国際局開発機関課 津田 尊弘/東京大学 服部 孝洋
本インタビューの目的
2024年7月、東京大学で筆者の服部が担当する科目において、津田尊弘課長に国際金融をテーマにご講演をいただきました。その中で、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)、および世界銀行(世銀)など国際開発機関についてご説明をいただきましたが、この内容は学生にとって関心が高いものの、良い入門書がないと感じていました。そこで東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)で実施しているインターンシップに参加している学生も交え、津田尊弘課長に、国際金融という観点で、JICA、JBIC、世銀などの国際機関の概要をお聞きしました。
本稿は、神田眞人編著「図説 ポストコロナの世界経済と激動する国際金融」(以下、神田(2021))*1のうち、「経済協力」を取り扱っている7章と合わせて読むことで、国際金融や経済協力の基礎知識が得られるように工夫しています。このテーマに関心がある読者は、植田・服部(2024)「国際金融」*2など、他の文献も読み進めていただければ幸いです。なお、本稿は前半部分をまとめた前編となります。後編は翌月号の「ファイナンス」をご参照ください。
はじめに
服部:これまで「ファイナンス」において、私が政策担当者にインタビューすることで実際の政策の理解を高めるという試みをしています。最近、私の講義のゲストとしてお越しくださった津田尊弘課長に、「国際金融と経済協力」というテーマで意見を聞かせていただこうと思っています。特に、本稿は読者として政策に関心がある若手職員や学生を想定しているため、JICA、JBIC、および世銀などについて、できるだけ具体的な話をお聞かせいただければ幸いです。
まず、津田課長が入省して以降のキャリアについて教えていただけますでしょうか。
津田:私が入省したのは平成13年で、今から20数年前になります。大学の学部が法学部だったこともあり、入省してから最初の7、8年は、法律に関する仕事に携わることが多かったように思います。最初に入った部署も法令審査や国会関係にかかわる課でしたし、2年のイギリス留学をはさんで、帰国後に配属された関税局でも、その直後の法務省への出向でも、主に法令に関する仕事に従事しました。
ただ、留学の2年目にビジネススクールでファイナンスを勉強する機会を得て、国際金融市場のダイナミズムに対する興味は強く持ち続けており、ご縁があって、法務省出向の後にIMF(国際通貨基金)という国際機関に出向する機会をいただきました。具体的には、金融資本市場局という部門に配属されましたが、こちらは(やや専門的な用語ですが)資本市場のサーベイランス(政策監視)を行う部署でした。IMFはマクロ経済に関する国際機関ですので、日々の金融市場の動きを追いかけるというよりは、金融市場の動向がマクロ経済に与える影響等を調査するのが仕事でした。
IMFには3年間いて、2013年に財務省に戻ってきて以降は、主計局での2年間の経験を除けば、基本的には国際金融・経済開発に関する職務に従事してきました。国際局で最初に配属されたのが調査課というところで、日中や日韓のバイラテラル(2カ国間)の協調や、ASEAN+3におけるアジア債券市場の育成などを担当しました。
「ASEAN+3」といっても、学生の皆さんは聞いたことがないという方も多いかもしれませんね。「+3(プラス・スリー)」というのは日本、中国、韓国の3ヵ国のことで、ASEANの10カ国にこれら3カ国をプラスした国際協調の仕組みのことをこう呼んでいます。この枠組は、1997年のアジア通貨危機後に出来上がったのですが、海外からのドルの借入への過度の依存から脱却すべく、チェンマイ・イニシアティブのように危機時にドルを融通する仕組を構築するほか、普段から自国の通貨(タイであればバーツ、インドネシアであればルピア)で借り入れることができる市場を作る必要性が認識され、アジア債券市場育成イニシアティブというものが立ち上がりました。私が担当したのはそちらになります。調査課に2年間在籍した後、国際機構課というG7/G20を担当する課で、2016年のG7議長国としての業務を担当し、日本議長国としてどういうメッセージを打ち出せるか等を検討しました。「伊勢志摩サミット」が開かれた年というとご記憶の方も多いかもしれません。現地で外務省はじめ関係者の方と調整を続けたのはいい思い出です。
直近のキャリアを振り返ると、今回のテーマである経済開発の仕事が中心になっています。今の仕事の前は3年間、ワシントンDCで(DC赴任はIMFの時に続き2回目になります)、世界銀行の日本理事室で理事代理をしていました。理事室というと理解しにくいかもしれませんが、理事会の原語が「Board of Directors」であると言うと、ピンとくる人もいるかもしれません。そう、これは会社でいう取締役会と同じ原語なんですね。もちろんその役割は民間会社とは大きく異なりますが、日本財務省からの副代表として、世銀の経営方針等について承認する議論に参画しました。具体的には、気候変動のようなグローバルな課題の解決に世銀がどう貢献していくか、コロナ危機後の貧困や不平等の拡大にどう対処するか、各国の基幹インフラをどう整備していくべきか、等々、中長期の戦略の話に貢献したり、個別プロジェクトの融資案件の承認などを担当したりしました。
昨年(2023年)の夏に帰国し、現在は、世界銀行、アジア開発銀行等の、国際開発金融機関、英語でいうMultilateral Development Banks(MDBs)を所管するユニットのヘッドである開発機関課長をしています。具体的には、世界全体あるいは地域でのメンバーシップを有する国際機関の中で、日本が株主としてどのような政策をうち出していくか、他の株主とどう協調していくのか、また、クライアント国と呼ばれる融資先の国々のニーズをどううまく吸い上げて、MDBsのビジネスモデルをどう進化させていくか、などの議論に参画しています。
学生:IMFには希望されて行かれたのでしょうか。
津田:はい、希望しました。IMFに行った時は、2008年にリーマン・ショックが起きて、その後ギリシャを中心に欧州の債務危機も続いて金融市場の緊張感がすごい高い時期でした。私はIMFに行く前は法務省で国際マネーロンダリング対策を整備する仕事をしていて、それこそ月1回ほど海外出張に行くような機会もあり、やりがいも感じておりましたが、やはり世界の金融市場がどう動いているのか、そしてその中で日本をどうしていくのかということに興味が沸々と湧いてきて手を挙げました。
服部:入省時から国際系を希望されたというわけではないのですね。
津田:それは全然違いました。財政や国際金融などの政策の細かな中身に深く理解があったというより、財務省の役割は予算を編成することで、批判される立場であるものの、誰かがやらなければならない仕事ですよね。その精神論みたいなのにすごく憧れました。
最初に入ったセクションが国内調整のとりまとめのようなところだったこともあり、新人のころは今後もそういう仕事をしていくんだろうなという気持ちが漠然とあったのは事実です。けれども留学先で鼻をポキンと折られたというか、自分が得意だと思っていた英語もうまく伝わらないし、結構苦労したんですね。そこから毎日勉強したら、英語も伸びてきて、結構肌にあっているなという実感を得たのがきっかけですかね。また、留学したときはリーマン・ショック前だったので、金融がブームの時でもあり、ダイナミックな金融の世界で活躍したいという思いもだんだん強くなってきましたね。
学生:留学の経験は大きかったのですね。何を勉強されたのでしょうか。
津田:大きかったです。1年目はイギリスのケンブリッジ大学で法律の修士を取得して、そのときは会社法、銀行法、租税を中心に勉強しました。日本とイギリスの租税法の比較や、租税と社会保障に関する卒論を書いたりもしました。2年目はロンドンにあるロンドンビジネススクールというところで、コーポレートファイナンスやキャピタルマーケッツ、アセットプライシングなど金融の基礎を勉強しました。
服部:金融はそこで初めて本格的に勉強したわけですね。
津田:そうですね。それが非常にいい経験になりました。さきほどIMFの金融資本市場局に採用された話をしましたが、特にそこで活きました。IMFはマクロ経済政策を専門としている機関ですし、かつ、経済学の博士号(Ph.D)を持っていることが職員のデファクトスタンダードです。その中で、博士号もなく中途採用ですから、何もしなければた だのアンダードッグと思われて終わりです。バリューを出すためには、「私はこういうことができます」ということをそれこそ毎日毎時間アピールし続けないといけない。最初の半年から1年ぐらい、しゃかりきになって頑張りました。
具体的なエピソードを1つご紹介します。私が出向した当時は、欧州の債務危機がありまして、ギリシャだけではなくポルトガルやスペイン、アイルランドといった国々が深刻な債務問題を抱えていました。
これに関連して、当時流行っていたデリバティブ商品に、クレディット・デフォルト・スワップ(CDS)というのがありました。これは簡単に言うと、支払不履行などのイベント(クレジットイベント)が起きれば、経済的補償がもらえる、保険のような商品です。いわば支払不履行が起きうる確率にベットするような商品で、それがもともとの債券の価格の変動率を高めるのではないかという危惧もあり、具体的なメカニズムに対する興味が高まってきました。ところが、細かな商品の実務は少なくともIMFの中ではあまり知られていませんでした。例えば債券のデフォルトの条件は債券契約で決まりますが、CDSに定めるクレジットイベントについては、ISDAというデリバティブ協会のルールに従って決まっていて、両者は微妙に違かったりします。こういう法的な知識は、マクロ経済だけを担当しているエコノミストだと知りようがないわけですが、私はビジネススクールで知り合ったCDSのエキスパートのクラスメートに聞いたり、法律的なバックグラウンドを活かして文書を読み込んだりして、両者の違いを説明するメモを作り、それを配布して、僕はこれもできるから今度はこういう仕事もやらせてくれという生き残りに使ったりもしました。
財務省における国際局の役割
服部:私の印象ですが、一般的には、財務省というと国際局の業務というよりは予算と税をやっているというイメージを抱きがちです。まず、財務省の中で、どのような局があり、国際局の役割について説明をいただけますか。
津田:財務省全体では総合調整を行う大臣官房に加えて、局が5つあります。主計局というところが予算編成を担当していて歳出額を決めています。歳入の見積もりを作ったり、税制改正を担うところが主税局になります。それから関税局というところが、関税収入や、水際対策としての税関の政策などを担当しています。
歳入と歳出というのは毎年のフローですが、一方で、資産・負債といういわばストックを管理しているのが理財局というところになります。日本国債の発行、国のキャッシュマネジメント・資金繰りなどの業務に加えて、最近はデジタル通貨のあり方などについても担当しています。
財務省はMinistry of Financeですので、国際局は、International Finance、すなわち国際的なお金の流れに関する仕事を行うところになります。国際局の役割は多岐にわたりますが、私自身は大きく分けて4つぐらいと整理しています。1つはG7, G20などのグローバルな世界あるいはアジア地域における国際金融の協調。2つ目が、私が最近の生業としている開発金融。3つ目は、為替市場や外貨準備の運用。4つ目はインテリジェンス、経済安全保障、資金の流れの廉潔性などです。経済安全保障という側面は、過去5、6年ほどでその重要性が認識され、日本だけでなく、どこの国でも重要な課題として意識されていると思います。
JICAとJBICの役割について
服部:神田(2021)の7章の構成は、まずグローバルな潮流の説明から入り、JICAの話が来て、次に、JBICが続き、最後に世銀など国際機関の話になります。学生の反応を見ると、身近なのは、JICAとJBICという印象です。そこで、まずは、金融面に焦点を絞りながら、JICAとJBICから議論を進めていきたいと思います。
最初に基礎的な知識を整理したいのですが、大切な点は、JICAやJBICは政策金融を担う政府系金融機関であるということです。歴史的には、財務省資金運用部が、郵貯を通じて集めてきた資金を、例えば日本政策投資銀行(DBJ)やJBICなどの政府系金融機関に貸し出していました。この仕組みが1990年代後半に批判され、財投改革がなされ、政策金融については、基本的には、「民間にできることは民間に」という方針となりました。財投改革をうけて、政府系金融機関の規模は縮小していきます。
政策金融や政府系金融機関の役割については大きな話になってしまうので別の文献にその詳細は譲りますが、政策金融の基本原則は、3つの機能に集約されると理解しています。すなわち、(1)中小零細企業・個人の資金調達支援、(2)国策上重要な海外資源確保、国際競争力確保に不可欠な金融、(3)円借款(政策金融機能と援助機能を併せ持つ)、という3つです。JICAとJBICは、この(2)と(3)に関わってくるとおもいます。
政策金融に係る資金の動きを理解するには、財政投融資の仕組みを理解する必要があります。図表2 財政投融資の仕組みについてが現在の財政投融資の仕組みを整理したものですが、JBICやJICAが資金調達をする際、自分たちで例えば、社債(これを「財投機関債」と呼びます)を発行して資金調達をすることもできます。もっとも、この場合、国が国債を発行してファンディングすることに比べ、信用リスクや流動性プレミアムの分だけ割高になります。そこで、政策的に必要な部分に関し、財務省が国債(財投債)を発行し、それを低利でこれらの機関に融資しています。これは財務省が実施する「グループ・ファイナンス」のような機能といえます。それに付随して、JBICやJICAが借り入れをする際に、政府保証をするという形も取られています。
私は財務省に勤務していた時期もあるのですが、政府での経験があると、こういう大きな資金の流れがよりくっきりと理解できるようになることがあります。民間金融機関では、近年、特に専門化が進んでおり、例えば、数十年、国債のトレーディングや、株や債券の引受など、特定の業務のみをやるということも少なくありません。これは専門性という意味ではよいと思いますし、これはこれでもちろん面白いのですが、個人的にはどうしてもマイクロな視点になりがちで、日本全体で見たマクロの視点を得にくいと感じます。一方、財務省での経験があると、僕らのお金がどう出て、民間金融機関や政府系金融機関を通じて、どのように実際のローンに結びついているか、ということがよりクリアにわかる感じがします。
私の印象では、JBICとJICAは学生の中でも人気な就職先だと思います。まず、JBICとJICAから話を始めたいのですが、学生のみなさんはJICAとJBICについてどういうイメージを持っていますか。
学生:JBICが融資をしていて、JICAが開発とかボランティアとかをしているイメージです。
津田:まずJICAからご説明します。おっしゃるとおりJICAは開発機関ですので、途上国に対して、開発を目的に融資や無償資金を提供しています。青年海外協力隊なども聞かれたことがあると思います。
一方、JBICは、専門用語で、輸出信用機関(Export Credit Agency, ECA)と呼ばれます。例えば、日本企業がどこかの国に融資や直接投資をする時に、そういう日本企業に対して融資をしたり、あるいは、民間銀行と一緒に協調融資を行ったりすることで取引をやりやすくする。つまり、途上国を助けたいという目標ではなくて、日本企業の海外進出等の、特定の政策目標を達成するために作られた機関です。
世界中にこういう機関はたくさんあります。例えば、ドイツにはKfWという機関がありますし、アメリカはEXIM bankという輸出信用機関がありますが、これらはいずれもJBICのカウンターパートです(KfWはJICAのような開発機関としての側面も有しています)。他方、アメリカでいえばDFC(Development Finance Corporation)という組織もあり、こちらはJICAのカウンターパートに当たるかと思います。中国も、輸出入銀行というのが、JBICと似たようなことをやっていますね。
発展途上国に対する資金の流れ
服部:図表4 ODA・OOF・民間資金・民間非営利団体による贈与(概要)は、神田(2021)に記載されている開発途上国に対する資金の流れを整理したものですが、この図をみるとまず、「ODA」があります。ODAとは、「Official Development Assistance」の略であり、政府が途上国に対して提供する資金援助や技術協力を指します。一方、図表4の右上に位置していますが、ODA以外の政府資金として、OOF(Other Official Flow)があり、これは「政府開発援助以外の政府資金」と呼ばれるものです。ODAについて、2国間援助と他国間援助があり、バイの援助がJICA、マルチの援助が世界銀行などの国際開発金融機関(MDBs)です(MDBsについては後述)。一方、JBICはOOFと位置づけられます。
あと、図表4で重要なのは、右下に「民間資金(Private Flows, PF)」および「民間非営利団体による贈与(Private Grants)」もある点です。民間資金は、民間企業によるクロスボーダー取引(国境を超えて行う取引)などです。「民間非営利団体による贈与」は例えばNGOによる援助であり、これらも開発途上国に対する重要な資金です。金額という観点では民間資金のプレゼンスが圧倒的に大きい点も重要です。
この点について数字を確認しておきます。図表5 我が国から開発途上国に対する資金の流れ(2019暦年実績)が、「ODA」、「OOF」、「民間資金」、「民間非営利団体による贈与」について数字で確認したものですが、ODAは全体の15.9%、OOFは5.6%にとどまり、開発途上国に対する資金の8割程度は民間資金であるということが分かります。
霞ヶ関からみたJBICとJICA
服部:ちなみに、財務省からみたJBICやJICAはどうみえるのでしょうか。
津田:色々な切り口があると思うのですが、JBICを例にとって、財務省とこれらの機関との役割分担という観点から説明したいと思います。財務省の役割とJBICの役割は、当たり前ですが大きな違いがあります。例えばトルコやブラジルといった新興市場国でJBICが融資プロジェクトを実施するとしましょう。その場合、プロジェクトのリスクとリターンをどう審査するかなどの専門的な検討は財務省ではなくJBICが行いますね。
一方、財務省の役割は、制度全体のグランドデザインを描く点にあります。財務省からアイデアを出して、JBICに形にしてもらうこともありますし、JBIC側が現場からニーズを吸い上げて、こういうものを作りたいと相談がある場合もあります。その際には、例えば政府全体の開発協力大綱に沿って適正かどうか、JICAとJBICの競合はどうなるか、必要な予算はどのように担保するのか、等々を多角的に検討します。
財務省のみが所管しているJBICと比べ、JICAと財務省との関係はもう少し説明が必要になります。まずJICAの一義的な所管は外務省です。そのうえで、具体的な業務で分けますと、「無償資金協力」、「技術協力」、「有償資金協力」のうち、無償資金協力あるいは技術援助については、外務省が100%担当しますが、貸出に相当する有償資金協力に関しては、財務省と外務省の共管になっています。財務省が特に有償資金協力について関わっているのは、金融的手法や資金の流れ等に専門性があるからかもしれませんね。なお、個別の融資案件の承認は、外務省、財務省、経済産業省の3省の承認が必要となります。
JICAとJBICの役割については、仕組み上は分かれていますが、JICAの民間セクター向けの出資・融資ツールである海外投融資とJBICによる出融資は業務上は重なりうることがありますね。途上国の開発のため、と言えなくもないし、日本国の権益確保のため、という意義もある。そういうプロジェクトは多々あり、都度、調整が行われています。
あるいは、DBJが日本企業を支援する中で、日本企業が海外で出ている案件があるので、それを支援することはJBICとバッティングすることがあります。バッティングしないための仕組みもあるとは思います。
服部:図表7 JBICとJICAの変遷がJBICとJICAの変遷ですが、歴史的にはJICAは技術協力に特化していたところ、政策金融改革を経て、2008年から「無償資金協力」「有償資金」「技術協力」という今の形になっています。
津田:そうですね。ODAとなってくると、先ほど話した世銀や、アジア開発銀行(Asian Development Bank, ADB)への貢献もODAに入ってきます。先ほど申し上げたように、JBICとJICAみたいな機関は他の国にも当然ありますし、これらが1つの機関になっている国もあります。
服部:JICAやJBICがバイでの役割、世銀などはマルチでの役割という議論があり、マルチの議論については後半に議論できればとおもうのですが、上述の内容は、例えばADBを通じて実現する、あるいは世銀を通じて実現するという経路もありますよね。それに対してJICAやJBICは、それらとの比較の観点で整理するとどのように比較されますか。
津田:やはりJICAとかJBICは日本の機関ですので、日本政府の政策に近く、日本の顔が見えるといったメリットがあります。他方、世銀やアジア開発銀行は、マルチの機関ですので、日本政府の言うことだけを聞くわけではなく、あくまで一株主として影響力を行使することになりますが、グローバル又はリージョナルに大きなインパクトを産み出すことができます。どちらか一方のほうが優れているということではなく、場面に応じて、使い分けている感じですね。
マクロ全体でみたJICAへの資金の流れ
服部:神田(2021)ではあまり焦点を当てていなかったのですが、マクロ全体の資金の動きも確認したいです。JICAによる無償資金協力の場合は、その資金は一般会計からだしますよね。
津田:はい、そうです。
服部:有償資金で出す場合は、もちろん出資部分もありますが、その大部分が、財務省を経由したファンディングである財政融資資金に加え、政府保証債、財投機関債などの負債(デット)でファンディングしていると理解しています。すでに説明しましたが、「財政融資資金」とは、財政投融資制度を通じたファンディングです。一方、財投機関債とは、JICA独自で発行する債券であり、社債に相当するものです。
図表8 有償資金協力業務における財政投融資の活用がJICAの有償資金協力のための資金をどのようにファンディングしているかを図示したものです。全体の金額が約2.3兆円であるところ、財政投融資が1.6兆円であり、その主軸であることがわかります。この次に、自己資金である5,000億円があり、財投機関債が800億円と続きます。
津田:途上国への有償資金協力の元手は、政府が出資をしたうえで、当該出資金を下に行うJICA自身の借入が加わります。単純化して話しますと、例えばレバレッジが4倍だとしたら、1億円出資をしたら3億円の借入を行い、4億円の有償資金の元手になるというイメージです。
無償資金に関しては、無償で渡すということなので、1億円を外務省がJICAに入れたら、1億円を途上国に出す。もちろん事務費・運営費などが引かれますが、ざっくり言うと1対1対応ですね。
服部:先ほどの一般会計の部分ですが、税金で入ってきた収入を財務省による予算査定を経て、外務省へ流れていくということですね。
津田:そうですね。無償資金や技術協力の予算であれば、財務省主計局が外務省予算として査定を行います。有償資金勘定の方は財務省国際局が要求官庁なので、私ら国際局が財務省主計局にお願いをして、主計局が認めた金額を有償資金見合いの出資金として出してもらい、予算案が国会で議決されれば、当該出資金をJICAに出して、他の利益剰余金などの自己資金と合わせて、先ほど申し述べたレバレッジも考慮して有償資金援助として途上国に流れるということです。
バランスシートで見たら負債(Debt)と株式(Equity)があって、Equityが一般会計からの出資金(+利益剰余金)、Debtはおっしゃるとおり財政投融資と財投機関債があり、これらが合わさった金額が有償資金援助として途上国に流れていくイメージです。
さきほどJICAは開発機関といいましたが、市中から借りている金利と比べて、貸している金利の方が安くなることがあります。通常の市中金利よりも安くファイナンスすることを、専門用語で「譲許的(concessional)」と表現します。聞き慣れない言葉かもしれませんが、開発の世界ではしばしば用いられます。所得が高い国にはそれなりにマージンを乗せて貸しているのですが、貧しい国へは低金利で貸すことから逆ザヤが起きます。低金利で貸し出せるようにするにはJICAの財務健全性が重要であり、その強化のためには毎年度出資金を注入する必要がでてきます。なぜ毎年度出資金が必要なのかというと、譲許的である部分があるというのが大きな理由になります。
服部:神田(2021)でも、例えば、JICAの円借款に関して、「円借款の金利は、基本的に借入国の所得水準に応じて水準が設定されており、原資の調達コストの増減等に応じて、定期的に見直されている。また、返済期間は、15年から40年の長期となっており、このうち5年から10年程度の期間は、返済しなくてもよい据置期間が設定されている(案件毎に設定される融資条件によって返済・据置期間は異なる)」(p.320-321)と説明されています。この本では、実際にどの程度の金利であるかを示す「円借款供与条件表」も記載されており、これはウェブサイトでも公表されています*3。
図表9 外務省当初予算全体における割合の推移*5*6が外務省の当初予算の割合を見たものですが、無償資金協力が21.5%に相当します。JICA運営費交付金等は20.4%あります。JICAのバランスシートの特徴的なところは、無償資金協力や技術支援の資金を取り扱う「一般勘定」と、ローン部分である「有償資金協力勘定」が分かれている点です。ローン部分については、期間が複数年にわたりますし、財務の健全性がより必要ということで、JICA第17条で、区分経理が義務付けられています*4。
ODAというと、日本が途上国にお金を無償で渡しているというイメージを持つ人もいますが、それは一部であり、基本的には貸出がメインです。2022年度の数字でいえば、有償資金協力が2.5兆円であり、無償資金協力は1,192億円、技術協力は1,752億円です*7。
津田:ODAのメインはやはりJICAによる融資(有償資金協力)です。もちろん国連等に対する無償資金協力もありますが。なお、国連は銀行ではないので、融資業務はやっていませんので、先ほど申し上げたレバレッジというのは開発金融機関ならではの話ですね。
服部:JICAによる技術協力は、どこの省庁が担当でしょうか。
津田:担当省庁は外務省です。これは100%グラントです*8。例えば、途上国の政府職員向けにトレーニングをするとか、あるいは、例えば災害対策をしっかりやるためのマニュアルや対応プランを一緒に作ってあげて、それを配布したりするための経費になります。
経済協力という側面でみたJBICについて
服部:次、JBICについての話をしていきたいのですが、JBICは完全に財務省の所管ですよね。
津田:はい、100%財務省の所管です。
服部:先ほどおっしゃっていた通り、JBICは、民間の企業が海外に行くときの助けをする政策金融機関です。JBICの役割については、民間だけでできるという議論もありますよね。
津田:そうですね、例えば大きなプラントのようなインフラ・プロジェクトがあり、日本の採掘権益の観点から重要だったとします。こういうときに、JBICとしては、政策金融機関等が一緒になることで信用を高めることもありますし、民間のみだと資金が集まりきらないことがありので、改めて資金を提供する。こういった趣旨で活動を行っています。
服部:神田(2021)ではJBICの金融手法として7つ紹介しており、例えば、海外の企業が、日本企業の機械等を輸入する際、海外の企業に貸出を行う輸出金融などが紹介されています(図表10 JBICの金融手法(例))。
JBICは利益を上げることを前提ということですが、その文脈では、国内向けの政策金融がDBJで、海外向けの政策金融がJBICと整理することができますか。
津田:ちょっとオーバーラップはありますが、ざっくりいえばそういうことです。
服部:そこのお金は財政投融資から基本的にきているということですか。
津田:はい。産投(産業投資)出資と、財政投融資と、両方だと思います。産投(産業投資)出資の額は必要に応じて決まります。
服部:財政投融資における「産投(産業投資)」という概念が出てきたので、この点を整理します。JBICがお金を借りて海外で活動したいといった時に、JBICが自分で社債(財投機関債)を発行して資金調達をすることができるのだけど、それだと国債に比べて金利負担が大きくなってしまいます。そこで、財務省がグループ・ファイナンスみたいな感じで、代わりに国債を発行してあげて、財務省が国債発行で得たお金を低い金利でJBICに貸してあげる。これが財政投融資における「財政融資資金」と呼ばれるものです。
財政投融資では、財務省がNTTや日本たばこ産業(JT)などの株式を持っていることから配当を受け取っており、その配当の範囲に限り、リスクをとっていいという運用を行っています。これが「産業投資」と呼ばれる部分であり、JBICについては、この範囲でリスクを取っているわけですね。ちなみに、JBICとJICAにおける財政投融資計画の実績をみると、JBICには産業投資部分の金額がありますが、JICAにはないことが分かります(図表11 財政融資と産業投資)。
津田:神田(2021)にも書いてあるんですけど、JBICには、「民業補完」と「収支相償」という原則があるんですね。収支相償とは、簡単に言えば、損益を通算して、損をしてはいけませんよということです。
また、償還確実性も業務の原則です。2016年まではすべてのプロジェクトに償還確実性が求められていましたが、2016年に特別業務勘定という独立した勘定を作って、その勘定全体では償還確実性を担保するのですが、個別のプロジェクトではもう少しリスクとっていいよという仕組みができました。それで最近更なるリスクテイキングが少しできるようになったというところです。
財政投融資、産業投資は両方、理財局、すなわちストックを所管している部局が審査しています。JICAの出資金は一般会計で主計局が査定しますから、担当部署も違います。先程おっしゃった、「民業補完」というのは重要な概念で、民業圧迫になってはいけない一方で、新しいこと、インパクトがあることをやる時はJBICが民間の企業の方と積極的に対話をして、面白いビジネスオポチュニティを探していかないといけません。
服部:神田(2021)には、JBICについて、上記以外についても、例えば、ポストコロナの政策である「ポストコロナ成長ファシリティ」の成長や、日米豪連携の促進、さらに、具体的な支援事例も紹介しているため、そちらも参照していただければ幸いです。
後半に続く
図表1 財務省の組織図と国際局
図表3 バイ開発金融機関(DFIs:Development Financial Institutions)
図表6 JICAとODA
図表12 令和4年度財政投融資計画及び実績
図表13 JBICの業務運営の原則
図表14 JBIC等によるリスクマネーの供給拡大(JBIC法改正の概要)*9
*1) 神田眞人(2024)「図説 ポストコロナの世界経済と激動する国際金融」財経詳報社
*2) 植田健一・服部孝洋(2024)「国際金融」日本評論社
*3) https://www.jica.go.jp/activities/schemes/finance_co/about/standard/__icsFiles/afieldfile/2024/10/01/JapaneseODALoans2024101.pdf
*4) https://www.mof.go.jp/pri/publication/zaikin_geppo/hyou/g827/827_d.pdf
*5) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20241101/02.pdf
*6) https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20241101/02.pdf
*7) https://www.jica.go.jp/about/disc/report/2023/__icsFiles/afieldfile/2023/09/25/2023_J_all2.pdf
*8) グラント・エレメントとは、援助条件の緩やかさを示す指標であり、借款の利率、返済期間、返済措置期間などを反映し、パーセントで表示される。贈与はグラント・エレメント=100%となりますが、詳細は下記の資料等を参照してください。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/07_hakusho/honbun/b0/yogo.html
*9) https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11299818/www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/material/zaitoa281026/zaito281026_1-1.pdf