キャッシュレス決済およびデジタル給与の展望
大臣官房総合政策課 西村 海生/瀧岡 信太朗
本稿では、キャッシュレス決済およびデジタル給与の展望について考察する。
キャッシュレス決済の動向
我が国のキャッシュレス決済比率(※各種決済支払額÷民間最終消費支出)は、オンライン決済機会(Eコマース、フードデリバリー、デジタルサブスク)の増加、事業者の還元キャンペーン実施、政府のキャッシュレス推進策等を背景に急速に進展している。経済産業省は2025年までにキャッシュレス決済比率を約4割、将来的には約8割にすると目標を掲げており、2023年では39.3%と目標手前まで高まってきている(図表1 キャッシュレス決済金額と決済比率)。
内訳をみると、クレジットカード決済が32.8%で最もウエイトが高い。また、スマホ決済アプリ業者や政府による各種キャンペーンの実施、コロナ禍を背景とした非接触型決済の需要の高まり等により、コード決済(QRコード、バーコード)の伸びも顕著である(図表2 コロナ禍における消費活動の変化)。
キャッシュレス化の進展により、(1)インバウンド消費の拡大、(2)キャッシュレス決済に伴う人手不足緩和や生産性向上、(3)現金決済のインフラコストの一部削減等の効果が挙げられる(図表3 現金決済インフラ維持コスト(年間))。
(出所)経済産業省「https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240329006/20240329006.html」、内閣府「第5回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」、経済産業省「キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会(令和4年3月)」
スマホ決済アプリの台頭
前述の通り、スマートフォンのアプリを活用したコード決済の利用機会が一気に拡大し、生活インフラとしての存在感を高めている。
決済手段別に決済回数を見ると、コード決済回数は2022年に電子マネーを超えてキュッシュレスで最も使用されているクレジットカードに次ぐ順位となり、2023年には約94億回でクレジットカード(約179億回)の半分を超える水準まで着実に伸長している(図表4 決済手段別の決済回数)。
店舗利用金額とアプリユーザー数も右肩上がりとなっている(図表5 コード決済の決済額・ユーザー数)。拡大の要因として、専用の読み取り機が必要な電子マネーと異なり、コード決済はQRコードが書かれたシールを利用者のスマホで読み込めば支払いが完了するため、個人事業主、屋外(キッチンカー等)を含めた店舗側の導入が容易であること、利用者側では、コード決済を利用できる店舗が増加していることに加え、利用することでポイント還元を受けられる場合が多いこと、手数料無料の送金機能があること、ミニアプリ(アプリ内で利用できる決済以外の便利機能)の拡充による汎用性の高まり等が考えられる(図表6 ミニアプリのサービス例)。
課題としては、加盟店以外では利用できないこと、通信障害時に決済できないこと等があるが、これについては加盟店が急増したことに加え、一定額まではオフライン決済が可能になったことなどで解決されつつある(図表7 コード決済のメリット・デメリット)。
(出所)一般社団法人キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査」、一般社団法人日本クレジット協会「クレジットカード動向調査」、日本銀行「決済動向」
インバウンド消費と決済の動向
訪日外客数は、コロナ禍前の水準を上回って推移している中、訪日客1人当たり消費単価も増加しており、インバウンド消費額は過去最高の水準にある(図表8 訪日外客数とインバウンド消費額)。その中、政府は「観光立国推進基本計画」(2023-2025年度)として、質の向上に重きを置き、一人当たりの旅行消費額単価を20万円にする政策目標を掲げている。
訪日外国人の決済手段としては現金が主流であり(図表9 訪日外国人 利用した決済手段)、訪日外国人が旅行中に困ったこととして、「公共交通の利用」や「その他の決済手段」、「クレジット/デビットカードの利用」が挙げられている(図表10 訪日外国人が旅行中に困ったこと)。キャッシュレス化を推進することにより、両替や毎回の支払いの手間が削減出来れば、キャッシュレス取引に慣れた訪日外国人の消費を促し、旅行消費額が増加すると考えられる(図表11 国別キャッシュレス決済比率)。
(出所)日本政府観光局「訪日外客統計」、財務省「国際収支統計」、株式会社日本総合研究所「インバウンド需要の拡大と訪日外国人の決済動向」、観光庁「訪日外国人の消費動向 2023年年次報告書」、株式会社Gakken「https://gkp-koushiki.gakken.jp/2024/01/26/66844/」、一般社団法人キャッシュレス推進協議会「https://paymentsjapan.or.jp/news/2022年の世界主要国におけるキャッシュレス決済比/」
デジタル給与について
デジタル給与(銀行口座を介さず、スマホ決済アプリ等のアカウントに給与を振り込む仕組み)が、デジタル社会に対応する給与の新たな支払い手段として、日本では今年度から導入されている(図表12 デジタル給与イメージ)。
即日払い、複数回払いが可能といった利点から、短期的な人手の確保や正社員の副業に好影響を与えると考えられる。他方で、企業側は新たな給与システム導入に伴うコスト負担増、事務作業の複雑化等が予想される(図表13 デジタル給与のメリット・デメリット)。
デジタル給与の利用意向は、4人に1人程度(図表14 デジタル給与の利用意向)と考えられ、市場規模としては最大36兆円程度(※2)と試算される。
デジタル給与の導入により、給与が直接決済アプリに入金されることで、クレジットカードや銀行口座等からのチャージ(図表15 利用者のチャージ方法)が不要となる。消費までが以前よりもシームレスとなるため、少額決済の利用機会が増加することが期待される。
スマホ決済アプリは少額での利用が浸透しているが、ミニアプリの利用や家賃、光熱費等のライフライン費用を含めた高額での支払いシーンが増える可能性も考えられ、デジタル給与の普及は、日本のキャッシュレス比率を押し上げる要因となり得る。
(※1)資金移動業者が破綻した場合には、資金移動業者と保証委託契約等を結んだ保証機関により、労働者に口座残高の全額が弁済される仕組みとなっている。
(※2)国税庁「民間給与実態統計調査」(2023年)における民間給与所得者数(6,068万人)及び、現在導入されているPayPay給与受取の上限額(20万円/月)に基づいて試算。
(出所)株式会社大和総研「デジタル給与解禁後の展望と金融ビジネスへの示唆」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「キャッシュレス決済の利用状況に関するアンケート結果」
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。