懸命アメリカを支えているというのも、その性格を示しているのかなと思います。
今後、アメリカの覇権が続くことが、当面は日本やヨーロッパのパートナー諸国の目的なのですが、価値中立的に見ていけば、交代というのはあるかもしれない。歴史的にはもう何度もそれが起こってきたわけで、アメリカの覇権が永遠に続くだろうと仮定する必要はなく、中国やインドなど違う国に交代していくことがあるかもしれない。
20世紀の初頭は、覇権がイギリスからアメリカに引き継がれた時代で、イギリスの力が完全に落ちているのだけれども、アメリカの方も準備ができていなくて、国際経済にしろ、安全保障にしろ、マネジメントする意思がなかったという時代が1930年代だと思うのです。
このように主役交代がうまくいかないと、非常に大きな混乱が起こる。同様の危険がやはり今あると思います。我々がまず注意しなければいけないのが、覇権国の力が落ちてきていることです。皆さんもいろいろな面でお感じになっていると思います。例えば、中東で起こっていることもそこに少し絡んでいると思います。
一番怖いのは「主役交代に関わる大戦争」です。そうなるとルールやシステムが変わるということもあり得ます。例えば中国が覇権国になったとしたら、彼らはかなり違うルールを適用しようと思うでしょう。
3.ハリス氏VSトランプ氏
ハリス氏とトランプ氏の2人については、それぞれパワーの使い方というのは違いますけれども、最終的にアメリカの力とか国益を追求するということについては同じであろうと思います。
ただし、その際に「アメリカ・ファースト」と言い過ぎて、同盟国の利益を全く考えないという面が出てくると、巡り巡ってアメリカ自体の国力の低下につながるような気がします。もしトランプ政権が実現したとして、そのあたりのことをどういうふうに周囲が、あるいは同盟国が彼を説得していくか、ということがポイントになっていて、何が中期的にアメリカの利益なのかについての筋書きをどう作っていくのかが、大事なのかなと思います。
どちらにしても、アメリカの産業の復活ということは、考えるでしょう。ですから案外、経済安全保障などでは、ハリス氏とトランプ氏の間で、それほど大きな差は実際には出ないのかもしれない。対中国に関しては、完全にディカプリングする余裕もないけれども、今までどおりで中国がやりたい放題でも困る、その間でなんとか道を見つけていくというところは、それほど変わらないと思います。
軍事力について、特に核兵器に関しては、民主党はどちらかというと軍縮を望む人が党内に強い伝統がありますから、これは若干違いが出てくるかなと思います。
これから中国が戦略核の数を1,000、1,500と伸ばしていった場合、アメリカは今までロシアだけを見て自分の力を考えていれば良かったのですが、それぞれと一対一でバランスすればいいのか、米中を足した合計とバランスしなければならないのか、多分議論が出てくるでしょう。どの程度軍事力にお金を使うのかは、相当な違いが出てくる可能性があると思います。
アメリカは、短距離、中距離の核を冷戦終結後にはほとんど作ってこなかったのですけれども、実際に極東などで核の使用があるかもしれない、あるいはロシアが核の使用をちらつかせ脅しているという状況で、今のままでいいのか、という議論も多分出てきます。そこでもやはり、共和党の方が積極的にいろいろな核兵器を持っていこうとする政策を進めるのかなと思っています。
同盟関係
1.NATOとロシア
NATO加盟国を示すヨーロッパの地図を見ていただくとお分かりのように、ウクライナがNATOに入ってしまうと、ロシアには自分の喉元にNATOがやってきている、という感覚になるのだろうと思います。
他方で、ロシアの飛び地(カリーニンググラード)にもミサイルが置かれていると言われていて、バルト三国の辺りをロシア軍が狙おうと思ったならば、逆にNATOの防衛は相当厳しいのが現実としてあります。
ドイツ軍はリトアニアに数千人単位で展開し始めていますし、アメリカも気を配ってはいますけれども、もしロシア軍が総力を挙げて、こちらに勢力を向けたならば、かなり防衛は難しいし、ポーランドに関しても同様であります。
地形は大事で、日本が海に囲まれているというのは本当に恵まれています。もちろんミサイルが飛んできたら難しい面はありますが、それでもやはり距離があると、ミサイルが飛んでいる時間が長いので落とす時間もあるのです。
ウクライナの首都キーウはロシア領から少し離れているので、飛んでくる間に見つけて落とすことができます。やはり距離というのは大事だし、間に海があれば防衛のためにはすごく助かることなのですけれども、バルト三国やポーランドの辺りは全くそういうものがない。山もほとんどないという地形で、戦車部隊が入ってくるとなかなか止めることは難しいのです。
歴史上、ポーランドという国はドイツとロシアの間に挟まれて、何度も国境があっちに行き、こっちに行き、ということになりました。バルト三国も国ができたり失われたりした歴史を持っていますので、そうしたことに対する恐怖心はすごく強い。トランプ政権が実現してNATOへの関心が薄れた時、自分たちはどうすればいいのだろうか、という気持ちはとても強いのです。ですからポーランドはGDP3%を超える防衛費を使って、軍隊も30万人まで増やそうとしています。そうすると多分、欧州で一番大きな陸軍国はポーランドということになるかもしれないというような、それくらいの危機感を持っていると思います。
東アジアを軽視することは、いかにトランプ政権でも難しいのではないかと思いますけれども、ただ、「自分でできることはやってください」という要求は、おそらくはどちらの政権でも強くなると思います。
2.「グローバル・ウェスト」の可能性?
その分、日本がかなり頑張らないといけない面は強くて、かつ、私などが最近言っているのは、「グローバル・ウェスト」という連携です。NATOとインド太平洋のパートナー国が連携できるようにして、兵器生産や兵器の蓄積、あるいは情報のシェアや、サイバーでの協力など、そういうことをしっかりやっていかないと、立ち行かなくなると思っております。
アメリカが強い時代は、アメリカが頑張れば何とかなっていたのですけれども、アメリカは今、ウクライナに加えて、中東を抱えている状況です。極東の平和を守るためには、日本、韓国、フィリピン、オーストラリアあたりが、できることを必死でやらないとどうにもならないという感じがしております。
ウクライナ問題
ウクライナに関しては、最近ゼレンスキー大統領が「勝利プラン」という言葉を口にし始めていますが、アメリカはどうやって戦争を終わらせるのかというシナリオを多分持っていないのです。
ロシアに完全勝利されると、事実上、バルト三国とポーランドとの国境までロシアが出てくるわけで、それはそれで困る。だからといって、ウクライナにやりたいようにやらせて、戦争がエスカレートしてロシアが押し戻されると、ロシアが核兵器を使うのではないかという恐怖心をアメリカは持っている。そのために「生かさず殺さず」という状況が続いているわけです。
ゼレンスキー政権は相当疲弊しているな、という印象はありますし、ヨーロッパに行って聞いていても、彼の評判は必ずしも良くありません。
トランプ氏の場合、「24時間で戦争を終える」という言い方をしています。もしもアメリカがウクライナの軍事支援を全部やめるとすると、ウクライナの戦争継続は相当困難だろうと思います。
ただ、その際にロシアの地域覇権を容認するのかどうか。そうするとNATOの防衛というのは非常にコストが高くなりますが、「そこはもう知らない」とトランプ氏が言えるのか。このあたりはちょっと読めません。
今、ドイツが目覚めていません。ドイツがヨーロッパで一番大きな経済なのですけれども、そこがマイナス成長になっているというような状況です。加えて、FDP(自由民主党)党首のリントナーという人が財務相で、彼が非常に財政均衡に厳しいため、政権運営がとても大変なのです。
戦争をやっているし、コロナ明けですし、ここは例外として何年かは赤字を容認してもらいたい、と他の党は思っています。多分国民もそう思っているのでしょうが、とにかく財政均衡だということで、身動きが取れない感じです。
連立を組み替えて、FDPではなくCDU(キリスト教民主同盟)と一緒にやったらどうか、という話も出ているくらいですけれども、そういうことはドイツの政治では過去に数回しかなく、総理大臣というのは1回やったら4年間はやるものだ、という価値観が強いのです。さらに、来年の9月が連邦議会選挙で、気持ちの上では事実上選挙戦入りしています。CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)も野党第一党になっているので、ここで政権入りして人気を落とす理由はない、という気持ちだし、与党のSPD(社会民主党)としてもここで大連立をやったら、非常に戦いにくいな、という気持ちはあるのだと思います。
NATOをどうするか、EUをどうするかという時に、今まではドイツとフランスがそれなりの存在感を持って方向を示してきたのですが、そういう状況ではなくなってきていて、ポーランドが必死になって頑張っているという印象です。
アメリカが民主党路線でズルズルと戦争を続けた場合でも、いずれはどこかで停戦状況に持ち込むしかないということが分かっているので、ゼレンスキー大統領も「勝利プラン」と言い始めているのだと思います。ただ、停戦交渉に持ち込む前にある程度押して交渉材料を持っておかないと、そもそも交渉にならないという気持ちもあって、今いろいろな動きをしているのだと思うのです。
どこかの時点でウクライナとロシアが停戦したとしても、ロシアの侵略に対して正当性を与えることはできません。停戦はするけれど、講和条約は締結しないという状況、すなわち朝鮮半島であるとか、冷戦期の東西ドイツであるとか、そういうような状況が生じて、長期的課題になっていくのではないかと思います。ただ、停戦に持ち込むためにも、朝鮮半島で韓国が1953年に停戦する時に米韓安全保障協定を締結させているように、ウクライナ側が安全保障をアメリカからどうやって得るかが問題です。一番良いのはNATOに入れてもらうことだと彼らは思っていますけれども、そこをどうするかという課題があります。では何年も戦争を続けるぐらいの余力があるのか、というと、だんだんそこは厳しそうな感じがしております。
ウクライナがクルスクに入ったのも、戦局を動かしたいのと同時に、ロシアの南北を分断する、それから停戦交渉時の材料を持っておく、といういろいろな動機があったのかなと思います。
中東問題
中東については、私の専門ではないのでごく簡単に触れておきます。
よくご存知のことかと思いますけど、国連が提案した「二国家解決案」というものがあるわけです。パレスチナとイスラエルがどうやってあの地域で共存するかということです。
2022年に一度、イスラエルに行く機会がありました。ヨルダン西岸地区には、ユダヤ人の住居地が点々と出来ていて、そこをアリの巣のように壁で囲んだ道路で繋ぐという、すごく不思議な光景を目にしました。私は最後の西ベルリンを半年ほど体験したので、壁は見たことはあったのですけれど、イスラエルとアラブの間の壁はちょっとレベルが違うと思いました。
そうやって自分たちを壁の中で守りながら、少しずつ西岸地区へも支配を広げていこうということを、既に以前からネタニヤフ政権は行っていましたが、今回の戦闘が始まったことで、後戻りができなくなりました。今ネタニヤフ政権で「二国家解決案」に回帰する道筋は全く見えません。
また、連立で極右派が入っていますが、彼らはユダヤがあの土地にいることに宗教的な正当性があると確信しています。一方で彼らが連立から離脱すると政権が崩壊するという状況にあるので、非常に難しい状況です。
特にアメリカとヨーロッパの諸国は、イスラエルに対する歴史的なコミットメントを持っており対処が難しいうえ、UNIFIL(国連レバノン暫定軍)の問題も出てきていて、次第に手を焼いている感じが強くなってきています。
トランプ氏の場合は、イスラエルに関して多分強力なテコ入れをしてやれ、と言うのだろうと思います。そうすると、ある程度のエスカレーションが一定期間起こって、イスラエル軍に実力があれば、実効支配地域を相当広げるのかなと思います。中期的にそれは周辺国のテロリストたちにとって、ある種のカンフル剤になってしまうかもしれず、安定というのはなかなか難しいです。
もう一つ心配するのは、アメリカが完全にイスラエルに寄り添ってしまった場合のグローバル・サウスへの影響です。グローバル・サウスは、ガザへの攻撃の段階で相当反イスラエルになっているのが現状です。皆さんも出張に行かれると、いろいろなところで親アラブの学生デモに遭遇するかと思いますけれども、ああいう感じがさらに強くなってくる恐れがあるという気がします。
アジア
1.伝統的なハブ・アンド・スポークス型からネットワーク型へ
アジアに関してはそんなに議論はないかなと思っておりましたが、アジア版NATO構想などが議論を起こしておりまして、「そもそも NATOとは?」という説明を改めて一般向けの講演ではしなければならなくなっています。集団安全保障と集団防衛と集団的自衛権というのも、それぞれ違う概念だ、という説明も必要になっている状況です。
日米地位協定とアジア版NATOを実際にどうするのかは分かりませんが、トランプ氏はどちらも問題外でしょう。「何を言っとる、我々の兵隊は私たちを守るのだ。」と言われて終わりかな、と思いますし、多分アジア版NATOには何の興味もないと思います。
民主党政権であれば、おおむねバイデン政権の踏襲であり、「ハブ・アンド・スポークス型」から「ネットワーク型同盟関係」への転換が起こってきたのが過去4年間だと思います。
その中でも一番大きかったのは日韓関係が改善したことで、東アジアのネットワーク化がずいぶん容易になったと思います。
今までそれぞれがアメリカと1対1で結びついていたのが、縦というか横というか、この結びつきが2か国、3か国、いくつかのグループができていて、それがネットワーク化だと私たちは呼んでおります。
2.インド太平洋同盟のネットワーク化(1):QUAD
一番派手ですけれど、それほど実態がないのがQUAD(Quadrilateral Security Dialogue)です。
インドはロシア産の石油を買ったりして、一筋縄ではいかない感じはありますが、人口が一番伸びている国でもありますし、非常に可能性を秘めている国ですので、日本としては大事にしなければいけないパートナーであることは確かです。ただ、モディ首相の力も最近不確かになってきている感じもありますし、ここのところ少しフェーズが変わってきているかなという気はします。
したがって、このQUADに関しては、すごく頼りになるというものでもないという感じですが、インド洋のことを考えると、インドなしでは語れないので、続いていくだろうと思います。
3.インド太平洋同盟のネットワーク化(2):AUKUS
AUKUS(Australia-UK-US)には、日本は入っていないのですが、イギリスがこれに入ってくれたことで、イギリスのアジアに対するコミットメントがさらに制度化された面があり、反射的利益を得ています。AUKUS Pillar 2を通じて日本や韓国が協力の枠組みに入っていく可能性は残されているかなということです。豪・米・英の三国関係に日韓が協力するのはとても意味あることだと思います。
オーストラリアが本当に原子力潜水艦を持つようになるのかは、多くの専門家が疑問に思っているところですが、そうなってくれれば、インド太平洋全体の西側の防衛力アップに寄与することは間違いないと思います。ただし、時間がかかりそうな話ではあります。
4.インド太平洋同盟のネットワーク化(3):日米韓「三国協商」
韓国の場合、北朝鮮がどうしても第1の懸念です。北朝鮮はウクライナにおける戦争にロシア側でコミットしていますし、核兵器も相変わらず増やし続けていて、最近は外交的にも非常に韓国に対してアグレッシブになっています。韓国側が心配になるのはごもっともという感じです。「朝鮮半島も大事だけれども、台湾も大事だよ。」ということを、日本は韓国と一生懸命対話していく必要があります。
アジア版NATOや地位協定の議論があるなかで、日本も核共有をやると言い出したら当然、韓国は「真っ先にやります。」と言うと思います。それを現実的に考えた時に、それこそミサイルが10分、15分で飛んでくる場所にどういうものを配備しておくのがリアリスティックなのかを考えないといけないと思います。
1950年の朝鮮半島を思い起こしていただいても、あっという間に釜山近くまで北の軍隊が降りてきているわけですから、相当大きな動きがあるかもしれない。その前提の上で、抑止というものをどうやって効かしていくか、かつ今回は相手が核兵器を持っている状況ですので、かなり難しい。アメリカがどうなるかという不確かさがあるのに加えて、やはり韓国も相当揺れるし、ここで日本まで揺れると、収拾がつかなくなります。どうやって戦略的安定性を実現していくのかについては、日本は、「ハードウェアをこの地域に今、常に配備しておくことは必ずしも得策ではない、他にもたくさん方法があるはずだ」という立場で韓国をなだめ、三国の中で役割を果たしていくのが良いのではないかと思っております。
5.インド太平洋同盟のネットワーク化(4):日米比サミット
政策研究大学院大学には海上保安庁のコースがあります。毎年10名程度で、そのうち7、8名がアジア諸国の海上保安庁の学生です。この数年、フィリピンから来る学生の質が飛躍的に向上しており、本気になったな、という感じがしております。今のフィリピンの沿岸警備隊のトップも政策研究大学院大学で博士号を取った人です。今本当に日本を向いてくれているな、という感じがしているので、日本とフィリピンが良い状況にあるうちにしっかり能力を付けていただいて、協力を制度化していく、多少リーダーが変わっても、構造が変わらないような機構を作っておくことが大事だと思います。
台湾の東100kmが日本であり、南100kmがフィリピンであるという位置関係です。ここ最近、中国が演習をして広く台湾周辺に展開しております。今のフィリピン政権は少なくとも脅威感を共有していると思いますので、能力構築に日本もしっかり協力しないといけないと思っています。
また、米軍が日本で展開しきれない時にフィリピン側に展開することもあると思います。米軍の地上配備ミサイルが日本に入ることは、政治的にはあまり望ましくありません。特に沖縄はセンシティブな地域ですから、それよりは自衛隊が自前で運用する方がいいということは、数年来私が言ってきたことです。今その方向に進んでいることは良いことだと思っています。
6.日・NATO協力関係の深化
日本とNATOの協力関係についても、着々と積み重なってきています。EUもNATOもその中心レベルでは、気持ちはしっかりしていて、「日本は一番大事なアジアのパートナーだ」ということで、やってくれています。ところが、各国レベルになると、様々な温度感があって、日本としてはその辺をよく見分けながら、マルチの関係とバイの関係を上手に使い分けて、付き合っていかないといけないと思います。
経済政策(経済安全保障)
経済安全保障に関しては、「ディカプリングではなくて、ディリスキングだ。」とはいうのは、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が作った表現ですが、ただそうは言ってはみたものの、非常に難しい局面に来ていると思います。電気自動車については、中国は売りたい気持ち満々です。本当に安い電気自動車で攻勢をかけて売られたら、市場が相当塗り替わるな、という気持ちもあるので、ヨーロッパとアメリカそれぞれに今反応しているのだと思いますし、日本もどういう政策を取っていくか悩ましいところだと思っています。
特に難しいのは「グローバル・サウス市場における競争力を維持しながら、ディリスキングするとはどういうことなのか?」ということです。
グローバル・サウスが抜け穴になるわけです。そこを通ってロシアや中国に行くモノはいくらでもありますし、民間の技術で戦争に使われているものは、ドローンを始めとしてたくさんあります。一方で、そこの穴を防ぎたいという気持ちがあるのです。
例えばファーウェイの通信機器を日本であまり使わないようにしても、政策研究大学院大学などではアフリカ等からたくさん学生が来ますが、みんなファーウェイの通信機器を持っているわけです。それを使用しないとネットワークが成立しないという状況になってしまいます。本当にこれから舵取りが難しいなと思いますし、アメリカの言うことだけに従っていても、日本企業が本当に生き延びるシナリオになるのか、そこは判断が求められるところだと思います。
エネルギー政策に関しても同様です。原発に関しては、とりあえずは延命ということでそれほど異論が出なくなっている感じですが、次世代の原発にどの程度投資するのか。石破首相は原発よりは再エネという方向で思っておられるように発言されています。本当にそれでいいのか考えていかないといけないと思っております。
トランプ氏は大統領だった時に「地球温暖化なんて大嘘だ」とおっしゃっていましたが、世論がそれでついてくるのか、という点については興味深いところです。このあたりも民主党と共和党とでは相当違ってくるのでしょう。
Migration(人の移動)「移民・難民」
続いて人の移動です。これは先進国共通の悩みで、まだ日本も入り口に立ったところです。
アメリカにおける移民数とその全人口に占める割合を見ていただくと、1900年前後で3割近くまで上昇し、それが一旦低下して、最近またほぼ同レベルに上がってきています。
1900年前後の移民の流入は、19世紀中ごろに急速に鉄道網と大西洋航路が発達したこと、アイルランドのジャガイモ飢饉、ロシアの革命など複合的な要因によって、カトリックの国の人とユダヤ人が19世紀後半に大量にアメリカに入ります。加えて、アジアから中国人と日本人が入って、今までのアメリカ人でない人たちが、ものすごく大量に入ります。それに対する反発が1920年代の移民法という形につながるのです。日本では、移民法で日本人が締め出されたという意識が強いですけども、絶対数ではヨーロッパ人の方がはるかに多く締め出されています。ユダヤ人とカトリックが違和感の大きな原因で、スピルバーグ監督の自伝的映画を観ると、いかにユダヤ人が差別されたか、というのが出てきます。この移民問題がすごく今効いてきており、特にフランスとドイツにおいて内政に影響が出ています。
ヨーロッパへの影響
来年のドイツ連邦議会選挙、再来年のフランス大統領選挙でどういう結果が出るかによって相当違うかな、と思っております。
また、ドイツが弱くなると、EUとNATOに響きます。特にEUは今、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長がドイツ人で、母国のバックアップがない状況になるとできることが限られてきますので、その影響がかなりあると思います。
加えてドイツの場合、中東問題が相当効いています。ヨーロッパに入ってくる移民のかなりの割合がイスラムなのです。彼らは完全に反イスラエル、反ユダヤで、それに便乗して、従来からあった反ユダヤ感情が表面に出てくるという面もあって、ユダヤ人留学生などが安全に過ごせないという状況が一部で生まれております。
ドイツ人にとっては、戦後、ヴァイツゼッカー演説等を通じて「自分たちは過去の克服をやったのだ。」という気持ちでいたのに、ここに来て反ユダヤ主義が出てきて、「これまでやってきたことは何だったのか」と、ものすごくショックを受けて落ち込んでいます。途方に暮れているという印象を受けます。
ドイツはユダヤの問題を背負っていることに加えて、東西ドイツが統一して、もう30年以上経つのですけれども、今になって、新たに亀裂が見えてきている面があります。
ドイツは多少西の方が大きいですが、気持ちの上ではほぼ半々で、東側が全く違う選挙行動を取ると、西側のドイツ人としては「俺たちはこの30年間何をしてきたのか」という気持ちになっているのです。
他方で東側のドイツ人としては、1990年で西側の占領国になったような気持ちがあります。東西統一後、行政や教育など、すべて西側のものがそのまま入ってきて、自分たちの過去を完全に否定された、という心理的な負担感が今になって出てきているのです。
東側には従来からソ連軍がずっといて、それが嫌だった面もあると思うのですけれども、懐かしい面もあるみたいなのです。ですから、信頼する国というのは世論調査を取っても東西で全然違う結果となります。今一番政策の違いで出ているのは、ロシアのガスを買わなくなったことを「仕方ないと思えるか」、それとも「なんでそんなバカなことをしているのかと思うか」であり、これは東西ではっきりと分かれるのです。
そういう意味で今、ドイツはある種のパラリシス(機能麻痺)に陥っている気がします。
日本のとるべき道
日本は厳しい財政状況にもかかわらず、お金がかからなくなる予想はない、防衛費がかからなくなる予想はない、ということで、これは本当に死活問題です。ではどこを節約するのか、誰から税金を取るのか、という議論を政治がしっかりしないといけないと思います。
また、人口が全体として減少するのは避けられないので、一定程度外国人が入ってくることも避けられないですが、必要なだけ全部外国人が入ってくるということにも多分ならないだろうと思います。社会もそうですし、自衛隊もそうですし、これまでとは違った、人手がかからないような制度やシステムを構築していかないといけないと思います。
エネルギー政策についても、もう一度議論しななければなりません。例えば原発は何割ぐらいとするのか、再エネについても、日本の気候環境、自然環境に適した再生可能エネルギーとは何か、どの技術に最も投資する必要があるのか、ということについて、専門家パネルなどをつくって議論しないといけない時期に来ていると思っております。
ご清聴ありがとうございました。
講師略歴
岩間 陽子(いわま ようこ)
政策研究大学院大学 教授
京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了。京都大学博士。京都大学助手、ベルリン自由大学留学中に、ベルリンの壁崩壊とドイツ統一を目撃する。在ドイツ日本大使館専門調査員などを経て、2000年から政策研究大学院大学助教授。同大学准教授を経て、2009年より教授。
専門はドイツを中心としたヨーロッパの政治外交史、安全保障、国際政治学。著書に『核の一九六八年体制と西ドイツ』(有斐閣、2021)、『核共有の現実:NATOの経験と日本』(信山社、2023年)、『ドイツ再軍備』(中央公論社、1993)、『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』(明石書店、2022年)、『EUの世界戦略と「リベラル国際秩序」のゆくえ―ブレグジット、ウクライナ戦争の衝撃』(明石書店、2022年)、『冷戦後のNATO:“ハイブリッド同盟”への挑戦』(ミネルヴァ書房、2012)、Joining the Non-Proliferation Treaty:Deterrence, Non-Proliferation and the American Alliance,(John Baylisと共編著、Routledge:2018)などがある。
安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会、法制審議会、内閣府国際政治経済懇談会など、多くの政府委員会等のメンバーも務める他、(財)平和・安全保障研究所理事、日経Think!エキスパート、毎日新聞書評欄「今週の本棚」、毎日新聞政治プレミア執筆者も務める。
米国大統領選挙後の国際関係
令和6年10月16日(水)開催
はじめに:国際関係論の問い=「戦争」と「平和」
ご紹介にあずかりました岩間でございます。
私は国際関係論を長年研究しておりますが、国際関係論の学問としての歴史は比較的浅く、本格的にこういう形で議論するようになったのは、20世紀に2つの大戦があったことがきっかけです。
そこから国際関係をシステムとして見るということが始まりました。そもそもこの大戦争の体験から出発しているので、「大戦争をどうやって防ぐか」が国際関係論の最大の「問い」になります。
秩序があることは平和の大前提であり、ルールや共通の価値が全くない秩序というのはありえないのです。
私たちは「ウェストファリア体制」と呼んでおりますが、いわゆる国家間体系というのは、17、18世紀ぐらいから徐々にまずヨーロッパで出現したものです。それが17世紀以降、植民地を通じて世界に拡大します。ヨーロッパの世界への大膨張時代を経た後、20世紀後半に入って、非ヨーロッパ世界の植民地が次々に独立していくことで、ヨーロッパのシステムが世界に広がった、と私は説明しています。
国際システムは、大きな力のある国が1つか、2つか、5つぐらいかで分類され、それぞれが単極、双極、多極の秩序だと呼ばれます。
大きな国の間にルールや原則に関する一致がある間は比較的平和が保たれているのですけれども、国際関係として最も心配するのは、一つのシステムが丸ごと壊れるような戦争が起こることです。
これが起こるのはどういう時かというと、一番多いのは強力なシステムへの挑戦者が出現する時です。それまでのルールや価値を共有しない挑戦者が出てきて、それがダイレクトに既存の秩序にチャレンジしてくると、世界戦争、システム破壊戦争といった、大きな戦争となり、講和というプロセスを経て、システムを再形成しなければならなくなります。近代史においては、こういう大きなプロセスが100年に1回ぐらいは起こることが多かったと見ています。
一番最近の世界大戦とは、それまでイギリスが一番強かった世界において、ドイツという挑戦者が現れて、二つの世界大戦というシステム破壊戦争が起こったことです。その後の冷戦は、いわゆる双極体制と言われていますけれども、ここでソ連が一矢報いずに滅んでしまったというのは、歴史的に見てもとても珍しいことです。ここで戦争が起こらなかったことについては、一般的には核兵器の存在が大きかっただろうと言われていますけれども、同時にゴルバチョフ氏の個性であるとか、政治のやり方なども関係していたと思います。
ただ、必ずしもそこで何もなかったことが良かったのかというと、2022年にプーチン氏が起こした戦争は、1989年、1990年から今まで起こったことに対するソ連の異議申し立てのようなところがあります。問題を先送りした部分が返ってきた、という面もあるのかなと思います。
アメリカの覇権・世界の構造
1.アメリカの覇権
20世紀半ばから現在までは、アメリカの覇権の時代であると言って良いと思います。ここに挑戦者がどうも最近見えてきている。その一つはやはり中国ですし、その後インドであるとか、アフリカであるとか、それ以外の国が出てくるかもしれない。
覇権の移動の傾向が顕著に現れているのは、まず人口です。人口の中心が移っています。人口の中心が移るというのは、経済成長の中心もやはり移りつつあるのかもしれません。
20世紀後半以降の日本は、アメリカの秩序の中で生きてきました。日本、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリアなどは、アメリカの秩序の中にいて、そこで成長していったのです。
2.国際関係における「パワー」(力)
覇権といっても、いろいろな覇権があります。いずれにせよパワーに支えられているのですが、パワーにも色々あり、ソフトパワーとハードパワーという考え方があります。
これから私はそれをトランプ氏とハリス氏の説明に使おうと思っていますが、ソ連とアメリカについてもこれである程度は説明できます。
どちらもある種の帝国だったと思うのです。アメリカ自身も覇権国家であることはソ連と変わりないのですけれども、その同盟国を自分の陣営にひきつけておくために、どういうパワーの使い方をするのか、という点で違いがありました。
アメリカの方が対話や利益誘導、あるいはアメリカ自身の魅力、価値観で同盟国をひきつけておく面が大きかったのに対して、ソ連は衛星国をむき出しの力で押さえつけていく面が強かった。多分長持ちするのはソフトパワーの方だろうというのが、よりリベラルな考え方です。
むき出しのパワーで長持ちさせようと思うと、それだけコストも高いですから、そのあたりはソ連の帝国末期に出ているのかなと思います。
一方で、アメリカが非常にグラグラしていても、同盟国が離反するどころか、一生懸命アメリカを支えているというのも、その性格を示しているのかなと思います。
今後、アメリカの覇権が続くことが、当面は日本やヨーロッパのパートナー諸国の目的なのですが、価値中立的に見ていけば、交代というのはあるかもしれない。歴史的にはもう何度もそれが起こってきたわけで、アメリカの覇権が永遠に続くだろうと仮定する必要はなく、中国やインドなど違う国に交代していくことがあるかもしれない。
20世紀の初頭は、覇権がイギリスからアメリカに引き継がれた時代で、イギリスの力が完全に落ちているのだけれども、アメリカの方も準備ができていなくて、国際経済にしろ、安全保障にしろ、マネジメントする意思がなかったという時代が1930年代だと思うのです。
このように主役交代がうまくいかないと、非常に大きな混乱が起こる。同様の危険がやはり今あると思います。我々がまず注意しなければいけないのが、覇権国の力が落ちてきていることです。皆さんもいろいろな面でお感じになっていると思います。例えば、中東で起こっていることもそこに少し絡んでいると思います。
一番怖いのは「主役交代に関わる大戦争」です。そうなるとルールやシステムが変わるということもあり得ます。例えば中国が覇権国になったとしたら、彼らはかなり違うルールを適用しようと思うでしょう。
3.ハリス氏VSトランプ氏
ハリス氏とトランプ氏の2人については、それぞれパワーの使い方というのは違いますけれども、最終的にアメリカの力とか国益を追求するということについては同じであろうと思います。
ただし、その際に「アメリカ・ファースト」と言い過ぎて、同盟国の利益を全く考えないという面が出てくると、巡り巡ってアメリカ自体の国力の低下につながるような気がします。もしトランプ政権が実現したとして、そのあたりのことをどういうふうに周囲が、あるいは同盟国が彼を説得していくか、ということがポイントになっていて、何が中期的にアメリカの利益なのかについての筋書きをどう作っていくのかが、大事なのかなと思います。
どちらにしても、アメリカの産業の復活ということは、考えるでしょう。ですから案外、経済安全保障などでは、ハリス氏とトランプ氏の間で、それほど大きな差は実際には出ないのかもしれない。対中国に関しては、完全にディカプリングする余裕もないけれども、今までどおりで中国がやりたい放題でも困る、その間でなんとか道を見つけていくというところは、それほど変わらないと思います。
軍事力について、特に核兵器に関しては、民主党はどちらかというと軍縮を望む人が党内に強い伝統がありますから、これは若干違いが出てくるかなと思います。
これから中国が戦略核の数を1,000、1,500と伸ばしていった場合、アメリカは今までロシアだけを見て自分の力を考えていれば良かったのですが、それぞれと一対一でバランスすればいいのか、米中を足した合計とバランスしなければならないのか、多分議論が出てくるでしょう。どの程度軍事力にお金を使うのかは、相当な違いが出てくる可能性があると思います。
アメリカは、短距離、中距離の核を冷戦終結後にはほとんど作ってこなかったのですけれども、実際に極東などで核の使用があるかもしれない、あるいはロシアが核の使用をちらつかせ脅しているという状況で、今のままでいいのか、という議論も多分出てきます。そこでもやはり、共和党の方が積極的にいろいろな核兵器を持っていこうとする政策を進めるのかなと思っています。
同盟関係
1.NATOとロシア
NATO加盟国を示すヨーロッパの地図を見ていただくとお分かりのように、ウクライナがNATOに入ってしまうと、ロシアには自分の喉元にNATOがやってきている、という感覚になるのだろうと思います。
他方で、ロシアの飛び地(カリーニンググラード)にもミサイルが置かれていると言われていて、バルト三国の辺りをロシア軍が狙おうと思ったならば、逆にNATOの防衛は相当厳しいのが現実としてあります。
ドイツ軍はリトアニアに数千人単位で展開し始めていますし、アメリカも気を配ってはいますけれども、もしロシア軍が総力を挙げて、こちらに勢力を向けたならば、かなり防衛は難しいし、ポーランドに関しても同様であります。
地形は大事で、日本が海に囲まれているというのは本当に恵まれています。もちろんミサイルが飛んできたら難しい面はありますが、それでもやはり距離があると、ミサイルが飛んでいる時間が長いので落とす時間もあるのです。
ウクライナの首都キーウはロシア領から少し離れているので、飛んでくる間に見つけて落とすことができます。やはり距離というのは大事だし、間に海があれば防衛のためにはすごく助かることなのですけれども、バルト三国やポーランドの辺りは全くそういうものがない。山もほとんどないという地形で、戦車部隊が入ってくるとなかなか止めることは難しいのです。
歴史上、ポーランドという国はドイツとロシアの間に挟まれて、何度も国境があっちに行き、こっちに行き、ということになりました。バルト三国も国ができたり失われたりした歴史を持っていますので、そうしたことに対する恐怖心はすごく強い。トランプ政権が実現してNATOへの関心が薄れた時、自分たちはどうすればいいのだろうか、という気持ちはとても強いのです。ですからポーランドはGDP3%を超える防衛費を使って、軍隊も30万人まで増やそうとしています。そうすると多分、欧州で一番大きな陸軍国はポーランドということになるかもしれないというような、それくらいの危機感を持っていると思います。
東アジアを軽視することは、いかにトランプ政権でも難しいのではないかと思いますけれども、ただ、「自分でできることはやってください」という要求は、おそらくはどちらの政権でも強くなると思います。
2.「グローバル・ウェスト」の可能性?
その分、日本がかなり頑張らないといけない面は強くて、かつ、私などが最近言っているのは、「グローバル・ウェスト」という連携です。NATOとインド太平洋のパートナー国が連携できるようにして、兵器生産や兵器の蓄積、あるいは情報のシェアや、サイバーでの協力など、そういうことをしっかりやっていかないと、立ち行かなくなると思っております。
アメリカが強い時代は、アメリカが頑張れば何とかなっていたのですけれども、アメリカは今、ウクライナに加えて、中東を抱えている状況です。極東の平和を守るためには、日本、韓国、フィリピン、オーストラリアあたりが、できることを必死でやらないとどうにもならないという感じがしております。
ウクライナ問題
ウクライナに関しては、最近ゼレンスキー大統領が「勝利プラン」という言葉を口にし始めていますが、アメリカはどうやって戦争を終わらせるのかというシナリオを多分持っていないのです。
ロシアに完全勝利されると、事実上、バルト三国とポーランドとの国境までロシアが出てくるわけで、それはそれで困る。だからといって、ウクライナにやりたいようにやらせて、戦争がエスカレートしてロシアが押し戻されると、ロシアが核兵器を使うのではないかという恐怖心をアメリカは持っている。そのために「生かさず殺さず」という状況が続いているわけです。
ゼレンスキー政権は相当疲弊しているな、という印象はありますし、ヨーロッパに行って聞いていても、彼の評判は必ずしも良くありません。
トランプ氏の場合、「24時間で戦争を終える」という言い方をしています。もしもアメリカがウクライナの軍事支援を全部やめるとすると、ウクライナの戦争継続は相当困難だろうと思います。
ただ、その際にロシアの地域覇権を容認するのかどうか。そうするとNATOの防衛というのは非常にコストが高くなりますが、「そこはもう知らない」とトランプ氏が言えるのか。このあたりはちょっと読めません。
今、ドイツが目覚めていません。ドイツがヨーロッパで一番大きな経済なのですけれども、そこがマイナス成長になっているというような状況です。加えて、FDP(自由民主党)党首のリントナーという人が財務相で、彼が非常に財政均衡に厳しいため、政権運営がとても大変なのです。
戦争をやっているし、コロナ明けですし、ここは例外として何年かは赤字を容認してもらいたい、と他の党は思っています。多分国民もそう思っているのでしょうが、とにかく財政均衡だということで、身動きが取れない感じです。
連立を組み替えて、FDPではなくCDU(キリスト教民主同盟)と一緒にやったらどうか、という話も出ているくらいですけれども、そういうことはドイツの政治では過去に数回しかなく、総理大臣というのは1回やったら4年間はやるものだ、という価値観が強いのです。さらに、来年の9月が連邦議会選挙で、気持ちの上では事実上選挙戦入りしています。CDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)も野党第一党になっているので、ここで政権入りして人気を落とす理由はない、という気持ちだし、与党のSPD(社会民主党)としてもここで大連立をやったら、非常に戦いにくいな、という気持ちはあるのだと思います。
NATOをどうするか、EUをどうするかという時に、今まではドイツとフランスがそれなりの存在感を持って方向を示してきたのですが、そういう状況ではなくなってきていて、ポーランドが必死になって頑張っているという印象です。
アメリカが民主党路線でズルズルと戦争を続けた場合でも、いずれはどこかで停戦状況に持ち込むしかないということが分かっているので、ゼレンスキー大統領も「勝利プラン」と言い始めているのだと思います。ただ、停戦交渉に持ち込む前にある程度押して交渉材料を持っておかないと、そもそも交渉にならないという気持ちもあって、今いろいろな動きをしているのだと思うのです。
どこかの時点でウクライナとロシアが停戦したとしても、ロシアの侵略に対して正当性を与えることはできません。停戦はするけれど、講和条約は締結しないという状況、すなわち朝鮮半島であるとか、冷戦期の東西ドイツであるとか、そういうような状況が生じて、長期的課題になっていくのではないかと思います。ただ、停戦に持ち込むためにも、朝鮮半島で韓国が1953年に停戦する時に米韓安全保障協定を締結させているように、ウクライナ側が安全保障をアメリカからどうやって得るかが問題です。一番良いのはNATOに入れてもらうことだと彼らは思っていますけれども、そこをどうするかという課題があります。では何年も戦争を続けるぐらいの余力があるのか、というと、だんだんそこは厳しそうな感じがしております。
ウクライナがクルスクに入ったのも、戦局を動かしたいのと同時に、ロシアの南北を分断する、それから停戦交渉時の材料を持っておく、といういろいろな動機があったのかなと思います。
中東問題
中東については、私の専門ではないのでごく簡単に触れておきます。
よくご存知のことかと思いますけど、国連が提案した「二国家解決案」というものがあるわけです。パレスチナとイスラエルがどうやってあの地域で共存するかということです。
2022年に一度、イスラエルに行く機会がありました。ヨルダン西岸地区には、ユダヤ人の住居地が点々と出来ていて、そこをアリの巣のように壁で囲んだ道路で繋ぐという、すごく不思議な光景を目にしました。私は最後の西ベルリンを半年ほど体験したので、壁は見たことはあったのですけれど、イスラエルとアラブの間の壁はちょっとレベルが違うと思いました。
そうやって自分たちを壁の中で守りながら、少しずつ西岸地区へも支配を広げていこうということを、既に以前からネタニヤフ政権は行っていましたが、今回の戦闘が始まったことで、後戻りができなくなりました。今ネタニヤフ政権で「二国家解決案」に回帰する道筋は全く見えません。
また、連立で極右派が入っていますが、彼らはユダヤがあの土地にいることに宗教的な正当性があると確信しています。一方で彼らが連立から離脱すると政権が崩壊するという状況にあるので、非常に難しい状況です。
特にアメリカとヨーロッパの諸国は、イスラエルに対する歴史的なコミットメントを持っており対処が難しいうえ、UNIFIL(国連レバノン暫定軍)の問題も出てきていて、次第に手を焼いている感じが強くなってきています。
トランプ氏の場合は、イスラエルに関して多分強力なテコ入れをしてやれ、と言うのだろうと思います。そうすると、ある程度のエスカレーションが一定期間起こって、イスラエル軍に実力があれば、実効支配地域を相当広げるのかなと思います。中期的にそれは周辺国のテロリストたちにとって、ある種のカンフル剤になってしまうかもしれず、安定というのはなかなか難しいです。
もう一つ心配するのは、アメリカが完全にイスラエルに寄り添ってしまった場合のグローバル・サウスへの影響です。グローバル・サウスは、ガザへの攻撃の段階で相当反イスラエルになっているのが現状です。皆さんも出張に行かれると、いろいろなところで親アラブの学生デモに遭遇するかと思いますけれども、ああいう感じがさらに強くなってくる恐れがあるという気がします。
アジア
1.伝統的なハブ・アンド・スポークス型からネットワーク型へ
アジアに関してはそんなに議論はないかなと思っておりましたが、アジア版NATO構想などが議論を起こしておりまして、「そもそも NATOとは?」という説明を改めて一般向けの講演ではしなければならなくなっています。集団安全保障と集団防衛と集団的自衛権というのも、それぞれ違う概念だ、という説明も必要になっている状況です。
日米地位協定とアジア版NATOを実際にどうするのかは分かりませんが、トランプ氏はどちらも問題外でしょう。「何を言っとる、我々の兵隊は私たちを守るのだ。」と言われて終わりかな、と思いますし、多分アジア版NATOには何の興味もないと思います。
民主党政権であれば、おおむねバイデン政権の踏襲であり、「ハブ・アンド・スポークス型」から「ネットワーク型同盟関係」への転換が起こってきたのが過去4年間だと思います。
その中でも一番大きかったのは日韓関係が改善したことで、東アジアのネットワーク化がずいぶん容易になったと思います。
今までそれぞれがアメリカと1対1で結びついていたのが、縦というか横というか、この結びつきが2か国、3か国、いくつかのグループができていて、それがネットワーク化だと私たちは呼んでおります。
2.インド太平洋同盟のネットワーク化(1):QUAD
一番派手ですけれど、それほど実態がないのがQUAD(Quadrilateral Security Dialogue)です。
インドはロシア産の石油を買ったりして、一筋縄ではいかない感じはありますが、人口が一番伸びている国でもありますし、非常に可能性を秘めている国ですので、日本としては大事にしなければいけないパートナーであることは確かです。ただ、モディ首相の力も最近不確かになってきている感じもありますし、ここのところ少しフェーズが変わってきているかなという気はします。
したがって、このQUADに関しては、すごく頼りになるというものでもないという感じですが、インド洋のことを考えると、インドなしでは語れないので、続いていくだろうと思います。
3.インド太平洋同盟のネットワーク化(2):AUKUS
AUKUS(Australia-UK-US)には、日本は入っていないのですが、イギリスがこれに入ってくれたことで、イギリスのアジアに対するコミットメントがさらに制度化された面があり、反射的利益を得ています。AUKUS Pillar 2を通じて日本や韓国が協力の枠組みに入っていく可能性は残されているかなということです。豪・米・英の三国関係に日韓が協力するのはとても意味あることだと思います。
オーストラリアが本当に原子力潜水艦を持つようになるのかは、多くの専門家が疑問に思っているところですが、そうなってくれれば、インド太平洋全体の西側の防衛力アップに寄与することは間違いないと思います。ただし、時間がかかりそうな話ではあります。
4.インド太平洋同盟のネットワーク化(3):日米韓「三国協商」
韓国の場合、北朝鮮がどうしても第1の懸念です。北朝鮮はウクライナにおける戦争にロシア側でコミットしていますし、核兵器も相変わらず増やし続けていて、最近は外交的にも非常に韓国に対してアグレッシブになっています。韓国側が心配になるのはごもっともという感じです。「朝鮮半島も大事だけれども、台湾も大事だよ。」ということを、日本は韓国と一生懸命対話していく必要があります。
アジア版NATOや地位協定の議論があるなかで、日本も核共有をやると言い出したら当然、韓国は「真っ先にやります。」と言うと思います。それを現実的に考えた時に、それこそミサイルが10分、15分で飛んでくる場所にどういうものを配備しておくのがリアリスティックなのかを考えないといけないと思います。
1950年の朝鮮半島を思い起こしていただいても、あっという間に釜山近くまで北の軍隊が降りてきているわけですから、相当大きな動きがあるかもしれない。その前提の上で、抑止というものをどうやって効かしていくか、かつ今回は相手が核兵器を持っている状況ですので、かなり難しい。アメリカがどうなるかという不確かさがあるのに加えて、やはり韓国も相当揺れるし、ここで日本まで揺れると、収拾がつかなくなります。どうやって戦略的安定性を実現していくのかについては、日本は、「ハードウェアをこの地域に今、常に配備しておくことは必ずしも得策ではない、他にもたくさん方法があるはずだ」という立場で韓国をなだめ、三国の中で役割を果たしていくのが良いのではないかと思っております。
5.インド太平洋同盟のネットワーク化(4):日米比サミット
政策研究大学院大学には海上保安庁のコースがあります。毎年10名程度で、そのうち7、8名がアジア諸国の海上保安庁の学生です。この数年、フィリピンから来る学生の質が飛躍的に向上しており、本気になったな、という感じがしております。今のフィリピンの沿岸警備隊のトップも政策研究大学院大学で博士号を取った人です。今本当に日本を向いてくれているな、という感じがしているので、日本とフィリピンが良い状況にあるうちにしっかり能力を付けていただいて、協力を制度化していく、多少リーダーが変わっても、構造が変わらないような機構を作っておくことが大事だと思います。
台湾の東100kmが日本であり、南100kmがフィリピンであるという位置関係です。ここ最近、中国が演習をして広く台湾周辺に展開しております。今のフィリピン政権は少なくとも脅威感を共有していると思いますので、能力構築に日本もしっかり協力しないといけないと思っています。
また、米軍が日本で展開しきれない時にフィリピン側に展開することもあると思います。米軍の地上配備ミサイルが日本に入ることは、政治的にはあまり望ましくありません。特に沖縄はセンシティブな地域ですから、それよりは自衛隊が自前で運用する方がいいということは、数年来私が言ってきたことです。今その方向に進んでいることは良いことだと思っています。
6.日・NATO協力関係の深化
日本とNATOの協力関係についても、着々と積み重なってきています。EUもNATOもその中心レベルでは、気持ちはしっかりしていて、「日本は一番大事なアジアのパートナーだ」ということで、やってくれています。ところが、各国レベルになると、様々な温度感があって、日本としてはその辺をよく見分けながら、マルチの関係とバイの関係を上手に使い分けて、付き合っていかないといけないと思います。
経済政策(経済安全保障)
経済安全保障に関しては、「ディカプリングではなくて、ディリスキングだ。」とはいうのは、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が作った表現ですが、ただそうは言ってはみたものの、非常に難しい局面に来ていると思います。電気自動車については、中国は売りたい気持ち満々です。本当に安い電気自動車で攻勢をかけて売られたら、市場が相当塗り替わるな、という気持ちもあるので、ヨーロッパとアメリカそれぞれに今反応しているのだと思いますし、日本もどういう政策を取っていくか悩ましいところだと思っています。
特に難しいのは「グローバル・サウス市場における競争力を維持しながら、ディリスキングするとはどういうことなのか?」ということです。
グローバル・サウスが抜け穴になるわけです。そこを通ってロシアや中国に行くモノはいくらでもありますし、民間の技術で戦争に使われているものは、ドローンを始めとしてたくさんあります。一方で、そこの穴を防ぎたいという気持ちがあるのです。
例えばファーウェイの通信機器を日本であまり使わないようにしても、政策研究大学院大学などではアフリカ等からたくさん学生が来ますが、みんなファーウェイの通信機器を持っているわけです。それを使用しないとネットワークが成立しないという状況になってしまいます。本当にこれから舵取りが難しいなと思いますし、アメリカの言うことだけに従っていても、日本企業が本当に生き延びるシナリオになるのか、そこは判断が求められるところだと思います。
エネルギー政策に関しても同様です。原発に関しては、とりあえずは延命ということでそれほど異論が出なくなっている感じですが、次世代の原発にどの程度投資するのか。石破首相は原発よりは再エネという方向で思っておられるように発言されています。本当にそれでいいのか考えていかないといけないと思っております。
トランプ氏は大統領だった時に「地球温暖化なんて大嘘だ」とおっしゃっていましたが、世論がそれでついてくるのか、という点については興味深いところです。このあたりも民主党と共和党とでは相当違ってくるのでしょう。
Migration(人の移動)「移民・難民」
続いて人の移動です。これは先進国共通の悩みで、まだ日本も入り口に立ったところです。
アメリカにおける移民数とその全人口に占める割合を見ていただくと、1900年前後で3割近くまで上昇し、それが一旦低下して、最近またほぼ同レベルに上がってきています。
1900年前後の移民の流入は、19世紀中ごろに急速に鉄道網と大西洋航路が発達したこと、アイルランドのジャガイモ飢饉、ロシアの革命など複合的な要因によって、カトリックの国の人とユダヤ人が19世紀後半に大量にアメリカに入ります。加えて、アジアから中国人と日本人が入って、今までのアメリカ人でない人たちが、ものすごく大量に入ります。それに対する反発が1920年代の移民法という形につながるのです。日本では、移民法で日本人が締め出されたという意識が強いですけども、絶対数ではヨーロッパ人の方がはるかに多く締め出されています。ユダヤ人とカトリックが違和感の大きな原因で、スピルバーグ監督の自伝的映画を観ると、いかにユダヤ人が差別されたか、というのが出てきます。この移民問題がすごく今効いてきており、特にフランスとドイツにおいて内政に影響が出ています。
ヨーロッパへの影響
来年のドイツ連邦議会選挙、再来年のフランス大統領選挙でどういう結果が出るかによって相当違うかな、と思っております。
また、ドイツが弱くなると、EUとNATOに響きます。特にEUは今、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長がドイツ人で、母国のバックアップがない状況になるとできることが限られてきますので、その影響がかなりあると思います。
加えてドイツの場合、中東問題が相当効いています。ヨーロッパに入ってくる移民のかなりの割合がイスラムなのです。彼らは完全に反イスラエル、反ユダヤで、それに便乗して、従来からあった反ユダヤ感情が表面に出てくるという面もあって、ユダヤ人留学生などが安全に過ごせないという状況が一部で生まれております。
ドイツ人にとっては、戦後、ヴァイツゼッカー演説等を通じて「自分たちは過去の克服をやったのだ。」という気持ちでいたのに、ここに来て反ユダヤ主義が出てきて、「これまでやってきたことは何だったのか」と、ものすごくショックを受けて落ち込んでいます。途方に暮れているという印象を受けます。
ドイツはユダヤの問題を背負っていることに加えて、東西ドイツが統一して、もう30年以上経つのですけれども、今になって、新たに亀裂が見えてきている面があります。
ドイツは多少西の方が大きいですが、気持ちの上ではほぼ半々で、東側が全く違う選挙行動を取ると、西側のドイツ人としては「俺たちはこの30年間何をしてきたのか」という気持ちになっているのです。
他方で東側のドイツ人としては、1990年で西側の占領国になったような気持ちがあります。東西統一後、行政や教育など、すべて西側のものがそのまま入ってきて、自分たちの過去を完全に否定された、という心理的な負担感が今になって出てきているのです。
東側には従来からソ連軍がずっといて、それが嫌だった面もあると思うのですけれども、懐かしい面もあるみたいなのです。ですから、信頼する国というのは世論調査を取っても東西で全然違う結果となります。今一番政策の違いで出ているのは、ロシアのガスを買わなくなったことを「仕方ないと思えるか」、それとも「なんでそんなバカなことをしているのかと思うか」であり、これは東西ではっきりと分かれるのです。
そういう意味で今、ドイツはある種のパラリシス(機能麻痺)に陥っている気がします。
日本のとるべき道
日本は厳しい財政状況にもかかわらず、お金がかからなくなる予想はない、防衛費がかからなくなる予想はない、ということで、これは本当に死活問題です。ではどこを節約するのか、誰から税金を取るのか、という議論を政治がしっかりしないといけないと思います。
また、人口が全体として減少するのは避けられないので、一定程度外国人が入ってくることも避けられないですが、必要なだけ全部外国人が入ってくるということにも多分ならないだろうと思います。社会もそうですし、自衛隊もそうですし、これまでとは違った、人手がかからないような制度やシステムを構築していかないといけないと思います。
エネルギー政策についても、もう一度議論しななければなりません。例えば原発は何割ぐらいとするのか、再エネについても、日本の気候環境、自然環境に適した再生可能エネルギーとは何か、どの技術に最も投資する必要があるのか、ということについて、専門家パネルなどをつくって議論しないといけない時期に来ていると思っております。
ご清聴ありがとうございました。
講師略歴
岩間 陽子(いわま ようこ)
政策研究大学院大学 教授
京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了。京都大学博士。京都大学助手、ベルリン自由大学留学中に、ベルリンの壁崩壊とドイツ統一を目撃する。在ドイツ日本大使館専門調査員などを経て、2000年から政策研究大学院大学助教授。同大学准教授を経て、2009年より教授。
専門はドイツを中心としたヨーロッパの政治外交史、安全保障、国際政治学。著書に『核の一九六八年体制と西ドイツ』(有斐閣、2021)、『核共有の現実:NATOの経験と日本』(信山社、2023年)、『ドイツ再軍備』(中央公論社、1993)、『NATO(北大西洋条約機構)を知るための71章』(明石書店、2022年)、『EUの世界戦略と「リベラル国際秩序」のゆくえ―ブレグジット、ウクライナ戦争の衝撃』(明石書店、2022年)、『冷戦後のNATO:“ハイブリッド同盟”への挑戦』(ミネルヴァ書房、2012)、Joining the Non-Proliferation Treaty:Deterrence, Non-Proliferation and the American Alliance,(John Baylisと共編著、Routledge:2018)などがある。
安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会、法制審議会、内閣府国際政治経済懇談会など、多くの政府委員会等のメンバーも務める他、(財)平和・安全保障研究所理事、日経Think!エキスパート、毎日新聞書評欄「今週の本棚」、毎日新聞政治プレミア執筆者も務める。