IMFの能力開発業務~結果重視マネジメント(RBM)の取り組み~
国際通貨基金(IMF)能力開発局 シニアテクニカルアシスタンスオフィサー 川野 晋平*1
1 はじめに
私は、2022年7月より、国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)の能力開発局(Institute for Capacity Development:ICD)に出向しています。IMFでは、国際通貨制度の安定性を確保することを目的として、サーベイランス、融資に加えて、能力開発(Capacity Development:CD)を中核的な業務の一つに位置付けており、能力開発はIMFの直接的な国別活動に関する支出の3分の1を占めています(図表1 主なIMF活動の支出参照)。その業務遂行にあたり、融資や投資勘定等を通じた収入に基づくIMFの内部資金だけでなく、パートナー国・機関が重視する特定の地域やテーマに関しては外部資金*2を調達・活用することで、加盟国の能力開発のニーズに応えることを可能にしています。IMFは加盟国からの要請に基づき、持続可能かつ包摂的な経済成長に向けた各種制度の強化を支援し、気候変動、デジタルマネー、ジェンダー等の新たな課題にも対処しています。政府当局のキャパシティ等の現状も踏まえ、技術支援もしくは研修という形で、IMF本部職員、短期・長期専門家、世界17か所に置く地域能力開発センター(Regional Capacity Development Center:RCDC)を通じた支援が、実地もしくは遠隔で実施されています。受益国の大勢は、低所得国・脆弱国が占めます。そうした国に対する支援については、世界銀行をはじめとする他の国連機関等を通じたものを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、IMFは日頃から財政・金融当局等との緊密なコミュニケーションや政策協議を行っており、マクロ経済状況に鑑みた実践的なアドバイスと最新の知識を提供できることは大きな強みと言えます。IMFでは、こうした能力開発を効果的に実施していく上で、共通の基準に照らしたモニタリング、評価に取り組んでいます。それが結果重視マネジメント(Results-Based Management:RBM)という手法であり、能力開発業務の一連のプロセスにおける活用が期待されています。2024年4月に実施された、能力開発戦略に対する包括的なレビュー*3では、RBMの更なる活用を通じて長期的な開発効果の測定を図ることが、主要トピックの一つとして挙げられました。本稿では、IMFにおけるRBMの取り組みについて触れたいと思います。
2 RBMの発展
結果重視マネジメント(RBM)とは、OECD(2024)によると、“A management strategy focusing on performance and achievement of outputs, outcomes and impacts”と定義されています。二国間もしくは多国間の援助供与機関において、限られた資金で如何に効果を最大化するかは長年にわたる課題であり、IMFでは、RBM導入に向けた取り組みを2000年中旬以降、進展させてきました。当時の能力開発のモニタリング及び評価手法といえば、IMF内もしくは委託先の外部機関による事後的な評価が中心であり、プロジェクトの一連のプロセスを通じた体系立てたツールはありませんでした。そのため、能力開発の計画段階から事後評価まで、共通の基準に照らして、効果やインパクトを測る必要性が唱えられました。その後、いくつかのプロジェクトにおけるパイロットフェーズを経て、2013年の能力開発戦略に対する包括的なレビューでRBMの標準化に合意、2017年に内部での運用指針を定めるRBMガバナンスフレームワークが策定され、IMFが実施する能力開発(技術支援、研修)の全てにRBMを適用することになりました。RBM運用上の各種指針の下、IMF内部のシステム(Capacity Development Management and Administration Program:CDMAP)において、能力開発活動(計画策定、予算の執行管理、モニタリング、レポーティング)を一元的にモニタリング及び評価しています。現在ではそのデータが蓄積されつつあり、更なる活用に向けた下地が出来あがっています。RBMはIMF内で、長い期間を経て発展してきましたが、こうした取り組みを実施していく上では、様々な課題が存在します。例えば、組織文化として根付かせていくこと、複数年に及ぶ取り組みを継続的に実施していくことなどです。また、システム開発等のリソースを必要とし、従来の仕組みに多くの変化を与えます*4。
コラム
能力開発局(ICD)の組織概要
ICDは、2012年に、前身のIMF研修所(IMF Institute)及び技術支援管理室(Office of Technical Assistance Management)が統合されて出来た、IMFの中では、比較的新しい部局です。主な所管業務は、1)外部資金の調達及びパートナー国との関係構築、2)IMFの能力開発に関する戦略・ガイダンス等の策定、3)加盟国に対するマクロ経済・金融分野に関する能力開発を提供する部署に分かれます。私が所属するグローバルパートナーシップ課は1)に属します。日本は、国内歳入動員や財政管理、債務管理等の分野をはじめとして、IMFの能力開発活動を長年にわたり支援しており、日々の業務の中で“Japan”のフレーズを聞く機会が頻繁にあります。一方で、約200人程度のICD職員の中で、日本人職員はわずかです。IMFが行う能力開発に多くの方に関心を持ってもらい、IMF、ひいては、ICDや他の機能局(例えば財政局や金融資本市場局等では、特定の分野に特化した能力開発を実施)において、日本人職員が能力開発分野に一層貢献していくことを期待しています*5。
3 RBMの運用
RBMの主要なツールは、能力開発の計画策定段階に設定されるロジカル・フレームもしくはログフレーム(図表2 ログフレームの概略参照)です。これは、能力開発のインプット(投入)、つまり、財政的資金及び人的資源が、どのような活動(対面・遠隔での会議=ミッション。IMF本部職員による短期・長期専門家の活動の後方支援=バックストップ。)に充てられて、どのようなアウトプット(技術支援報告書や研修実施)になり、最終的には開発効果がどの程度あったのか測定するまでの一連のフローを体系立てたものです。IMFに限らず、各援助供与機関も、プロジェクトの完遂までのフローを体系立て、実施過程でのモニタリング、プロジェクトの事前・事後評価を実施していますが、各機関の実施する支援の性質等により、対象範囲やそのスコープ(国レベルで見るのか、個々のプロジェクトで見るのか等)は異なってきます。IMFではRBMの対象を能力開発に限っており、その他の業務、融資等には適用していません。またIMFの能力開発は、道路の建設や衛生環境の改善等ではなく、公共財政、通貨金融制度、マクロ経済枠組み、統計、法的枠組み、包摂性と格差、気候変動への対応等といった各分野(ワークストリーム)に沿って支援が提供されます。実際に能力開発を提供するIMFの機能局は、個々の内容を踏まえ、目標(objectives)、成果(outcomes)、指標(indicators)、マイルストーン(milestones)を設定します。例えば、A国に対して「税務行政機能の強化」を目標として、「納税義務の順守率の改善」という成果を出すことを想定し、特定の指標「期限内申告」等を設定することで、その達成度を評価することが出来ます。能力開発の実施過程で定期的にモニタリング(少なくとも1年に1回、4段階評定を実施)し、その結果を踏まえ、必要に応じログフレームの変更を行うなど、柔軟に対応することが求められます。例えば、IMFは、日本支援プロジェクトを通じて、ラオスにおける歳入行政・歳入動員の強化に向け、関税・税務担当者間の協力、付加価値税(VAT)の管理等に関する助言・フォローアップを行っており、RBMに基づく情報はCD Dissemination Policy*6に沿って、パートナー国・機関(ここでは日本)とも共有され、説明責任を果たすことに貢献しています*7。こうした情報は、今後の他のプロジェクトでより開発効果を高めるための参考として、活用されることが見込まれます。また、個々の項目の設定において、共通の言語を用いる事で、同様のプロジェクト間で評価・比較分析することが可能となります。IMFで能力開発を実施する部局は、定期更新されるRBMカタログ上に登録されている目標等を、各プロジェクトに応じて当てはめています。
IMFにRBMが導入され、2022年以降にログフレームを通して能力開発活動が測定された国は170以上にもなります。年々高まる能力開発へのニーズに対して、限られたリソースをもとに、期待する開発効果を達成していくために、RBMは効果的なツールとして活用できます。例えば、能力開発の実施手法の違いが当局に対してどのように効果・インパクトを長期的に与えているのかについて、有益な情報を与えてくれます*8。実際に能力開発を提供する機能局に加えて、地域を管轄する地域局に在籍するカントリーチーム(サーベイランスや融資を担当)は、RBMデータへのアクセスを通して、各国のニーズを踏まえた優先順位付けの議論にも役立てることが可能です。また、RBM活用による大きな利点は、計画段階から、受益国の当局の関与が増え、どのような目標や成果を設定するべきか、IMFとの協議を通じて受益国自らが主体的に理解し、改革に取り組むというオーナーシップを促すことができる点です。そして実行・評価においても緊密な関与が期待されています。一方で、その活用にあたってはいくつか留意すべき事項があります。第一に、データの客観性の確保が不可欠です。つまり4段階評価にあたっては、各プロジェクトの担当者(デスクエコノミスト等)が行う達成状況に応じたリワード的な要素ではなく、客観的に評定がなされることでプロジェクト間の分析を可能にします。その上で、RBMを通じて得られた教訓を生かし、受益国への能力開発の効果を最大化していくことが重要です。IMFでは、定期的に、特定の能力開発活動及びワークストリームに関する内部評価もしくは、マルチドナー基金での能力開発活動に関する委託先の外部機関を活用した外部評価を行っており、妥当性、整合性、有効性、効率性、インパクト、持続性の観点(OECD/DAC Criteria)で測定しています。有効性審査にあたっては、RBMを通じて得られた目標及び成果に関するデータを、単純に一つのインプットとして使うのではなく、他のデータソース(例えば、関係者へのインタビュー、サーベイ、ケーススタディ)とも突き合せた上で、情報を補完しています。第二に、受益国の状況の変化に応じて対応する柔軟性を失わないことが重要で、必要があればログフレームの変更等の対応が求められます。一方で、成果の評定が歪まされることの無いように、変更に対しては一定の一貫性を持ったアプローチを取ることが必要です。第三に、IMFにおける能力開発の多くは複数年を通して目標を達成するプログラムアプローチが取られており、RBMから得られる一時点のデータの解釈には慎重さが求められ、評定への過度の依存には注意すべきです。また、途上国の性質(脆弱国・非脆弱国)を踏まえ、短期的な達成状況だけで成果を判断するのではなくそのキャパシティ等も考慮しながら長期的な関与が必要です。十分ではない結果の際には、RBMはなぜそうなったのかという問いを提起するきっかけになりますが、その周辺にある諸要因を詳しく分析することが一層重要になります。
4 おわりに
外部資金で担う能力開発においては、その効果を測定するとともに、資金の担い手であるパートナーに対する説明責任を果たしていくことも重要です。RBMを通したモニタリングの強化等がその一助となることが期待されており、日々、能力開発業務に携わる中で、RBMに関する議論は避けて通れません。IMFでは現在、プロジェクト毎にRBMを活用していますが、直近の能力開発戦略に対する包括的レビューでは、そうした個別プロジェクトの結果を積み上げる形で、より上位体系(例えば国・地域レベル、もしくは特定のテーマ等のポートフォリオレベル)でのStrategic Result Frameworkを設定することで、長期的な開発効果の測定を図っていくことを今後の課題としており、他援助供与機関等の事例も参照しつつ、検討が進められています。
コラム
IMFのグローバルプレゼンス
IMFは、ワシントンDCにある本部に加えて、約100ある現地事務所、広報・地域事務所(アジア太平洋地域事務所、国連事務所、欧州事務所)、17ある地域能力開発センター(RCDC)で活動しています。RCDCには、技術支援を行う地域技術支援センター、講義形式で研修プログラムを行う地域研修センター、もしくは両機能を備えたセンターがあります。技術支援では各マクロ経済分野毎に雇用された長期専門家が、各センターに駐在し、管轄する域内メンバー国に対して能力開発を行います。研修プログラムでは、域内国の若手・中堅の政府職員が、IMF本部職員や短期専門家等から、1~2週間程の研修を受講します。IMF本部が公共投資管理、税務行政、金融部門、ガバナンス等の包括的な診断ツールを通じたレビュー、戦略的な政策助言、中期改革計画の策定等の能力開発に焦点を置く一方で、RCDCには、そうした土台に基づき、受益国との近接性を強みに迅速かつ各国に合わせた支援を提供することが期待されています。なお、長期専門家は、IMF本部からのバックストップを通じて質の高い能力開発の提供を可能としています。各センターのガバナンス構造は個々に異なりますが、特筆すべき点として、IMFは、域内メンバー国に対して一定の資金貢献を慫慂しています。これは、IMFが能力開発支援を供与していく上で、各国のオーナーシップを促すとともに、センターの長期的な財政状況を改善するという目的を担っています。なお、日本政府は設立初期より、IMFタイ能力開発オフィス(CDOT)、IMFシンガポール地域研修所(STI)を支援しており、最近では、太平洋金融技術支援センター(PFTAC)へ新たな資金貢献を決定しました。また、国際協力機構(JICA)はIMFとパートナーシップを締結し、アフリカ研修所(ATI)を通じたアフリカ各国の債務管理能力向上のため、公共財政管理や債務持続性分析に焦点を当てた研修を支援しています。
参考文献
[1]IMF(2018a)“2018 Review of the Fund’s Capacity Development Strategy—Overview Paper”
[2]IMF(2018b)“2018 Review of the Fund’s Capacity Development Strategy—Staff Background Studies and Short Notes”
[3]IMF(2020)“Updated Common Evaluation Framework for Capacity Development and Guidance Note”
[4]IMF(2021)“Operational Guidelines—2020 RBM Governance Framework”
[5]IMF(2024a)“Review of the Fund’s Capacity Development Strategy—Towards a More Flexible, Integrated, and Tailored Model”
[6]IMF(2024b)“Review of the Fund’s Capacity Development Strategy—Towards a More Flexible, Integrated, and Tailored Model —Background Papers”
[7]Lamdany, Ruben(2022)“The IMF and Capacity Development—Monitoring, Evaluation, and Effectiveness,” IEO Background Paper No. BP/22-02/11
[8]OECD(2024)“Glossary of Key Terms in Evaluation and Results-Based Management for Sustainable Development”
*1) 本稿の内容は、筆者が参考文献等を元に個人的に執筆したものであり、誤りがある場合は筆者個人に責任があります。また、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の所属する組織を代表するものではありません。
*2) 直近3年間(IMFの2022-24年度)の貢献額では、日本、欧州連合(EU)、中国が上位3か国。近年では伝統的な援助供与国(OECD・DAC加盟国)のみならず、新興国や民間財団からの貢献も増えています。
*3) IMF(2024a, b)を参照。
*4) RBMの課題等について、Mayne, John(2007)“Challenges and Lessons in Implementing Results-Based Management,” Evaluation, 13(1), 87–109が詳細に触れています。
*5) IMFの能力開発やその他業務については、ソーシャルメディア等のコミュニケーション媒体を通じて対外発信されています(https://www.imf.org/en/Social-Hub)。
*6) https://www.imf.org/-/media/Files/Publications/PP/2022/English/PPEA2022001.ashxを参照。
*7) プロジェクト概要は、JSA年次報告書2023(https://www.imf.org/-/media/Files/capacity-developement/jsa-annual-reports/jsa2023.ashx)のP.16(Box.8)及びP.48を参照。
*8) IMFで蓄積されたRBMデータに基づく分析では、Antonio Bassanetti(2021)“When Does Capacity Development Achieve Good Outcomes Evidence”がある。