理財局国債企画課長佐藤伸樹/理財局国債企画課国債政策情報室長荒瀨塁/理財局国債企画課課長補佐矢野智史
20世紀に入って間もない頃、後に内閣総理大臣や大蔵大臣等の要職を務める高橋是清(当時、日本銀行副総裁)が、日露戦争の戦費調達のため、海外の資本家や投資家等と密に関係を構築し、先例がない規模の外債発行を成功に導いたのはご存じだろうか。そこから100年余り、我が国の一連のコーポレート・ガバナンス改革の取組により、発行体による株主や機関投資家等との対話の重要性が高まるにつれて、投資家向け広報を意味するIR(Investor Relations)という言葉が定着しつつあるが、是清の逸話は、現在、財務省でも実施している日本国債IRの先駆けであったと言えよう。足元、日本銀行による金融政策の枠組みの見直し等を受け、日本銀行に代わる国内外の多様な投資家に日本国債の保有を促す必要があることから、IRの重要性が一層高まっている。このような中、財務省は、日本国債の国内外のIRを強化するため、証券会社12社を「JGB・GXプロモーター」に決定し、2024年7月31日に公表した。本稿では、JGB・GXプロモーターと連携した、国内外投資家向けの国債IRにおける財務省の取組を紹介する。
1.国債IRの概要
我が国の債務残高対GDP比は、2024年末時点で250%を超える水準となる見込みであり、こうした多額の債務残高を抱える我が国にとって、国債の安定消化が重要な課題となっている。このような中、財務省では、国債保有者層の多様化のため、銀行や生命保険会社等の国内機関投資家や個人投資家への国債保有促進に向けた取組のみならず、海外投資家との関係強化の取組である海外IRを実施している。
海外IRについては、2005年より継続的な取組を開始し、2014年には、理財局国債企画課内に国債政策情報室を設置し、調査・分析部門と連携しながら、より一層効果的かつ効率的なIR活動を行えるよう、情報発信体制を強化してきた。海外IRの目的として、(1)保有者層の多様化を通じて、国債市場の安定を図ること、(2)投資家のニーズに即した情報を正確かつタイムリーに提供することで、長期安定的な国債保有を促すこと、(3)海外投資家の動向及びニーズの的確な把握を図り、国債管理政策へのフィードバックを行うことが挙げられる。
これらの目的を実現するため、海外IRにおいては、長期安定保有が見込める海外中央銀行(外貨準備)、年金、生命保険会社等のリアルマネーの機関投資家を重視するとともに、国債管理政策のみならず、日本の経済政策や財政健全化の取組に関しても情報発信を強化してきた。また、海外IRを通じて海外投資家から様々な質問や意見が寄せられるところ、そうした声を関係部局に共有し、国債管理政策等にも反映して活用しているほか、各国の債務管理当局や国際機関、海外中央銀行との関係強化にも努めている。
2.我が国の国債市場を取り巻く環境の変化
国債保有者の状況について見ると、量的・質的金融緩和以前は、主に銀行が最大の国債保有者であったが、足元は、日本銀行が半分程度保有している(図表1 国債及び国庫短期証券(T-Bill)の保有者別残高の推移)。2024年3月に日本銀行が金融政策の枠組みを見直し、7月には国債買入れの減額計画が決定されたように、国債市場を取り巻く環境が大きく変化しているところ、発行当局としては、今後、日本銀行以外の様々な投資家層に更に国債を保有してもらうことが一層重要となっている。こうした中、2024年5月9日に、「国の債務管理に関する研究会」 *1を開催し、今後の国債の安定的な発行をどのように図っていくかについて、有識者の方々より中長期的な視点から議論をいただき、6月21日に「今後の国債の安定的な発行・消化に向けた取組について(議論の整理)」をとりまとめていただいた。
3.「議論の整理」とその内容に対する当局の検討
我が国の国債市場では、銀行や生命保険会社・年金、海外投資家等と年限別に主要な投資家が分かれているため、これらの投資家別に投資行動や国債保有に係る課題・制約要因に応じた取組を検討していくことが求められる。例えば、量的・質的金融緩和以前に国債の最大保有者であった銀行については、今後の安定消化にあたって重要な役割を果たすと考えられる一方、2013年以降段階的に実施されているバーゼルⅢに見られるような資本等に関する規制やリスク管理の枠組みによる制約が存在する。そのため、発行年限の短期化や変動利付国債の発行等、市中に供給する金利リスク量の縮減を図る対応も必要となっていくことが考えられるが、これらの取組は、国が借換リスク・金利リスクを負うことを意味することから、極力新たな国債保有主体の開拓を図ることが重要ではないかとの意見もあったところである。また、海外投資家に対しては、今後の海外IRは、従来の取組の中心となっている個別訪問に限らずオンラインセミナーも活用することや、官民連携して実施すること等、効率的・効果的にIRを行っていくことが提示された。
上記のような、日本銀行の金融政策の枠組み見直し等を踏まえた取組に加え、GX経済移行債の個別銘柄として、2024年2月より発行を開始したクライメート・トランジション利付国債*2 (以下、CT国債)についても、世界初の国によるトランジション・ボンドであり、引き続き国内外の投資家の需要を喚起していくことが必要となる。そのため、「議論の整理」にもあったIRの官民連携の取組の一環として、CT国債を含めた日本国債の国内外IRを一層強化するため、国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)の中から、証券会社12社 を「JGB・GXプロモーター」に決定し、2024年7月31日に公表した。
その後、2024年10月18日に開催された同研究会にて、6月の「議論の整理」の内容に対する当局の検討状況のフォローアップを行い(図表2 「議論の整理」(令和6年6月21日)における今後の取組の方向性と現在の検討状況(令和6年10月18日))、令和7年度(2025年度)国債発行計画の策定等においても対応を進めている。
4.「JGB・GXプロモーター」とIR活動実績(2024年7月~12月)
JGB・GXプロモーターの具体的な活動内容は、各社の希望やこれまでのIRサポート実績等を踏まえ、協議により決定するが、役割としては、主に(1)国内外の投資家との面談や投資家向けセミナーのアレンジ(オンラインによる面談・セミナーも含む)、(2)IRで使用する資料の更新・改定のサポート及び国内外の市場環境に係る情報提供を想定している。
2024年7月以降、JGB・GXプロモーター各社と効果的・効率的なIRに向けた意見交換を行った後、国内外IRを開始した。
国内IRについて、地域金融機関を対象とした個別面談のほか、主に業界団体やJGB・GXプロモーター各社が主催する各種セミナーに10回以上登壇し、最近の日本国債市場を取り巻く状況やCT国債を含む国債管理政策等について講演を行った。その際、1回あたり数社から10社程度の投資家とのディスカッション形式のスモールミーティングを実施するとともに、銀行や生命保険会社等の金融機関のみならず、学校法人や公益法人のような非営利法人等向けセミナーに登壇する等、新たな取組も積極的に行っている。
海外IRについては、20年にわたる、これまでの取組や海外の債務管理当局等とのつながりを生かし、様々な機会を捉えて、国内外で実施している。国内での取組としては、主に来日した海外投資家との面談が中心であるが、東京にオフィスを構えている各国中央銀行・財務省とも定期的に意見交換を行っているほか、各種セミナーで講演やパネルディスカッションに登壇した。なお、世界の外貨準備運用担当者の情報交換の場である、アジア開発銀行主催の地域外準運用管理フォーラムを始め、サステナブルファイナンスやCT国債にフォーカスしたセミナーや面談においては、経済産業省等と連携して対応した。海外を訪問してのIRについては、主に日本経済・財政と国債管理政策の現状をテーマとして、2024年10月には、シンガポール及び香港、11月には、イギリス、フランス、アラブ首長国連邦等への出張を実施した。その際、現地での海外投資家との面談や国際会議への参加と併せて、イギリスでは、Bloombergが主催する現地投資家向けのセミナーとタイアップし、パネルディスカッションに参加した。
引き続き、年間を通じて、国内外での国債IRをJGB・GXプロモーター各社等と協力しながら、積極的に展開していく。
写真 海外投資家向けセミナーに理財局幹部が登壇(2024年11月)
写真 学校法人向けセミナーに登壇(2024年11月)
写真 経済産業省とともにトランジション・ファイナンスをテーマとしたセミナーに登壇(2024年11月)
写真 海外投資家との面談の様子
図表 JGB・GXプロモーター(証券会社名は、五十音順に記載)
Column1
Bloombergロンドンセミナーに登壇
約100名の海外投資家にJGBをプロモーション
2024年11月4日、世界が固唾を飲んで見守った米大統領選挙を翌日に控えたこの日、世界有数の金融センターであるロンドン・シティにおいて、Bloombergと財務省がタッグを組んだ初の投資家向けイベントが開催された。
イベントの名は「Japanese Government Bonds: A New Era」(日本国債:新しい時代)- 2024年3月の日本銀行による金融政策の枠組みの見直しを受け、日本国債(JGB)市場に「金利ある世界」が復活し、長年、通貨ベーシス・スワップ取引を利用した国庫短期証券(T-Bill)投資を中心に行っていた外国人投資家も、JGB市場に熱いまなざしを向け始めている。この好機を捉えるべく、Bloombergと財務省の思いが一致し、今回のセミナー開催が決まった。
基調スピーチには、現地を代表してイギリス債務管理庁(UK Debt Management Office)のジェシカ・ピューレイCEO(※筆者(荒瀨)も日本代表として参加しているOECD債務管理作業部会のイギリス側カウンターパートでもある)に登壇いただいた。
パネル1は、「JGB Here Now」*3 と題し、JGBマーケットを巡る現状と課題を中心にディスカッションを行った。筆者からは2024年6月に公表された「国の債務管理に関する研究会」の「議論の整理」を中心に国債の安定的な発行・消化に向けた中長期的な課題と取組について紹介を行った。対してみずほ証券からは、国内投資家の最近の投資行動や決算データからデュレーションリスクをアンダーウエイトしていることがうかがえる点と、日本銀行の国債買入れ減額や国債発行計画の見通しを踏まえ推奨され得る投資戦略についての紹介があった。
パネル2の「Investment in Japan」では、主に我が国のマクロ経済や金融政策の動向についてディスカッションを行った。登壇したクレディ・アグリコル証券のエコノミストはリフレ派の論客であるのに対し、Bloombergのエコノミストがオーソドックスな立場で議論を展開したのが結果として良い塩梅にコントラストとなり、海外投資家にとっ ては非常に興味深いパネルとなったようである。
本セミナーには、アセットマネージャーやヘッジファンド、銀行等100名近くの幅広い投資家が参加し、会場は熱気に包まれた。セミナー終了後、Bloombergの日本統括責任者によると、参加者の反応として、日本経済の展望や金融政策の動向等の話を直接聞けて良かった、また、有り難いことに、日本の財政政策等について、欧州では財務省の考えを聞く機会が無かったので参考になったとの声もあったとのことである。
尚、2025年1月上旬には、第二弾としてシンガポールでのBloombergセミナーも開催された。
写真 Pannel Discussion 1 “JGB Here Now”
図表 プログラム名と登壇者
Column2
債務管理リポート・ニュースレターで情報発信
財務省では、投資家のニーズに即した情報を正確かつタイムリーに提供するため、2004年より年1回、国債管理政策を中心としつつ、公的債務に関わる各論点を網羅した「債務管理リポート」を日本語版・英語版ともに公表するとともに、2014年より毎月、日本国債に関する情報や日本の経済指標等を記載した海外投資家向けの「ニュースレター」も英語で発信する等、情報発信の工夫に努めている。
同時に、配信する投資家数の確保や内容自体の充実化も図ってきている。具体的には、面会時等に手交する名刺にニュースレターのウェブサイトにつながる二次元コードを添付したり、債務管理リポートを財務省HPで公表するのみならず、電子書籍としても出版して広く公開したりする等、今までの枠組みにとらわれず、新しい試みを積極的に行っている。また、前述のJGB・GXプロモーターとの連携により、面談やセミナーの件数も増えてきていることから、IRの実績を紹介する記事を従前に比べて大幅に増やし、レイアウトの抜本的な改定を行う等、より購読者に訴求するように日々努力をしている。
図表 債務管理リポート
図表 ニュースレター
インタビュー:JGB・GXプロモーター
JGB・GXプロモーター
後方左から(敬称略)
渡邊秀幸 みずほ証券株式会社金融市場本部金融市場営業第一部ディレクター(グローバルセールス担当)
中山亮 大和証券株式会社公共法人部副部長兼第一課長
馬場辛二 東海東京証券株式会社金融法人第二部金融法人課営業推進役
後藤由晴 SMBC日興証券株式会社公共法人部担当課長
インタビュアー
矢野智史 理財局国債企画課課長補佐
田中未央 理財局国債企画課国債政策情報室国債情報係長
JGB・GXプロモーター12社のうち、4社から担当者にお集まりいただき、最近の日本国債市場の変化に伴う国内外投資家の動向やJGB・GXプロモーターとしての抱負等をお伺いした。
矢野 皆様におかれましては、日頃より日本国債のIR活動にご協力いただきまして、誠にありがとうございます。それでは最初に、JGB・GXプロモーターに立候補した理由をご教示いただけますでしょうか。
SMBC日興証券・後藤 2023年11月以来、CT国債のIR活動に尽力してきました。これまでの経験を生かすとともに、当社の経営理念でもある「健全な資本市場の発展を、豊かな人生・社会の実現につなげる」という社会的使命を達成するためには、日本国債マーケットの一層の発展が不可欠と考えていますので、お手伝いしたいと考えた次第です。
東海東京証券・馬場 地方債の販売を得意とした営業基盤を日本全国に有しており、地方債と日本国債の親和性をとる立場であると自負しています。本邦債券市場を構成する一員として、国内投資家へのIRであれば少なからず貢献できる機会があると考え、立候補いたしました。
大和証券・中山 これまで国債落札額で上位に位置しており、安定的な国債発行に大きく貢献していると自負しています。金融政策の正常化によって日本国債利回りが今後上昇していく局面において、これまで日本国債に魅力を感じてこなかった方々も含めた投資家に日本国債の魅力をしっかり伝えることによって、投資家層の拡大をしていくとともに、政府が進めようとしている資産運用立国の実現に貢献したいと考え、立候補いたしました。
みずほ証券・渡邊 銀行系証券会社として、円金利市場において同業他社比でトップクラスの取引量と、国内外の投資家に対する圧倒的な市場プレゼンスを目標に掲げています。その中で財務省とともに、投資家層の一層の拡大を図り、円金利市場のさらなる健全な発展に取り組みたいと考えました。
また、日本国債市場における海外投資家のプレゼンス拡大を背景に、海外投資家の投資手法に対する理解を深めなければ、市場全体の動向の把握が非常に難しい市場構造に変化していることも、海外投資家に対するIRに積極的に参加したい理由のひとつです。
矢野 ありがとうございます。次に、これまでと異なる「金利ある世界」になる中で、それに伴う国内外の投資家の行動変化などについて、ご意見をいただければと思います。
SMBC日興証券・後藤 金融政策の正常化が進む中で、日本国債について、日銀から他の投資家へポジション移行がスムーズに進行するかが大きな課題となっています。同様に、現在、債券先物の受渡適格銘柄の品薄感や流動性確保の観点からも課題が生じていると認識しております。
投資家にとって金利上昇は運用利回りの改善が期待できる一方で、保有している債券には評価損が発生してしまいますので、日本国債のポジションマネジメントは難題であると思います。また、金融機関のビジネスにおいて、預金金利の上昇は、調達コストの上昇にもつながります。貸出金利引き上げは交渉が難航する可能性もありますので、市場金利の上昇を十分に貸出金利に転嫁できるとは限らないと考えています。
したがって、金融機関にとっては、収益の改善に向けた有価証券の運用強化が急務になっていると考えられます。ただし、17年ぶりの利上げなので、本格的な国内の金利上昇局面を経験したことのある投資家は、我々証券会社も含めて限られているため、手探りで対応を進めている状況です。
東海東京証券・馬場 過去10年を見ていますと、利回りを稼げない日本国債から検討幅を広げて、公共債や事業債といった債券を購入する投資家も増えてきておりました。そのため、国債金利も上昇すれば、再び日本国債の投資も回帰すると思われます。なかでもJA(農協)などの業態は潜在的に需要が大きいのではないかと捉えており、当社としては、地元に根差している投資家を中心に認知度を高めていきたいと考えています。
また、国債を選好する投資家は、流動性を重視する側面が非常に強いので、徐々に流動性が改善するなかで、大きく減少させた日本国債の保有残高を戻す動きも少しずつ見られています。
矢野 海外投資家についてはいかがでしょうか。
大和証券・中山 海外投資家はこれまで、日銀のマイナス金利政策により円金利が低位で推移している期間がとても長かったことを背景に、日本国債への積極投資は限られていました。しかし、金融政策の正常化に伴う金利水準の上昇を受けて、徐々に運用を再開してきている状況で、これまでアンダーウェイトとしていた円債ポジションを復元するような動きも今後さらに期待できます。日本国債のイールドカーブがスティープ化していく状況になり、超長期債に関心が高まってきていると見ています。
さらに、金融政策の変更の思惑から、海外のヘッジファンドの動きが足元で活発化しており、日本のマクロ指標に市場が反応する動きが見られるように、トレードは増加している状況にあります。
田中 みずほ証券におかれましては、直近、中東IRをアレンジいただきましたが、海外投資家の投資動向について、肌感覚で何か感じたことがありましたら、ご教示ください。
みずほ証券・渡邊 私自身、海外投資家のビジネスに携わるようになってから10年以上経ちますが、当初は欧米のアセットマネジメントのような業態でも、FXスワップやベーシス・スワップを通じた円調達取引には馴染みのない投資家がまだ見られました。しかし、10年前ごろからFXスワップやベーシス・スワップの利用が進み、短期国債市場の海外投資家によるマーケットシェアは約60%まで拡大しました。
そうした中、先日、財務省と中東各国のリアルマネーを中心とする主要投資家を回ったわけですが、多くの国で通貨がドルにペッグされていますので、ドル円ベーシス勘案後で投資妙味があることを紹介したところ、意外と知らない方がいて、検討してみたいとのことでした。
広く世界を見渡すと、こうした投資機会にまだ気づいていない投資家がいると思いますので、日本国債市場における海外投資家の拡大は、今後も見込まれるのではないかと考えています。
矢野 ありがとうございます。各投資家に対して重点的に説明すべきポイントについても、ニーズに応じて、柔軟に調整していきたいですので、ご相談させてください。次に、JGB・GXプロモーターとして今後力を入れていきたい取組や地域などについて、ご教示ください。
SMBC日興証券・後藤 当社は、半年ごとに、金融機関から運用方針をヒアリングしていますが、地域金融機関のみならず特に公益法人や地方自治体も含めて、日本国債に回帰する動きを感じています。在京の地方銀行向けに引き続きIRを行ったり、当社の得意分野である公益法人向けのセミナーなども積極的に行ったりしていますので、そうした場に財務省に参加してもらい、幅広い投資家への紹介を継続していければと思います。
また、当社はニューヨークに日本人エコノミストを派遣するなど、海外の情報配信も強化しています。これまでは国内に重点を置いた協力をしてきましたが、今後は、海外IRに関しても、可能な限り、取り組んでいきたいと考えています。
東海東京証券・馬場 潜在需要が期待できる地方自治体などの開拓に力を入れていきたいと考えています。また、税収の増加とともに地方債の発行額自体が減少していく可能性が高い中、地方債から溢れた需要が日本国債へと流れる動きをサポートしていきたいと考えています。足元で地方自治体は、市町村を含め運用が増加してきており、ポートフォリオ全体では地方債と財投機関債を選好する投資家が非常に多くなっています。
日本国債は、タイミングを選ばずに、いつでも買うことができるため、短期債から長期債まで、ほぼ同額ずつ保有するようなラダー運用先として捉えることも可能です。当然、投資家としては、スプレッド妙味のある公共債に依存する傾向が高いとは思いますが、先に述べた日本国債の魅力をアピールしながら、投資家層の拡大を目指していきたいと考えています。
大和証券・中山 当社は、銀行に限らず信用金庫、信用組合、JAなどの預金取扱金融機関、年金・保険会社に対して人数やテーマをある程度絞り、車座のような形で、お互いの声が聞こえるような規模感で意見交換会や勉強会を開催していきたいと考えています。そこに財務省の担当者から、直接、日本国債の魅力や今後の安定消化などに向けた取組などについて説明してもらった上で、投資家からのニーズについても、直接意見を吸い上げてもらいたいと思います。
みずほ証券・渡邊 当社は、今後も財務省との海外IRを通じて海外投資家の発掘に取り組んでいきたいと考えています。その意味では、海外投資家に対して、外貨ベースのデジタル取引の紹介や推奨・啓蒙を行っていきたいと思っています。また、円金利市場の情報に加えて、日本の政治、経済、文化などの広範な情報を適時適切に提供することで、投資家に正確な投資判断を行ってもらいたいと考えております。
地域については、長い先を見通して、より広範な地域を対象にしていく必要があると考えます。例えば、とあるコンサルティング会社のレポートによると、2050年には、中国、インド、東南アジア、南米といった地域の経済的な発展が見込まれていますので、外貨準備もこれから大きく膨らむ可能性もあります。こうした地域の中銀を含むリアルマネーなどについて発掘の余地があると考えています。
田中 財務省としては、オンラインも活用しつつ、引き続き、現地に出張する対面のIRも重視していきたいと思っていますが、JGB・GXプロモーターの皆様が考える対面の意義はどこにあると思いますか。
SMBC日興証券・後藤 オンラインを好まれる投資家もいますが、一方で自分のところまで来てくれることに感謝し、1対1だからこそ、普段は聞けないことが聞けるという期待をしている投資家もいます。そこからつながりが生まれて、定期的なIRにもつながっていくと思いますので、できるだけ足を運んでもらい、投資家と積極的に意見交換をしてもらえれば、国債管理政策にも反映できるのではないでしょうか。
大和証券・中山 やはり当局として、直接地方へ出向いて投資家に説明するのは、効果としては間違いなく1番大きいと思います。当然、予算面も考慮する必要がありますので、同じ業態の方々を集めて面談する形にすれば、横同士のつながりもあるので、出向いていただきやすい環境が作れるのではないかと思います。お互い課題認識を持っていることについてディスカッションもできますし、質疑も盛り上がるのではないでしょうか。
みずほ証券・渡邊 直近の中東IRでは最初にクウェートに行きましたが、トランジットを含め、約16時間の移動時間がかかりました。しかし、投資家とフェイス・トゥ・フェイスでお話すると、オンラインでのミーティングでは得られない親しみを持っていただき、多くの質問や問い合わせをいただきました。また、経営層が出てくることもあり、現場の人とは違う話が出てきて、非常に貴重な機会になると思います。
田中 冒頭で皆様がJGB・GXプロモーターに立候補した理由をお聞きしました。JGB・GXプロモーターになってから数ヶ月経過しましたが、その中で実際に活動されて感じたことがあれば教えてください。
SMBC日興証券・後藤 日本国債のIRを通じて当社の担当者と投資家がより深く話をできるようになったことです。当社は、2024年2月のCT国債の初回発行前後の財務局のセミナー時には、幅広い投資家にお声がけし、当社が社会的意義のある活動をしていることを認識してもらいました。その結果、当社の活動の裾野が広がったのみならず、担当者も自信を持って幅広い投資家に提案できるようになりました。
東海東京証券・馬場 これまではセミナーを実施してもリアクションの薄い投資家が少なくありませんでした。しかし、先日、財務省にも登壇してもらった国内投資家向けセミナーでは、その後の入札に参加した投資家もいると聞いています。
大和証券・中山 JGB・GXプロモーターの取組は、「業界全体が一致団結して日本国債を盛り上げていく」ことと捉えることができるので、日本国債の魅力がより投資家に伝わりやすくなると思います。
矢野 ありがとうございました。今後も新たな取組を含め、積極的にチャレンジしていきたいと思いますので、引き続き、どうぞよろしくお願い致します。
担当者対談:海外IRチーム~世界の投資家から日本を見る~
財務省では、2005年に日本国債の海外IRを継続的な取組として開始して以降、2024年12月末までに、累計43の国・地域、延べ364の都市を訪問してきた(図表1 海外IR実績)。ここでは、海外IRを担当する理財局国債企画課国債政策情報室海外投資家係の担当者による本音トークを通じて、海外投資家の特徴や近年の動向、担当者の想い等、海外IRのリアルを紹介する。
山内洋輔 理財局国債企画課国債政策情報室海外投資家係長/平野星来 海外投資家係員/飯田真也 専門調査員/山田知宏 専門調査員
1.海外投資家の動向
山内 日銀による金融政策の枠組みの見直しなどを受けて、海外投資家を含む様々な投資家に対するアプローチの重要性が一層高まっている認識です。海外投資家係としては身が引き締まる思いですが、まずは、海外投資家が日本国債へ投資する理由をおさらいしましょう。
飯田 様々な投資家が、多様なニーズのもと投資をしています。主だったものを図表2 日本国債への主な投資理由にまとめていますが、同じ投資家でも、マーケット環境や規制の動向によって年限・金額のニーズは常に変化するものという認識です。
平野 金利水準にかかわらない投資ニーズもあるということですよね。年々、海外投資家による国債保有が増加基調(図表3 海外の国債等(※)保有額、保有割合の推移)にありますが、海外投資家の投資スタンスについて、目立った特徴はなんでしょうか。
飯田 国庫短期証券(T-Bill)の保有割合の高さは特徴的と言われますね(図表4 海外の国債(含むT-Bill)保有割合の推移)。この背景としては、本邦投資家によるドル調達需要の強さなどから、海外投資家が通貨ベーシス・スワップを活用することでプレミアムを享受できる環境が続いていることが挙げられます。より金利リスクを抑えて収益が期待できる短期債に投資妙味があると考える投資家も多く、こうした取引はマイナス金利下でも行われていましたが、未だに大きな存在感があります。
山田 そのほか、投資主体にもよるため一概には論じられませんが、流通市場(セカンダリー市場)での活発な取引などもよく指摘されるところです。
平野 このあたりについては、過去の月刊ファイナンス*4や債務管理リポート*5にも詳述されているので、ご興味のある方はぜひご覧ください。ところで、ここ数年は日本の国債市場にとって大きな変化のタイミングでしたよね。
山田 はい、各金利の推移を図表5 日本国債金利の推移に示しております。コロナ禍以降は、地政学リスクの高まりや一時的な金融不安などに揉まれながらも、大きくは、各国中央銀行によるインフレ対応としての金融引き締め、また日銀による金融政策正常化を受けて、日本国債の金利は上昇基調で推移しました。
山内 日本経済のデフレ脱却に向けての期待から、イールドカーブが相対的にスティープ化している点を、魅力的と捉える投資家の声も聞かれますね。
2.海外IRの意義
平野 続いて、海外IRの意義について、海外出張の実体験も踏まえて教えてもらえますか。
山田 日銀による金融政策の変更や世界初の国によるトランジション・ボンドであるCT国債の発行など、日本国債への関心が高まる局面で、個別面談や各種講演を通じて数多くの投資家とお会いしました。金利が上昇する中で大規模な国債発行も継続するという難しい環境であり、投資家からの鋭い質問も多かったですが、裏を返せば日本国債への注目の高まりの証左でもあったと感じています。こうした、投資家の生きたフィードバックを持ち帰れることは、IRの大きな意義のひとつと考えています。
山内 これまで日本国債の保有が無かった投資家を訪問してリレーションを構築し、その後に具体的な取引方法など、今後の投資に前向きな問い合わせを受けたときなども、IRの意義を強く感じる瞬間です。
平野 印象に残っている面談はありますか?
山田 先日(2024年11月)行った欧州出張では、質問の大半をプライマリー・バランスの見通しに集中させる投資家もおり、今回に限った話ではありませんが、財政については常に丁寧な説明が必要だと強く認識しました。そのほか、CT国債の初回発行に向けた欧米出張では、ESG(環境・社会・ガバナンス)に熱心な投資家と2時間にも及ぶ面談があったほか、飯田さんから聞いた、遠く中東の投資家が日本の春闘の結果に注目していた、という話も印象的でしたね。
飯田 “Shunto”というワードで通じる海外投資家も多いですよね(笑)。コロナ禍で控えていた対面の面談を再開し始めたタイミングでこの係に来ましたが、足元にかけて本当に日本国債への関心が高まっていることを肌で感じています。このような局面で、投資家の求める情報を的確に提供できた時も、非常にやりがいを感じる瞬間です。そのために、想定される質問にどう答えるべきか、直近の面談での投資家の関心事を踏まえどのような資料を追加すべきかなど、事前の綿密な準備は欠かせません。
平野 このあたり、普段から面談の振り返りも常にしているところであり、チーム一丸となって喧々諤々の議論をしていますよね。回答に窮するような質問も多々ありますが、事前準備したデータを駆使しながら、誠実に答える姿勢が重要だと感じています。
3.海外IRの魅力・学び
山内 少々箸休めとして、「我々自身にとっての海外IR」について話してみましょうか、まずは私の経験から。ある国では、過去に日本企業の輸出するインフラで発展した経緯から、日本の高い技術力への信頼と恩義について熱く語ってくださる投資家がいました。我が国のプロモーションをしに来たはずが逆にされたような、むず痒くも誇らしい気持ちになりましたね。もちろん、逆に厳しいご意見を頂戴することもありますが、概してシビアに物事を見るグローバル投資家の目を通じ、「外から見た日本」を肌で感じられることが、この仕事の大きな魅力のひとつだと思っています。
飯田 私も別の国で似たような経験があり、とても印象に残っていますね。グローバルの第一線で活躍する投資家はもちろん、金融プロフェッショナルたるJGB・GXプロモーターの担当者と接して、その広範な知識や物事の見方を伺い知れることも、貴重なことだと感じています。
平野 多くの海外IRを経て、学び・成長につながったと感じることはありますか?
飯田 経済・政治・金融マーケットの情勢を常にキャッチアップするのはもちろんですが、的確に理解する・伝えるための英語スキルを研鑽することも、とても重要だと痛感しています。受け手である投資家が「いま」何を知りたいか、そして国や地域、投資主体によって投資の前提となる背景・事情は異なるため、先方の理解したいことに限りなく近く寄り添えるよう、相互のコミュニケーションは不可欠です。こうした積み重ねが、少しでも投資家層の拡大や長期安定保有に貢献するIRにつながればという思いで、日々取り組んでいるところです。
山田 コミュニケーションは本当に重要です。私は某国のホテルで、「ダブルベッドに無料アップグレード可能」と言われたのでお願いしたところ、部屋で「二段ベッド」が待ち構えていたことがあります…。“Double-decker bed”か“Bunk bed”(いずれも二段ベッド)を私が“Double bed”と聞き間違えたのか、あるいは何かの手違いか──やるせない気持ちで、近くなった天井を眺める夜でした。
山内 身をもって痛感されていますね(笑)。自身の成長という意味だと、マーケットや英語の話に限らず、あらゆる国・地域への訪問やコミュニケーションを通じて、様々な文化への理解が進むのも良いことですよね。出張中、日本企業の某カップ焼きそばを買った時の話ですが、お湯を捨てる際にペラっと剥がすフタの部分、何と記載されていたと思います?
一同 ?
山内 “Turbo Drain system”です。仰々しい表現に思わず笑っちゃいましたが、「湯切り」付きの便利なフタは日本以外で一般的ではないのかと驚きました。気になってカップ麺や焼きそばの発祥を検索するうちにすっかり麺が冷めてしまい、いろいろな意味で“Cool Japan”を味わった瞬間でした。
平野 (笑)。その他、皆さんを見ていて必要だと学んだのは…やはり体力、でしょうか。
山田 そうですね。アメリカ出張の際は、タイトなスケジュールにフライトの遅延も重なり、4都市目のサンフランシスコの空港に到着できたのが深夜12時過ぎでした。さらにタクシーもなかなか捕まらず、1時間以上空港で待つことになりました。翌日も早朝から面談が控えていたのでハードでしたね。
飯田 気候や食文化も異なるので、どうしても体力は削られますよね。私もアメリカ出張時はハンバーガーばかりで結構胃がもたれ、胃にやさしい和食が恋しくなりました。
山田 あれ、飯田さん帰ってきてすぐ一緒に二郎系ラーメン行きませんでしたっけ…? 胃に追い打ちをかけましたね。
一同 (笑)。
写真 左から、山田・平野・山内・飯田
4.足元の海外投資家の関心事項
山内 時点を現在に戻して、ここ最近の個別面談や各種講演におけるQ&Aセッションなどを踏まえ、足元の海外投資家の注目点について確認しましょう。
平野 大まかに、(1)日本経済・財政、(2)日本国債、(3)CT国債、の3つに分けられますが、やはりここ最近で投資家からの質問が多いのは(1)でしょうか。特に、今後のデフレ脱却の確実性を見定めるポイントとして、賃上げの背景や持続可能性、その広がりなどについて注目する投資家が増えていると感じます。(2)については、日銀による国債の買入れ減額を受けた今後の国債の安定消化策に関する質問のほか、先ほど話題にあがった、海外投資家による短期債の保有比率の高さの理由についてもよく聞かれるところです。
飯田 私が直近(2024年10月)で行ったアジア出張でも、以上の内容は多くの投資家から聞かれました。その他、今後の国債発行計画、特に平均償還年限の方向性などについての関心が高い印象でしたね。
山田 (3)については、投資主体、および国・地域によっても関心・理解度が異なり、CT国債の発行目的から資金使途に関わる詳細の話まで、質問は非常に多岐にわたります。「トランジション・ファイナンス」のコンセプトや取組は、これまで世界の投資家にとって馴染みの薄いものでしたが、2024年2月の初回から複数回の発行も経て、今や現実的なアプローチとして理解を得られていることを、IRを通じて実感しています。脱炭素が難しい分野におけるトランジションの推進を含む気候変動対策を進めなければ、現実にカーボンニュートラルは進まないという認識が、欧州を中心に浸透してきたことが大きいのではないでしょうか。
山内 ある投資家からは、“tuna auction”(マグロの競り)が3 million USDに達し驚いた・円安のうちに寿司をたらふく食べに行きたい、との強い思いを拝聴しました。国債入札以外の“auction”の話に強い関心があり驚きましたが、様々な観点から日本に興味を持っていただけていることは嬉しいですね。
5.結び:これからの海外IR
山内 最後に、今後のIR活動について展望しましょう。個別面談で海外投資家から債務管理政策などに関するフィードバックを頂く中で、どのような課題を感じていますか?
平野 国債保有主体が日銀に偏っており、他国対比でも家計や海外に伸び代があることを指摘する投資家は多い印象です。多額の国債残高を抱える日本において、市場が変化した場合に取引が一方向に流れることを防ぎ、市場を安定化させる観点などからも、多様な投資家が様々なニーズに基づいて国債を保有することは重要と考えています。
山田 私は、「債務管理リポート」の発行にも携わっていますが、個別面談時に配布・紹介するようにしています。投資家からは、他国では類を見ないほど債務管理政策について詳述されており豊富な情報量であるとの好意的な声をいただいているため、認知度向上や、更なる内容の充実化に一層注力していきたいと思います。
飯田 今後の方向性としては、JGB・GXプロモーター各社との協力を含め、官民連携して効果的・効率的なIRを模索していくことになります。オンラインのメリットを活かしたセミナー形式のIRなどもそのひとつです。
山内 日本への関心が高まっている絶好のタイミングであることも踏まえ、これまで訪問してこなかった国・地域での新規投資家の開拓にも注力していきたいですね。引き続き内容・手法の両面から、より実効的なIRを目指していきましょう!
*1) 中長期的な観点から、今後の国の債務管理政策について、高い見識を有する方々から御意見や御助言をいただくために開催しており、技術的な側面を含め意見交換を行うこととしている。
*2) CT国債の詳細については、月刊ファイナンス令和6年5月号の『GX経済移行債特集』を参照。
*3) お気づきの方もおられると思うが、90年代イギリスを代表するロックバンドであり、最近再結成を発表したOasisの3枚目のアルバム「Be Here Now」にちなんだもの。
*4) 月刊ファイナンス令和4年6月号『日本国債IRの活動を通じて~海外投資家から見た日本』を参照。
*5) 債務管理リポート2024 -国の債務管理と公的債務の現状-「ボックス5 海外投資家のT-Bill需要について」(31ページ)を参照。