評者:こども家庭庁 官房長中村 英正/主計局調査課 課長補佐大本 エリナ
西條 辰義 著
フューチャー・デザイン
日経BP 日本経済新聞出版 2024年7月 定価 本体3,800円+税
(中村)
タイトルにあるフューチャー・デザインとは、将来に影響する課題について議論する際、議論に参加するのは現在に生きる人のみという制約から逃れることはできないけれど、議論参加者の中に「未来人」という役回りを与えて、将来世代の立場をより明確化・具現化して、「現在人」であることによるバイアスを減じていこうという試みだよね。
(大本)
仰る通りです。私達は、こどもや孫には自分が少し我慢してでもより良いものを与えることで幸せな気持ちになることが少なからずあると思いますが、それを社会全体に広げた潜在意欲のことを「将来可能性」と言います。その「将来可能性」を発揮し、持続可能な政策決定をすることが、フューチャー・デザインの重要な考え方です。著者の西條辰義先生(京都先端科学大学特任教授)は、実験経済学や環境経済学をご専門とされ、資源を無駄に使うことなく、公平な社会をデザインする制度設計について長くご研究をされている先生です。海外の名だたる大学でも研究者を務められており、畏れ多かったのですが、実際にお話ししてみると、とても無邪気で次々にアイディアが浮かんでくる博士のような方で、他方で私達のような実務者の声も尊重してくださる寛容なお人柄の先生です。
(中村)
今回ご紹介するのは、その西條先生がフューチャー・デザインについて書かれた400ページを超える大著です。書き出しはハーバーボッシュ法から始まっている(第一章)。昔、勉強した記憶があるが、アンモニアの人工的な製造法であり、化学肥料を効率的に作り出し、「緑の革命」につながり、世界を食糧不足から救ったとされている。他方で、大量の窒素化合物を放出することになり、健康上への悪影響や温暖化といった負の側面にもつながっているとのこと。西條先生は、これを現世代の便利さと引き換えに将来世代に脅威をもたらしている例として、フューチャー・デザインに論を進めている(第二章)。少し意外なところから話を展開しているところが興味をそそられる。
また、アメリカの五大湖のほとりに住んでいたイロコイと呼ばれるネイティブ・アメリカンの集落では、「重要な決まり事は七世代後の人々の視点で意思決定する」というルールがあった。これは、西條先生が温めていたアイディアをアメリカでの夕食会で披露したところ、偶々参加者の一人が紹介してくれたエピソードとのこと(第三章)。ドラマティックな展開だ。
(大本)
それから西條先生のアイディアである「未来人」になり切って議論をする、つまり「仮想将来人」は本当に将来世代の立場で意見を述べられるのか、という実験が行われ、「仮想将来人」のグループは持続可能な意思決定を行う割合が高くなることが判明しました(第五章)。
これを実験室だけでなく、実際の社会で初めて実践したのが、岩手県矢巾町です(第六章)。矢巾町では町民が「仮想将来人」となり、2060年の矢巾町を考えたところ、将来も水道の水質を維持するために水道料金を値上げすべきといった意見が町民自ら出されたことが注目されています。この取組が町全体に広がり、町長は「フューチャー・デザイン・タウン」を宣言し、町をあげて推進されています。矢巾町以外にも、長野県松本市や京都府宇治市など様々な自治体での実践が広がっています(第八章)。
実践にあたっては、「仮想将来人」になる前に、「パスト・デザイン」といって「現在」から「過去」を振り返ることで、より持続可能な選択をするようになることが示唆されていたり(第七章)、実践する地域や組織の事情・歴史を踏まえ、当事者に合った多様なスタイルで実践することを推奨する「当事者原則」が掲げられていたりします(第十章)。こうしたところから、フューチャー・デザインは研究者の先生方だけでなく、参加者も含めた皆で創り上げていくものだという印象を受けます。
財務省も自分達なりに試行錯誤しながらこの取組に関わっているところです。
(中村)
財務省でこの取組をトライすることになったきっかけは、財政審で小林慶一郎委員が、フォーリン・アフェアーズの巻頭言でイギリスの若手政治学者が矢巾町でのフューチャー・デザインを取り上げ、日本の小さな町での取り組みが世界に影響を与えるかもしれないと書いたことを紹介したことがきっかけだそうだね。
(大本)
はい。持続可能な財政や社会保障の在り方を考えていく上でも、次の時代を担うこども・若者世代を含めて、フューチャー・デザインを活用した議論に社会層を広く巻き込むことが望ましいというご提言のもと、足もとでは自治体の職員研修や学校に伺ってワークショップを行っています。
また、フューチャー・デザインの考え方をより広め、自主的な取組を後押ししたいという思いから、フューチャー・デザインに関する情報共有のウェブサイト「はじめてのフューチャー・デザイン」(URL:https://www.futuredesign.go.jp/)を開設しました。
(中村)
霞が関でもその輪は広がっており、こども家庭庁も、こどもまんなか社会に向けた機運醸成(こどもまんなかアクションプラン)の一環として、昨年愛媛県で財務省と協力してフューチャー・デザインのイベントを開催し、好評を博しました。
大本さんは官民交流の一環として金融機関から財務省の主計局調査課への出向ですよね。民間からの出向者に、こうした新しいプロジェクトを任せるというのは、財務省も前進(?)しているなと思います。やりがいもご苦労もあろうかと思いますが、率直なところを聞かせてください。
(大本)
私自身、着任してこの仕事を任された時は、お金に直接関係ないのになぜ財務省がこんな取組をするのかと懐疑的でした。ただ、財政を含めた国家運営に関わる構造的な課題について、いかに限られた資源を効果的に使って対応するかについては、様々なステークホルダーの納得、合意を得ることが大事であり、また財務省は現世代だけでなく将来世代をもステークホルダーとして考えていかねばならないという意味で深く関係があると気づきました。財政に限らずその背景にある経済や人口減少、環境問題など構造的な社会課題において、現世代と将来世代の間で摩擦が生じることもあります。フューチャー・デザインは、現世代と将来世代は利害の対立する関係ではなく、ひとつの人類史、地球史の流れの中の一参加者であることを思い出させてくれる素晴らしい考え方だと思います。出向元の金融機関では、サステナビリティ企画に携わっていたので、国家単位・地球単位でこうした持続可能性について考える機会をいただけて、貴重な経験になっています。
(中村)
現役世代と将来世代のコミュニケーションは財政の本丸の議論の一つだと思います。財政赤字を巡るデータや色パンによる説明も非常に大事ですが、フューチャーデザインのような議論の手法を紹介・提供して多くの方に主体的に議論してもらうことも有益だと思います。引き出しは幾つ持っておいても損はないはず。せっかく西條先生の著作を紹介する機会を頂いたので、次はファイナンス誌上でフューチャー・デザインの紹介をしてみては如何でしょうかね。
最後にこども家庭庁からのお願いです。将来世代の意見反映という観点から、各審議会での若手登用を各省庁にお願いしています。財務省におかてれも、財政制度等審議会、外国為替等審議会、その他各種研究会でも何卒ご検討ください!
財務省はその組織理念として「希望ある社会を次世代に引き継ぐ」「将来世代の視点に立つ」を掲げていて、元来将来世代や若者の立場に寄り添う組織ですよね。にも拘わらず、逆にそうした若者世代から距離があるとのイメージを持たれているとすれば残念だし勿体ない。
今日ご紹介したフューチャー・デザインや審議会への若手登用に限らず、こうした組織理念を外から見える形で具現化する巻き込み方策を色々試してみても良いのでは。
身の程知らずに余計なことを言ってすいませんが、応援しています。
「はじめてのフューチャー・デザイン」
ウェブサイトQRコードはこちら☞
西條 辰義 著
フューチャー・デザイン
日経BP 日本経済新聞出版 2024年7月 定価 本体3,800円+税
(中村)
タイトルにあるフューチャー・デザインとは、将来に影響する課題について議論する際、議論に参加するのは現在に生きる人のみという制約から逃れることはできないけれど、議論参加者の中に「未来人」という役回りを与えて、将来世代の立場をより明確化・具現化して、「現在人」であることによるバイアスを減じていこうという試みだよね。
(大本)
仰る通りです。私達は、こどもや孫には自分が少し我慢してでもより良いものを与えることで幸せな気持ちになることが少なからずあると思いますが、それを社会全体に広げた潜在意欲のことを「将来可能性」と言います。その「将来可能性」を発揮し、持続可能な政策決定をすることが、フューチャー・デザインの重要な考え方です。著者の西條辰義先生(京都先端科学大学特任教授)は、実験経済学や環境経済学をご専門とされ、資源を無駄に使うことなく、公平な社会をデザインする制度設計について長くご研究をされている先生です。海外の名だたる大学でも研究者を務められており、畏れ多かったのですが、実際にお話ししてみると、とても無邪気で次々にアイディアが浮かんでくる博士のような方で、他方で私達のような実務者の声も尊重してくださる寛容なお人柄の先生です。
(中村)
今回ご紹介するのは、その西條先生がフューチャー・デザインについて書かれた400ページを超える大著です。書き出しはハーバーボッシュ法から始まっている(第一章)。昔、勉強した記憶があるが、アンモニアの人工的な製造法であり、化学肥料を効率的に作り出し、「緑の革命」につながり、世界を食糧不足から救ったとされている。他方で、大量の窒素化合物を放出することになり、健康上への悪影響や温暖化といった負の側面にもつながっているとのこと。西條先生は、これを現世代の便利さと引き換えに将来世代に脅威をもたらしている例として、フューチャー・デザインに論を進めている(第二章)。少し意外なところから話を展開しているところが興味をそそられる。
また、アメリカの五大湖のほとりに住んでいたイロコイと呼ばれるネイティブ・アメリカンの集落では、「重要な決まり事は七世代後の人々の視点で意思決定する」というルールがあった。これは、西條先生が温めていたアイディアをアメリカでの夕食会で披露したところ、偶々参加者の一人が紹介してくれたエピソードとのこと(第三章)。ドラマティックな展開だ。
(大本)
それから西條先生のアイディアである「未来人」になり切って議論をする、つまり「仮想将来人」は本当に将来世代の立場で意見を述べられるのか、という実験が行われ、「仮想将来人」のグループは持続可能な意思決定を行う割合が高くなることが判明しました(第五章)。
これを実験室だけでなく、実際の社会で初めて実践したのが、岩手県矢巾町です(第六章)。矢巾町では町民が「仮想将来人」となり、2060年の矢巾町を考えたところ、将来も水道の水質を維持するために水道料金を値上げすべきといった意見が町民自ら出されたことが注目されています。この取組が町全体に広がり、町長は「フューチャー・デザイン・タウン」を宣言し、町をあげて推進されています。矢巾町以外にも、長野県松本市や京都府宇治市など様々な自治体での実践が広がっています(第八章)。
実践にあたっては、「仮想将来人」になる前に、「パスト・デザイン」といって「現在」から「過去」を振り返ることで、より持続可能な選択をするようになることが示唆されていたり(第七章)、実践する地域や組織の事情・歴史を踏まえ、当事者に合った多様なスタイルで実践することを推奨する「当事者原則」が掲げられていたりします(第十章)。こうしたところから、フューチャー・デザインは研究者の先生方だけでなく、参加者も含めた皆で創り上げていくものだという印象を受けます。
財務省も自分達なりに試行錯誤しながらこの取組に関わっているところです。
(中村)
財務省でこの取組をトライすることになったきっかけは、財政審で小林慶一郎委員が、フォーリン・アフェアーズの巻頭言でイギリスの若手政治学者が矢巾町でのフューチャー・デザインを取り上げ、日本の小さな町での取り組みが世界に影響を与えるかもしれないと書いたことを紹介したことがきっかけだそうだね。
(大本)
はい。持続可能な財政や社会保障の在り方を考えていく上でも、次の時代を担うこども・若者世代を含めて、フューチャー・デザインを活用した議論に社会層を広く巻き込むことが望ましいというご提言のもと、足もとでは自治体の職員研修や学校に伺ってワークショップを行っています。
また、フューチャー・デザインの考え方をより広め、自主的な取組を後押ししたいという思いから、フューチャー・デザインに関する情報共有のウェブサイト「はじめてのフューチャー・デザイン」(URL:https://www.futuredesign.go.jp/)を開設しました。
(中村)
霞が関でもその輪は広がっており、こども家庭庁も、こどもまんなか社会に向けた機運醸成(こどもまんなかアクションプラン)の一環として、昨年愛媛県で財務省と協力してフューチャー・デザインのイベントを開催し、好評を博しました。
大本さんは官民交流の一環として金融機関から財務省の主計局調査課への出向ですよね。民間からの出向者に、こうした新しいプロジェクトを任せるというのは、財務省も前進(?)しているなと思います。やりがいもご苦労もあろうかと思いますが、率直なところを聞かせてください。
(大本)
私自身、着任してこの仕事を任された時は、お金に直接関係ないのになぜ財務省がこんな取組をするのかと懐疑的でした。ただ、財政を含めた国家運営に関わる構造的な課題について、いかに限られた資源を効果的に使って対応するかについては、様々なステークホルダーの納得、合意を得ることが大事であり、また財務省は現世代だけでなく将来世代をもステークホルダーとして考えていかねばならないという意味で深く関係があると気づきました。財政に限らずその背景にある経済や人口減少、環境問題など構造的な社会課題において、現世代と将来世代の間で摩擦が生じることもあります。フューチャー・デザインは、現世代と将来世代は利害の対立する関係ではなく、ひとつの人類史、地球史の流れの中の一参加者であることを思い出させてくれる素晴らしい考え方だと思います。出向元の金融機関では、サステナビリティ企画に携わっていたので、国家単位・地球単位でこうした持続可能性について考える機会をいただけて、貴重な経験になっています。
(中村)
現役世代と将来世代のコミュニケーションは財政の本丸の議論の一つだと思います。財政赤字を巡るデータや色パンによる説明も非常に大事ですが、フューチャーデザインのような議論の手法を紹介・提供して多くの方に主体的に議論してもらうことも有益だと思います。引き出しは幾つ持っておいても損はないはず。せっかく西條先生の著作を紹介する機会を頂いたので、次はファイナンス誌上でフューチャー・デザインの紹介をしてみては如何でしょうかね。
最後にこども家庭庁からのお願いです。将来世代の意見反映という観点から、各審議会での若手登用を各省庁にお願いしています。財務省におかてれも、財政制度等審議会、外国為替等審議会、その他各種研究会でも何卒ご検討ください!
財務省はその組織理念として「希望ある社会を次世代に引き継ぐ」「将来世代の視点に立つ」を掲げていて、元来将来世代や若者の立場に寄り添う組織ですよね。にも拘わらず、逆にそうした若者世代から距離があるとのイメージを持たれているとすれば残念だし勿体ない。
今日ご紹介したフューチャー・デザインや審議会への若手登用に限らず、こうした組織理念を外から見える形で具現化する巻き込み方策を色々試してみても良いのでは。
身の程知らずに余計なことを言ってすいませんが、応援しています。
「はじめてのフューチャー・デザイン」
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