東京大学 服部 孝洋
1.東京大学とキャンパス・アジア
キャンパス・アジアとは、日中韓を軸とした東アジア地域における大学間の人的交流を主とする教育政策です。歴史的には、2009年に実施された第2回日中韓サミットにおいて、3か国間で大学交流の実施が提言されました。それを受けて、2011年からそのパイロット・プロジェクト(第1モード)としてキャンパス・アジアがスタートしました。キャンパス・アジアとは、「Collective Action for Mobility Program of University Students in Asiaの略」であり、アジアにおける学生間交流のための協働イニシアティブを意味しています。
キャンパス・アジアは、その後、2016年にパイロットプロジェクトから本格化(第2モード)しました。2021年にはさらにASEANの国も含めた形(第3モード)へ発展し(キャンパスアジア・プラス)、現在に至ります(図表1 キャンパス・アジアの歩み*1)。
東アジア友好という観点で成功している教育政策の一つ
日中韓を軸にした東アジアの関係は複雑さを極めるがゆえ、簡単にはコメントできませんが、将来、東アジアを担うであろう学生が若いうちから人的交流をすることは、東アジアの中長期的な友好関係に資すると感じています。そして、大学間連携という観点では一定の成果を残していると考えています。
筆者の理解では、政府からもその理解は得られています。例えば、2024年5月27日、韓国・ソウルにおいて、第9回日中韓サミットが開催されましたが、岸田前総理大臣は、日中韓協力の今日的意義を踏まえ、人的交流、持続可能な社会、ASEANとの協力の3つの分野での取組についての考えを述べ、日中韓協力の「人的交流」という観点では、キャンパス・アジアについて次のように言及しました。
「将来を担う若者を中心とした重層的な人的交流こそが、日中韓の未来に向けた相互理解と信頼を育む礎であり、困難な時期においても課題の解決に向けた新たな発想を生む力となるとの認識に基づき、日中韓3か国間で始まった大学間交流プログラムであり、今や東南アジアに拡大している『キャンパス・アジア』をはじめとするプログラムの推進を引き続き後押ししていく。」
東京大学公共政策大学院におけるキャンパス・アジアの試み
東京大学公共政策大学院におけるキャンパス・アジアでは、日中韓シンガポールのトップ大学を舞台にした、東アジアの公共政策・国際関係を英語で学ぶダブル・ディグリーおよび交換留学のプログラムです。ダブル・ディグリー・プログラムとは、東大に加え、提携校の2校で学位(修士号)をとるプログラムです。アジア地域における相互の理解という観点で短期的な滞在ではなく、学位を伴った交流が重要であることから、東大では長年質保証を伴ったダブル・ディグリーを軸としてプログラムを運営しています。
典型的には、図表2 ダブル・ディグリーのイメージにあるとおり、東大で1年間勉強した後、例えば、提携校である北京大学、ソウル大学校、シンガポール国立大学に1年滞在して、東大だけでなく、それらの大学で修士号を取得するというプログラムになります。東大ではこのダブル・ディグリー・プログラムにおいて、例えば、東大で1年過ごしたあと半年ソウル大学校に留学し、さらに1年北京大学に留学するという合計2.5年のプログラムを主軸としています。それに加え、2年間で修士課程を修了したい学生に対応するため、例えば、1年で2か国、提携校へ留学することも推進しています(例えば、1年東大で学んだあと、半年、北京大学に行き、その後半年シンガポール国立大学に行くプランです)。
日本人学生が海外の大学に留学する際、特に米国を中心に学費が高い点がネックになりますが、北京大学及びソウル大学校へ留学する学生は、東大の学費と同じ学費で留学が可能になっています。また、大学から寮が提供される点や、日本学生支援機構(JASSO)の重点政策枠であることで奨学金が得やすいなど、様々なサポートがなされています。
東大におけるジョイントコースの試み
東大におけるキャンパス・アジアの試みとして「CAMPUS Asia Joint Course」(ジョイントコース)と呼ばれる講義を実施しています。これは東大を軸に、提携校で協力して実施している講義になります。本講義ではキャンパス・アジアに所属する学生の交流を促すことを軸にしており、政府訪問を通じた政策担当者との交流、グループ・ディスカッション、フィールドトリップなどにより構成されています。
この講義は、キャンパス・アジアに所属する学生だけでなく、東大の公共政策大学院に所属する学生に開かれています。特に、本講義を受講することにより、東アジアの学生との交流が進むこと等について、パリ政治学院(シアンスポ)など欧州の大学でも口コミで広がり、東アジアだけでなく、欧米の留学生からも人気が出てきています。その結果、日中韓シンガポールにとどまらず、東アジアからの留学生、さらに、欧米の留学生の交流が実現しています。
2.ジョイントコースにおける試み:黒田前日銀総裁のご講演
前述のとおりジョイントコースでは公共政策を担う実際の政策担当者との交流を実施していますが、本年度の具体的な取り組みを紹介します。本年は2024年7月10日、本学にて黒田東彦前日本銀行総裁が「財政金融政策に関する私の経験」のテーマでご講演されました(その詳細は2024年10月・11月の財務省「ファイナンス」を参照)。その際、黒田前日銀総裁には、ジョイントコースの学生に加え、「日本-IMFアジア奨学金プログラム(JISPA, Japan – IMF Scholarship Program for Asia)」を通じて本学に留学中の奨学生などに対し、交流の機会を設けてほしいという依頼をしました。黒田前総裁のご厚意で、講義前にお時間をいただき、学生との交流の機会をいただきました。
黒田前総裁は、ブレトンウッズ体制の終焉(ニクソン・ショック)、オイルショック、バブル崩壊、パンデミックといった歴史に残る大事件を振り返り、政策決定者として歴史に学びながらいかに迅速かつ適切に対応することが重要かということを、財務官僚、アジア開発銀行総裁、日本銀行総裁としての長年にわたる豊富なご経験に基づく説得力のある視点でお話くださいました。学生から積極的に質問が寄せられ、それに対して丁寧に見解を共有くださいました。
写真 ジョイントコースやJISPAに所属する学生と黒田前総裁との記念撮影
写真 黒田前総裁による講義の様子
3.ジョイントコースにおける試み:財務省訪問
東大におけるジョイントコースでは、昨年から、財務省における見学を実施させていただいています。2024年度については、まず、石田良室長のガイドにより財務省を見学しました。その後、石田室長および浅見万葉課長補佐に講義いただきました。石田室長は前述の黒田東彦前日本銀行総裁の特別講義を念頭に、物価情勢や金融政策を踏まえた日本のマクロ経済政策を中心にご説明くださいました。浅見課長補佐からは、日本の税制度の概要、現状と課題についてお話いただきました。講義内容を踏まえ、学生からは活発に質問が寄せられました。
石田室長と浅見補佐の講義後、若手官僚の方々が、業務の合間に加わってくださり、学生4、5人に分けたグループ・ディスカッションを英語で行いました。本講義では公共政策大学院に所属する学生にとって実際の政策担当者と議論する機会は大変有益であり、財務省内でご対応いただいた方々に感謝申し上げます。
写真 石田良室長による講義
写真 浅見万葉課長補佐による講義
図表3 東京大学における提携校のイメージ
*1) https://qacampusasia.niad.ac.jp/objectives-background/concept.html
1.東京大学とキャンパス・アジア
キャンパス・アジアとは、日中韓を軸とした東アジア地域における大学間の人的交流を主とする教育政策です。歴史的には、2009年に実施された第2回日中韓サミットにおいて、3か国間で大学交流の実施が提言されました。それを受けて、2011年からそのパイロット・プロジェクト(第1モード)としてキャンパス・アジアがスタートしました。キャンパス・アジアとは、「Collective Action for Mobility Program of University Students in Asiaの略」であり、アジアにおける学生間交流のための協働イニシアティブを意味しています。
キャンパス・アジアは、その後、2016年にパイロットプロジェクトから本格化(第2モード)しました。2021年にはさらにASEANの国も含めた形(第3モード)へ発展し(キャンパスアジア・プラス)、現在に至ります(図表1 キャンパス・アジアの歩み*1)。
東アジア友好という観点で成功している教育政策の一つ
日中韓を軸にした東アジアの関係は複雑さを極めるがゆえ、簡単にはコメントできませんが、将来、東アジアを担うであろう学生が若いうちから人的交流をすることは、東アジアの中長期的な友好関係に資すると感じています。そして、大学間連携という観点では一定の成果を残していると考えています。
筆者の理解では、政府からもその理解は得られています。例えば、2024年5月27日、韓国・ソウルにおいて、第9回日中韓サミットが開催されましたが、岸田前総理大臣は、日中韓協力の今日的意義を踏まえ、人的交流、持続可能な社会、ASEANとの協力の3つの分野での取組についての考えを述べ、日中韓協力の「人的交流」という観点では、キャンパス・アジアについて次のように言及しました。
「将来を担う若者を中心とした重層的な人的交流こそが、日中韓の未来に向けた相互理解と信頼を育む礎であり、困難な時期においても課題の解決に向けた新たな発想を生む力となるとの認識に基づき、日中韓3か国間で始まった大学間交流プログラムであり、今や東南アジアに拡大している『キャンパス・アジア』をはじめとするプログラムの推進を引き続き後押ししていく。」
東京大学公共政策大学院におけるキャンパス・アジアの試み
東京大学公共政策大学院におけるキャンパス・アジアでは、日中韓シンガポールのトップ大学を舞台にした、東アジアの公共政策・国際関係を英語で学ぶダブル・ディグリーおよび交換留学のプログラムです。ダブル・ディグリー・プログラムとは、東大に加え、提携校の2校で学位(修士号)をとるプログラムです。アジア地域における相互の理解という観点で短期的な滞在ではなく、学位を伴った交流が重要であることから、東大では長年質保証を伴ったダブル・ディグリーを軸としてプログラムを運営しています。
典型的には、図表2 ダブル・ディグリーのイメージにあるとおり、東大で1年間勉強した後、例えば、提携校である北京大学、ソウル大学校、シンガポール国立大学に1年滞在して、東大だけでなく、それらの大学で修士号を取得するというプログラムになります。東大ではこのダブル・ディグリー・プログラムにおいて、例えば、東大で1年過ごしたあと半年ソウル大学校に留学し、さらに1年北京大学に留学するという合計2.5年のプログラムを主軸としています。それに加え、2年間で修士課程を修了したい学生に対応するため、例えば、1年で2か国、提携校へ留学することも推進しています(例えば、1年東大で学んだあと、半年、北京大学に行き、その後半年シンガポール国立大学に行くプランです)。
日本人学生が海外の大学に留学する際、特に米国を中心に学費が高い点がネックになりますが、北京大学及びソウル大学校へ留学する学生は、東大の学費と同じ学費で留学が可能になっています。また、大学から寮が提供される点や、日本学生支援機構(JASSO)の重点政策枠であることで奨学金が得やすいなど、様々なサポートがなされています。
東大におけるジョイントコースの試み
東大におけるキャンパス・アジアの試みとして「CAMPUS Asia Joint Course」(ジョイントコース)と呼ばれる講義を実施しています。これは東大を軸に、提携校で協力して実施している講義になります。本講義ではキャンパス・アジアに所属する学生の交流を促すことを軸にしており、政府訪問を通じた政策担当者との交流、グループ・ディスカッション、フィールドトリップなどにより構成されています。
この講義は、キャンパス・アジアに所属する学生だけでなく、東大の公共政策大学院に所属する学生に開かれています。特に、本講義を受講することにより、東アジアの学生との交流が進むこと等について、パリ政治学院(シアンスポ)など欧州の大学でも口コミで広がり、東アジアだけでなく、欧米の留学生からも人気が出てきています。その結果、日中韓シンガポールにとどまらず、東アジアからの留学生、さらに、欧米の留学生の交流が実現しています。
2.ジョイントコースにおける試み:黒田前日銀総裁のご講演
前述のとおりジョイントコースでは公共政策を担う実際の政策担当者との交流を実施していますが、本年度の具体的な取り組みを紹介します。本年は2024年7月10日、本学にて黒田東彦前日本銀行総裁が「財政金融政策に関する私の経験」のテーマでご講演されました(その詳細は2024年10月・11月の財務省「ファイナンス」を参照)。その際、黒田前日銀総裁には、ジョイントコースの学生に加え、「日本-IMFアジア奨学金プログラム(JISPA, Japan – IMF Scholarship Program for Asia)」を通じて本学に留学中の奨学生などに対し、交流の機会を設けてほしいという依頼をしました。黒田前総裁のご厚意で、講義前にお時間をいただき、学生との交流の機会をいただきました。
黒田前総裁は、ブレトンウッズ体制の終焉(ニクソン・ショック)、オイルショック、バブル崩壊、パンデミックといった歴史に残る大事件を振り返り、政策決定者として歴史に学びながらいかに迅速かつ適切に対応することが重要かということを、財務官僚、アジア開発銀行総裁、日本銀行総裁としての長年にわたる豊富なご経験に基づく説得力のある視点でお話くださいました。学生から積極的に質問が寄せられ、それに対して丁寧に見解を共有くださいました。
写真 ジョイントコースやJISPAに所属する学生と黒田前総裁との記念撮影
写真 黒田前総裁による講義の様子
3.ジョイントコースにおける試み:財務省訪問
東大におけるジョイントコースでは、昨年から、財務省における見学を実施させていただいています。2024年度については、まず、石田良室長のガイドにより財務省を見学しました。その後、石田室長および浅見万葉課長補佐に講義いただきました。石田室長は前述の黒田東彦前日本銀行総裁の特別講義を念頭に、物価情勢や金融政策を踏まえた日本のマクロ経済政策を中心にご説明くださいました。浅見課長補佐からは、日本の税制度の概要、現状と課題についてお話いただきました。講義内容を踏まえ、学生からは活発に質問が寄せられました。
石田室長と浅見補佐の講義後、若手官僚の方々が、業務の合間に加わってくださり、学生4、5人に分けたグループ・ディスカッションを英語で行いました。本講義では公共政策大学院に所属する学生にとって実際の政策担当者と議論する機会は大変有益であり、財務省内でご対応いただいた方々に感謝申し上げます。
写真 石田良室長による講義
写真 浅見万葉課長補佐による講義
図表3 東京大学における提携校のイメージ
*1) https://qacampusasia.niad.ac.jp/objectives-background/concept.html