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津田尊弘課長に聞く、国際金融と経済協力― 国際開発金融機関(MDBs)編―

国際局開発機関課 津田  尊弘/東京大学 服部  孝洋

[プロフィール]
津田尊弘 国際局開発機関課課長
2001年、財務省入省。国際通貨基金(IMF)金融資本市場局、財務省国際局、世界銀行日本理事代理等を経て現職。

服部孝洋 東京大学公共政策大学院特任准教授
2008年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了後、野村證券に入社。2016年、財務省財務総合政策研究所を経て、2020年に東京大学に移籍し、現在に至る。経済学博士(一橋大学)を取得。

本インタビューの目的
 2024年7月、東京大学で筆者の服部が担当する科目において、津田尊弘課長に国際金融をテーマにご講演をいただきました。その中で、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、および世界銀行(世銀)など国際開発機関についてご説明をいただきましたが、この内容は学生にとって関心が高いものの、良い入門書がないと感じていました。そこで東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)で実施しているインターンシップに参加している学生も交え、津田尊弘課長に、国際金融という観点で、JICA、JBIC、世銀などの国際機関の概要をお聞きしました。
 本稿は、神田眞人編著「図説 ポストコロナの世界経済と激動する国際金融」(以下、神田(2021))*1のうち、「経済協力」を取り扱っている7章と合わせて読むことで、国際金融や経済協力の基礎知識が得られるように工夫しています。このテーマに関心がある読者は、植田・服部(2024)「国際金融」*2など、他の文献も読み進めていただければ幸いです。なお、本稿の前編に相当する「JICAおよびJBIC編」については2024年12月の「ファイナンス」*3をご参照ください。

MDBsの概要
服部:次に、MDBs(Multilateral Development Banks)について話を進められればと思います。教科書的には、「国際開発金融機関(MDBs)は、途上国の開発を目的として、複数の国が出資して設立されている金融機関」などという形で説明されますが、教科書的な説明だとイメージがつきにくいと思います。
 津田課長が所属している部署は開発機関課という名前ですが、英語名は、「Multilateral Development Banks Division」という名称で、まさに、MDBsを担当するセクションですね。MDBsとは具体的には、これまで話にも出てきた世界銀行や、アジア開発銀行(Asian Development Bank, ADB)、欧州復興開発銀行(European Bank for Reconstruction and Development, EBRD)などがあります。

津田:MDBsとは、途上国の開発援助を目的として、複数の国が出資を行って設立された国際機関です。はじめてMDBsという言葉に触れる方には、その特徴として3点お伝えするようにしています。1点目は、その名の通りMDBsはBank、すなわち銀行であるという点です。2点目は、MDBsは、民間の銀行と違って、特定の政策目標をもって、低金利・長期融資を行う銀行であるという点です。3点目は、融資以外の機能(非金融手法)もあるという点です。順を追ってご説明します。
 まず、一点目の「銀行である」という点。なんだか当たり前すぎるように聞こえるかもしれませんが、非常に重要なポイントです。銀行のバランスシートから議論したいと思います。バランスシート(貸借対照表)とは、お金の出入りをある一時点、ストック(残高)という観点でみたものですが、商業銀行のバランスシートを見ると、大まかに言って、右側(調達)で出資(Equity)並びに預金及び債券収入(Debt)を受け入れ、それをもとに、左側(運用)で貸出等を行っています。MDBsのバランスシートも、これとのアナロジー(類推)で考えることができます。MDBsのEquity、すなわち資本金というのは何だと思いますか。

学生
:政府からの資金でしょうか。

津田
:そうですね、政府からの資金拠出です。そして、この資金をそのまま融資に使うということではなくて、MDBsは、商業銀行と同様、その資本金に加えて、債券発行によって得たお金や剰余金も加えることで、元手である資本金の数倍の融資を可能にしています。これを専門用語で「レバレッジ」と言います。MDBsがレバレッジをかけている、すなわち、政府からの拠出だけでなく自前の資金調達も行って、融資量を拡大している話は、知らない方は結構多いのですが、「MDBsは銀行である」ということから導き出すことができるんですね。
 特徴の2点目として、MDBsは銀行ではあるのですが、途上国への貸出を行う機関ですから、普通の銀行とは違います。貸出先が政府、その内容が公共政策的なもの、というのは、すぐ思い浮かべることができる人も多いかもしれませんが、ファイナンス面でも違いがでてきます。例えば、各国政府が出資をしていますから、財務状況の信用度が極めて高いといえます。MDBsは預金やローンの受入れというのはやっておりませんで、債券を発行していますが、この高い信用をもとに低金利で債券を発行することができます。結果として、バランスシートの右側で調達コストが低く済みますので、バランスシートの左側で、途上国向けの比較的低い金利での貸出が可能になるわけです。
 なおいま「低い金利」と申し上げましたが、これはMDBsが政府からの資本金を元手にしていたり、その高い信用力をもとにした低金利調達を行っていたりするからであって、常に損失覚悟で金利を下げているとは限らないんですね。ただ、本当に貧しい国に対しては、調達金利よりも低い金利の貸出や無償援助を提供していることがあります。こういった支援のことをconcessional(譲許的)と呼ぶことは、前回申し上げました。多くのMDBsが、支援対象国の所得水準等に応じ、non-concessionalな支援とconcessionalな支援の両方を提供しています。
 余談ですが、MDBsの中には、このnon-concessionalな部分とconcessionalな部分を扱う機関や部門を分けているところがあります。MDBsの代表例である世銀を例にとると、中所得国政府への支援については国際復興開発銀行(International Bank for Reconstruction and Development, IBRD)が行い、低所得政府への支援については国際開発協会(International Development Association, IDA)という部門が行うという形で分担しています。またこれらはどちらもソブリン(政府)に対して支援を行う機関ですが、民間支援については、国際金融公社(International Finance Corporation, IFC)という機関が投融資を行い、多数国間投資保証機関(Multilateral Investment Guarantee Agency, MIGA)という機関が保証を提供する、という風に役割分担をしています。なお、今申し上げた区分ははじめての方向けに非常に単純化したもので、正確にはもうちょっと細かなデマケーション(役割分担)があることは付け加えさせてください。
 最後に、特徴の3点目として、非金融的な支援手法に言及したいと思います。一例として、貸出を受ける国との政策対話(Policy Dialogue)が挙げられます。ここでは世銀に特化して説明します。先ほどMDBsは貸出をすると説明しましたが、その貸し方には、大きく分けて2つあります。1つは「Investment Project Financing(IPF)」と呼ばれるもので、その名の通りプロジェクトに資金提供を行うものです。例えば、橋や学校や病院を作ります、地震が起きた時に復興支援に資金を出します、という風に、用途となるプロジェクトが決まっているものです。
 一方、特定のプロジェクトに紐づけず、優先順位の高い「政策分野」に資金を提供するものを、「Development Policy Financing(DPF)」と呼びます。もちろんプロジェクトに特化しないからといって、ただ財政資金の足らず米を埋めるだけでなく、政策協議を通じて、開発効果の高い政策はどのようなものかを、相手国と世銀で決定します。その際に、政策をより良い方向に結び付けるように世銀にある専門的な知見を提供したりします。つまり、MDBsは、お金の出し手であるだけでなく、知見の提供者でもあるということです。
 また、ちょっと聞き慣れない言葉からもしれませんが、「Convening power」も、支援手法そのものではありませんが、MDBs、特に世界銀行が有する重要な機能としてしばしば言及されます。Conveningとは「集まる」という意味なのですが、国際金融、経済開発、あるいは外交の場では、特定のイシュー(論点)を議論するために集まるという場がそもそもないことが少なくありません。何かを決める場合に、様々なレベルの専門家や政策担当者が集まる必要がでてくるわけですが、MDBsはそういう場を加盟国に提供する力があると言われています。もちろん場を提供すればすぐに解決するわけではないのですが、不確かな時代、前例がないことが数多く起きる時代にあっては、そもそもどういう場で議論するかというところから検討をしなければいけないときも多く、そういう議論をする場を提供できるというのは非常に大きな特色だと思いますね。

服部:初学者がつまずきやすい部分ですが、世銀グループというのを見た時に、世銀という法人があるわけではなくて、このIBRD、IDA、IFC、MIGAがあるわけですよね。

津田
:正確には、世界銀行というのは、IBRDとIDAの二つの部門を合わせた機関になります。それに、IFCとMIGAという別機関を加えて、世界銀行グループと呼んでいます。

服部
:これは全部、ワシントンDCにあるという理解でよいでしょうか。

津田
:本部についてはそうですね。建物は違いますが、同じような区画、歩いていけるような距離にあります。また、どの機関も、現場というか、途上国に職員を多く配置しているのが特色です。

服部
:この4つの機関の採用は、別々に行われているのでしょうか。

津田
:それは、Yes and Noでして、世銀グループは何年か前に新卒採用を一本化していますので、一括採用にはなっています。ただ、キャリア形成にあたり、どの機関を主にするか、みたいなのはある程度あるというのは聞いたことがあります。新卒(YP:Young Professional)というのは世銀グループ全体で確か毎年50人位採用しているかな。あとは、中途採用は基本的に全部部門別採用となっており、それぞれの局が人事権、採用権、予算を持っているので、空きがでればjob postingを出して、募集するという世界ですね。
 ちなみに、新卒は世界190か国から応募があって採用人数が50人なので、狭き門です。世銀に入りたいのであれば、中途で入るほうが入りやすいかもしれませんね。実務経験を積んで、修士号や博士号を取って、中途で入る方は日本人でも非常に多いです。
 なお、日本は(先ほど申し上げた)IBRDの第2の出資国です。出資等によるプレゼンスをてこに、世銀の方針に積極的に参画することによって、日本のプレゼンスをあげることができています。

服部:ADBは、アジアということもあり、出資は多いのでしょうか。

津田
:ADBの日本の出資シェアは、アメリカと同率で1位です。

服部
:他のMDBsに対する日本政府による出資はどうでしょうか。

津田
:世銀以外のMDBsを「Regional Development Banks(RDBs)」というのですが、その特徴は、それぞれの地域に根差している点ですね。言語という意味でも、米州開発銀行(Inter-American Development Bank, IDB)であればスペイン語は重要であるし、アフリカ開発銀行(African Development Bank, AfDB)なら英語とフランス語が行き交います。
 日本のシェアを語る際の「物差し」として、これらのRDBsの加盟国の分類である、域外国・域内国という概念を使うときがあります。域内国というのはその名の通り、当該RDBsが根差している地域に所属する国々、域外国とはそれ以外、という意味です。例えば、欧州復興開発銀行(European Bank for Reconstruction and Development, EBRD)という、ソ連邦崩壊後に東欧諸国の市場開放・民営化等を支援することを契機に設立された民間向け支援のMDBがあるのですが、この機関においては日本は域外国の中で同率2位です(アメリカが1位です)。AfDBでも日本は域外国でアメリカに次いで2位、IDBでは日本は域外国1位(アメリカは「域内」扱い)です。少し土地勘をつかんでいただけますでしょうか。

服部:世銀があれば、ADBはいらないのではないかという議論にはならないのでしょうか。

津田
:ならないですね。特にADBは地域のホームドクター(町医者)という言い方を昔からしているのですが、いわば世銀が総合病院で、ホームドクターであるADBがちゃんと地域の国々に寄り添って、各国の問題について一番相談しやすい相手となっていると言えると思います。協調融資(co-financing)といって、複数の機関が同じプロジェクトに融資する例も多いです。

服部
:非金融手法の説明がありましたが、国連も似た役割を果たしているというイメージです。どういう役割の違いがあるのでしょうか。

津田
:世界銀行と国連の関係は多分そんなに広く知られていないと思います。簡単にいうと、世界銀行含めMDBsはその名の通り開発を担当する機関です。一方、国連機関は、安全保障、人権保護、人道支援などを担当します。MDBsは正面から人道支援をやる機関ではありません。
 例えば、ハリケーンがハイチを襲ったとします。すぐに食料を届ける、緊急用の医療テントを立てる、というのは、国連の仕事です。しかし、同時に少しずつ復興が進んでいく中で、道路や橋を作り直そうとかとなった時に、世界銀行等のMDBsの出番がでてくることになります。これらはもちろん一国の社会経済の発展の上では密接に連携しており、特に紛争地域で「平和構築」が重要な局面では、その結びつきのことを、専門用語でHumanitarian-Development-Peace Nexus、つまり、世銀等がやっているDevelopmentの仕事、国連等がやっているHumanitarianや平和構築の仕事というのは、相互補完性を持っているという認識が確立しています。

世銀のミッション
津田:少し時事ネタになるのですが、最近世銀のミッションが見直されたことをご紹介したいと思います。ミッションとは、私たちはこういうことを目指します、という高次の目標のようなものですが、従来は世銀のミッションは2つありました。
 1つは、「End Extreme Poverty」、すなわち、貧困をなくそうというものです。もう1つは、日本語にすると分かりにくいんですが、「Boost Shared Prosperity」(繁栄の共有)と呼ばれるもので、これは全ての国の低所得層40%の所得を増加させること、と定義づけられています。この2つをあわせて、Twin goalsと呼んでいます。「End Extreme Poverty」のほうは、ともかく貧困をなくすことが目的ですが、2つ目は、中所得層の人々を含めて、底上げを図っていきましょうという意味です。今さらっと説明しましたけれども、この2つの目標を両方達成するということは、有限の資源を使って、本当に貧しい人を救うことに主眼を置くのか、全体の底上げを優先するのか、低所得国支援と中所得国支援をどの程度バランスさせるのか、等々、割と一筋縄ではいかない問をはらんでいます。
 これらに昨年、「On a livable planet」という文言が追加されたんですね。字義通り翻訳すると、ちゃんと生きていける地球にしなくちゃだめだよということですが、昨今の地球環境問題、気候変動問題の高まりを受けて、グローバルな課題にしっかり対処していく必要が認識され、ミッションの改定につながりました。個別の国の開発ニーズ(需要)、例えば、インドネシアがこういうことをやりたい、ザンビアはこういうことをやりたい、というのに応えるだけでは、地球全体の問題を解決できない可能性があります。経済学の言葉を使えば、「外部性」(externality)があるということです。こういった問題への対処を世銀としてもやっていこう、ということ正面から認めたという意味で、大きな方向性の転換だと私は思います。
 これとも関連しますが、あわせて、2,3年前から進んでいる「MDB改革(MDB Evolution)」というムーブメントをご紹介したいと思います。これは、「MDBsによる気候変動や国際保健等の地球規模課題への対応強化を通じて、開発効果の最大化を図る取組」と説明されますが*4、現在MDBsのビジョン、オペレーション、財務モデルの見直しが進められています。今までの積み上げも大事にしており、Revolution(革命)ではなくEvolution(進化)という呼び方をしているのが面白いなと思っています。新しい金融手法や、他機関とのパートナーシップとの強化など、多くの改革が進められています。
 この流れをうけて、G20でもMDBsが本格的に議論されはじめました。図表4 近年のG20議長国にもありますけれども、インドネシア、インド、ブラジルと、過去3年くらい全部途上国が議長国になっていて、MDBsというのは有効な支援機関である、かつ、もっと有効になりうるのではないか、という認識が高まってきています。全くの私見ですが、今回冒頭でお話した、「MDBsは銀行である」、したがって、政府による1ドルの出資が、債券発行等を通じて、例えば5ドルの貸出として、途上国に流れる、したがって他の国際機関よりもはるかにfirepowerというか、融資余力を大きく出せる機関であるということの認識が広まってきたこともあるのではないか、と思います。

学生:日本はここまで安定して国際協力をしている印象です。しかし、2024年の大統領選も経て、アメリカなどの方針も見通せない中で、今後も日本は安定的に貢献出来ていきそうでしょうか。

津田
:なかなか難しいところですが、資金をだす正当性があるかどうかというところを、政府サイドも一層丁寧に説明していかないといけないし、あるいは国際機関の側でも、こういうことをしていきます、それは途上国にはこういう利益になります、とか、日本を含むドナー国の要請にはこういう形でお応えしています、という説明をきっちりしてもらう必要が高まっていると思います。
 その時に重要なことは、日本企業が直接利益を得るようなビジネス機会を生み出していくことも1つですが、それに加えて、日本の意見が通りやすい環境を作ることも大切だと考えています。例えば、他の国に先駆けて、日本があるファンドに拠出しますということを発表すると、額がそれほど大きくなくても、やっぱり日本は頼れるドナーですね、となるんですよね。それは、ただ感謝されるということを超えて、皆がいる会議の場で、開発の議論と政策をリードしているのは日本だと言ってくれた時のインパクトは小さくはないですね。

AIIBとADBの役割
服部:神田(2021)の7章の序盤に、中国が設立したアジアインフラ銀行(Asian Infrastructure Investment Bank, AIIB)について議論がなされます。AIIBについては、日本が参加するか否かということで一時的に大きく報道されていた印象です。
 神田(2021)では、「アジア地域のインフラ整備を主な目的とする国際機関であり、2013年10月、習近平国家主席が東南アジアを訪問した際に設立を表明したものである。中国は設立表明以降、2014年1月より、アジア・中東各国との事務レベル協議を開催。2015年に中国を含む57か国が原加盟国となり設立し、2016年に業務を開始した。2021年4月現在の加盟国は103か国となっている。このように加盟国は拡大したものの、中国が依然として、出資ベースで3割、投票権ベースで約26.6%の圧倒的なシェアをもっており、特別多数(3/4以上)の議決が必要な事項(増資や総裁選任等)において拒否権を持つ構造である」(p.300)と説明されています。
 これまでADBについてはたびたび触れてきましたが、AIIBとADBの役割の違いをどのように理解すればよいでしょうか。

津田
:そうですね。ADBはアジア太平洋地域の総合デパートのようなものです。インフラもやれば、教育支援もやれば、ジェンダーなどの社会問題も扱います。一方、AIIBはインフラ整備支援に特化した機関です。また、さきほどconcessional(譲許的)という概念を説明しましたが、ADBの場合、non-concessionalな支援もあればconcessionalな支援もある一方、AIIBの支援は基本的にnon-concessionalです。原則として、リターンが出る商業ベースのインフラ整備にお金を出すのがAIIBです。

服部:それでは、AIIBはJBICに近く、JBICのMDBs版といったイメージでしょうか。

津田:うーん、一概にバイラテラルの支援機関との比較は難しいですね。ただ、設立当初は、AIIBは開発銀行と呼べるのかという議論はありましたね。似たような機関として、European Investment Bankがあります。EIBも基本的にはnon-concessionalな手法で、インフラ等に投資を行います。

服部:日本はAIIBに全然コミットしていないですよね。なぜ日本はメンバーに入らなかったのでしょうか。

津田:Environmental and Social Standards(ESS)をちゃんと守る機関なのか、について検証が必要です。世銀やADBなどの昔からあるMDBsは、環境社会配慮といって、環境面や生態系への配慮、先住民族党の人権の尊重など社会への配慮をしなければいけないという基準をもっていて、AIIBがきちんとそれができているのかというのが1つ。
 もう1つ、AIIBはヘッドクォーター(本部)が北京にあるんですけど、ボード(理事会)は全部オンラインで開催されています。私は前回ご説明したとおり世銀の理事代理というのを務めていたのですが、その在任中は世銀の本部であるワシントンDCに常駐しました。本部にきちんとした理事会機能をもつことをResident Boardと呼びますが、AIIBは、このようなResident Boardがなくてガバナンスは大丈夫かという議論があります。これらもあって、最終的に日本は入っていないということですね。

服部:アメリカも入っていないですね。

津田
:入っていないです。先進国でいえば、イギリス、ドイツ、フランス、カナダなどは入っています。
 図表5 AIIBとADBの違いの民間融資承認額規模を見てみると、ADBが300億ドルくらいの一方で、AIIBは100億ドル。コロナ前後の短期的な増減はありますが、他のMDBsとの協調融資等も通じて、AIIBの融資規模は増加を続けています。
 AIIB以外の、新興国発の開発銀行として、BRICS参加国が設立したBRICS開発銀行(New Development Bank)もありますが、これはBRICSが資金を出して、BRICSに融資している感じですね。

服部:新興国との関係も最近変わってきているのでしょうか。

津田:そうですね、色々なパターンがあるのですが、G7でアイデアを出して、G20に広げていくということをやったことがあります。日本がG7議長国を務めた2016年に打ち出した「質の高いインフラ」という概念があります。例えば、橋を作るとします。仮に、すぐ壊れるような橋を作ってしまったとした場合、維持管理や補修費用などを含めると、最終的に必要なお金が大きくかかってしまいます。一方、建設当初から質の高いインフラを整備すると、インフラのライフサイクルで見るとコストは抑えることができる。また、しっかりとしたインフラ投資であれば、現地で工事現場の人の雇用を生み出したり、村と村の間の物流経路をつなげてポジティブな経済効果を生み出したりすることができます。これを「質の高いインフラ投資」と呼んで、広めていきました。
 この概念はG7伊勢志摩サミットでエンドースされ、「G7伊勢志摩原則」として発表されました。ただ、仮に「G7だけの概念ですよ」というのを前面に出しすぎると、それだけで抵抗を感じる国も少なくありません。新興国含めて多くの人たちを巻き込むのは重要で、同じ年に開かれた2016年の杭州サミットでは、「質の高いインフラ投資」という概念がG20首脳の成果文書に初めて入りました。G7発でアイデアを出して、G20のメンバーに共有された目標へと転換していくことができた背景の一つには、我々の地道な働きかけもありました。
 最終的にこういった流れは、3年後の2019年の大阪サミットで日本が議長国を務めたときに、「G20質の高いインフラ投資原則」として結実しました。私自身2016年のG7議長国と2020年のG20議長国の両方にたずさわることができましたが、G7で種を蒔いた話が、G20の大きな成果につながったというのは、今振り返っても非常に感慨深いものですね。
 また、G7やG20で決まったことは重要なのですが、世界には国が190カ国ありますから、G20に入ってない国もたくさんあることを忘れてはいけません。世銀の理事代理のときは、今度はそういった国に、G7やG20で合意した内容を丁寧に伝えていく必要性も学びました。G7やG20で決まったからやろうよ、とだけ言っても、こっちは関係ないよ、となってしまいます。そうではなく、それはこういう意義があるんだよ、とか、僕らだけではなく、皆さんの開発政策の検討にもこういう大きな影響があるんだよ、ということを説明してまわったこともあります。
 先進国の協力枠組や途上国も含めたG20のような枠組の中での立ち位置、さらに世界各国との距離感、ここら辺は財務省の先輩と僕で話していても感覚が違うときもありますし、皆さんのような若い方々が私くらいの年齢になったときに、私と感覚もずれてくる可能性も大いにあると思います。私自身ができていないことを言ってはいけないのですが、皆さんには先を見ていく目を養って欲しいと思います。

気候変動問題について
服部:神田(2021)の7章には、気候変動や環境問題も入っていますが、この本では開発政策や経済協力という位置づけをしているという印象です。この前、津田課長が東大でご講演された際には、かなり気候変動については思い入れが強い印象をうけました。

津田
:そう見えるかもしれませんね。国際的な場で議論していますと、気候変動イコール開発、開発イコール気候変動のような形で議論されることが多いです。

服部
:津田課長が気候変動問題について意識を強めたのはいつ頃からですか。

津田
:世銀にいた頃(2020年~2023年)からです。私の在任中に世銀も組織として「気候変動行動計画(CCAP:Climate Change Action Plan)」を決定するなど、議論が盛り上がっていました。気候変動と一口に言っても、色々な切り口があります。例えば、気候変動の世界でいう「適応」(adaptation)というのは、例えば、気候変動の影響で台風が来ました、ダムが壊れました、なので災害に強いダムを造りましょう、ということですから、これは僕らが昔からその重要性を訴えてきた「防災」の世界と強い結びつきがあります。気候変動対策を進めるべきか否か、ではなく、対策は進めるという大きな土俵に立ったうえで、例えば今述べたような「適応」のような各論を推していって日本の独自性を出していく方が、インパクトのある仕事ができると思います。

学生:SDGsの達成といっても、各国の問題解決の文脈でのみ使われていると感じました。例えば、ガーナでこういう問題を解決した場合に、SDGsも一緒に達成しましたと。SDGsが後付けで言われているのか、それとも本当にそれ自体として解決しようとしているのかが疑問に思いました。

津田
:面白い指摘ですね。SDGsは国連で採択された目標ですから、MDBsというよりは国連の人達で主に議論されている概念ですね。もちろん僕らの世界でSDGsが議論されることはありますが、MDBsのビジョンはSDGsの達成そのものではないので、そこは分けて考える必要がありますね。2点ほど、関連して付言させてください。
 1つはSDGsを達成するための資金需要を議論する際に、それは各国政府や国際機関だけでなく、民間資金の動員も不可欠であること。SDGsを達成するためにこれだけ金が足りない、だから、開発機関にドナー国がもっと出資して、お金を途上国に流さないといけない、ということをおっしゃる方もいるのですが、膨大な開発需要に対応するには、ODAだけじゃなくて、民間のお金も動かさないといけません。それに対する戦略や仕組の議論をしないで、SDGsの重要性だけを議論してはいけないとは思います。
 もう一点は、SDGsに掲げられている気候変動問題含むグローバルの課題を議論するというのは、それほど単純ではないんですよね。例えば、気候変動はグローバルな課題であると考え、だから、途上国も石炭とか天然ガスばっかりじゃなくて、クリーンなエネルギーだけを使え、と言われると、途上国からすれば、いやいやちょっと待ってくれと、先進国はこれまで散々世界の気候を汚してきて、結果としてみんな苦しんでいるんじゃないかと反論もあるでしょうし、現実問題としてクリーンエネルギーへのトランジションを進めている最中なので、いきなりそんなことはできませんよ、という意見もあるでしょう。

学生:私は三重出身で、伊勢志摩サミットがすごく話題になっていたことを覚えております。国際局と、財務省の他の4つの局との主な違いは、自国だけでなく他の国も絡むことにあると思います。つまり、国際局は、どうしても日本だけがやりたいことはできない一方で、最終的には日本のためになるようなことをしていく必要があると思います。しかし、途上国がプレーヤーとして出てくる中で、なかなか日本だけがやりたいことができなくなるのかなと感じました。その中でどういう風に役割を果たしていくことができるのかについてお伺いしたいです。

津田:途上国との付き合い方ですね。これはファイティング・スタイルというか、人によって方法論はだいぶ違うと思います。私個人は、「寄り添う」ことが結構大事だと思っています。
 日本がリードしている開発課題の一つとして国際保健(グローバルヘルス)があります。特に、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)、すなわち、すべての国民に質の高い保健サービスを、アフォーダブルに(安価な自己負担で)提供するとい理念を広めています。日本でいう「国民皆保険」の概念もこれに含まれます。もちろん、途上国では(もっというと先進国であっても)日本のように保健サービスが充実している国はほとんどないわけですが、UHCを究極の目標とした場合に、そこに至る道筋は国によって全然違うわけです。そもそも医者が少ない国もあれば、医療従事者はたくさんいるが偏在している国、人はたくさんいるが法律や制度が充実していない国もある。
 One-size-fits-allの解決策はなく、このような個別の状況に寄り添って、あなたの国でUHCを目指すにはこういうことが大事ですよとアドバイスする。UHCの推進自体は日本政府はハイレベルまで上がっている概念ですが、それを具体化するとなると、僕らレベルで各国の事情に合わせていく必要があるので、そこで「寄り添う」ことが求められるとは思うのですね。
 途上国だけでなく、先進国にも、寄り添うことがあります。例えばカナダはジェンダー平等を大事にしている国ですが、カナダに、単に、インフラ投資って重要だよねという話をしても必ずしも説得できるとは限りません。ジェンダーが大事という文脈を加えて、工事現場で女性が嫌な思いをしないことも、インフラ投資の質の大事な要素ですね、という話をしたりもする。
 日本の優先課題を第一に掲げながら、相手の事情や考えにも謙虚に耳を傾ける。言葉にすると当たり前すぎるのですが、それがこの10年間の反省であり学びですね。
 もっというと、ユニバーサルヘルスカバレッジとか、質の高いインフラ投資のように、日本が強みを持っている分野だけでなく、日本がこれから、という分野でも協力を推進してもいいと思います。例えばジェンダー平等は、世銀が「女性・ビジネス・法律」インデックス(Women Business and the Law Index)というものを作っていますが、日本は190カ国中100位くらいなので必ずしもいい評価ではありません。この評価を機械的に受け入れましょう、ということでは全くないですが、こういった指標も1つの参考にしながら、僕たちも途上国の皆さんから勉強させてください、という姿勢をもってもいいと思うのですよね。
 新興国との対話という文脈では、直近2年間G20の議長も務めていたインドやブラジルとは、私も仕事の付き合いがあるのですが、自信を持ってきているのも感じます。そのような人たちと議論するには、今まで先進国はこういう風に議長国運営をやってきたから、君らもそうするべきだよ、というアドバイスだけだと、うまくいかないかもしれません。どういうことをやりたいのかを聞いてあげて、こういった国々の人たちの懐に入っていく事も重要だと思います。

学生:国民皆保険を世界でもっと当たり前にしていく中で、日本がそれを援助するというところで、日本の主張がどこまで通るのかを疑問に思いました。つまり、例えばアメリカでは、大統領選でヘルスケアが争点になる中で、日本はどのようにアドバイスをして、どこまで介入できるのかについて気になります。

津田
:アメリカに限った話ではないですが、MDBsを通じて政策を実現する場合は、JICAのような二国間支援機関を通じた開発援助と違って、ドナー国(株主)は我々だけではないので、みんなの意見を聞きながら少しずつ進めていくことになります。
 保健の話をいただいたので、具体例を使ってご説明します。2019年、これはコロナ危機の前ですが、大阪のG20サミットのマージンで、G20財務大臣・保健大臣合同会合を初めて開催したことがありました。その際、UHCに関する成果文書というのを作り、ご参加いただいているG20財務大臣・保健大臣にそのコミットメントをご確認いただいたのですが、その文書の作成には、大変な苦労を要しました。
 交渉の舞台裏を詳らかにすることはできませんが、この財務大臣・保健大臣が合同で確認する文書というのがそもそもG20で初めてということもあって、各国の財務省・保健省から、我々が作ったドラフトに大量にコメントが届きました。メールとテレコンを通じて、1つずつ丁寧に合意を取っていきましたが、財務省と交渉していると思ったら保健省の人だったり、すごいこだわったと思ったら急に譲歩する国があったり、相反する意見が異なる国から出されて間に挟まったりして、とにかく時間をかけて丁寧にやっていくしかなかったですね。「そもそもUHCがなぜそんなに重要なのだ」と聞いてくる国もあり、そこからときほぐしたこともあり、保健省側からWHOの専門用語が多く含まれたメッセージが来て、一生懸命勉強したうえで文書に反映させたこともありました。
 やはり、マルチラテラル(多国間)でやっているときには、必ずしも日本の言い分だけが通るわけではありません。であるからこそ、日本の旗をしっかり立て続けながら、相手から反論や疑義が示されたら、なぜそういう意見が出るのかも考えて、寄り添いつつ、譲れぬところは譲らず、時間をかけて、交渉を進めていくということではないかと思います。

財務省で働くことやキャリア、スキル、英語力について
服部:最近の学生にとって、公務員の人気は落ちていると感じますが、これはどのように理解されていますか。

津田
:そうなんですね。学生の目から見て他に魅力的に移る仕事が増えてきたこと自体は、ポジティブなことだと思います。また、自分の仕事を振り返ると、仕事が面白くなってくる時期は、多少時間が経って経験を積んでからだったりもするので、就職活動当初はそれが見えにくいというのもあるかもしれません。
 役人生活を振り返って、やりがいのある仕事を考えるに、「大きな仕事」と「小さな仕事」の両方あったな、と思います。大きな仕事とは、文字通り社会的に大きな意義のある仕事です。例えば、2013年に、日本とインドとの二国間の通貨スワップ協定の規模が150憶ドルから500憶ドルまで拡充されました。このとき私はインドデスクとして、協定の細かな文言の詰めを含めインド側と調整を行いました。2013年夏にIMFから帰ってきて数か月後のことで、本当に忙しかったです。結果として大臣や首脳レベルまで話があがって、それが両国の戦略的パートナーシップの一部に位置づけられた際には、大きな達成感を感じました。
 その一方で、関係者の数はそれほど多くなく、あるいは、担当レベルの人達で打ち合わせをして、社会的なインパクトも国の首脳レベルということではないのですが、手触り感というか、自分でかなりの部分を生み出す楽しさがある仕事もあります。例えばジェンダー平等の分野で、世銀やアジア開発銀行のエキスパートも招いてイベントを企画したことがあるのですが、こちらは私が言い出しっぺでしたので、0から1を作る仕事でした。実験的な試みでしたが、関係者の方々のご尽力もあり、200人ぐらいハイブリッドで参加した大盛況のイベントになりました。学生さんに対しては、こういう面白さをもうちょっと伝えていきたいと思います。メディアに取り上げてもらえるようなスポットライトのあたる仕事の重要性は我々も採用活動を通じてお伝えしてきていると思うのですが、自分がプロフェッショナルとして0から何かを創発する、生み出す仕事もけっこうあるので、それを仕事の魅力としてもっと伝えなければいけないな、と思いを新たにしています。

学生:数字上だと、確かに公務員志望は増えてはいません。ですが、今年公務員志望の人たちと勉強した経験では、熱意を秘めている学生は多く、彼らが入省して活躍されているような姿は目に浮かびます。数だけでは測れないところはあるのかなと思っています。

津田:自分の職業人生を振り返っても、最初に入った時は法令や国会や予算関連の仕事をイメージしていたのに、今は全然違う仕事をしているわけで、この仕事は面白いと後から気づくことは普通にあります。あるいは、さきほど面白い仕事ができると実感しているのは、時間が経ってからと言いましたが、その過程の「下積み」の重要性に気づくのも少し時間が経ってからなんですよね。

服部:学生からは、公務員には専門性がない、専門性が身につかないという指摘がありますが、これについてはどうお考えでしょうか。

津田:定期異動(ローテーション)があるので、1つの部署に長くいることで得られる知識のようなものは、確かにつきにくいかもしれないですね。ただ、専門性とは、何も一つの部署にいてこれを知っています、ということだけでないんですね。知識はいずれ陳腐化しますし、一番大事なのは、自分なりの「視座」「見方」のようなものをもっているかどうか、だと思っています。例えば私はソブリン(政府)の債務問題に対する研究をIMF時代に行ったのですが、それ以来ずっとアカデミックな議論含めてウォッチを続けています。こういうものは、時間がかかっても良いので、頑張って5年や10年かけてはじめて身につくようなものだと思います。1つの部署にずっといれば身に着けられるものでもないし、異動すると習得することができないというものでもないです。これからは、生成AIで代替できるようなものは専門性ではなくなってくるので、それこそ判断力や、私が好んで使う「connecting the dots」というか、異なる分野の知識を結びつけることなどが求められて来る時代だと思います。
 この表現が適切かどうかわかりませんが、財務省は、専門性が身に付く「保証」はないけれども、そのための「材料」「機会」は豊富にあるというのが私の体感です。「やる気」「新しいものに対するオープン・マインド」があれば、色々なキャリアパスが拓かれると思います。
 今の自分のポジションの話でいえば、私のカウンターパートは、世銀やアジア開発銀行などの副総裁(Vice President)とか局長(Director)だったりもして、皆自分より年上で実務経験も豊かな方々だったりすることも多いです。狭い意味での専門性では到底太刀打ちできず、色々な仕事をしてきた結果として得た多角的に物事を分析する視座のようなものがあって初めて対等に議論することができます。今の国際情勢というのは、前例がないことが続いていますから、マクロ経済、法制度、国際法、各セクター等々の専門知識も必要で、特定のディシプリン(学問分野)だけを知っているだけでは解けない方程式がたくさんあります。
 その一方、一本刀というか、「これが私の強みです」という何かは持っていかないといけません。それは例えば、法律でもいいですし、経済学でもいいし、特定の分野、特定の国、何でもいいと思います。「なんとなく知っている」とか「そういう部署に昔いた」ではなく、その分野なら「世界で戦える」というものです。それを真ん中に据えて、その一本刀の付加価値の提供と引き換えに、他の人からの知識や専門性も、わらしべ長者のように獲得していく。自分ができているかというと疑問ですが、そういうプロフェッショナルを目指すことができる機会が与えられているのは、とてもありがたいという思いです。

学生:専門性というところに関連して、他国では博士号を持っている人を公務員として雇ったり、他業種からも引っ張ることがあるのに対し、日本は新卒で入れて育てる文化があると思います。このような日本のやり方の強みや、他国と比べて弱いところを教えて下さい。

津田
:こればかりは、国の文化や労働市場のあり方と直結しているので、あまり断定的なことは申し上げられませんが、どこの国でも公務員の世界では、経験を積んだ人がだんだん上がっていくというのは割と一般的にみられることだと思います。
 それでいうと、日本の場合は、様々な経験を積んで、上に上がっていく機会というのは、案外他の国よりもあるように思います。例えば国際機関だったり他の国の政府だったりで、同じところにもう何年もずっといる人もいます。外国の場合そこらへんは割り切りで、管理職とそれ以外の職務内容(TOR:Term of Reference)が割ときれいに分かれている。プロコン(賛否両論)あると思いますけれども、先に「大きな仕事」「小さな仕事」に分けて、「小さな仕事」もやりがいがありますよ、と伝えたのですが、一方、若いうちに「大きな仕事」の一翼を担うことができるのは、いいトレーニングではあると思います。下積み含めて無駄なことは何1つなかった。課長というマネジャークラスになってそう思いますね。
 専門性とは、常に変化を続ける時代に対応するものである、という一例として、最近は経済安全保障とか、経済・金融面でのインテリジェンスの重要性というのは高まっていて、そういう問題にも、従来型の知識の積み重ねだけでは対応できなくなっています。15年ほど前に法務省に2年間出向して、国際マネーロンダリング対策や犯罪によって得たお金の追跡や没収に関する国際枠組づくりにたずさわりましたが、その後、テロリストやテロ団体の資金凍結制度やその運用方法なども進化が進んでいて、自分の知識や経験も陳腐化しているのを感じます。ユーラシアグループというシンクタンクの代表のイアン・ブレマーが「Weaponization of finance」という言葉で、金融システムを安全保障上の目的で積極的に使う現象を表現したのがかれこれ10年近く前。足元ではもっと多角的で複雑な制度ができており、これらも既存の政策分野の過去の知識の集積だけでは対応できないですね。
 あと、ちょっと違う角度の話になるかもしれませんが、国際機関のトップに行くような人たちは、やはり色々な経験をしていますね。シンクタンクにいましたとか、大学にいましたとか、NGOにいたとか、CV(履歴書)を見ると色々な人がいます。日本でも、そういう複層的、複線的なキャリア形成があると、人材の幅がもっと膨らんでいくと思います。私自身も、アカデミアとの接点として、自分のリサーチに加えて、先生の講義に呼んでいただいたのはありがたかったですし、留学生も含めた英語のゼミのゲストスピーカーの経験も、いつも楽しんでやっています。

服部:日本人は国際機関で働くチャンスは多いとおもいますが、英語がネックになることが多いのではないでしょうか。

津田
:おっしゃるとおり、私含め日本人は英語を頑張る必要はありますね。逆に英語ができると武器になります。
 あと必要なのは、ちょっと話が前後してしまうんですけれども、国際機関に行くならやっぱり専門性がどうしても必要になります。学生の皆さんにいつもお伝えしているのですが、国際関係論とか開発学とかそういう分野だけ修めていると、世銀が何をやっているかについて詳しくはなるんですけれども、一スタッフとして国際機関に行きたいというときに役立つ武器かというとそうとは限らないんですね。先ほどの一本刀と他の分野の知識の獲得の話でいえば、そういう学問は、いわば他の分野の集積であって、一本刀がないとスタート地点に立てないです。例えば、「私は開発ミクロ経済学、特に離村の貧困度合の測定を研究したエコノミストです」「私は気候変動、特に大気の状況の専門家です」「都市開発の専門知識があります」など、なんでもいいのですが、自分を定義づけるものが必要だと思います。
 国際機関であるポジションが募集されると、世界中からCV(履歴書)が集まります。英語に加えてフランス語できます、西アフリカで井戸を作りました、そこでPhDも取っていましたみたいな人がジャンジャン集まるわけです。それが、世銀で国際的な仕事したいです、途上国の開発に興味あります、英語得意です、というレベルではなかなか受かりにくいということはお分かりいただけると思います。
 なので、国際機関に行きたいのであれば、自分にどういう付加価値、一本刀があるのかというのを考える必要があります。今付加価値がないならないでいいので、3年から5年くらい時間をかけるとどれくらい力がつくかなというのを考えて、どういうスキルアップをして行けばいいのかを考えて、時間をかけてキャリアを作っていく。そういう考えが、もっとみんなにあってもいいんじゃないかなと思います。こういうことを申し上げると「大変そうだな」と思って引いてしまう方がいらっしゃるかもしれませんが、むしろ私は若い方々にはチャンスがあると思います。職業柄国際機関に行きたいという相談を受けることも多いのですが、そういうキャリア相談を通じて思うのは、世界を目指せる若い方は相当いらっしゃると思います。応援していかねば、と使命感を感じますね*5。

服部
:英語力についてもう少し教えてもらえますか。

津田
:はい。日本語で話す時も、みなさんが仕事をしているときに話す日本語と、お家に帰ってから家族と話す日本語は違うじゃないですか。英語についても同じことが言えて、仕事で使う英語だけでなく、友人との会話、生活面、アカデミックな英語、総合的に触れて、トータルな英語力を伸ばす必要があると思います。それでいうと、普通に日本で暮らしていると僕らはexposure(英語を触れる量)が足りないように感じます。私も英語で書かれた小説とかエッセーのようなものを読むのですが、今でも知らない単語に数多く出会います。
 英語がわかるといいなと思うことは、日本語だけでなく英語の情報もコンスタントに入手できることです。例えば、開発の世界にはトレンドのようなものもあるので、神田(2021)に書かれていることも、古くなってしまっていると感じる部分もあります。まあポストコロナ、と銘打っていますので、コロナ明けから少し経った今だと、当然世界経済の現況や課題も変わってきますよね。
 そういうときに、やはり重要なのは、「活きのいい」情報に触れることなのですが、日本語の情報だけを見ているのでは、取れる情報はどうしても限られる。英語を学ぶ意義は、英語を上手に話せるということだけではなく、英語の情報をインターネットとかから常に入手できることもあると思います。インターネットに書かれている情報のうち日本語で書かれている情報って全体の5%くらいですかね。英語の情報が50%ぐらいと言われています。普段から英語で情報収集する癖をつけると、持っている情報に加速度的に差が出て、時間が経つとだいぶ差がついてきます。学生の皆さん今は差はあんまりないと思いますが、5年後10年後と時間が経ってくると、この差が非常に大きく開いてきます。国際的な仕事に興味をお持ちなのであれば、決して楽ではないですが、そういう世界に飛び込んでほしいし、財務省でお会いすることがあれば、色々お手伝い、アドバイスもできると思います。

服部
:元々英語は得意だったんですよね。

津田
:そうですね、高校ぐらいから英語は得意科目になりました。中学の時はそうでもなかったですが。

服部
:英語は小さい時から好きでしたか。

津田
:小さい時に母親が子供向けの小さな英会話学校を自宅でやっていたので、英語は身近にある環境ではありましたね。

学生
:私は英語は全然しゃべれなくて苦手です。それで最近オンライン英会話を始めました。

服部
:このタイミングで気が付いたらいいですよね。

津田
:そうですね、早く気づけて良かったと思います。英語をしゃべれないと、落ち込む人が多いのですが、落ち込む必要なんて全くないんです。しゃべれないという現状を確認した日に、まず自己採点してみてください。とっても低いと思います。それでいいんです。どうしてかわかりますか。だって後は上がるしかないですから。私もイギリスに留学した際に、英語の会話に入っていけず、「自分は話せない」と勝手に落ち込んだ時期がありました。だいぶ気持ちが沈んだのですが、あるとき急にポジティブになって(?)、「そうか、自分は話せないんだ!」と正面から認めたら、そこからは上に上がるだけであることに気づきました。今でもうまくいかなかったら、いちいち落ち込むのではなく、「自分はまだこういうところが修練・経験不足だった、次はこう改善しよう」と思うようにしています。
 なお、今申し上げたのは学び始め・学び直しの方向けのアドバイスですが、実際に英語で交渉する立場となると、英語が単に喋れるだけではだめで、ディベートスキルというか、議論するためのスキルのようなものも必要になってくるんですよね。例えば、カウンターパートと自由討議というかやり取りを何往復かする時には、「型」みたいなものがあって、世銀にいた際に、世銀の幹部や他国の理事の人達のやり方を見様見真似で学びました。コロナ危機だったので、バーチャル面会をどうすすめるのが一番効果的か、なども随分と考えました。また、面会の締め方も重要です。いい意見交換ができましたね、バイバイ、ではなくて、こういうことをお互い確認できましたね、ネクストステップはこちらは○○と××、そちらは▲▲ですね、それはいついつまでにやったうえで次回またテレコンしましょう、というのをこっちが必ず言うようにしているんですよ。そうすると、こっちがコントロールしている感じになるんですよね。あるいは細かい話はチームメイトにふってしゃべってもらって、その間に自分は別の観点のコメントを考えるとか、そういうテクニックもあるんです。ここらへんは慣れ、場数です。頑張ってください。
 なお、特にコロナ危機後によかったなと思うのは、バーチャルの面会が常態化した点ですね。私が日本に戻ってきて特に思ったのは、(やや大げさにいうと)「世界と常に繋がっている」感覚がするんですよね。昔は、海外出張に行きました、そこで誰かと面会しました、そして帰りました、時々電話します、こういう感じでした。今では、これについて意見聞きたいな、これについてちょっと伝えたいなとなったら、数日後にバーチャルで話すことができる。そういったインフォーマルなやり取りも通じて、世界の潮流に自分の頭をキャッチアップさせるよう努めています。

服部:学生と話していると、東大生でも国際機関に行くというイメージを抱けていないような感じがするのですが、それはどう思われますか。

津田
:いや、自分が学生だった時を振り返っても、全くイメージ出来ていなかった。遠すぎると思うんですよね。その意味でも、少しでも身近に感じられるような仕掛けや取組を進めていきたいと思います。

服部
:遠すぎますよね。でも、日本が様々な国際機関に対する2番目の出資国である事実などがある中、他国に比べて日本人には希望者が少ない印象もあるので、チャンスがあるんじゃないかと思います。

津田
:チャンスはあります。国際機関に行きたい方にいつもお伝えしているのは、中期的に計画いただくことです。来年行きたいですとか、あるいは学部卒業したら行きたいですとか、学部を卒業して大学院に2年行って、その後すぐに行きたいですといってもなかなか行けるとは限りません。じゃあ、実務経験を5年ぐらい積んでから行こうと。であれば、その5年間の経験はどこで積むのとか、その間に留学費用としてどの奨学金制度を使うとかを、タクティカルに(戦術的に)考える。そういうことをふわっとではなく、「自分ごと」としてリアルに考えて頂ければと思います。

服部:修士課程は行った方が良いと思われますか。

津田
:国際機関に行くうえで必要か、という観点にしぼっていうと、私は学部が終わった後にすぐに行く必要はないかな、行くのであれば、実務経験を積んでからの方がいいんじゃないかなとは思います。また、一口に修士といっても、どの大学のどのコースか、というのが当然重要になってきます。

服部
:今回は津田課長に国際金融と経済協力についてお話を伺いました。ありがとうございました。

津田
:ありがとうございました。

図表1 マルチ国際開発金融機関(MDBs:Multilateral Development Banks)
図表2 世界銀行グループの概要
図表3 世銀のミッションから読み解く開発課題

*1) 神田眞人(2024)「図説 ポストコロナの世界経済と激動する国際金融」財経詳報社
*2) 植田健一・服部孝洋(2024)「国際金融」日本評論社
*3) https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202412/202412d.pdf
*4) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-foreign_exchange/proceedings/material/20240318_3.pdf
*5) 財務省のホームページにある「MDBsパンフレット」でも、実際に働いている職員からのメッセージを読むことができます。https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/publication/mdbs_pamphlet.htm