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アメリカにみる社会科学の実践― 2020年代の経済・財政(2)

財務総合政策研究所客員研究員 廣光 俊昭

4.アメリカ経済のダイナミズム
(1)生産性、技術革新
 ワシントンが財政で経済を加熱させ、重商主義的政策に走る傍らで、アメリカ経済は力強い成長をみせた。成長の背後には、柔軟な労働市場、移民の流入などがあるとみられるが、ここでは中長期的な生産性や技術革新について議論したい。とりわけ耳目を集めているのがAIである(AIについで関心を集めるリモートワークについてはコラム1.6を参照)。ChatGPTの2022年後半の登場により、その広範な利活用の道が拓かれ、成長への期待を高めている。現在のところ、AIの生産性への効果は統計上確認できないが、ゴールドマン・サックスは、AIの広範な社会受容ののち10年の間、先進国で年1.5%もの労働生産性の改善が期待できると試算する(Goldman Sachs, 2024)。
 図1.12 労働生産性の伸び率(第二次大戦後~現在)は労働生産性の伸びの戦後以来の推移をみたものである。第一に、生産性の伸びが趨勢的に低下していることが読み取れる。第二に、1990年代の後半から2000年代の前半にかけて3%超の高い伸びが復活したこと、第三に、2000年代半ば以降、生産性の伸びが著しく減退したことがみて取れる。1990年代後半からの伸びは、インターネットの登場・普及によるものとされる。それ以降も情報技術の進歩が続いたにも関わらず、生産性の伸びが鈍化したことは、経済学者の間に議論を呼び起こした。ニコラス・ブルーム(Nicholas Bloom、スタンフォード大学)らは、よいアイデアが経済を通じて枯渇しつつあると論じた(Bloom et al., 2020)。戦後、研究に注ぐ努力(研究者の数)は増える一方であるが、全要素生産性は次第に低下しており、このことは研究の生産性が大幅に低下していることを意味する(図1.10)。半導体のムーアの法則でいえば、コンピューターチップの密度を2倍にするために必要な研究者の数は、1970年代初頭に比べて18倍以上になっているという。ジェイン・オームステッド-ラムゼイ(Jane Olmstead-Rumsey、LSE)は、アメリカのデータを用い、ブルームの議論を補完し、2000年代半ば以降の停滞の説明を与えている(Olmetead-Rumsey, 2019)。トップ企業と非トップ企業の比較では、新技術の創出により競争を塗り替えることができる、非トップ企業の方が研究開発に積極的であると考えられる。確かに2000年頃まではその通りであった。ただ、オームステッド-ラムゼイは、2000年過ぎを境に非トップ企業の投資が下方に屈曲していることを見出した。2000年以降、インターネットが陳腐化し、漸進的技術進歩が支配的になり,非トップ企業による逆転が困難になったからであるという。
 目下、AIがアイデアの枯渇の反例となるか、関心の的となっている。AIの登場を1995年のインターネットの民間開放に比定するなら、今後、10年間ほど3%超の生産性向上を期待してもよさそうである。ゴールドマン・サックスの予測はこのストーリーと合致する。もっとポジティブに評価するのはグーグルCEOのピチャイで、彼は電気や火の発明よりもAIは大きな変化であると述べる。アビ・ゴールドファーブ(Avi Goldfarb、トロント大学)は、電気が1890年に使用されはじめてから、広範に利用されるようになるまで40年かかったと指摘する(Goldfarb, 2024)。電気の発明だけではなく、関連インフラが同時に発明(co-invent)されて、はじめて電気の普及は進んだという。ゴールドファーブは、AIにもco-inventionが必要であるとしつつ、AIには発明の道具の発明という面があり、この手の発明は、指数関数的な成長を引き起こす可能性があるとする。
(2)技術は制御の対象とすべきか
 AIは生産性にとどまらず、分配への影響、労働のない「至福(bliss)」と経済学者が呼んできた問題まで、経済学者の興味を掻き立てている。分配については、ふたつの力が不平等化する方向に働く。ひとつは独占・市場支配力、もうひとつが教育・スキルである。独占は労働分配率を押し下げ、プラットフォームの市場支配力は消費者を自社関連製品へと誘導(self-preferencing)する力を与える。
 教育・スキルは、図1.4でみた格差拡大の背後に、技術進歩に対する教育・スキルの立ち遅れをみる、オーターの議論の延長上にある。ダロン・アセモグル(Daron Acemoglu、MIT)は、市場に任せても、社会経済的に最適な技術進歩が実現するわけではないと指摘する(Acemoglu, 2023)。マークアップの格差や外部性が存在する場合、高マークアップ、高外部性を伴う技術への過剰投資が起こる。歪みのある技術分野として、医療、エネルギーと並んで、(AIもその延長上にある)オートメーションを挙げている。予防と治療の間にはマークアップの格差があり、予防には十分な研究開発が行われていない。負の外部性のある化石燃料に過剰投資が行われている。そして、オートメーションにも、社会経済的に負の影響を持つにも関わらず、誰かの仕事を代替することで企業の生産性を高めるが故に、過剰投資が行われる。AIは人を代替するだけではなく、人の仕事を助ける面(補完)もある。どちらが働くかは実証的な問題であるが、マッキンゼー社は、低スキルの職種に減少圧力がかかると予測する(McKinsey, 2023)。同社は、仕事全体としては純増を見込むが、顧客サービスやオフィス補助では大幅な減(主要なシナリオで2030年までに各々18%、13%減)を予想する。製造業で問題化していた二極化がオフィスへと広がる。
 分配上の懸念への対策としては、リスキリング、新技術への課税、普遍的ベーシックインカム(UBI)の導入などが考えられる。リスキリングの重要性は言うまでもないが、オートメーションが製造業を襲った際の経験は、リスキリングが万能ではないことを教える(山縣, 2020)。課税は、オートメーションが負の外部性を持つとの議論に根拠を持つが、課税対象とすべき技術は変化が激しく、国際競争上の懸念から慎重な意見もある。UBIについては、先述の通り、アメリカでの支持は限定的である。理屈上、UBIが労働ディスインセンティブを持つ既存福祉を置換する場合、効率性の改善につながることはありうる。ただ、現実の導入論は既存福祉への追加を念頭においている。ディエゴ・ダリッジ(Diego Daruich、南カリフォルニア大学)らは、複数世代モデルにより議論の裾野を広げている。彼らによると、UBIの導入は、親の子への教育投資のインセンティブを損う。大学進学の有利さも損ない、社会全体を貧しくすると警告する(Daruich and Fernandez, 2024)。
 決定打となる対策を欠くなかで、アセモグルの提案するのが、人をエンパワーする方向でAIを活用するよう技術革新の方向性そのものを変えるというアイディアである(Acemoglu, 2023)。技術が外部性を持つ以上、その選択は公共的帰結を持ち、企業や技術者任せにせず、公共の意見に基づいて選択する必要があるという。アセモグルは、日本の経験を参考にできるかもしれない。足立大輔(オーフス大学)らは、1978年から2017年にかけての日本のロボットの導入と雇用のデータを用い、ロボットの導入がむしろ雇用を増やしていたことを明らかにしている(Adachi et al., 2022)。終身雇用制のもとでは、ロボット導入に際し、従業員と共存するよう工程上の工夫が施され、配転に際してもリスキリングに考慮が払われることは想像に難くない。しかしながら、アメリカの雇用慣行は日本とはだいぶ異なる。また、既存の従業員への保護を強めることは、技術導入の妨げともなる。実際、競争圧力の弱い日本のサービス部門ではIT化が進まなかった。不確実性の高い技術革新の最中には、柔軟な労働市場には捨てがたい魅力がある。アセモグルがAIとその悪影響にこだわる根柢には、格差を放置すると、民主主義を支える基礎が損なわれるという憂慮がある。民主主義の問題については、第五回以降、アメリカ政治を論ずるなかで取り上げる。
(3)アメリカ経済は「至福」へと向かうか
 さて、「至福」についてはどうか。AIで人を代替することは本当に悪いことなのか。その先に労働のない世界を展望することができるのなら、むしろ素晴しいことではないか。労働のない世界を経済学者は至福と見なしてきた。ケインズの小論に『孫たちの経済的可能性』(Keynes, 1930)がある。この小論でケインズは、あと百年もすれば、経済成長の恩恵によって経済問題は解決されるか、すくなくともその解決が視野に入ると述べた。ケインズは、人間の必要を、毎日の食事のような「絶対的必要」と優越感の欲望を満たす「相対的必要」に分けた。百年もすれば、生産力の強化によって前者の「絶対的必要」は充足されるようになる。労働時間は大幅に短縮し、そのぶん余暇が生活の主要部分となり、それでも充分に「絶対的必要」を満たすことができるようになる。ケインズはその状態を至福と呼んだのである。
 アメリカ経済は至福に向かうのか。労働のことは、その需要と供給に分けて整理することが見通しを与える。労働需要(企業などの雇用者側)からみれば、やってもらいたい仕事の中身は変化するが、求人そのものが絶滅することはないだろう。ゴールドファーブらは、AIは予測のための機械にすぎないことを指摘する(Agarawal et al., 2018;Goldfarb, 2024)。一般に不確実性のもとでの意思決定は、次のように表現される。
 シグナル(s)を元に与えられる不確実なイベント(θ)の確率分布を所与として、効用(u)を最大化する行動(x)を選択する。AIは良い予測(F(θ|s))を生み出すことに貢献するが、効用関数(u)をどのように特定するかは「判断」であり、機械にはできない。例えば、AIが誰をレイオフするか決めるという話は誤解であり、実際には、どの関数を最適化するか(効用関数(u)の特定)決めるのは人間である。ゴールドファーブらの整理によると、AIが進んでも判断をする人間への需要は残り続ける。判断のできる人間が希少であれば、彼らは高給を得るだろう。
 供給側(労働者)はどうか。アメリカの現状をケインズの時代(1930年)と比べてみると良い。生産力においては、アメリカの一人当たり実質所得は、1930年から現在までに約7.4倍増加した。ケインズは100年間で(イギリスの想定で)所得が四~八倍になると予想していた。目覚ましい経済的前進にも関わらず、ケインズの予想ほどには労働時間は減っていない。アメリカでは1929年の週46時間労働が2024年に週34時間に減っただけである。なぜ長時間労働はなくならないのか。ケインズの枠組みで解釈すれば、「絶対的必要」ではなく、人々は「相対的必要」に突き動かされていることになる。アメリカ人は、「俺はあいつよりもいいものを食っている」という動機に、ケインズの想定以上に駆られている。ただ、このことは悪いことばかりではない。かつては社会階層が固定的であったから、「相対的必要」が頭から抑え込まれていたのである。自由で平等な社会は「相対的必要」を目覚めさせる。「相対的必要」を忘れさせるには、それこそ「文化大革命」が必要となる。
 労働の需給分析の示唆することは、アメリカ経済に至福が到来することはないということである。需給法則の示すのは、AIのできない判断をする高給取りと持たざる人々へと二極化が進行し、高給取りの間で「相対的必要」の充足を競いあうゲームがますます高次の水準へと高まっていくという展開である。あるいは、二極化の極まるその時、文化大革命が高級取りを圧し潰す瞬間がやってくるかもしれない。その時、アメリカに至福が訪れるといって良いだろうか。

コラム1.6:リモートワークの影響
 AIのほか、アメリカ経済の様相を変える可能性のある動きをあげるなら、リモートワークがあがるだろう。リモートワークは、コロナ禍前にはずっと増えなかったのが、コロナ禍とともに一気に増え、パンデミック終息後再び減ってきている。ただ、もとに戻ることはなく、もとの水準からはかけ離れた高い水準が定着するとみられている。アメリカでの自宅から勤務する日の割合は25%程度であるという(Bloom, 2024)。
 ブルームによると、リモートワークは経済に多岐にわたる変化をもたらす可能性がある。すでに明らかになっていることでは、人が集まるという都市の経済環境(不動産価格、消費地)に与える影響がある。さらに、リモートワークにより、従業員はより幸福を感じ、生産性が増加し、多様性が進む、アウトソーシングが進み、スタートアップにとってはビジネスチャンスにもなる。女性の労働参加が、企業経営や経済のみならず、男女や家族の在り方など社会的に大きな影響を与えたのと同様の変化がこれから起こるという。
 他方、リモートワークには、職場でのトレーニングの機会を損ない、女性や若い労働者の離職を高めるなどのデメリットの指摘もある(Emanuel et al., 2023)。ブルームも、企業レベルでは、リモートワークの影響はメリットとデメリットが相殺し合うことで中立的であるとみる。しかしながら、リモートワークがより遠くに住む人材を活用する道を開くこと(労働市場のインクルージョン)を考慮すると、ブルームは、マクロ全体の影響はプラスになる可能性が高いと指摘する。外国の優れた人材の活用はもちろん、高齢者などのフルタイムで働くことが難しかった人々にも機会が広がり、このことは高齢化と無縁ではないアメリカにとっても有益である。
 2024年になってアマゾンが週5日の出社を義務付けるなど、リモートワークには揺り戻しの動きある。企業レベルでの影響が平均的に中立ならば、縮小する企業があることは不思議ではない。まだ、社会はリモートワークについての定常状態に達したわけではないのだろう。ただ、社会が新たに得たリモートワークの機会を手放すことはなく、働き方と社会のあり方を変え続けるであろう。

5.アメリカの財政
(1)制度的建付け*6
 アメリカと日本では、財政の制度的建付けが異なるため、はじめにこの点について触れるのが良いだろう。根本の違いは、大統領府(行政府)に予算編成権がなく、連邦議会が予算を編成することである。大統領による議会での一般教書演説(例年1月末~2月中旬)につづき、行政管理予算局(OMB:Office of Management and Budget)から、同演説で示された内容を詳述した予算教書が議会に提出される(例年2月)(OMBの業務については、コラム1.7を参照)。しかしながら、予算教書はあくまでも行政府からの要求であり、議会は別途自分ら予算を策定する。大統領と議会でねじれのある場合、予算教書はほとんど顧みられない。
 現在の議会の予算編成を律する大枠を確立したのが、「1974年議会予算・執行留保規制法」(以下、「74年法」という。)である。74年法の一つの柱は、予算委員会を設置し、予算決議を軸にした予算過程を定めることにより、予算の総額やプライオリティの決定を議会のもとにおくことであった。予算編成の基本的流れは、まず、予算決議で支出・歳入の合計や各分野における支出上限などを定める。続いて授権法案(Authorization Bill)で支出のおおよその枠組みを定め、歳出法案(Appropriation Bill)で個別の支出項目を定めるというものである。ただし、予算決議と授権法案は成立しないこともある。また、年金などの義務的経費については、授権法のみにより歳出権限が付与され、毎年の歳出法は不要である。財政規律は、予算編成権を持つ議会が自らに課すものである。代表的な財政運営のルールに、ペイアズユーゴー原則と債務上限がある。現行のペイアズユーゴー原則は、2010年ペイアズユーゴー法によるものである。新規施策の制定に際しては、他の分野での歳出減又は歳入増を伴わなければならないというもので、義務的経費を対象とする。債務上限は合衆国法典第3101条によるもので、連邦政府の負うことのできる債務の上限を法定している。
 74年法の第二の柱は、議会の予算編成権を支える実体的能力を議会に備えることである。具体的には、OMBに対抗し、議会独自の経済・財政分析の手段を確保するため、議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)を設置することである。会計検査院(GAO:Government Accounting Office、1921年予算・会計法に基づき設置)、合同租税委員会(JCT:Joint Committee on Taxation、1926年歳入法)、議会調査局(CRS:Congressional Research Service、1970年立法府再編法)に続く、CBOの設置により、予算編成を支える議会の調査機構が一通りそろった。GAOは予算の下流(執行)からのフィードバックに関わり、CRSは予算に限らず、幅広く立法活動に資する調査をおこなう。それぞれ重要な機関であるが、予算編成過程(上流)を並走する、CBOはとりわけ重要な役割を担っている。JCTも同じく予算の上流部分で、税制に関し重要な機能を担っている。
 CBOでは、次の10年の「財政・経済見通し」(Outlook for the Budget and the Economy)を公表するほか、大統領予算教書の分析、新規立法のスコアリング(コスト見積もり)などに取り組んでいる。日本ではCBOを指して「独立財政機関」と呼ぶことがある。アメリカでは議会に予算編成権があり、その議会をサポートする機関が大統領府から「独立」しているのは自然なことである。むしろ、重要なことは二大政党の角逐の場である議会において、CBOが超党派の立ち位置を貫いていることである。この立ち位置を担保する最たるものがCBO局長人事である。局長は、74年法の定めに従い、下院予算委員長と上院予算委員長の共同推薦を受け、下院議長と上院議長が共同で任命する*7。党派に偏しない見通しを提供することで、CBOは両党の間に議論のための共通の土俵を設定する。財政・経済見通しは、一定の経済前提(予測)のもとで機械的に試算されるものである。CBOは、その経済前提を学界や民間の経済学者からなる委員会のチャレンジを受けながら作成する。経済前提の事後的検証も行われている。表1.2 CBOの経済予測の成績評価(政権、民間との比較)は、CBOの予測の実績との乖離を、政権、民間(Blue Chip Consensus)の予測と比較したものである(CBO, 2023)。平均誤差の示す通り、政権の予測が成長率で上方バイアス、失業率で下方バイアスを持つのに対し、CBOではそのようなバイアスは抑えられている。予測の精度(二乗平均平方根誤差)でも、CBOは少なくとも政権よりは良好である。このような経済前提のもとで、財政見通しは政策判断を加味せず、現行法に基づいて機械的に行われている。新規立法のスコアリングにおいても、CBOは施策への納税者の反応を捉える動態的なスコアリングを排し、静態的スコアリングに徹する。動態的スコアリングは仮定に依存し、その採用はCBOを政治的論争に巻き込むリスクを高めるのである。
 CBOが歳入もみつつも支出に重点を置くのに対し、JCTは歳入に特化している。JCTの委員長は上院財政委員長と下院歳入委員長が交代で務める。そのもとにスタッフとして弁護士、会計士、経済学者が配され、税立法プロセスのあらゆる側面に関与している。具体的には、法案の作成と分析を通じた委員会と議員への支援、すべての税法の公式歳入見積もりの作成などに取り組んでいる。JCTの委員長は政治家であるが、JCTのスタッフは、議員やそのスタッフと秘密裏に交流し、両党・両院から高い信頼を勝ち得ている。インフレ抑制法の策定は上院の民主党院内総務のシューマー議員とマンチン議員の間で秘密裏におこなわれ、その策定をJCTのスタッフが技術的にサポートしたと言われる。

コラム1.7:行政管理予算局(OMB)による格差・気候変動問題への介入
 OMBは日本の組織でいうと、財務省主計局のような予算部局というイメージがあるが、OMBのMはマネージメントであり、日本の内閣府、行政評価・行政管理に近い業務も行っている。その重要なパーツとして、OMBは費用対便益分析の指針を管理しており、その活用を通じて資源配分に影響を与えている。
 2023年11月、OMBは当指針の20年ぶりの大改定を提案している(OMB, 2023)。提案のひとつは、所得分配に応じて便益の数値に掛けるウェイトを変化させることである。この提案が採用されると、より貧しい人が裨益する規制・プログラムを、より高く評価することになる。具体的には、下位5分位の人に生じる便益を、中央値5分位の人に生じる便益の約6倍、上位5分位の人に生じる便益の約40倍に加重するという、「革命的」とも評される見直しを提案している(Sidley, 2023)。従前の費用対便益分析では、ある人に生ずる便益を、その人の所得水準に関わらず、単純に足し合わせるものとしてきた。この見直しは、マシュー・アドラー(Matthew Adler、デューク大学)らが取り組んできた、費用対便益分析をもとに社会厚生関数を構築するというアイデアに由来している(Adler, 2019)。社会的観点からみれば、貧しい人の幸福に重きを置くべきであるから、貧しい人の便益にウェイトを置くべきという考えである。
 もうひとつの提案は、時間割引の見直しである。ある施策の便益が将来にわたって発生する時、将来の便益は割り引いて算入する。従前の指針では、資本の機会費用(すなわち、資本投資の期待成長率)を反映した7%の「基本割引率」と、社会的時間選好率(すなわち、社会が現在の消費と将来の消費を交換してもよいと考える率)に近似した3%という、ふたつの割引率を定めていた。費用対便益分析では、問題となっている費用や便益が資本に影響する場合は7%の方がより正確な尺度であり、問題となっている費用や便益が消費に影響する場合は3%の方がより正確な尺度であると理解し、便益が費用を上回るかを分析してきた。今回の改定案では、単一の2%の割引率を定めることを求めている。この提案は、政府のプロジェクトを評価する基準であるから、連邦政府の機会費用として、政府の調達コストを参照すべきという考えに由来する。20年前に比べて、金利が趨勢的に低下してきたことが、2%の根拠になっている。この見直しによって、現在は費用がかかるが、遠い未来に便益を生む規制等が、妥当と評価される可能性が高まる。気候変動対策はそのような規制等の典型である。
 これらの見直しが直ちに定着するとは考えられない。貧しい人たちにどの程度のウェイトを置くべきか、人によって意見が異なる。割引率についても、民間の活動への規制を評価する際には、政府によって置換される民間投資の機会費用を用いるべきとの考えも根強い。これらの点はいずれも党派間で意見の隔たりの大きい問題でもある。いずれにせよ、OMBが大きな社会的影響を持ちうるツールを持ち、格差や気候変動など時の課題の解決に向け、その活用に前向きであることは興味深い。OMBの攻めの姿勢は、費用対便益分析に限ったことではない。OMBは、Justice40という、連邦政府の環境投資から得られる利益の少なくとも40%を経済的に不利な地域に還元する取り組みについての指針も管理している(The White House, 2023)。
 アメリカの社会科学の特徴のひとつに飽くなき数値化の追求がある。質的な事柄であっても数値化し、客観的な決定に役立てるという発想が一貫している。費用対便益分析において、便益や費用を数値化するのに用いられているのが、支払意思額(WTP:Willingness to Pay)や売却意思額(WTS:Willingness to Sell)という概念である。WPIやWTSに基づき、アメリカでは、命にまで値段をつけることが当たり前になっている。「統計的生命価値(VSL:Value of Statistical Life)」の利用である。キップ・ヴィスクシ(Kip Viscusi、ヴァンダービルト大学)は、VSLを連邦政府に定着させることに主導的な役割を果たした(Viscusi, 2018)。ヴィスクシは、労働者が危険な仕事に就くためにどれだけの金銭を要求するか(WTS)をサーベイから求め、その金額から計算したVSLを用いることを提案した。VSLの数値は、従前の指標(cost of death)よりも10倍高いものになり、現在の価値で1,000万ドルになった。連邦政府でVSLの採用が進んだのは、理屈面での頑健さに加え、より大きな数字を用いることが、規制当局にとって自分たちの規制を正当化する可能性を高めたことが効いたという。VSLは費用対便益分析に組み込まれ、規制の評価に広範に用いられている。

(2)財政の現状
 コロナ対策としての財政出動が過大なもので、インフレを惹起したことはすでに述べた。しかしながら、アメリカ財政の問題は一過性のコロナ対策にとどまるものではない。完全雇用下での巨額の赤字という構造的問題を抱えている。表1.3 CBOの財政見通し(会計年度、GDP比パーセント)は、CBOによる、2034年度までの財政・経済見通しの概要である(CBO, 2024)。2023年度の収支が、完全雇用下にも関わらずGDP比6.2%の赤字であることはすでに述べた。CBOは、今後とも7%に迫る赤字が続くと見通している。歳入面で留意すべきは、2025年末にトランプ減税(TCJA)の一部の失効が予定されていることである。CBOの見通しは法の規定通り、そのまま失効することを前提とするため、2027年度までに18.0%までの歳入回復を見込んでいる。歳出は2023年度の22.7%から2034年度には24.9%へと増勢を続ける。年金・医療・介護等の義務的経費が2023年度の13.9%から2034年度には15.3%と増加する(医療・介護については、コラム1.8,1.9,1.10を参照)。2024年度、利払い(3.1%)が国防(3%)を超える見通しとなったことにはすでに触れたが、利払いは2034年度には4.1%まで拡大する。財政収支をプライマリー収支と利払いに分けると、2024年度では、プライマリー赤字(3.9%)が、利払い(3.1%)を上回っている。ただ、この関係は2025年度以降逆転し、2034年度には、プライマリー赤字の2.7%に対し、利払いは4.1%にも及ぶ。プライマリー赤字もさることながら、利払いが財政の重荷になることが見込まれている。財政赤字を受けて、債務GDP比は増勢をつづける見通しである。2023年度で97.3%の債務GDP比は、2034年には122%にまで上昇する。別途、CBOが公表している長期の財政見通しでは、2054年度の債務GDP比は166%まで上昇する。
 表1.4 CBOの経済見通し(暦年)は財政見通しの経済前提(予測)である(CBO, 2024)。定常状態を示唆する2029‐34年の数値を確認する。インフレはPCE(Personal Consumption Expenditure)でみて2.0%とFRBのインフレターゲットと一致する。失業率は4.5%、10年金利が4.0%となる。10年金利は、コロナ禍直前の2020年1月公表の見通しでは、2025-30年で3.0%であり(CBO, 2020)、コロナ禍を経て1%も上昇している。この上昇が利払いを通じた財政悪化のもとにある。

コラム1.8:医療制度改革の現在地
 医療経済学者たちは、オバマ政権による医療制度改革(ACA)のレビューを盛んにおこなっている。ACAは、三つの方法により、医療保険のカバレッジの拡充を図るものであった。具体的には、1)民間保険を購入するための医療保険取引所(マーケットプレイス)を創設し、手ごろな価格で保険を購入できるようにする。2)メディケイドを拡張し、連邦貧困レベル138%以下のすべての人に受給資格を付与する。3)26歳までの子女への保険カバレッジを民間保険に義務付ける。図1.14 無保険者の人数と割合の推移の示す通り、無保険者を減らすという目標に関しては明らかな前進がみられる。
 ACAの意義を理解するため、ふたつの研究を参照したい。第一の研究は、無保険者の減少をもたらした、ACAの持つ分配上の革新性を明らかにしている。ポール・ジェイコブズ(Paul D. Jacobs、Agency for Healthcare Research and Quality)らは、マーケットプレイスと従前の雇用主提供保険(ESI:Employer-sponsored health insurance)を比較し、マーケットプレイスが、ESIよりも非常に手厚い補助を受けていることを示している(Jacobs and Hill, 2024)。保険購入の際の補助には、1)保険料や自己負担(OOP, out-of-pocket)の課税所得からの控除、2)直接の補助・税額控除という二つの方法が存在する。従前のESIでは前者、マーケットプレイスでは後者を通じて補助をおこなっており、両者の比較は容易ではなかった。ジェイコブズらは、ESIの保有者があたかもマーケットプレイス保険の保有者であるかのように見なして換算することで、比較を可能とした。図1.15 保険料・自己負担が世帯所得に占める割合(%)(貧困線比の所得階層別)(2020年)は、所得階層別に、補助後の保険料と自己負担の家計所得に対する比率を、ESIとマーケットプレイスで比べたものである(ARP以降とは、アメリカ救済計画による追加の補助を勘案した場合の計数)。例えば、連邦貧困線100‐150%の階層では、ESIでは所得の26.0%もの負担が生じていたところ、マーケットプレイスでは実に4.2%にまで抑制されている。マーケットプレイスが断然垂直的公平に優れていることが読み取れる。この分配上の革新性は、最終的に本会議で民主党のみの賛成でのACAの成立を図ることを余儀なくされた一因であり、成立後も政治的争点となりつづけている背景のひとつをなす。
 二つ目の研究は、ACAによって病院利用が着実に増加したことを明らかにしている。ジャコモ・ミーレ(Giacomo Meille、Agency for Healthcare Research and Quality)らは、病院利用、特に救急医療(ED, emergency department)と入院(inpatient)の利用状況(回数)に焦点をあてて分析している(Antwi et al. 2024)。2014年にメディケイドを拡充した際、拡充州(主に民主党)と不拡充の州(主に共和党)があった。彼らは、この違いを利用して、回帰不連続デザイン法による分析を実施した。65歳以上の者はユニバーサルケアに近いメディケアに加入するが、64歳の者は加入できない。64歳のACA実施後の(64*POST-ACA)病院利用状況を取り出してACAの影響と考えた。あわせて、拡充州と不拡充州の比較から、メディケイド拡充の影響(Medicaid* 64*Post-ACA)を取り出した。その結果、ACAにより、全体の救急医療の利用は有意に増加していた(率換算で1.4%)。自己負担やメディケアによる支払いから、民間保険(マーケットプレイス)による支払いへのシフトが発生していた。メディケイド拡充州では、メディケイドの増が顕著であった。入院の利用も有意に増加し(率換算で4.2%増)、おおむね影響の出方は救急医療におけるものと同様であった。

コラム1.9:医療制度改革の残した課題
 コラム1.8ではACAが手厚い補助により、保険のカバレッジを拡大し、実際の病院利用も増加したことを確認した。しかしながら、ACAにはやり残した課題もある。第一の課題は、医療アクセスの一層の改善、さらには最終的な社会目標である健康アウトカムの改善である。ACAにも関わらず、依然としてアメリカの医療制度が他の先進国に劣後しているとの指摘がある。レジー・ウイリアムズ(Reginald Williams、コモンウエルスファンド)らは、アメリカを含む医療制度の国際比較を実施した(Schneider et al., 2021)。彼らは、「ケアへのアクセス」「ケアのプロセス」「管理の効率性」「公平性」「健康アウトカム」について医療制度のパフォーマンスを評価した。表1.5 保健医療制度のパフォーマンスのランキング、平均寿命(10か国)は、ウィリアムズらによるランキングに各国の平均寿命を追記したものである。アメリカは、術後のケアなど「ケアのプロセス」を除いた、健康アウトカムを含む全ての項目で欧州諸国等より劣り、平均寿命でも最下位である。
 図1.14は無保険者が8.3%も残っていることを示す。手厚い補助だけで、このギャップを埋めるのはますます困難になっている。図1.15の示す通り、アメリカ救済計画は補助を一層深掘りしている(補助はインフレ抑制法でさらに延長)が、図1.14の示唆する通り、無保険者を大きく減らしたとは言い難い。ACAは保険加入を義務付けているが、未加入の場合の罰金は(トランプ減税、TCJAにより)2019年以降廃止されている*8。民間保険の活用というACAの基本哲学からして、若者など無保険者となることを選び取る者や、一部の健康への意識付けの弱い者の未加入を減らすことには、原理的な困難がある。
 最終目標である健康アウトカムへと至る道については、医療経済学者たちの間でも模索が続いている。ドナ・ギレスキー(Donna Gilleskie、ノールカロライナ大学チャペルヒル校)らは、健康保険への加入が必ずしも健康状態の改善につながるわけではないことを指摘する(Fout and Gilleskie, 2015)。ギレスキーらは、保険加入が、糖尿病患者の治療・管理に関する意思決定とその後の健康アウトカムにどのように影響したかを分析した。糖尿病患者は、定期的なモニタリングや処方薬なしでは、深刻な合併症を引き起こすリスクがある。保険はこれらのモニタリング等の経済的負担を軽減する。他方、保険は運動や食事など他の重要なインプットの選択に影響を与える可能性がある。検証の結果、保険は実際にモニタリングの改善につながっていたことが分かった。他方、彼らは、保険に加入した者で定期的に運動する確率が若干低下していたことを見出した。保険に未加入の時には、自ら健康管理に取り組んでいたのが、保険に入ることでモラルハザードが起きていたのである。保険と健康アウトカムの関係についての古典的研究としては,オレゴン州でメディケイドの拡充をランダムに適応した自然実験(2008年)を用いた研究が著名である。この研究も,(2年間しか追跡していないが、)保険加入は健康アウトカムにはさして大きな違いをもたらさなかったと結論づけている。(Baicker, et al., 2013)。良い健康アウトカムを達成するには、保険だけでは力不足である。若い頃からの習慣など多様な要素が効いていることはもちろん、ライフサイクルのなかでいったん選んだことが内生的に影響を与えるダイナミックな面があり,研究としては難しいものになっている。
 第二の課題は医療コストの抑制である。アメリカの医療費(heath expenditure)のGDP比は16.6%で、OECD平均の9.2%より際立って高い(2022年; OECD, 2023)。ACAは皆保険に近づく改革であり、ミーレらの研究は、ACAが病院利用を増やすバイアスを持っていたことを改めて気付かせてくれる。もちろん、医療費高騰がまったく問題視されていないわけではない。ACAの法制化の過程では、メディケアの普遍化(年齢制限撤廃; Medicare for All)が民主党の一部から提示され、その提案の趣旨のひとつは医療費抑制であった。ただ、公的保険の拡充は、(メディケアではなく)メディケイドの拡充として部分的な実現にとどまった。最終的に成立したACAでは医療費抑制への取り組みは薄い。ACAはPCORI(Patient-Centered Outcome Research Institute)を設置したが、PCORIは実施できる調査が狭い範囲に限られ、費用対便益分析を行うことは明示的に研究対象から外された。ただ、このACAの拡大志向こそ、共和党の反対にも関わらず、医師・製薬という業界の大勢がACAを最終的に支持した背景にある*9。
 エリック・パタシュニク(Eric Patashnik、ブラウン大学)とアラン・ガーバー(Alan Gerber、イエール大学)らは、イギリスのNICE(National Institute for Health and Care Expenditure)のような医療の費用対便益分析は、アメリカには合わないという(Patashnik at al. 2017)。医療保険はあくまでも民間であり、健康は個人の問題であるという認識が基本にある。もちろんメディケアは公的制度であり、その規定には、理に適った必要な(reasonable and necessary)医療を提供するとある。ただ、その運用の実際は費用対便益に基づく医療の提供ではなく、医者が必要と判断するものということになっているという*10。医療は、コラム1.7でみた費用対便益分析の大きな例外になっている。アメリカでは医師の地位が高く、その裁量を制限する施策は抵抗を受ける。パタシュニクとガーバーらは、ある医療費削減策に関して、政党や医師会の賛否を操作し、一般のアメリカ人の支持/不支持に与える影響をみる実験をおこなっている。表1.6 医療費削減策への支持動向によると、興味深いことに、民主・共和両党が賛成であっても、医師会(AMA)が反対であるとの条件のもとでは、国民は削減策に反対の方に傾くという。医師会は政治家よりも強い。

コラム1.10:アメリカの介護保険にみる保険の失敗
 アメリカの社会保障・福祉で、医療にも増して穴が空いているのが介護(ロングタームケア)である。
 マシュー・シャピロ(Matthew Shapiro、ミシガン大学)は、アメリカの中間層の介護を支える制度がないことを懸念している。アメリカ人の多くが、メディケイドで介護をみてもらえると誤認し、自ら貯蓄し、老後に備えるインセンティブを持たない。実のところ、メディケイドは貧困層を対象とするミーンズテスト付きのサービスである。貯蓄を食いつぶし、無資産となりはじめて受給できる。いよいよ受給をはじめても、その水準は中間層のニーズを満たすものではない。
 中間層向けに保険を活用する余地はないのか。アメリカの民間介護保険には失敗の歴史がある。四半世紀ほど前には民間介護保険を買うことができたが、現在はニッチな存在に過ぎない。民間保険は二つのミスを犯したといわれる。ひとつは保険数理的なミスである。アルツハイマーに罹りながら、長期にわたり手厚いケアを受ける時代がやってくるとは予想していなかった。第二はプレミアムの設計を誤ったことである。当時のプレミアムは、若い頃は低く、年齢が上がると上がるようになっていた。ところが、年齢が上がるにつれて、多くの者が保険からドロップしていった。結果的に保険会社の破綻が起こり、保険市場が失われた。今後とも民間による介護保険の提供を妨げる事情がある。技術進歩で多くの者が介護を受けながら、長く生き延びるリスクが、引き続き保険を脅かす。また、要介護となるか否か相当以前から予測できるようになりつつある。若い時に保険に入れ、介護の見通し如何に関わらず、保険に加入し続けるよう担保しないと保険として機能しない。さらに、生命保険とは異なり、介護が必要かどうかには主観が入る。介護の必要性の判定は民間保険の手に余る。
 AARP(旧American Association of Retired Persons、アメリカ退職者協会)は、かつて定年の廃止に力をふるい、医療制度改革(ACA)でもオバマ政権を支援した団体であるが、現在は介護の穴を塞ぐことを活動の重点のひとつとしている。ジーン・アッキウス(Jean Accius、AARP, SVP)によると、AARPは民間保険に政府が一定の支援をする制度の普及を目指して活動しているという。州によっては官民連携のプログラムを提供している例がある。ワシントン州では、給与の0.58%を納めれば、上限で月35,500ドルを受給できる保険が2022年から入っている(Moritz-Baune, 2021)。アメリカでは、ACAがマサチューセッツ州の取り組みに由来することはよく知られている。介護でも州の取り組みが、将来の改革の導火線になるかもしれない。

(3)マイルドな危機感の醸成
 CBOの見通しはアラーミングなものであるが、実際の財政はもっと危機的な状況にあるとの指摘もある。ここでもサマーズがバイデン政権の財政運営への批判者として登場する。サマーズは、2023年5月の講演で、講演時のCBOの長期財政見通しでは、10年後(2033‐42)の赤字が7.4%であったところ、現実的に考えると、11%もの赤字を見込む必要があると指摘した(PIIE, 2023b)。具体的には、想定金利を1%分引き上げる必要があり、そのため1.3%だけ赤字が拡大するとした。また、安全保障環境に鑑みると、国防費が3.5%から2.8%に減ると見込むのは非現実的とし、国防のために赤字は1.3%悪化するとした。トランプ減税(TCJA)についても、法の規定通り失効するとは見込めず、一部延長を想定し、0.5%分の赤字要因になるとした。その他、技術的な歳入の発射台の修正などと合わせて、10年後には11%程度の財政赤字となり、債務残高GDP比は145%まで増えるとした。なお、サマーズは(自分が間違えている可能性を指摘しつつ)AIによる今後の生産性改善の効果を織り込んでいない。この大幅な赤字への対策として、高所得層への増税、法人増税を図るとしても、せいぜい2.5%程度の収支改善効果しか見込めず、アメリカは前例のない財政危機にあるとした。
 サマーズの見通しのなかで最も議論があるのが、想定金利の引き上げであろう。引き上げは、国防やグリーン化投資のため*11、低金利の時代が終わり、1%程度均衡金利(r*)が上昇する(従前の0.5%が1.5%に上昇)という認識に基づく。サマーズは、債務GDP比が1%増えると、金利が2-3bp上昇するとの認識のもと、今後債務比率が50%上昇するのだから、100bp(1%)の金利上昇を見込むことは妥当だとする。彼の考えには反論もあり、学界のコンセンサスとなっているわけではない。ブランシャールは、コロナ禍以前の低金利の状態に戻り、均衡金利は上昇しないとの立場を取った(PIIE, 2023a)。金利の債務への感応度は小さく、債務残高が増えても、金利はさほど上昇しないという見解も聞かれる。従前、サマーズはインフレ抑制のためには、6%以上へとフェデラルファンドレートを上げる必要があると指摘していた。今次の引き締めは5.5%をピークに2024年9月から利下げに転じており、サマーズの金利観は高めのバイアスを持っているのかもしれない。
 それでも、一部の間では財政への懸念は高まりつつある。FOMCのメンバーによる、フェデラルファンドレートの長期見通しは、かつての2.5%から2024年9月には2.875%にまで上昇し、この上昇は均衡金利の0.5%から0.875%への上昇を示唆する。ブランシャールも、金利上昇のなかで、債務が爆発しないように慎重な財政運営が求められると指摘している(Blanchard, 2023)。債務GDP比が高まり、金利への脆弱性が増すなかで、財政ハト派と目されてきたブランシャールの議論もニュアンスを変えてきている。連邦議員の間では、超党派で財政健全化を模索する動きが出ている。上下両院で、超党派で財政委員会(Fiscal Commision)を設置すべきとの法案が提出された。下院で提出されたFiscal Commission Act of 2024では、12名の議員と4名の外部専門家で構成される16名の超党派・二院合同委員会を設立する。委員会は「報告書」(委員会としての提言)と「実施法案」(報告書の内容を実施するための法案〔implementing bill〕)を作成し、委員会で投票することを求めている。報告書に盛り込む内容としては、1)連邦政府の長期的な財政状態を改善し、2)15年以内に連邦政府の公的債務の対GDP比を安定させ(GDP比100%以下に安定させる)、3)75年間にわたって(社会保障等の)連邦信託基金の支払能力を向上させるための解決策を想定する。
 しかしながら、政治家の間での財政への危機感は広がりを欠く。共和党は、トランプ減税(TCJA)の恒久化とさらなる法人税減税を2024年の選挙の公約に掲げ、民主党も、富裕層や法人以外への負担増には消極的である(CRFB, 2024)。両党とも年金などのエンタイトルメントの改革には後ろ向きである。2033年にも社会保障の連邦信託基金が底を尽くことが予測されている。本来、早めに改革に着手した方が痛み軽減できるのであるが、両党とも次の4年間に改革する素振りはみせない。ウェンディ・エデルバーグ(Wendy Edelberg、ブルッキングス)は、財政健全化の難しさは、健全化の利益が薄く広がるのに対し、その痛みは集中し、目にみえやすいことにあるという(Edelberg, 2024)。具体的には、30年後の債務GDP比を50%分だけ減らすことは、ひとり当たりのGNPを増やすが、30年間でのその増加幅を47%から53%に増やす程度のものでしかない。この規模の債務圧縮を実現するには、社会保障給付を25~28%カットする必要があり、薄く広く広がる債務圧縮の便益は、政治的に十分な支持を生まない恐れがあるという。
(4)財政の持続可能性
 政治や一般の財政への問題意識はいまひとつ力強さを欠くが、経済学者の間では、財政の持続可能性への関心が高まっている。経済学者たちは、プライマリー赤字が継続し、債務が累増しつつあるにも関わらず、概ね金利が抑えられてきたという、当惑させる事態を前に頭を悩ませている。
 マーカス・ブルネルマイヤー(Markus Brunnermeier, プリンストン大学)らは、最終的に経済は収束するという仮定を置きつつ、景気の悪い時には安全への逃避が起きるため、国債は保有便益(convenience yield:配当などの金銭的利益を超えて、現物を保有することによる便益)を持つようになることに着目する(Brunnermeier et al., 2022)。ブルネルマイヤーらのモデルでは、保有便益でバランスすることができれば、プライマリー赤字が続くアメリカのような事態が起こることを許容する。保有便益がある時、政府はr<gとする余地が生まれ、政府はバブルを採掘することができる。ただし、保有便益の生む財政的な余力には限界がある、バブルを崩壊させないために国債の安全資産としてのステータスを維持することが必要で、そのために増税が必要となることもある。ウイリアム・ダイアモンド(William Diamond、ペンシルベニア大学)らの推計によると、アメリカ国債の保有便益は35bp程度にとどまる(Diamond and Van Tassel, 2022)。この推計は、資産価格理論から安全資産のリターンを求め、その理論上のリターンと実際のリターンの差によって求めたものであるが、この程度の保有便益で説明できることには限りがある。
 スティン・ヴァン・ニューウェルバーグ(Stijn Van Nieuwerburgh、コロンビア大学)らは、資産価格理論からどの程度まで債務を抱えることができるか(fiscal capacity)を測り、現在の債務水準は説明困難であると示唆している(Jiang et al., 2022)。アメリカのfiscal capacityを算出する上で、ヴァン・ニューウェルバーグらの取った方法には二つの特徴がある。ひとつは、現在の債務と将来の赤字の現在価値の合計が、将来の黒字の現在価値に等しいという恒等式の関係を想定することである*12。この点は、経済は収束すると仮定するブルネルマイヤーらと変わらない。第二の特徴は、割引に用いる金利として、リスクフリーレートに適切なリスクプレミアムを加算することである。この加算の妥当性を説明するため、彼らは政務債務をひとりの債権者が持つ状況を考える。プライマリー黒字はプロシクリカルで、高い景気循環リスクを抱えており、その分、追加のリスクプレミアムが必要になる*13。ファイナンスの言葉で言えば、βは正になり*14、理論的な国債価値は下がらざるを得ない。この点はブルネルマイヤーらと対照的な点である。ブルネルマイヤーらのモデルでは、国債はあくまでも安全資産であり、βは負になる。
 この方法論のもとで、ヴァン・ニューウェルバーグらは、(CBOの見通しに基づいて)今後30間現在の政策を続けた場合、図1.16 2052年の水準に債務を安定させるために必要な収支改善幅の示す通り、恒等式を満たすために必要な2052年以降の黒字幅は、GDP比で2.16%になると試算している。すなわち、3%台後半のプライマリー赤字を伴う足許の財政からみれば、6%分もの収支改善を実現し、継続しなければならない。この試算は金利の影響を受けやすい。金利が1%上昇するだけで、必要な黒字幅は4.83%と倍以上になる。これほど金利感応度が高いのは、デュレーションのミスマッチが大きいからである。すなわち、負債サイドは5年や10年といった短期で調達しているに対し、資産サイドに置くべきプライマリー黒字の流列は200年ほどに長さになる(長期にわって黒字を続ける)。あたかも銀行が預金で借入し、長期貸しをするのと同じで、金利上昇への感応度が高くなる。ヴァン・ニューウェルバーグらは、fiscal capacityと実際の財政の姿の間の大きなギャップについて、将来の財政健全化を見込んでいるという説明のほか、保有便益やドルの地位、金融抑圧など様々な説明を検討しているものの、決定的な説明を見いだせずにいる。
 ヴァン・ニューウェルバーグらの研究では、将来の極端な財政健全化の実施を仮定すると、恒等式が満たされてしまうため、財政健全化の先送りを認めてしまうところがある。先送りはいつまで続けられるのか。ヴァン・ニューウェルバーグらは、別の論文で、財政赤字が続けられなくなる転換点(tipping point)が存在するのか、という問いに答えようとしている(Elenev et al., 2022)。彼らのモデルでは、ある一定の債務GDP比を転換点として、マクロ経済を安定化するために政策を使うレジームから、債務GDP比を安定化するために増税をするほかないレジームへの切り替えが起こる。アメリカ経済に当てはめて試算すると、転換点は112.5%であり、さほど現状から遠いものではなかったという。
 経済学者たちは、プライマリー赤字の継続と低金利について明瞭な説明を提示したという地点には達していない。バブルであると言いたくなる誘惑に駆られるのも無理はない。しかしながら、バブルという言葉は思考停止を招く。可能な限り、説明のギャップを埋めることが、マクロ経済学や金融経済学のイノベーションを生むのであり、経済学者たちは粘り強く、その作業に取り組んでいる。
(5)展望
 今後、アメリカ財政は健全化に向かうことができるのだろうか。健全化へのチャネルとしては三つほど想定できる。一つは議会のチャネル、二つ目は市民を通るチャネル、三つ目は市場を通るチャネルである。予算編成権を持つのは議会であるから、いずれのチャネルも最終的には議会を通る。
 議会のチャネルは、議会が自ら健全化に向けて動き出すことを想定する。待鳥聡史(京都大学)は、民主主義のもとで財政健全化は可能かという問題意識のもと、アメリカの1970年代から90年代の財政健全化過程を分析している(待鳥, 2003)。そして、好調なマクロ経済だけではなく,予算編成手法の改革が健全化に貢献したと指摘している。具体的には、当該時期の後半にあたる1990年代の90/93年包括予算調整法(OBRA90/93)以降の財政ルール(ペイアズユーゴー、裁量的支出に対するキャップなど)が有効に機能したとする。当時の政治思潮として,エリートの専門性を重んずる革新主義が支配的であったことが、財政ルールを通じた健全化に適合的であったという。
 しかしながら、現在の政治情勢は1990年代とは大きく異なる。(詳しくは第五回以降検討するが)分極化(polarization)が強まり、政党間の対立が国内の全ての対立を圧倒するようになっている。エリートの間で言語やゲームのルールを共有し、財政などの諸課題をほどほどのところに収めることを美徳とする思潮は退潮している。議会から内生的に健全化に向けた協力が生まれ、成果が生まれるとは考えにくい。例えば、オバマ政権時代、上下院の18人の議員からなる「財政再建のための超党派委員会」(National Commission on Fiscal Responsibility and Reform, いわゆる「シンプソン・ボウルズ委員会」)が設置された。同委員会は歳出減と歳入増を組み合わせたパッケージを採決(2010年12月)したが、両党から反対票が出て採択に至らなかった。民主党が社会保障等の削減、共和党が増税を受け入れない限り、話が前に進むことはない。
 第二のチャネルである市民はどうか。様々な民間団体(例:CRFB:the Committee for a Responsible Federal Budget、BPC:Bipartisan Policy Center)が、財政に関する分かりやすい情報の発信と財政教育に取り組んでいる。CRFBは両党の選挙公約の財政的影響を試算し、公表している(CRFB, 2024; トランプの選挙公約の財政的インプリケーションについては、コラム1.11を参照)。BPCのレイチェル・スナイダーマン(Rachel Snyderman)は、連邦信託基金が30年代はじめには底を尽くなどの良質の情報を与えると、社会保障改革のような党派性の強い問題で党派性が薄まるとし、市民教育の可能性を指摘する(Snyderman, 2024)。クリスティナ・ビッキエーリ(Cristina Bicchieri、ペンシルベニア大学)らは、アメリカ人の代表的サンプルへのサーベイを実施し、自分が人生を自律的(autonomous)に生きていると感じている人ほど、アメリカでは成功の機会が皆に開かれていると感じていることを示している(Aldama et al., 2021)。ビッキエーリは、貧しい世帯の子どもにも機会が開けていると思い込んでいるアメリカ人が多いが、実際には機会は平等ではないことを認識してもらう必要があるという。スナイダーマンやビッキエーリらは、より良い判断へと市民を導き、将来の財政健全化について市民の間にコンセンサスを形成する可能性を示唆する。議会を動かす力の源泉が市民であることは疑いがない。市民のチャネルへの働きかけの効果を高める方法は、民主主義の王道をいくものである。
 しかしながら、市民の財政への危機感は希薄であると言わざるをえない。ギャラップ社の調査によると、「国の今日直面している問題でもっとも重要なものは何だと思うか」という問いに対し、財政(Federal budget deficit/Federal debt)を挙げた者はわずか3%に過ぎなかった(Gallup, 2024; 2024年9月)。一番の関心事は、経済一般(24%)、二番目が移民(22%)、三番目が政府・貧弱な指導者(17%)であった。
 第三のチャネルは市場を介するものである。リアルにいえば、金利こそ財政健全化を呼び込む最も有力な動因である。クリントン政権時代の財政健全化も、金利に促されたものであった。図1.17 長期金利(左軸)と債務残高GDP比(右軸)の推移は、10年金利と債務残高GDP比の推移を描いたものである。クリントン政権発足時の10年金利は6.61%であり、しかもそれ以前には一段の高金利に悩まされていた。CEA委員としてクリントン政権入りした、アラン・ブラインダー(Alan Blinder、プリンストン大学)は、この金利を引き下げることが財政健全化の動機になったと回顧する(Blinder, 2022)。この市場からの圧力が政府・議会を促し、ペイアズユーゴーなどの財政ルールを活用することで、冷戦終結による平和の配当、インターネット革命による生産性の向上の後押しも受けて、財政健全化が進展したのである。金利は住宅ローン金利を通じ、市民のチャネルに作用することで、議会を動かすかもしれない。
 ただ、現在の金利水準は4%台から3%台後半であり、当時とはまだ開きがある。財政健全化への政治的意欲を掻き立てるには足りないかもしれない。注意すべきは、債務残高がクリントン政権発足当時の50%弱よりも現在でも2倍、将来的には(サマーズの言う通りになれば)3倍へと増えていくことである。大きな債務残高は、金利上昇に財政が脆弱になっていることを意味する。しかしながら、残高に由来する脆弱性は、政治や一般には理解されにくい。依然、共和党は減税に執着しているし、民主党はインフレ抑制法から脱落した福祉アジェンダにこだわっている。
 さて、「今後、アメリカ財政は健全化に向かうことができるのか」という問いに答えを与えなければならない。遺憾ながら、「今はまだその時ではない」というのが筆者の答えである。

コラム1.11:トランプの選挙公約の財政的インプリケーション
 CRFB(2024)は、トランプの選挙公約が実現した場合の財政へ影響を試算している。具体的には、政府債務が、現行法の下で予測される水準と比較して、どれだけ膨らむかを示すものとし、2026年1月から政策が導入されると仮定の上、2035年までの10年間の債務の増加幅を示している。当試算によると、トランプの政策のもとで、1.65兆ドル~15.55兆ドル(中央値で7.75兆ドル)の債務の増加が見込まれる。数値のレンジが広いのは、現時点での政策の曖昧さなどによるものである。予算編成権を持つ議会の動向次第で実現しない施策があれば、数値はさらに変動する。また、これだけの債務増は金利上昇と株価下落をもたらす恐れがあり、トランプが株価を重視するのなら、公約実現の程度を手加減する可能性もある。
 表1.7 トランプのもとでの財政赤字の増加・減少要因(2026-2035年、10億ドル、中央値)は、トランプの中央値の内訳を赤字増加要因と減少要因に分けて示している。赤字増加要因としては、TCJAの延長等(▲5.35兆ドル)、超勤への課税控除(▲2兆ドル)、社会保障受給への課税停止(▲1.3兆ドル)が効いている。赤字減少要因として目を引くものに、関税(+2.7兆ドル)、インフレ抑制法の縮小などのエネルギー政策の転換(+0.7兆ドル)がある。共和党関係者からは、関税とインフレ抑制法の縮小から相当の財源が出るとの指摘がなされることもある。たしかに、これらは相当程度の財源にはなるが、赤字増加要因との比較で規模は限定的である。さらに、注意すべきことは、赤字拡大に伴って利払いで▲1.05兆ドルもの赤字増となることである。この中央値による場合、2035年の債務GDP比は143%まで上昇する。表1.3によると、CBOの予測では、2034年の債務GDP比は122.4%であったから、トランプの選挙公約のもとで債務水準が悪化することを読み取ることができる。

6.経済・財政についての総括
 これまで二回にわたり、経済・財政の分野で社会科学者たちが何を議論してきたのか検討してきた。以下、総括として三点述べたい。
 まず、2020年代前半のバイデン政権期を通じて、バーンスタイン、イエレンらリベラルな経済学者が、彼らの望んできたものをほどほどに得たことである。彼らは巨額の財政支出を得た。しかしながら、彼らは、勤労を重んずるアメリカの経済哲学の壁にも直面した。直接的な再分配施策の多くが実現を阻まれ、産業政策という事前の配分に適合的な施策へと力点のシフトを余儀なくされた。また、彼らの達成はマクロの資源制約に由来する代償を伴うものであった。インフレが民主党の政治資本を食いつぶしたことは、党派的に大きな失策と言うほかない。また、財政が持続可能性な経路から大きく外れてしまったことは、将来に禍根を残すものであった。
 第二に、多くの課題が未解決のままであることを指摘したい。インフレをどう教訓化して、今後の金融政策の枠組みをどう考えるか。インフレ鎮静後の経済が、コロナ禍以前の状態に戻るのか、インフレ的で金利の高い新常態となるのか。新供給サイド経済学は機能するのか。AIの生産性と格差への影響はどのようなものになるのか。財政健全化の道筋はどのようなものか。これだけ多くの課題が挙がるのは、パンデミック、オートメーション、中国との競争、気候変動などの複数のショックがアメリカを襲っているからである。バイデン政権が、「現代供給サイド経済学」という形で、ひとつの政策で複数の課題に答えようとしたのは、課題の多様性に振り回されずに政権の統合性(integrity)を維持しようとする試みであった*15。これらの課題について、本稿は競合する社会科学者たちの議論を参照しつつ、筆者なりの見解を時に踏み込んで明らかにした。
 最後に指摘したいことは、2020年代の社会科学が、実社会のアクチュアルな課題に対して、実に有益な貢献を行っていたことである。貢献は三つの形を取っていた。第一は、実証研究の深化に伴い、社会科学が政策形成により大きなインパクトを持つようになったことである。本稿で取り上げた多くの研究が該当するが、コラム1.2と1.4でみた、コロナ対策の現金給付を分析したチェティらの業績、大学入学の実態を検討したフリードマンらの研究は、その顕著な例である。これらEvidence based policymakingとも言われる研究は、今後一段と目覚ましい進歩をみせるだろう。第二の貢献は、時々の課題を抽出し、論議の枠組みを定めるという、社会的機能を社会科学者たちが果たしていたことである。この点、この時期にサマーズが果たした役割は特に大であった。彼の言うことのすべてが正しかったわけではないが、インフレ、均衡金利、産業政策において、彼の果たした役割は注目に値する。第三の貢献は、実社会の抱える課題を把握し、解決するために必要な新しい概念、アイデアを提示したことである。事前の配分という概念を提案したハッカーの業績、技術の持つ外部性に注意を促し、技術革新の方向性そのものを変えるというアイデアを提示した、アセモグルの貢献などが例である。共和党系は経済学者の層の薄い感があるが、第二次トランプ政権のもとでも、社会科学者たちがこれらのような貢献を続けることを期待したい。
 次号からは二回にわたって、地経学と経済安全保障に関するアメリカの議論の考察へと歩を進める。

(次号につづく)

(謝辞)
本稿の第一回、第二回の執筆に関し、以下の方々と個人的に意見交換させて頂き、実に実り豊かな時間を頂戴した。記して感謝する。ジーン・アッキウス(AARP)、カールティック・アスレヤ(ニューヨーク連銀)、ダロン・アセモグル(MIT)、ティム・アダムス(IIF)、マシュー・アドラー(デューク大学)、伊藤隆俊(コロンビア大学)、キップ・ヴィスクシ(ヴァンダービルト大学)、レジー・ウイリアムズ(コモンウエルスファンド)、ガウティ・エガートソン(ブラウン大学)、ウェンディ・エデルバーグ(ブルッキングス)、ダグラス・エメンドルフ(ハーバード大学)、デイヴィッド・オーター(MIT)、アタナシオス・オルファニデス(MIT)、ジム・カーター(AFPI)、アラン・ガーバー(イエール大学)、リカルド・カバレロ(MIT)、シェブネム・カレムリ=オズカン(メリーランド大学)、アンドリュー・カーロイ(コーネル大学)、ラビ・カンバー(コーネル大学)、北川透(ブラウン大学)、清滝信宏(プリンストン大学)、ドナ・ギレスキー(ノースカロライナ大学チャペルヒル校)、モーリーン・クロッパー(メリーランド大学)、オリバー・コイビオン(テキサス大学オースティン校)、ボビー・コーガン(CAP)、ドナルド・コーン(ブルッキングス)、ローレンス・サマーズ(ハーバード大学)、マシュー・ジャクソン(スタンフォード大学)、マシュー・シャピロ(ミシガン大学)、ルイジ・ジンガレス(シカゴ大学)、レイチェル・スナイダーマン(BPC)、アミール・スフィ(シカゴ大学)、カレン・ダイナン(ハーバード大学)、アレックス・タバロック(ジョージメイソン大学)、ルーク・テイラー(ペンシルバニア大学)、リチャード・デカイザー(CBO)、ピーター・テミン(MIT)、スティン・ヴァン・ニューウェルバーグ(コロンビア大学)、ニル・ハイモビッチ(UCサンディエゴ)、ルーボス・パストール(シカゴ大学)、エリック・パタシュニク(ブラウン大学)、トーマス・バルトルト(JCT)、ジャレッド・バーンスタイン(CEA)、クリスティナ・ビッキエーリ(ペンシルベニア大学)、グレイ・フーバー(チュレーン大学)、アラン・ブラインダー(プリンストン大学)、オリビエ・ブランシャール(MIT)、ジョン・フリードマン(ブラウン大学)、マーカス・ブルネルマイヤー(プリンストン大学)、ニコラス・ブルーム(スタンフォード大学)、ティル・ファン・ベヒター(UCLA)、アダム・ポーゼン(PIIE)、トーマス・ホーニッヒ(ジョージメイソン大学)、ブレント・マッキントッシュ(Citi)、待鳥聡史(京都大学)、デイビッド・マルパス(前世界銀行総裁)、アティフ・ミアン(プリンストン大学)、ジャスティン・ミューズニッチ(ミューズニッチ社)、ブランコ・ミラノビッチ(ニューヨーク市立大学)、向山敏彦(ジョージタウン大学)、リリア・メイラー(ニューヨーク市立大学)、ラグラム・ラジャン(シカゴ大学)、シルヴァン・ルデュック(サンフランシスコ連銀)、ジョン・リトル(ヴァージニア州)、ジェフ・ルナルディ(ヴァージニア州)、クリス・ロテラ(CRFB)。在米日本国大使館の服部孝徳氏には原稿を確認して頂いた。

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図1.13:アメリカのTFPの伸び率(左軸)と実効研究者数(右軸)の推移

*6) この部分の執筆に際し、渡瀬(2012)、石垣(2023)を参照した。
*7) すなわち、もし上下院とも一党優位の状況にあれば、CBOの超党派性が損なわれる可能性があることは否定できない。
*8) 共和党は、罰金の廃止をもって、ACAは廃止になると喧伝した。
*9) この経緯については、天野(2013)を参照。
*10) バイデン政権になって、インフレ抑制法により、メディケアが製薬会社と薬価交渉を行う道が開かれている。公的保険の拡大を許すと、医療費抑制の手がかりを与えるという、医師・製薬の認識は正しかった。
*11) 国防については、表1.3の示す通り、2023年度の国防は3%と過去の平均の4.2%を下回る。グリーンについては、財政支出の形をとるかは政策判断であるが、気候変動を真剣に考える限り、政府によるものにせよ、民間によるものにせよ相当の投資が必要になる。
*12) 債務残高については、2053年の水準で安定するよう試算している。ヴァン・ニューウェルバーグらの試算は、恒等式関係に基づくという点で、財政制度等審議会起草検討委員会による日本財政の長期試算と同様の発想に基づく。ただし、金利にリスクプレミアムを上乗せする点では異なる。また、財政制度等審議会起草検討委員会の試算では、債務安定のための収支改善を直ちに行うのに対し、ヴァン・ニューウェルバーグらの試算では改善を将来行うと想定した試算となっている。なお、日本財政の長期試算の仕組みについては廣光他(2016)を参照のこと。
*13) 景気の悪い時に赤字が膨らむため、国債への投資家は、景気の悪い時に国債保有を増やすことが必要である。景気の悪い時には資金は希少な資源であり、投資を促すためには追加のプレミアムが必要となる。景気の良い時に配当が増え、景気の悪い時に配当の減る株式がリスキーなアセットであるのも同様の理屈である。
*14) βとは、株式投資の文脈では、株式市場が1%変化したときに、任意の株式のリターンが何%変化するかを表す係数である。
*15) 政府側でインフレ抑制法の指揮を執ったのは、NEC委員長(当時)のブライアン・ディーズであったと言われる。