日本企業の国内投資・海外投資の中長期的な変化
大臣官房総合政策課 廣元 未希/岡本 匡平
前 大臣官房総合政策課 華田 峻佑
経済安全保障の観点から「企業の国内投資への回帰」を考えるにあたり、これまでの国内投資と海外投資の中長期的な変化を確認するとともに、円安の影響を受けた国内回帰の見通しを調査した。更に海外投資における投資先の変更の動きについても着目する。
1.国内投資と海外投資
はじめに、海外から日本への国内回帰の動きについて確認する。図表1 製造業全体における国内・海外設備投資は、縦軸を海外現地法人の設備投資額、横軸を国内法人の設備投資額(両軸とも後方4期移動平均)とし、2003年度以降の製造業の国内外の設備投資額を散布図として示したものである*1。製造業全体については、グラフ中(1)の傾きの変化の通り、リーマンショック後の回復期から海外設備投資を重視する大きなトレンドがある。足元では(2)の通り、サプライチェーンの見直しなどを背景に、2023年に入り国内投資重視の兆しが見られる。なお、2013年以降は、海外との金利差の拡大への期待を背景に、円安傾向に推移したと考えられるところ、(3)の推移を観察すると、円安に2,3年遅れて国内回帰が生じる傾向があり、昨今の円安環境に遅れて国内回帰が生じる可能性が考えられる。
同様に、業種別に動きを確認する(図表2 業種別の国内・海外設備投資)。輸送機械は、製造業全体と同様に、(2)および(3)の期間は、国内回帰の動きが観察できる。また、はん用・生産用・業務用機械においては、2023年に入り(2)のとおり海外投資が最高水準に達する中で国内投資重視の動きも見られる。一方で、化学と電気機械については、足元は(2)のとおり海外投資重視の動きが見られる。化学の足元の動きについては、円安の影響を受けやすいエネルギーコスト構造等が影響している可能性があると考えられる(詳細は後述)。
2.円安の影響を受けた国内回帰の見通し
続いて、上述の企業の国内・海外設備投資の傾向を踏まえ、円安の影響による企業の国内回帰の見通しについて調査した。近年、大手企業を中心に国内回帰、国内生産力強化の動きが広がっているところ*2、帝国データバンクの「国内回帰・国産回帰に関する企業の動向調査」によると、海外調達または輸入品を利用している企業のうち40%が国内回帰や国産品への変更などの対策を実施、検討している。その理由としては、約半数の企業が「安定的な調達」「円安により輸入コストが増大」を挙げている(図表3 国内回帰、国産品に関するアンケート調査)。逆に対策を実施していない企業の理由としては、「安定的な調達の継続」「海外からの調達または輸入品の方が安い」といった理由が高い割合であることから、国内回帰の検討においては、調達に係る安定性とコストが重視されていると考えられる。
(1)円安による産業別の価格効果に関する試算
次に、2015年の産業連関表を基に2015年平均のドル円レート121円から2023年平均のドル円レート141円に変化した場合の国内産業への価格効果を試算した(図表4 円安による産業別の価格効果上図)。図表4上図の上向きの棒が円安による輸出価格上昇を受けた付加価値額の上昇、つまり円安によるプラス効果を示しており、下向きの棒が円安による輸入品価格の上昇を受けた投入・産出構造を通じた国産品価格の上昇、いわゆる円安によるマイナス効果を示している。
この試算は、部門ごとの国内総需要に占める輸入品の割合を輸入係数とし(図表4下図)、価格が変化しても輸入係数が維持される、と仮定している。更に、輸入品価格の変化が各産業の付加価値率には影響を及ぼさず、投入品価格の変化分は生産価格に完全転嫁する、と仮定している。
試算の結果として、近年国内回帰の動きが見られたはん用・生産用・業務用機械や輸送機械を中心に、円安によるプラス効果が円安によるマイナス効果を上回る結果となった。(ただし、前述のとおり、完全な価格転嫁等が前提となっている点には留意が必要である。)
(2)業種別のコスト構造に着目した分析
続いて、業種別の労働集約性について確認する。円安下で調達コスト等が上がっても、労働者の賃金をすぐに上げることは考えにくく、その場合、コストの増加に対して相対的に労働コストが下がるため、労働集約的な業種は円安下で国内回帰するメリットがあるのではないかと考えられる。図表5 国内生産額に占める雇用者所得の割合で示している国内生産額に占める雇用者所得の割合は、製造業では20%前後である中、足元で国内回帰が見られた輸送機械については12.8%と、(仮説に反し、)国内生産額に占める雇用者所得の割合が比較的低くなっており、一概にそのような傾向を見て取ることはできない。
続いて、業種別のエネルギー依存について確認する。
主要先進国の中で日本は相対的に電気料金が高い状況にあるが*3、エネルギー依存度の高さから、円安下では一層エネルギー関係経費が上昇するため、「コストに占めるエネルギー関係経費」が大きい業種ほど、国内回帰するメリットが少ないと考えられる。代替指標として、「国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合」を業種別に確認したところ、足元で海外投資増加の動きが見られた化学製品は比較的高くなっている(図表6 国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合)。
以上の点を踏まえ、足元で海外投資重視の動きが見られた化学製品(図表2)に着目すると、円安によるマイナス効果がプラス効果を上回っている(図表4)ところ、国内生産額に占める雇用者所得の割合が相対的に低く(図表5)、国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合が相対的に高い(図表6)。そのためこのようなコスト構造を持つ業種は、円安時においても国内回帰が比較的困難である可能性がある。
3.アジア向け対外直接投資
最後に、日本企業の海外投資先の地域について確認する。前述と同様にサプライチェーンの見直しを背景に、対外直接投資残高の割合を見てみると、欧米向けは緩やかな増加傾向になる中、アジア向けに着目すると中国は減少傾向にある一方で、中国以外のアジアは横ばいの動きになっており(図表7 対外直接投資残高(割合))、中国向けよりASEAN向けの方が、対外直接投資残高の増額幅が大きい傾向にある(図表8 アジア向け対外直接投資残高(金額))。月次で見ると、足元の対中国投資は緩やかに減少しており、統計の集計上、2022年途中から再投資収益が据え置きである点を踏まえると、新規投資が減少傾向にあると考えられる(図表9 中国向け対外直接投資残高(月次))。これらから、日本企業の対中投資は僅かながらに軽減している状況にあると推測される。
4.おわりに
国内外における設備投資額の推移を業種別に確認したところ、業種によって異なった傾向で推移していることが分かった。中でも、はん用・生産用・業務用機械や輸送機械においては、近年国内回帰の動きが見られた。その要因として為替相場と各産業のコスト構造による影響が考えられ、円安による輸出価格上昇を受けた付加価値額の上昇効果の高さや、国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合が低い点などが挙げられる。
また、対外投資を行う地域別の状況も確認したところ、中国向けの投資が僅かながら軽減している傾向が見られた。
*1) いずれも製造業、資本金1億円以上、ソフトウェアを除いた設備投資額、四半期ごとにプロット。いずれも後方4期移動平均値。
*2) (出典)帝国データバンク2023年11月17日「TDBトレンドウォッチ 海外進出と国内回帰・国産回帰の動き」
*3) 電力中央研究所の試算による。消費税等以外のエネルギー関連の間接税を含む。円換算のレートは全て2019年の値を使用。(出典)電力中央研究所「電気料金の国際比較ー2019年までのアップデートー」
大臣官房総合政策課 廣元 未希/岡本 匡平
前 大臣官房総合政策課 華田 峻佑
経済安全保障の観点から「企業の国内投資への回帰」を考えるにあたり、これまでの国内投資と海外投資の中長期的な変化を確認するとともに、円安の影響を受けた国内回帰の見通しを調査した。更に海外投資における投資先の変更の動きについても着目する。
1.国内投資と海外投資
はじめに、海外から日本への国内回帰の動きについて確認する。図表1 製造業全体における国内・海外設備投資は、縦軸を海外現地法人の設備投資額、横軸を国内法人の設備投資額(両軸とも後方4期移動平均)とし、2003年度以降の製造業の国内外の設備投資額を散布図として示したものである*1。製造業全体については、グラフ中(1)の傾きの変化の通り、リーマンショック後の回復期から海外設備投資を重視する大きなトレンドがある。足元では(2)の通り、サプライチェーンの見直しなどを背景に、2023年に入り国内投資重視の兆しが見られる。なお、2013年以降は、海外との金利差の拡大への期待を背景に、円安傾向に推移したと考えられるところ、(3)の推移を観察すると、円安に2,3年遅れて国内回帰が生じる傾向があり、昨今の円安環境に遅れて国内回帰が生じる可能性が考えられる。
同様に、業種別に動きを確認する(図表2 業種別の国内・海外設備投資)。輸送機械は、製造業全体と同様に、(2)および(3)の期間は、国内回帰の動きが観察できる。また、はん用・生産用・業務用機械においては、2023年に入り(2)のとおり海外投資が最高水準に達する中で国内投資重視の動きも見られる。一方で、化学と電気機械については、足元は(2)のとおり海外投資重視の動きが見られる。化学の足元の動きについては、円安の影響を受けやすいエネルギーコスト構造等が影響している可能性があると考えられる(詳細は後述)。
2.円安の影響を受けた国内回帰の見通し
続いて、上述の企業の国内・海外設備投資の傾向を踏まえ、円安の影響による企業の国内回帰の見通しについて調査した。近年、大手企業を中心に国内回帰、国内生産力強化の動きが広がっているところ*2、帝国データバンクの「国内回帰・国産回帰に関する企業の動向調査」によると、海外調達または輸入品を利用している企業のうち40%が国内回帰や国産品への変更などの対策を実施、検討している。その理由としては、約半数の企業が「安定的な調達」「円安により輸入コストが増大」を挙げている(図表3 国内回帰、国産品に関するアンケート調査)。逆に対策を実施していない企業の理由としては、「安定的な調達の継続」「海外からの調達または輸入品の方が安い」といった理由が高い割合であることから、国内回帰の検討においては、調達に係る安定性とコストが重視されていると考えられる。
(1)円安による産業別の価格効果に関する試算
次に、2015年の産業連関表を基に2015年平均のドル円レート121円から2023年平均のドル円レート141円に変化した場合の国内産業への価格効果を試算した(図表4 円安による産業別の価格効果上図)。図表4上図の上向きの棒が円安による輸出価格上昇を受けた付加価値額の上昇、つまり円安によるプラス効果を示しており、下向きの棒が円安による輸入品価格の上昇を受けた投入・産出構造を通じた国産品価格の上昇、いわゆる円安によるマイナス効果を示している。
この試算は、部門ごとの国内総需要に占める輸入品の割合を輸入係数とし(図表4下図)、価格が変化しても輸入係数が維持される、と仮定している。更に、輸入品価格の変化が各産業の付加価値率には影響を及ぼさず、投入品価格の変化分は生産価格に完全転嫁する、と仮定している。
試算の結果として、近年国内回帰の動きが見られたはん用・生産用・業務用機械や輸送機械を中心に、円安によるプラス効果が円安によるマイナス効果を上回る結果となった。(ただし、前述のとおり、完全な価格転嫁等が前提となっている点には留意が必要である。)
(2)業種別のコスト構造に着目した分析
続いて、業種別の労働集約性について確認する。円安下で調達コスト等が上がっても、労働者の賃金をすぐに上げることは考えにくく、その場合、コストの増加に対して相対的に労働コストが下がるため、労働集約的な業種は円安下で国内回帰するメリットがあるのではないかと考えられる。図表5 国内生産額に占める雇用者所得の割合で示している国内生産額に占める雇用者所得の割合は、製造業では20%前後である中、足元で国内回帰が見られた輸送機械については12.8%と、(仮説に反し、)国内生産額に占める雇用者所得の割合が比較的低くなっており、一概にそのような傾向を見て取ることはできない。
続いて、業種別のエネルギー依存について確認する。
主要先進国の中で日本は相対的に電気料金が高い状況にあるが*3、エネルギー依存度の高さから、円安下では一層エネルギー関係経費が上昇するため、「コストに占めるエネルギー関係経費」が大きい業種ほど、国内回帰するメリットが少ないと考えられる。代替指標として、「国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合」を業種別に確認したところ、足元で海外投資増加の動きが見られた化学製品は比較的高くなっている(図表6 国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合)。
以上の点を踏まえ、足元で海外投資重視の動きが見られた化学製品(図表2)に着目すると、円安によるマイナス効果がプラス効果を上回っている(図表4)ところ、国内生産額に占める雇用者所得の割合が相対的に低く(図表5)、国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合が相対的に高い(図表6)。そのためこのようなコスト構造を持つ業種は、円安時においても国内回帰が比較的困難である可能性がある。
3.アジア向け対外直接投資
最後に、日本企業の海外投資先の地域について確認する。前述と同様にサプライチェーンの見直しを背景に、対外直接投資残高の割合を見てみると、欧米向けは緩やかな増加傾向になる中、アジア向けに着目すると中国は減少傾向にある一方で、中国以外のアジアは横ばいの動きになっており(図表7 対外直接投資残高(割合))、中国向けよりASEAN向けの方が、対外直接投資残高の増額幅が大きい傾向にある(図表8 アジア向け対外直接投資残高(金額))。月次で見ると、足元の対中国投資は緩やかに減少しており、統計の集計上、2022年途中から再投資収益が据え置きである点を踏まえると、新規投資が減少傾向にあると考えられる(図表9 中国向け対外直接投資残高(月次))。これらから、日本企業の対中投資は僅かながらに軽減している状況にあると推測される。
4.おわりに
国内外における設備投資額の推移を業種別に確認したところ、業種によって異なった傾向で推移していることが分かった。中でも、はん用・生産用・業務用機械や輸送機械においては、近年国内回帰の動きが見られた。その要因として為替相場と各産業のコスト構造による影響が考えられ、円安による輸出価格上昇を受けた付加価値額の上昇効果の高さや、国内生産額に占める電気ガス熱供給の割合が低い点などが挙げられる。
また、対外投資を行う地域別の状況も確認したところ、中国向けの投資が僅かながら軽減している傾向が見られた。
*1) いずれも製造業、資本金1億円以上、ソフトウェアを除いた設備投資額、四半期ごとにプロット。いずれも後方4期移動平均値。
*2) (出典)帝国データバンク2023年11月17日「TDBトレンドウォッチ 海外進出と国内回帰・国産回帰の動き」
*3) 電力中央研究所の試算による。消費税等以外のエネルギー関連の間接税を含む。円換算のレートは全て2019年の値を使用。(出典)電力中央研究所「電気料金の国際比較ー2019年までのアップデートー」