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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~ 38

フィナンシャル・レビュー特集「中国―習近平体制第Ⅲ期が直面する内憂外患とその対応策」の見所
~責任編集者 田中修特別研究官に聞く~

財務総合政策研究所 総務研究部 国際交流課 課長 田畠 秀高
財務総合政策研究所 総務研究部 国際交流課 研究員 千葉 芽生


 財務総合政策研究所(以下、「財務総研」)では、年4回程度、「フィナンシャル・レビュー」(以下、「FR」)という学術論文誌を編集・発行しています。今月のPRI Open Campusでは、2024年11月に刊行された、「中国―習近平体制第Ⅲ期が直面する内憂外患とその対応策」をテーマとしたFR第158号について、責任編集者を務められた田中修財務総研特別研究官(中国研究交流顧問)にインタビューを行いました。本特集の狙い・注目点、それぞれの論文の読みどころに加えて、中国経済の課題と展望、中国経済研究の面白さなどについて、「ファイナンス」の読者の皆様にご紹介します。

コラム フィナンシャル・レビューとは
財政・経済の諸問題について、第一線の研究者や専門家の参加の下に、分析・研究した論文をとりまとめたものです。1986年から刊行を続けており、2022年12月には通巻第150号を迎えました。

[プロフィール]
田中 修 財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)
東京大学学術博士。1982年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。在中華人民共和国日本国大使館参事官、財務省主計局主計官(内閣、司法・警察、財務係担当)、財務省財務総合政策研究所副所長兼税務大学校校長などを経て、2017年より現職。

1.本特集号の狙い・注目点
田畠国際交流課長:
 フィナンシャル・レビューにおいて中国特集号が組まれるのは今回が4回目になりますが、田中特別研究官は、初回刊行時(2009年9月)から一貫して責任編集者を務められてきました。前回刊行時(2019年8月)以降、中国経済はゼロコロナ政策の失敗、不動産市場の低迷などを背景に厳しい局面に入っております。異例の三期目に入った習近平政権の経済運営は、国内外から高い注目を集めていると思いますが、本特集号の狙い、注目点を教えて頂けますでしょうか。
田中特別研究官:
 振り返ってみますと、フィナンシャル・レビュー中国特集号は、リーマン・ショック発生時の経済混乱への対処として打ち出された中国の経済対策について解説を行ったことからスタートしました(第1回目は、2009年9月刊行)。
 第2回目以降は、2012年に発足した習近平政権の政策、課題の分析を行ってきました。まず、第2回(2014年8月)は、習近平政権発足後の2013年の中国共産党18期中央委員会第3回全体会議(以後、「三中全会」)において改革の全面深化に関する青写真が示され、経済政策・経済体制改革の方向性を分析しました。第3回(2019年8月)は、習近平政権2期目に入り、2035年までに社会主義現代化を完成させるとともに、21世紀中葉までに強国化を実現するという壮大な中長期戦略を明らかにしました。こうした中で、習近平政権第2期の内外政策について、従来の分析に加えて、習近平総書記の経済政策の基本理念、米中経済摩擦・日中関係の論考を加えるなど幅広く検討を行いました。
 そして、今回(2024年11月)は、中国が改革開放を推進して以来、最大の困難に直面する中で、引き続き財政、金融、政治、外交を含めた広範なトピックについて、各分野の専門家が分析・考察を行っています。中国は、2020年と2022年の2回にわたり、新型コロナウィルス感染症の流行に見舞われ、2035年までに掲げた目標達成に暗雲が立ち込めています。このように現在中国が改革開放以来最大の内憂外患を抱える中で、3期目の習近平政権がどのような政策を実行し、2035年さらには今世紀中葉までに何を目指そうとしているのかを論じます。
 米中摩擦は、当初は米国の対中貿易赤字を巡る高関税賦課の争いであったものが、イデオロギー、安全保障面での対立へとスケールアップしています。また、対EUでも貿易摩擦が厳しくなっています。
 足下では、中国経済が抱える不動産、地方政府債務、中小金融機関の経営不安の三大リスクに加えて資本市場のリスクが大きくなってきています。これらのリスクの多くは、1回目の特集号刊行時(2009年8月)に指摘されていましたが、中国側は隠れていたリスクを十分に認識してこなかった可能性があり、それが今になって顕在化し始めつつあるのではと思います。本特集号では、こうしたリスクに焦点を当てながら、短期的な見通しだけでなく、2035年の目標の達成の見込みやその先の展望について、本年7月に行われた三中全会の決定の意味合いにも触れながら、紐解いていきます。
 また、本特集号は、1993年から継続して行われている中国研究会の報告書としても位置づけられます。本特集号は、令和5年度の中国研究会における各委員およびゲストスピーカーが、その報告内容をベースに、その後の中国経済の動向(2024年7月の三中全会等)を踏まえ加筆し、論文化したものです。

2.執筆者と各論文のエッセンス
田畠:
 執筆者の多くは財務総研の主催する中国研究会の委員の先生方ですが、どのような方々なのか簡単にご紹介頂けますでしょうか。
 また、本特集号は、(1)経済・財政・金融、(2)政治・外交、(3)産業政策の三つに分けて執筆されていますが、各論文のエッセンス(見所・着眼点)や各々の位置づけを教えていただけますでしょうか。
田中:
 1993年に発足した中国研究会は、発足当初は実務家を中心に構成されましたが、現在は、大学教授だけでなく民間シンクタンクの研究者も含め、中国の政治・経済等の分野の第一人者に委員を務めていただいています。
 國分座長(前防衛大学校長・慶應義塾大学名誉教授)には、本研究会発足以来の唯一のメンバーとして、現在は座長としていつも精力的に議論をリードしていただいています。國分座長には、中国の政治外交の第一人者として巻頭言の論考を執筆いただき、中国政治が社会主義市場経済から30年を経て一定の限界に突き当たったと論じられています。
 本特集号で取り扱う3つのテーマに分けて、以下のとおり、執筆者と各論文のエッセンスを簡単に紹介させていただきます。
(1)経済・財政・金融
 小職(田中特別研究官)は、2024年7月の三中全会で示された経済体制改革の内容を分析しています。
また、財務省において関心の深い財政問題について、まず中国財政研究の第一人者である内藤委員(大東文化大学経済学部教授・前学長)に財政リスク、特に地方政府債務問題を論じていただきました。
 そして、齋藤委員(大和総研経済調査部長)には、中国経済の最大の問題である不動産不況と金融リスクを、日銀出身の福本委員(大阪経済大学経済学部教授)には、2035年*1を見据えた中長期の経済見通しについて幾つかのシナリオを置いて分析していただきました。
(2)政治・外交
 政治外交関係については、小嶋委員(慶應義塾大学法学部教授)に機構再編から見た習近平政権の統治構想を論じていただき、松本先生(日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター東アジア研究グループ主任研究員)には外交政策の専門家として、米中関係に加え、台湾問題に焦点を当て、2024年1月の台湾総統選挙後の情勢を考察していただきました。
 そして日銀出身の瀬口委員(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)には米中関係を中心に中国の内政と外交の相関関係を論じていただきました。
(3)産業政策
 産業政策については、渡邉委員(学習院大学経済学部教授)に現在の米中貿易摩擦を1980年代の日本の産業政策の経済分析の観点から再評価を行っていただきました。

3.中国経済の今後の展望
田畠:
 中国は2035年までに「経済システムの現代化」を目指すとしています。2035年を見据えた上で、中長期的視点で中国経済を見通す際のポイントを教えてください。
田中:
 習近平政権では、社会主義理念に重きをおいた経済運営が行われてきており、これが中国経済の成長にどう影響するのか注目すべきと考えます。1990年代初めに「社会主義市場経済」がスタートし、これまでは「市場経済化を目指す経済改革」が掲げられてきましたが、今年7月の三中全会において「市場経済をどう社会主義的にコントロールしていくか」に軸足を置いた経済運営を行っていくことが示されました。特に、これまで市場経済化の発展あるいはイノベーションの担い手として存在感を強めてきた民営企業が、今後どれだけ活躍する余地があるのか見極めることが重要です。民営企業が活力を失ってしまう可能性を指摘する論文は、國分座長の巻頭言をはじめ本特集号の中に少なくありません。
 それから現在抱えている不動産市場、地方政府債務をはじめとするリスクを早期に処理できるかどうかも中国経済の先行きを占う上で重要なポイントです。仮に処理できなかった場合、2035年までに2020年対比でGDPを倍増させる計画は実現困難と言えます。
 加えて、本特集号で福本委員も指摘されているように、今後新たに発生し得るリスク、とりわけ近い将来に深刻化する少子高齢化をいかに乗り切れるかという点にも注目しています。仮に対処に失敗してしまうと、成長率は低迷し、中国指導部が思い描く中国式現代化が完成することなく、超高齢社会に突入してしまう可能性もあります。
田畠:
中国の財政金融政策の展望をお聞かせください。これまでは、「バラマキ」的な財政支出は行われてこなかった印象がありますが、足元の中国経済の減速局面では、従来とは異なる対応の必要性も議論されていますが、いかがでしょうか。
田中:
 需要サイド・供給サイドで分けて考えると、現政権は供給サイドを重視した経済運営を行っています。供給サイドの質の向上が伴わない投資は、インフレを招くとともに無駄な投資に繋がりますから、これらを防ぐために供給サイドを重視しているのです。これはリーマン・ショック時に中国が徹底的な需要刺激策を講じたことで結果的に不動産市場・地方政府債務といったリスクを生み出してしまった経験を反省し、同じ轍は踏まない姿勢が窺われます。
 現在の供給サイド重視の政策は決して間違ってはいないと思いますが、供給サイドの構造改革は5年から10年を要するものがあるなど、効果が出るまでに時間がかかるものです。有効需要が不足する状況を放置すれば、若年者を中心した失業者の増加が、社会不安を招き、中長期の発展どころか足元が揺らいでしまう可能性もあります。
 もっとも、本年9月末の党中央政治局会議等で発表された景気刺激策からは、需要サイドもテコ入れしなければならないと従来の政策の方向性からやや変化が見られています。金融緩和には既に踏み切っており、財政政策でも恐らくこれから超長期の特別国債や地方政府の特別債の追加発行を伴う刺激策が打ち出されると予想しています。ただし、中国経済は改革開放以降最大の困難に直面しているため、単なるバラマキではない、真に必要とする支出を見極める政策が求められています。
田畠:
中国では少子高齢化の問題を抱える中、年金をはじめとする社会保障制度は日本と比較するとまだ整備されていない印象がありますが、いかがでしょうか。
田中:
 中国において、年金制度の見直しは喫緊の課題です。2020年代後半には大量の退職者への支給増に伴い、慢性的な赤字状態になると言われています。当面は取り崩した積立金を充てるとしても、2030年代半ばには積立金も枯渇するとされています*2。少子高齢化が進展する中国においても、持続可能な制度設計となるよう保険料の引上げの他、支給年齢、支給額、支給期間等について、総合的な見直しが必要な状況です。
 その対応策の一つが、2025年1月から段階的に実施される定年延長ですが、若年者の失業率増加、出生率低下というリスクを抱え、一筋縄ではいかない難しさがあります。前者に関しては、足下で若年者の失業率が低迷する中で退職年齢の延長を行うと、若年者の採用枠の減少が懸念されます。後者に関しては、中国では、現在、女性の退職年齢は50歳であり、共働き世帯の子育ては定年退職した母親(祖母)が子供(孫)を預かって面倒を見る文化が定着しています。退職年齢延長によって母親の助けを得られず、結果的に仕事と育児の両立が困難になる若い世代が増える可能性があります。
 このように、定年延長を実現するためには、若い世代の雇用の安定を確保するとともに、きめ細やかな保育サービスを充実させる政策を組み合わせて実行していく必要があります。
 加えて、年金財源に充てるため、政府が保有する国有企業の株式を(年金を運営する)社会保障基金に移管させる際には、国有企業の質(ガバナンス能力や資産価値等)を向上させる改革をあわせて行うことが必要です。
 このように、様々な政策を総動員して対処していく難しさがあるのが、中国の社会保障問題であると考えています。

4.中国研究の面白さ、中国経済の30年間の変遷への所感
千葉研究員:
 田中特別研究官が中国研究を始められたきっかけを教えてください。
田中:
 1996年から4年間在中国日本大使館で中国経済の分析に従事していました。その当時の中国は、1993年に社会主義市場経済へのシフトが本格的に始まり、計画経済から市場経済への切り替えを進めるべく財政・金融制度を急ピッチで整備しなければならない局面でした。毎年制度改正があり、新しい法律が作られる、そのスピード感を肌で感じていました。さらには国有企業の債務問題や、1997年のアジア通貨危機等のリスクも存在する中、彼らはどう切り抜けていくのだろうと、そのような観点で観察をすればいくらでも興味がつきない時代でした。その後中国は様々なリスクを抱えながらも高い成長率で着々と発展していったわけですが、中国を観察していた人の中でも、わずか10数年で日本経済を追い抜く成長を見せることになると当時予想していた人は誰もいなかったと思います。1990年代の中国の成長速度を目の当たりにし、これはしっかりみておかないといけないと感じました。そこで本来3年の任期を延長して4年間現地で過ごし、さらに日本に帰国してからも予算の仕事の傍ら個人的に中国経済をウォッチし続けました。中国の政治外交については古くから専門家がいましたが、中国経済を研究している人は当時そう多くいませんでした。ですから、霞が関の中で継続的に中国経済をウォッチする人間が一人くらいいてもいいのではと考え、研究を続けてきました。
千葉:
 中国経済を研究する面白さ、印象的なエピソードを教えてください。
田中:
 経済と政治が常に不可分である点が、中国経済の最大の特徴であると同時に面白さであると感じています。
 特に印象的であったエピソードを一つご紹介します。2002年から始まった胡錦濤政権時代、当時は成長率10%を超える凄まじい発展が続いていた時期でしたが、上海を中心地として、不動産に対する過剰投資が行われていた時期でもありました。胡錦濤総書記、温家宝総理、中国人民銀行は早期の金融引締めを行い不動産市場の過熱を抑え込みたい意向であったのに対し、上海市の党委員会書記(陳良宇)がそのような措置は発展の芽を摘み、かえって経済悪化を招くだろうと猛反対し、国家統計局長も同調していました。結局のところ、大きな意見対立が続く中、引き締め政策は打たれぬまま不動産市場は過熱を続け、結果的にインフレ状態にも陥りました。2006年に上海市の党委員会書記自らが不動産投機を行っていたことが発覚し逮捕されたのに続き、数日後には国家統計局長も不正な不動産投機に関与していたことが判明し逮捕されました。国益よりも私益を優先した、党・政府要職の地位にある二人の不正が明らかになったのです。
 このように、中国経済を巡る動きに政治の世界が絡み合っていることが多くあります。内政ばかりに囚われ、過度に政権内の権力闘争論や陰謀論等に注目することもバイアスがかかり良くありませんが、政経不可分であるという特徴は習近平体制においてはより色濃く出ていることも事実であり、政治面の研究を深めることは不可欠です。そのため本特集でも政治・経済各分野の専門家に執筆をいただいています。
千葉:
中国研究を開始されてから現在に至るまでの中国の経済情勢の変遷について所見をお聞かせください。また、日本経済の歩みとの比較で、今後の中国経済の展望をどのようにご覧になっていますでしょうか。
田中:
 中国経済は目まぐるしく成長し、経済の規模では日本経済を追い越して発展してきたわけですが、その発展構造は日本と似ている点があると考えています。中国の高度成長は政府のコントロールが強い点で、行政指導が強かった日本の高度経済成長期と共通しています。また、その後成長が安定し少子高齢化リスクが浮上してきていることも、日本の1980年代の課題と共通します。
 そして、今後日本のようなバブルの生成・崩壊が起こるリスクもあると考えています。中国が既に経験した住宅バブルと日本のバブルは性質が異なります。日本のバブルは、オフィスビルを中心に大規模な都市再開発を行った結果発生し、金融の自由化・国際化の流れを受けて一気に加速しました。一方、中国は、富裕層向けの高級マンション建設が中心でこれまでは再開発ブームは起きていませんでした。しかし今後、大規模な都市更新を予定していますので、日本の歴史から学んだことをどう生かせるか試される局面と言えます。
 このように中国は時代こそずれているものの、日本が辿ってきたものと似た道を辿り、日本が直面してきたものと似たリスクを抱えているのです。しかし、日本経済は1980年代、アメリカの一部産業を凌駕するレベルに達しましたが、その後バブルを経て方向性を見失い、更には情報化・デジタル化の大きな波に乗り遅れてしまいました。その点、中国は情報化・デジタル化の大きな波に乗り、米国と先端産業の覇権を巡り競い合っています。我々日本が経済停滞からの脱却を目指すためにも、かつての日本と似た構造を持つ中国の行く末を見定めて分析していくことは非常に重要と考えています。
 また先ほども述べたように中国の供給サイド重視の政策は、リーマン・ショック時の反省もありつつ、需要刺激に偏る日本の姿を少なからず意識したものでもあります。いざとなると公共投資を含めたバラマキを繰り返し、生産性向上に向けた政策努力には手をつけず、結果的に生産性は落ち込みイノベーションにも後れを取ってしまった。そんな日本の様子は中国指導部の中で、避けるべき事態とされたのでしょう。もっとも、優れた生産能力を持っていても、国内の購買意欲が足りなければ意味がありません。本来は、国内で製造されたものは、まずはきちんと国内で消化する消費能力を持つべきです。しかしながら、中国国内の労働分配率は低く個人の所得・消費が伸びないために、売れ残ったものを輸出し、結果的に国際的な過剰生産問題を生み出しています。
 国を挙げて開発を押し進めてきた電気自動車(EV)は、EU・米国とは貿易摩擦を激化させつつも、EV切り替えに必死な新興国市場では中国勢(BYD等)が既に台頭しています。例えば、日本メーカーがかつて市場を圧倒したタイでは、現在EV切り替え一色の政策が採用されています。つまり、新興国の自動車市場において、日本車の地位が中国EVメーカーに浸食されかねない事態に陥っています。中国の過剰生産能力は市場を脅かす事態として既に欧米から問題視されていますが、第3国市場では日本にとっても脅威であることは間違いないでしょう。
千葉:
中国経済をウォッチするビジネスパーソンや研究者へメッセージをお願いします。
田中:
 まず、お伝えしたいのは、マスメディア等が形成する世論に安易に迎合して分析を歪めてはいけないということです。日本の世論は極端に振れがちであると言えます。例えば、2001年の中国のWTO加盟の際には、対中投資ブームが巻き起こりました。日本企業は次々と中国へ投資を行い、メディアも「バスに乗り遅れるな」「13億の市場が我々を待っている」といったフレーズでいかに中国が発展しているかばかりを報道しましたが、私はその時代に講演を求められた際には次のように話していました。「中国経済には力強さはあるが構造的な問題がある。まず完全に投資依存型の成長構造であり、消費は決して伸びていない。産業別に見ても、二次産業に過度に依存し、三次産業は十分に発達していない。さらには周期的な不良債権問題も発生しており、決して完璧な経済ではない。貧富の格差、都市・農村、東部・中部・西部の地域格差も大きく、13億の市場など存在しない。メディアの報じるキャンペーンにうかうか乗らず、構造問題にも目を向けて実態をよく分析すべきである。」このような構造上の問題は、当時の中国研究会でも各委員が鋭く指摘されていました。
 さらに2015年頃からは突如として中国崩壊論が浮上しました。2000年代に「バスに乗り遅れるな」と煽っていたメディアを中心に手のひら返しで、報道は崩壊論一色となりました。その時にも私や中国研究会では「報道ほど中国はひどくない。そもそも崩壊論で挙がっているリスクは2000年代当初から存在していた問題であったにもかかわらず、目を向けていなかっただけである。」と指摘していました。そして実際に中国は未だに崩壊していないわけです。逆に注目すべきであったのは、中国内部におけるイノベーションの強さや、当時の民営企業に存在するアニマルスピリッツ等であったと言えます。
 総じて、中国経済の分析は個人の好き嫌い、あるいはブームに影響されやすいのですが、経済指標や重要文献を通じて客観的な情報を収集・分析し、等身大の中国像を見出していくことが大切です。本特集号の執筆者はどなたも中国を等身大・客観的に観察・分析された方ばかりであり、まずは、本特集号を手に取っていただければ幸いです

フィナンシャル・レビュー掲載の全論文は、財務総研ホームページから閲覧・ダウンロードいただけます。
https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/index.htm

[聞き手]
財務総合政策研究所総務研究部 国際交流課長
田畠 秀高
2005年財務省入省。在ニューヨーク総領事館、関東財務局等の勤務を経て、2023年7月より現職。
財務総合政策研究所総務研究部国際交流課研究員
千葉 芽生
2021年に日本生命保険相互会社入社。支社にて営業管理等を担当後、2024年4月より現職。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1) 2021年3月の全人代において、2035年までに「中等レベルの先進国の所得水準に達する」ことを目標に掲げた。これに先立ち、習近平国家主席は、2020年11月に長期目標に関する解説を発表し、「2035年までに経済規模を倍増させることは完全に可能だ」とした。
*2) 2019年4月、中国社会科学院は、「全国都市企業従業員基本年金」の2019年から2050年の収支状況を試算し、高齢化に伴う支出増が収入増を上回り、2035年に年金が枯渇する旨発表した。